イッキ描きブログ

菊地理の油絵作品と絵の話

2012年09月

雑草は抜くべきか

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個展の難関はほとんどクリアした。DMも出した(はず)。届いていない方はメールください。豊橋展のDMも済んだ。残る問題は豊橋に額縁を送る手段ぐらいだけど、もともと額縁はダンボールの箱に入っているのだから、丈夫なヒモでしっかり結べば終わりかも。私はヒモを結ぶのは得意だから、ダイジョブ、ダイジョブ。この方法も昨日歩きながら考えた。歩くのはとてもいいかも。心配がなくなる。腰痛にもいい。人間は歩く動物なのかもしれない。
10月上旬までフランスで描いた絵をアップし続ける予定だった。写真にとっていない絵があちこちから出てくる。たくさん描いてきたから、絵の心配はないけど、デジカメに撮るのも一仕事なのだ。外で撮るから蚊に食われる。雑草を抜いてないから蚊だらけだ。10枚撮るのに3匹は殺し、3箇所以上食われる。雑草はいつもちゃんと抜いておくべきだなぁ〜。家内はけっこう頑張っているけど、私の家の周りだけ雑草だらけだ。隣近所にも申し訳ない。
そう言えば、去年植えた酔芙蓉の周りも雑草だらけだ。そのなかで、とてもよく成長している。もちろん、今年は花をつけなかったけど、元気な大きな葉っぱがいっぱい出ている。
数年後が楽しみである。周りの雑草は何とかする(予定)。
作品:SM「酔芙蓉」
天気:晴れ

少ないけども・・・

「アニマルファーム」は豚や牛を擬人化して農場社会を描いてソ連のスターリンなどを皮肉っている。だけど、老後保障の思想などはしっかりしていた。今の日本と同じだ。もちろん、今の日本の年金制度は危ういらしい。危ういけど、もう何十年も続いている。ほとんどの人がもらっている。家もあって、子供も独立した人が年収500万円以上ある。凄いことだ。まったく絵を買うしかないよ。宜しくお願いいたします。
で、私の年金は65歳を過ぎても1ヶ月6万円前後。とても少ない。少ないけど、なんか嬉しい。自動的に6万円もくれるなんて夢のようだ。私の家は借家だから、月6万円ではとても生活できないけど、ないよりはるかに嬉しい。ま、身体に気をつけてずっと働く予定である。致し方ない。ま、とりあえず、まだ5年、いや10年ぐらいは大丈夫だと思う。
今日はクロッキー会だった。
台風のせいか、参加者は多くなかった。
夕方から大仕事を片付けた。クタクタに疲れた。
天気:曇り

笑っちゃう英語力

色紙「桜富士」
フランスではオランダ人にお世話になった。オランダ人はとても語学が達者で、フランス語はもちろん、英語も出来る。私はほとんど英語で会話をした。もちろん、私の英語力はとても貧弱。そのうえ、耳も遠いから、通じないことが多い。
知識と実際のギャップを感じた。つまり、単語力や文法の知識では、フランス語より英語のほうがましだけど、実際の会話は36年前のフランス語のほうが馴染みがある場合もあった。とにかく36年前にはフランス語が理解できたのだ。しかし36年間の壁は厚い。どうしてもなけなしの語彙力や文法の力を借りて英語でしゃべるしかない。でも、実際にしゃべると学校英語は役に立たない。ないよりまし。1ヶ月だけでも、行ったばかりのときと帰りのときではリスニング力が格段に上がった。もちろん表現力もアップした。
で、笑っちゃうのが、私が高校のときに読んでいた副教材だ。『Animal farm』という。『動物農場』と訳され映画化もされたらしい。オランダ人に「私は『アニマルファーム』を読んだんだ」というと、私の英語力を知っているから「えっ?本当?」とみんなびっくりする。『大いなる遺産』も読んだと思う。まったくバカバカしい。
それにしても、高校時代に、年金制度が整った「動物農場」を羨ましく思ったことを思い出す。そして、62歳の今、国民年金しかもらえない(現在は65歳前なので、とても僅か)自分が情けない。今も「動物農場」を羨ましく思っている。
野球の野村監督ではないけれど、自動的に致し方なく「生涯現役」である。
今日の夜はウーゴス展の額装を頑張った。このブログをアップしたあとももう少し頑張る。風が抜け切っていなかったのでプールは休んだ。
作品:色紙『桜富士』
天気:曇りときどき晴れ

今日の朝日の夕刊です。

何度も述べているけど『イッキ描き』は新しい画法ではない。大昔からある。ただ、イッキに描いてそのまま作品とした画家は多くない。レーピンなんか、物凄く古臭い絵描きだと感じた。
時代は古いけど、イッキ描きに目覚めていたのはドーミエだと思う。時代が受け入れてくれなかった感じがある。ロートレックになると十分理解された。これでもたった100年前だ。それが西洋美術である。西洋には「写真のようにリアルに描く」という不動の黄金律が聳え立っている。もちろん、レーピンもその枠から出ていない。
いっぽう、ここ100年の美術史には、ロダンのクロッキーなども十分認める幅もでてきた。
それが、中国の宋元画はなんと1000年も昔。イッキに描いてそのまま作品とする美意識があった。これは仏教の禅とも深くかかわっているし、元寇などの影響で日本に流入し、茶道からの需要でしっかり定着したこともある。牧谿はまさにイッキ描きの祖である。
今日の朝日新聞の夕刊の「マリオン」に私の記事が載っていた。載るとは訊いていたけど、本当に載るとびっくりする。けっこう大きく載っていた。モノクロームだけど作品の写真も載っていた。18歳のときに、全部の大学に落ちて、住み込みで朝日新聞の配達をしていた功徳か? 実際には昨日もお話した中尾さんの功績である。
天気:晴れ

ああ、この絵いい!

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私の表参道のウーゴス展の記事を『月間美術』が載せてくれた。大まかな内容をウーゴスの中尾氏から聞いたのだと思う。中尾さんは私の大学のときからの知り合い。もう40年以上の付き合いだ。とっても客観的に他人を評価できる稀有な才能を持っている。学生時代にも、未熟な私が「あの人は嫌な男ですね」などと低レベルな批評をすると、「あの人は、滅多いない面白い人材ですよ」などとうがった評論を伝授してくれる。言われてみると、確かに面白いかも、と見方が変わってくる。腹の底から笑えてきたりする。
さらに、おそらく明日水曜日の『朝日新聞』の「マリオン」にも、中尾さんの紹介で記事が載ることになった(らしい)。
中尾さんは、当然、私にも客観的で独特な人間評価をしている。ま、今回は私の個展を企画しているから、大甘評価になっている。欠点は百倍知っているだろう。中尾さんも立場上歯がゆい評論になる。致し方ない。申し訳ない。
「自然に向き合いそこから得た感動をダイレクトにキャンバスに定着させる独自の技法『イッキ描き』で、南フランスを描く」と書いてあった。
私は、油絵を描いているけれど、東洋美術に傾いていて、ヨーロッパなんかに行く気持ちはさらさらなかった。それが今回、幸運を頂いて1ヶ月間も絵だけ描く旅ができた。まさに、「イッキ描き」と「初夏の南仏風景」の化学反応だ。どんな現象が見られるか?
しかし、この『月間美術』の私の風景画と記事は右下のページ(78ページ)。隣の左ページ(79ページ)の上方に素晴らしい風景画が載っている。「ああ、この絵いい!」と思ったら長谷川利行。やっぱり利行はいいね。絵に風がある。この見開き2ページはいいよ。風と光? ちょっと図々しいか? 本屋さんで立ち読みならぬ、立ち見してください。
今日はキャンバスの張替えなどいっぱい仕事をした。
作品:F8「花咲く小道」
天気:曇り

レーピンの不思議

ヴュイヤール『ミジア』
二つの個展が同時に迫っている。南青山(表参道下車=ウーゴス)のほうの額装を急がなければならない。フランスサイズの木枠から外して日本サイズに張り替える。まだ1枚しかやっていない(成功!)。50枚ぐらいやらないといけない。でも、昨日10枚ぐらい外した。デッサンも並べてもらえる。この額装はウーゴスでやってくれる。だから、デッサンをウーゴスに送らなければならない。これは本日発送予定。
いっぽう、豊橋展のDMを送らなければならない。宛名書きがある。これも今週半ばまでには終わらせたい。
出来るだろうか?
多分出来ると思う。今までもやってきたもの。
豊橋展で73回目の個展だ。凄いね。
今日は都心に用事が出来たので、表参道のウーゴスにも寄った。レーピン展のチケットをもらった。帰りに渋谷で降りて見た。レーピンは大作が素晴らしい。一般にはでっかいタブローより下絵のデッサンやエスキースの小品のほうがいいものだけど、レーピンは最後に仕上がった巨大なタブローが一番いい。本当に不思議な画家だ。私のイッキ描きの理論に反する。困るんだよねぇ〜。
今回の展覧会には、巨大な最終作品はほとんど来ていなかった。
画像:ヴュイヤール『ミジア』(この絵が“Misia,Queen of Paris”展の入り口に飾られていた。嬉しかったぁ〜。痺れたぁ〜。飛行機に乗り遅れそうになったぁ〜)
天気:晴れ。夜から雨

嫌な女

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ヴュイヤールの絵はいいね。オルセーでは“Misia,Queen of Paris”展をやっていた。オルセーはでっかいから、なかでいろいろな企画をやっている。全部ひっくるめて1200円ぐらいの入場料だ。とても安い。1万円払っても安い感じ。
で、“Misia,Queen of Paris”とは、Misia(ミジア)という女性がパリの社交界に君臨した物語。ミジアはロシア人。ピアニストでもある。ふっくらした美人だ。既婚者。ヴィヤールはこの女狐に惚れ込んでいた。とんでもない女だ。何枚もミジアの肖像を描いている。だから、“Misia,Queen of Paris”展はヴュイヤール展みたくなっている。オルセーの一角が黒を基調としたとてもオシャレな展示室に変貌していた。
ヴュイヤールは点描画家ではないけど、点描の目は持っている。
一般に、絵を描こうとして対象をずっと見ていると、輪郭線がなくなってしまう。全てが平等な粒子に見えてくる。花も葉も同じレベルの物質になってしまう。顔も肩も同じ塊に見えてくる。実際の世界で機能しているいろいろなオブジェが、絵の対象として平等に見ていると、全てが同等の粒子になってしまう。
これは、光を徹底的に色彩分割した新印象派の方法や考え方とも違うかもしれない。
全てが同等の粒子になっちゃうと、何が何だかわからなくなるいっぽう、自由自在に絵が描けることにもなる。描けないものはなくなる。見えたものをそのまま絵具に置き換えればよいのだ。
装飾美術から絵画に転向したヴュイヤールなのに、厳密な写生の姿勢を持っていたことになる。
むしろ装飾が先にあったから、写生を追求したのかもしれない。装飾的な感覚は初めから身に付いていたのだから、便利といえば便利だ。絵画の装飾性は自動的ににじみ出てくるのかも。
今日の夜は歩いてプールに行った。雨は上がっていたが肌寒く、とても空いていた。気持ちよく泳がせていただいた。
作品:F8「昼下がりの村」
天気:雨

世界七大クラシック

昨日、世界七大クラシックを選んでみた。1ギリシア彫刻 2ルネサンス美術 3バロック絵画 4印象派前後のフランス絵画 5隋・唐・奈良・鎌倉の仏像 6宋元の水墨画 7明末清初の水墨画
日本美術が凄く少ない。浮世絵も入っていない。でも、自分が繰り返し見ているのは上記7つのクラシックだ。
ところで、ウーゴスのアーティスト・トークって何をしゃべるんだろう? 落語を1本やっても20分ぐらいだ。2時間もしゃべることあるだろうか?
一応アウトラインとか資料みたいなものを30部ぐらい作ったほうがいいだろうか? プレゼンみたくなっちゃうかな? もちろん、私はプレゼンなんてやったことない。テレビドラマで見ただけ。
腰の痛みは(私の中では)最悪。歩いているし、少し腹筋もやっているのにおかしい。
風邪は消えた感じもあるけど、少し頭痛があるか? 頭痛ほどではない。そういう感じ。また違和感か? 頭重でもない。たぶん治っていると思う。治っていないと困る。忙しいもの。
個展のために、フランスサイズ木枠から張りなおすための日本サイズ木枠を使って28日のクロッキー会のキャンバスを張ってしまった。ああ、また明日からフランスサイズから日本サイズに変更する作業を始めるぞ!
仕方ない。クロッキー会は大切だもの。私にとっての最高の土俵? グラウンド? リング? コート? ピッチ? 対局場? なんでもいいや。優先順位1位かな?
天気:曇り。涼しい。夜半から雨

古典の息吹

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喉が痒いのはしょっちゅうだけど、昨日は喉が痛くなり、初めはイヴ、次にルルを飲んだ。今はまた痒みに変わったけど、とても危険な感じ。季節の変わり目は風邪に注意しないと面倒なことになる。喉スプレーはジャンジャン噴射している。鼻も怪しいので、プールも休んだ。プールは鼻にとても悪い。
ま、私の場合、普段薬を滅多に飲まないので、少し飲むだけでとてもよく効く。

もちろん、マチス、ピカソ、ブラマンクがいけないわけではない。大いに素晴らしい。だけど、その大元を見ないのはあまりにも淋しい。ルーベンスやレンブラント(1606〜1669)は、模写をするべき重大な画家だけど、もっと遡ればレオナルド(1452〜1519)やラファエロもいる。さらにボッチチェリ、マンティーニャなど切りがない。ルネサンス絵画はルーベンスなどのバロック絵画よりずっと地味で単純だけど、堅固で深く、魅力的だ。もっと遡れば、古代ギリシアに行き着いてしまう。
ま、ルーベンスでも十分クラシックだ。古典の息吹に満ちている。
ルーヴルにはルーベンスのでっかい連作『マリー・ド・メディチの生涯』がずらりとある。7月に行ったときは36年前とまったく展示の部屋が変わっていて、物凄く探した。いったん出て、再入場する方式だった。嫌なシステムだ。あんなの無理だよ。いったん出たが最後、二度と入れなくなると思っちゃう。でも見られた(=いったん出た)。
そういえば、『アヴィニョンのピエタ』はとうとう見つからなかった。ルーヴルがアヴィニョンに返還したという噂も訊いたような気もする。古い資料ではルーヴル所蔵となっているけどね。見たかったぁ〜。
今日は表参道のウーゴスにきのこ展を見に行くつもりだった。長津田まで行ったら、田園都市線が止まってしまい、行けなくなった。明日までなのでもう行けない。
作品:F8「谷あいの家々」
天気:曇り

必ず見に行く!

ルーベンスの『クララ・セレーナ・ルーベンスの肖像』が来る。1616年ごろの作品だ。ルーベンス(1577〜1640)が43歳ごろの絵という計算か。
この絵を画集で見て、私の父が驚嘆していたのを思い出す。そのころの父は50歳は過ぎていたと思う。50歳でルーベンスを知ったわけだ。父の若いころはみんな「マチ・ピカ・ブラ」だったと嘆いていた。「マチ・ピカ・ブラ」とはマチス、ピカソ、ブラマンクのこと。どの日本人洋画家もこういう20世紀初頭の画家たちに熱狂していた。
私は20歳の初めにルーベンスに無我夢中だった(まわりの女の子にはさらに熱中し、連続肘鉄を喰らっていたけどネ=元気だったなぁ〜)。なんか自分が17世紀のフランドルに生きているような錯覚さえあった。頭がおかしくなっていた。18歳ぐらいから20歳代の前半は、短い間に、いろいろな画家にのめりこんだことになる。ルーベンスはその中でも深く惚れ込んだ。だって、20歳のときには、すでに牧谿を知っているのだから、ヨーロッパの画家に心酔している暇さえないはずなのだ。
父は私と28歳ちがいだ。だから、父は40歳代の終わりごろから私と並行してヨーロッパの古典絵画や中国の宋元画に入り込んでゆく。
これはカラー印刷技術の画期的な進歩とも関係している。原色図版の画集がどんどん出ていた。カレンダーや一枚もののカラー図版も手に入った。
ところで、私は『クララ・セレーナ・ルーベンスの肖像』の原画をまだ見たことがない。リヒテンシュタイン侯国という小さな国の所蔵だから、行っていない。
10月は自分の個展が二つ続けてあって、ルーベンスと言えども、他人の絵にかまけている暇はないけど、合間を縫って必ず見に行く! これが私の父への供養であり、墓参りだ。もちろん、自分自身の楽しみでもある。その前に、どういうわけか招待券を2枚持っているのだ。実は私はとても豊かかも。ゴメン。
リヒテンシュタイン展 <10月3日〜12月23日/国立新美術館>。その後高知県立美術館、京都市美術館に巡回。
天気:晴れ
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