イッキ描きブログ

菊地理の油絵作品と絵の話

2013年12月

Jポップ対談

一昨日発見したYou Tubeの山下達郎と桑田佳祐のラジオ対談が面白い。お二人の欧米音楽の話はさっぱり分からない。ビートルズの話も半分ぐらいしか理解できない。桑田は私より5年ぐらい若く、山下は2歳ぐらい下。ほぼ同世代だけど、ちょっとずれる。対談も1988年ととても古い。
30分ぐらいの対談が3回ある。全部聴いた。音楽はほとんどカットされている。山下と桑田が一緒に歌ったザ・ピーナツの「恋のバカンス」はちゃんと聴けた。
山下によれば、この世代の音楽事情は音楽史上ありえなかった特殊なものだったという。それは売るために作った音楽ではないから。特に山下は自分が芸能人だとは思っていないらしい。実際彼はテレビにも一切出ない。芸能人ではない一般人の普通の暮らしをしていると言っていた。山下が電車に乗っていてもほとんどの人は気がつかないだろう。
言ってみれば、文人音楽家ということか。それにしては、多分有り余る音楽収入がある、はず。もちろん桑田の比ではないだろう。もっとも、1988年だったら、そんなに変わらなかったかも。
落語の話も少し出て来る。山下は圓生派(正統派)で、桑田は枝雀みたいな方向性(ズッコケ派か?)と言っていたようだ。
曲を作る話はとても興味深い。だいたい私のイッキ描きに近い。私の画法は現代のJポップに通じているかも。実際、凄く同意できる。ただ、音楽は生計が立つけど絵では食えないから、私には仲間がほとんどいない。酒も飲めないから私としては不満はないけどね。Jポップやお笑いの人たちは仲間も多く本当に仲がいい。
昨日、地塗りキャンバスをたっぷり仕込んだので、とても豊かな気持ちで正月が迎えられそうだ。
今朝、自分のYou Tubeの撮影をしたけど、全然ダメだった。You Tubeは大変な仕事かもしれない。
みな様もよいお年をお迎えください。
天気:晴れ
作品:F4「風わたる秋」
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下手な鉄砲も・・・

最近のブログのアクセス数がとても減っている。基本的にはアクセス数は気にしない。減っていても毎日60ぐらいご訪問いただいているのだから、十分満足である。
年内に100号を5枚描く予定だったが3枚しか仕上がらなかった。あと2枚新しいキャンバスを張って、最低でも3枚ぐらいは描きたい。2枚張って3枚という計算は、失敗するからだ。今描いてある3枚もどれかは潰すと思う。よく見ていない。希望は10枚描くことだったが、6枚でも十分満足だ。6枚描けば12人の裸婦を描く。12枚分の絵と一緒だ。とはいっても、1枚に2人描くわけで、そのときはバランスも考える。
だけど、いつも申し上げているように、絵は、考えて出来るものではない。構想を練ったり、色彩を調整したりするのは悪いことではない。というか、そうしなければ絵は出来ない。だけど、それで思うような絵ができるものではない。そんなに甘くはない。絵が、そのように計画的に出来るのだったら面白くもない。自動車やロケットを作っているわけではないのだ。
描きたいという欲求が第一に必要だ。これがなければ始まらない。そのために構想を練るのは当然かも。また、いろいろな試みが作画意欲を刺激することもある。古典絵画は物凄く強烈がカンフル剤だ。もちろん、実際の風景や花、裸婦などが最高の作画動機になる。当り前である。クロッキー会では何が何でも描かないわけにゆかない。目の前で裸の女性がポーズをしているのに描かないバカはない。
そうやって、じゃんじゃん描いて、その中にましなものが少し混ざる。それがイッキ描きのやり方だ。
「下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる」方式だ。物凄い数を撃っても、まったく当たらない場合もあるけどね。
そうやって何十年も描いているうちに、筆ダコも出来るし、腕も上がる。歳は取るけど、味も出る。そういうものだと思う。それは安心ではない。だけど、焦ってもどうにもならない。
で、今日は100号を2枚張って、小さいキャンバスを5枚張った。地塗りもやった。これで、8日のクロッキー会は大丈夫。ただし、シルバーホワイトとチタニウムホワイトを間違えてしまった。最後のシルバーホワイトがなくなった。100号の地塗りを6カ月待つわけにはいかないから、表面が乾いたら描いてしまう。10号1枚と4号4枚は半年後に使う。外で作業をしたが、けっこう汗ばんだ。真夏よりずっといい。
天気:晴れ

淋しくなる

すごく大事な人への年賀状を忘れているかも知れない。最後の1枚も忘れてはいけない人だった。致し方ない。150枚じゃ、誰に出したかも定かでない。住所録もグチャグチャだ。基本的には去年来た年賀状を見ながら書く。だけど、それだと喪中はがきを頂いた方を見落としてしまう。喪中はがきも年賀状と一緒に取っておく必要がある。当り前か。
息子家族もカァチャンの実家に行っちゃった。マンションの人もみんな帰っちゃう。成瀬の街もなんだか人が少なくなった感じ。私には行くところもないから、この辺りをうろうろして年末年始も終わる。キャンバス張りと地塗りだけはやらなければならない。8日にはクロッキー会がある。来年だと安心していると大変なことになる。来年と言っても10日後なのだ。この時期、地塗りが乾くには1週間から10日かかる。出来れば明日中に地塗りを済ませたい。嫌だね。
昨日は今年最後のプールに行った。来年は6日から。プールもけっこう過酷だから、ないと嬉しいけど、10日もないとちょっと寂しいか。
天気:晴れ
作品:SM「プランタン」
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なぜか腹立たしい

今朝の天声人語には泣かされた。
<いつもよりやさしくゆっくり年賀状の宛名を書く「福・島・県」と>石田佳子。
もっとも私は郵便番号を信じて県も市も省略している。
その天声人語の主張はパソコン批判。いつもながら朝日のお説教にはがっかりだ。
パソコンは機械だ。道具にすぎない。筆や紙と同じなのだ。そこのところを理解していないから陳腐な主張になる。本当につまらない。月並み。
今まで印刷でやっていた年賀状を突然筆にしてまともなものができるわけがない。こちとら、何十年も200枚の年賀状を手で描いてきた。墨もちゃんと磨っている。墨汁ではない。塾を辞めてからでも150枚は描く。普段も墨で裸婦を描いている。それでもまともな物は出来ない。実に申し訳ない。昨日も謝ったばかりだ。
パソコンにはパソコンの機能がある。筆も墨をお勧めするのにパソコンを批判するのは筋違いもいいところだ。パソコンに人格があったら「矛先は、お、俺かよ」とびっくりするだろう。無実の罪だ。
筆と墨だと「心がこもる」らしい。「パソコンを片づけてみれば、机の上は意外と広い」だって。それじゃあ、片づけっぱなしで、心をこめて新聞の仕事をしてみろや!
どうも朝日は、ヘンにいい子ぶっていて気に入らない。
今日こそ、年賀状を投函した(1枚を除いて)。
天気:晴れ。風があって寒かった。
作品:F3「秋の公園」
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休めねぇ〜〜

原則では「絵は描けば描くほど上手くなる」はずだ。しかし、年賀状の馬は150枚も描いたのにちっとも満足できない。新年そうそう笑ってもらえる絵になってしまった。怒る方もおられるかも。実に申し訳ない。
年内のクロッキー会も終わり、100号以外は絵を描く予定がない。・・・終わったぁ〜。
と喜んでいる場合ではない。1月8日には次のクロッキー会がある。いま、地塗り済みの張りキャンバスはほとんどない。そう言えば、100号も張らなければならないのだった。休めねぇ〜〜。
紙もない。1月8日のクロッキー会の紙はギリギリ間に合うけど、なんか情けないから、買い足しておきたい。
100号を張るのはハンパない大仕事だ。2枚張るには1時間以上かかる、と思う。クレサンキャンバスの100号は張り上がると、本当に綺麗だ。絵を描くのがもったいないぐらい。その綺麗なキャンバス地にガンガン地塗りをして、じゃんじゃんムチャクチャな裸婦を描く。楽しいね。1月末までにはましな絵が2枚ぐらい出来るだろう。
100号は外で描くけど、風がなく晴れていれば、どんなに寒くても大丈夫だ。ふつうの防寒で身体がカッカして来る。曇っていたほうがいいかもしれない。
現在63歳だけど、絵については若い頃とほとんど変わらない。むしろ今のほうが好調かも。北斎も最高傑作の富嶽三十六景は72歳ごろに出来ている。北斎の60歳代から70歳代にかけての絵は最高の出来かも。もちろん90歳間際の肉筆画も素晴らしい。
ああ、この分ではずっと休めない。私には隠居はないみたいだ。というか、初めから隠居暮らしみたいなものか。
それに、キャンバスや絵具、画用液などの画材料はすべて揃っている。ありがたいことだ。キャンバスを張って地塗りをしてしまえば、描けるだけ描けるのだ。
私はいま幸福の絶頂期にあるかもしれない。
天気:曇りときどき雨

レンタルCDを見た

25日までに年賀状が出せなかった。でも、今日は出せると思う。頑張る(予定)。
どうしても1日ずれる。ダメ人間である。
昨日の夜も、しっかり『空飛ぶタイヤ』(原作・池井戸潤)のレンタルCDを見てしまった。巨大財閥自動車メーカーのリコール隠しを扱ったドラマだから地上波では放映できないらしい。よく出来たドラマで、豪華キャストが顔をそろえている。日航の腐った体質を暴いた『沈まぬ太陽』(原作・山崎豊子)は放映したのに、おかしい気もする。このドラマはいろいろな賞を受賞したらしい。よく出来たドラマだと思うけど、『半沢直樹』(原作・池井戸潤)みたいな花はない。『半沢直樹』は痛快で笑いも多かった、気がする。
まだ『下町ロケット』(原作・池井戸潤)のWOWOWドラマもある。家内が原作を読んでないので、借りて来こられない。早く読めぇ〜〜。
また、『櫂』(原作・宮尾登美子=まだ読了していない。430ページまで進んだ)の映画やドラマは多い。NHKが作った松たか子主演のドラマがいいらしい。五社英雄監督の映画版は酷い内容とのこと。見ていないし見る予定もない。
で、『レ・ミゼラブル』(原作・ヴィクトル・ユーゴー=未読)だけど、ストーリーが偶然だらけでちょっと説得力に欠ける。映画は凄い意欲で作ってある。見ないと損。ミュージカル映画だから、「歌っている場合か!」という場面が何度もある。私の中では、ミュージカル映画と言えば『シェルブールの雨傘』だ。『ウエストサイド物語』はまだちゃんと見ていない。中学生のころ国語のO先生が絶賛していた。
で、今日も年賀状は出せなかった。しかし、表面はすべて描いて、宛名面も少し進んだ。明日は絶対に出せる。
天気:曇り
作品:F8「秋の梅の木」(24日アップしたF10よりこっちのほうがいいと思う)
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突き放せるか・・・

年賀状を描こうかと、机の上に古新聞を広げた。やけに派手なページだった。有馬記念のカラーページ。馬の写真がいっぱい載っている。私の描いているポーズにそっくりな馬もある。馬の脚は難しい。前日に十数枚記憶で描いた自分の馬もけっこう正しい脚だった。
ついつい写真を見てしまう。写真を見ると、陰で形を追う。実物を見て描いたり、記憶で描こうとすると骨格や筋肉を追う。もちろん、骨格や筋肉が美しいのだ。そこが描きたいのだ。
アマチュアの美術展でも、幼子を写真を見ながら描いた絵はとても多い。ほとんどの絵は陰影で追っているから、幼子の魅力が消えてしまう。ふっくらホッペを表現しなければ、幼子の絵にはならないのに、陰影で追うから妖怪みたくなってしまう。
描きたいぃ〜〜、という気持ちだけでは絵は出来ないものだ。
裸婦も同じ。いくら女性の裸が魅力的でも、突き放さないと絵にならない。そこが渡世人の辛いところだ。男もつらいけど、絵描きもつらいのだ。
で、今日は、クロッキー会だった。十分突き放せたか、とても自信はない。
天気:晴れ

あまりにも強烈

You Tubeに自分の動画を100本以上アップしている人もいるらしい。無制限に出来る。半永久的に消えない、はず。サザンの歌は消されてしまう。営業上致し方ない、と思う。
若い頃に感動した古典絵画を再確認するのは思ったよりずっと楽しい。
で、昔のいい絵を見て、それが自分の絵にどう影響するのか、というと、私の場合は影響の自覚がほとんどない。自覚がないだけで、物凄く影響されていると思う。
しかし、自覚はない。私は現場で実物を見て描くから、とにかくその現物に影響されてしまう。というか、自分では100%現物を描こうとしている。風景、花、裸婦、すべて現物があまりにも強烈すぎる。
風景は、そこらの景色を描いているだけだ。いつもキョロキョロ見ながら歩いている。おかしなジジイだ。あやしい感じはない、と思う。主に遠くを見ているからキョロキョロしていても不審者とはだいぶ違う、はず。また、上のほうを見ている場合が多い。空はとてもよく見る。これも不審者というより変わり者というイメージだろう。
父は、昔の絵に強く影響されていた。ターナーとかボナールとか、そんなような絵を描いていた。第三者から見れば私も似たようなものかもしれないけど、私の場合は、きっと誰も気がつかないと思う。この秋も『源氏物語絵巻』の色彩を狙ったけど、まったくちがう絵を描いてしまった。ま、油絵だし、違っていても大過はない。
年賀状に描く馬の絵は鞍馬天狗の馬、かな。疾駆しているように見えるだろうか?
今日は年賀状を50枚以上描いたけど、とても明日の投函は無理だ。
天気:晴れ。予報に反し暖かかった。
作品:F10「秋の梅の木」
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かなり面白い

動画撮影はやってみると、かなり面白い。
今アップしてある『モネとルノワール』は二つの絵を比べて話を進めたが、あれではつまらない。本からプリントアウトしてタグなどもワードで打った。
Windowsムービーメーカーを使えば、画像のうえからタグを打てる(らしい)。また、編集ができるから、だらだら話しても5分以内にまとめられるはず。
・・・と思ってダラダラやっていたらメモリーカードがすぐ満杯になってしまう。私の持っているメモリーカードは2GBと4GB。32GBなどもあるらしい。しかも2000円余りで買える。
ムービーカメラってどんなものだろうとカメラ屋にも行った。そうしたら、息子の家に現物があった。しかし、息子の家のを借りるのは面倒。向こうには幼子が二人いて、ムービーメーカーは必需品だ。でも、ちょっとやってみるのはいいかもしれない。
2000円余りでメモリーカードを買うか、20000円余りのムービーカメラを買うか。
やっぱり、1回息子の家のカメラを借りよう!(=当り前か)
絵を説明するとなると、自分でもよく見る。これもとても有効だ。昨日は『源氏物語絵巻』の素晴らしさを再認識してしまい、感動をさらに深めてしまった。でも、解説者が感動していなければ、見る人を納得させることはないと思う。
今日は年賀状を描き始めたが10枚ほどで挫折した。150枚への道は遠い。
天気:曇り

撮影してみた

昨日は、数年前に買ってよく読んでいなかった『ライバル日本美術史』(室伏哲郎・創元社)の第1章「藤原隆能vs.常盤源二光長」を読んだ。『源氏物語絵巻』と『伴大納言絵巻』の話だ。とてもつまらなかった。こんな話が立派な本になっていること自体おかしい。室伏は版画の専門家みたいだけど、絵のことは知らないようだ。絵画の造形的な話にはまったく踏み込んでいない。この二つの絵巻が世界最高の色彩絵画だということも一切語っていない。この第1章ではp26の冒頭部分が一番熱のこもった文章になっている。
「絵巻の登場人物五百余人の群衆が、誰彼の区別なく似たようなしがらみのある乱世を泳げるか泳げないのかの、不条理に満ちたこの時代の不安のエネルギーが一気に発散して絵巻物に結実したと見て間違いないのではなかろうか」
という件だ。
だけど、これは室伏の感想であり、なんの根拠もない主張にすぎない。もちろん正しいかもしれない。しかし、この文章は『伴大納言絵巻』を借りて、室伏がカッコいい言葉を吐きたかっただけだ。『伴大納言絵巻』に対する愛情も尊敬もない。
ダメだぁ〜〜。
早くYouTubeで私の絵の話を発表しなければ。本当に頑張らなければダメだ。どの本にも私みたいな主張はない。絵画を有機的に解剖していない。話にならない。体裁なんかどうでもいいから、早いところ初めないと、このままゲーム(ばかりやっている)ジジイとして死んでしまう。確かに死ぬまでに自分の絵だけは描くかもしれないけど、それでいいわけがない。昔の偉い油絵描きはみんなフランス語を習得してフランス美術を日本に紹介しているのだ。中村彜などイタリア語も出来た模様。
私の役目は、紹介された世界の美術をさらにしっかり解説することだ。もとより私の個人的な主張かもしれないけれど、発表しないことには喧嘩にならない。仕舞い込んで死んじゃったんじゃあ、教えてくれた父親にも申し訳ない。
というわけで、今日はYouTube用の動画を撮影してみた。まったくうまくゆかない。室伏の知識は素晴らしいかも。で、午後2時ごろからカメラ店などを覗きながらプールに歩いて行った。夜は息子家族と合同のクリスマス会をやった。プールの帰りにスーパー三和で買い物をして、レンタルビデオ屋のTUTAYAによって『下町ロケット』のWOWOWドラマがあるかどうか確かめ(あった=借りられていた)、午後3時過ぎの街を見ながら帰った。現実の景色は絵巻物より美しいかも。美しく見えるのはプールで泳いで頭がボケているからかも知れない。
天気:晴れ
作品:F10「秋の丘陵」
131127oyamada10
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