イッキ描きブログ

菊地理の油絵作品と絵の話

2014年08月

えらい違い

『フェルメールの仮面』(小林英樹・角川書店)は小説ということもありどんどん進んでしまう。もう130ページまで読んでしまった(全部で327ページ)。
なんか昔見たテレビドラマ『愛していると言ってくれ』みたいな世界。『愛してくれと言ってくれ』は豊川悦司と常盤貴子が主人公。豊川は聴覚に障害がある新進画家だった。主題歌はドリーズ・カム・ツルーの『LOVE LOVE LOVE』。主題歌が最高にいい。ここに意地悪な妹役で矢田亜希子も出ていた。このドラマを美術世界から音楽世界に塗り替えたのが『オレンジデイズ』だと思う。
絵描きの世界をああいう風にとらえているのか。小林英樹は私より3歳年長の画家。きっと『愛していると言ってくれ』も見たかもしれない。個展会場の場面などけっこうちゃちかったけどね。
現実の気鋭の新進画家と言えば独立美術協会の絹谷幸二を思い出してしまう。絹谷ももう71歳か。
私みたく「美術なんて分野はない」「出来た作品より描いている瞬間に意味がある」などと言い張って、巷をはいずりまわっている貧乏絵描きとはえらい違いだ。
もちろん、『フェルメールの仮面』も才能、努力、売名に貫かれている。もっとも「売名」といういい方には語弊がある。そんなに不純じゃない。悪役じゃない。
「出来た作品より」とは言うけど、最後は絵で見てもらうしかないかもしれない。まだ迷いがあるのか? あるなぁ〜〜。
天気:晴れ
作品:SM「黒曜石」
140808sm

中国水墨画に惚れています

1996年に横浜のそごう美術館でやったボストン美術館の至宝/中国宋・元画名品展も素晴らしかった。昨日見た台北故宮博物院展よりはるかにたくさんの水墨画が来ていた。圧巻は陳容の『九龍図』だった。模本みたいな『雲竜図』も来ていたので『九龍図』の凄さが際立った。団扇みたいな形の小さな絵も無数に来ていた。夏珪の傑作『風雨行舟図』も入っていた。『峭壁松泉図』は忘れられない波の表現だった。光琳も北斎も「波の元はこれかも?」と思ってしまった。
昨日の『市擔嬰戯図頁(したんえいぎずかん)』もよかった。あれは本物を見ないとわからない。印刷だとコントラストが強すぎる。本物は淡く美しい。淡いけど弱いわけではない。そのあと東京国立博物館の本館でワーグマンの油彩画『飴売』を見たけど、同じ画趣か。ワーグマンも悪くない。
さらに、本館では、8月8日にコメントを頂いた『瀟湘臥遊図巻』も見た。あんないい絵が日本にあるのも不思議だ。
なんだかんだ言っても東京国立博物館は楽しいね。
今日は、マンション勤務のあと休まず、少しの晴れ間を狙ってキャンバスを張った。そのあと外プールに行って(17:00〜18:00が狙い目)、またまた休まず地塗りをやった。ほぼフルコースの活動だった。プールは寒いぐらい。水も冷たかったがとても綺麗。客は私一人だった。まことに恐縮です。
天気:曇りのちときどき晴れ

いい茄子発見

どうしてもあの茄子が描きたい。あんな茄子は珍しい。枝ぶりがいいのだ。1本グーンと外に伸びている。大きな葉っぱも豊かに茂っている。茄子も立派なのが付いているし、紫の小さな花も少し見える。畑の主が茄子を収穫してしまう前に描かなければ。
ああ、地塗り済みキャンバスが足りねぇ〜〜〜。
来週は絵画教室もあるしクロッキー会もあるのだ。どうやって切り抜けるのだろうか?
裁断キャンバスもあるし、木枠もあるのだけど晴れないと張れないのだ(何度も言うがシャレではない)。困ったね。プールも行かなければならないし、マンション勤務もある。ほんと、キャンバス張りなんて1時間も頑張れば10枚ぐらい張れちゃう。地塗りなんて30分余りで済む。もちろん乾くのに数日かかるけどね。それも計算に入れておいての話だ。
今日は上野の東京国立博物館で台北故宮博物院展を見て、夕方から悠遊展の搬出に行った。台北故宮は期待したほどではなかった。2年前の北京故宮の方がよかったし、去年の上海博物院展の方がよかった。なんか皇帝のおもちゃみたいな小さな玉だか翆だかしらねぇけど、そんなものばかりで、老眼で見えない。あたしゃ、小さなものなら鉄道模型の方が楽しいね。でも、陶磁器はよかった。水墨画も多少はあった。本物の『赤壁図』を見られたのは嬉しかった。
今日はホームページの更新日だった。ホームページのほうもよろしくご高覧ください。
天気:曇り
作品:F6「真夏の海原」
140820umi6

楽じゃない

今日は朝一に茄子を描きに出た。なかなかいい茄子はなく、描く足場もない。難しい。やっといいのを見つけて描きだしたらしとしと降ってきた(4号1枚だけ一応描いた)。話にならない。これぐらいの雨なら外プールはやるかもしれない(朝10時は検討中だった=行けない)。
ま、イッキ描きの方法はムチャクチャかもしれない。理論も当てにならない。だけど時間に隙があったら描く、泳ぐ。これで当分突き進む予定だ。もうこの路線しかないもの。この方法が古典絵画をちゃんと踏襲しているかどうかは不明だ。たとえば、尾形光琳の方法からはかけ離れている。しかし、光琳が尊敬した雪村だったらかなり近いかもしれない。雪村は、牧谿を慕い雪舟を追って85年の生涯を終えた。
ま、描いている分量だけはハンパないはず。キャンバスも絵具もヨーロッパ製だから、きっと高価だ。いいはずだ。ずっと使っているから、それももうわからない。
ああ、地塗り済みキャンバスがまた足りなくなってきた。イッキ描きも楽じゃない。
でも、この前ブロックスのチタニウムホワイトが1本出てきた。まだ7割がた入っている。これはでかい幸福だった。
今朝『「自分」の壁』(養老孟司・新潮新書)を読み終わった。いままでどおりの話。ほぼ同意できる。でも、東大医学部の教授という最高の頭脳の持ち主の思いと巷ではいずりまわっている貧乏絵描きでは暮らしの土台が月とスッポンだ。意見が合わないのは致し方ない。
今日は図書館で『フェルメールの仮面』(小林英樹・角川書店)を借りて来た。少し読んだが、イッキ描きを支持する内容だった。面白そうだ。
天気:小雨

踏み込む瞬間

昨日、20日に海で描いた絵を見てみた。これをイッキ描きの蔵出し作業と呼んでいる。無茶苦茶な絵だと思っていたけど、けっこう面白い。いいかもしれない。
「作品の出来がどうでもよくて、美術なんて分野はない」と言いながら、絵を買ってもらい、絵画教室で講師もしている。おかしいっしょ!
絵を描くのは涅槃寂静のときを得るためなのだ。極楽浄土にワープ出来るのだ。水泳もウォーキングも同じ。私はそれを伝えたい。それで絵画教室もやっている。わが絵画教室のキャッチは「描いてるときは、みなゴッホ」だ。描いているその瞬間が楽しいのだ。永遠なのだ。すべてなのだ。出来た作品はどうでもいい。本気でそう思わないといい絵は出来ない。私の推測では古典美術のほとんどすべてそういう境地で描いている。作品を創ろうとして描いて、いいものが出来るわけがない。モネの『印象━日の出』を思い出していただきたい。
アマチュア絵画展を見ると、絵をよく知っている方がいる。絵の調子というものを知っている。ハーモニーだ。わかっているのだ。びっくりするぐらい描ける。優等生だ。だけどそれでは稀勢の里なのだ。白鵬ではない。四つに組んだら踏み込まなければ勝てない。もとより踏み込む瞬間に隙が出来る。踏み込むということはリスクを追うことだ。絵だったら調子を壊さなければゴッホにはなれない。自分でも胸のすくように上手くいった調子を、今度はぶっ壊すのだ。その度胸がないと世間に通用しない。上手い絵描きはいくらでもいる。問題は踏み込んでいるかどうかだ。デュフィは物凄く踏み込んでいた。斬り込んでいた。
将棋でも、駒組みが出来たら斬り込まないと勝負が始まらない。斬り込む瞬間に敵に駒を渡す。ここが怖い。しかし斬り込まなければ将棋は始まらない。手詰まりになってしまう。羽生名人はあんな顔をして物凄い勢いで斬り込む。捨て身の勝者なのだ。
ああ、人生はすべてパラドックスである。・・・のかなぁ〜〜???
今日はクロッキー会だった。
天気:雨
作品:F4「真夏の海」(5枚のうち、この絵が一番の問題児)
140820umi4

伝わってねぇ〜〜〜

運動フルコースでも夕飯が天婦羅だったからすべてパー。家の天婦羅は無制限に食ってしまう。金がかかっても天婦羅屋に行ったほうが健康にいいかもしれない。でも、天婦羅だけは安物は消化に悪いから、そこそこの店に行かないわけにはいかない。う〜ん、でも値段じゃないんだよね。豊橋にはびっくり価格のいい天婦羅屋がある。欠点は大根磨りが付かないことだけ。天婦羅は大根磨りが命でしょ。フライだったらキャベツの千切りが命。ちなみに私はキャベツの千切りが出来る(得意とは言わない)。
そう言えば、油を使わないでフライを揚げる器械があるらしい。あれって夢か? 以前一度興味を持ったけどすっかり忘れていた。
それにしてもわがイッキ描きの理念は伝わらない。誰にも伝わらない。気持ちいいぐらい伝わらない。
「絵は作品の出来ではなく絵を描くことに意義がある」という理念だ。
誰もみんな自分は特別だと思っている。特別な人間だから特別な作品を生み出せると考えている。選ばれた人間だと思いたい。いろいろな映画やマンガの根柢に流れているのも同じ考え。厭だね。ま、私はそういう映画やアニメをけっこう好きだけどね。映画『マトリックス』とか、ついこの前テレビでやっていた『ウォンティッド』。マンガだったら『ドラゴンボール』。みんな選ばれた特別な主人公が頑張る話だ。こういうのはとっても楽しい。
自分が、何かの才能があり、選ばれた人間だったらワクワクするかも。
しかし、メンドクサイほうが先に立つ。
やりたいことをやりたいようにやりたいもの。それは間違っていない。絵は、描きたいものを描きたいように描けばいいのだ。それはイッキ描き理念以前の大前提だ。
ま、作品の出来は問題じゃないとか、美術という分野を認めないとか、こんな主張が理解されるわけないよ。そういうことを言いながら絵を買ってもらっているのだから、トンチンカンだと思うのが普通だ。私の思いが伝わらないのは至極当然である。
今日は豊橋展のDMを作り始めなければならなかったのに、すっかり忘れていた。
天気:小雨

胆力とは?

胆力って何だろう? ネットで調べると何かあっても平常心でいられる心の力のこと、みたいに書いてある。泥棒に出会ってもびっくりしないで対処できる人か? または火事などになっても落ち着いて火を消せる人、みたいな。
私の思う胆力は我慢強い気持ちだ。長続きする力。具体的には腹筋や腕立て伏せは胆力を鍛えてくれると思う。もちろんジャニーズの方々や椎名誠みたく200回も出来ないけどね。今は平面ではなく机を使う楽な斜め腕立て伏せをほぼ毎日50回やっている。これでも最後の10回は死ぬほど苦しい。また、腹筋は膝曲げだけど24回(ハンパです)。これまた最後の4回が辛い。水泳でも初めにクロールで800m泳いじゃう。これもとても長い感じ。私だと15分ぐらいかかる。その後はほぼ遊び。でも200m個人メドレーやノーブレ(息継ぎなし)の25mクロール。8〜9回スクロールの25mブレストなどもけっこう苦しい。とにかく1回プールに行くと「ああ、運動した」って気持ちになる。64歳だけど、普通に気持ちいい。元気であれば年齢は関係ないと思う。やっと最近わかってきた。
で、胆力はイッキ描きにとても大切だ。イッキ描きは居合みたいな戦法。最後は胆力がものを言うと信じている。ま、信じているから厄介な運動を続けているんだけどね。とは言っても、運動はやっていると、心は怠けたくても身体が要求してくる。身体の中に犬を飼っているようなもので、散歩に行けとうるさいのだ。ま、よく運動しているつもりだけど、若い頃に比べると身体は十分ブヨブヨである。
で、今日は午前中に50m室内プールに行った。午後はマンション勤務があったので十分歩いた。今日も運動フルコースだった。
天気:曇り
作品:F4「水辺にて」
140808-4e

意見が合わない

昨日の天気は晴れではない。晴れのち曇りのち雨のち晴れだ。夜中は涼しかった。
週刊新潮は右寄りだと思う。その新潮社の新潮新書が『「自分」の壁』だ。だから保守的な内容にならざるを得ない。もちろんそれは承知の上だ。致し方ない。そういう世の中に生きて、そういう本が読みたいんだから諦めるしかない。週刊新潮だって待合室にあれば手を伸ばす(週刊文春が優先だけどね=こっちもしっかり右傾向)。だからって、私自身生粋の左翼ではない。どころか、何もしない。いい加減な人間だ。ただ文句を言っているだけのクソジジイだ。はっきり言ってTPP(環太平洋経済連携協定)はちょっと怪しい感じもあるけど、基本的に賛成だ。だから私は全然左翼ではない。TPPはしようがないと思っている。そういう方向でしょ、世界は。諦めるしかないよ。人類は進歩しなくちゃ。
とにかくここでは政治の話はしない予定。というか知識がないから政治の話は出来ない。池上彰みたいな博識じゃないもの。
養老孟司は角のご隠居みたくいろいろな話に口を出す。偉いと言えば偉い。新潮社の枠の中で一生懸命頑張っている。現代の社会問題にどんどん斬り込んでいる。だけどおかしなところもたくさんあると思う。「それは無理っしょ」と思う点も少なくない。意見が合わないのは健全な証拠だ。とてもいい。
正直に自分の思うところを(新潮社の枠の中でだけど)語る養老先生は面白い。楽しい。少し食い違うだけで、ほとんど意見も合う。新潮社だって右とか左以前にまず本が売れることが大切なのだ。売れれば右も左もない。岩波書店も筋が通っていて立派だけど、新潮社も、別な意味でちゃんと筋が通っている。
私も絵が描けて泳げれば、あとはどうでもいい。筋が通っている、と思う。多少の我慢は、もちろん覚悟の上だ。それぐらいの胆力は鍛えてある、つもりだ。
今日は町田に電車で行ってヨドバシカメラでビデオカメラを見てきた。とても高価だった。5〜6万円もした。3万円でも高価だと思っていたのに・・・
今日から京橋のドゥ画廊(金井画廊1階)で悠遊展が始まった。もう11回目だ。もともとは絵画教室の作品発表会だけど、オーナーのM氏の意向でオープン参加だ。で、私の知り合いにも多く出展してもらっている。私は一応講師なので以前は賛助出品程度だったが、去年から3点ほど出展するようになった。等迦会の東京多摩支部展も兼ねているからだ。ご近所にお出かけの節はお立ち寄りください。29日まで。時間は11時から夕方6時まで。最終日は夕方5時で終わり。
天気:晴れ

テレビに向かって大絶叫

今日はマンションの早番勤務があり、その合間に(=昼休み)に望月邸に悠遊展の絵を運び、勤務が終わったと同時に京橋に直行する。大車輪の忙しさだ。夜は2時間パンパシフック水泳を見なければならない。その前に中学生の水泳大会もある。そっちは録画してある。中学生もメチャクチャ速い。バルセロナ五輪200m平泳ぎ金メダルの岩崎恭子も中学生だった。
テレビに向かってバカみたく叫び続ける。テレビに応援してもオーストラリアで泳いでいる選手に届くわけがないんだけどね。ま、自己満足、というか叫ばずに競泳を見るのは無理。特にこう毎日金メダルが続出しては叫ばずにいられない。
昨日の800m自由形男子リレーも素晴らしかった。銀メダルだったけど、アメリカとデッドヒートを繰り広げた。30歳の松田丈志が凄かった。最後にかわされたけど、最後の最後に寸前まで追い上げた。アメリカにはフェルプスとかロクテがいるんだから日本男子の健闘は奇蹟のようだった。
今月はおそらく油絵を50枚は描くと思う。これからまだクロッキー会があり、茄子も描きに行くつもりだ。この前の茄子はホームページにアップしてあるけど、家内からの評判はイマイチ。私自身はそんなに悪くないと思うけどね。
で、今は夜だけど、今日の予定はほぼ完了した。
天気:晴れ
作品:F4「ミケーネ」
140808-4d

一番風呂

この時期の外プールは汚すぎる。この前は酸っぱいような味がした。真夏は無理だ。中学開放プールもオーバーフローだけど、とても汚いし、もちろん混んでいる。50m室内プールは十分許容範囲。だけど遠すぎる。けっこう混んでいる。困った。泳ぎたいよぉ〜〜〜。9月まで我慢出来ない。
この前までは南関東高校総体の水泳をやっていたし、昨日からパンパシフィックが始まった。選手の力泳を見るとますます泳ぎたくなる。
わが家の風呂は24時間風呂で、大掃除は2〜3カ月に一度で済む。で、昨日、その大掃除をした。機械の掃除が間に合わず、普通の風呂に入った。掃除をしたことで一番風呂の権利をもらった。
ふつうの風呂の一番て気が狂うぐらい気持ちのいいものだ。びっくりした。お湯が生きている、というのか、お湯が刺さってくる。あれはたまらない。前野隆司の言うとおり涅槃寂静かもしれない。今までも何度か一番風呂に入っているはずなのにまったく忘れていた。ま、24時間風呂でも時間をおいた一番風呂はけっこう気持ちがいいけどね。水総入れ替えの一番風呂は凄いね。一般家庭では、毎日あれに入っているのか。贅沢だなぁ〜〜。
今日は2日前の筆を洗った。この時期2日間は筆がダメになるギリギリだ。ぎりぎりセーフだった。ペインティングオイルを3リットル作った。ただリンシード(ブロックス製)とテレピンを混ぜるだけだけどね。
3リットルのうち600ccぐらいこぼしてしまった。キャンバスを張って地塗りもした。これで27日のクロッキー会はクリアできるはず。悠遊展の額装も済ませた。
で、夜はまた水総入れ替えの一番風呂を頂いた(掃除もしたけどね)。昨日ほどの感動はない。風呂に入った気持ちが涅槃寂静というのはやっぱり同意できない。
本日これからホームページの更新を行います。そちらもご高覧よろしくお願いいたします。
天気:晴れ
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