イッキ描きブログ

菊地理の油絵作品と絵の話

2016年01月

わかっても悟れない

なにかに集中し、我を忘れ、時を忘れる。これが仏の教えの根幹である、と思う。
無我夢中が無我なのだ。
ただし、例えば、金庫破りが全神経を耳にして金庫のダイヤルを回しているのはダメ。それだって「集中、忘我、忘時」に違いないようだが、それは金庫の中身への執着の塊だからダメなのだ。それがものに執着してはいけないという教えだ。そういう但し書きがとても多い。八正道とか十二縁起とか、諸悪莫作とか衆善奉行とか五月蝿いことになる。坊主の説教は聴きたくないということになる。
何も考えずに座禅をするのが一番。それが仏の姿。それが仏教のすべて。
キンキラキンの飾りや訳の分からない呪文はすべてインチキである。
錦の袈裟なんて着ている坊主は絶対ダメ。
袈裟は糞掃衣なのだ。死体を巻いた布を洗って袈裟にしたのだ。服は風邪を引かないようにそこらにあるものを着ていればいいのだ。
金庫の中の札束に目がくらんだ集中では修行にならない。
絵も、あまりに「いい絵」に執着してはいけない。相撲だって勝ちに目がくらむと負けてしまう。そこのバランスは無限に難しい。
座禅の代わりに絵を描くのは至難の業かも。
今日はマンション勤務のあとクタクタ腹ペコペコで50m室内プールに行った。完璧運動日。
天気:曇り午後一時晴れ

ついに「悟り」を語っちゃう

昨日の冒頭に書いたように、学者は禅の聖典などを繰り返し読み込み、その文章を理解して禅の悟りに迫ろうとする。それは一つの必要条件かもしれない。道元も言葉の表現をとても大切なものと考えていた。『正法眼蔵』の「道得(どうて)」という巻に書いてある。言葉で言って伝えることの大切さを語っている。言葉をバカにしてはいけないと言う意味だ。サザン・オールスターズにも『愛の言霊』って歌があった。
だけど、言葉だけでは足りない。というか、無理だ。何度も言うように、仏教とは修行なのである。修行があって、そのマニュアルとして聖典がある。
マニュアルだけ読んでわかるわけがない。冷蔵庫も電気釜も電子レンジも、まずそのものがなければ始まらない。使用方法のパンフレット(=マニュアル)だけ読み込んでもなんの意味もない。
修行が先にあるのだ。
道元はその修行とは仏道修行だけが正しいと主張する。ここは私とは意見がちがう。
何の修行でもいいと思う。時間を忘れてものに集中することが修行である。その瞬間が悟りである。絵だって水泳だって同じだと思っている。ただし、絵の出来、水泳の速さなどにあまりにも拘ると執着になってしまう。描くことそのこと、泳ぐことそのものに集中しなければならない。我を忘れ、時間を忘れなければならない。その瞬間が涅槃寂静なのだ。生きているということだ。
涅槃寂静が最初にある。その後に諸法無我があって諸行無常がある。
では、絵を描いたり、泳いだりしていない長い普段の時間はどうか? ダーダーである。
ま、準備期間、充電時間、気息を調える期間ということだ。そんな24時間、四六時中緊張しているわけがない。宮本武蔵じゃないんだから、ただのオッサン、ジイさんなんだから、穏やかにしていればいいのだ。
いやいや、私はもともとガラッパチなので、言葉汚く罵っているけどね。オフレコならそれもOKなんじゃないの?
今朝、ホームページをアップするはずが夕方の4時になってしまった。なかなかうまくゆかない。
昨日の運動不足は今日のマンション勤務でがっちり取り返した、はず。なんか身体の芯がまだ疲れているけどね。
天気:雨のち曇り
作品:F0『オレンジのテーブル』この絵も金井選外作。金井さんがお持ちになった絵で写真を撮っていない最新作も多かった。毎年のこと。致し方ない。
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昔の禅寺は純粋だったのだ

道元は晩年になって臨済を批判している。でも『勘の研究』では、248ページで「『伝心法要』は……『臨済録』は……。ともに臨済宗の聖典であるが、かの日本曹洞宗の祖道元禅師の有名な『正法眼蔵』などよりもはるかに入りやすくかつ興味を覚えたので、(中略)一度精読した後にさらに数回にわたって通読し、(後略)」と書いてあり、その先の269ページでは「臨済においては、黄檗の控えめな叙述に対して、いかにも積極的であり、大胆であり、学人の眼前にわが体得するところを全部投げ出したうえで、有無を言わさずかれらをしてこれを掴ませんば措かざるの概がある」と言ってから「『臨済録』一篇にいたりてはけだし千古の名文と称しても可なるべく」と絶賛。「かの『碧巖集』などの遠く及ぶところではないと私は考えている」と讃歌は余計な禅書にまで被害が及ぶ。臨済を強く非難する道元とは真逆だ。
で、その内容だけど、それはどうやって悟りを開くか、真理に到達するか、悟りを開いた人はどういう人か、というようなことが何度も繰り返し述べられている。
私は、当時の禅寺の気概を見るような気がする。それは臨済も曹洞もない。同じだ。同じ意気込みだ。素晴らしい求道だ。
現代の美術史家が言うような寺院内での階級などまったく関係ない。問題にしていない。寺院運営の便宜上、いろいろな役職があり、上下関係もあるかもしれないけど、それは集団を維持運営するための手段。全僧侶の目的は悟りにある。住持も蔵主も知客(しか)も典座もみんな平等に悟りを求めているのだ。その一手段として水墨画があった。寺の仕事だって悟りへの方便なのだ。
実際、水墨画にはそういう魅力が溢れている。気迫もある。そこのところを見なくて、禅画のどこを見るのだろう? すぐに「専門画家」などと言いたがるけど、よく目を見開いて南宋絵画の傑作を熟視してほしい。
現代の大学と昔の禅寺は似ているところもあるのだろうが、真理を求める真剣さでは比べ物にならないように思う。収入、ステータスのために権謀術策渦巻く、とは言わないけど、そういう面がないでもない現代の白い巨塔とはかなり違う感じがする。
今日は用事があって車でつくばまで行った。運動ゼロ。渋滞いっぱい。最悪の体調。
天気:曇のち雨

クソで屁

『勘の研究』のなかで黒田亮は臨済をとても評価している。道元には冷淡。
もちろん私は道元を最高ランクの僧侶と思っている。お釈迦様、ナーガールジュナ、達磨、慧能、道元と繋がる仏教の本流だと思う。だけど、道元が外道と非難する莊子なども捨てがたい。ま、よく知らないけどね。もっと知りたいとは思う。もう先がないから無理かもしれない。
だけど、昨日読んでいた『道元』(今枝愛眞・NHKブックス・p121)によれば、趙州の従言念(じゅういん・「いん」の文字は言偏に「念」で一文字・778〜897)は60歳を過ぎてから仏道修行に入って80歳から一般の人に教えを広め、約40年布教活動をして119歳で亡くなった。こういう人がいる以上65歳ぐらいで「先がない」とか「もう終わり」なんて言うのは青二才のたわごとである。
今は受験の季節で◯◯高校に不合格とか、何々大学を落ちたとか落胆している若い人も多いと思うけど、そんなの、まったく関係ない。不合格とか落第なんてクソである。大切なことは「一生懸命に勉強したこと」これに尽きる。それが一生の財産なのだ。受験は勉強するための方便にすぎない。こういう教えが道元の教えだと思う。それはもちろんお釈迦様の教えと同じである。
東大に受かったってノーベル賞を取れる保証はない。ノーベル賞が世界最高なのだ。東大合格者何万人をゴボウ抜きにして、他の大学を卒業した先生がノーベル賞をもらっている。20歳前に人生の勝敗が決まるわけがない。高校や大学の受験なんて屁みたいなものだ。もちろん、オナラやウンコは人の生理にとても大事だけどね。
絵だって、どこの公募展でも同じ。大切なのは必死にでかい絵を描くことだ。
今朝は50m室内プールに行って、マンション勤務もあった。運動と体操はパーフェクト。
天気:晴れ
作品:F10「オレンヂがある部屋」金井画廊の選外だけど、絵画教室では人気作。
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チョー多忙

今朝は6時半から起きて飲まず食わずで図版づくりの最終部分をやって、10時1分の電車ギリギリ寸前でUBメモリーに記憶させ(ここのシーンはスパイ映画みたいだった)、諦めていた電車に間に合った。そのまま、横浜印刷という会社で校正に入って、1時近くになって、近所のジョナサンで昼食(支払いは自腹)、帰ってから印刷会社からの宿題を終え、すぐ、絵の整備。午後6時に金井画廊の金井さんが絵をとりに見えた。絵の選定が終わったのが9時。この間、家内からの差し入れの寿司を食べた。その後、相棒を見て、印刷会社からのメールでの校正をやった。
死にそうな1日、というか、ここ数日受験生並みの忙しさだった。びっくりした。
それにしても、公募展の仕事ってハンパない奉仕だね。すごく厳密に誰もろくに見ない印刷物の校正をやっている。
頭が下がりました。
天気:晴れ

専門画僧に疑問

一般に、専門家とかプロは信用がおける、と思い込む傾向がある。私たちの世代が学生だった40数年前は「専門バカ」とか「学者バカ」いう言葉が流行り、あまりに枝分かれした専門分野に疑問が投げかけられていた。でも、やっぱり今でも専門は世間から大いに受け入れられる。
水墨画でも、寺院の下級僧は絵の専門になったと書いてある。
特に雪舟などは専門画家の道に進んだと言われる。
私は入門書程度だけど、多くの仏教書や禅の本を読んできた。そのなけなしの知識で言わせていただけば、寺院に階級制度があっても、僧侶の階級意識は小さかったと思っている。道元の『典座教訓』は強くそのことを教えてくれる。
雪舟は禅僧としても頑張っていたと思う。
美術史家の先生は仏教のことを知らないのではないか、と思ってしまうことが多い。
昨日取り上げた雪窓など、どうやって説明するのだろう? 蘭ばかり描いていた人気画家なのに禅宗寺院の中でも高い地位に就いた。牧谿だって住持になった。日本の画僧可翁が高僧可翁宗然だったことはほぼ否定されているけど、私はまだその可能性があると考えている。
鉄舟は可翁宗然レベルの高僧だったのだから。
等迦展の図録が最高に忙しかった日。それでも運動はやった。65歳だと、流石に体調のコントロールがうまくなっている。中高時代の効率の悪い一夜漬けとはちがう。
天気:晴れ
作品:F6「バラ」去年の秋バラ。まだアップしていなかった絵。
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23日の欄図について

一昨日もコメントを頂いた。下草などを比べると右の雪窓のほうがいいとのこと。
私も今回じっくり見比べて下草の出来が随分ちがうな、と思っていたのだ。
私が見ていただきたいのは、画面の強さである。頑丈さと言ってもいいかもしれない。
そういう目で見ても右の雪窓は格段に素晴らしい。また、21日の梵芳と比べると、梵芳の絵はオモチャのようにチャッい。雪窓の草は複雑な精密機械を見ているような楽しさがある。「ホンモノ!」って感じがする。
絵全体からは分厚い鉄板のような感じを受ける。
いくら日本びいきの日本人美術史家でも雪窓の素晴らしさは否定できないと思う。
雪窓は雪窓普明(せっそうふみん・生没年不明<?〜1355年頃?>、14世紀前半に活躍)と言い、元時代の中国人禅画僧だ。実は、鉄舟はこの人に憧れていた。直接教えを受けたとの説もある。当時の中国では有名な蘭の名手だったという。23日の画像は講談社版『水墨美術大系』第4巻「梁楷・因陀羅」に載っていた。現存する雪窓の絵の中の最高傑作と書いてあった。雪窓の絵は日本の宮内庁にも数点ある。
ところで、図版の大きさを記さなかったが、梵芳67.5×37.1cm、鉄舟51.3×32.6cm、雪窓97.2×54.5cmとそれぞれみんなある程度の大きさがある。
で、こうやって比べると、絵の頑丈さというテーマが浮かび上がる。これも絵画的造形の重要項目だ。この点で、ゴッホの『オーヴェールの雨』はずば抜けている。ゴッホは本当に凄い。このような絵画の造形的視点で見れば西洋も東洋もなくなる。雪窓が鉄板なら、ゴッホは岩石か。
今日も等迦展の図録づくりを頑張った。頑張ったが道は遠い。明日が正念場だ。締め切りは明後日。明日の夜は久しぶりの徹夜か。
天気:晴れ。尋常でない寒さ。
図版:ゴッホ『オーヴェールの雨』100×50cm
ゴッホ「オーヴェールの雨」

胆力じゃないかも

何度も自慢しているように、私は腕立て伏せと腹筋を励行している。その他、自分で考えた、と言ってもラジオ体操みたいな爺体操もやっている。やっているけど、腹筋は割れていない。十分貧弱な爺の身体つきだ。
それでも、50回の腕立て伏せの最後の20回、特に最後の10回はとても苦しい。最後の最後、48回目とか、もう終わりなのに、あと2回もあるのかとゾッとする。腹筋は24回。これも終わりの4回は死にそう。それでも、爺体型だ。
なんでやっているか?
なんか体力とか筋力よりも、胆力がつくような気がする。
胆力って何だ?
ネットで調べると、訳の分からないインチキ宗教みたいなのもある。
私の思っている胆力と辞書の答え「事に当って、恐れたり、尻ごみしたりしない精神。ものに動じない気力。きもったま」とはちょっと違う感じ。
私の思っている感じは、粘りとか忍耐力かなぁ?
実は、最初は孫を抱っこする腕力をつけようと始めたのだが、最近孫に会う機会も少ない。それでも、なんか続けている。やっていたほうがマシな絵がかける感じがする。
今日は等迦展の図録作りの合間を縫って50m室内プールに行った。日曜日の夕方はみんな速くて追い掛け回された感じ。だけど、気持よかった。
天気:晴れ。雪の予報はハズレた。寒さはすごい。風もあった。
作品:F100「二人」。これも選外。右の背中はけっこう描けていると思うけどね
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禅社会の成功者?

設問形式にしたら、コメントを2通頂いた。こういうのって楽しいね。
一昨日アップした蘭の絵は左が鉄舟徳済(?〜1366)で、右が玉田宛梵芳(ぎょくえんぼんぽう・「えん」は田編に宛で一文字。活字がなかったので苦肉の表記。1348〜1425?)鉄舟より40年ほど若いとあった。実はもう一人頂雲という蘭の画僧がいる。鉄舟に近い時代の人。実作があまり伝わっていない。狩野派の模写はある。
で、一昨日の蘭の絵の私の見解は、左の鉄舟がいいと思っている。
鉄舟には他にも雁の絵が多く伝わり、それらも見応え充分。鉄舟は日本の初期水墨画の大きな拠点である。
鉄舟は禅僧としても、当時の日本の禅社会の成功者だ。京都五山の一つ万寿寺の住持になっている。ま、禅の世界で「禅社会の成功者」って、意味不明だけどね。そういう社会的名声などを捨て去るのが禅じゃなかったっけ? 
よくわからないままに、鉄舟は魅力的だ。絵の弟子に愚谿がいて、この人は水墨画史の輝かしい存在だ。私の父も東京国立博物館で愚谿の山水を見て驚嘆していた。『葡萄図』が有名。人物画もある。何でも描いたようだが、残っている実作は10点前後。
梵芳は筆が走り過ぎ。日本の水墨画は全体的にこの傾向がある。侘び寂びから遠のいてしまう。侘び寂びと言っても年取ってカッコつけた爺のインチキ侘び寂びではない。芭蕉が求めた命懸けの侘び寂びだ。水墨画に金粉などを使ったりした。これではもう禅の境地とは無縁だ。「美」ですか? 妄想だよ。
もちろん、梵芳の筆も真似のできない素晴らしいものだ。私はただ、鉄舟と比べて墨の付きを言っているのである。それも相対的な問題。埃だらけの寺の蔵から梵芳が出てきたら、びっくりして目をむくと思う。梵芳は金粉は使ってないけど輝いて見える、と思う。
では、本日の図版はどうか?
天気:曇り
図版:左:鉄舟「蘭竹図」、右:雪窓「石蘭図」
鉄舟「蘭竹図」雪窓「石蘭図」

水墨画の泥沼

初期水墨画を描いた僧の禅寺内の役職で分類するのはいかがなものか。でも、美術史家はとてもよく調べて文章を書いているから一概に反論できない。
さっき読んで同意できたのは『日本の美術‘67−5 13水墨画』(松下隆章編・至文堂)の39ページ。如拙の絵を取り上げて「描写に若さがあり、この若さのうちには型にとらわれず、目前の景を写しとろうとする意欲さえみえて、一種生新な感にあふれております」
昨日私がアップした2枚の画像と同じ2枚が『日本の美術8 207 室町絵画』(金沢弘編・至文堂)の25ページに掲載されていた。もちろん以前に通読してあるけど、これからもう一度読みなおしてみる。金沢先生の判定はいかがか?
水墨画ものめり込むときりがない。これで東京国立博物館などに行ったりすれば、もう果てしなく水墨画暮らしに入ってしまう。本は画集も含め山ほどある。これで禅宗の教えと絡まったら、ますます泥沼に入る。いいけどね。スパイダーソリティアの泥沼より健全かもしれない。
今日は等迦展の搬入日。図録の写真を200枚あまり撮ってきた。かなり疲れたけど、絵を運んでくれた同人は私以上の年配者がほとんど。撮るより運ぶほうが疲れる、と思う。会長も頑張ってくれた。私の仕事は、撮った写真の画像処理。トリムや文字入れなど、製本できるレベルの版下づくり。これが半端ない大仕事。今夜もけっこうやった。
天気:晴れ
作品:F100「ピース」これは選外。展示見込みの絵はホームページで。
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