イッキ描きブログ

菊地理の油絵作品と絵の話

2016年08月

人生の成功者って何?

昨日の午前中は世界の画家のデータベースを作った、というほど大袈裟ではない。名前と生没年をユーザー辞書に打ち込んだだけだ。でも、けっこうな分量。ヨーロッパ、中国、日本とごっそりある。調べると次々に画家が出てきてしまう。切りがないから適当にカットした。歴史上の偉大な画家を選別する優越感に浸った。
で、4人の偉大な描き描き人間のうち、昨日は北斎と利行のことを述べたから、今日は鉄斎とピカソか? ティツィアーノだって凄まじい描き描きジジイだ。そんなこと言ったらミケランジェロだって彫り彫りジジイ。こっちも切りがない。
ティツィアーノのことは『ヴェネティア・ルネサンスの巨匠たち』展で『受胎告知』を見てから書きたい。
それにしても、若い人はどうして絵描きなんて目指すのだろうか?
いや、私も目指したけど、私の場合は父親も絵描きだったし、とにかく古典美術にのめりこんでしまったから致し方ない。成り行きだ。
有名画人でも一般的な人生の成功者とはなっていない。レンブラントは不遇のうちに死んじゃったし、ロシアのレーピンの晩年もハッピーとは言えなかったらしい。セザンヌ、ゴッホが無名のうちに死んでしまったのはあまりにも有名。シスレーも同じだ。与謝蕪村だって貧乏のままあの世行き。いっぱいいる。
ま、絵描きで金儲けは無理。
いま読んでいる『新・対局日誌』(河口俊彦・河出書房新社)は30年前の棋士たちの戦いぶりを描いている(棋譜も読んでるよぉ〜〜)けど、ああいう将棋指しのその後を調べても、ほとんどの人は人生の成功者とは言えない。経済的に恵まれた棋士はほんの一握りだ。神経すり減らして戦って酒ばかり飲むから早死にも多い。将棋で金儲けも無理。
金を儲けたかったら、金を儲けるような人生を送らなければならない。当たり前だ。ま、一種のコレクターだ。お金コレクター。そうするとお金が使いづらくなる。これもけっこう不便か。
人生、何をするか。何をしたか、か? 66歳にもなって、この程度の思索かよ!
今日はクロッキー会だった。夕方から50m室内プールに行き、夜は30分ほど歩いた。クロッキー会では約3時間立ちっぱなしだから、運動は十分かも。
天気:晴れ。台風一過。

桁外れの超画人

葛飾北斎、ピカソ、富岡鉄斎、長谷川利行などは桁外れの絵画狂。描き描き人間だ。あんな真似はできない。癪だけど、正直申し上げて敵わない。負けです。
正直、私も絵を描くのが嫌いじゃないけど、上記4人のように好きではない。いやいや好きというレベルを超えている。病気だ。
そんなに絵って楽しいだろうか?
確かに、描き始めると楽しい。これほど楽しい作業はないな、と心底思う。だけど、なかなか描き始めない。道具を出すのが面倒だし、汚くて臭い。汚れは簡単には取れない。いくら石鹸で洗っても落ちない。さらに、イッキ描きの場合は下準備が大変。完全に乾いた地塗りキャンバスでないとイッキ描きは油絵の厚い感じが出ない。描く時間は短時間だが、地塗り時間や乾燥時間を入れれば、一枚1週間以上かかっている。
北斎に暮らしはなかったという。今で言えばカップ麺みたいなものばかり食って、家のなかはごみ箱状態。言ってみればニートと変わらない。とにかく、飯の支度も最低限にして掃除もしない、洗濯もそこそこ。そうやって絵を描いていた。しかも金もない。富嶽三十六景が売れたのは70歳を越えてからだ。それから20年間さらに描きまくる。ものすごい作画人生だ。まさに絵描きの鑑。ゴッホが北斎の『あやめにキリギリス』を見て『アイリス』を描いたというけど、西洋人もぶったまげる気迫だ。全人類を感銘させる力がある。絵画どっぷりだもの。処世術も社会的成功も何も考えていない。絵だけ。凄いね。何度も何度も書くけど、84歳を過ぎて江戸と小布施(長野県東北部)を4回往復したのだ。自動車も電車もない時代だ。山岳地帯をどうやって越えたのか。84歳過ぎ往復4回。
長谷川利行は東京のあちこちで油絵を描いている。飲み屋やカフェのなかでも描いている。あんな臭い画材をよく許されたものだ。珍しかったからだろうか?
利行はバカじゃない。本も読み詩を作り英語やフランス語にも興味があった。どの程度のレベルか知らないけど、「どんとせい」はDon’t say. だと思う。また「しゅるしゅる会」はフランス語のシュール(英語のスーパー)からきていると思う。死の間際に友人に頼んだ見舞い品は大福とニーチェの詩集だ。私はニーチェの詩集など手に取ったこともない(=今度見てみよう!)。バカじゃないどころかかなりのインテリ。それが呼吸をするように絵を描きまくった。いくら見ても見飽きない。素晴らしい芸術だ。長谷川利行は世界に通用する日本画壇最大の洋画家である。通用なんかどうでもいい。そんな話じゃない。そういう偉大な画人がいて、われわれはその人の筆の跡を見られる。ああ、ありがたいな、って話だ。
今日は悠遊展の搬出。金井さんに梱包のご指導を仰ぎながら地方の方にも無事発送できた。
天気:台風10号の荒れた天気。
作品:SM「酔芙蓉」
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とにかく描く

昨日の絵の枚数を考えると、私が描いた絵の数は多くない。北斎やピカソは私の5倍ペース。きっと富岡鉄斎と長谷川利行も同じようなペースだったと思う。ま、しかし、その4人は特別かも。他にもいるかもしれないが、今は思いつかない。
だから、長い美術史上でも、私の作画枚数は普通の分量ではある。いろいろな有名画家を含めても遜色はないと思う。
もちろん、下手の横好きかもしれない。
しかし、下手でも何でもいいのだ。描けばいいのだ。古典絵画をリスペクトして、実際の対象に感動して、やむにやまれず筆を執るのだ。それだけのこと。
花を目の前にして、花と同じ空気を吸って、蚊に刺されながら、描くのだ。それが面白い。描くこと自体ですべてが完結している。絵の出来は二の次の問題。
長谷川利行は以上のような理論も持っていなかったと思うけど、どんどん描いた。描きたいから描いた。そういう絵だ。
私はけっこう追われている。花だって茄子だって描かないと終わっちゃうから、致し方なく描いている。ま、描き始めれば、前後不覚だけどね。鉄斎も利行も消えちゃう。
今日はマンションの早番と凄い夕焼けだったので、ほんの少し歩いた。
天気:雨、曇り、晴れ。夜から強い雨。台風10号が接近中。わけのわからない天気。気温も低くない。

枚数で勝負

17歳から絵描きになろうと思って、今まで絵を描いてきて、本当にいったい何枚の絵を描いたのだろうか?
はっきりわかるのはここ16年。金井画廊で企画個展をやってもらってからだ。毎年600枚の油絵を含め1000枚の絵を描いてきた。これで16000枚だ。
26歳から30歳ぐらいまで3年半目黒にあった美術研究所に通った。そのときの枚数もだいたいわかっている。油絵は多くない。2週間の固定ポーズだから年間25枚。少なく数えて90枚ぐらいか。だけど墨で描いたクロッキーは膨大な枚数。少なく数えて10000枚。
わからないのが、30歳から50歳までの20年間だ。もちろんいっぱい描いている。個展も25回はやっている。公募展にも落選しまくっていた。町田の版画美術館では11回大作のグループ展『如魯の会』をやった。その後は等迦展にも出していた。だから、20000枚に届かなくても15000枚は描いていると思う。これで合計40000枚を超える。
さらに、17歳から26歳までの10年間が加わる。石膏デッサンなんかは1枚描くのに何時間もかかるから枚数は知れている。今の描法から考えればダラダラ描いていたはず。それでも「1日描かないと3日下手になる」と信じていたから合計5000枚は描いたと思う。
少なく数えて45000枚か。これは駄作失敗作など全部入れての枚数だ。現実に残してある絵は2割にも満たないだろう。それでも10000枚弱ある。家内の実家に置かせてもらっている絵とわが家の絵を合わせるともっともっとありそうな感じだけどね。家じゅう絵だらけだもの。絵と画集の山。
これだけ描いて、さらに描き続けている絵描きは多くないと思う。
死ぬまでに10万枚が目標だけど、それは不可能。とりあえず6万枚ぐらい描きたい。
いつも申し上げるように、途中で死んじゃったらゴメン。
今日はマンション勤務があったから運動は合格。
天気:曇りのち雨
作品:F20「バラの園」
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ホームページ補足

昨夜アップしたホームページの主題も訳が分からない。自分で書いていながら、主題がひん曲がった感じ。西欧の美術館に並んでいる絵具が塗り込められた大作の裏には多くのデッサンや下絵があり、そのデッサンや下絵にこそ魅力があふれている、と言いたかった。
でも、大きな油彩画でもイッキに仕上げられた名作もあるにはある。レンブラントの『ダナエ』(エルミタージュ美術館)とか小品だけど『沐浴する女』(ナショナルギャラリー)とかホームページで述べたいま日本に来ているティツィアーノの『受胎告知』ほかの晩年の油彩の大作などいっぱいある。ルーベンスの油彩大作にもルーベンス自身の真筆が確かにある。わがイッキ描きのお手本である。
それで飛躍して、話が直接ティツィアーノの『受胎告知』に行ってしまった。
ほんと、言葉で説明するのって難しい。回りくどくて厄介だ。
ま、だから絵を描いているんだけどね。絵はいいよ。山ほどある思いがイッキに表現できて、見るほうも瞬間的にわかっちゃう。
禅画が豊かに展開したのもうなずける。不立文字や以心伝心の最高メディアかもしれない。
以上のような話をするときに、画像をいっぱい挿めたら、超ハッピーだ。いやいやできないこともないけど、面倒でとてもやってられない。私が取り上げる絵はほとんど著作権が切れたクラシックだからいくらでも画像は使えるんだと思う。入れたいね。ゴメン。
今日はマンション勤務の早番と25m室内プールで、運動パーフェクト。
天気:雨

好評・悠遊展

昨夜は、夕方5時過ぎに夕食を済ませて、その後はジュース1杯ぐらいと水だけで頑張った。おかげで、空腹で眠れなかった。朝6時前から日清のカップそばを食べた。
その後、酔芙蓉を5枚描いた。植えっぱなしのわが家の芙蓉もやっと最盛期を迎えた。親株は1か月も前から咲いているのに、株分けしてもらったわが家の芙蓉は8月末が最盛期。おかしい。秋の終わりにはバサバサ切ってしまう。夏前にも剪定が必要なのかも。よくわからない。芙蓉なんて放っておいても咲くから綺麗な芙蓉の咲かせ方なんて、ネットにも図書館にもない。
今日は悠遊展の留守番に行った。
今年は悠遊展と町田の市展が重なり、わが絵画教室の人もいっぱい市展に出すので、悠遊展が人手不足になってしまったのだ。致し方ない。誰もやらなければ誰かがやらなければならない。
おかげで、親しいお客様とゆっくりお話ができた。
悠遊展の評判はとてもよい。お世辞じゃないかも。
天気:晴れ
作品:F4「フーガ」
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今年の悠遊展

今年で悠遊展も13回目だ。みなさん慣れてきて出展数も抑え気味。すべて1段掛けですっきりした展示になった。内容も悪くない。手前味噌だが、いいグループ展だと思う。
で、美術史は何千年にも及ぶ絵描き同士の人間関係という当たり前の話。私としてはその人間関係をもっと声高に語りたい。長谷川等伯の小説で言えば『松林図屏風』には皆無だし、『等伯』でも消化不良。『怖い絵』も面白いけど話のピントが合わない。二つの小説では、肝心な絵画が脇に押しやられて、というか話のキッカケになるだけで、内容はファミリーヒストリーになってしまっている(それでいいけどね)し、『怖い話』は歴史こぼれ話みたくなっちゃっている。読み物としては十分楽しい。時間つぶしや眠り薬としては携帯ゲームより数倍まし。
では、絵画を前面に語る本て何なんだ? ということになる。結局それは画集だ。だから私も画集を山ほど持っている。今でもたまに買う。そばに置いておきたい。いつも見られる状況でありたい。A4以上であれば十分鑑賞に堪えられる。最近は印刷技術も向上したので、けっこう見ごたえがある。
鑑賞に堪えなくても、絵画的な話をたくさん織り込んだ本はなかなかない。自分で書くしかない。
今日はマンション勤務の遅番。午前中は図書館からスーパーまで中程度のウォーキングもやった。運動は十分合格だと思う。年齢的には私はけっこうなアスリートかも。もちろん上には上がいる、ことは先刻承知。
天気:晴れ

ビンボーは究極の不幸

『新・対局日誌「二人の天才棋士」』(河口俊彦・河出書房新社)は羽生善治と渡辺明ではなく、どうも中原誠と米長邦雄だったみたいだ。とても古い話。古いけど、私みたいなへぼ将棋には十分役に立つ。で、この河口の文章も当時リアルタイムで将棋雑誌で読んでいた可能性もある。まったく忘れているから問題ないけどね。
この本では第45期名人戦を中心に話が進む。現在75期だから、なんと30年前だ。私も36歳。アマチュア2段ぐらいの指し盛りだったかも(ここは笑い)。
もう1冊『無敵の英語勉強法』(横山雅彦・ちくまプリマー新書)も読んでいるけど、『対局日誌』は棋譜が出てくると眠くなり、『無敵の英語勉強法』は英文が出てくると眠くなる。英文より棋譜のほうがずっとましだけどね。
新聞の書籍広告を見ていると、なんか最近ビンボーが幸福みたく書かれている。私のことか。
絵描いて泳いで歩いて、眠り薬に本を読む。本も図書館ばかり。マンション勤務もウォーキングの根幹。酒も飲まずに煙草も吸わず、女性関係ももちろんゼロ。賭け事もやらない。むろん株なんてわけわからない。無縁。
家内のご機嫌をとって、孫を恋しがり、実際にもたまには孫と遊び、精神はとても安定している。このブログの効用も小さくない。
賭け事はやらないけど、画集作りや個展開催は賭けと言えば賭けだ。実生活が賭けかもしれない。
また、画材販売ルートもある。一生懸命頑張ればある程度の収入も期待できる。期待できるだけでちっとも頑張らないから実収入はゼロに等しい。もう少し頑張る予定。
お金がないのは決定的な不幸だ。不幸は大きなエネルギーを生む。そのエネルギーを水泳に費やしているところがアホ。
今日は午前中に50m室内プールに行って、午後は京橋で悠遊展の飾りつけ(の手伝い)。今10時40分だけど、かなり眠たい。
天気:晴れ
作品:SM「若い人」
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萩 耿介に期待

いくら遅読の私でもさすがに『松林図屏風』(萩 耿介・日本経済新聞出版社)は読み終わった。私の記憶では牧谿は1回しか出てこなかった。それも牧谿猿という絵の型としての取扱い。最悪である。
最後は等伯の長男・宗宅から妻への長い手紙で終わっている。小説では、実力も野心もあり出世欲にも長けた長谷川等伯と、その次男で純粋に絵画道を求める久蔵という図式。宗宅は凡庸ながら、自分でもそれを知り、自分の仕事をこなす職人的な姿で描かれている。
作画の場面など、けっこう真実味があり、萩は絵を描くということをかなり知っている感じがする。
また、人間存在への哲学的な持論も持っている。『鹿鳴館のドラクラ』、『不滅の書』(文庫版『イモータル』の元の単行本)と3冊読んだ感じでは、けっこうおもしろい。
しかし、もちろん、私とはかなりちがう。共通点をあえて挙げれば世事をバカバカしいと思っている点か。バカバカしいけど世事もないと困る。私は無政府主義者ではない。
絵画への思考はまったくと言っていいほど、萩と私はちがう。
当たり前だ。
長谷川等伯の牧谿への傾倒はハンパない。そこのところを描かずに等伯はないだろう。そういう意味では『等伯』(安部龍太郎)のほうが私に近い。実際に美術史を俯瞰すれば、傑作絵画は突然生れはしない。絵描き同士の影響関係が複雑に絡み合って誕生する。つまり人間関係ということだ。
「天才が突然傑作を生み出す」みたいな妄想はとうてい納得できない。そういう観念の文化人はとても多いけどね。
今度のオリンピックでも、元メダリストも含めてマスコミは天才を連呼していた。だけど、アスリートたちは誰もみんな血のにじむような努力をしてきたはず。そういう努力の層は五輪に参加できなかったアスリートも含めて膨大である。全世界に広がっている。五輪は氷山の一角だ。メダリストはそのさらに頂上。でっかい氷山がなければ頂上もない。
それでは、メダルはもちろん、五輪にも参加できないアスリートたちの努力を支えるものは何か。それはスポーツそのものの喜びだと思う。身体を動かすことへの希求と歓喜なのだ。勝敗結果なんて関係ない。身体を動かしている時点で完結している。
ま、萩は今まで直木賞にも芥川賞にもノミネートされていないけど、筆力はあると思う。期待できる小説家だ。50歳半ばだけどね。年齢は関係ない。
今日もマンション勤務があり、汗ぐっしょりになった。疲れるがかなり気持ちいい。
天気:予報に反し晴れ

絵小説?

昨夜のCD作戦は失敗に終わった。一朝一夕にはいかない。ま、それは重々承知している。のんびりやるしかない。でも、早くプリントアウトしてレイアウトしたい。今の構想は「裸婦を大きめに多め、花や風景もちりばめる」みたいな?
『松林図屏風』(萩 耿介・日本経済新聞出版社)は残り30ページ。とうとう久蔵が死んでしまった。この物語では長谷川等伯の次男という設定だ。世事に流されやすい等伯に比べて久蔵は純粋に苦悩する青年画家、みたいな。なんか主人公は長谷川久蔵みたくなっている。
いまのところ、「松林図屏風」より、久蔵の「桜図」がメインテーマだ。等伯の「楓図」でさえ脇に追いやられている。私も2010年の東京国立博物館『没後400年特別展「長谷川等伯」』で2時間ぐらい並んで実物を見た。「松林図屏風」は今までに何度か見ていたけど「楓図」を見ていなかったから頑張って並んだ。そのとき久蔵の「桜図」ももちろん見た。
小説では「桜図」や「楓図」は西洋油絵の影響を受けた設定になっている。しかし、東洋には蒔絵という技法があり、「楓図」は小品の多い蒔絵を障壁画まで引き延ばしたと考えるほうが自然。もともと東洋の蒔絵が西洋にわたって油絵を生み出したという説もある。
小説にはいろいろ不満が起きてしまう。
「それなら自分で書けや!」と言われそう。ほんとカラー図版をふんだんに使った大人の絵本を書きたい。絵の話を小説にしたい。
だけど小説家は歴史に名を借りて人間模様を描きたいのだと思う。長谷川久蔵の苦悩や恋愛を描きたいのだ。その意味では、けっこういい線行っているかも。だから第2回日経小説大賞を受賞したのだろう。
今日も台風の風雨のなか焼き立てパンを買いに行った。午前11時前。町田は最悪の時間帯だった。バカだねぇ〜。
マンション勤務があったので運動は十分。
天気:強い雨。台風9号大接近。台風10号も近くで停滞中。
作品:F3「朝の卓上」
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