イッキ描きブログ

菊地理の油絵作品と絵の話

2016年09月

キャンバスを張る!

昨日の夜も『プレバト』を見た。昨日は定番の俳句と、もう一つのコーナーは水彩画だった。井森美幸の高速道路の絵は「能ナシ」の評価だったけど、けっこういい線を引いていたように思う。
画集も作っているけど、豊橋展の準備もやらなければならない。
プレスリリースは一応出した。DMの郵送、ホームページに最新作をアップすることや、徐々に額装も始めたい。実際に会場で絵を描くのでキャンバスの準備もしなければならない。10月は絵画教室は1回しかないけど、クロッキー会はちゃんと2回あるから大量の地塗り済みキャンバスが必要だ。
とても忙しいはずだけど、なぜかのんびりしている。『新・対局日誌』第3集「名人のふるえ」(河口俊彦・河出書房新社)も図書館に予約した。誰も読まない古い本だから、ほとんど私の独占状態だ。なんか、将棋も強くなっている感じがする。勘違いの可能性は高いけどね。
今日の夜にはホームページをアップする。新作ギャラリーができるといいのだが……。
結局新作ギャラリーはできなかったが、大量のキャンバスを張った。キャンバス張りで右手が攣れてしまった。多分10月末まで間に合う。まだ地塗りをしていないけど、地塗りもすぐやる予定。50枚は準備できる、と思う。懐はビンボーだけど気分は裕福、かも。
天気:曇り一時晴れ。涼しい。完晴れではなかったが、比較的乾燥していたのでキャンバス張りはOKだと思う。
作品:F3「酔芙蓉」27日に描いた絵。3枚のうちこれだけ残せる、か?
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将棋の世界

『新・対局日誌』第2集「名人のふるえ」(河口俊彦・河出書房新社)も半分ぐらいまで進んだ。この本は読破する本ではない。楽しむ本。すぐ眠くなる。だいたい将棋はテレビ将棋でも眠くなってしまう、というか気が付くと寝ている。本では秒殺で寝てしまう。一般の方にはとても読み切れない。棋譜もいっぱい載っていてつまらないと思う。私は、特に30年前は、棋士の顔をほとんど知っている。どんな人かもだいたいわかる。棋譜と表情がダブって目に浮かぶ。そうじゃないと読み切れない。プロの将棋の世界は将棋村みたくなっていて、狭いところで仲良く争っている。読んでいても顔が浮かんできて楽しい。
そう言えば、いま流行りの桐谷さん(けっこうなスピードで自転車を乗り回し、株の優待券のレストランを探し回る爺ちゃん=私と同じ歳ぐらい)も30年前は現役で活躍していた。コンピュータ桐谷と言われ、かなり強かった、とは言ってもタイトル戦に出られるほどじゃない。38歳で相撲なら十両というところ。
将棋の世界と絵の世界を比べてみると、将棋の世界は絵の世界よりむしろ相撲界に近い。子供のころから将棋が強くて、近所の大人たちをなぎ倒す。私なんかはなぎ倒される筆頭である。そういう天才ガキがプロになる。
いやいや私だって一般人よりははるかに強い。ほとんどの人が相手にならない。と威張っても、最新版だと安いコンピュータソフトでもまったく歯が立たない。
絵は将棋や相撲に比べれば、基準のない、言ってみればインチキな分野だ。主観で判断できる。だから現在の有名画家も数十年たつと美術史から消える。ま、消えたと思ってもまた再評価される場合もある。そういう風に考えると、絵の世界はなんか腹立たしい。腹立たしいけど絵が描きたいから、評価なんて関係なく描いている。評価を気にしていたらノイローゼになる。今はノイローゼを通り越して首をくくりたくなるほどの絵画の冬の時代だ。これは世の中がとても健全ということかもしれない。
今日はマンション勤務の早番の後、25m室内プールに行ったので、運動は完璧だった。
天気:薄曇り一時雨。予報ほど降らなかった。

芙蓉の異空間

今朝も芙蓉が綺麗だった。なんか描く気が起きなかった。緑と白とピンクに飽きたか。もうしばらく待ってみる。
富岡鉄斎にも村上華岳にも牡丹の傑作はあるけど、芙蓉はなかったように思う。やっぱり芙蓉の決定版は東京国立博物館にある宋画(国宝=「紅白芙蓉図」と検索すると精密な画像で見られる)かなぁ〜。李迪(りてき・南宋中期から後期)という画人の筆らしいけど、芙蓉にしては上品すぎる感じ。いやいや絵としては飛びぬけて立派だ。葉っぱも蕾もお見事。
辺りがふわっと異空間に包まれるみたいな酔芙蓉のパワーみたいなものを描きたいけど、李迪は描けているよね。村上華岳(1888〜1939)の牡丹にもそういう牡丹空間がある。
富岡鉄斎(1837〜1924)の牡丹はもっと元気いっぱいな鉄斎ワールドだ。私の芙蓉も鉄斎傾向になってしまう。もちろんそれはそれで一向にかまわない。
今日はクロッキー会だった。会員が私を含めて4人だけ。とても描きやすかったけど、これでは破綻だ。家内から閉鎖命令が出てしまう。わがクロッキー会は20人ぐらいは入れるアトリエで10人以下で描く素晴らしい作画環境。みなさん、どしどしご参加ください。
天気:晴れのち曇り
作品:F10「朝の卓上」
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3秒でわかる

四人家族だったわが家もいまや家内と二人暮らしだ。1か月のうち1週間弱、家内は豊橋に母親の介護に行く。もう15年以上続いている。年間4分の1は一人暮らし。述べにすると3年半ぐらい一人暮らしをしている計算になる。
絵は私一人の判断だと、いい絵をつぶしてしまったり、ロクでもない絵を後生大事にとっておいたり、トンチンカンなことになる。家内のダメ出しはけっこう有効だ。もっとも意見が分かれた場合は自分の意見で押し通す、のは当然。私が描いた絵だ。
ま、意見が分かれたり、いいのか悪いのか迷っているような絵は、どっちみち大したことはないのだ。
いい絵は筆を入れて3秒でわかる。「これ決まった!」と嬉しくなる。ま、もっとも嬉しくなった直後に奈落の底に落ちることは実に多い。相撲によく似ている。瞬間的に押し込んで、勝ったと喜んだら、逆転の突き落としだ。
チンチロリンのカックンである。
笑ってばかりもいられないけど、やっぱり大笑いだ。いつまで経っても吹っ切れないねぇ。悟りからは遠い。
今朝は芙蓉を3枚描いた(F10、F8、F3)。イマイチだと思う。近所の芙蓉は終わっているのもあるけど、わが家の酔芙蓉はまだ当分続きそうだ。しかし、絵にするのは至難だねぇ〜。第一、葉っぱがいまだに描けない。あの赤ん坊の手みたいな形。赤ん坊の手にしてはドでかいのもあるけどね。あれはグローブだ。でも薄く軽やか。
ザ・キクチッズ酔芙蓉(=これぞ菊地の酔芙蓉)をモノにしたいよ。
今日は画集作りを頑張った。運動は少なめだけど、一応ウォーキングはけっこうやった、と思う。
天気:雲は多かったが一応晴れ

<身体>の発見

『高校生のための論理思考トレーニング』(横山雅彦・ちくま新書)を読み終わった。難関大学の英語入試の長文問題は難しい単語がわからなくても、時制や接続詞、動詞、比較級などを見比べるだけで解答できてしまう、という魔法の受験対策が書いてある。受験生は一読の価値がある。
私みたくしょっちゅう屁理屈文章を書いている人にもとても役立つ、と思う。日本語の根本的な欠陥と味わい深い長所が述べられている。明治期の英語学者たちの奮闘が日本の近代化に大いに貢献したという話も興味深い。
そのちくま新書の後ろにある宣伝のために並んでいる紹介文を読んでいたら、知らない哲学者がいっぱいいた。レディ=ストロースとかバタイユなど、聞いたこともない。メルロ=ポンティという哲学者は<身体>を発見したらしい。インドや中国の教えは初めから<身体>だよね。
もっとも私自身<身体>をつくづく思い知ったのは今の管理人の仕事を始めてからだ。
18歳のときに家を出て新聞配達の住込みに入ったときは、「生きてい行くというのはこれほど辛いのか」と、心底死にたくなった。それ以降の仕事で新聞配達以上に苛酷なものは一つもなかった。もちろん、今の管理人の見回りも新聞配達に比べたら楽なジジイ仕事だ。だけど、身体を使う仕事は、なんといってもお金をもらう「仕事」だから、自主トレとは違う厳しさがある。
新聞配達なんて半年やっただけ。それ以降、ずっと楽をしてきた。特に30歳から始めた学習塾で、運動不足で身体が壊れた、のかも。声も枯れ果てたしね。仕事は厳しい、のだ。身を削るよ。
今の管理人の見回りで私の身体能力はV字回復した。今日も鉄棒の逆上がりができた。
ヨーロッパ哲学は20世紀になって<身体>を発見したらしいけど、東洋哲学は2500年以上前(インダス文明にもヨガのスタイルがあったらしい)から<身体>を最重要視してきた。私は56歳で<身体>の重要性をまさに<身体>で思い知らされた。
メルロ=ポンティ(1908〜1961)は53歳で心臓麻痺で死去したとある。管理人の仕事に巡り合えなかった不幸かも。
今日はマンション勤務の早番があり、午後も体力勝負があったので、運動はたっぷり。万歩計は2万歩を超えた。
天気:晴れときどき曇り
作品:F4「バラと葡萄」
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油絵具の付き

油絵具の付きは相対的なものだ。ティツィアーノに比べればティントレットでさえ絵具の付きがイマイチに見える。ティツィアーノは本当によく付いている。というか世界油彩画史上ナンバーワンなんじゃないか? 
戦後の油彩画家たち(の一部)は絵具の付きに血道を上げた。
長谷川利行(1891〜1940)が付きを意識していたかどうかは知らない(多分意識していた)が、すごくよく付いている。鳥海青児(1902〜1972)ははっきり意識して絵具の付きを探求した、と思う。
付きを追うとどうしても絵が暗くなる。
ブグロー(1825〜1905)とクールベ(1819〜1877)を比べると、絵具の付きという問題より、人体の真実味という点でクールベのほうがずっと迫力がある。それを写実主義と呼んだのだと思う。クールベの裸婦はブグローの裸婦みたく軽やかでスマートじゃないけど、どっしり重く現実味がある。
私自身は、あまり付きとか写実性などを強く意識していない。描きたいものを描きたいように描く。描きたいという気持ちを大きくふくらまして、体当たりでキャンバスにぶつける。対象をよく見る。というようなことを心掛けている。
結果として絵具が浮いていたり、トンチンカンな妄想に遊んでいる絵は捨てる。どんどん捨てる。
『プレバト』の俳句の夏井先生も嫌う「才能なし」の比喩表現みたいなのは願い下げだ。絵でもああいうのは多いね。「しっかり対象を見ろよ!」と言いたい。
もっとも、あの『プレバト』の俳句も「写真を見て一句」だから情けないよ。実際にその現場に行かなきゃ無理だろ。写真からの情報はあまりにも貧弱だ。でっかい空と大気と風と光の中で吟行しなくちゃ。たくさん歩いて、心地よい疲れに浸るのも大切。脳内麻薬が出るよ。部屋で写真を見ながら、は貧しすぎるっしょ。なんも浮かばない。
天気:薄曇り。久しぶりに陽光を見た。

酔芙蓉の最盛期

9月18日のブログは、原稿は書いてあったが、アップするのを忘れた。
というわけで、本日アップする。今朝の酔芙蓉は最盛期って感じ。でも早番なので描けない。大丈夫。まだ当分続きそうだ。

<修業の時代>
今朝のNHK「日曜美術館」を楽しみにしていた。「禅宗絵画」だった。見るのも忘れたし、当然録画も忘れた。酔芙蓉を描いていた。バカだねぇ〜。「日曜美術館」はパラリンピック放送のため再放送はない。もう見られない。こういうのをわれわれジジイ言葉でチンチロリンのカックンという。
「十代から石膏デッサンに打ち込み、人体画を窮め、古典絵画の模写に邁進する」
これは本格的な洋画家を目指す一般的な絵画修業の常道であり、私の若いころ40〜50年前の日本でもみんなやっていた。今でもやっているかも。東村アキコのマンガ『かくかくしかじか』によると、今でもけっこうやっている。
絵を描くのは人間の本能なのかもしれない。
描きたくなるものねぇ〜。
昨日も「フォーヴの画家たち、ナビ派の画家たちも本気でブグローの絵画修業をやっていた」と述べた。その修業のレベルは、おそらく日本の美大受験のレベルをはるかに超えていたと察せられる。そうやって頑張ってフォーヴやナビ派が生まれたのだ。若いときはブグローを目指した。写真のように描ける技術だ。寝食を忘れて頑張った。動機は不純でも頑張りが濁りを消した。そして、レンブラント(1606〜1669)やレオナルド(1452〜1519)に目覚めた画家も少なくない。
突然筆を持って写真を見ながら写真のように描けたのでは100年とか150年前に絵画修業に打ち込んだ人たちが浮かばれない。というか、(大した修業をしていない)私だって浮かばれない。描けてたまるか、という気持ちだ。
だけど、フォーヴやナビ派の画家たちが本気で絵画修業をやっていたそのときは、その期間は羨ましくなるぐらい素晴らしい時間だったと推測できる。それは、私の父の世代が戦後の絶望の時代に絵筆を放さず、公募展に一縷の望みをつないで頑張った先輩画家たちの気持ちにも共通する、と思う。
画道というものはあり、これからもきっと続く。
天気:曇りときどき雨

と、以上がアップし忘れの分だ。
絵って息吹だよね。勢いだよ。頭で考えてもダメ。ティツィアーノを見ているとつくづく思いいたる。描かなきゃ始まらない。(ブグローのようには)描けやしないんだけど、それでも描かなきゃ始まらない。筆がなじまないもの。絵の具がキャンバスに乗らないのだ。そういう意味でもティツィアーノは素晴らしいお手本である。
今日はマンション早番と50m室内プールで運動完璧だった。
天気:曇りのち雨
作品:F4「酔芙蓉」
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自選作品集

画集作りは着々と進んでいる。たった20ページの画集だけど、絵は40枚ぐらい入れたい。裸婦を中心に考えている。
ここ20年ぐらいの間に描いた絵。買ってもらった絵は出せない。HDが壊れてしまって、画像がない。手持ちの絵だけで作る。結婚祝いに息子にあげたバラも収録したいが、息子の家に行くときにいつもデジカメを忘れてしまう。この分で行くと、収録出来ずじまいになる可能性が高い。行方不明の絵もけっこうある。
自分でいいと思っていても、他の人がよくないと思う絵もあると思う。お褒めいただいた絵はできるだけ入れる予定だけど、やっぱり自分の判断で選んでしまう。それは致し方ない。題名もおそらく「菊地理自選作品集」になると思う。「自選」だもんね。まったく自作自演だよ。
ものすごく大変だけど、けっこう楽しい、かも。
今日は、昼過ぎまでは、豊橋展に向けて新聞社にお知らせを送り、お世話になっている画廊喫茶などにもDMを置いてもらうように送付した。
夕方から、ティツィアーノをどうしてももう一度見たくなり、国立新美術館の『ヴェネツィア・ルネサンスの巨匠たち』展を再訪した。美術館会場でクロッキーを一緒に描いているS氏に偶然出会った。会場で知人に出会うことはけっこう少なくないけど、やっぱりびっくりした。場所に偶然性はないが日時がぴったり合うのは不思議だ。
で、ティツィアーノはやっぱり素晴らしかった。
夜はホームページをアップした。
天気:曇りときどき小雨

無人島に持って行く絵

だけど、よく調べてみるとブグロー(1825〜1905)も大変な人生だった。レンブラント(1606〜1669)みたくたくさんの家族を亡くしている。日本で考えると、レンブラントは江戸初期の人、ブグローも江戸末期から明治前半にかけての人だ。医学もじゅうぶん発達していなかった。
ブグローのデッサンや下絵が見てみたい。
『ノラの絵の時間』というサイトに詳しく書いてあり、絵もいっぱい載っている。ただし相変わらず大きさが書いてない。きっとどれも100号以上の大きな絵だと思う。「ウイリアム・ブグロー」と検索して「3分でわかるウイリアム・ブグロー絵画史上最大の巨人の一人と目される…」をクリックすれば出てくる。
でも、無人島で一人暮らしをすることになり、全世界のなかから名画を1点持って行ってもいいと言われたら、ブグローは選ばない。やっぱり牧谿(1280頃活躍)かティツィアーノかなぁ? ドガ(1834〜1917)のパステル画も有力候補。
今日は祭日なのでマンション勤務は9時―5時。ウォーキングは十分やった。マンションの見回りは雨でも変わらない。傘を差せばどうということはない。もっとも今日は幸運にも小雨だったので傘なしで歩いた。
天気:雨のち曇り、また夕方から雨
作品:F3「明日」
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道具にするか下僕になるか

ブグローの決定的な過ちは絵を道具にしているところだ。生きるための道具、出世のための道具、名声のための道具にしている。あまりに巧すぎてそうなっちゃったのかもしれないけどね。
ウキペディによれば、ブグロー(1825〜1905)はアングル(1780〜1867)などの新古典主義の流れを汲み、ラファエロ(1483〜1520)、プッサン(1594〜1665)の系譜に連なる、とある。
私はブグローとプッサン、アングルは全然ベツモノと考えている。だって、絵画に対する姿勢が違うもの。上に記したとおり、ブグローは絵画を道具にしているが、プッサンもアングルも、自分自身が絵画の僕(しもべ)になっている。絵のために自分の人生を捨てている。命を懸けている。
では、ラファエロはどうか?
ラファエロは少なくとも信仰によって描いている。そこが根本的にちがう。絵画の僕(しもべ)を通り越して神の僕(しもべ)になっている、と思う。少なくとも500年前のイタリアにはその素地が十分にあった。神なくして、あんなに多くの聖堂や教会が建つだろうか?
ルネサンスの芸術家たちは熱烈なキリスト教の信者だったと推測できる。同時に古代ギリシア美術の敬慕者でもあった。そういう意味ではルネサンスもまた古代である。ギリシア彫刻も東洋の仏教美術もすべて神や仏に捧げた宗教芸術と分類できる。
不信心な私なんかには到底真似のできない深淵なのである。
正直言って、昨日の『なんでも鑑定団』の円空仏には騙されたけどね。本物を見たらわかると思うけど、解説映像の本物の円空仏は素晴らしかった。映像ではなく実物が生で見たくなったもの。やっぱり円空仏は宗教芸術だね。
今日は絵画教室だった。
午後からプールに行ってしまった。ちょっとプールに行きずらい事情があったけど、泳ぎたいから行っちゃった。だから運動はまあまあ。ウォーキングが少なかったかも。
天気:曇り。台風一過なのに快晴にはならなかった。
豊橋展DM:
16豊橋展DM
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