イッキ描きブログ

菊地理の油絵作品と絵の話

2018年09月

やっちまった、な!

(木曜日)
昨日のブログで述べた地塗りはあくまでも私自身の地塗りなので、父のやり方は知らない。『油彩画の技術』(グザヴィエ・ド・ラングレ/美術出版社)では、油絵は割れたらオワ(=終わり、ダメ)らしいから、藤田も父も落第生。実際、私の油絵でも、若いころには割れや剥落があった。最近の絵はまず大丈夫、のはず。ま、西洋画でも東洋画でも支持体(=キャンバス、紙、絹など)に絵具を密着させるのは永遠のテーマ。デッサンとか色彩とか以前の大問題なのだ。
噂では、数日前にこのブログで話題にした画家のYがやっちまったらしい。だから、威張りは厳禁なのだ。自分を最低のジジイだと認識していないから威張るのだ。私なんて、自分を筆洗いオジジ(砂かけ婆のイメージ)と思っている。なんか、筆ばかり洗っている、感じ。いやいや筆洗いは油絵描きにとって必須である。
天気:曇りのち雨
図版:ロートレック『ジプシー女』(80×53僉砲肇屮哀蹇次悒デュッセウスと乳母』(きっとでかい):画題はともかく、どっちが古代ギリシア彫刻の正統か、一目見ればわかる。
ロートレック「ジプシー女」
ブグロー「オデュッセウスと乳母」

フルオープン

(水曜日)
NHK美術館ではないほうの藤田嗣治(1886〜1968)の特集『よみがえる藤田嗣治〜天才画家の素顔〜』を見た。有名な乳白色の地肌は初めにキャンバスに塗っておくらしい。これは私の裸婦の画法と同じ。父もやっていた、か? 藤田の乳白色は永遠の秘密。父もけっこう秘密と言っていた。
しかし、私はフルオープン。チタニウムホワイトとイエローオーカーを混ぜ、ローズマダーを少し加えるだけ。分量もそのときどき変わる。ピンクっぽくなったり、黄色っぽくなったりする。こんな地塗り方法、誰だってやっている。でも17日にアップした絵みたいな発色は滅多に得られない。私自身が得られないんだから、他の人が得られる道理がない。何万枚も描かなければ獲得できないと思う。また、藤田の地塗りも父の地塗りも亀裂が入っている。たぶん私の地塗りはとっても堅牢、のはず。私の油彩画にクラックが入ることはない。ルーベンス(1577〜1640)、アングル(1780〜1867)<晩年>、ゴッホ(1853〜1890)に継ぐ堅牢さかも。『油彩画の技術』(グザヴィエ・ド・ラングレ/美術出版社)をしっかり実践している。自分のブログで言うのもなんだが、私はけっこう偉大なのだ。もちろん威張るつもりはまったくない。少しでも長く好き勝手に絵が描きたいだけのジジイだ。
何十年も描き続けると言っているけど、昨日は37歳で死んでしまったロートレックの画集に感嘆しどおしだった。いくら見ても見飽きない魅力。不思議だ。

今日は絵画教室だった。薬師池公園で6枚描いた。夜の50m室内プールは止めた。昨日の健康診断で疲れすぎた感じ。
天気:曇りのち晴れ
作品:SM「ミケーネ」
180912sm

昨日アップした絵

(火曜日)
昨夜は夕立というには遅すぎる午後8時ごろの激しい雷雨だった。
自画自賛じゃないけど、昨日の「パンセ」みたいな絵は滅多にできない。量産できない。私の場合、踏み込みとか筆の愛着度はある程度獲得可能。
嫌々描くなんてことは、まずない。キャンバスは自分で張っているし、地塗りも必ずやる。そういうキャンバスに嫌々描くはずもない。もともと注文されて描いているわけじゃないから「いやいや」はあり得ない。
踏み込みだって悪いわけがない。筆がビビるはずがない。裸婦はイッキに十数枚描き、しかもほとんどボツなんだからダメ元でやっつける。もちろん、ずっとダメでは話にならないけど、ビビり筆触ではもっと話にならない。
密度もむずかしい。これは年輪なのかもしれない。わからない。短時間に密度のある絵を生むのはたくさんしつこく描くしかないように思う。
透明感がある絵はさらに生まれない。だから私はせめて発色で勝負したい。昨日の裸婦は発色が決まった。10年以上前に描いた裸婦で「この発色ならいいだろう」と思った絵があるけど、いまだに私が持っている(=売れてない)。私の鑑賞4ポイントも当てにならない、のか?
筆運とは言いたくないけど、自分でコントロールできない体調とか精神状態とか絵具や画溶液の分量が微妙に合致したのだと思う。

今日はマンション管理会社の健康診断があった。即席ダイエットは失敗した。前回より1キロ以上増量していると思う。マンション勤務の見回りは手抜いていないけどね。単なる食い過ぎ。バカだった。
天気:晴れ

ずっと敬老

(月曜日・敬老の日)
ヨーロッパの美術館を巡って一番印象に残っているのはラファエロ(1483〜1520)かも。敬老の日なんだからティツィアーノ(1488/90〜1576)とかモネ(1840〜1926)の最晩年の傑作の話をするべきか。
でも、そういう最晩年最高みたいな話はここではいつもやっている。私は20歳代の前半から最晩年最高のことを知っていて、ずっと90歳に憧れてきた。若いころは90歳まで生きるだけでも至難、と思っていた。元気に生きて等身大クラスの絵を描くなんてありえない。でも、今70歳を前にしてみると、けっこう可能性がないでもない。しかし、正確には68歳2か月弱だけど、元気でいるのは苛酷。たっぷり食わずに運動を続けなければならない。ティツィアーノとか、やっていたのかなぁ? とても疑問だ。プールでも、若い人も含めて連続して泳いでいる人は多くはない。私は喘息だからやるしかないけどね。ま、本心気持ちいい。
というわけで、私はわざわざ「敬老の日」と言わなくても、若いころからずっと敬老精神だった。現実の親とかじゃないから何かをプレゼントする必要もない。ただただ尊敬し自分も見習おうと頑張っているだけ。ウォーキングはマンション勤務がなくなると非常にヤバい。自分から10000歩も歩くだろうか。まったく自信がない。
天気:晴れ
作品:F3「パンセ」おそらくこの絵は傑作だと思う。
180912-3

売れている!

(日曜日)
近所の画廊ギャルリー成瀬17に置いていただいてあるわが作品集が4冊も売れていた。びっくりした。ま、置いてもらって3か月も経っているのだから3週間に1冊のペース。驚異的な売り上げではない。でも、衣食住に無関係な印刷物が少しでも買ってもらえるというのが驚き。もちろん、私だって、買ってもらうことを期待して作り始めたんだけどね。
印刷物では絵の魅力が味わえない、というのは根本的な真実。でも、印刷物は絵にとってマイナスではない。現にわれわれも初めは印刷物(=画集)でドガを知りモネを知ったのだ。本物を見て腰を抜かしたけど、あとで再確認するのはまた印刷物だ。模写も印刷物(=画集)から行った。ルーブル美術館では本物を前に模写している人もいるけど、あんなの夢のまた夢。第一現実問題として美術館で実物を前に模写するのはやりにくい、と思う。
現代はカラー印刷技術が革命的な進化をとげている。印刷の前段階の版下作業(これがわが「仕事」)がたいへんだけど、それも近い将来AIがやってくれる可能性がある。そうなって来ると、印刷内容、つまり絵の出来(=ソフト)の問題ということになる。こればかりはAIでは不可能。画集掲載可能な絵を描く必要がある。
私は20年前にホームページを開設して、これからはネット上で絵画のバトルロワイヤルが始まるのだ、と武者震いしたけど、あれから20年。現実には凄いことにはなっていない。が、私の絵を買ってくださる方の多くは私のブログやホームページをご覧いただいている。
でも、ふつう絵って買わないでしょ。SM(22.7×15.8僉砲任8万円の表示。オマケしてくれるにしても、簡単には手が出ない。100号(162.1×130.3僉砲覆300万円だ。でもこれって街の看板に比べてもそれほど高額ではない。街角にある手描きの看板はけっこうそれぐらいするはず。
わが作品集は43点収録してあって1000円だ。無理のない価格だと思う。
第2集、第3集と作るかぁ〜〜〜〜!

今日は「仕事」をするつもりが、陽が射してきたのですぐキャンバス張りに切り替えた。ついでに地塗りもやった。28日のクロッキー会の分は確保したはず。夜は相模原市の室内50mプールに行った。今日が最終日。10月からはプールではなくスケート場になる。客も少なく水も適度に冷たくて綺麗。なんかとても気持ちよかった。
豊橋展のDMを作らなければならない。わが豊橋展よりずっと先の市美協の文化祭の仕事も来る。あたしゃ、自分の個展が大事なんだよねぇ〜。いくら絵画関係とは言っても、私はリタイヤしてないんだから、みなさんの展覧会の裏方ボランティアには無理がある。でも、当分がんばる予定。
天気:曇りのち晴れ

密度、輝き(=透明性)、踏み込み、筆の愛着度

(土曜日)
絵を見るときの四つのポイントは6月の成瀬展のギャラリートークでお話した。もちろん自分で考えた。だけどすぐ忘れてしまう。それで今日は検索用として題名にした。題名にしておけば一発で探せる。
上記四つのポイントを獲得するためには、とにかくたくさん描かなければならない。さらに、この四つが目的になってはいけない。絵を描く目的はいつも描く行為そのものであるべきだ。ホントかなぁ〜〜?
どうも歳のせいか疑り深くなってきた。
ついでに私が考えた絵画の三要素ももう一度書いておく。
音楽の三要素と対比させて、メロディは線描、ハーモニーは調子、リズムは白と黒の場所と大きさ。一般的な絵画の三要素はデッサン、色彩、構成と言われる。
私の主張する絵を見る4つのポントも絵画の三要素も抽象画にも適用できる。
で、昨日ピカソ(1881〜1973)の画集を見ていたら、似ているけどなんか全然ベツモノの絵があった。現存する日本の画家Yの絵だった。見開きに2点ドンと掲載されていた。「えっ、これピカソか???」とすぐ見破った。が、上記4つのポイントは適用できたのか? 4つのポイントというより三要素の「白と黒の場所と大きさ」がガタガタだったように見える。ハーモニーもなっていない。
それにしても晩年のピカソの100号以上は10分で仕上がっている感じ。私が100号は2時間以内と豪語しているが、ピカソは10分なのか? 私はまだまだ修業が足りない。

今朝はホームページの更新をした。『唇寒』の内容は「泥沼のような美術界」。
天気:曇り
作品:SM「セレナーデ」
180822sm2

宝石箱を開けるよう

(金曜日)
この前から、名作との出会いを述べようと思ってきた。だけど、自分が何を書きたかったのか忘れてしまう。
さっき録画しておいた『ルーブル美術館の舞台裏』(NHK)を見ていたら、ドラクロワ(1798〜1863)の大回顧展を準備していたルーブルの学芸員が外国から借りてきた作品の梱包を解くときは宝石箱を開けるようだと言っていた。その言葉を聞いて思い出した。
もともとは原田マハの小説で、原田が本物の絵に出会う瞬間は恋人に会うように嬉しいと言っていたのがキッカケだった。
本物に出会う喜びは果てしない喜び。だけど、25歳から26歳までのヨーロッパにいた1年間は出会いが多すぎて書ききれない。とにかく、ヨーロッパ美術のほとんどすべてに出会った。それでも、ギリシアには行っていないし、ベルギーにもイタリアのナポリにも行っていない。ドイツのベルリンにも行っていない。ベルガモンの浮彫もまだ見ていない。死ぬまでに見られないかもしれない。それより、あとの残りを若いときに見られた幸福に感謝するべきかも。

今日は市美協の理事会だった。ウォーキングはぎりぎりアウトか。8000歩には達していないと思う。
天気:曇りときどきチョー小雨のち雨

18〜25歳

(木曜日)
18歳ぐらいから25歳までは画集にはまっていた。半分は美術史のなかで生きていた感じ。そこには中国や日本の古い美術も入っている。当然南宋の水墨画も含まれる。カラー画集がどんどん発売されていた。そういうなかで、はっきり覚えている美術展は渋谷西武でやったモネ展。このブログでも何度も書いている。研鑽の人・モネ(1840〜1926)の絵画の軌跡がはっきり見える展示だった。若いころから睡蓮ぐらいまでがたっぷり並んでいた。
ルーベンス(1577〜1640)にも熱中したし、そのルーベンスが最も尊敬していたティツィアーノ(1488/90〜1576)も知った。
牧谿(1280頃活躍)を知ったのもこのころ。短い期間にわが人生のお手本がずらりと揃ってしまった、感じ。
で、25歳から1年間ヨーロッパに行く。ほとんどがフランスのボルドーで暮らしたけど、最初の1か月は中尾氏と電車のヨーロッパ周遊券(ユーレールパス)でドイツやオーストリア、イタリアなどを回った。中尾氏がいたから言葉に困らない。その後一人でスペインやイギリスにも行ったけど、どうやって意思の伝達をして、どうやって生き延びたのか、とても不思議だ。
とにかく、ボルドー径膤悗妨豎慘嘘悗靴董▲椒襯鼻嫉堽美術大学に籍を置き、下宿もして、1年後にはフランス語がしゃべれるようになって帰って来た。
5年前の南仏旅行もムチャクチャだったけどね。ま、行けばなんとかなる、のか?

今日の夜は学校開放温水25mプールに行った。涼しいし小雨も降って来たので、空いているかと期待したが、とても賑やか。9月ではまだプールは盛んだ。でも、自己作成メニューは消化した。みんな速くてけっこう苦しい。
天気:曇りときどき晴れ。夜は小雨
作品:F4「夕べ」
180725-4

石膏デッサン

(水曜日)
外プールも終わり、50m室内プールは大修繕で13か月間のお休み。とうとう学校開放温水25mプールだけになってしまった。明日からずっとお世話になるしかない。お客さん密度が高いけど、水は冷たいし、水深もある。泳ぎやすい。涼しくなっているので、お客さんも減っていると思う。
17歳のときに絵描きになろうと思ったのに、そのころどんなクラシック美術に熱中していたか、まったく覚えていない。受験勉強から逃れるために、絵描きになろうなどと口実を考えたのか? 確か高校2年のとき、私の部屋に美大受験の高橋さんという人が同居した。私はその数か月間だけとてもよく勉強したことを覚えている。大人に見えたけど私とは2〜3年しか歳が離れていないわけだ。高橋さんは一生懸命石膏デッサンをやっていた。小学生前からわが家には画学生が出入りしていて、みんな石膏デッサンをやっていた。だから、私も絵描きになるからには石膏デッサンをやらなければいけないと思い、中学の先生に頼んで、美術室で石膏を描かせてもらったりしたと思う。今もわが寝室にはラボルトというルーブルにあるギリシア彫刻の女性の頭の石膏像が飾ってある。きっとパルテノンの破風彫刻の頭部だ。たぶんフィーディアスの作。西洋彫刻史上最高傑作かもしれない。

今日はクロッキー会だった。今日来たモデルさんは妊娠してしまいましたと申し訳なさそうに言う。とにかく「おめでとうございます!」と返した。当分お休み。モデルさん2回目の受胎告知だ。いやいや、われわれは妊娠可能な大人の女性像を描かせていただいている。妊娠の可能性があるから美しいのだ、と思う。
午後からKさん宅で「仕事」の打ち合わせをした。
天気:薄曇り

画集作りの裏側

(火曜日)
私は一般的な集英社などの画集も見てきたが、美術印刷業者が作る自選画集もいっぱい見てきた。10種類以上持っている。父の画集もある。数万円した(=買わされた)。父の豪華画集は別として、ペーパーカバーの作品50点前後を収録したA4版の画集でも、100部作れば100万円とか200万円かかるらしい。1冊1万〜2万円かぁ〜。みなさんよく作るね。やっぱり一生一度の大事業。ふつう作らないで終わる。
いま私が取り組んでいる画集作りは、A4の大きさがあり、フルカラーで厚手の光沢紙に印刷、というレベル。実質的には美術印刷業者が作る画集と遜色はない、はず。もちろん十分鑑賞に堪えられる。とにかく作品をまとめておくのは悪いことじゃない。そりゃ、100万、200万円かかるとなれば、躊躇せざるを得ないけど、20万円ほどで出来るのだから、これはもう夢ではない。
絵を描く人なら、第一目標は個展。銀座でできれば最高。で、個展の次は画集。
でも、個展は実現できても画集となるとほとんどの人は作っていない。87回個展をやった私でさえ今回初めて作った。以前カラリオ版を作ったことはあるけど、今回のように200部も作ったのは初めてだ。
印刷代だけなら実現可能な価格なのだ。でも、版下は簡単には作れない。絵の配列、文字の大きさやレイアウト。細かいことがたくさんある。私自身の画集完成には2年もかかっている。この自分自身の制作スキルを活用して、他の人のを作るのだが、それでも、かなり時間がかかる。何度もやり直す。活字の種類も多く、大きさの問題もある。どの活字でどういう大きさか、色は真っ黒よりも少しグレイが入ったほうがいいのか、などなどとても迷う。1か月に2つと言っていたが、ご本人からの細かいご指示も少なくない(=これは当たり前、人生一度の事業なのだ)。完成は遅れがちになり、結局1か月に1つになってしまっている。世の中甘くない。
今日は一日、その「仕事」としての画集作りをやった。
でも、ウォーキングは1万歩に達したと思う。
天気:雨の予報だが、曇り。少し晴れ間も。
作品:SM「ドルチェ」
180822sm1
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