イッキ描きブログ

菊地理の油絵作品と絵の話

2018年10月

熱烈な告白

(水曜日)
ホームページで「仕事」(job)と「作業」(work)のことを書いた。アカデミズムの絵は「仕事」である。印象派の絵は「作業」だが「仕事」ではない。「仕事」の絵はつまらない。もちろん、「仕事」はとても厳しい。ちゃんとしていなければ相手にもしてくれない。
この厳しさはある程度必要なことかもしれない。しかし、それでは絵画の肝心なところが置いて行かれてしまう。
今NHKで『昭和元禄落語心中』というドラマをやっている。私は小学生の終わりごろから中高時代に落語にのめり込んだので、少しは落語のことも知っている。落語も厳しい徒弟制度があり、お金を貰う「仕事」として一人前の落語家になるにはハンパない修業が要る。しかし、落語には笑いがなければ始まらない。楽しくなければ落語ではない。「仕事」のレベルを乗り切らないと真打は遠い。
絵だって同じ。印象派の絵は楽しいもの。いくら楽しい画題でも苦虫をかみつぶしたような顔で描いた絵なんて見たくもない。
ボナール(1867〜1947)やヴュイヤール(1868〜1940)の絵も楽しい。日本の浮世絵も楽しい。見たくなる絵だ。
そんなこと言ったらルーベンス(1577〜1640)やレンブラント(1606〜1669)の絵だって楽しい。フェルメール(1632〜1675)ももちろん楽しい絵だ。見たくなるもの。いやいや楽しいだけではない。深刻な絵もある。それはそれでまた見たい。喜怒哀楽のない「仕事」だけの絵はボツなのだ。絵じゃなくて書だけど顔真卿の《祭姪文稿》には悲しみがある。それもまた見たい。
当たり前すぎるけど、絵や書や彫刻は人間の叫びだ。熱烈な告白だ。絵だったら一筆一筆に描く喜びがなくてはならない、これは最低条件だ。
でも、さらに上の境地もあると思う。

今日はクロッキー会だった。その後夕方から相模原市の50mプールに行った。
天気:朝のうち曇りのち晴れ
写真:豊橋展2
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体感をぶつける

(火曜日)
今日から普段の暮らしに戻る。
豊橋でも毎日いろいろ書いてきた。
ウォーキングもたっぷりやったし、プールにも2回行った。筋トレが不足気味だが、ストレッチなどはだいたいやっていた。
本は『劇場』(又吉直樹・新潮社)を読み終わり『藤原隆家の闘い』(葉室麟・実業之日本社文庫)を読み始めたところで『第1感━「最初の2秒」の「なんとなく」が正しい』(マルコム・グラッドウェル著/沢田博・阿部尚美訳・光文社)に浮気して今はそっちが本気になっている。半分ぐらい進んだ。
『第1感』はわがイッキ描きの描法を支持している。「描き直しなし」という原則。ま、実際には筆を入れる場合もないことはない。明らかな誤筆は訂正する。だけど、現場の感動を手直しすることはできないと思う。それほど現場の情報は複雑で膨大だ。
昨日の駿河湾沼津SAでは絵を描かなかったけど夕闇迫る駿河湾なんて、でかいし、綺麗だし、風も気持ちいいし、あんなもの記憶で絵にしたらチャチな夕景になってしまう。「うわぁ〜〜、すげぇ〜〜」って気持ちというか、身体全体が感じている体感をキャンバスにぶつけたい。それがイッキ描きだ。私は印象派の絵画思想も基本的に同じだと思う。特にモネ(1840〜1926)の理念というか姿勢というか、制作態度は死ぬ寸前まで不動、だったと思う。最晩年の横2mの《藤》なんて鬼気迫るね。
ま、私自身、現在進行形、現役続行中の生身の人間だから、これからどうなるかわからないけど、モネへの尊敬は変わらない。

わがイッキ描きを支援してくれている美術史家の中尾陽一さんがメジャーデビュー寸前。よろしくお願いいたします。今朝アップしたホームページにご紹介した。

http://www.mainichi-ks.co.jp/m-culture/each.html?id=712
をご覧ください。

今日は 午後からマンション勤務だった。ウォーキングなどは十分やった。久しぶりの筋トレが怖かったけど、無事消化した。
天気:晴れ
写真:豊橋展1
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帰宅

(月曜日)
夜7時に帰宅した。生きて帰って来た、って感じ。豊橋は遠いねぇ〜。
でも往きも帰りも富士山が見られた。帰りの富士山は夕方の赤富士だった。往きの午前中の富士山も素晴らしかったし、帰りの黄昏時の富士山も凄かった。帰りは駿河湾SAで広大な夕景を見た。息を飲むね。
豊橋展は可もなく不可もなし。
とりあえず最後ということで、お客様のお顔を忘れないように。20年間以上とてもよくしていただいた。豊橋は日本一のいいところ、かも。
また、明日からこのブログをよろしくお願いいたします。
ホームページは明日の午前中に更新する予定です。
天気:晴れ

豊橋へ

(月曜日)
これからマーチにいっぱい絵と額縁を積んで豊橋に行く。ドサ回りだねぇ〜。ドサ回りだよぉ〜〜。
家内の母が亡くなってしまい(96歳)、後ろ盾がない。背中が寒い。ほとんど寝たきりだったけど、いるといないでは大違い。車もマーチ1台だけだ。きっとたくさん歩くことになる。家内の実家から個展会場までは2〜3劼呂△襦1復すれば1万歩は確定だ。自主的なウォーキングではなく義務となると空恐ろしい。
それでは、ボン、ボワイヤージュ!(だっけ?)

そう言えば、私を支援してくれている中尾氏が偉くなるかも。真っ暗闇のなかにかすかな希望が……。
次のブログは10月29日(月)。ホームページは同じ日か翌日にアップ予定です。
天気:晴れ
作品:F4「真鶴」
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奈良に行きたい

(日曜日)
『緋の天空』(葉室麟・集英社文庫)を読み終わった。729年の長屋王の事件は冤罪だった可能性が高いとの説。その長屋王(天武天皇の孫)の息子・膳夫(かしわで)と光明子(聖武天皇の皇后)は幼馴染で淡い恋心を持っていたという設定。何か根拠があるのかもしれないが、私は調べてない。かしわで(膳夫)は長屋王の事件で自決する。膳夫はイケメンとの設定。事件後の734年、光明子は興福寺の阿修羅像を見つめて涙を浮かべる。阿修羅像が少年の頃の膳夫の面差しに似ていたのだ(p285〜286)。ここはちょっとジーンときた。
私の見解は、阿修羅像は相撲の柏戸に似ていると思っていた。古くてゴメン。
この小説は奈良時代の話だけど女帝をとても肯定的に描いている。現在の皇室事情への発言なのかも、と思ってしまった。
興福寺は藤原氏が建てたお寺。光明子も藤原氏。
奈良に日帰りするなら、第一に東大寺。南大門(鎌倉時代)はイヤでも見えてしまう。大仏殿も江戸期の復元だが悪くない。三月堂と戒壇堂は必見。興福寺も近鉄奈良駅に近い。阿修羅像はだいたいいつでも見られるはず。興福寺には阿修羅像以外にも天平の傑作が山のように並んでいる。日帰りでも、たまに奈良に行きたくなる。1300年の時を経た国宝がズラズラ見られる。イタリアのフィレンツェより楽しいかも。少なくともフィレンツェ並みの建造物と彫刻群がある。身近に凄いところがあるんだよねぇ〜〜。

今日は個展前最後のマンション勤務があり、帰宅後に個展の最終準備をやった。後は展示してみなければわからない。ま、どんなにいい展示でも成果が出なきゃ話にならないけど、とにかく少しでもましな展示をする。当たり前の話。
天気:晴れ

仏師のデッサン

(土曜日)
三井記念館の『仏像の姿(かたち)展』に行くことにした。なんで行きたいのか忘れた。天平仏もほとんどない。でも鎌倉仏はいっぱいあるし、平安前期の仏像もじゅうぶん迫力がある。
もちろん信仰心で行くわけではない。人体表現を見に行くだけ。不敬である。不敬とは言ってもキズつけたりはしない。当たり前だ。仏教信仰はあやしいけど仏師には尊敬たっぷり。ダイジョブ、ダイジョブ。
天平仏を作った仏師のデッサンが見たいよね。目が覚めるような線描だと思う。下絵だから全部廃棄? ああ、もったいない。どっかからごっそり出てこないものか。

今日はマンション勤務の早番があり、夕方から25m学校開放プールに行ったので久しぶりに運動完璧ディになった。
天気:晴れ。夜は雨。
作品:SM「真鶴」
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仏師の苦悩や情熱

(金曜日)
展覧会が近づくと毎年作るホームページの「2018年度豊橋個展出展作品集」を今年は作っていない。中尾氏が作ってくれた「菊地理イッキ描きギャラリー」とだいたいかぶる。こちらはわがホームページのヘッドページにリンクしてある。
また、A4版1枚裏表三つ折りのパンフレットも作っていない。これは作品集があるからいいべ、って気持ち。パンフレットは無論無料で差し上げていたが、作品集は1冊1000円だから気が引ける。気が引けるけど1000円は破格値だと思う。価格を変更しなければならないかも。1500円か2000円にしておかないと今後続かない。ま、出版社の画集でも出版記念価格は安いからいいか。
小説『緋の天空』(葉室麟・集英社文庫)はなかなか進まない(三分の二ぐらい)。わが尊敬する天平彫刻の時代のお話だからけっこう楽しい。仏教の話も出てくる。が、病気の治癒とか国家安寧の祈祷などバカバカしいレベルだ。でも、主人公の光明子は日本を仏国土にしようとしている。最近の日本に対する諸外国の評価はムッチャ高い、ような気がする。災害時にパニックにならなかったり、諸外国の評価はハズレてもいない、か。仏国土が実現しているのだろうか? それにしては厭な事件も少なくない。
小説には仏像彫刻の話は今のところほとんどない。東大寺の三月堂の《執金剛神》がどうやって生まれたのか、仏師(=仏像制作者)の苦悩や情熱を書いて欲しいけどね。そんな小説はなかなかないね。

今日は雨の予報で、個展準備以外は何にもしないでグータラ過ごそうと思ったけど、結局、大和市立図書館への大冒険をした。大和市は「70歳代を高齢者と言わない都市」。ということは68歳の私にはいろいろな高齢者サービスがないということ? 住んでいるのが隣の町田市でよかったぁ〜〜。
大和市立図書館はとても綺麗で広々としていたけど、蔵書数が少ない感じ。いろいろなものが細かく有料。駐車場はもちろんロッカー代100円も返却なし。驚くね。多くの人が利用していたラウンジも有料だった。トイレは綺麗だけどウォータークーラーもなし。
というわけで、本日は結局1万4千歩以上歩いてしまいグータラではなかった。
夜はホームページの更新をした。『唇寒』のテーマは「すごく単純。わが絵画理念」。
天気:曇り、夕方から小雨

ボナールと比べる?

(木曜日)
豊橋の個展が近づいてきた。準備期間がなくなりつつある。近づくほどに悪い結果ばかりが心に浮かぶ。
でも、自分の作品集を見直すと、それほど酷いとは思えない。ボナール(1867〜1947)の展覧会カタログと比べてもムチャクチャとも感じない。ま、ボナールの展覧会カタログはボナール最高の作品集ではない。2〜3点目玉作品があり、あとはかき集めたみたいな。いやいや、そういう小品のなかに珠玉の傑作があったりするんだけどね。
もちろん私の作品集とボナールの絵を比べるのは不遜だけど、私だって貧乏人の分際なのに売り絵を描いているわけではない。方向性はそれほど変わらない、つもりだ。
比べてみると、私の絵はやっぱり新しいと思う。そして中国や日本の絵がたっぷりと含まれている。源氏物語絵巻や伴大納言絵詞、牧谿(1280頃活躍)の水墨画などなど、そういう影響がいっぱいある。父親の影響も大きい。
三浦半島の三崎口駅の先にある三戸に行きたがるのもあの景色が牧谿の瀟湘八景図を想わせるからかも。ま、こっちは富士山付きだからかなり贅沢、なのか。
バラなども立木を描くのは水墨画やモネの影響。父も描いていた。日本の洋画家で立木から描く人は多くないと思う。
68歳にもなって、こんなにペーペーなんだから、むろん大した絵描きではない。
ま、どうでもいい。とにかく、作品集があるとボナールとかともくらべられて楽しい。

なんか、『森への想い』氏からとてもお褒めいただいてしまい、まことに恐縮です。実にお恥ずかしい。ありがとうございました。ブログ『森への想い』はわがホームページにリンクしてあります。
天気:薄曇り。晴れ間も。
作品:F15「午後の真鶴の海」
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繋がる意欲

(水曜日)
俵屋宗達(17世紀前半)の画集を見ると、宗達が醍醐寺の柳の絵《重要文化財 三宝院表書院障壁画 柳草花図(上段之間) 安土桃山時代》を見ていた可能性がある。醍醐寺展にも宗達の扇面図が来ている。きっと醍醐寺と宗達は親しい関係で、寺所蔵の作品も見せてもらえたはず。宗達の画集には影響見え見えの絵がいくつかある。いやいやさすがの宗達もあの《柳草花図(上段之間)》の分厚いヴァルールには至っていないけど、果敢に挑戦している。ああ、宗達も心を奪われたんだな、と遠い過去の宗達が筆を取っている姿までが浮かんでくる。名作絵画で繋がる画家と画家の筆の意欲だ。なんか楽しいね。
ま、現実にお前はどうなんだといわれると、とても真似のできる画肌じゃないけど、死ぬまでに一度ぐらいあの画境に達してみたい、とは思う。100号の裸婦でほとんど色のない上品な、それでいて大胆な筆の遊戯をしてみたい。夢だね。

今日は町田まで歩いて行って(帰りは電車)、予約してあったルフラン油絵具(コバルトブルー)を買い、久しぶりに紙も買った(ここ数年、失敗作の裏に描いていた)。ブックオフにも寄って1999年にやったワシントンナショナルギャラリー展のカタログを買った(なんと360円)。ヴュイヤール(1868〜1940)が三点あり、決定打はドガ(1834〜1917)の出待ちの踊り子たちの絵《バレエの前》だった。夕方床屋で丸坊主にしてから夜は相模原の50mプールまで車で行った。運動はじゅうぶんだが食い過ぎたキライがある。
天気:晴れ。散歩には最高の季節だねぇ〜。

色彩のこと

(火曜日)
12日のブログで述べた色彩論は実にアホらしい基本的なものだった。今朝寝床のなかで思い出した。あれは補色というヤツだ。補色とは、12色相の向かい合わせた色のこと。混ぜると灰色になる。補色残像と言って、ある色を長く見ていて、目を閉じるとその補色が現れる。
で、12色相というのは、時計の丸い文字盤に12の色を並べたもの。12時が黄色、1時が黄橙、2時が橙、3時赤、4時赤紫、5時紫、6時青紫、7時青、8時緑青(ここは青緑じゃない)、9時が青緑、10時緑、11時黄緑と並ぶ。向かい合わせということは12時の黄色は6時の青紫と補色ということなる。3時の赤の補色は9時の青緑。中学のときに習った。中学の美術の先生は芸大出の柴山先生(名前をいつも忘れてしまう=ついこの前の中学同窓会で訊いたばかり)。美術史も色彩論も教えてくれた。それを68歳になっても使っている。中学の先生は大事だねぇ〜。そう言えば、私自身、塾だけど23年間も中学生の先生をやったのだった。
私は長年12色相の表を自作してパレットの脇に置いていた。
で、黒だけど、黒もオレンジとかによく合う。濃い緑にも合う。白と緑も合う。これは芙蓉などの花と葉っぱの取り合わせだ。自然界の色はよく出来ている、のだ。
ちなみに、こういうのって服のコーディネートにも使える。デパートなんかのマネキンが着ているワンピースの腰のところに黒いアクセントをつければ最高だよね、などと勝手に心のなかで提案している。ちなみに灰色はすべての色に合う。灰色には緑系とかオレンジ系などちょっとした調子をつけることが出来る。言ってみれば自由自在なのだ。それなのにトンチンカンな色彩絵画が横行している。まったく柴山先生は滅多にいないということか。
ボナールは「色彩は理論である」と言った。ボナールは上品なブルジュアだけど、下町のクソガキに言わせれば「頭使えよ」ってこと。ほんと世の中バカばかりだ。
繰り返し申し上げておくが、私は黒は使っていない。黒っぽい色はよく使うけどね。
で、返す返すも思い出すのは醍醐寺展の柳の絵。ほとんど色のない絵。なんて魅力的なんだろう! 今やっている展覧会だけど行けるだろうか?
天気:薄曇り
作品:F3「バラード」
180928-3
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