(水曜日)
禅宗の悟りについて、実際にあるのかないのか、たとえば良寛さまは悟っていたのか。
こういうことは個人的体験なのでまったくわからない。本人に訊いても本当か嘘かわからない。禅の厳しい修行をやったこともないので私に答える資格はない。私は卑怯者なので出家することもなく、適当に本を読みある程度は実践もした。ま、無理だと思った。脳科学の方面からあっさりわかるのでは? と思い、養老孟司や茂木健一郎など、けっこうたくさん読んだけど、感触としてはどうもダメらしい。最後に『脳はなぜ「心」を作ったのか』(前野隆司・ちくま文庫)に至った。これはかなり悟りに肉薄したかも。
ここまで、だった。
道元は修行することが悟りだと言い切った。
いっぽう、牧谿の絵、ティツィアーノの絵、ミケランジェロの彫刻などはっきり目の前に具体的な形としての現実がある。信じるも信じないもない。信じるしかない。
ある時期、父はルネサンス芸術は宇宙人が成し遂げたと言っていた。人間業じゃない。人間の一生ではあそこまでの境地には達成不可能、と思ったのだろう。父は、その後、牧谿(1280頃活躍)や梁楷(1200年前半活躍)に出会い、そっちにのめり込んでいった。
ま、試行錯誤の過程である。生きていて、古典作品として現実に憧れるものが実在するんだからやるっきゃないんだよね。同じ人間なんだから、一つ一つやってみる、やってゆく。それしかない。

今日は「仕事!」を頑張ったと思う。年寄りだから無理はしていない。無理をしても失敗してむしろ時間がかかる。

以下のサイトで私の新作、代表作が簡単にご購入いただけます(画像の額縁は一例です。交換できます)。
取扱っていただいているのは下記の方。私の絵画活動をずっと見守り支援していただいています。
≪中尾陽一プロフィール≫
≪ikkigaki-gallery≫
≪ルドゥーテのバラの庭のイッキ描きギャラリー≫

ウォーキング:○  水泳:×  体操:○  筋トレ:×
天気:晴れ
今日の絵:F6「かがやく湖水」:この絵はたいへん手こずって、結果もイマイチかも。でもカナダの現場で描いたから絶対残す。ずっと見ていると悪くないかも。
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