2006年08月

2006年08月15日

伊藤博文 大塩平八郎 中村天風 自筆

中村司コレクション 景粛宮 6

  
中村司 蔵  室町時代・江戸時代の医学書など

 

伊藤博文 自筆短冊

       

 

   大塩平八郎  (大塩 後素/こうそ)  自筆

江戸後期の儒学者(陽明学者)・大坂町奉行所 与力。

幼名は文之助、名は正高(まさたか)のち後素(こうそ)、字は子起、通称は平八郎は連斎、中軒、中斎(ちゅうさい)。

大坂町奉行所を辞し、陽明学の教授に専念するも1836(天保 7)年、天保の飢饉の際、蔵書5万冊を売り払い、その金を窮民救済に当てる。

困窮に対し、何の救済策も示さない町奉行所に対し、元与力が中心となって反乱を起こしたことにより幕府は大きな衝撃を受けたとされる。
(
大塩平八郎の乱」)

    
  
      

        後素 ↑ (こうそ)の号

 

    中村天風師・自筆画

中村天風先生の瓢箪図

 

中村天風先生の自筆・瓢箪図 2

   ↑ 中村天風師・自筆画の瓢箪(ひょうたん)図。 

                  落款は「天風」 (中村司蔵)



               頼 山陽 自筆   江戸後期





 

  
公爵 正二位 二条 基弘 (にじょうもとひろ)   

  最後の関白・人臣最後の摂政  
     二条斉敬
(にじょうなりゆき)の養嗣子

二条 基弘は、安政6年(1859年)生〜 昭和3年(1928年))没、明治の華族。宮中顧問官、正二位 勲二等 公爵となる。
九条尚忠の8男で、二条斉敬の養子となる。明治23年9月から大正9年1月まで貴族院議員を務める。書を能くした。


二条斉敬について

●摂政、関白。
●左大臣二条斉信の次男。1825(文政7)年に従五位上に叙任。以後、位階累進を重ねるが、1859(安政6)年、折からの安政の大獄により幕府に蟄居を命じられる。しかし程なくして赦免となり、朝政に復帰。専ら公武合体派として朝幕間を奔走した。
●1863(文久3)年8月18日の政変では朝廷より尊攘派公卿を放逐し、同年関白に叙任。引き続き朝幕間の周旋に砕身した。
●1866(慶応2)年12月の孝明崩御に続く、翌年正月の明治天皇即位に当たっては摂政職。しかし、同年12月の王政復古の大号令により摂関職が廃止されたため、摂政を辞任した。
●1878(明治11)年、63歳で没。









2006年08月14日

胃腸のクローン病は完治する? 治る? 病院は?


最近、胃腸の病気であるクローン病の相談を2件連続して受けました。
クローン病は私の担当する難病の専門外ですが、多くの患者さんが困っていて「治ったり、完治を狙える治療法」があるか興味があるのでしょう。


    クローン病 男性  22歳  

僕はクローン病と7月末に診断されました。
爪もみとゆったり呼吸法を家ではやっていますが、クローン病を治す方法はありますか?
今は薬をペンタサを飲んでいますが徐々にやめたいです。


    クローン病 男性  38歳  

病名がついたのが19年前。当時は毎週必ず40度の高熱が出ていました。
ステロイド治療をしていました。 10歳くらいの頃に白血球減少あり。
また右下腹部にたまに激痛がありました。この病気になってからは色んな事を考えさせられました。人生を根本から見つめなおしています。
しかし現状では小腸の一部が硬くひどく狭窄しています。長さにして約5センチ。

何度も潰瘍を繰り返した結果です。現在は病院の栄養剤が主食です。
体全体のことを考えて玄米重湯や、天然の味噌汁など取るように心がけていますが食べれないのはとても辛いです。
よくなりたいのでずっと過酷な食事制限もしてきました。頑張ってきたのに残念な結果になってしまいました。
食のことも非常に多く勉強してきましたが、本当にいいものはなかなか食べれないのが現状です。ちょっと頑張って食べると腸閉塞で入院です。
空腹をまぎらすため、あるいは緊張をゆるめるためにあめ玉などを大量に口にしてしまっています。いままでさんざん自問自答してきました。この病気は胎児の頃か始まってます。原因はストレスです。考え方を変えながら治していきたいと思います。しかし今後に不安はあります。

体のバランスを崩すので手術はしたくありません。どうか腸が回復するようなお手伝いをして下さい。西洋医学では、硬く狭窄した腸が回復するのは不可能といわれてますが可能でしょうか?
玄米菜食が出来るような体になりたいです!!どうかよろしくお願い致します。   東洋医学は色々とやっています。ヨガや気功、民間療法など色々試しています。


    −−−−−−−−中村司のコメント−−−−−−−−− 
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2006年08月13日

宇宙航空研究開発機構JAXA 月探査機「セレーネ」月周回衛星

□━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━■
      年間予定表 (東京・大阪・名古屋・岐阜)

  http://blog.livedoor.jp/toyoigaku/archives/51128183.html
        ↑順次受付していく予定です。↑
  
□━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━■

            中村 司よりお知らせ


親愛なる皆様、いつもお世話になり、まことにありがとうございます。

今日は、病気とは関係なく、宇宙航空研究開発機構(JAXA)が打ち上げる月探査機「セレーネ」のお話。
 (希望を持つと病気が治りやすいという事実はありますが。)


今年の夏、月面全体を詳しく調査し、月の起源や進化を明らかにするための月探査機「セレーネ」が打ち上げられる予定ですが、そこに私たちの名前とメッセージ(願いなど)を入れ、探査機に搭載されるそうです。(無料)

月周回衛星なので、月の周りをまわる人工衛星ということですね。


不覚にも昨日知ったので期限は2007年2月28日、今日いっぱいなのです。。

興味のある方は応募してくださいね。

http://www.planetary.or.jp/selene/pc/index.html


ちなみに、私はこう書きました。

「全ての人が月を見る度、ニッコリいい感じ」


楽しいメッセージを書いていただき、もしよろしければ(コッソリ)教えてください。
個人的に楽しみたいと思います。 笑

では。

                   中村 司





                 
       宇宙航空研究開発機構による詳細


              +  +  +  +

宇宙航空研究開発機構(JAXA)は、平成19年夏に種子島宇宙センターからH-IIAロケットで月周回衛星「SELENE(セレーネ)」の打上げを予定しています。
 セレーネは、「月がどのように形成され、どのような変遷を経て現在に至っているか」の核心に迫る科学データを取得することを目標にしている衛星で、アポロ計画以来最大の月探査計画です。
 JAXAでは、セレーネに載せて月へ送る「お名前」と「メッセージ」を募集します。皆様の思いのこもったメッセージをお待ちしています。

              +  +  +  +

 2007年夏、H‐II Aロケットに搭載され、世界が注目する日本の月探査機「セレーネ」が打ち上げられる予定です。セレーネは、米国のアポロ計画(1969〜1972)以来の本格的な月探査機です。目的は、月面全体を詳しく調査し、月の起源や進化を明らかにするための科学データの収集するほか、探査機を月の周回軌道へ投入してその姿勢を安定的に制御する技術等を実証することです。得られたデータは、将来の月利用計画にも利用されます。このように、セレーネは本格的な月探査への道を開く重要なミッションです。
      セレーネ「月に願いを!」キャンペーンの目的は、この日本の月探査計画を広く世界の人々に知っていただき、同時にすぐれた日本の宇宙科学及び工学技術を理解してもらうことです。主催は宇宙航空研究開発機構(JAXA)、これに日米の惑星協会が協力します。昨年11月20日に、世界149ヵ国から寄せられた87万7490人の名前を小惑星イトカワに届けた探査機「はやぶさ」のキャンペーン「星の王子さまに会いに行きませんか」も、同じ協力で実施されました。
      月への願いと応募者の名前は、シートに印字されて探査機に搭載されます。セレーネ・ミッションの詳細は、
http://www.jaxa.jp/pr/event/selene/index_j.htmlをクリックして下さい。皆様のご応募をお待ちしています。



      応募要項

  【募集内容】 セレーネに載せて月に届けたい「名前」とメッセージです
   ※シートに印字する都合から、文字数に制限を設けております
   ※JIS第1水準・第2水準で規定されている文字でご応募下さい
   ※絵文字、点字、文字の大きさ・色指定での応募はできません
      【応募期間】 2006年12月1日〜2007年2月28日(必着)
      【応募方法】 インターネット

 PCと携帯から応募できます。応募は無料です。
[応募する]ボタンをクリックし、必要事項を記入して応募して下さい。
名前:全角文字10文字以内(半角文字の場合は20文字以内)句読点含む
メッセージ:全角文字20文字以内(半角文字の場合は40文字以内)句読点含む





         中村 司 サイトマップ

http://plaza.rakuten.co.jp/706com/diary/200508240000/
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パーキンソン病完治を目指すパーキンソン病治療法

パーキンソン病ライフを

楽しく活きるための知恵


 

パーキンソン病とパーキンソニズムの全ての記事


 

パーキンソン病患者さんの体験談をご紹介いたします。

 

遠赤外線パックを使って

 

■ パーキンソン病の腰の痛みが楽になった。 お腹に当てていたら尿がでるようになった。

■ 説明いただいた通りにパックを使っているので、これからは便秘の心配が全くありません。

 

パーキンソン病の男性(40代)より 茨城県 G 様

 

中村司先生

みなもと温パックなど送っていただいてから、遠赤の温パックを抱いて毎夜寝ています。もっと早くから購入しておけば良かったと悔やんでいます。

半信半疑でしたが、付けてみると今まで日に数回あらわれていた右手の二の腕のだるさが消えて、不思議です。
いままで、左に比べて細かった右手首が太くなっています。
筋肉が太くなったのでしょうか。血管が太くなったのでしょうか。
とにかく、手放せません。
(同じころ、太衝、臨泣に鍼を打っていますが、なにかのコラボレーションでもあったのでしょうか。)

温パックのみ注文したつもりですが、効果がすばらしいことと、いろいろアドバイス戴きました。

指に力がないのは、事実と思いますが、ある部分は自分で思っているためも、ありますね。小指の力が弱くなると、指全体が弱くなることや、イメージトレーニングが良いとのアドバイス感謝します。

ありがとうございました。
 
 
中村司コメント
 
最近、私自身の予想をはるかに超えた内容の体験談をいただきます。
 
この文章も、もし、「弱っていた手首が太くなった」とすると血液の流れる量が多くなり、筋肉の量が増えたということかと思います。
 
理論上はシンプルですが、これらが本当なら、とんでもない体験ですよね。
 
もちろん、渡した私のほうが「う〜ん??」と絶句しています。
 
 
 
            お礼の報告が届きました!!
 
 
今回、一番最初にお送りしたパーキンソン病の女性(岐阜県 50代)からすぐにお礼のメールが届きました。 報告いただき、ありがたいです。 皆さんのご参考になるかと思い、掲載させていただきます。
 
お役に立てたことがわかり、とても嬉しい報告でした。
 

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二日前にセットを受け取りました。ありがとうございました。

さっそく CDを聞いて電気をつけました。 

二十分位 たった頃 たて続けにあくびがでました。 
いつもより 少し気分が良いようにおもえました。

この二日間 朝 起きた時、今までよりも 身体を動かすのが苦痛ではありませんでした。

いつも 朝が ほんとうに つらいのです。

昼間も しんどくてたまらなくなると すぐ横になっていたのですが、 それも 少し 減ったように思います。

本当にありがとうございます。 うれしくて 報告いたしました。

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2006年08月05日

中村司コレクション4 貝原益軒本居宣長豊臣勲功記曲直瀬道三

中村司コレクション 4
 
          江戸時代の医学書など

中村司の書庫 景粛宮には現代の本だけでなく、室町時代、江戸時代からの印刷物、講義録も収蔵されています。

医学書、仏教書、歴史書、文学などです。

周りから「蔵書の内容を教えてほしい」という声を聞くので、すぐにアップできる分のみ公開することとしました。

今日は、目を楽しませてもらえれば、と思います。

                 ※写真が消えてしまったため修復中です。


           医学書

 貝原益軒  (かいはら えきけん 筑前 福岡藩医)

 【無病 長生養生之法 並 天寿捕元丹来由効能書
  
(
ムビョウ チョウセイ ヨウジョウノホウ ナラビニ テンジュ ホゲンタン ユライ   コウノウガキ)

京都大学附属図書館所蔵 富士川文庫目録 ムと同じもの


貝原益軒  (かいはらえきけん 福岡藩医)

江戸時代 前・中期の儒者。「養生訓(ようじょうくん)」の著者としてあまりに有名。
福岡藩医官・貝原寛斎の四男。
名は篤信、字は子誠、通称を助三郎、のち久兵衛、別号に損軒・柔斎。
父や兄・存斎に医学・漢学を学ぶ。
のち福岡藩医となり京都に遊学。
学問は初め陽明学を好み、のち朱子学を、晩年にはその朱子学も批判するに至った。
探究極めて幅広く、子女の教育法を説いた「和俗童子訓」等著書も多い。正徳4年(1714)歿、85才。



近代医学の父 伊東玄朴(いとう げんぼく) による 
            江戸期の蘭学書 (西洋医学書)  

    医療正始
[いりょうせいし]」
 3・13・15巻 3冊

医療正始 附医院類案

【著者】ビショップ(ビスコフ) 著  伊東玄朴 訳
【成立】天保6
(1835)年 〜 安政5(1858)


東北大学 附属図書館と同じもの

幕末に長崎でシーボルトに師事し、蘭方医として初めて将軍の奥医師となった伊東玄朴は、日本で最初に種痘[しゅとう]を導入した。
玄朴自身が翻訳した蘭書 医療正始(いりょうせいし)は特に有名。

「医療正始」第3巻には江戸時代の関節リウマチの症例が詳しく載っています。早めに公表したいため、「リウマチ感謝」さんにお譲りし解読作業をお願いしました。



阿蘭陀流外科書 (オランダ流外科書) 巻之四 
          寛文10年
(1670年)

成立が鎖国直後の1670年と古いこと、同一と思われる文書が東京大学や京都大学の関係文書に見あたらないことからかなりの貴重書かもしれない。

九州大学 附属図書館 医学分館 参照





「万外集要」 (マンガイシュウヨウ) 東洋医学  

別名 万外集 山本玄仙 著  元和5年(1619年)刊



徳川家康公が亡くなった直後、江戸時代初期の東洋医学関係書籍。中国から伝来した外科医学について解説している。


京都大学附属図書館所蔵 富士川文庫目録 マと同じもの






「古今幼科摘要」  小児科についての東洋医学  

下津寿泉 著   宝永6年刊 (1709年)


  名古屋市立大学 大神文庫
と同じもの


古今幼科摘要 2





和蘭内景 医範提綱 巻之三(3巻3冊) 幕末期西洋医学


医範提綱 (オランダないけい いはんていこう)

【角書】和蘭内景 
(オランダないけい)
【別書名】西説医範提綱釈義(せいせついはんていこうしゃくぎ)


宇田川榛斎
(うだがわしんさい)
訳(著) 諏訪俊 編

    文化2序、同刊 (弘化2年 再刻)

以下、
中村学園大学HPの解説要約


医範提綱(文化2年、1805年)は宇田川榛斎(うだがわしんさい・玄真/げんしん)が書いた簡潔な解剖学の本(本文3巻および図)。宇田川榛斎(玄真)は多くのオランダの解剖学書を読み、30冊におよぶ「遠西医範」を書いた。しかし、これは出版されず、「医範提綱」はその概要を要約したもの。解剖学、生理学、病理学の知識を網羅し杉田玄白による「解体新書」、大槻玄沢の「重訂解体新書」より多くの医師によって読まれた。また膵、腺など現在使われている解剖用語の多くはこの本で使われたとされる。

宇田川家の人々は蘭学の発展に大きく貢献した。宇田川玄随(槐園)(1755〜1797)は津山藩(岡山県)の医師で漢方医であったが、将軍家・奥医師桂川甫周(かつらがわほしゅう)の示唆で大槻玄沢(おおつきげんたく)の門に入り、蘭語を学んだ。それまで西洋医学のうちでは外科学のみが知られていたが、彼はオランダの内科書「西説内科撰要」を翻訳し、内科学を紹介した。その養子である宇田川榛斎(玄真)(1769〜1834)も大槻玄沢に学び、「西説内科撰要」を改訂し、「医範提綱」を出版した。その養子である宇田川榕庵(うだがわようあん 1798〜1846)も同じく医師であるが、化学・植物学・動物学・薬学に造詣が深く、かつ識見に富んだ。日本最初の化学の体系的な本である「舎密開宗」(せいみかいそう)はその代表作。

医範提綱52の解剖図譜(1808年)は日本最初の銅版の解剖図。

 

宇田川榕庵宇田川玄真の養子・うだがわようあん1798〜1846)
宇田川家 3代

江戸時代、宇田川家3代にわたる業績は、西洋科学を、広い分野にわたって日本に伝えたというもの。
宇田川榕庵は美濃(岐阜)大垣藩医・江沢養樹の長男で、宇田川玄真の養子となり日本の近代科学の確立に多大な貢献を果たした。

シーボルトは、来日して3年後に、江戸で宇田川榕庵と対面し、彼の語学力と科学知識の豊富さに驚く。別れるとき榕庵はシーボルトに日本の植物葉をたくさん贈り、シーボルトは植物学の原書と顕微鏡を贈る。早稲田大学図書館所蔵貴重資料「伝・宇田川榕庵使用顕微鏡」が、このとき贈られたものと推定される。
 宇田川榕庵は、1837年(天保8年)に日本で初めての化学書「舎密開宗(せいみかいそう)」を江戸で刊行。榕庵が訳した「細胞」「水素」「窒素」「酸素」などの訳語は、今もそのまま利用されている。またコーヒーを日本に紹介した。

杉田玄白たちが考えた用語「軟骨」「神経」「門脈」、後に宇田川玄真や大槻玄沢たちによる「膵臓」などの用語が、今でも使われている。

 

 産科発蒙 (さんかはつもう) 3

            江戸時代の産科の文献     

片倉鶴陵 相州築井人 賀川玄迪門下  江戸後期


  国立・国会図書館 
と同じもの


 【病因指南】  元禄8(1695)年 

        江戸期の名医・岡本抱一



  『万病回春病因指南』 巻之六・七の合本。


●岡本抱一

江戸前〜中期の医者。越前国生まれ。

実兄は江戸文学を代表する近松門左衛門とされる。
織田長頼(大和 宇陀松山藩主)の侍医・平井自安の養子になる。
後世家別派(曲直瀬道三の系統)の味岡三伯に入門し、医学を学ぶ。
古医書の平易な注釈書を数多く残した。

京都大学附属図書館所蔵 富士川文庫セレクト
     「病因指南」と同じ

江戸初期医学書「新刊万病回春」巻7







「察病亀鑑」  (サツビョウキカン)     巻之中

扶歌蘭度
(独)ヒュッヘランド著  (蘭) ハーゲマン訳
 青木坦(浩斎) 重訳

青木坦(別名/周弼 シウヒツ)訳 安政4年(1857)

文豪ゲ−テの友人でもあったドイツのベルリン大学内科教授 ヒュッヘランド (1762〜1836)の診断学書のオランダ語訳を、青木坦(1803〜1863)が重訳したもの。青木坦は山口県大島の村医の子であったが、宇田川榛斎(うだがわしんさい)の弟子となって蘭方医学を学び、さらに萩藩医として萩の洋学に寄与した。

ヒュッヘランドについては、緒方洪庵が訳した『扶氏経験遺訓』(1857年)が有名であり、とくに医戒は今日でもよく引用される。


滋賀医科大学 附属図書館記載

 


  眼目明鑑
 (ガンモクメイカン)
 4巻 
 
          眼科 医学書   
杏林庵 医生 著

        元禄2年(1689) 宝永4年(1707)か 不明

    眼科の病気の場合、必ず「目に近い頭部に鍼をすること。
    その詳しい方法」
「病名ごとのツボに灸をすること」
    述べられており、大変興味深い。

「目録」 
雑治内療/雑治外療/枢要/洗薬/塗薬/吸裁/蒸薬/
    澄薬/腐膜法/通治/眼虫採*/悪血写下法/五眼見分/
         五臓尅障/陰陽眼論/寒熱弁義
 


 「養生法」  松本良順 (まつもとりょうじゅん) 著
           山内豊城 校閲 註

    元治元年(1864)  コレラ、肺病、痔疾など
 
松本良順はポンペとともに長崎大学医学部の創設者。
順天堂大学病院(医院)も松本良順ゆかりの病院である。
緒方洪庵の後任として東京大学医学部の前身 「西洋医学所」頭取。

1866年幕府軍は長州藩との戦いに敗北し、良順は大阪城で病む14代将軍・徳川家茂公を治療し臨終を見取る。幕臣、将軍侍医として江戸幕府の海陸軍軍医制を編成し、総取締となった。明治には山県有朋の要請により明治新政府の陸軍軍医部を編成し、初代の軍医総監となる。

古来より江戸時代まで医学の中心は「漢方中心の東洋医学」であり、幕府にも大きな勢力を持っていたため、西洋医学(蘭学)はきわめて少数であった
しかし西洋医学は高度な外科体系を持つため、西洋医学を日本に広めようとしたのが松本良順である。
栄養が少なく、伝染病が流行しやすい時代に海水浴、牛乳を飲むことを奨励したのも松本良順であった。
 
なお、幕末に長崎でシーボルトに師事し、蘭方医として初めて将軍の奥医師となった伊東玄朴は「近代医学の父」と呼ばれる。
     (※このページの上から2番目の項目を参照)
 

    「痘科鍵」  
トウカケン 上・下  


巽嘘萬攵 著 (中国人医家 )   享保15年(1730)

滋賀医科大学 蔵書
より古く東北大学 蔵書と同じものか。

 

 

              文学・歴史書
 

「源氏物語 諸巻年立・上下巻」 と 「源氏物語系図」

           永正7年 (1510年・室町時代) 

 源氏物語 年立判は桃花未葉、系図判は桃花宋央


京都大学附属図書館所蔵 谷村文庫と同じか


天文19年(1550年) 桃華宋央奥書本
合綴: 源氏物語諸巻年立(関白・太政大臣 一条兼良 著)との関係は調査中

永正7年「源氏物語諸巻年立・上下巻、系図」永正7年「源氏物語諸巻年立・上下巻、系図」2








「古今和歌集」(こきんわかしゅう) 講義録


第十一代将軍 徳川家斉公の長女「淑(ひで)姫」の自筆。
「淑姫」は、尾張藩主・徳川斉朝公の正室。
右上「月池」の号が桂川甫周(将軍家侍医)の落款。

明和元年(1764)11月、12月に萩藩の江戸邸に仕えていた吉岡ともひ子という女性が賀茂真淵(かものまぶち)から聞いた「古今和歌集」の講義を書き留めました。
吉岡ともひ子は、その後、野村長平に嫁ぎ、出版されることもなく夫婦共に没します。

講義録を書き留めてからしばらく後、大名家の子女の間で賀茂真淵による「古今和歌集」の講義録が話題となり、御輿入れの際の教養の一つとして珍重されるようになりました。

この「古今和歌集」自筆写本をしたためた淑姫(ひでひめ 1789-1817)は、第十一代将軍 徳川家斉公の長女で、尾張藩主・徳川斉朝公の正室。

なお、淑姫が「古今和歌集」を写したのは1800年から1808年の間と推定されています。
 
自筆の「古今和歌集」を入れた箱には桂川甫周(1751―1809)による「淑姫御筆」の記載と桂川甫周の落款「月池」が捺されています。
 
桂川甫周(かつらがわほしゅう)は、徳川家の侍医として最高の「法眼」の地位にあり、将軍家に出入りを許されており、「古今和歌集」も何らかの理由で、「淑姫」から甫周が賜ったものと推定されています。


         読み下し文

・・・を後になほしつらんとおぼゆ
宇治のはし姫の事たしかなる書に見えず、橋姫物語と云あとなしごとは取用うべからず、歌の心もくはし女に説なさんぞやすく聞えたるべし、されど歌にはいにしへよりたしかならぬかたり事をもよみたるが見ゆれば今もそのたぐひとして難なかるべし、くはし女をはしき妻はしき子らなどはよめれどはしびめと云し例もなく又しひてはしづま也しをはしびめにうつしなせし也といはんもいかゞおぼゆ、いにしへよりたしかならぬかたりごとをも歌によむは柘枝の仙女浦島子竹取の翁がたぐひ多かりけり
又、濱ひめたつ姫も所につきて神をさへ申す所也(なり)、ここは橋本なる神の名によせて宇治なるおもひ妻か子とに云(いふ)か



「古今和歌集」(こきんわかしゅう) 江戸時代 後期

              
 紀貫之(きのつらゆき)など六歌仙

    第一巻   
第十巻    掲載予定
  

  草菴和歌集 (そうあんわかしゅう)
        元禄8年 9月 (1695年)



本居宣長 (もとおりのりなが) 「玉鉾百首」

「古事記」の研究を通じて,儒教や仏教で説く道はただ人智による理屈にすぎず,「古事記」などの日本の古典にこそ真の道が備わっているとして,その国学思想を古道として説き,自らこれを用いて講義したといわれる「直毘霊」(明和8年成立)わが国成立の道を100の和歌であらわした「玉鉾百首」(天明7年刊)ともに本居宣長の古道の代表作として知られている。



『絵本 豊臣勲功記 四編巻之二』 江戸 八功舎

絵は、/長の比叡山焼き討ち ⊃長の強運金剛相模善住房砲火を遁れる 織田家の三子岐阜に於いて元服 ぐ帽攻め日根野が智計、磯野丹波守をあざむく ッ歟羹甜Mをつくして日根野兄弟を説く 斎藤龍奥前波吉継妾ふ恋着 Я闇筏鳩兪田毛谷の輩を伴い織田の陣へ降参 脇坂の悍勇片桐加藤福島の三傑と戦う


熊本大学・細川家旧記
http://www.lib.kumamoto-u.ac.jp/eisei/right03.html
と同じか


絵本 豊臣勲功記 四編巻之四』 江戸 八功舎

絵は、〕箴襪寮鐺加藤清正岩成好通を活捉 高槻攻中川瀬兵衛誓和田伊賀守討捉 0騨椹三郎佐衛門奥廃覚故郷へ帰去 そ┻抜崋圓鬚發辰篤根野兄弟の心を惑す ソ┻斑劼鯀らせて日根野兄弟を欺く ζ根野瞋浅井新七郎を碩る Ы┻繁杜を前波倚授る大嶽廓堡をおとす陷得 ┸長の憤激正魅を打つ朝倉を追毆

 

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新サイトマップ 仮

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「日本一の難病請負人」中村司のページへようこそ。

星の数ほどある情報の中から私の記事を読んでいただき、誠にありがとうございます。
時間をかけて書いた私の努力も報われました。(笑)


ここにたどり着いたあなたはとても幸運な方です。

 どんな意味なのかは読んでいけばわかるでしょう。


今、10秒ほどお時間はありますか?

もし時間があれば、このページをお気に入りに入れていただくと今後とても便利ですよ。


よく知っているはずの患者さんですら「読んでいて途中で迷子になった」と言われるほど多くの記事を書いていますので、あなたが道に迷ってもここに戻れば安心です。
また読み進めることができるでしょう。

それでは、好奇心と探究心の旅にいってらっしゃ〜い。



  


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