2017年05月

2017年05月31日

人生を楽しむ問題作 『ピラミッド5000年の嘘』の評判・解説

人生を楽しむ問題作DVD

<DVD 映画 『ピラミッド5000年の嘘』の評判・解説>

まれに見る、立派な問題作である(笑)。
これを見ると、今まで学んできた「歴史」の背景にある大前提も大きく狂ってしまう。
頭の固い「真面目な人」たちから、激しい総攻撃を受けることも、まさに当然といえる。

最後の最後に、最終的な答えを視聴者に委ねるところも、答えをすぐにほしがる人たちから反発される理由だろう。
でも、ドキュメンタリーとしてとても興味深い。
見て損はないのでは。


<映画 『ピラミッド5000年の嘘』の評判>
ピラミッドの謎は凄すぎる! 理系人間がミステリー・オカルトの象徴を語る!


<エジプトの3大ピラミッドについての都市伝説>
ピラミッドは王の墓ではない。儀式の場、もしくはエネルギー装置?
スフィンクスはもともと2体で一対であり、口は阿(あ/口を開く)と吽(うん/口を閉じる)の形をしていた?
3つのピラミッドの配置は、絶対三神あるいは生命の樹を表している?・・という噂



<DVD 映画 『スター・ウォーズ』シリーズ>

訳すると「星間戦争」とか「宇宙戦争」とか。
スターウォーズの内容は、世界的に有名すぎていまさら説明するまでもないだろう、と思う。
ただ広大な銀河が舞台であるけれども、その反面、「親と子の世代間の葛藤」のようなものが大きなテーマといえると思います。。

【初心者必見】スターウォーズとは? 各エピソード全解説と熱狂させる6つの理由


<『スター・ウォーズ』についての都市伝説>
ただの空想・ファンタジーではなく、大昔の大規模な「宇宙戦争」の記憶に基づいている・・という噂


<DVD 映画 『インディ・ジョーンズ 』シリーズ>

多く公開されていますが、またそのうち、コメントしたいと思います。






※これらDVDは、TSUTAYAなど大手レンタルDVD屋さんでレンタルできますので、ぜひご覧いただきたいと思います。

※この記事は、「わくわく創造研究部」おすすめ情報 の一環として作成したものです。


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2017年05月29日

前方後円墳はカギ穴でなく、マナの壺? 元伊勢・籠神社と奥宮 真名井神社


「前方後円墳は何の形をしているのだろう? どんな意味があるのかな? ひょっとしたらカギ穴かな? トイレのマークとか?」

多くの現代人は、忙しい生活の中で、こんな大問題を抱えつつ、解明できないもどかしさに、日々、せつなくも煩悶しているのだろう、と勝手におもっています。(自分だけ?)

中村司も、前方後円墳の魅力にとりつかれ、毎年、外周を廻っています。
あの不思議な形の真相を知りたいと、こんな素朴かつ、壮大(?)ともいえる疑問を30年ほど、温め続けていました。
こういうとりとめのない、答えの出ない疑問をずーっと抱いてしまう面倒な性格なのかもしれません。

しかし、ある日、パソコンで調べた情報と、頭にあるいろんな知識がつながって、一瞬バチッと「前方後円墳=壺/つぼの形」を確信したのです。
これはこれで、オセロがひっくり返るように衝撃的でした。

最近は、東大?の偉い先生がNHKで「前方後円墳=壺」と言ったらしいのですが、まったくまったく同意見です。(壺と断定した根拠は聞きたいところですが・・)
(前方後円墳の写真は上下ひっくり返してください。とくに日本最大の仁徳天皇陵は、壺の取っ手もついてます)
あくまで自説に過ぎませんが、その結論に至った経緯について書きたいと思います。


以前、友人に案内されて、京都府の天橋立ちかくにある元伊勢・籠神社(このじんじゃ)に行ったことがあります。
元伊勢とは、神道の最高位「伊勢神宮」の元の所在地のことですね。

たとえば2000年近く古い日本の姿を知りたい、と考える研究者がまず向かう場所。
それは元伊勢である籠神社(このじんじゃ)、丹後国一宮でしょう。

「元伊勢根本宮」「内宮元宮」と名乗り、元伊勢というより、本伊勢といっても良い神社。
神主である海部宮司(あまべ氏/物部氏の嫡流)の家系図は、家系図として国宝第一号であり、伝世鏡2枚も国宝となっています。
(国宝・海部宮司の古代家系図には、邪馬台国の女王ヒミコ・後継者トヨと見られる女性もいます。ということは、海部卑弥呼さんと海部トヨさん?)


中村は、名前の意味をよく深掘りします。
ある日、「籠」という意味、それから別名を丹念に調べることで、衝撃を受けました。

籠(この)神社の「籠」とはカゴのこと。(わざわざ、コノと呼ばせるあたりが憎いですネ)

奥宮である真名井神社(まない)の古称は吉佐宮(与謝)であるが、昔は「匏宮(よさのみや)」と書く。

匏(よさ)とはなにか?
グーグルでは、匏(ひさご)と出る。

「ひさご」とはなにか?
またまたグーグルによると、「ひょうたんより大きく、ひょうたんに似ている植物」とのこと。

つまり、「この/カゴ」「与謝/ひさご/ひょうたん」は、すべて「入れ物/容器」である。
(実際に籠(この)神社の神宝に、黄金の壺があったとされる)



ここで頭に浮かんだのが、日本にある多くの前方後円墳。
これも入れ物/容器であるから、壺である、とイメージできる、と考えたものです。


確信はありましたが、あくまでも自説でした。

自分だけスッキリしていたのですが、東大の偉い先生がNHKで発表したらしく、父親から「前方後円墳は壺の形だ、と偉い先生が言っていた」と聞いた時は微妙な心境でした。

(というか、ユダヤ文化の視点から「マナの壺?」と書いているブログはいくつもあるようです。
ユダヤ文化の話は、中村が書くべき分野でもないので、「マナの壺」とかグーグルで調べてください。)



権威ある歴史学者さんが「前方後円墳は壺の形だ」と断定したとしても、まだ大きな課題が残ってしまいます。

ここからもっと探究すべきことは、


なぜ、古代王権の象徴が「壺」なのか?  →  一説には、マナの壺?

「入れ物になにを入れた?」のか。

なぜ、南北から少しずれた方角に作った前方後円墳が多いのか?


それらが今後の課題だと感じています。


ちなみに天孫降臨の地である宮崎・高千穂も「真名井の滝」です。ここでボートに乗ったりしますよね。


「まな/まない」は古代史を解くキーワードになるかもしれません。
上記2例でも、真名井(真名の井)は、清らかな水と関係がありそうですね。




−− 参考 −−

奥宮 真名井神社(まない)

【別称】
豊受大神宮・比沼真名井(ひぬまない)・外宮元宮・元伊勢大元宮

【古称】
匏宮(よさのみや)・吉佐宮(よさのみや)・与謝宮(よさのみや)・久志濱宮(くしはまのみや)





※この記事は、「わくわく創造研究部」おすすめ情報 の一環として作成したものです。



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2017年05月28日

「絶対的に正しい歴史認識」はない。 日々、更新・修正されていくのが歴史


同じ「事実」を目にしても、百人百通りの視点、考え方があると思う。
その意味では、「絶対的に正しい歴史認識」というのはありえないのではなかろうか。

真相を探究するという「謙虚な姿勢」に立つなら、国家が認めた教科書に記載された、権力者の語る「事実」(?)であっても、断定的な「これが正しい」といった表現は大きなリスクをふくんでいる。(けっこう、突っ込みどころ満載かも!)


なにか1つの新事実の発見によって、今までの常識がガラッと変わることはいくつもある。

最近有名になった代表例として
「聖徳太子はいなかった?」
「源頼朝像は別人だった?」
「足利尊氏像も別人だった?」
「鎌倉幕府の成立は1192年ではない?」
などが挙げられる。

とくに歴史に精通している神主さん、お坊さんと話すと「教科書の歴史にはかなり違和感がある。真相は大きく違うのでは」という声も強い。

(たとえば、「江戸時代の庶民に苗字や家紋がなかった」「古代の日本は文明後進国だったため、漢字伝来の前に、日本独自の文字は無かった」という現在の見解には、状況からいって無理があると思う。
ちゃんと調べろ!、と言いたい)


中村司が個人的に強い関心をもっているのは、いわゆる「縄文時代の遺跡」「カタカムナ文字群」「線刻文字/ペトログリフ」「邪馬台国の東遷説」「信長・家康の実像」「明治維新の黒幕」など。

とくに最近、有力な学説になってきたという「前方後円墳=壺の形」説も、自前の推理で以前から確信していた(これは自慢)。

やはり、実際の実物を見に行くのが大切!
あまり頭デッカチに考えない方が良いと思っています。
真実は、教室や後世の人々の勝手な思い込みになく、現場/遺跡や遺物にあるはずなので。


ただ、こういった世界は一般の人に話してもオタクすぎて「アホか!」と言われそうなので、詳しい神職、僧侶、オタクの人などとだけ楽しんでいたのですが、「やり過ぎ都市伝説」や「逆説の日本史」の影響もあってか、「興味があるから、ぜひ聞きたい」という人が増えたように感じます。

そういったことを知りたいという強い要望を、最近つづけて受けました。
とはいえ、個人の知識欲で見たり聞いたり考えたりした内容を、どこまで書いて良いのか、けっこう戸惑っているのが正直なところです。


ネット全盛の現代では、一部の研究家が勝手に主張していて、教科書では絶対書いていない、刺激的で、ありえない都市伝説的な項目もいろいろ聞くので、案内人のような感じで、ご紹介していきたいと思います。
ただ、前衛的なものも多く、その内容については保証しかねます(苦笑)。
(源義経がジンギスカンになった、くらいはかわいいレベル)

学校の先生はきっと危険視するでしょうが、ゾクゾクしたり、ひっくり返るような内容ながら、ひょっとしたら一部以上、正しいものがある、かもしれませんね。

常識や現在のイメージに囚われず、事実関係から推測するというやり方もあるのではないか、と気楽に考え、頭を柔らかくして楽しんでいただければ幸いです。



【大切な視点  漢字よりも読み/音】

明治になるまで、漢字よりも読み/音が重視されていたという。
これは現代とは大きく違うので、気をつけるべきところ。

例えば、古事記と日本書紀では、音がほぼ同じ神様でも、漢字が全く違ったりする。
それは、音が最初に有って、漢字をむりやり(?)当てはめたケースが非常に多かったから。

【例】
1.「スサノオ」と検索してほしい。漢字にあまり意味は無いことがわかる。
『日本書紀』では素戔男尊、素戔嗚尊等
『古事記』では建速須佐之男命、須佐乃袁尊
『出雲国風土記』では神須佐能袁命

2.最古の歴史書『古事記』を制作した太安萬侶(おおのやすまろ)
多(おお)氏出身なので「多」安万侶/おおのやすまろが元々正しいのでしょう。
ただ「太」安万侶あるいは、太安「麻」呂と表記してもそれほど問題ないのです。

3.「カボチャ/南瓜」も音が重要。
戦国時代以前と推察するが、ある港に南の国から大きめの野菜がやってきた。
「この野菜はなに?」「カンボジアの野菜だよ」→ カボチャの由来


もともとの万葉集の歌で見られる漢字、万葉仮名のように、たどたどしいくらいに、借音として漢字で「当て字」してあるという前提に立つと良いのでは。→ 万葉仮名

斉藤、斎藤、齋藤、西東/紀藤、鬼頭、木藤、喜藤などいろんなバージョンがあっても「サイトウ」さん、「キトウ」さんですよね?
彼らは遠い親戚ともいえ、同族です。
徳川家康が苗字を松平から徳川に変えた背景に、(偽造したとされる)先祖の系図に「得川」という苗字があったから、とされます。
漢字だと間違いですが、音が重要なのだから、OKなのです。

【1字1音万葉仮名】 ウィキペディアより
あ 阿 安 英 足
い 伊 怡 以 異 已 移 射 五
う 宇 羽 于 有 卯 烏 得
え 衣 依 愛 榎
お 意 憶 於 應





名前は大切である。
ヨサとは? イセとは? マナイとは? イワクラとは? 

どんな意味、背景を持つのだろうか。





ほんの少ししか見てませんが、井沢元彦氏の「逆説の日本史」って、こんな方向にちかいのかもしれません。

・オオクニヌシは「国譲り」の際に殺害され、古代人はオオクニヌシの怨霊を恐れ、その怨霊を封じ込めるために出雲大社を建てた。
・天皇の諡号の「徳」の字には、無念の死を遂げた天皇が怨霊にならないようにするための鎮魂の意味がある。
・天智天皇と天武天皇は兄弟ではない。
・天智天皇は唐と結んで新羅を討とうとしたため、暗殺された。
・森鴎外による、天智・天武・持統の諡号考察から見える「易姓革命」の構図。
・足利義満は天皇の位を狙っていた。

                  「逆説の日本史」より



※この記事は、「わくわく創造研究部」おすすめ情報 の一環として作成したものです。


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2017年05月26日

斜めから見た日本史「都市伝説」  【妄想専用】


       斜めから見た日本史「都市伝説」

この中には、ほぼ信頼できる情報と、信頼性に欠けるものが混在しています。
以下リンクで妄想して楽しむことは大いに結構ですが、皆さんの自己責任であり、内容の信憑性について当方は保証しかねます。
※これら前衛的内容を日本史のテストで記入した場合、教科書の観点から赤点になることは必至なので、とくに高得点を取る必要のある学生さんは、絶対に読まないでください!


『本能寺の変 431年目の真実』著者 明智憲三郎氏より (明智光秀公の子孫)
「3代将軍・徳川家光の生母は春日局」 
「秀忠公御嫡男 竹千代君 御腹 春日局
        三世将軍家光公也
 同御二男 國松君 御腹 御臺所
        駿河大納言忠長公也」
家光(竹千代)の生母(「御腹」)は春日局、弟・忠長(國松)の生母は正室・江と書いてあるのです。
 〜 江戸城に存在した紅葉山文庫の蔵書『松のさかへ(栄え)』より 〜

「春日局は家光の生母」の歴史捜査(続き)
「春日局は二代将軍・秀忠の正室に仕え、将軍にその美貌を愛され竹千代君を産んだが、局の父が謀反を起こした明智光秀の武将だったために、竹千代君を正室の子として披露し、局は乳母として我が子に仕えた。」
  臼杵藩・稲葉家『御家系典』より (大分県臼杵市立図書館収蔵)

※稲葉家は明智光秀の家来と密接な関係があったとされる家柄。


家光は本当に秀忠の子か? 「二世権現」の謎
「家光公の御守袋」と呼ばれる重要文化財に指定されたお守袋が残っている。
そのお守袋の中には、家光の直筆で、細長い和紙に「二せこんけん(二世権現)、二せ将くん(二世将軍)」と書かれている。
家光自身が自分のことを「二世権現」あるいは「二世将軍」だと認識していた?

とんでも?仮説(3)  家光の出生の秘密?
徳川家光の実父は、父とされる秀忠でなく、 祖父とされる徳川家康ではないか、という説

日本人初の眼鏡ユーザーは徳川家康だった!?
家康が使っていた眼鏡は、静岡県の久能山東照宮に2つ保管されています。

日本で最初に眼鏡をかけた有名人は、徳川家康でした。

「めがねの碑」 不忍池にある徳川家康のメガネを形どった碑

徳川家康 影武者説

影武者説2つ

数ある徳川家康の影武者説を徹底検証!

徳川家康の影武者説の信憑性は?語り継がれる2つの理由!

秀吉の右手には指が6本あった?

江戸幕府が鎖国をした本当の理由は、南蛮人が日本人を奴隷として海外に売り飛ばしていたのがバレたから

江戸時代の鎖国の目的は人身売買禁止だって本当?「人身売買禁止令」

豊臣秀吉による「人身売買は禁止している。日本人を外国に売り渡したら処罰する」という禁止令が証拠


「明治天皇」影武者説

【覆る日本史】明治維新の嘘、明治天皇入れ替わり説!?

【歴史の真実】坂本竜馬を動かした黒幕!ロスチャイルド家が仕組んだ明治維新!l

明治維新の謎が解けた! 田布施システムの生みの親はグラバー?

坂本竜馬は英雄ではなかった? 背後で操った明治維新の黒幕



※上記リンクで妄想することは、皆さんの自由であり、内容の信憑性について当方は保証しかねます。




※この記事は、「わくわく創造研究部」おすすめ情報 の一環として作成したものです。


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2017年05月21日

縄文時代の天文観測施設 金山巨石群/岩屋岩陰遺跡と各地の巨石信仰


にわかに信じられないかもしれないが、縄文時代の日本には、大規模ともいえる巨石文明があった。

その証拠の代表例として、「金山巨石群/岩屋岩陰遺跡」の存在が挙げられる。
これは、東海地方・岐阜県にあり、なんと古代の天文観測施設であることが判明している。
というのも「太陽カレンダー」として正確に時を測れる巨石遺構で、「縄文時代の通説」を破壊するくらいのパワーがある。保存状態もとても良い。ぜひ見て欲しい。→金山巨石群/岩屋岩陰遺跡

といっても、学者さんにも説明がつかないためか、正史からは完全黙殺されている。
たしかに実際に見なければ、信じろと言われても困ると思う。

ただ、歴然とした証拠が見られるので、ぜひ行って確認してほしい。
(私はすべて訪問したのでお勧めできる。ちなみに岐阜県は観光名所の世界遺産・白川郷の合掌造りだけでなく、こういった超常的な遺跡がいくつもあるので、岐阜県庁レベルまでは「ある物はある。ないことにはできない」という意識改革が徹底しているらしい。「どうせあるなら、まち興しとして宣伝に使っちゃえ!」という自治体のアピール精神に、かえって潔さも感じる。日本の歴史を覆すかもしれないプチ世界遺産級の遺跡なのに、文科省・文化庁のお役人が目を背けるのはもったいないこと。)


−−−−−−−【転載】
【日本のストーンヘンジ? 縄文時代に巨石日時計があったと思われる】
岐阜県史跡文化財として指定されている《岩屋岩陰遺跡》という遺跡が、岩屋ダムの直下にあります。いくつもの縄文土器が発掘されていることから、はるか縄文時代に人が住んでいたのではと思われます。
イギリスのストーンヘンジを彷彿させる巨石群が並んでおり、調査を進めた結果、春分・秋分の日・夏至・冬至など、特定日に岩のすき間から太陽の光が射し込むことがわかりました。巨石群の地磁気を調べても人為的に配置したとしか思えない結果が出ています。
●岩屋岩蔭遺跡巨石群 - 突出した石面によって冬至の頃を中心に観察でき、冬至をはさんだ119日間が読み取れる。春分・秋分の頃、測定石によって平年(365日)と閏年(366日)が読み取れる。
●線刻石のある巨石群 - 春分・秋分の頃、測定石によって平年(365日)と閏年(366日)が読み取れる。
●東の山巨石群 - 冬至の頃、山から昇る太陽が特定の石の示す線上から出現する。
といったことが分かっています。
以上から推測すると、縄文時代に太陽暦が存在していたことになり従来の通説を覆すものであり、現在も調査が続けられています。

−−−−−−−【転載】
岩屋ダム直下にあるのが「金山巨石群(岩屋岩陰遺跡)」。
推定2500年前のもので「岩屋岩陰遺跡巨石群」「線刻石のある巨石群」「東の山巨石群」の3ヶ所からなる巨石群のことを指し、1998年から日本で初めて考古天文学的調査が行われたこの巨石群は、日本の太陽信仰の痕跡を示す「レイライン」のひとつといわれています。いくつもの縄文土器が周囲から発掘されているため、このレインラインは、縄文時代に使われていたのではないかとされているのです。10メートルを超える巨大な岩がいくつも集まっている圧巻のパワースポットです。

夏至や冬至、春分・秋分の日など、生活する上で必要な一年の節目の日に巨石の岩の隙間に射し込む太陽の光によって1年間の周期を知ることができる神秘的なスポットで、太陽カレンダーとして正確に時を測る機能を持つ巨石遺構です。実は巨石は人工的に配置された可能性があり、縄文時代の人々が太陽の周期を把握し、暦として機能する巨石構造を作り上げたのではないかと考えられています。
−−−−−−−

解説を読んで、クラクラしたり、めまいがするかもしれない。
常識的な発想では、金山巨石群《岩屋岩陰遺跡》はそもそも存在してはいけないのかもしれない。

「日本で初めて考古天文学的調査が行われた」という文章はきわめて重要と感じる。
正確に時を測る機能を持つということなので、天文学に詳しい専門家なら、この遺跡を太陽カレンダーとして正確に利用できる、と判明した、ということ。

さらに金山巨石群だけでなく、近隣には、遺跡の多い磐座/いわくらの森という丘陵地がある。こちらは巨石や石組み遺構が大規模テーマパークのように山というか丘陵全体に広がっている、スケールの大きな遺跡群で、まさに圧巻!
「未開の時代」に巨石群をどうやってきれいに切って、どう運んだのか、正確に組み立てたのか、研究者も返答に困ることだろう。

また近隣の中津川の笠置山に、配置のズレの意味は若干不明ながらスパッと切れた美しい三角巨石が並ぶのも目を引く。


ちなみに2000年くらいつづくような古代からの神社も、石による磐座があることが多い。
三重では、あの伊勢神宮・内宮にも、内宮の磐座があるそうで、今年中には行きたいとおもう。

出雲では、スサノオによる和歌発祥の地、須我神社の奥宮も素晴らしい磐座があります。

和歌山では、イザナミの尊の御陵とされる花の窟神社【はなのいわや】も巨岩だし、神武天皇が登った神倉神社のある神倉山のご神体・ゴトビキ岩は熊野三山の神々が最初に御降臨されたと言われます。


やはり、古い神社の多くに磐座/イワクラと呼ばれる巨石や石組みの構造がありますね。
磐座とは、神様が降りてくる石・岩のことです。
日本には縄文時代から、そういった巨石・岩に神性を見いだしていた、ということがわかります。
また、ひょっとしたら日本各地に、まだあまり知られていない巨石群があるのかもしれません。



[付] 磐座/いわくらの森によく似た巨石群が茨城県高萩市にもあるとのこと。
竪破山の巨石群@茨城県高萩市中戸川(日立市十王町黒坂)



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