2015年12月26日

ご先祖のこと、そして信長/ノブナガ愛。


人間の価値を決めるのは、職業の貴賤や貧富ではない。
その人の持つ「志/こころざし」にある。



私の育った岐阜は、「信長/ノブナガ愛」がすごい。
日本人ならだれでも知っているだろうが、100年続いた戦国時代を終わらせた大英雄、織田信長公のこと。

400年以上前、織田信長は、地名の井口(いのくち)を「岐阜」と改め、金華山に岐阜城、そのふもとに世界有数とされる、壮大な御殿を立てて住んでいた。


岐阜市は400年経っても、異常なほど、なんでもノブナガ、ノブナガである。
市バスの車体全体に書かれている巨大な信長のイラスト(変な想像図)、岐阜駅前にある金ピカのオブジェも織田信長像。
おみやげにも名称、イラストが多いし、年に一回、信長祭がある。
岐阜市民の心には、織田信長の存在はいまだ生きている、と強く感じる。


私も小学生の頃から、よく信長さんや秀吉さん(豊臣秀吉)のことを考えていた。
それも最近亡くなったばかりの、よく知っている近所のおじさんのように。
それくらい、存在をリアルに感じられる。


※ もし、もしも、織田信長が生まれなかったら、途中で命を落としていたら・・・・
戦国時代はまだまだ長く続いていただろうし、ひよっとしたら、日本は外国勢力に侵略されていたかもしれない。
それくらい、ノブナガの存在には、大きなインパクトがあった。



人間の価値を決めるのは、職業の貴賤や貧富ではない。
その人の持つ「志/こころざし」にある。

その意味でも、「争いのない幸せな理想の国」を強く求める心、身分・家柄にとらわれず適材適所を実践するなど、信長さんは群を抜いていた。




本能寺の変による信長死亡、さらに秀吉死去ののち、1600年。 天下分け目の関ヶ原。

信長さんの直孫、三法師が関ヶ原の合戦で西軍につき、岐阜城は落城し、高野山で切腹。
織田家の家臣たちも身分のはく奪、他家への仕官など混乱する。

愛知・岐阜では、いまでもまわりに、当時の家臣団の子孫が何人かいて、最近のことのように会話している。
本能寺の変のこと、勝者の書いた歴史書への疑問。
ただ、根底には、ノブナガへの愛がいつも感じられる。


主君ノブナガ亡き後、徳川家に反抗し、江戸幕府から睨まれながら、最後まで生き抜いた美濃のご先祖さまたちの苦労と気骨を誇りに思う。

私も信長公と織田家臣団のように、志を高くもって、自分の価値を高めつづけたい。




ちなみに、私の直接のご先祖は、江戸時代は絹商人、明治初期の曾祖父は新聞社の技師をしていたそうで、若く亡くなった祖父は放浪の探検家のようです。
日本中を回っていたものの、和歌山の紀州沖で船が難破し、命拾いしてから実家に帰宅したとのこと。
私の国外を周遊する遺伝子は、この祖父の影響かもしれません。
ド田舎に住んでいた母方の祖父が「横浜から移住してきた」、と遠い親戚から聞いた時にはとても驚きました。

ご先祖さまのことを知る、調べるのも面白いものですね。





toyoigaku at 10:00│Comments(0)TrackBack(0)clip!

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