2017年05月21日

縄文時代の天文観測施設 金山巨石群/岩屋岩陰遺跡と各地の巨石信仰


にわかに信じられないかもしれないが、縄文時代の日本には、大規模ともいえる巨石文明があった。

その証拠の代表例として、「金山巨石群/岩屋岩陰遺跡」の存在が挙げられる。
これは、東海地方・岐阜県にあり、なんと古代の天文観測施設であることが判明している。
というのも「太陽カレンダー」として正確に時を測れる巨石遺構で、「縄文時代の通説」を破壊するくらいのパワーがある。保存状態もとても良い。ぜひ見て欲しい。→金山巨石群/岩屋岩陰遺跡

といっても、学者さんにも説明がつかないためか、正史からは完全黙殺されている。
たしかに実際に見なければ、信じろと言われても困ると思う。

ただ、歴然とした証拠が見られるので、ぜひ行って確認してほしい。
(私はすべて訪問したのでお勧めできる。ちなみに岐阜県は観光名所の世界遺産・白川郷の合掌造りだけでなく、こういった超常的な遺跡がいくつもあるので、岐阜県庁レベルまでは「ある物はある。ないことにはできない」という意識改革が徹底しているらしい。「どうせあるなら、まち興しとして宣伝に使っちゃえ!」という自治体のアピール精神に、かえって潔さも感じる。日本の歴史を覆すかもしれないプチ世界遺産級の遺跡なのに、文科省・文化庁のお役人が目を背けるのはもったいないこと。)


−−−−−−−【転載】
【日本のストーンヘンジ? 縄文時代に巨石日時計があったと思われる】
岐阜県史跡文化財として指定されている《岩屋岩陰遺跡》という遺跡が、岩屋ダムの直下にあります。いくつもの縄文土器が発掘されていることから、はるか縄文時代に人が住んでいたのではと思われます。
イギリスのストーンヘンジを彷彿させる巨石群が並んでおり、調査を進めた結果、春分・秋分の日・夏至・冬至など、特定日に岩のすき間から太陽の光が射し込むことがわかりました。巨石群の地磁気を調べても人為的に配置したとしか思えない結果が出ています。
●岩屋岩蔭遺跡巨石群 - 突出した石面によって冬至の頃を中心に観察でき、冬至をはさんだ119日間が読み取れる。春分・秋分の頃、測定石によって平年(365日)と閏年(366日)が読み取れる。
●線刻石のある巨石群 - 春分・秋分の頃、測定石によって平年(365日)と閏年(366日)が読み取れる。
●東の山巨石群 - 冬至の頃、山から昇る太陽が特定の石の示す線上から出現する。
といったことが分かっています。
以上から推測すると、縄文時代に太陽暦が存在していたことになり従来の通説を覆すものであり、現在も調査が続けられています。

−−−−−−−【転載】
岩屋ダム直下にあるのが「金山巨石群(岩屋岩陰遺跡)」。
推定2500年前のもので「岩屋岩陰遺跡巨石群」「線刻石のある巨石群」「東の山巨石群」の3ヶ所からなる巨石群のことを指し、1998年から日本で初めて考古天文学的調査が行われたこの巨石群は、日本の太陽信仰の痕跡を示す「レイライン」のひとつといわれています。いくつもの縄文土器が周囲から発掘されているため、このレインラインは、縄文時代に使われていたのではないかとされているのです。10メートルを超える巨大な岩がいくつも集まっている圧巻のパワースポットです。

夏至や冬至、春分・秋分の日など、生活する上で必要な一年の節目の日に巨石の岩の隙間に射し込む太陽の光によって1年間の周期を知ることができる神秘的なスポットで、太陽カレンダーとして正確に時を測る機能を持つ巨石遺構です。実は巨石は人工的に配置された可能性があり、縄文時代の人々が太陽の周期を把握し、暦として機能する巨石構造を作り上げたのではないかと考えられています。
−−−−−−−

解説を読んで、クラクラしたり、めまいがするかもしれない。
常識的な発想では、金山巨石群《岩屋岩陰遺跡》はそもそも存在してはいけないのかもしれない。

「日本で初めて考古天文学的調査が行われた」という文章はきわめて重要と感じる。
正確に時を測る機能を持つということなので、天文学に詳しい専門家なら、この遺跡を太陽カレンダーとして正確に利用できる、と判明した、ということ。

さらに金山巨石群だけでなく、近隣には、遺跡の多い磐座/いわくらの森という丘陵地がある。こちらは巨石や石組み遺構が大規模テーマパークのように山というか丘陵全体に広がっている、スケールの大きな遺跡群で、まさに圧巻!
「未開の時代」に巨石群をどうやってきれいに切って、どう運んだのか、正確に組み立てたのか、研究者も返答に困ることだろう。

また近隣の中津川の笠置山に、配置のズレの意味は若干不明ながらスパッと切れた美しい三角巨石が並ぶのも目を引く。


ちなみに2000年くらいつづくような古代からの神社も、石による磐座があることが多い。
三重では、あの伊勢神宮・内宮にも、内宮の磐座があるそうで、今年中には行きたいとおもう。

出雲では、スサノオによる和歌発祥の地、須我神社の奥宮も素晴らしい磐座があります。

和歌山では、イザナミの尊の御陵とされる花の窟神社【はなのいわや】も巨岩だし、神武天皇が登った神倉神社のある神倉山のご神体・ゴトビキ岩は熊野三山の神々が最初に御降臨されたと言われます。


やはり、古い神社の多くに磐座/イワクラと呼ばれる巨石や石組みの構造がありますね。
磐座とは、神様が降りてくる石・岩のことです。
日本には縄文時代から、そういった巨石・岩に神性を見いだしていた、ということがわかります。
また、ひょっとしたら日本各地に、まだあまり知られていない巨石群があるのかもしれません。



[付] 磐座/いわくらの森によく似た巨石群が茨城県高萩市にもあるとのこと。
竪破山の巨石群@茨城県高萩市中戸川(日立市十王町黒坂)



※この記事は、「わくわく創造研究部」おすすめ情報 の一環として作成したものです。


toyoigaku at 23:51│Comments(0)clip!

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