2006年03月12日

ブログ移転及びリニューアルのお知らせ

 

■ブログ移転及びリニューアルのお知らせ

新・東洋思想

http://toyosisou.blog52.fc2.com/

掲示板

http://yy37.60.kg/sintouyosisou/

 

 

  
Posted by toyosisou at 00:18TrackBack(0)

2006年01月24日

ライブドア事件

■驕る者は久しからず

b5884727.jpg   祗園精舎の鐘の声、
   諸行無常の響きあり。
   娑羅双樹の花の色、
   盛者必衰の理をあらわす。
   驕れる者も久しからず、
   唯春の夜の夢のごとし。
   猛き者も遂にはほろびぬ、
   偏に風の前の塵に同じ。

 

 

祇園精舎(釈迦に寄進されたインドの僧院)の鐘の音は、
万物が流転し、常住不変ではないことを教えている。
今栄えている人もその勢いは長続きせず、
春の夜にみる夢のようにはかない。
勇敢な武士も必ず滅び、風に吹かれる塵のようだ。

保元平治の乱以降、平家一門が武家政権を確立した時代。
平清盛は太政大臣となって栄華の頂点を極めた。
平家一族は主要官位を独占し、全国に500余りの荘園を保有し
日宋貿易を推進して莫大な財貨を手にする。
その盛栄ぶりは「平家にあらずんば人にあらず」と言わしめたほどであった。
しかし、その驕り高ぶりが、源氏や武士達の「怨嗟の的」となり、
平家一族は源氏に滅ぼされることになった。
平家物語は平氏の栄華と没落における、貴族達の人間模様を描いた作品であり、
自分の地位などを頼みとして勝手な振る舞いをするものは、
遠からず衰え滅ぶという教訓を我々に教えてくれる。


■「驕れる平家」はライブドアだけか

ライブドアは「驕れる平家」だったと言えるだろう、
風説の流布が事実だとすれば、
市場を欺く、遺憾な行為であることは確かである。
しかし、ライブドアだけが、
勝手な振る舞いをしていた驕れる者だったのかといえば疑問だ

前回の衆議院選挙で堀江氏を応援した自民党。
堀江氏の人気を利用して刺客として送り込み、
マスコミを利用して大衆を世論を味方につけようとする
愚衆政治とも言える選挙手法は「驕り」ではないのか。

自民党の責任を報道することは責務としながらも、
選挙報道では過剰なまでに特集を組んで堀江氏を取材し、
国民の関心を高め、堀江氏起用が視聴率向上になると、
バラエティー番組にも率先して起用していたにも関わらず。
我の事は棚に挙げた報道姿勢は「驕り」ではないのか。

汚職事件を起した西村氏の責任を追及することなく
選挙期間中には麻薬常習者を立候補者にあげるなど
他党を批判するほど政党としての
節度を持ち合わせいない民主党の自民党批判は「驕り」ではないのか。

ライブドア批判と責任追及は結構だが、
自身の責任を棚上げにして偽善者ぶるのは、
「驕り」と言わざるを得ないだろう。
現在、マスコミが過剰に報道しているが、
我々はそれに惑わされることなく、冷静な目をもって、
この「ライブドア事件」を見つめなければならない。

ii

 STOP THE KOIZUMI  改革ファシズムを止めるブロガー同盟

  
Posted by toyosisou at 22:05TrackBack(0)国内政治

2005年10月18日

相変わらず聞く耳もたぬ小泉首相

「頑固者」と呼ばれる人間がいる。
自らが培ってきた経験と、信念を裏付ける論理を持ち合わせているからこそ。
そこに美学が生まれ、周囲から認められるのである。

2005年10月17日午前午前11時過ぎ、小雨降りしきる中、
小泉首相は通算5回目の靖国神社参拝を行った

大変残念な結果である。

これまでの私の主張は記事や掲示板で述べてきたが。

今回は小泉首相のレトリック(実質を伴わない表現上だけの言葉。表現の巧みな言葉)に
スポットを当て検証していきたいと思う。

■小泉流レトリック 崚切に判断する」

小泉首相は、衆議院解散前の靖国神社参拝に関する国会質疑と記者団の質問に対して、
真正面から答える意思を全く見せることなく「適切に判断する」という一句に終始した。
当然ながら「一体何を適切に判断するか?」という素朴な疑問が生まれるわけだが、
その一句を連発することによって、問題をはぐらかし議論に応じなかった。

靖国参拝を公約に掲げ、今回を除く計4回の参拝を行ってきた小泉首相にとって、
秋季例大祭はかねてより参拝候補時期の一つだったに違いない。
「靖国参拝を選挙の争点にはしない」として、有権者の是非を問うこともなく。
総選挙の大勝のどさくさに紛れて参拝することが、再三連呼してきた小泉流の「適切な判断」だというのだろうか。
後からとって付けたような言い訳と説明不足な答弁に一体誰が心から納得するというのか。

■小泉流レトリック◆岼豺駝韻箸靴董

国民の代表である国会議員であり、内閣の首長たる内閣総理大臣ならば、
その一挙手一投足が国内外に多大なる影響を与えることくらいは誰しも理解できるはずだ。
ところがこの国の首相は都合に応じて「一国民」と「内閣総理大臣」を使い分けるらしい。

小泉政権が発足した際、公約として「靖国神社参拝」を堂々と掲げて政治活動を行ってきたことは周知の事実であり、
数十年前から歴代総理が行ってきた公私の区別による参拝手法に習って今まで通りうやむやにできると思っているようだが、
このタイミングが果たして従来どおりはぐらかしで済むと思っているのか。
政治的責任はこれまで以上に重大であることを忘れてはならない。
先の大阪高裁の判決を意識したのかは知らないが、
結果的に「私的に参拝して何が悪い」と開き直りとも取れる発言が物語るように、
己の政治信条を貫き通すためには、諸外国との関係など気にも止めない姿勢に憤りを覚える。

■小泉流レトリック「心の問題」

「心の問題に他人が干渉すべきではない。外国政府がいけないとかいう問題ではない」
小泉首相は先日の靖国神社参拝を終え、記者団の質問にこのように答えた。

仮に「心の問題」が先の大戦で犠牲になった戦没者の方々への哀悼を指すとしよう。
だとするならば、参拝に反対する中国や韓国が一般戦没者に哀悼を捧げることを非難したことは一度もない。
「心の問題」とはいかなる心情なのか?ここでも小泉流レトリックが用いられている。
「心の問題」に干渉するなと言うならば、
先の大戦で多大なる被害を受け、深い悲しみを負った中韓国民の心情を「心の問題」と置き換えることもできる。
A級戦犯が合祀されているにも関わらず中韓国民の心情を逆なでし「心の問題」に干渉したのは小泉総理自身ではないか。

■小泉首相のレトリックぁ嵒埓錣寮世ぁ

小泉首相は今年6月2日の衆院予算委員会で、民主党の岡田代表の質問に、
極東国際軍事裁判で有罪判決を受けたA級戦犯について、
「戦争犯罪人であるという認識をしている」と述べた。

靖国神社が先の大戦を「自存自衛」「アジア解放」と位置づけていることに対して、
小泉首相は「靖国神社の考えと政府は同じものではない」と述べたわけだが。
戦争犯罪者を祀り、自衛戦争を自負している靖国神社に参拝することが、
何故「不戦の誓い」となるのか。未だに説明がなされていない。

戦争犯罪者を認め、その戦争犯罪者が計画した戦争を自衛戦争と位置づける神社に参拝する。
そこに「不戦の誓い」を表明することがあまりに疑問多き行動であることは言うまでもない。
にも関わらず小泉首相の靖国神社参拝に固執する政治信条を、改めて問いたいところだが、そもそも説明する気があるのかも疑問だ。


先のAPECにおいてはわが国は、アジア諸国に対して、過去の侵略戦争を反省を表明し、
日本の今後の「行動」が諸外国から注目されていた。
4月に勃発した中国における反日デモ、韓国における領土問題における抗議。
日中韓の関係は嘗て無いほど緊張を高める中、両国の努力によって改めて友好関係の構築が期待されていた。
ところが今回の小泉首相の靖国参拝によってこれまでの友好の積み重ねは全く無となり、
益々日本は東アジア地域で孤立を深めることになりそうだ。
当然ながら六カ国協議において日中韓の相互関係は益々悪化し拉致問題における影響は必至で、
ガス田問題においても中国側が強行姿勢に踏み切る可能性が高まってきた。

今年4月官邸内で記者団の「靖国神社参拝が日本の外交的国益を損なうとは思わないか」との質問に、
小泉首相は「思わない」と答えた。
下記の諸外国の反応を見ても、小泉首相は国益を損なうと思わないのか。

<国内外の反応の一部>

中国、「靖国」で町村外相の訪中拒否
http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20051018it13.htm
日中交流で報道規制も=靖国影響、中国企業は撤退−青島
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20051018-00000003-jij-int
靖国参拝は「無意味な挑発」=戦争犠牲者を侮辱と批判−NYタイムズ
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20051018-00000097-jij-int&kz=int
中国の一部企業、対日交流行事から撤退表明
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20051018-00000106-yom-int
<日中交流イベント>広州日本商工会が延期決める
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20051018-00000123-mai-int

<言うまでもない愚かな国会議員>

小泉首相靖国参拝:公用車使用でも私的参拝に該当−−南野法相見解
http://www.mainichi-msn.co.jp/seiji/gyousei/news/20051018dde007010042000c.html
靖国参拝 超党派の国会議員101人が集団で
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20051018-00000015-maip-pol
<靖国参拝>首相支持の自民党議員が勉強会
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20051018-00000131-mai-pol
中韓に右往左往するな 外交への影響で武部氏
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20051018-00000081-kyodo-pol
中韓配慮の適切な参拝形式=自民・古賀氏
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20051017-00000115-jij-pol

小泉首相よ、貴方が再三使用するレトリックとパフォーマンス政治で国民をだまし続けられると思うな。
私は先の大戦で亡くなられた戦没者に哀悼を捧げることに何ら不満はない。
私は靖国神社とは別の追悼施設の建設を検討すべきと考えている。
このブログ掲示板の賛否両論者からなる議論においても、
貴方の説明責任の無さは終始指摘され続けている。
一体いつになったらこの問題を真摯に受け止め、
国内は勿論の事、諸外国に納得のいく形で説明なさるつもりか。
貴方が首相に就任して4年もの月日がたっても、貴方はこの問題に真っ向から向き合った事はなく。
今回のような参拝の形式を変えて視点をずらす手法や、
幼稚で姑息なレトリックを用いて国民と諸外国を愚弄し続けている。
このような卑劣な政治手法を用いて今後説明責任を果たすことがなければ、日本は国際的信用すら失うこととなるだろう。
自らの信条を貫き通し、反対派を潰してまで郵政民営化法案が可決することができてさぞかし喜んでいることかと思うが。
相手の信頼あってこそ通用する外交問題において、貴方のような姑息な政治手法が通用すると思うな。

今回は分かりやすく貴方の使うレトリックを挙げて、
質問もさせて頂いた。

質問は山ほどある。
まずはたった4問に明確に答えてみせよ。
説明責任を果たせぬ総理大臣は必要ない。


「適切に判断する」、 一体何を適切に判断したのか説明せよ。

「一国民として」□ 「一国民」と「内閣総理大臣」を使い分ける理由を説明せよ。

「心の問題」→ 「心の問題」とはどのような心情を示すのか具体的に説明せよ。

「不戦の誓い」あ自身が戦争犯罪者と認め自衛戦争を自負している靖国神社に参拝することが、
         何故「不戦の誓い」となるのか説明せよ。

ii
  STOP THE KOIZUMI  改革ファシズムを止めるブロガー同盟

  
Posted by toyosisou at 22:59Comments(2)TrackBack(4)靖国神社参拝問題

2005年10月11日

この国の行く末 

■衆議院総選挙の結果

このブログが始まって約半年となった。
「東アジア情勢を語るブログ」として東アジアと日本の関係を題材に未熟ながら私なりに考えを述べてきた。
東アジア情勢の緊迫は見過ごすことのできない問題であるし、これらも真剣に検証していくつもりである。

しかし、さらに見過ごすことのできない重大な事態が国内に生じてしまった。
それは、一ヶ月前9月11日に行われた衆議院総選挙の結果である。
自公合わせて327名という議席数、言い換えれば憲法53条の示すところの議席占有率3分の2。
もはや参議院の権威すら消し飛ぶ議席数である。
参議院で否決されようとも、再び衆議院で再投票可能である衆議院独壇場ともいえる「議会制民主主義の崩壊」
衆議院で小泉首相の放った刺客と比例区で当選した未熟たる面子の「小泉チルドレン」
小泉派閥である彼らの投票によって、今後待ち受ける重要法案も、あっさり可決される危険性は十分存在する。

■新自由主義の犠牲

弱者は切り捨てられ、強者のみ保護されるという典型的な新自由主義の勃興は。
まず、中央への権力集中と、平成の大合併による地方権力の抑制をもたらした。
アメリカンスタンダードに沿った新自由主義の典型とも言える。
当然そればかりではない、日本の労働環境はここ数年において一変した。
失業者は数十万人に増加し、自殺者も年間3万人を越える。
バブル期前まで耳にすることもなかった人材派遣業の合法化。それによるフリーターの増加。
結果、将来に希望を見出せず不安を抱え、働くことすら拒み続けるニートと呼ばれる若者達の増加。
その一方で大企業は産業再生法の適用を受け、経営責任も明確にならぬまま、労働者切捨てを常習化。
中小企業は不良債権の犠牲者として銀行からは貸し渋りを余儀なくされ倒産する羽目になっている。

■東洋思想の立場

私の立場を明確にしておきたい。

私は「小泉政治に反対する」
そして、ここに反小泉ブロガー同盟に参加を表明する。

ii

 STOP THE KOIZUMI  改革ファシズムを止めるブロガー同盟

同盟者の方々とは政治思想も異なる部分はあるかもしれない。
しかし、当ブログで述べて来た通り、靖国問題を含む小泉政権の外交政策を支持することはできない。
約4年間の小泉政治も郵政解散に至るまでの政治手法も支持することはできない。
小泉政治にNOを言えるブロガーとして今回非常に共鳴を受けた。
それだけではない。支持者も反対者も主権たる一国民として、小泉政治を監視していく義務がある。

今後、当ブログは「東アジア」「日本の政治」この2点に着目して行きたい。
正直、政治に関しては、知識は少ないが、皆さんと一緒に勉強していくつもりで、
これからも執筆を続けていきたい。

  
Posted by toyosisou at 00:30Comments(212)TrackBack(25)国内政治

2005年10月08日

第4回6か国協議を終えて 

ii今年で約3年目を向かえる6か国協議。
9月19日初めての共同声明を発表するに至った。

6か国協議の共同声明全文[外務省]


北朝鮮は「核の力」を手放すことができるのか

北朝鮮のGDP(PPP:308億8000万ドル)は世界第87位と言われている。
これは同じ社会主義国であるキューバやケニアよりも低い数字である。
にも関わらず自国の数百倍の国力を持つGDP世界第1位(PPP:11兆7500億ドル)の米国と、
対等に協議できるのは。すべて「核の力」によるものである。

今回の共同声明で、北朝鮮は核兵器及び既存の核計画を放棄すること、
核拡散防止条約(NPT)及び国際原子力機関(IAEA)保障措置に早期に復帰することを約束した。

振り返れば、1992年韓国と北朝鮮の間で「朝鮮半島の非核化共同宣言」で
核再処理施設とウラン濃縮施設を保有しない事を約束し、
1994年米朝ジュネーブ合意において核開発凍結を約束したにも関わらず。
いずれの「約束」を北朝鮮は反故し続けてきた。

従って、全く拘束力の無いこの共同声明文が、一体どこまで遵守されるのか全く不透明である。
早速、声明発表後「軽水炉提供」を巡って、米朝の見解は全くの食い違っている。
果たして、11月の次回6か国協議で両者の溝を埋めることができるのだろうか。

役割を果たさない韓国

今回の6か国協議において韓国は、北朝鮮への電力供給など、
エネルギー支援に関しては積極的役割を果たしているが、
核開発問題に関しては、相変わらず「どっちつかず」の対応だった。
軽水炉供与に関する協議時期をめぐって北朝鮮と米国の主張が対立した際も
日露がいずれも米国の立場を支持する姿勢を表明したが。
韓国は態度を表明しなかった。

韓国の現代経済研究院は「6か国協議妥結の経済的損益計算書」と題した報告書で、
北朝鮮へのエネルギー支援によって最大120兆ウォン(約12兆円)の経済効果があると分析している。

1992年の「朝鮮半島の非核化共同宣言」を無視し「核保有宣言」まで行った北朝鮮に、
金大中前政権以来「太陽政策」を一環して貫き経済支援を行ってきた韓国だが、
北朝鮮の核完全破棄を棚上げにして、経済効果を目論むことがあっては決して有ってはならない。

声明に「拉致」の項目盛り込まれず、北朝鮮は過去の清算を要求。

横田めぐみさんの遺骨問題以降、日朝協議は完全に閉ざされた状態となっていた故、
今回の6か国協議を利用した日朝の2国間協議における進展が期待された。
しかし、日本側の「拉致」に固執する態度は以前からも中国・ロシア・韓国から支持を得ておらず。
今回も、北朝鮮からも明確な態度は示されることはなかった。

一方、共同声明では、日朝間において「過去を清算」し懸案事項を解決することを基礎として
国交を正常化するための措置をとることを約束するとし。
北朝鮮は「拉致」をすでに解決済みとして、「過去の清算」を要求する態度を強めている。
仮に、拉致や核問題が解決されたならば、日本政府は「過去の清算」をどのような形で行うのか。
今年1月には、日韓基本条約締結によって、北朝鮮分として韓国に受け渡した賠償金が、
すべて韓国によって使い果たされてしまっている事実が発覚した。
それでも尚、「過去の清算」として新たに賠償責務を負うのか。
残り任期に国交正常化したいという思惑がある小泉首相はその辺りをどのように考えているのだろうか。

結局、今回も米国の補佐役に過ぎなかった日本。
米国との同調及び6か国協議の枠組みが結果的に日本を束縛する形となったという見方が多い。
2国間協議において現状通り、対話重視の交渉を進めるのか、枠組みを超えて独自制裁に向けての動きをとるのか。
「六か国協議で解決する」という言葉にも徐々に説得力が無くなっている現状において、
政府に対する拉致被害者家族の焦りと不満は頂点に達しつつある。

  
Posted by toyosisou at 21:34Comments(0)TrackBack(3)6か国協議

2005年09月06日

韓国車:現代自動車、日本市場に本格的な販売攻勢

韓国車:現代自動車、日本市場に本格的な販売攻勢
 
韓国自動車メーカーのトップ、現代自動車が日本市場に本格的な販売攻勢をかけ始めた。
ホンダの「アコード」やマツダの「アテンザ」など国内勢の売れ筋セダンに、
同社の主力セダン「ソナタ」をぶつけ、10日から発売する。
同社は、01年に参入した日本市場ではブランドイメージ確立に苦しみ、売れ行きは今ひとつだが、
欧米では着々と売り上げを伸ばしており、実力は証明済み。“韓流”ブームを追い風に、日本でも一気に存在感のアップを狙う。
日本に投入する「ソナタ」は排気量2400CCで、希望小売価格は208万9500〜267万7500円。
アコードに比べ、下級モデルで約30万円、本革シートなどを備えた上級モデルで約10万円安い価格に設定した。
下級モデルでは値ごろ感を打ち出す一方で、上級モデルではブランドイメージを作り出すため、あえて国内勢と価格差を小さくする戦略だ。
 
宣伝でも、CMキャラクターに韓国ドラマ「冬のソナタ」主演の人気俳優、ペ・ヨンジュンさんを起用し、
韓流ブームを最大限活用して知名度アップを図る。
 
傘下の起亜自動車を含む現代グループは、05年1〜6月期に世界で176万8000台(前年同期比18.4%増)を販売し、
仏プジョーシトロエングループやホンダを抑えて世界7位。90年代には車種の少なさや品質への懸念で伸び悩んだが、
ここ数年は品質の高さと割安な価格が欧米で受け入れられつつある。
今年5月には米国で現地生産を開始。中国でも「ソナタ」が北京のタクシー車両に採用されたことで知名度がアップし、
先行する独フォルクスワーゲンなどを猛追し、今年1〜3月には販売シェア首位に躍り出ている。
 
その現代自にとって、悩みのタネが日本市場。韓国車のブランドイメージが消費者に根付かず、
04年の販売実績はスポーツタイプ多目的車(SUV)など2524台しかない。
このため、今回のソナタ投入に加え、年明けにはSUVの新モデル発売も計画するなど、一気に攻勢に出る計画で、
05年は前年比2割増の3000台、2〜3年後に年間5000台の販売を目指す。
将来的には、400万台規模の日本の乗用車市場(軽自動車を除く)で1%のシェアを確保したい意向だ。
韓国には大宇自動車やルノー三星などの自動車メーカーがあるが、日本では韓国車としての販売実績はほとんどない。
韓国でのシェアは現代自グループが7割超を占めている
 
[東洋思想の意見]
 
私は、自動車の運転が大好きである。
車に関しての詳しい知識は持ち合わせていないが、
休日は必ずといってよいほど、ドライブを楽しむ。

日本ではあまり馴染みがないが、韓国国内においてトップシェアを誇る、
「HYUNDAI(現代自動車)」が欧米、特に米国において人気を誇っている。
世界的にみても、ホンダやプジョーなどの有名メーカーを押さえ、世界第7位というから驚きだ。
今回、新型車として「ソナタ」という車種が発表された。
ソナタと聞くと昨年一世を風靡し、現在も人気を誇る「冬のソナタ」を思い浮かべる方も多くいるだろう。
勿論、今回、CMキャラクターとしてぺ・ヨンジュンさんを起用するという。
 
私は以前、自動車の購入の際、友人に勧められて、ディーラー巡りをしたことがある。
トヨタ・ホンダ・マツダ・三菱等、日本の有名ディーラーを巡り、他の欧米メーカーのディーラーも訪れてみた。
そして、当初は予定がなかったのだが、たまたま近在していた、HYUNDAI自動車のディーラーに立ち寄ってみた。
展示車種は2台と少なく、少し入りづらい雰囲気があったが、
とりあえず、HYUNDAI車を試乗させてもらった。
試乗したのは、RV車「JM」という車種である。友人が所有している、ホンダのCR−Vに容姿が似ている。
RV車なので、オフロード走行が気になるところではあったが、とりあえず、オンロードを試乗してみた。
 
思ったよりも、加速がよく、街乗りに関しては全く申し分ない、しかも価格が圧倒的に安い。
予算を考えても、HYUNDAI車も悪くないかなと、思ってはみたが。
 
やはり、ディーラーのサービス面が気になる、特にメンテナンスサービスである。
他のディーラーに比べ、整備工場はあまりに小規模で、十分なメンテナンスを得られるのかどうか不安に思ってしまう。
営業担当にその点に関して十分話を聞いてはみたが、その不安を解消するには至らなかった。

欧米市場では、日本メーカーの脅威となるほど、好調のHYUNDAI自動車であるが。
日本では売れ行きはよくないようだ。
今回、ぺ・ヨンジュン氏を起用して、車のイメージアップを図るようだが、
目の肥えた日本人にとって、メンテナンス等を含めたトータル的なサービスの提供は必然的に求められる。
確かに、価格面では、他の自動車メーカーと比較してもかなりの安価となっており。
その点は、欧米市場においての気の要因の一つとなっており、十分魅力がある。
しかし、経済発展を遂げ、国内総生産も先進国と肩を並べるほどになった韓国において、
労働者の賃金コストも、数十年前に比べれば、日本とそう大差はなくなってきた。
HYUNDAI自動車にとって、単に価格だけで勝負をしていくのは、これから益々厳しくなっていくと思われる。
 
現在、トヨタ・ホンダがハイブリット車を、スバルは電気自動車の開発を急ピッチで進め、
HYUNDAI自動車も技術面で大きく差を開けられているようである。
 
価格の安さ、ぺ・ヨンジュンさんによるイメージアップだけで、
自動車大国日本の消費者の心をつかむことができるとは到底思えない。
まずは身近な、サービスステーションの充実を図ることのほうが重要ではないだろうか。
HYUNDAI自動車にとって日本市場において課題は山積しているように思われるが。
日本メーカーもHYUNDAIというメーカーは決して見過ごすことのできるメーカーではない。
得意の技術面で、どこまで世界市場のニーズを得ることができるのか、
競争は益々ヒートアップしそうである。
http://www.hyundai-motor.co.jp/ HYUNDAI MOTOR JAPAN ヒュンダイモーターズジャパン
 
 
  
Posted by toyosisou at 20:52Comments(1)TrackBack(0)韓国

2005年09月04日

抗日戦争勝利60周年

■胡主席が日中関係改善へ期待表明…抗日戦争勝利式典
 
【北京=竹腰雅彦】
中国の胡錦濤国家主席は3日、
北京の人民大会堂で開かれた「抗日戦争勝利60周年」の記念式典で演説し、
「中日友好協力関係を発展させる中国政府の方針は変わらない」と述べ、
小泉首相の靖国神社参拝や、4月に中国で吹き荒れた反日デモなどで冷え込んだ日中関係改善への期待を表明した。
歴史認識問題については、「我々が歴史を胸に刻むよう強調するのは、恨みを抱き続けようということではなく、
歴史を鑑(かがみ)に、未来に目を向けるためだ」と強調。
その上で、「日本政府と指導者が、歴史問題を真剣かつ慎重に処理し、
侵略戦争に関して表明したおわびと反省を実際の行動に移すよう望む」と語った。
先月の小泉首相の終戦記念日談話を念頭に置いた発言であり、
「実際の行動」とは、首相の靖国神社参拝中止などを指している。
これに関して、胡氏は、靖国神社に合祀(ごうし)されているA級戦犯を裁いた
極東国際軍事裁判(東京裁判)の判決に対する挑戦は許されないとの考えも示した。
式典には、1990年代に徹底的な愛国主義キャンペーンを行った江沢民・前国家主席らも出席した。

■首相、靖国参拝継続の意向・中韓両国に不快感を表明
小泉純一郎首相は4日午前、NHKと民放2社のテレビ討論番組に出演、
自らの靖国神社参拝について「戦没者に対し追悼の念を表現する心の問題にまで介入されて良いのか」と述べ、
靖国参拝を批判する中韓両国に不快感を表明、独自の判断で参拝を続ける考えを示した。 (略)
 
[東洋思想の意見]
 
<抗日戦争勝利60周年式典を振り返って>
 
1945年9月2日、重光葵外相が、戦艦ミズーリ号の甲板上で、連合国に対し降伏文章に署名した。
米国・フランスは9月2日を対日戦勝記念日(VJDAY)とし、ロシア・中国は翌日の9月3日を戦勝記念日としている。
今年は戦後60周年ということもあって、7月7日の盧溝橋事件に関するイベントを皮切りに、
各種愛国キャンペーンが執り行われ、フィナーレとして抗日戦争勝利60周年記念式典が開催された。
一方、日本列島は選挙運動一色であり、政権交代を巡って激しい攻防戦が繰り広げられている最中であった。
 
胡錦濤国家主席は、中国共産党に関して「人民を団結させ、人民を率いる」と述べ、
10年前の江前国家主席の50周年記念式典の際と同じく、中国共産党の権威を示すと共に、
中華民族の一致団結を主張する式典となった。
 
4月に活発化した反日運動や中国各地で勃発している反政府運動の高まりを抑えることに躍起になっている。
中国共産党政府にとって、これらの愛国運動は、民族を結束する上で重要な役割を果たしているとされる。
 
今回際立ったのは、台湾国民党への接近である。
抗日戦争博物館(建川博物館)においては、抗日に国民党の栄誉を称える国民党抗日軍隊館が設けられ、
今回の抗日戦争勝利60周年式典においても、国民党軍が抗日戦争の主体的役割を果たしたとして、
異例の賛美を行っている。
背景には、台湾民進党の陳水扁総統を牽制する狙いがあると思われる。
 
対日方針においては、未来志向は重視し、過去に対して憎悪を持ち続けるものではないとしたものの、
首相の靖国神社参拝やA級戦犯に対しての肯定的勢力を牽制する発言がみられ、日中間の確執を改めて浮き彫りにした。

<日本の課題>
 
胡錦濤国家主席の演説でも指摘されたように、
日本にとって、日中友好の第一歩として解決しなければならない問題は、
やはり、靖国神社参拝問題だと言える。
9月4日のTV討論の際、小泉首相は、靖国神社参拝に関して「心の問題」として、
靖国参拝に反対する対中韓政府の対応に不快感を示した。
これまで、靖国参拝に関しては、当サイトでも述べてきたが、
率直にいって「心の問題」という心情的な理由によって、相手国が納得するとは到底思えない。

確かに、先の大戦において、尊い命を国のために捧げ、無残に散っていった兵士に対して、
哀悼の意を捧げることは、国家の責務であるとする意見がある。それは、私も同意する。
しかしながら、日本は被害国の一面もあったが、加害国であったことは忘れてはならない。
心情的に関して言えば、先の大戦は、多大なる被害を被った中国にとって、
忘れる事のできない耐え難い惨劇であったではないか。
 
A級戦犯に関しても、国内においても様々な意見があるのは確かだ。
極東軍事裁判というものが、正当な裁判であったかどうか疑問は残る。
ただ、注目すべき点は、中国はBC級戦犯者や一般戦没者に対して、
非難をしたことは、一度もないということである。
BC級戦犯とは「通例の戦争犯罪」「人道に対する罪」である。
もちろん、各地において裁判の不備があったことも事実であるが、
これらの罪は、国際法を照らし合わせてもA級戦犯と比較すれば、明確な根拠があった。

中国や韓国が懸念しているのは日本国内において、侵略戦争を否定し、
自存自衛を定義する靖国神社の参拝やA級戦犯を肯定している勢力のことである。
 
衆議院選挙の行方は、未だに予想がつかない状況であるが。
こうした、中国が牽制する、靖国問題や歴史認識問題に関して、
日本政府はどのように対応するのか、私は注目している。
日本の最大貿易国は、昨年の米国を越え、中国となった。
日本と中国は経済的関係においても、切っても切れぬ関係となったことは言うまでも無い。
両国において埋めがたい溝は、未だに存在するが、
日本が靖国問題をまず先駆けとして、より一層中国と理解を深めることが課題とされる。
中国との友好関係を維持すれば、他の東アジア諸国との友好に大きく貢献することが期待できる。
 
今後、日中間の友好関係が、より一層相互努力によって、構築されることを望んでならない。
 
  
Posted by toyosisou at 22:18Comments(2)TrackBack(0)反日問題

2005年08月15日

戦後60周年 終戦記念日

首相談話「反省とおわび」、中韓に未来志向訴え
 
政府は15日午前の閣議で、戦後60年の終戦記念日にあたり、
先の大戦への反省やおわび、平和国家として歩む決意などを盛りこんだ小泉首相の談話を決定した。
今年を戦後の大きな節目と位置づけたもので、
終戦記念日の首相談話としては戦後50年の1995年に閣議決定した村山首相談話に続くものとなる。
小泉首相談話は、先の大戦について、「我が国は、かつて、植民地支配と侵略によって、多くの国々、
とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えた」として、
改めて「痛切な反省と心からのおわびの気持ち」を表明した。
また、「二度と我が国が戦争への道を歩んではならないとの決意を新たにする」と不戦の誓いを表明した。
戦後60年間については、「我が国の戦後の歴史は、まさに戦争への反省を行動で示した平和の60年であります」
と平和国家としての歩みを強調した。
また、「一衣帯水の間にある中国や韓国をはじめとするアジア諸国」に言及し、
「ともに手を携えてこの地域の平和を維持し、発展を目指すことが必要だ」と強調した。
その上で、歴史認識に関連し、「過去を直視して、歴史を正しく認識し、
アジア諸国との相互理解と信頼に基づいた未来志向の協力関係を構築していきたい」と訴えた。
政府は、中国や韓国で今年4月、日本の歴史認識に対する不満が噴出し、反日デモが多発したことなどにも配慮し、
今回の首相談話を作成した。村山首相談話や、
今年4月アジア・アフリカ会議(バンドン会議)首脳会議での小泉首相の演説などが基本となっている。
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20050815it04.htm
(2005年8月15日12時19分  読売新聞)
 
<終戦記念日関連ソース>
自・民の47人が集団参拝 靖国神社、個別に安倍氏らも(朝日新聞)
http://www.asahi.com/politics/update/0815/005.html
尾辻厚労相が靖国参拝 首相は千鳥ケ淵で献花(共同通信)
http://flash24.kyodo.co.jp/?MID=RANDOM&PG=STORY&NGID=poli&NWID=2005081501001476

<資料>
戦後50周年 村山談話 【全文を読む】
戦後60周年 小泉談話 【全文を読む】
アジア・アフリカ会議    【一部を読む】

■東洋思想の意見 戦後60周年を迎えて■
 
戦後60周年という節目の年に、小泉首相は村山談話以来10年ぶりとなる首相談話を発表した。
今回の談話で注目すべき点は、従来のアジア諸国という表現に付け加え、
現在関係悪化が懸念される中国と韓国を具体的に明示した点である。
過去を直視して、歴史を正しく認識し、アジア諸国との相互理解と信頼に基づいた、
未来志向の協力関係関係を築きたいとしている。
それに関しては私も同意見であるし、両国民の多くが望むことであろう。
 
・日本が植民地支配と侵略を行ったこと。
・アジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えたこと。
・アジア諸国の人々痛切なる反省と心からのお詫びの気持ちを持つこと。
 
1995年の村山談話以来、日本政府は上記の見解を踏襲しており、
小泉首相も就任以来一貫して主張している。
60周年の節目の年に再確認の意味も込めた談話発表に関しては私も評価する。
 
しかし、中韓関係を悪化させている見逃せない問題として、小泉首相の靖国参拝問題や教科書問題がある。
 
この問題をどう友好的に解決するのか、今回の談話で具体的言及はなされなかった。
外交交渉や国家間の歴史認識が一筋縄に解決できないことは理解できる。
しかしながら、過去の宣誓を繰り返してばかりでは、問題の解決にはならない。
中国及び韓国からは、1995年の村山談話以降も折に触れ謝罪要求がなされている現実を直視しなければならない。
過去の戦争が国策の誤りにより、アジア諸国に多大なる損害と苦痛を与えたとするならば、
何故靖国神社に参拝をするのか。諸外国及び国内に明確に説明すべきである。
今回の小泉首相の靖国神社参拝見送りに関して私は支持する。
 
歴史認識に関しても、中韓との対立は友好上改善努力すべき問題である。
確かに、両国が共通の歴史認識を持つことは非常に難しい。
これからも辛抱強く継続して共同研究を進めてもらいたい。
その為には国内の歴史認識の研究もこれまで以上になされるべきだと考える。
たとえば、歴史認識の一つに「戦争責任」がある。
「戦争責任」というと、日本が東アジアにおいて惨害をもたらしたことが中心的に取りだたされる、
勿論、その点は事実に基づかれた上で、小泉談話の言うように日本は十分に反省すべき点である。
しかし、それだけで日本の戦争責任の議論を終わらせてはならない。
これまで、日本の戦時中における政治家達の責任論に関して国内において十分に議論されてきただろうか。
国内で批判を受ける政治指導者はもっぱら東京裁判におけるA級戦犯とされた者が中心であって、
しかも、その戦争責任も東京裁判で問われた罪状の責任であり、政治責任ではなかった。
目的の明確でない無謀な戦争に反対した勢力が少なからず居たにも関らず、なぜ戦争に突入したのか。
戦局の悪化にも関らず、なぜ講和の道を拒み、甚大なる犠牲者を増やし続けていったのか。
戦地において、人命を軽視し、なぜ無理無謀な作戦を計画したのか。
国民に十分理解されていない、「戦争責任」問題が存在するのではないだろうか。
当時の「戦争責任」を探求することが、何故日本が過ちを犯してしまったのかを知る事となるのである。
それを知らずして、対外との共通の歴史認識を学ぶことはできない。
先の毎日新聞の世論調査では、戦争責任「議論不十分」は全体の75%を占めた。
そのうち十分と答えた人の49%は「やむ終えない戦争だった」と答えている。
参照:http://www.mainichi-msn.co.jp/today/archive/news/2005/08/14/20050815k0000m010079000c.html
個々に様々な認識の仕方や考え方があると思うが、過去を直視して、歴史を正しく認識するためには、
まずは国内において戦争責任の議論が十分に行われるべきである。
 
戦後60周年の節目に、小泉談話が単なる過去の村山談話の繰り返しとならぬよう、
節目の年として、再度日本の対応を再確認し、対立する中韓との関係をどう打開するのか。
未来に向けた建設的な議論と具体的打開案の立案がなされることを切に希望する。
 
最後に、国内外を問わず、先の大戦で失われた全戦没者に哀悼の意を表す。
  
Posted by toyosisou at 22:40Comments(3)TrackBack(0)

2005年07月20日

[時事]中国軍「確かな脅威」に 米国防総省が年次報告書[050720]

1bcc215a.jpg
[時事]中国軍「確かな脅威」に 米国防総省が年次報告書[050720]
 
 米国防総省は19日、中国の軍事力に関する年次報告書を発表した。その中で、中国の軍拡路線は長期的に見て地域の「確かな脅威」になると予測するとともに、中台の軍事均衡は中国側が優勢になりつつあると警戒している。中国は平和的に国際社会へ統合されるか、脅威となる道を進むかの岐路に立っているとも指摘。公表されている05年の国防予算は299億ドル(約3兆3800億円)だが、実際には2〜3倍で、最大900億ドルにものぼるとして、軍事費の透明性の欠如を批判した。
 
 報告書は、中国軍が台湾の対岸に短距離弾道ミサイル650〜730基を配備し、年間100基のペースで増強していると指摘。その上で「中国の経済成長、外交上の影響力の拡大、軍事力の増強などによって、台湾海峡をはさんだ(中台の)軍事均衡は中国に傾きつつある」と警告。中国の空軍力や海軍力の向上、ミサイル配備への対抗策が台湾に求められているとの見方を示した。
 
 また、中国の軍備増強について、旧式の戦闘機を無人機に改良する試みや新型の大陸間弾道ミサイル(ICBM)、衛星攻撃兵器(ASAT)の開発などにも言及し、強い警戒感を表明した。
 その上で「中国軍の能力は長期的に見て、地域に軍を展開する国々に対する確かな脅威になり得る」と結論。また、そうした軍事力の増強を背景に中国が「アジア太平洋地域で米国を排除するような地域の機構に向けた外交」を繰り広げているとして警戒感を示した。
 
 一方、報告書は昨年に続いて中国の国防費の実態が公表額とかけ離れていると批判。公表額には武器の輸入費用や人民武装警察の支出、軍関係の研究開発費用などが含まれていないと指摘した。
 また中国がエネルギー資源確保のため中東、アフリカ、中南米などに接近を図っていると指摘。東シナ海の天然ガス田の開発をめぐる摩擦が日中関係の悪化の一因になっていることにも言及しつつ、エネルギー資源の確保が中国の戦略に影響を与えているとの見方を示した。
 
 報告書は議会への提出が義務付けられ、昨年は5月に議会に発表されたが、今年は厳しい中国批判が北朝鮮の核問題をめぐる6者協議の再開を目指す外交努力に悪影響を与えることなどを懸念したホワイトハウスや国務省の意向も踏まえ、発表が遅れていた。
http://www.asahi.com/international/update/0720/013.html[朝日新聞]
 
[関連]米が台湾に軍事介入なら「核使用も」 中国軍高官が発言
http://www.asahi.com/international/update/0715/009.html[朝日新聞]
 

■人民日報2005.4.24論評「なぜ米国は中国の軍事力を過大評価するのか」と題し、その理由を以下5点に集約している。
 
  (1)米軍は中国を戦略ライバル視することで、国内的な政治的地位を維持したい。反テロ戦争が終わりに近付くのに伴い、彼らは急いで新しい戦略ライバルを「製造」することで「米国内における政治的地位と勢力を維持したい」と考えている。
 
  (2)米国の世界戦略に有利な雰囲気を調整、製造するため。米メディアによると、ペンタゴンは「中国の軍事力レポート」を作成すると同時に、ラムズフェルド国防長官はペンタゴンの高級幕僚を組織して「米軍の新しい軍事戦略に関する秘密レポート」を制定させた。いわゆる「新軍事戦略」は、一定の意義における世界的な米軍の再編成の中で、東アジア防衛の重点を徐々に中国に向けている。この戦略的重点を確立するには、米軍は米議会に多額の軍事予算を求める十分な理由がなければならない。
 
  (3)米国の軍需産業グループが高額の利益を得る注文書を得るため。周知のとおり、ペンタゴンは実際、米国の巨大な軍需産業グループの製品の広告マンであり、セールスマンである。
 
  (4)中国の軍事力を誇張し、対台湾武器売却の口実を探す。米国内では対台湾武器売却のレベルアップを説得する一方、台湾当局には米国製兵器を多く買わなければ台湾の安全は守れないと早い決断を迫っている。
  (5)中国との軍事技術協力を強化したい対象国を押さえつける。中国
の軍事力をわざと誇張し、中国が東アジアの安全で脅威となっていると脅すことで、欧州連合(EU)とイスラエルの対中軍事技術協力に警告を発している。

[東洋思想の意見]
確かに、人民日報の論評するように、アメリカの軍需産業を背景とした戦略も指摘できるが、
中国の「軍事費の透明性」に関しては、米中間の「疑念」をさらに助長するものである。
これ以上中国の軍拡が続けば、米国は相応した措置を必ずとってくるであろう、
その場合、米国の日米安保条約上軍事的同盟国である日本も、必ずや同盟国としての「役割」を求められるに違いない。
歴史を振り返れば、列強の軍拡競争に歯止めをかけるべく、ワシントン海軍軍縮条約、ロンドン海軍軍縮会議のように、
これ以上の軍拡競争を緩和するために国際会議が行われたことがある。
しかし、国家間の足並みは揃わず、いずれも失敗に終わり。軍拡競争は激化し、再度大戦を繰り返すに至った。
大戦後も大国間の緊張は高まり、核兵器開発競争は激化し、キューバ危機のような核戦争一歩手前の事態となった。
そして、かつて「眠れる獅子」と呼ばれた中国が目覚ましい経済発展を背景に軍事力を強化し、
極東地域の軍事バランスが崩れてきている。
大国が睨みあい、一歩も譲らんとする考え方では、歴史を教訓にすれば、最悪の事態となる可能性も十分にある。
それでは、人類は何も進歩していないことになり、当事国達は判断を決して見誤ってはならない。
軍事拡張は国家の権益に関る問題であり、相互譲歩は非常に難しい問題であるが。
歴史を教訓とし、平和的打開策を模索してもらいたいものである。
  
Posted by toyosisou at 22:29Comments(2)TrackBack(0)極東軍事問題

2005年07月14日

[時事]東シナ海ガス田の試掘権許可 経産省

 
saikutu
東シナ海ガス田の試掘権許可 経産省
 
中川昭一経済産業相は14日午後、緊急記者会見し、帝国石油から申請
のあった東シナ海のガス田の試掘権を許可することを正式に表明した。
東シナ海でのエネルギー権益確保への意思を、日本政府として明確にする
狙いがある。ただ、中国側が強く反発するのは必至で、エネルギー権益を
めぐる日中の対立はさらに深まりそうだ。
試掘権を許可しても、実際に試掘を実施するかどうかは明確ではなく、
政府と帝国石油は、中国との関係などを考慮しながら慎重に判断する。
 東シナ海のガス田は、日本が主張する排他的経済水域(EEZ)の境界線
(日中中間線)にまたがった海域の海底に埋蔵されており、これまで日中が
政府間協議を進めてきたものの、境界線は確定していない。
日中の対立が続く中、中国はガス田の開発を続けており、早ければ今夏
にも生産が可能になる見通しだ。日本は開発の中止と埋蔵量などのデータの提出を求めているが、中国側は応じない姿勢だ。
 
[東洋思想の意見]
 
この問題に関してブログで述べるのは初めてであるが。
私はこの件に関しては、日本外交の完全なる失策であると考え、
日本がとるべき対応は「早期採掘」であることは明白であり、
日本政府の対応に期待するとして、あえて言及してこなかった。
しかし、言及せざるを得ない。
民間業者に採掘権を与えたことは評価できるが、
試掘を明確にしなかったことに非常に不満が残るからである。
掲載した写真を見て欲しい。
以前私がネットや新聞でみた写真とは大きく違い、
今回の写真上部には新しくヘリポートまで完成している。
採掘施設もほぼ完成に近く、今年の夏には操業予定だというのも理解できる。
中国に完全に出し抜かれている
 
■中国との関係を考慮しながら慎重に判断する時期なのか?
 
早速中国政府はこのようにコメントしている。
「中国の権益損なう」=東シナ海ガス田試掘権付与に反発−中国外務省
【北京14日時事】中国外務省の劉建超副報道局長は14日の定例記者会見で、
経済産業省が同日、東シナ海のガス田開発で帝国石油に試掘権を付与したことについて
「中国側の主権、権益を深刻に損ない、東シナ海の情勢をさらに複雑化させた」と述べ、強く反発した。 
(時事通信) - 7月14日19時1分更新
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20050714-00000120-jij-int
 
今回の日本政府の対応は中国の主権及び権益の侵害であり、
日本が東シナ海の情勢を複雑化させているというのである。
これに対して、日本政府はどう返答するのであろうか。
中国との関係を考慮することも確かに重要である。
今や中国との経済関係は切っても切れない関係となっている。
歴史問題や靖国神社参拝問題などで両国間で摩擦が生じ、日本の行動への批判も高まっているが。
このような日本固有の資源に関する問題は、全くの別問題である。
実は中国政府はこの海域の資源開発研究を30年以上前から続けているのである。
日本は一体30年間何をしてきたのだろうか?
今更言ってもしょうがない事かもしれないが、採掘施設を建設する以前の段階から毅然と抗議し、
重大なる日本国の主権及び権益の侵害であるとしてなぜ抗議しなかったのか。理解に苦しむ。
しかも、排他的経済水域上で日中境界線の定まっていない地域に採掘施設を建設しているのである。
もしあなたの土地と隣の住人の土地の中間点に、隣の住民が勝手に家を立て始めたら、あなたはどうするだろうか。
家を立て終わってから抗議するだろうか。
一年前、東シナ海ガス問題が注目を浴び始めた時のニュース映像には、
すでに採掘施設の原型はできあがっていた。
多くの国民がニュースを見てあっけにとられただろう、「もうこんなに出来上がっているのか?」
しかも、こうした問題は海洋法に関する国際連合条約においても、
「関係国の合意到達の努力」に委ねられており、明確な基準はない。
数十年後、エネルギー不足で日本国民が苦しむような事がもしあった時。
このガス田に関して、悔やんでも悔やみ切れないような事態になることは、絶対に避けてもらいたい。
子孫に残す大切な財産として考えれば、日本は早急に採掘すべきであり、これ以上の猶予はないはずである
 
今後も日中の行動に目が離せない。注意深く検証するつもりである。
  

2005年07月13日

[時事]韓国が「深い遺憾」表明 大田原市の教科書採択 

韓国が「深い遺憾」表明 大田原市の教科書採択 共同通信
 
来春からの中学歴史、公民教科書で栃木県大田原市教育委員会が
「新しい歴史教科書をつくる会」主導の教科書を採択したことについて、
韓国外交通商省は13日、「失望を禁じ得ない」「深い遺憾を表明する」とした論評を発表した。
教科書検定の過程から韓国政府は不快感を示し、日韓の市民団体と連携し各自治体に不採択を働き掛けてきた。
今回の憂慮表明でこれ以上の採択を阻止したい考えだ。
論評は「歪曲(わいきょく)した教科書の採択は日本の若い世代に間違った歴史認識を教え、
不幸な歴史が繰り返されることになる」と指摘。
さらに「正しい歴史認識を基礎に未来指向の韓日関係を築こうとする
わが政府の努力にも対峙(たいじ)するという点で深刻だ」としている。(共同)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20050713-00000239-kyodo-in
「つくる会」教科書採択に遺憾表明 韓国政府 朝日新聞
扶桑社の歴史教科書が栃木県大田原市で採択されたことについて、
韓国外交通商省報道官は13日、「侵略の歴史を美化する内容を含む教科書の採択に深い遺憾を表明し、
失望感を禁じ得ない」との論評を出した。また「(日本の)父母や知識人、市民団体の努力で、
他地域での採択を阻止するよう期待する」と述べた。
一方、扶桑社教科書の不採択を呼びかける意見広告を日本の新聞に出す募金運動を展開している
「アジア平和・歴史教育連帯」に同日、外交通商省と国防省が約1000万ウォン(約100万円)ずつ寄付した。
これまで教育人的資源省や中堅紙ハンギョレなどが寄付しており、総額で約5200万ウォンになった。
http://www.asahi.com/national/update/0713/TKY200507130346.html
 
[東洋思想の意見]
■日本人へ向けてのメッセージ?
 
「新しい歴史教科書が」を大田原市が採択した。市区町村立中では初めてとなる。
韓国や日本国内の左派グループからの採択阻止運動は行われていたが、
今回、国家として韓国政府は正式に遺憾を表明した。
朝日新聞の記事では、韓国政府は「(日本の)父母や知識人、市民団体の努力で、
他地域での採択を阻止するよう期待する」と述べたと報じているが。
現在日韓の左派市民団体は密接に関っており、相互協力しながら採択阻止の抗議活動を行っている。
よってこの発言は、日本人だけに向けた発言ではないといえる。
韓国から渡日し、採択阻止の抗議活動を行っている韓国の市民団体に対して、
日本における抗議活動を支持し、今後も継続し抗議を強化すべきというメッセージである。
 
■「あまりに行き過ぎた干渉と言わざるを得ない」
 
教科書採用や教科書の内容を批判することは、
言論の自由、思想の自由が保障されている以上、違法性を問われることはない。
大いに左派右派批判すべきである、
そういった議論が民主的で良質な教科書を生み出す為には有益である。
しかし、国家がそれに関与することは、別問題である。
「新しい歴史教科書」は検定済み教科書であり、わが国公認の教科書である。
その内容がいかなる内容であろうとも、地教行法第48条に準拠し
各自治体の判断によって民主的に採択されるべきである。
そこに自治体を凌駕する国家のような圧力が及ぶようであれば、
民主的な採択に重大な支障をきたす事は明白である。
仮に「新しい歴史教科書」に対して、日本政府が遺憾の意を示し
採択阻止を支持する発言をしたとするならば、国家権力の乱用で、
言論・出版の自由を奪うものだとして、大きな問題となることは確実である。
たとえ、外国である韓国といえども、教科書の内容を批判するだけならまだしも、
市民団体へ働きかけ採択阻止の力を強めようとするやり方は、間接的といえども、
反民主的であり、あまりに行き過ぎた過剰な干渉である。
 
韓国政府は「正しい歴史認識を基礎に未来指向の韓日関係を築こうとするわが政府の努力」と主張するが、
市民団体への働きかけや採択阻止を煽るような言動は果たして未来志向と言えるのだろうか?
 
妨害工作に力を注ぐだけでは正しい歴史認識などできるはずもない。

史実の根拠を実証的に検証することをしないで正しい歴史認識ができるはずもない。
 
今後も、教科書問題は検証するつもりだ、日韓の対応に注目したい。
  

2005年07月07日

[時事]中国で愛国キャンペーン本格化へ 盧溝橋事件から68年[050706]

[時事]中国で愛国キャンペーン本格化へ 盧溝橋事件から68年[050706]
日中全面戦争へのきっかけとなった37年の盧溝橋事件から7日で68年を迎える。
戦勝60周年の今年、中国政府は抗日戦争関連の記念日が集中する夏に向け、
愛国主義キャンペーンを本格化させる構えだ。
ナショナリズムの行き過ぎを警戒する当局は当初、刺激的なキャンペーンは避ける方針だったが、
靖国参拝問題などで日中関係が険悪化。国民感情にも配慮し大規模キャンペーンに乗り出した。
しかし、一方では反日デモの再燃に神経をとがらせてもいる。
北京市中心部から南西約30キロの盧溝橋では7日、「中国人民抗日戦争記念館」が新装オープンする。
3月にいったん閉館、5000万元(約6億5000万円)をかけて改装された
「偉大な勝利」と題した60周年記念展では、800点の史料、600枚の写真、40枚の図表のほか、
満州事変の発端になった柳条湖事件の現場や、
中国人への人体実験をしたとされる旧日本軍731部隊の実験室の模型も展示される。
中国当局はこれから節目ごとにキャンペーンを展開。
公式の抗日戦争勝利記念日と定める9月3日には、
「抗日・世界反ファシズム戦争勝利60周年」の記念式典に共産党指導部が出席し、最高潮に達するとみられる。
今後は各地で写真展や史料展、討論会、記念出版などが目白押しで、
四川省成都では民間として最大規模の抗日戦争記念館の開館準備が進む。
共産党筋などによると、今年初めの段階では9月の「60周年」記念式典の性格付けも、
欧米諸国に近い「反ファシズム戦争勝利」に重点が置かれるはずだった。
ところが、日中関係が悪化。政府シンクタンク研究者は
「政府は国民感情に配慮し、大規模な愛国主義キャンペーンを展開せざるを得なくなった」とする。
http://www.asahi.com/international/update/0706/005.html[朝日新聞]
 
■盧溝橋事件とは
中国では七七事変とも呼ばれている。
1937年(昭和12年)7月7日に北京南部の盧溝橋で起きた発砲事件で、
その後の日中戦争(支那事変)の発端となった。
日本軍はこの事件をきっかけに国民党政府と戦争状態に突入、
戦線を拡大していった。
■まず中国国家通信機関「新華社」ではどう取り上げられているか
http://news.xinhuanet.com/photo/2005-07/07/content_3185482.htm
特集を組んで大々的に盧溝橋事件を取り上げている。
 
■朝日新聞の記事の補足として
抗日戦争記念館で大型展覧会が開幕 戦勝60年で[人民網日本語版]
http://www.people.ne.jp/2005/07/07/jp20050707_51548.html
 
■盧溝橋だけではない
首都北京の中国人民革命軍事博物館では
7月1日から15日まで、
「太行精神の輝きはいつまでも」のタイトルのもと、
450点余りの写真と500点余りの実物が展示し、
抗日勝利イベントが行われている。
[関連記事]
北京で抗日戦争勝利60周年記念展開催へ[新華社記事、中国大使館]
http://www.china-embassy.or.jp/jpn/zt/qqq115/t201865.htm
 
■終戦記念日である8月15日にあわせて
中国最大の民間抗日戦争博物館「建川博物館」がオープンする
この博物館には、共産党はもちろん、国民党抗日軍隊館まであり
しかも国民党抗日軍隊館に掲げられる館名入りの額は、
台湾国民党の連戦主席の直筆で書かれたものだという。
[関連記事]
中国最大の民間抗日戦争博物館、8月15日オープン[新華社]
http://www.china-embassy.or.jp/jpn/zt/qqq115/t202154.htm
国民党抗日軍隊館、8月開館へ 額は連戦氏の直筆[人民網日本語版]
http://j1.people.com.cn/2005/06/27/jp20050627_51283.html
 
そして「抗日・世界反ファシズム戦争勝利60周年」の記念式典である

[東洋思想の意見]
実は記事中の「中国人民抗日戦争記念館」であるが
新装する前に小泉首相が訪れている。
その時の発言を一部抜粋する
平成13年10月8日 小泉総理大臣
今日、私は、盧溝橋を訪れましたが、前から一度来たいと思っていました。
私は歴史が好きで、いつも歴史書あるいは歴史に関する小説に興味があるので関心を持っていました。
一度盧溝橋に行ってみたいなと思っていました。今日こうしてこの記念館も拝見させていただきまして、
改めて戦争の悲惨さを痛感しました。
侵略によって犠牲になった中国の人々に対し心からのお詫びと哀悼の気持ちをもって、
いろいろな展示を見させていただきました。二度と戦争を起こしてはならないと、
そういうことが戦争の惨禍によって倒れていった人の気持ちに応えることではないか、
私共もそういう気持ちでこの日中関係を日中だけの友好平和のためではなく、
アジアの平和、また世界の平和のためにも日中関係は大変大事な二国間関係だと思っています。
(略)日本はアメリカと戦争をしました。
しかし、戦争をしたアメリカとは今、世界で最も強力な友好同盟関係を結んでおります。
日本と中国も過去不幸な時期がございましたけれども、
今後21世紀の将来に向かって、
私は日本と中国との友好関係を今の日本とアメリカの友好関係のような強力な友好関係にしていけたらなと、
そう心から思っております。日中友好発展は、単に日本と中国だけの間ではなくて、
アジア全体、世界全体にとっても、大変大事な二国間関係だと思いまして、
私も総理大臣として、これから日中友好に向けて全力を尽くしていきたいと思います。
http://www.mofa.go.jp/mofaj/kaidan/s_koi/china0110/hatsugen.html
[中国人民抗日戦争記念館訪問後の小泉総理の発言(記録)外務省]
そして訪中から4年が経った・・・今年・・
残念ながら小泉首相の想いはすべて打ち砕かれている。
今年の日中関係は過去に戦後最悪と言っていい程悪化。
反日感情は高まりは抑えきれない程である、
そして愛国と反日のボルテージは今年の夏、最高潮を迎えそうである。
日本に打つ手はあるのか、靖国問題をどう解決するのか。
日本にとって今年の夏は本当に厳しい夏となりそうである。
  
Posted by toyosisou at 22:36Comments(0)TrackBack(2)反日問題

2005年07月01日

「日本の強制動員」19万件の被害申告…韓国政府調査

「日本の強制動員」19万件の被害申告…韓国政府調査
日本統治時代に強制的に動員された軍人、軍属、労働者らの被害実態を調査している韓国政府の
「強制動員被害真相究明委員会」は1日、1次受け付けで、19万572件の被害申告があったと発表した。
 同委員会は、昨年11月に発足。今年2月から6月まで被害申告を受け付け、
日本に残っている朝鮮半島出身者の遺骨の調査も行っている。
集計の結果、最も多かったのは労働者で13万4466人。
軍人が3万3639人、軍属が2万2164人、慰安婦は303人だった。
(2005年7月1日22時24分  読売新聞)
 
「強制動員被害真相究明委員会」が
どのような調査を行ったのか調べてみた。
 
まずこの委員会は
「日帝強制占領下強制動員被害真相糾明等に関する特別法」に基づき
http://www.geocities.co.jp/HeartLand-Keyaki/5481/southkorea_kyumeihou.html
日帝強占下における強制動員被害の真相を糾明し、
歴史の真実を明らかにするべく、2004年11月10日に発足いた委員会である。
 
申請・申告の形式

■‘帝強制占領下強制動員被害の申告書■
<申告人>
氏名・年齢・住所・電話番号・住民登録番号
<被害者>
創氏名
被害者氏名年齢
被害者当時の本籍と当時の住所
申請自由(死亡・行方不明・後遺障害、その他)
<強制動因の被害状況>
・動員年月日
・動員の類型(軍人 ・軍属 ・労務者 ・慰安婦 ・その他)
・被動員地域(国内・国外)
・被害内容(6ヶ原則〔いつ、誰が、どこで、何を、どのように、なぜ〕にしたがって記載)
・過去に受けた補償(または支援金)の内訳、年度、金額など
・署名捺印
<本人確認>
・申告人の身分証(住民登録証、パスポート、在外国民登録証のいづれ)のコピー1部
<証拠資料>
・申告事由を証明できる証拠資料。
 これを添付することが困難な場合は、事実を知っている者が作成した「隣友保証書」。
■日帝強占下強制動員被害真相調査の申請書■
・住所・氏名・年齢・電話番号・住民登録番号
・申請事由
・申請の原因となった事実と立証資料
・署名捺印
■N挈保証書■
・被害者の身の上事項(本籍氏名年齢)
・確認事項(6ヶ原則〔いつ、誰が、どこで、何を、どのように、なぜ〕にしたがって記載)
・事実証明の捺印
 
[東洋思想の意見]
単なるアンケートなどとは全く違い、
上記の書式を見てわかるようにかなり本格的である。
被害内容の記述に関しては、
6ヶ原則〔いつ、誰が、どこで、何を、どのように、なぜ〕
にしたがって記載するように原則化しているし、
証拠資料や立証資料、隣友保証書も義務付けている。
‘帝強制占領下強制動員被害の申告書の集計結果が
総計19万572件
労働者で13万4466人。
軍人が3万3639人、
軍属が2万2164人、
慰安婦は303人
であったようだ
ちなみに一番被害報告が多かった地域は
全羅南道 2万6553件
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%A8%E7%BE%85%E5%8D%97%E9%81%93
ついで慶尚北道2万2379件
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%85%B6%E5%B0%9A%E5%8C%97%E9%81%93
さて一番気がかりなのは
その申告の信憑性である。
数だけではこの真相究明を評価できない。
恐らく委員会も申告書の書式を見てもわかるように、
その点は理解しているであろうと思う。
これから被害真相調査も本格的に検証されるであろうし、その結果に私は注目している。
私だけではない、日韓両政府が一番注目しているのかもしれない。
 
強制動員被害真相究明委員会公式ホームページを観てもらいたい.
http://www.gangje.go.kr/jp_index.asp
日本語訳版もあり、丁寧な作りとなっており
申請書のダウンロードも可能である
  

2005年06月30日

特集「在日朝鮮人」条約の恩恵と保護

特集「在日朝鮮人」条約の恩恵と保護
 
外国人である在日朝鮮人は日本においてどのように保護され、恩恵を得てきたのか。
 
■‘韓法的地位協定による保護■
サンフランシスコ講和条約締結後、日本国籍を喪失し外国人登録法の対象者となった在日朝鮮人であったが、
日本政府は暫定的処置として、
「ポツダム宣言の受諾に伴い発する命令に関する件に、
基づく外務省関係諸命令の措置に関する法律」(法律126号)を交付、
「別に法律で定めるところにより、その者の在留資格及び在留期間が決定されるまでの間、
引き続き日本に在留できる」とし在日朝鮮人在留を許可した。
1965年、日韓両政府は激しい両国間の協議の結果、日韓基本条約が締結する。
(在日朝鮮人の国籍∧豺颪梁弍:http://blog.livedoor.jp/toyosisou/archives/24349854.html
日本政府は韓国政府を朝鮮半島における唯一の合法政府と認めた。
「日本国に居住する大韓民国国民の法的地位及び待遇に関する
 日本国と大韓民国との間の協定(日韓法的地位協定)」を締結。
 http://list.room.ne.jp/~lawtext/1965T028.html
韓国籍を持つものに25年間の在留を認めるとし、
韓国国民で1966年から5年間で申請した者とその子供に協定永住権が与えられた。
3世については、25年後の1991年までに再協議して決めるとした。
尚、当初両国で対立となっていた生活保護事項は、
同条約第4条に日本側が生活保護と健康保険に妥当な憂慮を払うとした。
 
■難民条約批准で得た権利■
1981年、日本は先進国のなかでも大幅に遅れて難民条約及び国際人権規約に批准した。
難民条約は内外人平等の精神をうたい公的扶助、社会保障の権利を保持するとし、
国際人権規約は国民的または社会的出身による差別なし、
社会保障について権利を認めるという原則をうたっており、
条約に批准した日本は外国人に対する社会保障制度の見直しを図った。
・1982年国民年金法国籍条項撤廃(1986年再改正)
・1986年国民健康保険法施行規則の改正及び全都道府県の国籍条項撤廃
当時国民年金及び国民健康保険未加入者であった在日朝鮮人にとって恩恵であった。
(日韓法的地位協定により韓国籍者は健康保険に加入できた)
また条約の批准により出入国管理令を改正して難民認定制度を新設し、
法令の名称を「出入国管理及び難民認定法」に改称した。
 
■出入国管理特例法による保護■
1988年より日韓法的地位協定の再協議が行われ、
1991年海部首相が韓国訪問し協議決着され、
両国外相により1991年1月
「日韓法的地位協定に基づく協議に関する覚書き」が署名された
この協議の結果を踏まえて
出入国管理及び難民認定法の特例を定めた法律を制定した。
 
それが
「出入国管理特例法
(日本国との平和条約に基づき日本の国籍を離脱した者等の出入国管理に関する特例法)」である
 
[出入国管理特例法目的]
日本国との平和条約の発効により日本国籍を離脱した者及びその子孫について、
その法的地位の一層の安定化を図ることを目的とした。
 
[対象者]
対象者の国籍は特に限定していない
サンフランシスコ平和条約国籍離脱者及びその子孫と定義され、特別永住者の資格を付与される。
日韓法的地位協定に基づく協議の結果を踏まえて制定されたものであるが、
在日韓国人と同じく歴史的経緯及び定着性を有する在日朝鮮人(朝鮮籍)
在日台湾人も同様の措置がとられる
 
[出入国管理特例法の特例措置]
特例1:退去強制
特別永住者の法的地位のより一層の安定化を図るため、
退去強制事由を極めて限定化した
内乱に関する罪並びに外患に関する罪、国交に関する罪
外交上の利益に係わる罪及び重大な国家的利益を害する罪を犯した場合
強制退去処分となる
 
特例2:再入国許可の有効期間
特別永住者については、企業の駐在員等として海外で勤務したり、海外に留学する場合を考慮し、
当初の再入国許可の有効期限については4年(一般外国人は有効期間が1年)を超えない期間、
日本国以外での延長の期間については1年を超えず、
当初の許可から5年(一般外国人は2年)を超えない期間とする特例を設けることによって、
特別永住者が長期にわたり海外で生活する場合にも対応できるようにした。
 
特例3:上陸の審査
再入国許可を受けて出国した特別永住者が再入国する場合の入国審査官の上陸審査においては、
出入国管理及び難民認定法第7条第1項に定める上陸のための条件のうち、
第1号の旅券の有効性のみを審査の対象とし、
上陸拒否事由の該当性については審査しない。
 
■て本国憲法と人種差別撤廃条約加入による差別からの保護■
1995年日本は人種差別撤廃条約に加入した。
この条約は在日朝鮮人問わず、あらゆる人種に対する差別を無くすことを理念としており、
日本国憲法も第14条第1項に、
「すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、
 政治的、経済的又は社会的関係において差別されない。」と規定されおり、
外国人に対しても法の下の平等を保障している。
 
[東洋思想の意見]
さて、 銑い泙蚤腓泙であるが、条約や法律の恩恵や保護を受けている点が指摘できる。
また韓国政府が「日韓法的地位協定=協定永住権」を結んだことは日本に永住できるという先例を作った点、
そして結果的に「出入国管理特例法」という法律を生み出し、国籍離脱者の子孫すべてに永住権を与えた点、
一方で前回も述べた通り北朝鮮政府が帰国政策を進めるなど在日の中でも分断はあったが、
在日朝鮮人にとって大きな意義はあったのではなかろうか。
また日本政府も難民条約や人種差別撤廃条約に批准し、外国人に対する国際法と憲法の理念を
遵守する姿勢を持ち、在日朝鮮人含む在日外国人に権利と人権を保護する努力はしてきたようである。
さて、日本は在日朝鮮人の永住許可を特例の形で法的に認め、外国人としての在日朝鮮人の権利及び人権を
国際法及び日本国憲法の見地から尊重しているかのように思えるのだが、現実はどうなのであろうか。
恐らく△亡悗靴討い┐个垢戮討虜瀑が得た権利ではない(在日一世)というご指摘も受けるだろうし、
い亡悗靴討い┐弌∈絞未呂泙盛圓錣譴討い詁本政府は尽力していないという指摘も受けるかもしれない。
現実は言うまでもない。在日擁護派・反対派両者個々に反論があるに違いない。
私がこのテーマを取り上げた一番の理由はインターネット上における
在日バッシングにあった、一体その理由は何なのか?なぜ在日朝鮮人は反感を持たれているのか?
それを理由探しの為にこのように歴史をたどって検証しここまで到達した。
まだまだ不十分な点は確かにあるが、それは補足しながらとして
次回以降はこれまでの検証結果を踏まえて、
在日朝鮮人は現在、そして未来においてどうあるべきか
現在に潜む問題点や未来への障害の解決の道を探りながら、在日朝鮮人特集を今後も続けていきたい。
  

2005年06月28日

中国、外務省首脳発言に反発・遺棄化学兵器処理問題 [050628]

中国、外務省首脳発言に反発・遺棄化学兵器処理問題 [06/28]
【北京=桃井裕理】中国外務省の劉建超副報道局長は28日の定例記者会見で、
日本の外務省首脳が旧日本軍の遺棄化学兵器問題について「中国側の対応が
非常に遅いという問題もある」と発言したことについて「遺棄化学兵器は日本が中国
侵略で犯した重大な罪の一つで、日本こそ処理のために適切な行動を採るべきだ」
と反発した。
同時に、すでに日本側に発言内容についての釈明を求めたことを明らかにした。
日経新聞
http://www.nikkei.co.jp/news/seiji/20050628AT1E2801428062005.html

[他関連ソース]
■恒久支援日本に要求へ 旧日本軍毒ガス被害『医療保障を』 [06/28]
(東京新聞)
http://www.tokyo-np.co.jp/00/sei/20050628/mng_____sei_____003.shtml
■広東省広州毒ガス事故、日本外務省が旧日本軍遺棄兵器が原因と断定[06/27]
(日経新聞)
http://www.nikkei.co.jp/news/kaigai/20050626AT2M2600E26062005.html
■施設建設2000億円超を拠出 中国の遺棄化学兵器処理[06/16]
(共同通信/Yahoo!ニュース)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20050616-00000260-kyodo-pol

[東洋思想の意見]
まずこの問題の発端を産経新聞が分かりやすくまとめているので
それを引用する。
-------------------------------------------------------------
《遺棄化学兵器》産経新聞より
第二次大戦中に旧日本軍が対ソ戦に備え、中国に持ち込んだ化学兵器の未処理分。
装填される化学剤は糜爛(びらん)剤(マスタード)など6種。残存数は日本側は70万発と推定し、
中国側は200万発と主張している。中国は97年に化学兵器禁止条約を批准。
これを受け日本は2007年までに全面廃棄の義務を負った。同条約は「他の締約国の領域に遺棄した化学兵器を廃棄する」
(第1条3項)と定める。日中は99年、日本が廃棄に必要な費用や要員を全面提供する覚書に署名した。
-------------------------------------------------------------
まず「国際条約」に批准し尚且つ「覚書」に署名したのなら、
中国に残存する日本軍の化学兵器を日本側が責任を持って処理する義務は当然負わなければならない。
しかし、70万発の化学兵器(中国主張は200万発)
その処理施設の建設だけで2000億円(中国主張は1兆円)という数字は改めて驚愕する。
条約には「自国について効力を生じた後2年以内に廃棄を開始し、この条約が効力を生じた後10年以内に廃棄を完了する。」
と定められているのだが、処理施設すら建設されていないのに、
2年後の2007年までに全面廃棄などできるのであろうか。
犠牲者をこれ以上増やさぬ為にも急ピッチで進めなければならないが、
抱える問題は数え切れないほどある。

まずは「費用」の問題、
内閣府大臣官房遺棄化学兵器処理担当室によれば、
-------------------------------------------------------------
遺棄化学兵器処理事業に係る内閣府の平成15年度予算措置状況は次のとおりである

廃棄処理事業運営費41.1億円
廃棄処理のための各種調査研究等29.2億円
ハルバ嶺の発掘・回収施設の詳細設計及び造成費等202.2億円
処理施設の立地候補地の造成費等33.2億円
その他1.4億円
合計307.0億
-------------------------------------------------------------
とてつもない額である。

化学兵器処理への取り組みはもちろん他の先進国でも、国家プロジェクトとして進められ、
アメリカでは3万トンの化学兵器を保有し、
総事業の見積もり額は約149億ドルと莫大な費用を投資する予定である。
ロシアではアメリカ以上の4万トンを保有しているが資金不足からほとんど片付いていない。
費用に関してはどこも頭を痛めているところであろう。

「費用」に関連して「処理」の問題がある。
先進国の中でも日本は世界で一番過酷な条件で処理をしなければならない。
日本が処理しなければいけない化学兵器は半世紀以上前の旧化学兵器であり、
その大部分が地中に埋まっている状態なのである。
アメリカは全体量は多いが貯蔵された化学兵器も含んでおり、
2007年には貯蔵化学兵器は90%処理可能とみている。
しかし日本は非貯蔵の旧兵器を処理しなければならないのである。
この量は欧米が行っている非貯蔵の量より桁外れに多い。
しかも、長い年月をかけて腐食し化学剤が漏れ出しており掘り返すことすら困難である。
2日前に起こった「広州毒ガス事故」のような事故がこれから頻発し続ける可能性もある。

このような気が遠くなるような事業を日本は行わなければならないのだが

加えて・・・
日中両国の足並みがそろっていないときているが一体どうするつもりなのか?
何の罪もない民衆が傷ついているのだ、
はっきりいって両国が意地の突っ張り合いをしている場合ではないのは明白である。
では、なぜこのように日中の足並みがそろっていないのか?
次回はその辺りを述べていきたい。
  

2005年06月20日

[時事]「歴史問題、合意に達せず」 日韓首脳会談[05620]

「歴史問題、合意に達せず」 日韓首脳会談
 
 小泉首相は20日午後、青瓦台(韓国大統領府)で盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領と会談した。終了後の共同記者会見で盧大統領は、新たな追悼施設建設について、小泉首相が日本国民の世論などを考慮し、検討すると考えを示したと述べた。また、歴史教科書、靖国参拝などの歴史問題について意見交換したが、合意には達していないと述べた。さらに北朝鮮の核開発問題では、平和的解決のために日米韓の連携の継続について確認したと表明した。
 一方、小泉首相は「韓国国民の過去をめぐる心情を重く受け止める。日本が過去の問題について反省すべきは反省し、そのうえで未来に向け率直な対話を行うことが重要」と述べた。
 両首脳の会談は、互いに頻繁に行き来する「シャトル外交」で合意してから3回目で、昨年12月以来。今年に入り、竹島(韓国名・独島(トクト))問題や首相の靖国神社参拝、日本の歴史教科書問題などを巡って両国関係は悪化していた。今回はノーネクタイでのざっくばらんな意見交換とはならなかった。共同会見でも、質問を受け付けずに終了した。
 
[東洋思想の意見]
歴史教科書、靖国参拝、竹島問題と両国の関係悪化が件念される中
今回の日韓首脳会談は大きな注目を浴びていた。
会談内容の具体的内容に関しては明らかになっていないが
今回は竹島問題は別として約2時間ちかくの会談で議論されたのは
以下の問題である
[鮖剖飢塀
¬国参拝
K鳴鮮の核開発問題
 
<明らかになっている会談の結果>
[鮖剖飢塀
第2期日韓歴史共同研究で歴史教科書に関する委員会を設置し、研究結果を両国の教科書制度の枠内で「教科書の編集過程での参考」とすることで一致
 
¬国参拝
韓国側の新たな追悼施設の検討を提起に対し
小泉純一郎首相は日本の国民世論に考慮して検討することを確認
靖国神社自体に関しては
靖国神社に代わる施設と誤解されている面もある。どのような施設が仮に建設されるにしても、靖国神社は存在しているし、靖国神社がなくなるものではないと強調
 
K鳴鮮の核開発問題
平和的解決のために日米韓の連携の継続について確認したと表明
 
さて上記の結果を総括すると
領土問題を含め両国の溝は今回の会談では埋まらなかったとする見方が
妥当のようである。
北朝鮮問題に関しては実務者レベルにおいても日米韓で連携を維持していくことは明白であるし、今回注目されたのはやはり、歴史認識と教科書問題であった
まず日本側の対応に着目すると
靖国に対しても靖国自体は否定せず、新たな追悼施設に関しては検討するという非常に曖昧な態度が見受けられる。
では新追悼施設が建設された場合、小泉首相は靖国にこれまで通り参拝するのか否かその辺りの突っ込んだ意見は交わされたのか、明らかになっていないので何ともいえないが、率直な意見交換が期待されていただけに具体的に靖国に対してどのような姿勢を示すのか明示し手もらえなかった点は残念だ。
教科書問題に関してあるが「共同研究結果に対して教科書制度の枠内で教科書の編集過程での参考にする」この意見もやはり曖昧としか言いようがない。
つまりこの意見を一般的に解釈すれば共同研究結果に関しては、「参考」にこそすれど「尊重」するわけではない、いかに共同研究結果で示されようともその結果を汲み取るのか否かは自国の制度を踏まえ判断は自国に任せられるとする意見だと解釈できる。
「参考」になればするが「参考」にならなければしない、その判断は自国の制度と認識であるということである。
 
上記のように残念ながら両国合意にはいたらなかった。
しかしながら、このような摩擦問題に対して、
両国が意見をぶつけ合い、両国に潜む問題点を再認識し、両国が妥協点を探りながら発展的関係を見出す首脳会談は継続しなければならない。それは韓国側も再認識したのではないか。
私はその点に関しては今回の首脳会談は意義があったと思っている。
国家間の交渉というものは、やはり一度や二度の交渉で安易に合意するものではない、国益を見据えて国家間の思惑がぶつかり合うものである。
そこで両国がいかに傷つかず国益を一方的に損なうことなく妥協点を見出すのか、これからの日韓首脳会談に期待したい。両国の友好への道のりはまだまだ険しい
 
 
 
 
  
Posted by toyosisou at 20:08Comments(1)TrackBack(1)韓国時事問題

2005年06月16日

[時事]靖国に代わる追悼施設を 韓国、首脳会談で要求方針[05616]

靖国に代わる追悼施設を 韓国、首脳会談で要求方針

【ソウル16日共同】

韓国の潘基文外交通商相は16日、
国会の鄭義溶・国際協力委員長と会談、
20日の日韓首脳会談で小泉純一郎首相の靖国神社参拝に反対し、
同神社に代わる新たな戦没者追悼施設の建設を求める考えを明らかにした。
聯合ニュースが会談に同席した与党ウリ党議員の話として報じた。
潘外交通商相は「小泉首相が2001年に検討を約束した通りに
追悼施設問題を検討するよう強力に促す予定だ」と言明。
さらに靖国参拝、歴史認識、竹島(韓国名・独島)問題について
「われわれの立場を伝達し、日本が過去を直視した上で未来志向の関係が進むように促す」と強調。
竹島は明白に韓国領土であるとして日本に「(領有権の)是非を問わないよう強く促したい」と語った。

http://flash24.kyodo.co.jp/?MID=RANDOM&PG=STORY&NGID=intl&NWID=2005061601003705

[東洋思想の意見]
日韓の友好を損なう障害の一つが「靖国神社参拝問題」である
日韓併合以降運命を共にし、戦争に引きずり込まれて多大なる犠牲をい払ってきた韓国にとって、
その戦争を計画したA級戦犯を合祀した靖国神社へ政治家が参拝することに強い不快感を示してきた。
それに対して日本側の靖国参拝賛成論者は、
「英霊たちを祀った靖国を否定し日本文化を否定している」と反論し、
靖国参拝問題を「反日」の材料として利用し外交で有利に立とうとする韓国の外交戦略だとして
韓国の意見に耳を傾けなかった。
また小泉首相も「不戦の誓い」を強調するだけで、
他の閣僚たちも何ら明確な参拝への理由を説明することなく、「内政干渉」であると議論を逸らしてきた。
しかし、今回の潘外交通商相の日韓会談への方針は
韓国が靖国に反対する明確な根本的理由を示したといえるし、建設的な提案であるといえる

つまり韓国は、
----------------------------------------------------------------------------------------------------
A級戦犯が合祀されている靖国神社に政治家が参拝することを見直すよう要求しているのであり。
政治家が先の大戦で犠牲になった一般の人々への哀悼を示すことに反対しているわけではないということである。
----------------------------------------------------------------------------------------------------
靖国神社に参拝せず、代わりとなる慰霊施設で参拝して欲しいと
靖国に反対する明確な理由とその代替を要求したことに、日本がどう受け答えるのか、
いつものように靖国参拝に対して明確な説明をしない態度では日韓関係の修復など有り得ない。
20日の日韓首脳会談で小泉首相は
「靖国に参拝する明確で根拠のある理由」
「靖国に代わる追悼施設の検討」
この二つに関してはっきりとした意思表示と
日韓の友好のための正しい選択というものをしてもらいたいものである。  
Posted by toyosisou at 22:13Comments(3)TrackBack(2)靖国神社参拝問題

2005年06月06日

特集「在日朝鮮人」在日朝鮮人の国籍∧豺颪梁弍

特集「在日朝鮮人」在日朝鮮人の国籍∧豺颪梁弍

■在日朝鮮人国籍に対する母国の対応■

前回の続きであるが
韓国政府は在日朝鮮人に対して主張とは違う対応をとる。
朝鮮戦争真っ只中の1951年以降、GHQの指示により日韓会談が行われ日韓両国で激しい議論が交わされる。
その中で日本政府は在日朝鮮人約6万人の生活保護者の強制退去と生活保護費放棄のいずれかを迫った。
当時の日本の財政を圧迫していたからであるし、在日朝鮮人問題を解決したいと考えていたからである。
それは吉田茂文章からも当時の状況が理解できる
しかしながら韓国政府はそれに応じず日本政府に判断を任せると表明する。
これに対して在日朝鮮統一民主戦線(朝鮮総連の前身)は断固として反対を表明した。
在日朝鮮人に対して日本国籍ではなく韓国籍であると主張していた韓国であったが、
混乱と貧困で餓死者が続出していた韓国にとって在日同胞は対して支援する余裕もなく、
韓国政府の在日朝鮮人に対して同胞として深く関与しない姿勢を貫いたのである。
結局その考え方に在日朝鮮人は不信感を覚え、在日朝鮮人の90%近くが南朝鮮出身者であるにもかかわらず
多くの在日朝鮮人が北朝鮮支持派の民戦や朝鮮総連を支持することとなり
朝鮮総連の勢力が拡大し北朝鮮を支持する在日朝鮮人が増えた
そして日韓会談で指摘された問題を解決できる好機となったのが「帰国事業政策」である

<北朝鮮の主席金日成は北朝鮮創建10周年記念慶祝大会>
「無権利と民族的差別と生活難にあえぐ在日同胞は、最近朝鮮民主主義人民共和国に帰国する希望を表明してきました。
朝鮮人民は、日本で生きる道を失い、祖国のふところに帰ろうとするかれらの念願を熱烈に歓迎します。
共和国政府は、在日同胞が祖国に帰り、新しい生活をいとなめるようすべての条件を保障するでありましょう。
われわれはこれを民族的義務と考えています」と声明を発表し韓国政府と真逆の政策をとることとなる。

望郷の念を抱いていた在日朝鮮人にとって祖国へ帰るチャンスが到来したのである
この帰国事業政策を全面的に支援してきたのが「朝鮮総連」であり思惑が一致した日本政府も帰国を支持し
マスコミも大きく賛美した。そして結果的に9万人以上の在日朝鮮人と日本人妻が北朝鮮へと渡った
しかし帰国後彼らに待ち受けた運命は過酷極まりなく現在においてもその政策による傷跡を残している
この問題はまた別機会で述べていくことにするが、帰国事業を行った北朝鮮からも実質見放されてしまう。

<まとめ>

韓国:在日朝鮮人の国籍は「韓国籍」であると主張⇒実際は自国民として保護的な政策はとらず。日本に一任。
北朝鮮:在日朝鮮人の「帰国」を主張⇒実際はプロガバンダで厳しい統制化にしかれ貧困と差別が待ち構えていた。

結局この状況を考えれば在日朝鮮人にとって母国である両国からの対応は非常に厳しかったといえる。
当時韓国の場合、経済的理由や朝鮮戦争中であったことが理由に挙げられるかもしれないが、
在日朝鮮人の国籍を韓国籍と主張し認めたのであれば、帰国を優遇させる措置はとるべきではなかっただろうか。
韓国政府の対応はまさに「棄民政策」といってよいであろう。
このような姿勢が南朝鮮出身者の在日朝鮮人にとって帰国の意思を妨げ、日本でしか生活できないとする考えをいつまでも
備え付ける原因を作った一因といえる。
中にはそれでも帰国したいと考え「地上の楽園」というプロガバンダを信じ本来の出身地とは異なる北朝鮮へと
帰国した者が居たことを考えれば、韓国政府の放置的態度を当時の在日朝鮮人は痛烈に感じていたに違いない。
そして長きに渡る日韓会議によって日韓基本条約を締結し日韓法的地位協定を結んでも、
決して在日朝鮮人に対して帰国保護政策をとろうとはせず在留という一本道しか示さず日本にまたもや一任している。
そうした状況の影響で在日朝鮮人は日本での生活向上と様々な権利を「日本に」主張し活動することになるわけである。

次回は日韓基本条約を含む在日朝鮮人の国籍を保護してきた「条約」にスポットを当てていきたいと思っています
  

2005年06月02日

特集「在日朝鮮人」 在日朝鮮人の国籍〆瀑朝鮮人がなぜ外国人となったのか

特集「在日朝鮮人」 在日朝鮮人の国籍〆瀑朝鮮人がなぜ外国人となったのか

まず、在日朝鮮人の国籍の大まかな流れは歴史編を参照して欲しい

http://blog.livedoor.jp/toyosisou/archives/20137066.html


■在日朝鮮人がなぜ外国人となったのか■

在日朝鮮人がなぜ日本国籍を一斉に喪失し、外国人となり、いわゆる「在日」となったのか
この点に関しては明確な理由を結論ずけることは非常に難しく複雑な事情があった

1910年の日韓併合以来、「日本国籍」であった在日朝鮮人であり戦後直後も「日本国籍」であった
-------------------------------------------------------------------------------------------
1946年11月5日付GHQ覚書「朝鮮人の地位及び取り扱いに関する総司令部渉外局発表」
「総司令部の引揚計画にもとづいて本国へ帰還することを拒絶するものは、正当に設立された朝鮮政府が、
 彼らに対して朝鮮国民として承認するまで、その日本国籍を保持するものとみなされる」

1949年「在日韓国人の法的地位に関する見解」をマッカーサー元帥宛に通達
-------------------------------------------------------------------------------------------
 「大韓民国人はその所在の如何を問わず連合国民としての待遇を正当に受けるべきであり、
 日本の戦争目的で強制的に渡日させられた同胞たちが誰よりも先に連合国人の待遇を堂々と保有すべきだと見るものである
 在日同胞に対して最初から定住するという自由意志により渡来してきたという見解から
 第一次世界大戦時のドイツの割譲地における国籍選択問題と同一視できると言うが、
 これは大韓民国を故意に謀略する日本人学者の悪毒な詭弁に過ぎない
 絶対に初めから定住意志により渡日してきたのではない。従って国籍選択権云々はやはり絶対に不当な見解であると論断せざるを得ない。
 そして在日大韓国民の中に日本国籍の取得を希望するものが全くないとは言えず、
 万一いたならばそれは単純な“帰化”問題であり、国籍選択権と混同して錯覚してはならない。
 1948年大韓民国政府の樹立と同時に当然の事ながら在日大韓国民は母国の国籍を創設的ではなく、
 宣言的に回復し、国連からの承認も国際公法上確認され、日本国籍は解放と同時に完全に離脱されたのである」としGHQ側は了承した
※しかし、北側の朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)との対立を深め朝鮮半島の主導権をめぐり1950年朝鮮戦争が勃発する

1949年吉田茂氏の見解 マッカーサー元帥宛「在日朝鮮人に対する措置」文書
-------------------------------------------------------------------------------------------
朝鮮人居住者の問題に関しては、早急に解決をはからなければなりません。
彼らは総数100万にちかく、その半数は不法入国であります。
私としては、これらすべての朝鮮人がその母国たる半島に帰還するよう期待するものであります。その理由は次の通りであります。
1.現在および将来の食糧事情からみて、余分な人口の維持は不可能であります。
米国の好意により、日本は大量の食糧を輸入しており、その一部を在日朝鮮人を養うために使用しております。
このような輸入は、将来の世代に負担を課すことになります。
朝鮮人のために負っている対米負債のこの部分を、将来の世代に負わせることは不公平であると思われます。
2.大多数の朝鮮人は、日本経済の復興に全く貢献しておりません。
3.さらに悪いことには、朝鮮人の中で犯罪分子が大きな割合を占めております。
彼らは、日本の経済法令の常習的違反者であります。
彼らの多くは共産主義者ならびにそのシンパで、最も悪辣な政治犯罪を犯す傾向が強く、
 常時7000名以上が獄中にいるという状態であります。
 朝鮮人の本国送還に関する私の見解は次の通りであります。
1.原則として、すべての朝鮮人を日本政府の費用で本国に送還すべきである。
2.日本への残留を希望する朝鮮人は、日本政府の許可を受けなければならない。
許可は日本の経済復興の貢献する能力を有すると思われる朝鮮人に与えられる。

 上述のような見解を、原則的に閣下がご承認くださるならば、
私は、朝鮮人の本国帰還に関する予算並びに他の具体的措置を提出するものであります


1952年日本国主権回復
-------------------------------------------------------------------------------------------
法務府・民事局長通達要旨(1952.4.19民事甲438)
1.朝鮮人および台湾人は、内地に在住している者も含めてすべて日本国籍を喪失する。
2.もと朝鮮人または台湾人であった者でも、条約発効前に身分行為(婚姻、養子、縁組など)により
  内地の戸籍に入った者は、引き続き日本国籍を有する。
3.もと内地人であった者でも、条約発効前の身分行為により、内地戸籍から除かれた者は、日本の戸籍を喪失する。
4.朝鮮人および台湾人が日本の国籍を取得するには、一般の外国人と同様に帰化の手続きによること。
  その場合、朝鮮人および台湾人は、国籍法にいう「日本国民であった者」および「日本の国籍を失った者」には該当しない

<まとめ>
GHQは在日朝鮮人は朝鮮の正式政府が朝鮮国民として承認するまで日本国籍とするとした。
△里茲Δ紡膣斂厩颪樹立されると在日朝鮮人は韓国籍であると主張し大韓民国とGHQ双方の見解が一致したが
朝鮮半島の主導権をめぐり朝鮮戦争が勃発し朝鮮半島の支配構造が大きく崩れてしまった。
そんな最中に日本は主権を回復し、のようにとりあえず在日朝鮮人は日本国籍ではないとした、という状況であると言える
非常に複雑な状況であるし、主権国家として日本が在日朝鮮人をいかに扱うべきであったのか難しい問題ではあるが、
結果的に日本としての選択は在日朝鮮人はとりあえず日本国籍剥奪を選択した。
この決断は当時の冷戦構造により大きく影響を受けた判断ではないかと思われる
この状況で日本国籍をとすれば韓国や北朝鮮の反発を招くことも考えられるし、
韓国籍であると位置づければ北朝鮮が反発する、政府が関与せず国籍選択権を与えても、
不透明な韓国と北朝鮮と日本のどちらを選ぶかで混乱が生じるであろう。
またの吉田氏の意見書からも分かるように時の首相が日本にとって在日朝鮮人は復興の妨げになると考えていたことから、
日本国籍を剥奪し「朝鮮籍」として位置づけるに至ったのではないかと私は考える。
また次で述べる韓国政府の対応も実際には△箸楼磴辰紳弍をとることになる。  

2005年05月11日

特集「在日朝鮮人」戦後編∈瀑朝鮮人団体とイデオロギーの対立

236f1bb4.jpg特集「在日朝鮮人」戦後編∈瀑朝鮮人団体とイデオロギーの対立


戦後直後、日本の朝鮮支配に代わりヤルタ協定によって
朝鮮半島の北緯38度線の北側をソ連が、南側をアメリカが分断して占領することが決定された。
在日朝鮮人の大部分が南朝鮮出身者であったが、帰るべき祖国はアメリカの軍政が敷かれることになる
しかも米国とソ連という全くイデオロギーの違う大国が対立するのは必至な状況であった
この状況は戦後直後の在日朝鮮人たちに数々の抗争を巻き起こすこととなる


1.在日朝鮮人団体の登場−共産主義の復活−

戦前、日本政府に政治犯として捉えられていた共産主義者らが解放され
その影響下の中で「在日本朝鮮人連盟(朝連)」が発足する
敗戦二ヵ月後のことである。
当初は解放直後、各地で朝鮮人団体が結成されたのでこのような諸団体を統一するためを目的としていたが
強制連行された人びとの不払い賃金の取り戻しや、帰国列車を自ら手配したり、自衛団も作った。
さらに、左翼勢力とともにメーデーや食料メーデー、反政府デモに力を合わせ、警察との小競り合いを辞さないだけでなく、
財産税などの納税義務を拒み、連合国民扱いや民族教育などの民族自主権を強く要求した。
当時日本に居留していた在日朝鮮人60万人の内40万人以上がその傘下に所属したほどの巨大組織であった。
だが、そうした志向にGHQは真っ向から反対し、朝連指導部の大部分が共産党員であった為
共産主義勢力として占領軍は存在そのものに警戒をしていた。
敵対する占領軍(GHQ)に加え、その後朝連に対抗してできた「在日朝鮮建国促進青年同盟」や
大韓民国支持派「在日本大韓民国居留民団(民団)」などの民主主義勢力とお互い対決姿勢を強め、
各地で襲撃事件や暴動事件数々を巻き起こしていく。

2.阪神教育事件と朝連の解体―GHQと日本政府への抵抗運動−

解放直後から在日朝鮮人は少ない金を出し合って、
各地に民族学校を設立し、戦前の皇民化教育で否定されてきた祖国の言葉、文化、歴史を熱心に教えた。
日本当局はこの民族教育を容認していたが、地方軍政部は、朝鮮学校の発展を押さえようとし、
1948年3月24日、各朝鮮人学校長及び朝連本部に対して文部省は「朝鮮人学校の取扱いについて」の通達を発し、
これらの学校で日本の教科書を使用し、国語として日本語を教えることなどを定めた学校教育法による手続をとることを命じ、
従わない時は閉鎖を命ずることとした。
これに対し朝連側は、日本政府は六三制の完全実施を怠り日本の生徒でさえ満足な教育を行ってていないうえ、
朝鮮人児童を放置しているとの回答書を発したため
当局はこれらの学校の閉鎖措置をとるとともに全国各地で命令違反容疑で責任者を検挙した。
これより各地の学校閉鎖取消しを要求する闘争が急速に進展し、とくに阪神地区では大衆的抗議運動となり、
大阪180名、神戸943名に及ぶ被検挙者を出すに至った。このため市内が不穏な状態に追込まれ、
4月24日に神戸では同地区憲兵司令部から神戸地区管内に「非常事態宣言」が出され
全警察官は憲兵司令官の指揮下、MPに協力して関係朝鮮人に対する撤底的な逮捕を行った
又、大阪でも3万の朝鮮人大衆が府庁前で1万5千の警察官が対峙し緊張状態が続いた。
この為各所で紛争を生じ朝鮮人1名の死者のほか数人の負傷者を出すという結果になった。
この事件が大きなきっかけとなりGHQの民政局は朝連を解散するよう日本法務府に命じた。
9月、法務府は、4月に制定された団体等規正令を発動し、
占領政策に対する「反抗」「反対」「暴力主義的活動」を理由に朝連を解散させ、朝連幹部を追放し、その資産を没収した。
その結果、大韓民国を支持しGHQから好待遇されていた在日本大韓民国居留民団(民団)が
急速に発展することとなる

3.朝連解体後の勢力−在日朝鮮人連合会(朝鮮総連)設立−

旧朝連のメンバーや日本共産党員組織によって
朝連の後継ぎとなる団体として在日本朝鮮人統一民主戦線(民戦)が設立される
民戦内で当時武装闘争やゲリラ活動を行っていた日本共産党の朝鮮人党員のグループ(民対派)※と
武装路線がエスカレートを危惧し、北朝鮮の指示を仰ごうとするグループ(民族派)との激しい内部抗争が起った。
しかし、この抗争がもとで民戦は解散。
1955年民族派グループが主体となって「在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)」が設立される
革命派からの反対勢力ということもあり日本の革命運動に参与せず、日本の内政問題に関与しないという立場を鮮明にした。

※民対(民族対策部):日本共産党幹部、朴恩哲の指導の下結成された組織、地下ゲリラ組織祖国防衛隊を構える過激組織。
           
<まとめ>
戦後、それはまさに
民主主義と共産主義の2つの大きなイデオロギーの大闘争の始まりであった
日本国内でも戦前抑圧されていた共産主義が一気に復興し
労働組合運動と密着に関わり、占領軍や日本政府と激しく対立した
日米安保闘争では全日本学生自治会総連合(全学連)など武装闘争をし大暴動を巻き起こしている
国家を共産主義・民主主義の2つのイデオロギーに分断されてしまった在日朝鮮人にとっても同じであった
戦後直後の巨大在日朝鮮人団体「朝連」も共産主義というイデオロギーを主張し「民団」や占領軍と対峙した
前回で朝鮮人の暴走を記述したが「朝連」の組織的襲撃事件は当時かなり頻発していた
そしてその後の過激な共産主義路線はメーデー事件、吹田・枚方事件・大須事件など様々を引きこした
評論家大宅壮一氏は当時の在日朝鮮人の日本人のイメージをこのように述べている

この時代の日本人には、
「朝鮮人と共産主義、朝鮮人と火炎瓶、朝鮮人とやみ、朝鮮人と犯罪」を結びつけて考える心の習慣が出来上がっていて、
それを解放すには容易な事のように思えなかった。

まさに朝鮮人=「悪者」「無法者」のイメージが出来上がってしまったのである。

前回でも「朝鮮人に対する憎悪感を植えつける要因」となったは
朝鮮人の「長い間抑圧されてきた者の自然発生的な反発感」であると述べたが、
共産主義や民主主義のイデオロギーを背負い凶暴化した在日朝鮮人団体の行動も、
この「憎悪感」を助長するものであったと考える。

次回はこの問題の核心とも言える「在日朝鮮人の国籍」に関して述べて行きたいと思っています。
もちろんそこでも在日朝鮮人団体が大きく関係してきますので
詳しく述べていきたいと思って居ます。

  

2005年05月05日

特集「在日朝鮮人」 戦後の在日 \鏝綺乱期

戦後の在日 \鏝綺乱期

戦後の混乱期の暴走

戦後直後の日本はまさに大混乱状態にあった
すでに日本本土は焦土と化しており、工場や輸送機関は破壊され
肥料や農具が不足から米の生産は減少し、台湾や朝鮮からの輸入も途絶えていた。
そんな中、復員兵や満州移民達が数百万人と帰国してきたのである。
そのため配給に頼れば餓死してしまうほど深刻な食糧難になっていた
勝てると信じて命を懸けて戦い傷ついた日本国民は意気消沈していたが、
明日生きるための食料を確保することが先決だった。
そんな日本人全体が沈んだ気持ちであった中、
対照的だったのが、戦前同じ日本人として扱われながらも虐げられ
惨めな生活を余儀なくされていた在日朝鮮人達である。
日本が敗戦に追い込まれ、日本支配から解放された瞬間、
彼らは今までの鬱憤を爆発させるがごとく攻勢に出た。
以下は当時の朝鮮人の様子を証言した資料である
特にエドワード・ワグナー氏は第三者的な立場から冷静に分析している

もう日本人じゃない
マッカーサー元帥が厚木に乗り込んでくると真っ先にこう叫びだしたのは在日60万の朝鮮人たちだった。
彼らの多くが戦前の出稼ぎのために日本に渡ってきたか、あるいは戦時中軍分の徴用で連れてこられたもので、
内地における生活が惨めだったけでにこの強気が一気に爆発した。
彼らは敗戦国に乗り込んできた戦勝国の異国人と同じように、、混乱に付け込んで我が物顔に振る舞い始めた。
米でも衣料でも砂糖でも「モノ」が不足していた時代に彼らは経済統制など素知らぬ顔でフルに「モノ」を動かした。
当時絶対手に入らなかった純綿の肌着や雑貨、菓子類、ウィスキー、外国の医療品など彼らのヤミ市で簡単に買うことができた。
ヒロポンや密造酒が収集されたのも主としてそこだった。ゴミゴミしたマーケットから続々と金持ちが生まれていった。
完全な無警察状態……。そのいい例が昭和二十四年春、東京深川でおこった枝川町事件である。
朝鮮人四人組が月島の織物問屋から純綿八十二反を盗み出して巨利をせしめた。犯人の身もとがわかり、
深川署の刑事ふたりが逮捕状をもって(略)出かけたところ、逆に”不審尋問”され、袋だたきの目にあった。
当時の朝鮮人の鼻息がどんなにすさまじかったか、容易に想像できる。
”見まい、聞くまい、振りむくまい”深川署の刑事たちはそんな言葉で自分たちの無力を嘆じあったという。
「白い手黄色い手」 1956年 毎日新聞社より

戦後、韓国と日本で占領軍に勤務し、在韓日本人の引揚げとともに在日朝鮮人に引揚げ業務に従事し
ハーバード大学でコリア学を講じたエドワード・ワグナーは、
若き日のモノグラムで次のように記している
戦後の日本においては、朝鮮人少数民族は、いつも刺戟的な勢力であった。
数においては大いに減ったものの、朝鮮人は、依然として実に口喧しい、感情的・徒党的集団である。
かれらは絶対に敗戦者の日本人には加担しようとせず、かえって戦勝国民の仲間入りをしようとした。
朝鮮人は、一般に、日本の法律はかれらに適用され得ないものとし、
アメリカ占領軍の指令も同じようにほとんど意に介しなかった。そのため、国内に非常な混乱をおこした。
占領当初の数ヶ月。在日朝鮮人炭鉱労働者の強固な反抗のために、日本の重要産業たる石炭産業の再建は障害をこうむった。
経済的領域における朝鮮人のいろいろな活動は、日本経済再興への努力をたびたび阻害した。
1948年の神戸における非常事態宣言は、日本の教育制度改革を妨害した結果行われたものである。
引揚げについては、占領当局が決定した政策を日本の政府の手で実施しようとするのを妨害した。
「The Korean Minority in Japan 1904-1950 University of British Colimbia 1951」より

敗戦直後の在日朝鮮人は、敗戦国の無力な警察を嘲笑しつつ、暴力と脱法行為で虚脱状態の日本社会を我が物顔に横行した。
超満員の列車から日本人を引き摺り下ろして、自分たちが占領するといった光景は、決して珍しいものではなかった。
くどくいうのは控えたいが、その有様は、かって居留民団の団長をし、本国の国会議員にもなった権逸氏が、著書『回顧録』のなかで、
今もその時のことを思い出すと、全身から冷や汗が流れる思いがする」と書いている
日本人の見た戦後日韓関係」『現代コリア』1992年12月号より



<まとめ>

今回は戦後直後の在日朝鮮人の行動を資料で取り上げてみた

この在日朝鮮人の行動がいったい何をもたらしたのか
以下の権逸氏『回顧録』でのコメントが核心をついていると考える

当時のこのような行動は、長い間抑圧されてきた者の自然発生的な反発感からでたものであり、
敗戦で萎縮した日本人の胸に、
朝鮮人に対する憎悪感を植えつける要因になったのではないだろうか


まさに同氏が指摘しているように「憎悪の応酬」なのである
この「応酬」はこれを皮切りに激しさを増していく

次回は「朝鮮総連」や「応酬」などを採り上げながら、戦後の在日朝鮮人を深く掘り下げていきたい
  

2005年05月03日

特集「在日朝鮮人」 「強制連行」をどう捉えるか

「強制連行」をどう捉えるか


在日朝鮮人を語る上で「強制連行」の議論は避けてと通れない
在日朝鮮人から反射的にイメージされる「強制連行」であるが
一口に「強制連行」といっても研究者によって
範囲が異なり意見が割れているし言葉自体が政治的造語であるとする意見もある
前回は極度の貧困により自由募集・官斡旋時期に自らの意思で渡日したものがいると述べたが
今回は異なる反例を述べていき、「強制連行」をどう捉えるべきかを述べていきたい


■「自由募集」「官斡旋」時期のずなさんな実態 

<自由募集>
朝鮮人労働者を雇用しようとする事業主が募集の申請を行い、
朝鮮総督府による労働者の募集地域とその人員を決定、認可を受けて、労働者を集める。

<官斡旋>
朝鮮総督府の作成決定した「朝鮮人内地移入斡旋要綱」に基づいて実施された。
労働者を雇用しようとする事業主ないしその代行を行う関係団体が申請を行い、
朝鮮総督府が募集地域人員を認可決定する。
朝鮮総督府およびその地方行政機関と警察官憲、朝鮮労務協会などが協力して労働者を選定し送出を行う。

<徴用>
国民徴用令適用により
日本政府が国民職業能力申告令にもとづき登録を行った者のなかから選んだ者に対して
徴用令書を発令交付して行った。
これを拒否した場合は罰則が下された。

「自由募集」「官斡旋」の動員にはずさんな実態があった

三菱鉱業直島精錬所労務係石堂忠右衛門氏の
「第一次朝鮮人労務者募集誌」に当時の実態詳細に記されている
自由募集時には朝鮮総督府による割り当て人数に満たないことを理由に
警察が圧力をかけて渡日を強要したり、
官斡旋時にも警察部長を訪問し協力を要請し、
非協力的であればそこの責任者を糾弾したり、
「高等係」を各面に派遣して供出を督励するなどし、
駐在所の署長と面長が対象者の家を直々に訪問したり、
または警官の命令書を対象者に送付するしたりしている。
自由募集では総督府の許可を得た業者が人員募集をするのであって、
形式上警察や行政機関が介入することはなかったとされているが、
この資料は自由募集の段階から警官や行政機関の職員が直接的に関与していたことを示す資料でもある。

また住友歌志内炭鉱「半島鉱員募集関係書類」では
(朝鮮に出張した労働者募集担当の住友社員が歌志内に残る労務課長宛に提出した現地報告書)
自由募集時期の企業と役所の癒着ぶりを知ることができ、
期日内に目標人数を集める約束するかわり報酬を要求した実態などが証言されている。

内務省嘱託小暮泰用から内務省管理局長竹内徳治に提出された「復命書」でも、
朝鮮人への暴行や家宅捜査など無理やり内地へ送出された朝鮮人労務者の実態を証言しており、
動員の行き詰まりから一層「徴用」したほうがましでは無いかという意見すら出ていることも記載されている。

他にも様々な資料があるが上記はいずれも日本側が作成したとされる資料である。
募集人数の数値目標を達成する見返りとしての報酬金や出世のために
一部「強制的」「暴力的」な募集がなされていたことが原文に詳細に記してある。


国民徴用令が朝鮮人に適用されたのは1944年9月からとされ、
1945年3月に釜山−下関間の連絡船の運航は止まったとされるので、
約7ヶ月間が徴用期間と考えられる
また1944年8月以降には女子勤労挺身令を適用して朝鮮人女性を日本の工場で就労させた。
法的に罰則が科せられたため「徴用」=「強制」と考えるのが一般的である。

「わずか7ヶ月の期間しか徴用は行われておらず、徴用は少人数であり大部分は募集や官斡旋だ」

という意見があるが、
国民徴用令で連れてこられた朝鮮人が少人数だから問題なかったかといえば必ずしもそうではない。
国民徴用令の規定では適用を受けた労働者は職場で病気をしたり怪我をしたり死亡した場合には、
家族や遺族の生活が困難にならないよう保護せよとされている。
逆に言えば国民徴用令以外の労働者は国家によって保護や救援しないということであり、
一般労働者は完全に区別されていた、
国民徴用令は日本はいち早く適用されていたが台湾や朝鮮は後年である。
しかし、朝鮮適用以前に自由募集や官斡旋により国内労度不足の解消政策から、
実質的動員がなされているにもかかわらずその者達の多くが国家補償の対象外であったことは、
しばしば現在でも訴訟問題を引き起こしている要因となっている。

また
「当時朝鮮は日本なのだから当然。日本人も強制的に労働を強いられていた」

という意見があるが、
まさに宗主国的な立場から物言いであって、
両国が平等であって始めて「当然」といえるのではないか。
日本人にとって祖国は日本であり祖国に忠義を尽くすのは当時の当然の心理かもしれないが、
朝鮮人にとって祖国は朝鮮であり日本ではないのである。
にもかかわらず、時として忠義が強要されることがあっても応じてきたわけであり、
自ら志願し奉公を志した者もいるわけである。
全てにおいて日本人と平等な処遇を受られなかったにもかかわらずである。
それを朝鮮=日本ゆえに「当然」と簡単に結論づけることはあまりに短絡的である。


■現在の在日朝鮮人は「強制連行」被害者か

「歴史編」で140万人が帰還したと述べたように、
諸説あるが大部分が本国に帰還したと考えるのは一般的である。
また「強制連行」という解釈によって全く異なる。
「徴用」のみを「強制連行」と解釈すれば大部分は帰還したと見るのが妥当であるが、
併合以来の支配下におけるすべての渡日が「強制連行」とするならば、
現在の在日50万人の子孫を含め数多く存在するであろう。
従って現在における在日朝鮮人が、
「強制連行」被害者で有るとか無いとか決め付けることはここではできないし、
むしろ、戦後の在日朝鮮人と日本人が「強制連行」をどのように扱ってきたのかが重要であって、
その際にまたこの問題を述べていきたいと思う。

■まとめ 「強制連行」極論の誤り

前回・今回の資料を提示したように、

貧困から抜け出すために自らの意思で日本へ来た者もいれば、
警察や役所に誘導されたり暴力的に無理やり来た者もいる。ということなのである。

「強制連行」を巡って上記二種に対する証言や資料が多数が存在するということが事実なのであり、
「強制連行」など全くないとする意見や、
全てが「強制連行」だとする意見はあまりに一方的すぎると私は考える
当時の時代背景を考えてほしい、現在のように国際法上も人権が保障されていない、しかも戦時国家において、利益をめぐって加害・被害は十分起こりうるわけであり、実際に証拠となりうる事例もある。に
もかかわらず、事実を証明するという方向性から軌道がずれ、極端な思想性による「有った論」「無かった論」が、被害者意識むやみに煽ったり人権侵害のカムフラージュに使用されることこそ、この問題を履き違えている証拠なのである。
「強制連行」問題はこのような極論によって片付けることはできない問題なのである。


次回は「戦後の在日」に関して述べます
「強制連行」に関してはその後再度触れていきたいとおもいます  

2005年04月28日

特集「在日朝鮮人」なぜ日本へ来たのか・日本で待ち受けていたものとは

特集「在日朝鮮人」なぜ日本へ来たのか・日本で待ち受けていたものとは

「興味深い」資料

在日朝鮮人というと「強制連行」という言葉が
パッと思い浮かぶ人もいるのではないかと思うほと
多くの歴史教科書にも記述され平和授業等でかならず取り上げられる問題である
前回の歴史編で述べたように「募集」「官斡旋」「国民徴用令」の
3つの時期に来日したとされているが(戦前を除く)
日本統治下すべての来日が「強制連行」によるもであるとする意見や
「国民徴用令」以降が「強制連行」であるとする意見
そもそも「強制連行」など無いとする意見
様々に分類され混乱しているのが現状である
学説は様々であるが、ここで興味深い資料がある
それは在日本大韓民青年会(民団系の青年会)が刊行した資料
「アボジ聞かせてあの日のことを-我々の歴史を取り戻す運動報告書-」である
在日朝鮮人一世1600人を対象に聞き取り調査を実施しまとめ上げた資料である
冒頭の書き出しは「国民徴用令によりトラックに無理やり乗せられ
銃剣を突きつけられ日帝の政策で無理やり連れてこられた、まさに日帝は収奪と暴力の歴史であった」
と編集者の訴えから始まるこの資料は
一方でこの資料の中心となる在日朝鮮人一世達の証言が非常に興味深いものとなっている
証言は問答形式となっており全部で5項目の質問がされている
この質問内容はこれから述べていくが、「日帝にどのようなひどいことをされましたか」等の
ある種思想の偏った、誘導的な質問ではなく、非常に客観的立場からの質問となっている点からも
素直な解答が多く見られる

■質問 屬△覆燭渡日された当時、本国内(朝鮮)においての出来事の中で特に記憶されていることをお話しください」

・16歳の時に日本にやってきた。弟が汽車に乗るときに見送りにきたことが記憶に残っている
 本国の生活は苦しく、日本でお金を儲けるつもりできた(忠南/42)
・生活が苦しく百姓も自由にできなかった。その中でも日本人の生活はうらやましく思った
 それで日本に行こうと思い、学校の校長先生に証明してもらい、留学という名目で日本に来た。
 私の村でも生活苦の為、日本に行きたがったがっていた人は何人かいたが、手続きができず、日本にこれなかった(慶北/33)
・大阪に兄が居たので頼ってきた。駐在所に渡航許可書をもらう為に、タバコのような今でいう賄賂まであげて出してもらった(慶南/33)
・田舎から汽車で釜山まで出てきて、一人で日本に渡ってきた。釜山の町はほとんどが日本人であった
 市場ではどこでも日本人が居た。大きい家はほとんど日本人であった。夫だけ先に日本に来て、妻は日本の警察から許可書を持って

上記からも分かるように
「当時の日本人に憧れた」「家庭が貧しすぎた」「日本でお金儲けがしたかった」等が質問,硫鯏のほとんどを占め
彼らの多くが、なんとか惨めな貧困生活から抜け出したいと夢と希望を持ち自らの足で来た者であったようである

ところがその夢と希望を持って日本へ来た彼らであったが
厳しい現実が待っていたようである

■質問◆崢用された方であなたの体験された出来事及びその時の状況をお話しください」
・炭鉱に来ても自由もなく非常に危険なところで仕事をし、嫌だといっても強制的に働かされ
 その中で多くの人たちが死んでしまった(全南/40)
・一生懸命働いているのに、食べ物もひどく、休みも月に2回で自分は子供で働く量が少ないと
 よく暴力を振るわれた。鈍器のような物で殴られ血だらけになり、今だにその傷が残っている
・日本の警察の証明で渡日した。一日35銭で働き、下宿代を一ヶ月7円払っていて風呂にもいけなかった

■質問「徴兵徴用で以外の理由で渡日された方、あなたが日本で仕事につかれるにあたって
    体験された状況、出来事をお話しください」
・日本語をうまく話せないし、これといった職も持てなかった。それより何でもいいから仕事がしたかった。
 同胞の人に紹介してもらって土方をした。何度も何度も仕事を変わったが
 とにかく仕事といったら重労働で、しかも給料が安かった(慶北/33)
・日本政府の募集で飯塚(炭鉱地)に2年契約できた。一年位で村の人間がボタが落ちて死んだ。
 それを見て怖くなって逃げ出し20人位で空いた炭鉱に移り、芦屋の飛行場整備に行った
 終戦までいろんな仕事をした。賃金はもらったが食べるのに精一杯だった(慶南/42)

■差別的な扱いを受けたものも居た
・給料はまあまあだったが、日本人に朝鮮人は豚だといわれた。
 最初は土方をした。言葉が分からなかったので、その時何を言われているのかわからなかった(慶北/40)
・日本人との区別は当たり前であった。賃金の格差はあった日本人に対して三分の二か二分の一であった(慶南/37)
・食べるのものが少なかった。町では朝鮮人と言われた。山の中では危ない仕事を朝鮮人に多くさせていた
 たくさんの人が、事故やまたは人為的に殺されていた(慶南/37)

■日本人から親切にされたものも居た
・言葉も分からなく、周りを見ても日本人ばかり、そしていつも一人ぼっち
 軍の飛行機製造工場で毎日毎日同じことの繰り返し、決して生やさしいものではありませんでした
 でもひとつ言えることは私に対して日本人がすごく親切だったということです
・日本の方が食べ物はあった。でも一ヶ月働いて、5円ももらえない。オーバーが一着8円もした。
 お金はなかった。始めはなかなかなれないので仕事ができなかった。日本人は親切にしてくれた
・勉強するつもりで日本に来たが、金がないので出来なかった。ただ日本に来る前に学校で習っていたので
 日本語が話せた。おなかがすいて、うどん屋の前に立っていたら、そこの主人がうどんをご馳走してくれた。
 その主人がくだもの屋を紹介してくれて、兄と一緒に12年働いた。


<今回のまとめ>
他の2問の質問の解答を含め他にも数多くの証言があるが
なぜ日本へいたのか?と言えば「貧困からの脱出のため」であり
希望とは裏腹に日本へ来ても苦しい重労働の割りには給料が安く、貧困からは抜け出せなかったものが大半のようである
しかも彼らの多くが地方出身者で日本についてからも戸惑うことばかりで
なかなか馴染めないことが多かったようである

それからなぜ彼らの多くが貧困であったのか
彼らの多くは都会から来たものは少なく、先ほど述べたように多くが地方出身者であった
特に南朝鮮地方の出身者が多く
貧困であった理由は諸説がある

1.日本人農業移民の入植及び軍事施設建設等の領地没収したこと
2.朝鮮人人口が爆発的に増加したため農民の暮らしを圧迫したこと
3.封建的な農業制度で高率の小作料を強いられていたこと などである


次回は今回の続きで「強制連行」という点をもう少し掘り下げていきたいと思っています
  

2005年04月26日

特集「在日朝鮮人」 歴史編

特集「在日朝鮮人」 歴史編
コリアタウン
2ちゃんねるなど掲示板等の書き込みを見ていると
在日朝鮮人に対する偏見や差別発言は顕著に見られる
ネット上では「在日朝鮮人」に対する風当たりは厳しい
そして、北朝鮮問題や外国人参政権の問題等に
「強制連行」「従軍慰安婦」といった歴史問題や
南北朝鮮と日本の対立要因に深く関わっている民族集団であり
東アジア情勢を語る上で言及を避けられない大きなテーマである
今回は特集と題し「在日朝鮮人」を長期に渡り検証していきたい

1.在日朝鮮人の歴史と定義
<戦前>
1910年の日韓併合後、朝鮮半島から日本への渡航の自由、朝鮮人の日本居住が許可される
三.一運動(朝鮮独立闘争)後旅行証明制度が制定(朝鮮人が渡航する場合証明を必要する制度)
後に総督府により廃止・復活を繰り返しつつも関東大震災復興事業などにより年々渡航者は増加
1928年時点で28万人を超えた
1932年桜田門外において韓人愛国団により昭和天皇に手榴弾を投げつける事件(桜田門事件)
上海の天長節祝賀行事にも同様の事件が起こるなどした為
内地朝鮮人は警戒対象となり内地に渡航する朝鮮人全員身分証明書を朝鮮内所轄警察署
もしくは駐在所で交付を所持させる制度が実施される(朝鮮人内地渡航制限)
一定の制限が有りつつも年々増加の一途をたどる
1939年朝鮮民事令が改正され朝鮮人の創氏改名が始まる
同年「朝鮮人内地移送計画」開始、当初移送は自由募集により行われ
厚生省と朝鮮総督府の許可を受けた事業主が指定された地域で募集され
日本国内に在住していた朝鮮人は約100万人越える
その後日本は対米参戦し労働者不足が懸念された為、官斡旋による募集が始まる
これは朝鮮総督府が自ら朝鮮人労働者を集め就職先を斡旋する方法で行われた
その後これまで国内では施行されていた国家総動員法に基づく国内徴用令が
1944年9月より朝鮮にも適用され翌年の3月の下関-釜山の運行停止までの7ヶ月間に渡り徴用され
終戦までに約200万人※1に大増加した

<戦後>
1945年8月から翌年の3月まで、占領軍の命令により持ち帰り荷物制限230キロまで
財産持ち帰り制限一人当たり1000円、運賃無料という条件で
日本内地で暮らしていた140万人が帰還した。
残り50万人以上の朝鮮人は様々な理由により留まる(在日1世誕生)
朝鮮人帰国さなか1945年「在日本朝鮮人連盟(朝連)」
「在日本朝鮮人居留民団(民団)」が設立されるが
1949年9月GHQ の指令のもとに日本政府は団体等規正令を朝連に適用
反民主主義的暴力団体として解散させた。
1947年外国人登録令(ポツダム勅令第207号)が公布され
在日朝鮮人を外国人とみなし管理対象とした一方で民族学校の否定や課税
食糧配給など日本人として扱われるなど曖昧な対象とされた。
1952年サンフランシスコ講和条約締結、
朝鮮人及び台湾人は日本国籍を正式に喪失した。
そして外国人登録令に代わり同年外国人登録法が施行され、
「ポツダム宣言の受諾に伴い発する命令に関する件に
基づく外務省関係諸命令の措置に関する法律」(法律126号)により、
戦前からの居住者と1952年4月28日までに生まれたその子供には
別の法律ができるまで引き続き在留資格なしで在留できるとし、
1952年4月29日以降に生まれた者は特定在留者とされ、
法務大臣によって3年以内の指定期間しか在留できないとされた。
1950年朝鮮戦争が勃発し1953年一時休戦となり、
様々な在日内部抗争を経て1955年「在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)」設立された。
朝鮮総連は1956年に日本政府に在日朝鮮人の帰国を要請し、
1959年北朝鮮帰還協定調印がされ帰国事業の開始され約9万人が北朝鮮へと渡った。
1965年日韓条約締結さ在日韓国人の法的地位協によって韓国籍をもつものには協定永住権※2が与えられる。
在日三世以降は法的処遇を決めず協定発行後25年に要請があれば両国間で協議するとされた。
1970年国籍条項による行政差別の撤廃を掲げ行政差別撤廃闘争が日本各地で繰り広げられ
1980年外国人登録法指紋押捺義務に反対運動が勃発する
1982年難民条約の批准により法律126号該当者の子として、
申請期間外に日本で生れた者も国籍に関係な特例永住権を認めた。
82年1月からは韓国籍,朝鮮籍をとわず、戦前からの居住者に限り特例永住権が認められたが、
その子孫に対する永住権の規定はまだ不確定であった。
1991年「日本国との平和条約に基づき日本の国籍を離脱した者等の出入国管理に関する特例法(入管特例法)※3」制定
1945年9月2日以前から引き続き日本に在留する者およびその子孫の在留資格を「特別永住者※4」とした。
これにより長年に渡る法改正を経て在日の在留資格が一本化された。

<今日>
今日の在日朝鮮人の数は約50万人以上とされる
90年代以降も在日朝鮮人と日本人の関係の溝から事件もおきているが
2000年代には日韓ワールドカップや韓流ブームなど友好的な動きがあり差別意識は一般的には薄れた
しかしながら北朝鮮の拉致問題やそれに絡んだ朝鮮総連への反発や自由主義史観の影響などにより
インターネット上の一部では根強い反感がもたれている

※1-100万人の増加区分−
・自らの意思で職を求めてきた個別渡航者とその間出生した者-約70万人
・鉱工業・土木事業の応募に応じて渡航した者(官斡旋募集)
 国民徴用令による徴用労務者合わせて-約30万人

※2-協定永住の条件-
1.1945年8月15日以前から引き続き日本に居住していた者
2.その直系卑属であって1945年8月16日から1971年1月17日までに生まれ、引き続き日本に居住している者
3.上記に当てはまるもので永住を許可された者の子どもとして1971年1月16日以後に生れた者

※3-日本国との平和条約に基づき日本の国籍を離脱した者等の出入国管理に関する特例法-
http://www.houko.com/00/01/H03/071.HTM 参照

※4-特別永住権と普通の永住権と違い-
・特別永住権所持者の子供は無条件で特別永住権を与えられる
・政府機関などにより、永住権を剥奪できない
・実質的に日本政府の保護下にある
・日本への帰化が簡単
-----------------------------------------------------------
※上記に示している数値に関しては
 様々な説があり具体的値は控えさせて頂いた
 他の歴史記述に関しては
 史学研究上定説とされる事項を客観的に述べたつもりであり
 何ら一方の思想性に基づかない事を付け加えたい

次回予告
特集「在日朝鮮人」なぜ日本にきたのか編 
を予定します(変更する場合もあります)
  

2005年04月24日

国会議員靖国神社集団参拝の疑問

4b1f1b4b.jpg国会議員靖国神社集団参拝の疑問

超党派でつくる「みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会」は
22日、春季例大祭に合わせ、都内の靖国神社を参拝した。自民党から綿貫民輔前衆院議長、古賀誠元幹事長ら78人と、
民主党から原口一博衆院議員ら2人の計80人
(ほかに代理88人)が参加した。
閣僚本人はいなかったが、西川公也内閣府副大臣、
今津寛防衛副長官と、政務官2人が参拝した。
また、これとは別に麻生太郎総務相が参拝した。

1.なぜこの時期なのか?

度重なる歴史認識や教科書問題等による反日デモで
戦後最悪とまで言われている両国関係を修復すべきと
小泉首相は日中首脳会談を見据えての
アジア・アフリカ会議に参加していた。
これ以上の緊張関係を続けていては何らメリットにならないことは
両国首脳も一致していることであり
首脳会談への成果が注目されていた
首相は会議の冒頭で「植民地支配と侵略によって、多くの国々に多大の損害と苦痛を与えた」「痛切なる反省と心からのおわびの気持ち」という村山談話をそのまま引用し
平和国家として過去の侵略を謝罪しお詫びの気持ちを述べ
アジア諸国の譲歩を促した
ところがそんな折、収まりかけていた火種にまさに
油を注ぐ行為を行ったのが
「みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会」である

2.なぜ集団参拝?

ここで靖国問題等に全く関心がない方でも素朴に疑問を覚えるのが
「みんなで」という考え方である
なぜ「みんなで」参拝しなければならないのか?
この国会議員達が靖国参拝する時、理由として述べるのが
「公私は関係ない」「御霊を参拝するのは自然な姿だ」
「粛々と毎年の行事として参拝しているだけだ」
副会長の藤井孝男元運輸相の言葉をそのまま引用すれば
「靖国神社参拝を政治的に結びつけること自体が
友好関係をわい曲化している」である
しかし、はっきり言って単なる政治的パフォーマンス
であることは否めない
それはマスコミの取材体制をみれば一目瞭然である
「みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会」の
集団参拝時のニュース映像を見た方がいらっしゃるだろうか?
まず鳥居口から本堂にいたるまで数十台のカメラが構え
3分程度の映像にかなりの数のスイッチング数の中継
ここまでの取材体制を整えるには取材人員の調整もあって
あらかじめ準備されていなければなされない技
であることは明白である
おそらく政治家の秘書官もしくは広報担当があらかじめ
マスコミ側に通知していることは間違いない
そのこと自体とってみても明らかに
政治的パフォーマンスであるにもかかわらず
「靖国神社参拝を政治的に結びつけることがわい曲だ」
などとなぜ言い切れるのか
その発言の根拠を藤井氏に問うてみたいものである
私はすべての状況で靖国神社に参拝をするなとは言わない
本人が真に平和を望み過去の大戦で散っていった
英霊たちに祈りを捧げたいなら
いつでも公務の後や休日に参拝したらいい
いくらでも参拝できるはずだ。夜でも朝でも暇なときに
何度でも可能だ
わざわざマスコミを呼ぶ理由もわからないし
たとえ呼んでなくてもなぜ国内外にアピールする
参拝の方式をこの時期にとるのか
全く理解できない

再三言うが「何で今なのか」
「なんで集団なのか」全く真意も分からない
国民によって選ばれた国会議員がそれについて全く説明しない
硬直した頭脳を持つ議員の言うことは決まって
「御霊を参拝するのは自然な姿だ」である
国内外からいくら批判を浴びようと
靖国神社の参拝賛否に対して議論すらしない
首相や閣僚も派閥に遠慮して何ら意見も述べない
政治家の判断にまかせる一辺倒である
そして早速中国や韓国側から非難され
外交戦略上の口実を与えかねない情況すら作っている
そして藤井氏はこう述べている
「中韓など近隣諸国の皆さんにご理解いただけないの
は非常に残念だ」と
もし、彼らが靖国神社に参拝する経緯や
戦犯合祀のわだかまりを払拭するための
外交的努力を力の限り精一杯続け
それでも中韓に理解されなかった結果、
その発言をしたのなら理解したいが
果たしてそうだろうか?全くその経緯すら国民に見えてこない
あまりにも頑なに靖国に固執する政治家を
冷めた目でみている国民は
少なくないのではないだろうか  
Posted by toyosisou at 23:14Comments(4)TrackBack(1)靖国神社参拝問題

2005年04月21日

靖国神社参拝の問題点

靖国神社参拝の問題点

1.靖国神社の歴史上の問題点
靖国は国のために命を落とした者を祀る神社か?

靖国神社は「東京招魂社」(1869年明治天皇の勅命で創建)が起源である
設立の目的は戊辰戦争での戦没者・幕末の護国殉難者
つまりは明治維新時の「官軍」の戦没者を祀るためであった
分かりやすく言えば「天皇の為に命を捧げた者」を祀る神社である
そのため国のためとして戦っても、
天皇に敵対した西郷隆盛(西南の役)や官軍と戦った幕府軍は祀られていない
富国強兵政策の一環から1879年に靖国神社と名称を変更し
(神官はじめ従事者はすべて国家公務員)
対外戦争などで国のために亡くなった戦没者を、護国の英霊として合祀開始
一般の神社は内務省の管轄であるのに対して、同省と陸海軍省の3省が管轄
後に陸海軍の軍部のみが管轄し運営実権は陸軍省が行った
精神面では、天皇のために忠死すると神になり、
現人神である天皇の礼拝という栄誉を受けるとされ
天皇崇拝と軍国主義の普及
に徹底に大きな役割をはたした軍部直轄の宗教施設であった
もちろん遺族にとっては「靖国の神」、誇りとする遺族が多かった
死んで靖国神社に祭られることを最高の美徳と教えられていたからである
246万6000名が祀られ満州事変から、
日中戦争、太平洋戦争における戦死者が大部分をしめる
しかし、空襲や戦闘によって犠牲になった
一般市民やシベリヤ抑留された日本人は祀られていない

2.近隣アジア諸国の反発
1でも述べたように靖国神社の歴史上の点から考えれば
かつては軍国主義の象徴であり天皇崇拝を目的とされた
陸海軍部直轄の宗教団体であることは明白だ
しかし、どのような過去であれ神社として戦没者を奉納する行為は
信教の自由の原則からしても認められるべき問題である、
ただし個人の崇拝において(政教分離)
戦後靖国神社への参拝に関しては賛否あったが
A級戦犯合祀が発覚するまで、
特に海外においてそこまで激しい非難を浴びることはなかった
問題はやはりA級戦犯が合祀されかつての軍国主義の象徴であった神社を
政権を担当している首相や閣僚が参拝していることが一番問題のようである
小泉首相に限定すれば中国・韓国はもちろんのこと
東南アジアを含む海外の新聞各紙も参拝の政治的背景に疑問を抱き
政治的利益で参拝したことや
小泉首相が参拝を平和の為とする述べたことは奇弁だと解釈している

3.数十年に渡る国内外の反発・靖国に固執するな

政教分離に関して詳しく述べていないが
現在も裁判で争われ結論が出ない問題である
その問題以上に中国・韓国などのアジア諸国の反発はすさまじく
歴代の総理が参拝するたびに大きな論争を巻き起こしているし
私個人的に毎度の論争を心苦しくおもっている
今日の日本がこのように素晴らしい発展をとげたのも
過去の戦没者達の尊い犠牲のもとに成り立っていることは
私を含め多くの国民が思っていることではないか
だったらかつては軍国思想の象徴であった靖国に参拝して
余計な反発を招いたり、外交戦略の格好の材料にされたり
国益を損ないかねない参拝など一体何の意味があるのだろうか
「不戦の誓いを述べるため」と小泉首相は言う
近隣諸国の反感を買い内外で激しく反発される参拝が
何故不戦を誓いになりえるだろうか。むしろ争いの元ではないか
戦没者に参るなというのではない
どのような国でも過去の戦没者に
政府が哀悼の意を示すことは当たり前の行為である
それを否定しているのではない
A級戦犯合祀・軍国主義の象徴として祀られてきた靖国に
固執することが間違いだと内外は問うているのである
過去の英霊は当時当然の義務であり当たり前であった
靖国が教えた天皇崇拝の宗教観の下に命を散らしたわけで
それは時代であるし当時の政府の政策であるし現在においては否定しない
問題は当時の宗教観を堅持することではなく
国として参拝を政策とするならば
無宗教で開放された慰霊施設を作り
英霊達に哀悼を捧げるべきではないだろうか
この提案はかねてより案として提出されてきた
しかし、靖国に対する固定観念がそれを排除している
もう一度言う。私は過去の英霊を非難するつもりはない
むしろ感謝している
このような高度成長を遂げたのも
過去の先人達の血によるものだと認識している
私はそれと靖国は別問題だといいたいのだ
日本は戦争に負け間違った古い概念は捨ててきたからこそ
これまでうまくいってきたではないか
そのことをもう一度再確認すべきではないか  
Posted by toyosisou at 23:36Comments(4)TrackBack(1)靖国神社参拝問題

2005年04月17日

「A級戦犯合祀問題」−極東軍事裁判からの考察−

前回では極東軍事裁判の形式を述べたが
前回でも指摘したように「極東軍事裁判の評価」に関しては結論が出ておらず
裁判の是非を巡って激しい現在も激しい議論が交わされている
A級戦犯合祀問題を極東軍事裁判から考察するにあたり
この裁判の評価に関して否定派の意見を提示すると共に
私の意見を述べたいと思う

<極東軍事裁判否定派・戦犯無罪派の意見>

1.-裁判の構図-
 裁判は戦勝国が敗戦国を裁く構図であり公平性に欠けるとする意見

2.-事後法不適用原則・刑罰不遡及に反す-
「平和に対する罪」「人道に対する罪」は事後法であるとする意見

3.-パール判事の意見-
 国際法の観点から裁判手法の不当性を主張し
 日本国及び被告人を全員を無罪と判決した判事の意見

上記のように簡単に裁判否定派・戦犯無罪派の意見をまとめた
それでは各項目を詳細を検証し私の意見を述べていきたい

<各項目の私の見解>

1.-裁判の構図−
3.-パール判事の意見-

 裁判が戦勝国(連合国)が敗戦国(枢軸国)を裁く裁判であったことは
 間違いない事実であり、戦勝国側の戦争犯罪が問われることなかった。
 日本側弁護団のブレイクニー弁護人(オーストラリア)は、
 裁判官全員が戦勝国側で構成されている点、東京大空襲や原爆投下などで
 非戦闘員を大多数殺傷した点から米国が裁判する権利はないと
 激しく非難したにも関わらず
 ウェッブ裁判長が一方的に退けている点などを指摘すれば
 当初から敗戦国のみを対象とした裁判であったと私も認識している
 パール判事が国際法に照らして考えれば
 このような裁判の構図こそが明確な違反であると主張することも理解できる
 簡単にいえば「裁く権利の無いものが栽いた裁判は無効だ」である
 ではどうしたらよかったのか?裁判などせずに
 第一次世界大戦時のように多額の賠償金と領土を謙譲すればよかったのか?
 平和に対する罪から侵略の戦争責任を追求した裁判は
 ニュルンベルク裁判と東京裁判が人類史上初めてである
 法的な不備もあり、厳密に公正な裁判であったとは思わない
 しかし、当時は現在のような国際刑事裁判所もなく戦争における残虐行為を
 処罰した前例もなかったのも事実である
 たしかにA級戦犯者が戦勝国の考える
 戦後の秩序構成の道具にされたという意見もある
 しかしA級戦犯者がパール判事の判決通り全員無罪となっていたならば
 戦犯容疑の岸信介が首相となったり
 A級戦犯の重光葵が政界復帰し副総理兼外務大臣となっている例を考えれば
 無罪となった戦前の軍事指導者や政治家が平然と復帰すると予測される
 これでは何ら政治的反省もなく軍国主義の復活すら危ぶまれる事態となる
 しかも仮に「勝者の裁判」であったせよ
 日本はサンフランシスコ講和条約第11条で
 「日本国は、極東国際軍事裁判所並びに日本国内及び国外の他の連合国戦争犯罪法廷の裁判を受諾し」と裁判そのものを認めている。
 しかも東京裁判だけではない、B・C級戦犯裁判全部である。
 条約で認めた事を否定して
 裁判の公平性や一部の国際法解釈など部分的な点から
 裁判その物やA級戦犯の無罪性を結論付けることは間違っていると
 私は思っている
 
 
2.-事後法不適用原則・刑罰不遡及に反す-
 「平和に対する罪」「人道に対する罪」が近代法原則の
 事後法不適用原則・刑罰不遡及に反し法律上無効であるという意見がある
 まず「平和に対する罪」であるが、極東軍事裁判で用いられた
 極東国際軍事裁判所憲章引用すると
 「平和に対する罪、すなわち宣戦を布告せるまたは布告せざる侵略戦争、
 若しくは国際法、条約、協定または保証に違反せる戦争の計画、
 準備、開始、または実行、若しくは右諸行為のいずれかを達成するための
 共通の計画または共同謀議への参加」とされている
 たしかに近代法の解釈で言えば、この憲章自体が戦後制定されたものであり
 事後法であると主張できるかもしれない。
 しかしこの憲章の主張を忠実に解釈したならば  
 国際連盟規約では国際紛争を平和的に解決する義務が述べられ
 自衛解釈が不透明で侵略に対する直接的な制裁の規定が無いにせよ
 第一次世界大戦後に国際関係の安定化と平和を目指して
 1928年に制定された「不戦条約」に違反していると解釈できるわけで
 第二次世界大戦後の世論風潮や司法観や
 平和と人命を尊重する法の精神的な原則から考えれば
 近代法解釈の事後法一つを取って裁判の無効性を結論付けることは
 一方的な結論であると私は考える
 
■次回は上記の検証を踏まえ本題である
 A級戦犯合祀問題の問題点を解明していきます  
Posted by toyosisou at 14:59Comments(1)TrackBack(1)靖国神社参拝問題

2005年04月14日

靖国神社参拝の波紋 極東軍事裁判

今回は
靖国神社に首相・閣僚が参拝することが
毎年中国・韓国・北朝鮮等に大きな反感と不快感をもたらしている点に
関して述べていきたいと思う
靖国神社とは
戦前は陸軍省と海軍省の管轄で
戦後は政教分離の原則により宗教法人となり
現在246万余名の戦死死が祀られている神社である
戦後天皇自身も参拝をしているが
極東軍事裁判においてA級戦犯・戦争犯罪人を合祀した事実が発覚し
それ以降参拝はしていない
靖国参拝の賛否として
国内でよく議論されるのは「政教分離」の問題であるが
ここでは「A級戦犯合祀問題」に関して限定的に考察したい

「A級戦犯合祀問題」−極東軍事裁判からの考察−

極東軍事裁判とは第二次世界大戦終了後
ドイツのニュルンベルクで
ナチス・ドイツの戦争指導者に対する国際軍事裁判が行われたのと対応して
連合国が日本の重大戦争犯罪人に対して行ったのが極東国際軍事裁判である
極東軍事裁判に関しての評価であるが現在研究が続けられており
結論には至っていない

ゞ謀豬鎧裁判の形式
簡単ではあるが裁判は以下の形式で進められた

裁判所設定の根拠:ポツダム宣言
裁判遂行の権限者:ダグラス・マッカーサー元帥

裁判官:11名
裁判長:ウィリアム・F・ウエップ(オーストラリア連邦)

検事:キーナン検事団(主席検事ジョセフ・B・キーナン氏含む38名)

弁護人:日本人28名/米国人22名から構成される弁護団

被告人:東条英機大将を含む28名
    
原告:米国・英国・中国・ソ連を含めた11カ国

罪状:第一類・平和に対する罪
   第二類・殺人、
   第三類・通例の戦争犯罪および人道に対する罪
   他戦争法規義務違反の共同謀議・法令遵守義務無視
                    等五十五項目

判決:有罪
   東条大将7名死刑、終身刑16名、有期刑2名。
判決理由:■東条英機首相
      真珠湾を不法攻撃による一般市民の殺害
     ■板垣征四郎陸軍大将
      中国侵略
     ■松井石根陸軍大将
      南京事件による一般市民殺害の国際法違反
                      以下省略

   
審理期間:2年6ヵ月(416回の公判)
裁判費用:27億円





  
Posted by toyosisou at 16:29Comments(2)TrackBack(0)靖国神社参拝問題

2005年04月12日

新しい歴史教科書の波紋 −問題点その◆檻温猝

⇔鮖貿Ъ韻竜震篥
2.南京事件の記述に関して
新しい歴史教科書の南京事件の記述は以下の通りである
「日本軍は国民党政府の首都南京を落とせば蒋介石は降伏すると考え,12月,南京を占領した(このとき,日本軍によって民衆にも多数の死傷者が出た。南京事件)。しかし,蒋介石は重慶に首都を移し,抗戦を続けた。」
南京事件に関しては現在様々な説があり
中国側では南京大虐殺と言われる事件である
極東軍事裁判及び南京軍事法廷では30万人の被害届けが提出されている
この説の真相は別問題として考えても
新しい歴史教科書の南京事件の記述はあまりにも簡略すぎないか?
特に「多数の死者が出た」という記述だが
10人でも100人でも「多数の死者」と定義できるわけで
果たしてこの事件は南京事件に関して様々な説があることを無視し
「多数の死者が出た」
だけで済ますことが出来る問題だろうか?
虐殺があったか無かった等の新しい歴史教科書を作る会が主張する
「プロガバンダ」的な記述を省いたにせよ
民間人の数十万から少なくとも数千人のという説があり論争中の事件
であることは記述すべきではないだろうか?
新しい歴史教科書を作る会が主張する「自虐的史観」が
歴史的事実から目を背けることであってはならないと思う
子供たちに歴史の真実を伝えるならなお更である



  

2005年04月08日

新しい歴史教科書の波紋 −問題点その Ν◆

では私の意見も述べながら
この日本近隣諸国に大きな反発を招いている教科書
「新しい歴史教科書」とはいかなる教科書なのか?
どんな問題点があるのか?
分析していきたいと思う

仝…蟲則違反
http://news.goo.ne.jp/news/kyodo/seiji/20050406/20050406a1540.html
昨日浮上した問題な事から、まず第一にあげさせていただく
どんな思想性があれ教科書は規則に基づいた検定がなされなければならず
許し難い極めて憤りを感じる違反である
⇔鮖貿Ъ韻竜震篥
1.日清戦争時代の記述
「大陸から一本の腕のように朝鮮半島が突き出ている。当時,朝鮮半島が日本に敵対的な大国の支配下に入れば,日本を攻撃する格好の基地となり,後背地をもたない島国の日本は,自国の防衛が困難となると考えられていた」と自国防衛の正当性を主張するが
結局は「日本は韓国に韓国統監府を置いて支配を強めていった。日本政府は,韓国の併合が,日本の安全と満州の権益を防衛するために必要であると考えた。イギリス,アメリカ,ロシアの3国は,朝鮮半島に影響力を拡大することをたがいに警戒しあっていたので,これに異議を唱えなかった」
異議を唱えなかったから統治したと
歴史的に矛盾した事実をどのように説明するのか?

以後◆檻温猝椶悗搬海  

新しい歴史教科書の波紋−中国篇

新しい歴史教科書への反感は韓国だけではない
中国もまた、すさまじい反発をしている
中国は韓国の領土問題以外では意見は根本は一致しているようで

‖臈谿\鐐茲鬟▲献△粒放と位置づけた点
南京大虐殺の記事削除の点

大まかにいえば「侵略の美化」という点に猛反発している
韓国の反発も大きな物があるが
中国には関しては日本製品排斥運動は過激になっており
日本メーカーの撤退が余儀なくされている状況にもなっている
現時点でもイオングループ・イトーヨーカ堂等のスーパーや
アサヒビール・NEC・松下電器・三菱電機等々がこの問題の影響を受けているようである  

新しい歴史教科書の波紋−韓国篇−

かねてから論争にあり周辺国から激しい非難を浴びていた
新しい歴史教科書(扶桑社出版)が先日教科書検定を通過した
これに対して予想通り中国・韓国が猛反発をしている
この教科書を作成にあたったのが新しい歴史教科書をつくる会であり
作成にあたっての趣旨が以下である
http://www.tsukurukai.com/02_about_us/01_opinion.html
つまり彼らの主張は現行の歴史教科書は
旧敵国のプロガバンダを載せているとんでもない教科書であり
自虐的描写に溢れており
新しい歴史教科書は世界史的視野の中で
品格とバランスをもって作成すると主張している
実際に記述内容もホームページから参照できるようになっており
その点は非常に柔軟かつ開放的な考えであると評価できる
さて、この教科書は中国・韓国の両国の猛反発を受けていると前出したが
まず両国の主張を混同させては分かりにくくなるため

<韓国が反発する表記に付いてまとめてみたい>
(響菽楼茴韓国が不法占拠している竹島と記述変更した点
朝鮮の近代化を日本が支援したと記述した点
新羅と百済の日本朝貢記述が外された点
そ招外岼舵悗竜述削除の点
韓国側は8点指摘しているが大まかにこの4点だと考える

特に一番韓国政府が批判しているのは
(響菽楼茴韓国が不法占拠している竹島と記述変更した点
のようであるhttp://japanese.chosun.com/

韓国側からすれば元々自国の領土だから
不法呼ばれされる筋合いは無いということであろう
新しい教科書を作る会のホームページでも
この竹島の記述がどのような形になっているか分からない点は
非常に残念だが
韓国側は「竹島」の記述に大きく憤慨しているようである
  

2005年04月06日

竹島問題の波紋

竹島の日制定に抗議する市民団体
韓流ブームに沸いた昨年であったが
島根県議会が「竹島の日」条例を成立したことで
築き上げた友好ムードが一変してしまった
竹島は日韓が領有権を主張する島で
現状は韓国が実行支配している
両国の友好関係の維持の点からも
これまであまり国民に知られることもなく,数十年の月日が流れてきたのだが
島根県議会の条例制定により
大きく注目され韓国に大きな反感を与える結果となった
両国が友好ムードが更に盛り上がりをみせようかとする
まさにこの時期の制定には疑問を感じざるを得ない

>領土問題は国家、国民にとって基本的な問題であり
国と国との外交交渉で平和的に解決されるべき事柄であります
(平成15年度11/15:竹島北方領土返還要求運動島根大会実行委員会にて島根県知事挨拶)
 http://www.pref.shimane.jp/section/takesima/henkan/02.html

島根県知事は外交交渉によって平和的に解決すべきだと
竹島の日を制定する以前にこのように述べているにも関わらず
「竹島の日」を制定して韓国の反感を煽っている

外交交渉は国民に選ばれた政府及び外務省の役目であり
一地方自治体がむやみに介入したり、これまでの友好政策をなし崩しする
条例を制定するのはいかがなものか
島根県知事及び議会に対しては慎重な姿勢及び
外交政策への配慮が欲しかった
  
Posted by toyosisou at 16:22Comments(5)TrackBack(0)

緊迫する東アジア情勢

<始めに>
大東亜共栄圏の思想のもと日本は東アジア諸国と一体となり
西洋諸国の列強に対抗しようともくろみ
大敗した太平洋戦争が終結し
今年で60周年を迎える
この60年間において日本はかつて支配した
東アジア諸国と国交を回復し
友好的な条約を提携し特に中国においては
経済的にも非常に密接な関係を築きあげた
しかしこの60周年の節目の年に
日本を取り巻く東アジア諸国
特に中国・韓国・北朝鮮との関係が激変しようとしている
一体日本を含む東アジアの情勢はこれからどのような方向性進むのか
そして日本はどのような舵取りをすべきなのであろうか
政治・経済・文化面で考察していきたいと思っている
  
Posted by toyosisou at 14:38Comments(0)TrackBack(1)