2009年11月18日
月の光
楽曲そのものが持つ力を再確認する出来事があった。
気落ちしていたクライアントとセッションをしていたのだが、私が提供する話題や歌にもあまり変化がなかった。
その後いつものようにクラシックの楽曲を私が選んで、共に聴いた。
ドビッシーの『月の光』
じっと聴き入った後、「…この月はどんな季節のどんな時間の月なのかな…」とおっしゃった。
その後ベートーベンの『月光』との違いを談義し、ベートーベンの『春』を聴いた。
セッションを終えるとその方はすっきりとした顔付きで、明らかに「浄化された」という印象を受けた。
もちろん選曲は重要な要素だが、私はCDをかける直前まで別の曲をかけようとしていたのだ。なのに、何故か突然気が変わり『月の光』をかけた。
まるで何かが私に囁きかけたみたいだった。
そういう勘(?)は、仕事をしていると度々あるのだが、それは頭が考えているのではない。何かが囁いているか、身体が勝手に動いたという感じだ。
もしかしたら頭で考えることなんて、本物の英知じゃないのかなあ??
気落ちしていたクライアントとセッションをしていたのだが、私が提供する話題や歌にもあまり変化がなかった。
その後いつものようにクラシックの楽曲を私が選んで、共に聴いた。
ドビッシーの『月の光』
じっと聴き入った後、「…この月はどんな季節のどんな時間の月なのかな…」とおっしゃった。
その後ベートーベンの『月光』との違いを談義し、ベートーベンの『春』を聴いた。
セッションを終えるとその方はすっきりとした顔付きで、明らかに「浄化された」という印象を受けた。
もちろん選曲は重要な要素だが、私はCDをかける直前まで別の曲をかけようとしていたのだ。なのに、何故か突然気が変わり『月の光』をかけた。
まるで何かが私に囁きかけたみたいだった。
そういう勘(?)は、仕事をしていると度々あるのだが、それは頭が考えているのではない。何かが囁いているか、身体が勝手に動いたという感じだ。
もしかしたら頭で考えることなんて、本物の英知じゃないのかなあ??
2009年11月13日
しあわせ
母が祖父の17回忌の法要のため新潟に行き、祖母を連れて帰ってきた。
86歳になる祖母だが、有り難いことに元気でいてくれた。
今月はオケの練習があり、行く予定だった金沢の勉強会を諦め、残念に思っていたのだが、おかげで祖母に会えるという嬉しい結果になった。
ただ一緒に過ごすだけでも十分なのだが、祖母と母と私の3人でカラオケに行こうと提案したら、行こう! ということになった。
祖母は祖父を亡くしてから月に一度カラオケを習っているらしく、懐メロは勿論のこと、私が知らない比較的新しい演歌や、氷川きよしの歌をうたってくれた。
カラオケの伴奏にやや遅れて歌っていくことや、音程が微妙にズレていることはあるけれど、臆することなく楽しそうに挑戦し、次々と歌っても声量が衰えず、全く疲れを見せない、母や私が歌う時にもずっと一緒に歌う、その体力にはビックリさせられた。
祖母が実際にカラオケで歌う姿は初めて見たのだが、もっと驚いたのは母がカラオケを歌う姿だった。
私は母が歌う姿をほとんど見たことがない。まして母がカラオケで歌うなんて信じられなかった。
母は孫の好きなアンパンマンや島倉千代子、石原裕次郎の歌をうたった。
家族って、親が歌う姿なんて見たことがないものなんだなあ…(そういえば私が仕事でクライアントの家族に、お母様と一緒に歌っていますと報告すると、母が歌うんですか?と意外な顔をされることが多い)
(もちろんうちの母も祖母がカラオケを歌う姿を見たのは初めてだった)
祖母の昔話を聞いて、昔の出来事の一つが違っていたなら、私はこの世に生まれてこなかったんだなあと思った。自分が今ここにいるということは、もうこの世にいない人を含めて、沢山の人々の行いや縁によって作り出された、奇跡なのだ。
私はカラオケの他にも、祖母に食べて貰おうとピクルスや鯖寿司を作ったり、(祖母は入れ歯だが固いものもよく食べる) お風呂で髪を洗ってあげたりした。
しあわせだなあ……最近こんなに幸せだと思ったことはない。
ありがとう。おばあちゃん。私に命を繋いでくれてありがとう。長生きしてくれてありがとう。しあわせな時間をありがとう。
86歳になる祖母だが、有り難いことに元気でいてくれた。
今月はオケの練習があり、行く予定だった金沢の勉強会を諦め、残念に思っていたのだが、おかげで祖母に会えるという嬉しい結果になった。
ただ一緒に過ごすだけでも十分なのだが、祖母と母と私の3人でカラオケに行こうと提案したら、行こう! ということになった。
祖母は祖父を亡くしてから月に一度カラオケを習っているらしく、懐メロは勿論のこと、私が知らない比較的新しい演歌や、氷川きよしの歌をうたってくれた。
カラオケの伴奏にやや遅れて歌っていくことや、音程が微妙にズレていることはあるけれど、臆することなく楽しそうに挑戦し、次々と歌っても声量が衰えず、全く疲れを見せない、母や私が歌う時にもずっと一緒に歌う、その体力にはビックリさせられた。
祖母が実際にカラオケで歌う姿は初めて見たのだが、もっと驚いたのは母がカラオケを歌う姿だった。
私は母が歌う姿をほとんど見たことがない。まして母がカラオケで歌うなんて信じられなかった。
母は孫の好きなアンパンマンや島倉千代子、石原裕次郎の歌をうたった。
家族って、親が歌う姿なんて見たことがないものなんだなあ…(そういえば私が仕事でクライアントの家族に、お母様と一緒に歌っていますと報告すると、母が歌うんですか?と意外な顔をされることが多い)
(もちろんうちの母も祖母がカラオケを歌う姿を見たのは初めてだった)
祖母の昔話を聞いて、昔の出来事の一つが違っていたなら、私はこの世に生まれてこなかったんだなあと思った。自分が今ここにいるということは、もうこの世にいない人を含めて、沢山の人々の行いや縁によって作り出された、奇跡なのだ。
私はカラオケの他にも、祖母に食べて貰おうとピクルスや鯖寿司を作ったり、(祖母は入れ歯だが固いものもよく食べる) お風呂で髪を洗ってあげたりした。
しあわせだなあ……最近こんなに幸せだと思ったことはない。
ありがとう。おばあちゃん。私に命を繋いでくれてありがとう。長生きしてくれてありがとう。しあわせな時間をありがとう。
2009年11月08日
文通
4月から、あるクライアントと手紙のやりとりをしている。元々個別セッションをしていたのだが、私の学校の都合で出来なくなり、文通を始めたのだった。
手の動きが不自由な中、便箋の上には品格のある丁寧なペン文字が走り、その方の姿や心を新鮮なまま閉じ込めてくれている。
話したり歌ったりした時には全く知らなかったその方のことが伝わってくる。
『…最近の体調はいまいちというのが正直ですが、(自分の身体を)ひびの入った湯呑みと思い大事につきあいます。
残された人生を大切にすることが今の私に課せられた責任です。』
手紙を読んで、胸が熱くなった。
最近体調が悪く、手術をすすめられた私は、悪い部分を取ってしまうか、悪くても何とかして付き合っていくか、決め兼ねている。
楽になるからと取ってしまうのが、本当に良い選択肢なのか、とても迷っている。
つらくても、時がくるまで、無理に結論を出すのは止めよう…人生の大先輩からの手紙に励まされ、そう思った。
手の動きが不自由な中、便箋の上には品格のある丁寧なペン文字が走り、その方の姿や心を新鮮なまま閉じ込めてくれている。
話したり歌ったりした時には全く知らなかったその方のことが伝わってくる。
『…最近の体調はいまいちというのが正直ですが、(自分の身体を)ひびの入った湯呑みと思い大事につきあいます。
残された人生を大切にすることが今の私に課せられた責任です。』
手紙を読んで、胸が熱くなった。
最近体調が悪く、手術をすすめられた私は、悪い部分を取ってしまうか、悪くても何とかして付き合っていくか、決め兼ねている。
楽になるからと取ってしまうのが、本当に良い選択肢なのか、とても迷っている。
つらくても、時がくるまで、無理に結論を出すのは止めよう…人生の大先輩からの手紙に励まされ、そう思った。
2009年11月03日
幾多郎
たまたまゼミで西田幾多郎の発表が当たってしまい、そしてたまたま勉強会の和倉温泉合宿が発表日の直前にあり、たまたま自由な時間も取れたので、和倉温泉に行く手前の宇野気で途中下車して、西田幾多郎哲学館に行ってきた。
ゼミでは度々話題に上る西田幾多郎だが、私はほとんど興味がなかった。
しかし、著作の一部の文章を読み、哲学館に行ってみて、意外にスンナリと自分が西田幾多郎に繋がった感覚がある。
戦後、日本を戦争に導いた思想として京都学派は槍玉にあげられ、世間から封印されてきたそうだが、本当は西田幾多郎は全体主義を批判していたのだった。濡れ衣を払い、日本国内で再評価されていく時期が来てもいいと思う。
西洋の思想を有り難がるのではなく、日本人(日本に生まれ育った者)として、日本オリジナルの思想を世界に発信するべきなのだ。
もちろん音楽療法においても。
そんなとてつもなく大きな仕事が、私に出来るかどうかわからないが、気概だけは持ち続けて、セッションも研究も行っていきたいと思う。
ゼミでは度々話題に上る西田幾多郎だが、私はほとんど興味がなかった。
しかし、著作の一部の文章を読み、哲学館に行ってみて、意外にスンナリと自分が西田幾多郎に繋がった感覚がある。
戦後、日本を戦争に導いた思想として京都学派は槍玉にあげられ、世間から封印されてきたそうだが、本当は西田幾多郎は全体主義を批判していたのだった。濡れ衣を払い、日本国内で再評価されていく時期が来てもいいと思う。
西洋の思想を有り難がるのではなく、日本人(日本に生まれ育った者)として、日本オリジナルの思想を世界に発信するべきなのだ。
もちろん音楽療法においても。
そんなとてつもなく大きな仕事が、私に出来るかどうかわからないが、気概だけは持ち続けて、セッションも研究も行っていきたいと思う。
2009年11月01日
オルフ
師匠のオケで『カルミナ・ブラーナ』を聴いた。
オルフ、といえばリトミックや音楽療法では有名な名前だが、『カルミナ・ブラーナ』の作曲者のカール・オルフと同一人物だと知ってビックリした。(知らなかったのが恥ずかしいのかな?!)
演奏会は素晴らしかったが、中でも曲中に一度しか出番のないテノールのソロ(白鳥の丸焼きの歌)は特に印象的だった。
『春の祭典』と似た原始的なテーマだけど、ハルサイよりは時代が新しいので馴染みやすい気がした。
昔、ある吹奏楽団のエキストラでコンクールに出た時、自由曲が『カルミナ・ブラーナ抜粋』だった。
当時はそれなりに楽しかったが、今改めて、生で全曲聴くと、感動が桁外れに違う。
第九の合唱もそうだった。
高校の時に合唱部分は歌って、すごく楽しかったと思っていたけれど、オケで全曲演奏してから(1楽章から長い長い時間をかけて)辿り着いた4楽章の合唱は身震いするような喜びが溢れる。
子供達・学生達には、いいとこ取りの音楽をして、これが全てだと満足して貰いたくないなあ、簡単に感動して欲しくないなあと思う。
人生においても、仕事においても、効率や要領を重視しているだけでは味わえないものがある。
辿り着くまでの過程や、時が来るまでじっと待っている感覚…それが後の結果を深くて豊かなものにしてくれることがある。質が全く変わってくる。
でも、慌ただしく結果重視の現代社会では、こういった考えは隅に追いやられてしまう。速いこと、便利なことが良いことだと思われている。ミスのないこと、他と同じものが良いものだと思われている。
…それも現代を生きている限り仕方ない部分はあるが、芸術や教育(子供のみならず大人を含めた教育)はこのものさしで測って欲しくないと願う。
オルフ、といえばリトミックや音楽療法では有名な名前だが、『カルミナ・ブラーナ』の作曲者のカール・オルフと同一人物だと知ってビックリした。(知らなかったのが恥ずかしいのかな?!)
演奏会は素晴らしかったが、中でも曲中に一度しか出番のないテノールのソロ(白鳥の丸焼きの歌)は特に印象的だった。
『春の祭典』と似た原始的なテーマだけど、ハルサイよりは時代が新しいので馴染みやすい気がした。
昔、ある吹奏楽団のエキストラでコンクールに出た時、自由曲が『カルミナ・ブラーナ抜粋』だった。
当時はそれなりに楽しかったが、今改めて、生で全曲聴くと、感動が桁外れに違う。
第九の合唱もそうだった。
高校の時に合唱部分は歌って、すごく楽しかったと思っていたけれど、オケで全曲演奏してから(1楽章から長い長い時間をかけて)辿り着いた4楽章の合唱は身震いするような喜びが溢れる。
子供達・学生達には、いいとこ取りの音楽をして、これが全てだと満足して貰いたくないなあ、簡単に感動して欲しくないなあと思う。
人生においても、仕事においても、効率や要領を重視しているだけでは味わえないものがある。
辿り着くまでの過程や、時が来るまでじっと待っている感覚…それが後の結果を深くて豊かなものにしてくれることがある。質が全く変わってくる。
でも、慌ただしく結果重視の現代社会では、こういった考えは隅に追いやられてしまう。速いこと、便利なことが良いことだと思われている。ミスのないこと、他と同じものが良いものだと思われている。
…それも現代を生きている限り仕方ない部分はあるが、芸術や教育(子供のみならず大人を含めた教育)はこのものさしで測って欲しくないと願う。
2009年10月29日
エチカ・饗宴
スピノザの『エチカ』とプラトンの『饗宴』を読んだ。
難しい言い回しの部分も多々あったけれど、文章の中に流れているセンスは私の中に違和感なく落ちて行った。
自分が物事から感じた印象は、ごまかさずに居たいなあと思う。他者が見ればこう思うことでも、実際にそれを自分で体験した感覚こそ、私の真実になる。
本当は原文を読むのが一番良いのだが、言語の問題が大きいので、せめて原文の訳本を、と読んだ。
その人が、どのような理念を持ってどのような気持ちで書き記したのか…、何故そのような方法をとったのか…、批判する人もいる中で自分の信念を曲げずに書き記したことへの敬意が沸き起こった。
前に読んだネイティブアメリカンのオライア・マウンタードリーマンさんの文章が浮かんだ。
「…あなたが何歳かなんて興味がない。あなたが夢のために、愛のために、本当に生きるためにリスクをおえるかどうかを知りたい。…あなたが話すことが本当かどうかなんて興味がない。人をがっかりさせても自分に正直でいることができるかどうか知りたい。人から裏切り者といわれることに堪え、自分の魂を裏切らないでいられるか、自分に忠実で本当に信頼のおける人なのかどうかを知りたい。…」(一部抜粋)
難しい言い回しの部分も多々あったけれど、文章の中に流れているセンスは私の中に違和感なく落ちて行った。
自分が物事から感じた印象は、ごまかさずに居たいなあと思う。他者が見ればこう思うことでも、実際にそれを自分で体験した感覚こそ、私の真実になる。
本当は原文を読むのが一番良いのだが、言語の問題が大きいので、せめて原文の訳本を、と読んだ。
その人が、どのような理念を持ってどのような気持ちで書き記したのか…、何故そのような方法をとったのか…、批判する人もいる中で自分の信念を曲げずに書き記したことへの敬意が沸き起こった。
前に読んだネイティブアメリカンのオライア・マウンタードリーマンさんの文章が浮かんだ。
「…あなたが何歳かなんて興味がない。あなたが夢のために、愛のために、本当に生きるためにリスクをおえるかどうかを知りたい。…あなたが話すことが本当かどうかなんて興味がない。人をがっかりさせても自分に正直でいることができるかどうか知りたい。人から裏切り者といわれることに堪え、自分の魂を裏切らないでいられるか、自分に忠実で本当に信頼のおける人なのかどうかを知りたい。…」(一部抜粋)
2009年10月25日
壁
ある方から、長い間冷ややかな扱いをされてるなあと思っていたのだが、ずっと理由が思い当たらずにいた。
しかし最近、どうやらその理由らしきものに辿りついた。
それは偶然、他の方から聞いた話だった。
「☆☆さん(私のこと)って面白い人だねえ。前世でツインク吹いてたから、その楽器を始めたって聞いたよ?…でもその話、○○さん(先程のある方のこと)には言わない方がいいよ〜」
○○さんは非常に熱心なクリスチャン(プロテスタント)なのだそうだ。
キリスト教では、前世は否定されている。
私はその方に始めて会った時に楽器のことを聞かれて、前世療法のことを話したことを思い出した。
そうか〜 そうだったのか〜 … その方にとっては私は完全に『怪しい(妖しい?)異教の女』なのだろうと想像した。
宗教。
これが現実なのだ。
人と人とが、相手の本質ではなく、宗教的信念の違いで忌み嫌い、傷つけあう。
私は熱心なクリスチャンのその方と仲良くなりたいが、相手は私を許せないのだろう。
私は特定の宗教や考え方を信仰していないが、私の語ることは、もしかしたら特定の宗教の人から、非常に危ないとか異端だと思われる可能性があるのだと、頭の片隅に置いておかなくてはならない。
けれども、やっぱり、… 私は、どのような宗教を信仰している方とも、「人と人」として共に手を取り合いたいと思う。
しかし最近、どうやらその理由らしきものに辿りついた。
それは偶然、他の方から聞いた話だった。
「☆☆さん(私のこと)って面白い人だねえ。前世でツインク吹いてたから、その楽器を始めたって聞いたよ?…でもその話、○○さん(先程のある方のこと)には言わない方がいいよ〜」
○○さんは非常に熱心なクリスチャン(プロテスタント)なのだそうだ。
キリスト教では、前世は否定されている。
私はその方に始めて会った時に楽器のことを聞かれて、前世療法のことを話したことを思い出した。
そうか〜 そうだったのか〜 … その方にとっては私は完全に『怪しい(妖しい?)異教の女』なのだろうと想像した。
宗教。
これが現実なのだ。
人と人とが、相手の本質ではなく、宗教的信念の違いで忌み嫌い、傷つけあう。
私は熱心なクリスチャンのその方と仲良くなりたいが、相手は私を許せないのだろう。
私は特定の宗教や考え方を信仰していないが、私の語ることは、もしかしたら特定の宗教の人から、非常に危ないとか異端だと思われる可能性があるのだと、頭の片隅に置いておかなくてはならない。
けれども、やっぱり、… 私は、どのような宗教を信仰している方とも、「人と人」として共に手を取り合いたいと思う。
2009年10月20日
実家
お盆に行ったきり、一度も帰っていなかったのだが、先日久しぶりに実家に帰った。
その日は母の誕生日だったのでお花を買おうと思ったが、夜遅くて花屋が開いていないのでスーパーで買い求めた。
それでも同じ種類を数セット買い込んだので、花瓶に飾ると結構立派になってホッとした。
両親は元気でいたが、父は以前に比べると食べる量が減ったし、母は歩くと背中が丸い。
実家の家は柱の色も黒くなってずいぶん古くなった。
昔、私と妹の部屋だった場所に布団を敷いて休みながら、小学生だった時のことを思い出していた。
あの頃の私は、今のような私を想像さえしなかった。
あの頃の私のためにも、もっと楽しくて幸せな人生を送ってあげたかった。
それでもやっぱり両親だけは、私が幸せであろうがなかろうが無条件に受け入れてくれる。
小さな頃の小さな私なりの恨みつらみも、溶けた気がした。
お母さん…もう許すね。
その日は母の誕生日だったのでお花を買おうと思ったが、夜遅くて花屋が開いていないのでスーパーで買い求めた。
それでも同じ種類を数セット買い込んだので、花瓶に飾ると結構立派になってホッとした。
両親は元気でいたが、父は以前に比べると食べる量が減ったし、母は歩くと背中が丸い。
実家の家は柱の色も黒くなってずいぶん古くなった。
昔、私と妹の部屋だった場所に布団を敷いて休みながら、小学生だった時のことを思い出していた。
あの頃の私は、今のような私を想像さえしなかった。
あの頃の私のためにも、もっと楽しくて幸せな人生を送ってあげたかった。
それでもやっぱり両親だけは、私が幸せであろうがなかろうが無条件に受け入れてくれる。
小さな頃の小さな私なりの恨みつらみも、溶けた気がした。
お母さん…もう許すね。
2009年10月14日
童話
宮沢賢治の童話を読んでいる。
昭和22年、24年の復刻版子供向け文庫だから、旧字体ですらすらとは読みにくいが、中学生の時以来ほとんど触れて来なかった宮沢賢治の童話に出会い直した気分で、新鮮な趣がある。
最近やたらと難しい本ばかり読んでいるので、童話だから簡単に読めると思っていたが、純粋に子供のように読める感覚と同時に、かえってそのお話の裏に流れている哲学に深いものを感じ、思索に入り込んでしまう。
小説を書くのはすごい才能だと思うが、まだ文章力が未熟な子供に向かってどのような話を書くかとなると、文章そのものよりもその話の底に流れている気配やメッセージを伝えるおこないだと思った。
これはごまかしのきかない、大変な仕事だ。
昭和22年、24年の復刻版子供向け文庫だから、旧字体ですらすらとは読みにくいが、中学生の時以来ほとんど触れて来なかった宮沢賢治の童話に出会い直した気分で、新鮮な趣がある。
最近やたらと難しい本ばかり読んでいるので、童話だから簡単に読めると思っていたが、純粋に子供のように読める感覚と同時に、かえってそのお話の裏に流れている哲学に深いものを感じ、思索に入り込んでしまう。
小説を書くのはすごい才能だと思うが、まだ文章力が未熟な子供に向かってどのような話を書くかとなると、文章そのものよりもその話の底に流れている気配やメッセージを伝えるおこないだと思った。
これはごまかしのきかない、大変な仕事だ。
2009年10月09日
40分
ホルストは『惑星』を作曲した時、時代の潮流に迎合せず、称号や名誉を求めず、自分がよいと思うことを曲にしたそうだ。
世間や権威に迎合せずに自分の使命を貫くことは、実際に社会で生活していくにはつらいことが多いだろう。
私の一番のパワーは「笑顔」にある、そして私は心の専門家をも癒せる人なのだと義兄が言っていた。(本人の自覚は薄いのだけれど…)
先日ある方のベッドサイドにお邪魔した。
起床を嫌がり、レクリエーションにも一切参加しないその方は、私と40分も話をして下さった。
声が小さく言葉が不明瞭なため、他者に通じない苛々を積もらせ、誰とも話をしなくなった…でも本当はお喋りが好きなんだと言われ、私は胸がいっぱいになった。
巨人ファンだというその方に『闘魂こめて』を歌うと、涙をポローンと落とされた。
40分の会話と1分の歌……私はそれらに同じ力、或いは歌に会話以上の力を感じた。
「新しい発見や方法も世間に受け入れられるまでは異端児ですよ」
親しい音楽仲間がそんなことを言っていたのを、ふと思い出した。
世間や権威に迎合せずに自分の使命を貫くことは、実際に社会で生活していくにはつらいことが多いだろう。
私の一番のパワーは「笑顔」にある、そして私は心の専門家をも癒せる人なのだと義兄が言っていた。(本人の自覚は薄いのだけれど…)
先日ある方のベッドサイドにお邪魔した。
起床を嫌がり、レクリエーションにも一切参加しないその方は、私と40分も話をして下さった。
声が小さく言葉が不明瞭なため、他者に通じない苛々を積もらせ、誰とも話をしなくなった…でも本当はお喋りが好きなんだと言われ、私は胸がいっぱいになった。
巨人ファンだというその方に『闘魂こめて』を歌うと、涙をポローンと落とされた。
40分の会話と1分の歌……私はそれらに同じ力、或いは歌に会話以上の力を感じた。
「新しい発見や方法も世間に受け入れられるまでは異端児ですよ」
親しい音楽仲間がそんなことを言っていたのを、ふと思い出した。
2009年10月05日
仙台
久しぶりに仙台に行った。
学会があったのだが、前回食べられなかった牛タンを食べるのが今回の楽しみだった。
仙台は空気が澄んでいて、木が大きくて、食べ物が美味しい……良い街だなあと、しみじみ歩いた。(もちろん牛タンはしっかり食べた!)
学会は今年入会して、始めての参加ということに、自分が発表することが重なり、精神的に疲れた部分もあったが、参加されている皆さんが、他者に何を言われても自分の意見をちゃんと言っている姿を見て、ああ…私はこういう部分が弱いなあ、今の私は「純粋」なのか「おバカさん」なのか分からないなあと思った。
初対面の偉い先生と食事をご一緒した時に、どうすれば理論武装という賢さを身につけることが出来ますか?と伺ってみた。
その先生は笑って、「経験を積むことだよ」とおっしゃった。
経験かあ…私があと10年若ければ余裕もあるけど、もう40手前の私が これから経験って、ちょっと間に合わないかな…
まあ人間そうそう簡単に成長しないかも知れないけど、大器晩成という都合の良い言葉もあることだし(笑)頑張るしかないかな♪
学会があったのだが、前回食べられなかった牛タンを食べるのが今回の楽しみだった。
仙台は空気が澄んでいて、木が大きくて、食べ物が美味しい……良い街だなあと、しみじみ歩いた。(もちろん牛タンはしっかり食べた!)
学会は今年入会して、始めての参加ということに、自分が発表することが重なり、精神的に疲れた部分もあったが、参加されている皆さんが、他者に何を言われても自分の意見をちゃんと言っている姿を見て、ああ…私はこういう部分が弱いなあ、今の私は「純粋」なのか「おバカさん」なのか分からないなあと思った。
初対面の偉い先生と食事をご一緒した時に、どうすれば理論武装という賢さを身につけることが出来ますか?と伺ってみた。
その先生は笑って、「経験を積むことだよ」とおっしゃった。
経験かあ…私があと10年若ければ余裕もあるけど、もう40手前の私が これから経験って、ちょっと間に合わないかな…
まあ人間そうそう簡単に成長しないかも知れないけど、大器晩成という都合の良い言葉もあることだし(笑)頑張るしかないかな♪
2009年10月02日
音楽祭
施設の行事、音楽祭を今年も無事に終えることが出来た。
音楽祭は主に施設の高齢者が出演者で、カラオケは使わず、全て生演奏で行っている。
毎年感動や驚きがあるが、やはり高齢の皆さまの本番における「集中力の高さ」は、凄いと思った。
練習を重ね当日までに確実に仕上げていったり、前日に曲を変更したにも関わらず堂々と舞台で歌ったり、練習では全くやる気を見せなかった方が本番では大きな声で歌っていたり、普段気持ちがバラバラ(に見えた)のメンバーが本番でがっちり纏まりを見せたり、出演しないと言い出した方が直前に舞台袖にこられたり……
本当に伴奏しているこちらがビックリする。
日々施設に暮らす方々やデイケアに通う方々、皆さん高齢で、何かしら病気を抱えているけれど、素晴らしい能力を秘めていると思う。本当に凄いと尊敬する。
ただ残念なのは、その価値を理解してくれる施設職員が、段々減ってきているように感じることだ。
何だか同じ内容を昨年書いたような気がしてきた。
とにかく毎年音楽祭が終わると、施設の仕事を辞めたくなってしまう。
自分がかけた労力と思いとその価値が、受け入れられてないように感じてしまうからだろう。
でもやっぱり…高齢の皆さまのお顔を見ていると、辞められないなと思ってしまう(笑)
音楽祭は主に施設の高齢者が出演者で、カラオケは使わず、全て生演奏で行っている。
毎年感動や驚きがあるが、やはり高齢の皆さまの本番における「集中力の高さ」は、凄いと思った。
練習を重ね当日までに確実に仕上げていったり、前日に曲を変更したにも関わらず堂々と舞台で歌ったり、練習では全くやる気を見せなかった方が本番では大きな声で歌っていたり、普段気持ちがバラバラ(に見えた)のメンバーが本番でがっちり纏まりを見せたり、出演しないと言い出した方が直前に舞台袖にこられたり……
本当に伴奏しているこちらがビックリする。
日々施設に暮らす方々やデイケアに通う方々、皆さん高齢で、何かしら病気を抱えているけれど、素晴らしい能力を秘めていると思う。本当に凄いと尊敬する。
ただ残念なのは、その価値を理解してくれる施設職員が、段々減ってきているように感じることだ。
何だか同じ内容を昨年書いたような気がしてきた。
とにかく毎年音楽祭が終わると、施設の仕事を辞めたくなってしまう。
自分がかけた労力と思いとその価値が、受け入れられてないように感じてしまうからだろう。
でもやっぱり…高齢の皆さまのお顔を見ていると、辞められないなと思ってしまう(笑)
2009年09月28日
はとまめ
祖父の遺骨が分骨されているお寺に行ってきた。
大学院に向かう途中、ちょっと時間をかければ行ける距離なのに、今まで一度も行っていなかったことを急に反省して思い立った次第だ。
お寺を後にし、小さい方の門に行くと、百羽を超える鳩達が辺りをうろうろしていて、鳩豆が売ってあった。
お金を払って豆の袋を開けた途端、目の前が見えなくなった。
物凄い勢いで鳩達が私の手や腕や肩や頭に乗ってきて、豆を啄み始めた。私は鳩達の羽ばたきで何も見えない中、ひたすら豆を袋から垂れ流していた(…苦)
豆が無くなると、何事もなかったかのように、鳩達は悠々と歩き回っている。
私の手は鳩の爪痕でミミズ腫れになっていた(…泣)
しばらくしたら治ったけれど、鳩達の重さと爪とくちばしが手に当たる感覚と羽ばたきのバタバタバタ〜ッという音がまだ残っている。
…私の前にも母親と子供が豆をあげてたみたいだけど、あんな凄い状態だったんだろうか…??子供には結構危険だよなあ…
という訳で、ぽっぽっぽ〜ハトぽっぽ〜という長閑な世界とは程遠い、豆やり体験がお寺の土産となった。
大学院に向かう途中、ちょっと時間をかければ行ける距離なのに、今まで一度も行っていなかったことを急に反省して思い立った次第だ。
お寺を後にし、小さい方の門に行くと、百羽を超える鳩達が辺りをうろうろしていて、鳩豆が売ってあった。
お金を払って豆の袋を開けた途端、目の前が見えなくなった。
物凄い勢いで鳩達が私の手や腕や肩や頭に乗ってきて、豆を啄み始めた。私は鳩達の羽ばたきで何も見えない中、ひたすら豆を袋から垂れ流していた(…苦)
豆が無くなると、何事もなかったかのように、鳩達は悠々と歩き回っている。
私の手は鳩の爪痕でミミズ腫れになっていた(…泣)
しばらくしたら治ったけれど、鳩達の重さと爪とくちばしが手に当たる感覚と羽ばたきのバタバタバタ〜ッという音がまだ残っている。
…私の前にも母親と子供が豆をあげてたみたいだけど、あんな凄い状態だったんだろうか…??子供には結構危険だよなあ…
という訳で、ぽっぽっぽ〜ハトぽっぽ〜という長閑な世界とは程遠い、豆やり体験がお寺の土産となった。
2009年09月25日
ラテン♪
先日、とあるラテンジャズ・ビッグバンドの演奏を大きなホールで聞いてきた。
友人の先生が楽団の方なので、そのご縁で聴きに行ったのだが、お客様は固定客も多いようだった。
リズムパートがとても華やかで安定していて、素敵だった。ブラス&サックスは、すごいんだけど、マイクを通してるから、ん〜生の音はどんな音なんだろう?!聞いてみたいなあ、と思った。
プログラムがなくて、??と思っていたら、コンサート中に全部説明してくれた。…そういうもんなんだ〜(笑)
最後の方はお客さんはみんな立ち上がっていたけど、私は何となく慣れないので座って楽しんでました。(だから何にも見えなかった…)
音楽はちゃんと聞こえてたから、目を閉じて色々分析してましたよ(笑)
トランペットはあれだけハイトーンばかり吹いていたら、体力の消耗も激しいんだろうなあ、ほんまにお疲れ様でした!って感じでした。
私一人では聴きに行かないようなコンサートでも、友人知人のおかげで聴きに行く機会が出来ることは、有り難いことです♪
友人の先生が楽団の方なので、そのご縁で聴きに行ったのだが、お客様は固定客も多いようだった。
リズムパートがとても華やかで安定していて、素敵だった。ブラス&サックスは、すごいんだけど、マイクを通してるから、ん〜生の音はどんな音なんだろう?!聞いてみたいなあ、と思った。
プログラムがなくて、??と思っていたら、コンサート中に全部説明してくれた。…そういうもんなんだ〜(笑)
最後の方はお客さんはみんな立ち上がっていたけど、私は何となく慣れないので座って楽しんでました。(だから何にも見えなかった…)
音楽はちゃんと聞こえてたから、目を閉じて色々分析してましたよ(笑)
トランペットはあれだけハイトーンばかり吹いていたら、体力の消耗も激しいんだろうなあ、ほんまにお疲れ様でした!って感じでした。
私一人では聴きに行かないようなコンサートでも、友人知人のおかげで聴きに行く機会が出来ることは、有り難いことです♪
2009年09月18日
倫理
合計16日間に渡る夏期集中講義が今日で終わった。
早朝に出かけ夜に帰る毎日。よく頑張ったものだ。
ふと見ると、桜の葉が紅葉してきている。真っ赤な夕日の空に浮かぶ雲は、すっかり秋の様子だ。
ついこの間桜が咲いていたと思っていたのに…早いなあ。
最後の集中講義は倫理についてだった。
最近は「法に絡む倫理」の考え方に進んでいるということだった。
ますます鎧が重くなるんだなあ、と思った。鎧という名の武器…武器は攻撃に使われる…倫理をそのように用いる風潮に、して欲しくないと思った。
音楽療法の倫理については、まだまだ根本的なことで考えなければならないことが沢山あるけれど、自分と相手を思いやる気持ちを大切にしながら、考えていきたいなあと思う。
早朝に出かけ夜に帰る毎日。よく頑張ったものだ。
ふと見ると、桜の葉が紅葉してきている。真っ赤な夕日の空に浮かぶ雲は、すっかり秋の様子だ。
ついこの間桜が咲いていたと思っていたのに…早いなあ。
最後の集中講義は倫理についてだった。
最近は「法に絡む倫理」の考え方に進んでいるということだった。
ますます鎧が重くなるんだなあ、と思った。鎧という名の武器…武器は攻撃に使われる…倫理をそのように用いる風潮に、して欲しくないと思った。
音楽療法の倫理については、まだまだ根本的なことで考えなければならないことが沢山あるけれど、自分と相手を思いやる気持ちを大切にしながら、考えていきたいなあと思う。
2009年09月15日
義兄妹
ある先生と10ヶ月ぶりに再会した。
初対面の時は挨拶程度だったのだが、今回は色々とお話しが出来た。
とてもユニークな先生で、私の話すちょっと変なことも、全て理解して下さった。(例えば私と塩焼きサンマとの会話など…)
先生はかつてのゼミ生で、先生を慕う人を、ファミリーと呼び、困ったときなどは親身に相談に乗っているとおっしゃっていた。
数日間先生とお話するうち、私はすっかり先生と意気投合した。
お別れする日にお疲れ様のビールをご一緒した時、先生は私に義兄妹の乾杯をして下さった。何か困ったことがあればいつでも連絡しなさい、あなたはファミリーだから、と…。
義兄弟って、三国志みた〜い! と妙に呑気なことを考えたが、今までそんな杯を交わしたことなどない。
ちなみに義兄は私と同じ誕生日だと判明した。(笑)
先生は表の顔と裏の顔を持っているが、講義の90%は表の内容だった。いわゆる教育心理。
その教育心理の講義で、学校の「いのちの教育」について話し合う機会があった。
その話し合いの中で、スピリチュアルなリアリティを経験していない教師がそれを教えると、いまひとつ生徒に伝わらないという話題がでた。スキルではなく、リアリティが伝わるということだ。
教育もセラピーも、同じなんだ…そう思った。
教師の、セラピストの、考え方(哲学)は、リアリティとして相手に伝わっていくんだなあ。
初対面の時は挨拶程度だったのだが、今回は色々とお話しが出来た。
とてもユニークな先生で、私の話すちょっと変なことも、全て理解して下さった。(例えば私と塩焼きサンマとの会話など…)
先生はかつてのゼミ生で、先生を慕う人を、ファミリーと呼び、困ったときなどは親身に相談に乗っているとおっしゃっていた。
数日間先生とお話するうち、私はすっかり先生と意気投合した。
お別れする日にお疲れ様のビールをご一緒した時、先生は私に義兄妹の乾杯をして下さった。何か困ったことがあればいつでも連絡しなさい、あなたはファミリーだから、と…。
義兄弟って、三国志みた〜い! と妙に呑気なことを考えたが、今までそんな杯を交わしたことなどない。
ちなみに義兄は私と同じ誕生日だと判明した。(笑)
先生は表の顔と裏の顔を持っているが、講義の90%は表の内容だった。いわゆる教育心理。
その教育心理の講義で、学校の「いのちの教育」について話し合う機会があった。
その話し合いの中で、スピリチュアルなリアリティを経験していない教師がそれを教えると、いまひとつ生徒に伝わらないという話題がでた。スキルではなく、リアリティが伝わるということだ。
教育もセラピーも、同じなんだ…そう思った。
教師の、セラピストの、考え方(哲学)は、リアリティとして相手に伝わっていくんだなあ。
2009年09月10日
心を込める
半年ぶりに金沢に勉強に行くことが出来た。
先生や仲間達そして病院は、半年の間に変わっていたり変わっていなかったり…でもやっぱり、何より、再会できたことが嬉しかった。
私は、「前からちょっと変な人だったけど、その変に更に磨きがかかった」と褒められ(?)て、そうなんだ〜と妙にニヤけていた。
半年間の大学院での出来事を先生に報告した。あれもこれも話そうと思っていたのに、上手く纏まらなかったり話し忘れていたり…それでも先生は温かい眼差しで楽しそうに聞いて下さった。
先生からは、最近セラピストとしての歌い方は、波立たない湖面のような歌い方、つまり感情を込めない歌い方のほうが効力があるのではないか、とお話があった。感情は込めないが、心を込める、ということだそうだ。
はじめはピンとこなかったのだが、あとでヒラメクようにわかった。
私は、歌に感情を込めるという言葉を、混同して使っていたということだ。
感情を込めて歌う、とは歌の歌詞やメロディに書いてある感情を表現するということ。歌手はその歌の魅力を最大限追求し、表現する。当然歌は振幅が大きくなる。
心を込めて歌う、とは「祈り」とも言えるだろう。歌は抑揚は保ちつつも、どちらかというと淡々と抑えた表現になるが、丁寧に発していく。
先生は、セラピストが湖面のように波立たない歌い方をすれば、クライアントの心の動きや思いを映し出すことになり、クライアントは自分自身を体験して癒しが起こるとおっしゃった。
私は数年前に書いた事例研究論文で、「思いを込めて歌いかけた」と書いた。
それは、歌の持つ情感を込めて歌ったのではなかった。先生がおっしゃった心を込めて歌う、(祈りを込めて歌う)というものに近かったのではないかと思った。
今まで言葉の使い方をごっちゃにしていたことを、意識して分けられるようになると、きっとまた新たに解ることが出てくるだろう。
でもこんな話、わからない人にはわからないのかも知れない…(苦笑)
先生や仲間達そして病院は、半年の間に変わっていたり変わっていなかったり…でもやっぱり、何より、再会できたことが嬉しかった。
私は、「前からちょっと変な人だったけど、その変に更に磨きがかかった」と褒められ(?)て、そうなんだ〜と妙にニヤけていた。
半年間の大学院での出来事を先生に報告した。あれもこれも話そうと思っていたのに、上手く纏まらなかったり話し忘れていたり…それでも先生は温かい眼差しで楽しそうに聞いて下さった。
先生からは、最近セラピストとしての歌い方は、波立たない湖面のような歌い方、つまり感情を込めない歌い方のほうが効力があるのではないか、とお話があった。感情は込めないが、心を込める、ということだそうだ。
はじめはピンとこなかったのだが、あとでヒラメクようにわかった。
私は、歌に感情を込めるという言葉を、混同して使っていたということだ。
感情を込めて歌う、とは歌の歌詞やメロディに書いてある感情を表現するということ。歌手はその歌の魅力を最大限追求し、表現する。当然歌は振幅が大きくなる。
心を込めて歌う、とは「祈り」とも言えるだろう。歌は抑揚は保ちつつも、どちらかというと淡々と抑えた表現になるが、丁寧に発していく。
先生は、セラピストが湖面のように波立たない歌い方をすれば、クライアントの心の動きや思いを映し出すことになり、クライアントは自分自身を体験して癒しが起こるとおっしゃった。
私は数年前に書いた事例研究論文で、「思いを込めて歌いかけた」と書いた。
それは、歌の持つ情感を込めて歌ったのではなかった。先生がおっしゃった心を込めて歌う、(祈りを込めて歌う)というものに近かったのではないかと思った。
今まで言葉の使い方をごっちゃにしていたことを、意識して分けられるようになると、きっとまた新たに解ることが出てくるだろう。
でもこんな話、わからない人にはわからないのかも知れない…(苦笑)
2009年09月07日
身体
夏休みの二つ目の集中講義が終わった。
心身統合セラピー(ボディサイコセラピー、バイオエナジェティックス、バイオシンセシス、ゲシュタルトセラピーを含む)の講義でワーク中心だった。三日間9時から6時まで、通学に往復4時間半、集中講義は毎回かなりハードだ。
未完了の問題、投影、直面化、再統合……もちろん個人セラピーのような深さはないが、かなり色々経験させて貰うことが出来た。
また、スピリチュアリティとセクシャリティについてもよくわかった。
最近やけに「身体」というキーワードに出会う。
6月に受けた集中講義(身体をとおしたスピリチュアリティ、インテグラル、トランスパーソナルがテーマの講義)もそうだったし、最近私が読む本は何故か身体のことが書いてある。
きっと今の私にとって必要なキーワードなのだろう。
しかし、自分がやっている音楽療法と「身体」が、私の中でまだピッタリ組み合わさらない。
講義の先生にそのようなことを伺うと、「昏睡状態の人とも(ボディワークは)出来るよ」と言われた。
…そうか! 昏睡状態のクライアントがしていた身体の反応は、クライアントの意思ではなく、身体の声(記憶、表現、訴え)だったと考えたら、今までとは全く違うものが見えてくるよ!!
講義の先生が後日メールで教えてあげると言った、エイミー・ミンデルの和訳されていない本、手に入るかわからないけれど、読んでみたいと思う。
心身統合セラピー(ボディサイコセラピー、バイオエナジェティックス、バイオシンセシス、ゲシュタルトセラピーを含む)の講義でワーク中心だった。三日間9時から6時まで、通学に往復4時間半、集中講義は毎回かなりハードだ。
未完了の問題、投影、直面化、再統合……もちろん個人セラピーのような深さはないが、かなり色々経験させて貰うことが出来た。
また、スピリチュアリティとセクシャリティについてもよくわかった。
最近やけに「身体」というキーワードに出会う。
6月に受けた集中講義(身体をとおしたスピリチュアリティ、インテグラル、トランスパーソナルがテーマの講義)もそうだったし、最近私が読む本は何故か身体のことが書いてある。
きっと今の私にとって必要なキーワードなのだろう。
しかし、自分がやっている音楽療法と「身体」が、私の中でまだピッタリ組み合わさらない。
講義の先生にそのようなことを伺うと、「昏睡状態の人とも(ボディワークは)出来るよ」と言われた。
…そうか! 昏睡状態のクライアントがしていた身体の反応は、クライアントの意思ではなく、身体の声(記憶、表現、訴え)だったと考えたら、今までとは全く違うものが見えてくるよ!!
講義の先生が後日メールで教えてあげると言った、エイミー・ミンデルの和訳されていない本、手に入るかわからないけれど、読んでみたいと思う。
2009年09月04日
登山
ある集中講義の一貫で登山をした。
普段全く運動していない、運動嫌いな私にとっては決して楽なものではなかったけれど、晴天に恵まれ、清々しい空気と風、蝉や鳥の鳴き声、木々や土の香りが嬉しかった。
最初に辿りついた白蛇さまの弁天堂は、何とも言えない優しい雰囲気に包まれていて、(弁天さまは音楽の神様なのに、今まで出会ったところでは何故か私には厳しい感じがして、いまひとつだったんだけれど) 一目で好きになった。裏には天に向かって真っすぐ伸びる大きな杉の木があり、私は吸い寄せられるように手を伸ばした。
温かい…そして穏やかで優しく、平和で美しく、そして悲しく愛らしい…そんな様々な感じが入り交じった印象を一瞬で受けた。
私もこの木のようになりたい、そう思った。
最澄が開いた寺についた。初めて来たのだが、今まで知らなかったことや誤解していたことが沢山あるのが判った。
神と仏を繋ぎ、鎌倉仏教の開祖、法然、親鸞、日蓮ら、多くの有能な人材が学んだ場所だと知った。現代でも世界に門戸を開いている。
最澄は、空海に比べて劣った印象を持たれるのだが、後世に多大な貢献をするというタイプの、偉大な人だったのだ。
名プレイヤーが空海で、名コーチが最澄、講義の先生はそう言っていた。
レベルは到底及ばないが、私はいったいどちらのタイプになるのだろう(笑)
登山は苦手だけど、車で行くというプロセスを省いた現代的方法に比べ、歩いて行くということは、得られる体験が全く違うのだということを、私に改めて教えてくれた。
普段全く運動していない、運動嫌いな私にとっては決して楽なものではなかったけれど、晴天に恵まれ、清々しい空気と風、蝉や鳥の鳴き声、木々や土の香りが嬉しかった。
最初に辿りついた白蛇さまの弁天堂は、何とも言えない優しい雰囲気に包まれていて、(弁天さまは音楽の神様なのに、今まで出会ったところでは何故か私には厳しい感じがして、いまひとつだったんだけれど) 一目で好きになった。裏には天に向かって真っすぐ伸びる大きな杉の木があり、私は吸い寄せられるように手を伸ばした。
温かい…そして穏やかで優しく、平和で美しく、そして悲しく愛らしい…そんな様々な感じが入り交じった印象を一瞬で受けた。
私もこの木のようになりたい、そう思った。
最澄が開いた寺についた。初めて来たのだが、今まで知らなかったことや誤解していたことが沢山あるのが判った。
神と仏を繋ぎ、鎌倉仏教の開祖、法然、親鸞、日蓮ら、多くの有能な人材が学んだ場所だと知った。現代でも世界に門戸を開いている。
最澄は、空海に比べて劣った印象を持たれるのだが、後世に多大な貢献をするというタイプの、偉大な人だったのだ。
名プレイヤーが空海で、名コーチが最澄、講義の先生はそう言っていた。
レベルは到底及ばないが、私はいったいどちらのタイプになるのだろう(笑)
登山は苦手だけど、車で行くというプロセスを省いた現代的方法に比べ、歩いて行くということは、得られる体験が全く違うのだということを、私に改めて教えてくれた。
2009年08月30日
夏が終わった
今日で一ヶ月の夏休みが終わり、明日からは連日集中講義が始まる。かなりハードな日々になりそうだ。
今日はオケの本番だった。
最近時間があれば何かと勉強優先で過ごしているせいか、練習量が足りなくて、さほど難しくない曲なのにミスが多く、自分の出来は残念だった。
しかし、こんな状況でもプレイヤーとして音楽が出来ることは、本当に有り難いことだと思った。
大学院は夏休みでも、仕事はしていたし、病院通いで、夏休みらしい夏休みではなかったけれど、私の中での夏は終わった。
来年夏には、新天地にいるかも知れない…そんなことを、真剣に考え始めてもいい時期なのかな。
今日はオケの本番だった。
最近時間があれば何かと勉強優先で過ごしているせいか、練習量が足りなくて、さほど難しくない曲なのにミスが多く、自分の出来は残念だった。
しかし、こんな状況でもプレイヤーとして音楽が出来ることは、本当に有り難いことだと思った。
大学院は夏休みでも、仕事はしていたし、病院通いで、夏休みらしい夏休みではなかったけれど、私の中での夏は終わった。
来年夏には、新天地にいるかも知れない…そんなことを、真剣に考え始めてもいい時期なのかな。
