ちょうど30年前の今日(1990年9月2日)、私は交通事故を起こしました。
20歳を目前にした19歳のときでした。

疲労(といっても遊びとラグビー)からくる居眠り運転で、
飲酒をしている訳でもなく、交通違反をした訳でもなく、
完全な自損事故で100%自らの不注意です。

命を落とさずに済んだ感謝とともに、30年経った今でも
術後の痕を見るたびに、後悔の念が消えることはありません。

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「もう手術はできません。最期を看取ってあげてください。」
医者に告げられた両親、弟たち、友人らには心配をかけました。

気を失って集中治療室に運ばれた張本人だけは事の重大さを知らず、
「翌週に開幕するラグビー公式戦に出場するために練習に出たい!」と
ムリを言っていたことを、退院する時に執刀医に聞かされました。

最期と言われたものの、さまざまな方にご尽力をいただき、
手術を受けることになり、復活しました。
ハンドル外傷で膵臓損傷を患ったものの、ラグビーで腹筋を鍛えてたことと
乗っていた車のエアバッグの性能、なにより周りの支えに救われました。

手術後、いくつかの検査を経て、執刀医から私に
「入院は最低6ヶ月、長いと2年。
生きていることに感謝をし、ラグビーは一生できないと思ってください」

と告げられた時は、ラグビー好きを再認識し、ただただ落ち込みました。
(ラグビーは、その後のリハビリや回復により、8ケ月後に解禁となりました。)
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若さにも救われました。お医者様の言うことを聞き、1ヵ月のスピード退院でした。
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お見舞いに来てくれたみんな、力を与えてくれたみんなへの
感謝は今も変わりません。お見舞いノートは大切に保管してあります。

『死』というものが、とても身近にあることを知り、
大切な人たちを、もっと大切にしなければと思い、
大切な人たちと、別れることの怖さを感じたことが
少なからず、今の自分に繋がっていると思います。

あれから、30年、、、
交通事故だけではなく、命を落とすようなニュースには目を覆いたくなります。

トラボックスに関わるようになってからの、この21年は
トラック事故がないことを日々願っております。

今日も一日、無事に過ごすことができますように!


追伸
コロナの影響は甚大ですが、負けずにがんばりましょう!