
1983年にシエラ・オンラインから出た「ドラッシュ山からの脱出」というゲームがあります。対応機種はVIC-20(日本のVIC-1001と同機種)で、カセットテープ版での発売でした。
内容はいわゆる迷路探検ゲームで、毎回ランダムで生成される迷路を探検し、登場するモンスターと闘い、制限時間内にクリアできれば次の迷路(面)に進むというものでした。グラフィック機能はいっさい使っておらず、キャラクタだけを使った、いわゆるキャラクタ・グラフィックというもので、プログラム自体はBASIC(一部マシン語)で書かれてありますが、内容的にも技術的にも、ゲームとしてはさほど目立った出来ではありません。
(グラフィックはともかく、サウンドはなかなかの出来です)
いってみれば凡作なのですが、そんな存在でありながら、レトロゲームの世界では大変な知名度を持つ作品になっています。
その理由は、このゲームが「ウルティマ」のブランドを冠して発売されたこと、そして、その存在自体が長いあいだ確認されていなかったことによります。
なにしろこのゲーム、シエラ・オンラインという大手から発売されたにもかかわらず、実物を所有しているという人が皆無でした。つまり売れなかったわけですが、そもそも発売元のシエラも、このゲームに関しては雑誌に広告を載せたのが一度あるだけで、それ以外まったく宣伝した形跡がないのです。(シエラの製品カタログでは紹介されていたとの説もありますが、いずれにしても外部に出たものではありません)
そもそもVIC-20自体がマイナーな機種であり、しかもこの機種の場合、出ているゲームソフトはROMカートリッジ版が大半なのですが、「ドラッシュ山」はカセットテープ版のみでの発売でした。データレコーダーを所有しているVICユーザーはさほど多くなかったでしょうから、このことも売行きに関しては不利に働いてしまいます。
このような状況が、世間の大きな関心を呼び、さまざまな憶測が語られるようになります。その中でもとりわけ有名なのが、シエラ・オンラインはこの作品を「ウルティマ」の作者、リチャード・ギャリオットに無断で出したのではないか、というものでした。
当時、シエラは「ウルティマ2」の発売元でもあり、ギャリオットとはいわば仕事上でのパートナーではありました。その関係につけこんで、平凡なゲームに「ウルティマ」のブランドを付けて出そうとしたものの、いざ発売が決まった段階になって、権利者に無断で出すというのはやはりまずいと判断し、製造ロットは最小限に抑えて、宣伝もほとんど行わず、存在自体を闇に葬り去ろうとしたというのです。後に判明するのですが、このような主張のほとんどが間違いでした。
とはいえ、肝心のモノがない以上、単なる憶測でしかありません。「ドラッシュ山」は、実は存在しないか、あるいは発売されなかったのではないかという見方まで出るほどで、いわば幻の「ウルティマ」とされていたのです。
それが覆ったのが2000年のことでした。実物の「ドラッシュ山」が発見されたのです。しかも見つかった状況が意外きわまりないものでした。カナダはバンクーバーにある崖の底に捨てられてあったゲームソフトの中に混ざっていたというのです。誰のしわざなのかは分かりませんが、おそらくは小売店か流通業者が過剰在庫を不法投棄したのでしょう。その中に「ドラッシュ山」が入っていたわけです。
見つかったゲームは、長年野外に放置されていたため、箱の状態は悪かったのですが、中のカセットテープは完動品でした。しかも、付属品である説明書とユーザー登録ハガキもちゃんと揃っていました。

(「発掘」されたゲームの箱。かなり劣化しています。箱絵は「ウルティマ2」に使われたものの流用)
こうして実在が確認されると、あちこちで改めて探されるようになったのか、「ドラッシュ山」のカセットテープがぽつりぽつりと出てくるようになりました(そもそも、現物が出てくるまで「ドラッシュ山」はROMカートリッジで出ていたと思われていたところがあり、それもまた見つかりにくかった原因でしょう)。その一部はネットオークションにも出品されています。とはいえ、今に至るまで確認されている実物は10数点のみ、しかも付属品がすべて揃っているものはほとんどないという状態で、あいかわらず相当な稀少品であり続けています。
また現物が出てきたということで、ゲーム自体も改めて検証されたのですが、そうして分かったのは、この作品は「ウルティマ」とはほとんど何の関係もない、ということでした。
「ドラッシュ山」とは「ウルティマ1」に登場するダンジョンの名前です。また作中に「garrintrots」というキャラクタが登場しており、これはリチャード・ギャリオットの名前をもじったものと思われますが、いずれにしても、それ以外には何の関連も見つからなかったのです。
カセットテープで出た理由も判明しました。プログラムがROMカートリッジには収まらないサイズだったのです。また動作には8kまたは16kの拡張メモリが必要で、これもまた売れにくい要素といえます。

(「ドラッシュ山」のカセットテープ。なぜか発売年の表記がありません)
また、発売にまつわる事情も次第に分かってきました。2011年にこのゲームをイーベイに出品した人がいたのですが、売主にリチャード・ギャリオット本人が連絡して事情を説明したほか、当時シエラの関係者だったという人物が詳細なコメントを残しており、当時の状況が改めて明らかにされたのです。(現在は残念ながらギャリオット氏のコメントは見られないようです)
この元関係者氏によると、ギャリオット氏は「ドラッシュ山」について当初から知っており、シエラは「ウルティマ」の商標を無断で使用していたわけではなく、またシエラが「ドラッシュ山」の存在を隠そうとしていた事実もないとのことです。
考えてみれば、こうした主張にはすべて裏付けがあります。まず「ドラッシュ山」の作者はギャリオット氏の旧友であり、何らかの協力(「ウルティマ」ブランドの提供に同意)をしたとしても不思議ではありません。またシエラは当時すでに商標がらみのトラブルをいくつも経験しており、そうした問題にいいかげんな対処をするとも考えにくい。ゲームの宣伝をほとんどしなかったのも、発売当時にVIC-20のゲーム市場が相当に冷え込んでいたことを考えると、積極的に売るつもりになれなかったと見ても違和感はないでしょう。(ではなぜ、そもそも発売したのかという疑問が出てくるのですが、これについて元関係者氏は、デバッグに手間取っていて発売が遅れたと説明しています)
こうして数々の疑問が解消されたわけですが、現在レトロゲーム研究者の間で問題とされているのは、むしろかつての憶測がいまだに事実として語られていることなのです。確かに話としては「権利者に無断で商標が使われた」「発売元は存在自体を隠蔽しようとした」という方が面白いかもしれませんが、事実は事実です。新たに判明した時点で、過去の誤りは積極的に訂正していくべきでしょう。
The Digital Antiquarian - The Legend of Escape from Mt. Drash
