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雑誌「ゲーム・インフォーマー」の今年6月号にスティーブ・ウォズニアックがゲームを語るというインタビューが掲載されていました。最近になって、その内容がウェブで公開されましたので、その抄訳を2回に分けてお届けします。

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あなたにとって、ゲームにまつわる最初の思い出はどういうものでしたか。

ゲームはずいぶん遊んだよ。一人用のゲームをいろいろやっているうちに夏が終わった、なんてことも何度かあった。本当にゲームは好きだったね。

ぼくの人生はとても幸せで、愉快なものだった。

後になって思い至ったことだけど、人生っていうのは、つまるところ幸福がすべてなんだ。幸せかどうか。それが人生を評価する尺度になっている。

どれくらい成功したとか、何を持っているかとか、そういうことじゃない。ヨットを何隻持っていようと関係ない。笑っていられるかどうかがすべてなんだ。

今だってそうだよ。何時間もかけてメールを片づけて、くたくたになったら、一休みして、ネットでカードゲームをやったり、ゲームボーイでテトリスを遊んでいる。


(テトリスに興じるウォズ)

ゲームをプログラミングされた時の思い出を話していただけますか。

ゲームを作ろうなんて考えたこともなかったよ。電子機器の設計ってことでは腕に自信はあったけど、ゲームについては特に意識したりしなかった。コンピュータと論理ゲームを組み合わせたものかなって思っていたくらいでね。そういうものなら、小学6年の時だけど、三目遊び(いわゆる○×遊び)のゲーム機を自作したことがある。木の板に、トランジスタや抵抗ダイオード、電源を打ち付けて作ったものだった。

その後で「ポン」を見たんだ。テレビの構造は分かってたし、画面に線を描画したり、ドットを動かしたりするためのシグナルも知っていた。それで「ポン」を自作してみた。1ドルのチップを28個使った、小さな機械だった。

ぼくが作った「ポン」を、アタリに持ちこんだのがスティーブ・ジョブズだった。その「ポン」を見せられたアタリの連中は、てっきりジョブズが作ったものだと勘違いした。それで彼を採用したんだ。実際には何もしていないんだけどね。そもそも、彼は設計なんて何ひとつ出来なかった。

いや、それは言いすぎだな。実際にはちょっとばかり心得はあったんだ。細かいところに手を入れたり、サウンドチップを付け加えてゲームに音を足すくらいのことはできたから。

彼は夜間勤務で、社内には他に誰もいなかったから、ぼくもよく立ち寄っては、アタリの新作ゲームを見せてもらってたよ。ゲームは作るのも好きだけど、遊ぶのも大好きだからね。それでアタリ向けに「ブレイクアウト」(ブロック崩し)を設計したんだ。

「ブレイクアウト」を手がけられたのは、どういう事情があったのでしょうか。

スティーブ・ジョブズからは、アイデア自体はノーラン・ブッシュネルのものだって聞いた。ブッシュネルは「ポン」を一人用にしたものを作りたいと思っていたんだ。レンガがあって、これこれこうで、ってスティーブに説明してもらったよ。

ただ、今になって思うと、あのゲームのアイデアはスティーブのもので、それをノーラン・ブッシュネルに売りつけたのかもしれない。なにしろスティーブの説明が実に細かいものだったからね。スコアはかならず画面の一番下に表示しないといけないとか。

あれは本当に楽しい作業だった。もう「ポン」は作っていたから、それを拡張したものを作ればいいだけだったしね。

その後で、あなたはアタリに雇われたわけですか。

うーん、スティーブ・ジョブズがやって来て、アタリが「ブレイクアウト」の設計をぼくに頼みたがっているとは言われたね。でもって、作業にかけられる時間は4日間しかなかった。アタリは大卒でもない[ウォズは大学を中退したが、アップルを創業した後に復学して卒業した]ぼくを雇ったわけだ。それに、設計者としては誰にも負けないっていう自信もあった。でも、4日だからね。とても無理だと思ったよ。

それで4日間、一睡もせずに作業した。スティーブもぼくも単核球症っていう、一種の睡眠障害を抱えていたんだ。それでも結局は、きちんと動作する「ブレイクアウト」を納品できた。あれはまったくもって名作だった。

ただ、アタリの技術者はぼくの設計が理解できないようだった。実に端正で、先進的なものだったけど、連中にはそれが何なのか分からなかったんだ。ぼくが彼らに説明する機会もなかった。アタリがあれをどうしたのかも知らないんだ。

連中はスティーブ・ジョブズにギャラを支払って、ジョブズはぼくに金を渡した。その額は、アタリが払ったギャラの半分ということになっているけどね。

それについては諸説ありますが。

その通り。まあ、ささいなことだけども。ただジョブズはぼくにはっきり言ったよ。われわれの取り分は700ドルだったって。それで彼はぼくに350ドル分の小切手をよこした。ところが彼は何千ドルも受け取っていたんだ。

彼はああいうことを言うべきではなかった。なにしろ、ぼくたちは親友だったからね。

そういうことはあったけど、とにかくやってみて楽しかったから、それ以外のことはどうでも良かった。金なんてどうでもいい。ただ、ぼくにとって友情や正直さはとても大切なものなんだ。


後篇につづく)