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アタリのドライブ・ゲーム「ハード・ドライビン」には、未発売に終わったNESへの移植版が存在します。当時イギリスのある雑誌で取り上げられていたのですが、具体的な内容については、これがほとんど唯一の情報だったようです。

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雑誌広告では告知されていたそうなので、NES版の存在自体は認知されていたと思われますが、内容についてはその記事を見る以外に知りようがなかったわけです。

これはネットの時代になってからも変わらなかったようで、ネットでNES版「ハード・ドライビン」を紹介していたのは、「ロスト・レベルス」という、未発表に終わったゲームの情報を集めているサイトだけでした。もっともそのサイトの記述も、例の雑誌記事をまとめたものでしたが、それ以外に情報がないのですから、やむを得ないところでしょう。

ただし、その「ロスト・レベルス」の管理者にとっても、NES版の「ハード・ドライビン」はことのほか気になる作品だったようで、今から10年前にサイトを開設した際に、まっさきに紹介したのがこのゲームでした。

転機は4年前に訪れました。サイト管理者のところに突然、NES版「ハード・ドライビン」のプログラマであるマーク・モリスからメールが送られてきたのです。検索でサイトのことを知った、取り上げてくれたことに感謝したいという内容でした。

その後、メールのやりとりを続けるうちに、二人ともサンフランシスコ周辺に住んでいることが分かり、直接会ったところ、たちまち親しくなったのです。この出会いは双方にとって前向きなものでした。

当時のモリス氏は随分前にゲームの仕事を離れ、別の分野で働いていたのですが、あまり満足のいく状況にはありませんでした。

そして氏にとって心残りだったのが、NES版の「ハード・ドライビン」でした。自身としては満足のゆく出来になりそうだったのが、完成前に会社の判断で発売中止となり、そのことがずっと心にひっかかっていました。

そしてある日、ネットで検索したところ、自分がかつて手がけたゲームが好意的に紹介されているのを知り、そのサイト「ロスト・レベルス」の管理人にメールを送ったのです。

このことはモリス氏にとって大きな意義がありました。いろいろと自信を失くしていたところに、かつて心血を注いだゲームが思いのほか評価されていることを知り、ゲーム・プログラマ時代の情熱を思い出したことで、仕事への意欲を取り戻したとまで言います。

そして、今年8月に10周年を迎える「ロスト・レベルス」は、その記念として、管理人にとっても思い出深いNES版「ハード・ドライビン」を改めて取り上げました。記事では、作者であるマーク・モリスへのインタビューに加え、NES版「ハード・ドライビン」の初期バージョンも公開したのです。



(NES版「ハード・ドライビン」のプレイ動画。エミュレータで動かしているため、一部表示がおかしくなっています【後述】)

ここからは、そのインタビューを元に、NES版「ハード・ドライビン」の背景についてまとめてゆきたいと思います。

まず、NES版を作るきっかけになったのは、発売元であったテンゲンの依頼でした。テンゲンとしては、単に家庭用の権利を持っていたからという理由で提案したらしいのですが、当時のモリス氏は、技術力のあるプログラマ・チームに所属していたこともあり、出来ると思ったそうです。

それでもNESで「ハード・ドライビン」を作るのはいくらなんでも無茶では、という問いには、確かにどうかしていたけど、あの頃はゲーム開発なんて正気じゃ務まらなかったからね、と答えています。

当時、モリス氏はすでにNESで「ロードブラスターズ」(Roadblasters)という、これもアタリのアーケードゲームを移植していました。つまり、過去に似たような作品を作った経験があったわけです。また同じチームに、既にアタリSTで「ハード・ドライビン」を作っていたプログラマがいたため、そのST版のノウハウが利用できたことも大きかったといいます。



(モリス氏が移植を手がけた、NES版「ロードブラスターズ」の動画)

モリス氏は子供の頃からアーケードに熱心に通っており、アタリの作品群にも思い入れがあったため、移植に関わることができて光栄に思っていたそうです。

それでもやはり、NESのスペックで「ハード・ドライビン」を再現するのは相当に困難だったようですが、モリス氏は数々の特殊なテクニックを用いることで、自身でも納得のゆくレベルのものを作ることができました。それはあまりにも特殊なため、現在のエミュレータでは正常に再現できないほどのものでした。

コースの通常の部分はNESの従来のドライブゲームと同じですが、ループなどの特殊な場面では異なるアプローチを採っています。

つまり、走行中にループなどに入ると、あらかじめレンダリングされたムービーが再生される仕組みになっているのです。ただし、その間もまったく何もできないわけではなく、左右には移動できます。それに応じて画面も変わりますし、コースアウトも同様に検出されます。

また、このゲームはエミュレータでは画面に乱れが出るなどして正常に動作しませんが、実機であれば適切に動くそうです。ただし、カートリッジでもFlashはダメで、EPROMに焼いたものでなければなりません。

このように高度な技術によって実現した移植なのですが、残念なことにNES版「ハード・ドライビン」は完成前に発売中止の決定が下ってしまいました。その理由は、(妙な話ですが)テンゲンの上層部がゲームの出来を見て発売できるレベルにないと判断したことと、ROMカートリッジを特殊な仕様にする必要があったため、コスト面で採算が取れそうになかったためだといいます。また、当時のテンゲンが「テトリス」をめぐるトラブルを抱えており、いろいろと余裕がなかったことも一因でした。

一方で、発売前に雑誌広告でNES版「ハード・ドライビン」の告知が出ていたのですが、事前予約の集まりが芳しくなかったそうで、そのことも関係しているようです。

賢明なことに、モリス氏は過去の作品をすべて個人的に保管しており、その中には発売中止になったNES版「ハード・ドライビン」のROMカートリッジも含まれていました。

(なお前述したように、モリス氏はNES版「ハード・ドライビン」のファイルを公開しています。このエントリの一番下に元記事へのリンクがありますが、そちらからファイルをダウンロードできます)

モリス氏は今なお、自ら手がけたNESのゲームの数々こそ、過去の仕事の中でもっとも誇りに思っているものだといいます。だからこそ、サイトで再評価されたことは、氏にとって大きな意味がありました。とりわけ、自信作でありながら日の目を見ることがなかったタイトルとあっては尚更のことでしょう。

確かにNES版の「ハード・ドライビン」は相当の出来であり、これが当時発売されなかったのは残念なことでした。

「ハード・ドライビン」の8ビット機への移植は、他にコモドール64版とシンクレアZXスペクトラム版、アムストラッドCPC版が存在します。これらと比較すると、モリス氏のNES版が突出した出来であることがお分かりいただけるかと思います。







なお現在のモリス氏は、ゲーム制作にも復帰されたそうです。もしかすると近い将来、氏の新作が見られるかもしれません。

(おわり)

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Hard Drivin' - Lost Levels - A website about unreleased video games.