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アドベンチャーゲームとは一回きりのもので、クリアしてしまえばそれでおしまい、というのが常識ですが、それを克服しようとした試みもありました。その中でもとりわけ知られているのが、1983年にエレクトリック・アーツより発売された「ジンダーノフ号の殺人」(Murder on the Zinderneuf)です。

「ジンダーノフ号」は、それまでのアドベンチャーゲームの定石にことごとく外れた作品でした。ジャンルとしては、いわゆるミステリの密室殺人ものなのですが、1ゲームは40分ほどで終了するリアルタイム形式で、しかも物語の筋書き(プロット)が毎回変わるのです。舞台設定こそ共通ですが、被害者や真犯人、殺人の動機は毎回違いますし、それにあわせてゲーム内の文章も変わります。

作品世界の設定も実に凝っていました。時は1936年、舞台となる豪華客船「ジンダーノフ号」はロンドンとニューヨークを結ぶ大型の飛行船です。乗客は16名で、それぞれ専用の部屋をあてがわれています。ところが、大西洋を横断中に船内で殺人が発生してしまい、たまたま乗り合わせた探偵が事件の解決に乗り出します。もちろん、プレイヤーがこの探偵役を務めることになります。

乗客についてはマニュアルに説明があります。身元や履歴のほか、外見(髪の色、メガネの有無、喫煙者かどうかなど)まで細かく設定されており、ゲーム内でのグラフィックもそれに準じています。また、基本的な性格こそ変わりませんが、その気質(短気か、気が長いか)はゲーム毎に変わります。

それぞれの乗客は30年代の著名人を元にしており、名前こそ変えてありますが、マニュアルにある解説を読めば、誰がモデルなのか、たちまち分かるようになっています。

たとえば、元オリンピック金メダリストの映画俳優なら、これはワイズミュラーだなと見当がつきますし、年配の実業家と結婚した元踊り子なら、サリー・ランド(20年代に活躍したダンサー)という具合です(複数の著名人を組み合わせたと思われるケースもあります)。

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(ボストン在住のオカルト愛好者、という設定の乗客「フィリップ・ウルクラフト」(Philip Wollcraft)に話しかけてみたところ、「謎めいた言語」が返ってきました)

また、プレイヤーが操作する探偵も複数の人格から選ぶようになっています。候補は8人いて、ゲームの開始時に選択するのですが、同じく著名人がモデルになっています。もっともこちらは実在の人物ではなく、小説や映画の登場人物です。

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(プレイヤー・キャラクタの選択メニュー)

リストの名前をみれば明らかなように、モデルとなるのはシャーロック・ホームズ、サム・スペード、エルキュール・ポワロ、クルーゾー警部といった人々で、こうした架空の存在に基づいて性格も設定されています。

具体的には、捜査の際の手法やスタイルに反映されます。捜査の主な要素は、証拠探しと容疑者の訊問なのですが、それぞれの探偵の得意不得意や性格に基づいてゲームは進行します。

たとえば、このゲームでは訊問にあたって、どのような調子で接するか選択できるのですが、マイク・ハマーなら「強引に迫る」「暴力に訴える」といった選択肢が出てきますし、ミス・マープルなら「とにかく喋りまくる」「共感を示す」などの手法が選べます。

操作はすべてジョイスティックで行うため、キー入力はほとんど必要ありません。画面の多くを占めるのは船内の様子で、上部に3行ほどのテキスト表示があります。プレイヤーはジョイスティックを使って船内を移動し、あちこちの部屋で証拠を探し、乗客と会話(すべて選択式)することになります。


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(ジンダーノフ号の見取り図。客室とそれぞれの利用者が示されています)

ジンダーノフ号は事件発生の12時間後にはニューヨークに到着してしまいます。乗客に下船されてしまえばもう拘束できませんので、それまでに証拠を集め、犯人を突き止めなければなりません。みごと事件を解決できた場合でも、ゲーム内の進行に基づいて、終了後に6段階の評価が下されます。(被害者、真犯人ともに1人という設定は変わりません。また解決できなかった場合は、犯人が誰なのか教えてもらえます)。

ゲーム内の時間は、1分が実時間の約20分に相当しているため、実際のゲームは1回あたり36分ほどで終了となります。

このように、コンセプトも技術的にもじつに先進的な作品であり、当時の雑誌でも高く評価されました。これまでにない新機軸を盛り込んだゲームであるのに加え、作品世界の基調である1930年代趣味のほか、探偵ものの小説や映画の知識をふんだんに取り入れたところも、こうした評価につながったといえます。

ところが、「ジンダーノフ号の殺人」は売行きという点ではほどほどの成功に終わりました。また現在においても、主に語られるのはその趣向や先進的な要素であって、ゲームとして面白いのかどうかという肝心のところはあまり話題にされていないようです。

実はこのゲーム、いくつかの難点があります。

まず、ゲームプレイにおいてマニュアルをたびたび参照しなければならないことがあります。実に細かい設定がなされている作品なのですが、そのほとんどはマニュアルに文章という形でまとめられているのです。ゲーム画面に表示されるテキストは、選択するためのコマンドや、キャラクタ同士の会話がほとんどであり、たとえば細かな情景描写などはマニュアルを見るしかありません。

マニュアルを援用するという趣向は、たとえば「テンプル・オブ・アプシャイ」(詳しくはこちら)などにもありましたが、なにしろ「ジンダーノフ号」は1ゲーム36分という制限時間があり、しかもリアルタイムで進行します。たとえば部屋に入るたびにいちいちマニュアルの対応するページをめくり、文章を読むのはなかなか大変ですし、またこのような手間が、ゲーム世界への没入のさまたげになることは言うまでもないでしょう。

もっとも、こうした手間もゲームを何度か繰り返すうちに気にならなくなります。慣れてくれば、マニュアルにある内容が自然と頭に入ってくるためです。ですが、そうなる頃にはまた別の問題が出てきます。

結論を先にいうと、何度もプレイするうちに、ストーリーのパターンが見えてきてしまうのです。

数字はあくまで推定ですが、このゲームには中心となるプロットが8つあり、それにぶらさがる形でサブプロットが40いくつあると言われています。複数の探偵が選べるほか、真犯人や被害者、殺人の動機が毎回変わることを考えると、そのバリエーションは相当な数に及ぶはずです。それでも「繰り返し遊ぶうちに、先の展開がなんとなく見えてきてしまう」という部分は解決できませんでした。

いずれにせよ、このような作品を実際に形にするのは大変な苦労を伴ったことでしょう。なにしろパラメータが相当な数あり、それに合うようなテキストを表示しなければならないのです。

表示するテキストは、固有名詞のほか、性別や時制も考慮しなければなりません。その時の状況に応じて違和感のないテキストを生成できるようにするには、事前にかなり考えたうえでプログラミングしなければならないはずです。デバッグも、チェックの手間は相当なものだったでしょうし、外国語への移植はほぼ不可能でしょう。事実、「ジンダーノフ号」のコンセプトを受け継ぐようなゲームは、今に至るまで皆無なのです。

それにしても、メモリ48Kの8ビットPCでこのようなプログラムを実現したのですから、昔の技術者は本当に凄かったんだなとしか言いようがありません。その意味でも興味深い作品といえます。




(1939年公開のアメリカ映画「ボー・ジェスト」の予告編。作中に「ジンダーノフ」という地名が登場しており、おそらくこの作品からタイトルを取ったものと思われます)

Murder on the Zinderneuf - wikipedia