softline-wiz-title

コンピュータRPGを代表する二大シリーズといえば「ウィザードリイ」と「ウルティマ」ですが、いずれも1981年に発売されたものの、時期的には「ウルティマ」が先に出ていました。
「ウルティマ」はそれこそ新機軸のかたまりのようなゲームで、そのような作品に先行されたことは「ウィザードリイ」にとって大いに不利だったはずです。ところが「ウィザードリイ」は当初より熱狂的に迎え入れられ、それは単なる、よくできたゲームに対する反応をはるかに超えたものでした。

その一端を伝えているのが「ソフトライン」という雑誌の1982年3月号で、「ウィザードリイ」への反響を大きく取り上げているほか、共作者のロバート・ウッドヘッドへの取材記事を掲載しています。

ここでは、その記事から抜粋して、当時のアメリカの様子をお伝えできればと思います。

* * *

今のアメリカでは、コンピュータRPGというものが急速に人気を博しつつある。そして、その頂点にあるのが「ウィザードリイ」という作品である。

それはテーブルトップRPGの「ダンジョンズ&ドラゴンズ」をコンピュータでもっとも忠実に再現した作品といわれ、1981年を代表するゲームとの声も高い。今年3月には、第2シナリオの「ナイト・オブ・ダイヤモンド」が発売される予定だが、そちらも1982年度を代表する作品になることだろう。


「ウィザードリイ」をめぐる熱狂

まだ発売から間もないというのに、「ウィザードリイ」は大きな反響を引き起こしており、それは作者のふたり、アンドルー・グリーンバーグとロバート・ウッドヘッドにとっても驚きとなっている。

たとえば、大手パソコン通信サービス「ザ・ソース」では、ゲームフォーラムが「ウィザードリイ」ファンの書き込みに占領された状態になっている。今回の記事を書くために、意見を求める書き込みをしてみたところ、実に熱心な反応が返ってきた。ここではその一部をご紹介しよう。

「昼間のきつい仕事の後でリラックスする助けになっている」

「めずらしいアイテムを手に入れた時が最高に楽しい。迷路のマッピングも」

「それこそ夜明けまで延々と遊んでしまう。職場の上司も夢中になってプレイしている」

中には、意外な発見を思わせる反応もあった。

「このゲームの戦闘から、未来の戦争ってこんな感じになるんじゃないかと思ってしまう。それはコンピュータの前で展開される、人間味のない、計算されたものなのだ」

「自分でつくったキャラクターに入れ込むあまり、自分自身とキャラクターを同一視してしまうことがある。3日間ぶっつづけでプレイしたあげく、パーティを全滅させた時は、ほんとうに泣きそうになってしまった」


「ウィザードリイ」に救われた子供

他にも、「ウィザードリイ」を現実世界と関連づける意見があった。たとえば、あるビジネスマンは、このゲームがチーム運営の参考になると考えている。

それぞれ能力の違うメンバー数名からなるチームを管理するには、各メンバーの特性を考慮したうえで、共通の目標を達成しなければならない。その目標にしても、単に生き残りだけを考えることもあれば、能力を高めたり、経済的な見返りを求めることもある。それは現実も「ウィザードリイ」も変わらないというわけだ。

また大学では、教育学の講座で「ウィザードリイ」を使う試みも始まっている。架空の世界を題材にした、もっとも出来のよいプログラムということで選ばれたそうなのだが、今のところ反応は上々で、高校や大学レベルでの教材に適しているそうだ。

医療の現場に活用する例も出てきている。ニューヨークの精神科医で、児童心理学の専門家でもあるロン・リービ博士は自身のクリニックで「ウィザードリイ」を使った治療を行い、すでに一定の成果をあげているという。

「わたしはこのゲームを、心理的な問題をかかえた子供の治療に使っていますが、驚くほどの成果をあげています」

「たとえば、仮に名前をジムとしますが、ある子供の例があります。本来はとても聡明な子なのですが、小学校での成績が思わしくなく、死にたいと家族に話したことで診察に連れてこられたのです。本人は明らかに嫌がっていましたし、わたしともいっさい口をきこうとしませんでした」

「することといえば、ただ悲しそうな顔で、床を見つめるだけなのです。待合室ではご両親が心配そうにしていました。自殺願望を口にしていたので、ひとまず預かることにしましたが、何も話そうとしないので、手の打ちようがありませんでした」

「それが、ウィザードリイのおかげで変わったのです。それははっきりと分かりました。アップルでゲームをしてみないかとわたしが誘うと、ジムは関心を示しました。そしてウィザードリイの話をしたところ、強い興味を見せてきたのです」

「キャラクターを作って、名前を付け、それから1時間ほどプレイしていました。30分を過ぎた頃には、わたしと口をきくようになり、プレイの内容を説明してくれました。遊んでいるようすを観察しつつ、話をすることで、わたしはジムのことをよりよく理解するようになりました」

「分かったのは、ジムはべつに鬱などではなく、興味のあることには熱心に取り組むことができるということです。そこで、いったい何が憂鬱なのか、話し合ってみました。面談が終わる頃には、死ぬつもりはなくなったと言うのです。どうしてなのかと聞くと、またウィザードリイで遊びたいから、と話していました」

「ジムの他にも、同じように、ウィザードリイを使うことで、より的確な診断ができた症例があります。当初の印象ではかなり重い症状と思われたのが、実はさほどでもなかったというケースです」

「ウィザードリイは、あくまで娯楽のために作られたゲームでしょう。ですが、子供の治療というわたしの仕事において、実に有効なツールになってくれているのです」

そこで、リービ博士に改めて取材したところ、他にも興味深い意見を聞くことができた。

「ウィザードリイは、ウルティマとは大きな違いがありますが、それには視点の問題があります。ウルティマは客観的ですが、ウィザードリイは主観的です」

それがウルティマのRPGとしての弱みになっている、と博士は考えるのだ。

また、ダンジョンでキャラクタを成長させるという仕組みが、人間の子供の成長と共通するところが多いとも指摘する。

「自分で作ったキャラクターが、どんな活躍をしたのか。それを子供に説明させてみるのです。すると、やがて子供自身が、人生においてはいろんな障害やトラブルを乗り越えなければならない、ということに気づくようになります」

「子供にとって、実際にはとても怖くてできないようなことも、自分で作ったキャラクターならできますから」


「ウィザードリイ」にみる人間の心理

さらに、こうした考察から博士はある仮説を組み立てた。

ウィザードリイが他のRPGと異なる点として、プレイヤーは1人ではなく、6人編成のパーティで動くことがあげられる。

そもそも、ダンジョンにいるモンスターは、かなりの強敵であって、1人のキャラクターではとても対処できない。したがって、1人のキャラクターだけを使ったゲームとは違って、ウィザードリイでは6つの異なるキャラクターを育てる必要がある。

その全員が、それぞれ異なる個性と、能力をもっている。よって、キャラクターを育て、相互に協力させることが、プレイヤーの目標になるのだ。

そしてこれは、ヘッセが提唱した「人格の断片化」という概念に、実によく似ているのだ。(いわゆる多重人格において、ひとつひとつの人格は、その人本来の人格のごく一部であるとする考え)

博士はこの仮説をきわめて有望視しており、現実にあてはめて説明できると考えている。

「子供は1人のキャラクターよりも6人編成のパーティの方に、より深い思い入れを持つことができます。それがまた、ウィザードリイの大きな長所になっているのです」

またウィザードリイの治療効果については、こう語ってくれた。

「このゲームでは、さまざまな能力を組み合わせては活用していくわけですが、それが子供に、こんなことを連想させるのです。つまり、根本的な不安や、困難な状況も、根気強く取り組むことで、いつか乗り越えることができる」

「自分の力を過信せず、何度も挑戦することで、目標に近づくことができる。それがウィザードリイから得られる教訓なのです」

* * *

かつて日本でも「ウィザードリイ」を紹介する文章で、医療の現場でも使われているという説明があったりしましたが、おそらくはこの記事が元なのでしょう。

この記事を書いたのはロー・アダムスというライターですが、この人はRPGに熱中するあまり、ついには作り手の側に回ったという経歴の持ち主で、「ウィザードリイ」や「ウルティマ」「バーズ・テイル」などの作品に関わっています。とりわけ有名なのが「ウルティマ4」に出てくる「8つの徳」というアイデアで、これをリチャード・ギャリオットと一緒になって作り上げたのがアダムスだと言われています。

RPGに道徳の要素を取り入れるというアイデア自体はリチャード・ギャリオットが思いついたとされていますが、アダムスにとってはこの記事がヒントになったのかもしれません。

それにしても、この時代に「ウィザードリイ」に出会えた人たちは、本当に幸運だったと言えます。その多くはたいした知識もなく、ただ売れてる作品、面白いと評判のゲームというだけで手にしたわけですが、結果として、まったく新しい形の「遊び」に接することになりました。その驚きは、今となっては想像もつかないほどのものだったに違いありません。



(「ウィザードリイ」の歴史を、D&Dの誕生やメインフレームのRPGなどと関連して振り返る動画です)