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今年6月、配信サイトのSteamに一作のゲームが登場しました。「ダイノ・エッグス・リバース」(Dino Eggs Rebirth)というアクションゲームで、かつてアップルⅡで好評を博した作品のリメイクです。
基本的にはドンキーコング風のプラットフォームゲームなのですが、このリメイク版ではオリジナルの趣向を生かしつつも内容を大幅に拡充し、ネットワーク対応など現代の環境を考慮したものになっています。

ゲームの世界では過去作のリメイク自体はめずらしいものではありませんが、たいていはアーケードや家庭用ゲーム機の作品であって、初期のPC、それも8ビット時代のものとなると、それほど多くはありません。さらにいうとこの作品、完成に至るまでの道のりに、実に興味深いところがあるのです。

そのあたりの事情を紹介するにあたり、まずは本作の作者であるアメリカ人、デイビット・H・シュレーダー(David H. Schroeder)氏の歩みを振り返るところから始めたいと思います。

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(「ダイノ・エッグス」発表当時のシュレーダー氏) www.davidhschroeder.com


始まりは「クライシス・マウンテン」

シュレーダー氏が初めて手がけたゲームは「クライシス・マウンテン」(Crisis Mountain)という作品でした。オリジナルはアップルⅡで、1982年に発売されています。これもドンキーコングを思わせるプラットフォームゲームなのですが、当時としてはかなりの出来で、日本の雑誌でも取り上げられたほか、PC-8801やFM-7などの国産機にも移植されているため、日本でも比較的なじみのある作品でしょう。


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このゲームを氏は1年かけて作りました。もっとも、当時の氏は自分のコンピュータを持っていませんでした。ぜひとも欲しかったのですが、買うだけの余裕がなかったのです。

そもそも、氏がゲーム作りに手を染めたのは、アーケードゲームに熱中したことがきっかけでした。1980年頃のアーケードはまさに黄金時代で、歴史的名作が次から次へと登場していたのですが、そうした作品群に接するうち、自分でもゲームを作ってみたくなったのです。

とはいえ、当時の氏にはPCを買うだけの余裕も、さらにはゲーム作りの知識も皆無でした。そこでひとまず、近所の短大で開講されていたコンピュータ講座に通うことにしました。そうすればプログラミングが学べるだけでなく、そこに置いてあるコンピュータも使えるはずだからです。

その目論見はみごとに当たり、学校ではアップルⅡが自由に使えたほか、プログラミング関係の技術書までそろっていました。そこでまずはBASICから始め、やがて6502のマシン語を勉強するようになり、その一方でドンキーコングをモデルにしたゲームのアイデアを固めていきました。そうして出来上がったのが「クライシス・マウンテン」だったのです。

主人公を操作して、敵を避けつつ鉱山に仕掛けられた爆弾を解除していくというのがその内容でしたが、画面上をキャラクタがヒョコヒョコと動く、なんとも不思議な味わいのある作品で、似たような作品が他になかったこともあり、たちまち好評を得ることができました。

こうして、第1作がいきなりヒットするという、幸先のいいスタートを切ったわけですが、シュレーダー氏は完成直後から早くも次作に取り掛かっています。それには理由がありました。創作意欲が高まっていたこともありますが、そもそもPCゲームの世界がおちおち休んでいられないほどのペースで動いていたのです。

82年当時のアップルⅡゲームは急速な勢いでレベルが上昇しており、「クライシス」が出た頃はほとんど見られなかったドンキーコング風のゲームも、その後まもなくして各社から発売されるようになりました。とりわけシュレーダー氏が意識したのが、1982年末に発売された「マイナー2049」(Miner 2049er)です。



(「マイナー2049」。日本でもPC-8801、FM-7などに移植された世界的なヒット作です。ここにあげた動画はスーパーカセットビジョン版)

「クライシス」の成功で、ようやく自分のアップルⅡを入手したシュレーダー氏が次に考えたのは、やはりドンキーコング風のプラットフォームゲームでした。それが「ダイノ・エッグス」(Dino Eggs)で、前作を上回る評価を獲得し、今に至るまでシュレーダー氏の代表作となっています。


シュールでユーモラス

「クライシス」の後、同じく1年間かけてシュレーダー氏が作り上げたのが「ダイノ・エッグス」でした。前作で得たノウハウを投入しつつ、内容的にはまったく異なる方向性を持ったゲームに仕上がっています。


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前作同様、「ダイノ・エッグス」にも明確なストーリーが設定されています。ゲームの主人公は時間旅行者の「タイムマスター・ティム」(Time Master Tim)で、考古学者として太古の世界に棲む恐竜を調査していました。ところが手違いで現代病のウイルスを持ち込んでしまいます。恐竜が絶滅する恐れが生じたため、ティムは恐竜の卵、ダイノ・エッグスを集め、現代に持ち帰ることにしました。

プレイヤーはこのティムを操り、恐竜の卵を集めることになります。床からぶらさがる丸石を取り除くと、そこには卵が隠れており、そのまま取ることができます。ゲームの開始時、ティムはワープゲートから登場しますが、このゲートが面クリアの際の出口にもなります。卵を持った状態でこのゲートに戻れば、その卵を救ったことになるのですが、同時に持てる卵の数は3個までのため、何度かゲートをくぐらなければなりません。それを繰り返し、すべての卵を集めてゲートに戻れば面クリアとなります。

もちろん、ティムを妨害する敵も登場します。主な敵が、横方向に動くヘビと、縦方向に動くクモで、ヘビはジャンプすることで避けられますし、クモはぶらさがっている糸に触れれば退治できます。

そして何より手ごわいのが、ダイノ・マム(Dino Mom)です。その名のとおり恐竜のお母さんで、自ら生んだ卵を盗もうとするプレイヤーに鉄槌をくらわせてきます。具体的には、画面の上から巨大な恐竜の足がプレイヤーめがけて降ってくるのです。


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(ダイノ・マムが襲来したようす。足が降ってくるすこし前に、画面下に警告のメッセージが表示されます)

「ダイノ・エッグス」が今に至るまで根強い人気を保っているのは、ゲームバランスの良さもさることながら、このダイノ・マムの存在が大きいといえます。それほどまでにこの巨大な足にはインパクトがありました。

アップルⅡのハイレゾ・グラフィックスで大きなキャラクタを動かすのは大変なことですが、それをいち早く実現しただけでなく、この足が唐突に降ってくるというモンティ・パイソンを思わせる演出によってゲームにユーモアとシュールな雰囲気が加わり、強い印象を残すことになったのです。(もっとも、このヒントとなったのはモンティ・パイソンではなく、シュレーダー氏が学生時代に見た短編映画だそうです)

ちなみに、この足に踏まれたり、敵キャラに触れてしまうと、ティムの体力は急速に落ちていきます。体力自体は画面の右下にパーセントで表示されるのですが、これが0になる前にワープゲートに戻れば、また体力を回復させることができます。逆にいうと、もし体力が0になってしまった場合、ティムは死ぬのではなく、クモへとその姿を変え、ゲームオーバーとなります。




面が多ければ偉いのか

「ダイノ・エッグス」には決まった面のパターンはなく、毎回プログラムによって自動生成されます。また各面の構成、敵の配置や卵の数なども毎回違っています。そして、まさにこれこそ「マイナー2049」に対するシュレーダー氏の回答でした。

「マイナー2049」は10面あるということがセールスポイントになっていました。ある時期、ゲームの世界では面の数を競うことが流行になっていましたが、「マイナー」はその風潮をいち早く打ち出したことが成功につながったといえます。そして「ダイノ・エッグス」はその流れに正面から逆らったのです。

もっともこれを実現するのは大変なことでした。面の自動生成もさることながら、ゲームとして成立させるには敵キャラの配置など、さまざまな要素をうまくコントロールしなければなりません(ちなみに面のパターン自体は無限に生成されますが、難易度は9面が上限で、以降は繰り返しなので、その意味では最大9面ということになります)。

結果として調整にかなりの時間がかかってしまったそうですが、決まったクリアパターンが存在しないことで、ゲームとしての寿命は大幅に伸びることになりました。

そもそもメモリ48KのアップルⅡでこんな仕掛けを実現させてしまうこと自体が偉業なのですが、「ダイノ・エッグス」はゲームバランスもよく練られており、高い評価を得ることになったのです。

もっとも、ゲーム業界の動向はシュレーダー氏にとって好ましくない方向に動いていきました。「ダイノ・エッグス」の後もゲームを作り続けたものの、80年代後半には集団でのゲーム制作が普通になり、それは少人数でのゲーム開発を志向していた氏にとっては歓迎できないことでした。

転機が訪れたのが80年代末のことでした。アメリカ・オンラインと組んで当時まだめずらしかったオンラインゲームを作ることになり、これがきっかけとなってインターネットという世界を知ったのです。そのゲームを90年に完成させた後、氏はネットに活動の場を移し、現在に至っています。


海の向こうからの声

こうしてゲーム業界を退いたシュレーダー氏ですが、インターネットが広まるにつれ、意外なことが起こってきました。検索で氏のことを探り当てた人々からファンレターが届くようになったのです。その中には「クライシス」や「ダイノ・エッグス」を現在の環境でリメイクしてほしいという要望も数多くありました。

大きな転機となったのが、ルクセンブルグ在住のフランス人プログラマ、エリック・フェロ(Eric Ferrot)さんとの出会いでした。「ダイノ・エッグス」のリメイクを作ったので、配布の許可を出してほしいと連絡してきたのです。

その作品「ダイノ・レッグス」(Dino Legs)は、フェロさんが3か月かけて作り上げたもので、基本的にはオリジナルに忠実でしたが、マルチプレイヤーに対応するなど新たな要素も追加されていました。もちろんシュレーダー氏は即座に許可を出し、2011年にフリーウェアとして配布されています。

当時のフェロさんはまとまった時間が取れたため、プログラミングの練習もかねて何か作ろうと思い立ち、子供の頃にアップルⅡで熱中したゲームを再現してみることにしたのだそうです。そのゲームがオリジナル版の「ダイノ・エッグス」で、当時のフェロさんは10歳でした。

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(ルクセンブルクのニュースサイトに登場したフェロさん。「ダイノ・エッグス・リバース」に関するインタビューに答えています)

出来上がった作品を見たシュレーダー氏は大きな刺激を受けました。そして、かねてからの懸案であった「ダイノ・エッグス」のリメイクを手掛ける決心を固めたのです。ちょうどインディーズでのゲーム制作が注目されつつあった頃でもあり、そのことも動機になっていました。

ただし今回は、プログラミングはフェロさんに一任し、シュレーダー氏自身はそれ以外の部分に専念することにしました。つまり、ゲームデザインにグラフィックス、サウンドをひとりでこなすということです。

これは一見すると大変なことのように思えますが、昔はなんでも自分でやるのが当たり前でした。80年代に現役のゲーム作家だった頃のシュレーダー氏も、プログラミングを含め、あらゆる作業をひとりでこなしています。もっとも今回は、フェロさんという技術面で心強いパートナーを得たことで、創作に専念できることになり、これは大きな利点でした。

こうして、大西洋の両端に住み、世代も違えば言葉も違うふたりの共同作業が始まったのです。


原点に立ち戻って考える

ゲームに限ったことではありませんが、定評ある過去の作品を新たに作り直す場合、難しいのがオリジナルとの違いをどうするのかという部分です。前作をそのまま踏襲するのか、それとも設定などの一部を使うだけで、まったく新しく作り替えてしまうのか。今回、シュレーダー氏の出した結論は前者でした。画面構成など基本的な内容はそのままにして、機能面を大幅に拡充することにしたのです。

もっともシュレーダー氏も、この結論に至るまでには試行錯誤をくりかえしていました。それこそ3D化や、FPSのような主観視点まで考えたそうです。判断に迷った氏は、オリジナルの「ダイノ・エッグス」を分析してみることにしました。いったいこのゲームの何が面白いのか、そこをまず突き止めようとしたのです。

そうして導き出された答えが、「画面上にあるたくさんのモノとのやりとり」、そして「タテヨコ両方でのアクション展開」ということでした。

「ダイノ・エッグス」では、画面のあちこちにさまざまなアイテムや敵キャラが点在しており、たえず複数の要素に気を配らなければなりません。また、この頃のプラットフォームゲームは、タテあるいはヨコ方向のどちらか一方が主になるのが普通でしたが、「ダイノ・エッグス」では両方の動きが常に起こっており、これがゲームの特徴になっていました。そして、このふたつの要素を残すとなると、やはりオリジナルの画面構成は動かせないという判断になったのです。

3年間かけて完成したリメイクは、基本的にはオリジナルの内容を踏まえつつ、新たにストーリーモードを追加するなど、大幅に拡大されたものになりました。幸い、この方針は新旧のファンにも支持され、Steamのお試し期間であるGreenlightもぶじクリアして、この6月に正式登録されるに至っています。

また現行のバージョンではインタフェースの日本語表示にも対応していますが、これもオリジナル版以来のファンである日本人ユーザーの方の協力で実現したのだそうです。



「ダイノ・エッグス・リバース」はWindows、Mac OS、Linux版があり、価格は10ドル(980円)です。Steamでの販売ページはこちら:

http://store.steampowered.com/app/449320

ひさびさの新作を発表したこともあり、このところのシュレーダー氏は活躍の場を大きく広げつつあります。大手ゲームサイトの「ゲーマストラ」で過去のキャリアを振り返るコラムを連載される一方、学校を訪問しては初期PCのゲーム開発について話したりもしています。

確かに今の子供にとって、80年代のコンピュータをめぐる状況はほとんど別世界のようなものでしょうから、さぞ聞きごたえのある話になっていることでしょう。またコラムの方も、当時の資料をふんだんに使った興味深い内容で、こちらも機会があれば改めて紹介したいと思います。


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(昨年、アップルⅡ時代のゲーム作家を集めたパーティに出席したシュレーダー氏。前列左から2人目)dinoeggsrebirth.com


関連サイト:
www.dinoeggsrebirth.com

facebook.com/DinoEggsRebirth


なお今回のエントリにあたり、シュレーダー氏よりコメントのほか、ゲーム自体をご提供いただきました。ここに記して感謝いたします。