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アタリが久々に新しいハードを出すらしいとの憶測が広がっています。どうやら情報を小出しにして盛り上げようというつもりらしく、それがいったい何なのかすら現状でははっきりしないのですが、もし家庭用ゲーム機だとすれば、アタリにとっては20年ぶりの新製品ということになります。
今のところ明かされていることといえば、本体の外観のほかは、PCのアーキテクチャに基づいていること、新旧のゲームが遊べるらしいことくらいなのですが、世間の憶測としてSteamのゲームが走るゲーミングPCの簡略版、いわゆるSteamボックスではないかという見方があります。

それはまた、独自規格のゲーム機ではないということでもあるのですが無理もない話でしょう。今の家庭用ゲーム機市場は任天堂、ソニー、マイクロソフトという世界的な企業が激しく争っている場であり、もはや参入する余地に乏しいのが現実だからです。

もうひとつ共通する見方は、たとえSteamボックスであったとしても、今回の新ハードが成功する可能性はほぼないということです。アタリの熱心な支持者が集まる掲示板ですら悲観的な見方がほとんどなのです。

これは、今回の新ハードに関してクラウドファンディングを実施する意向が出ていることも関係しているのかもしれません。家庭用ゲーム機とクラウドファンディングという組み合わせでは過去に大きな失敗例があり、その記憶は今なお生々しく残っているのです。

そもそも、たとえこのハードが完成したとしても、実際に世に出るかどうかわかりません。状況しだいでは、発売を取りやめてしまうかもしれません。そしてアタリには、まさしくそういうことをやった前例があるのです。それがアタリ・パンサー(Atari Panther)と名付けられたゲーム機でした。


巻き返しを図る

パンサーの開発が始まったのは1988年頃のことでした。当時アメリカの家庭用ゲーム機市場は任天堂とセガが二大勢力で、それ以外は泡沫的な扱いを受けており、その中にアタリも追いやられていたのです。もっともアタリとしてもそのような状況に甘んじているつもりはありませんでした。だからこその新型機だったのです。

パンサーはアタリの16ビットPCであるアタリSTをベースにしたもので、CPUには16MHzの68000を採用し、そのほか本体と同じくパンサーと名付けられたグラフィックチップと、オーティス(Otis)と名付けられたエンソニック製のサウンドチップから構成されていました。

1990年頃にはパンサーの設計がひとまず完了し、デモを作ろうという話になりました。この期待の新型機のグラフィックやサウンド能力をあますところなく表現するようなデモが望まれていたのです。そしてアタリが白羽の矢を立てたのが、イギリスの名プログラマ、ジェフ・ミンターでした。


アタリを愛し、アタリに愛された男

もし当時この事実が明るみになっていれば、この人選にはいささか懐疑的な見方が出たかもしれません。というのも、ジェフ・ミンターはすでに業界の古株であり、またその作風にしても、初期のアーケードゲームを思わせるところがあったからです。つまり「目新しさ」に乏しい、というわけです。

その一方でミンターにはふさわしい面もありました。新しい技術の活用に積極的だったこと、そしてグラフィックからサウンド、プログラミングまですべてひとりでこなすことができたからです。もっとも、初期のゲームプログラマなら何でもひとりでやるのが当たり前だったのですが、1990年当時のゲーム業界はすっかり分業化が進んでおり、ミンターのようなオールラウンドな人材は貴重な存在でした。

ミンターとしてもこの話は心意気に感じるところがあったと思われます。なにしろミンターにとってアタリはまさしく憧れの対象であり、ユージン・ジャーヴィスの諸作と並んで、自らのルーツだと常日頃公言していたくらいです。

またミンターは、ゲームと並行して早くから「ライト・シンセサイザー」と称する一連の視覚効果ソフトウェアに取り組んできたのですが、この分野においてもアタリは先駆者でした。たとえば1977年に発売した「ビデオ・ミュージック」なる製品です。

videomusic
(ビデオ・ミュージック。音にあわせて映像をリアルタイムで表示するという装置でした) wikipedia

このように偉大な先達であるアタリからの依頼ということで、ミンターにも期するところがあったことでしょう。

ですが突然、アタリはすべてをご破算にしてしまいます。ひとまず完成し、あとは発売を待つばかりだったパンサーをなぜか、なかったことにしてしまったのです。


真相は闇の中

いったいどうしてパンサーは「なかったこと」にされてしまったのか。はっきりしたことは分からないのですが、一般的な説明としては、別製品との兼ね合いから判断されたといわれています。

実は、パンサーには当初より後継機の構想があり、並行して開発が進められていました。ところが、この後継機が予想よりも早く完成する見込みが立ち、そちらに経営資源を集中すべきとの判断から、パンサーの開発は中止させられたというのです。そしてこの後継機は、「ジャガー」として1993年に発売されました。

パンサーの開発中止が決まったのは1991年のことでした。そしてアタリは、かねてより噂されていた新型機の計画が事実であることを認め、パンサーに関する情報を外部に明かすようになりました。周辺のものも含めて、パンサーに関する事実をまとめると次のようになります。

・完成品は確認されていない(ただし本体デザインのスケッチはいくつか伝わっている)
・開発機材は現存している(ただし動作しない)
・ゲームソフトは数点作られた(ただしどれも未公表)

まず、パンサーの最終的な完成品は今のところ確認されていません。もっとも構想としてのスケッチは伝わっているため、どのようなものになったのか推測することはできます。

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wikipedia

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(スケッチより起こされた想像図) imgur

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(パンサーの仕様表) imgur


一方で開発機材は実在しており、写真も公表されています。


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cyberroach

panther-dev-logo
cyberroach

この機材は実際に複数のゲーム会社に渡されていました。ただし本体だけでは動作せず、PCにつないで操作するようになっており、ミンターに渡されていたのもこの機材と思われます。というのも、ミンター自身は守秘義務のためかパンサーについてほとんど語っていないのですが、関わっていたこと自体は認めており、アタリSTに「黒いモノリス」をつないで開発にあたっていたと話したことがあるのです。

ミンターのデモのほかにも、数点のゲームがパンサー向けに作られていたのは事実らしいのですが、今のところはどれも未公表となっています。もっともその中には「ポン」のような、おそらくはプログラミングのサンプルとおぼしきものもあり、ゲームといってもどの程度のものなのかすら分からないのが実際のところです。

この開発機材、実は外部に流出しています。90年代前半にアタリ・ヨーロッパは不要になった社内資産をドイツのある見本市で処分したことがありました。そこには数々の貴重な品が並んでいたようなのですが、その中にパンサーも入っていたのです。その情報を掴んだアタリファンが目ざとくパンサーを入手したのですが、その値段はわずか30ドイツマルクだったといいます。当時だと1500円くらいでしょうか。ネットオークションどころかインターネットすら一般には縁遠い時代だったとはいえ、信じられない話です。

もっとも、残念ながらこの機材を動かすことはできなかったそうです。一説には動作に必要なパーツが欠けていたともいわれていますが、動かそうにも何の手がかりもないのだから無理もありません。

一方、アタリ社内から出たゴミを探っていた人物が、幸運にもパンサーの開発資料を発見したとの話も伝わっています。そこには例の「ポン」のソースコードも載っていたそうですが、やはりそれだけでは動作させるには至らなかったようです。

そんなわけでパンサーがいったいどのようなゲーム機だったのか、具体的なところは何ひとつ分からないのが現状なのです。


何が正解だったのか


そもそもパンサーの発売取りやめというアタリの判断は正しかったのでしょうか。

パンサーを出さなかったことで、アタリはアメリカの家庭用ゲーム機市場から、一時的ではありますが撤退した形になりました。その後93年にジャガーを出したことで復帰したわけですが、短期間とはいえ、この不在は後々まで響いたようです。

またサードパーティに対する問題もありました。機材を渡されたソフトハウスの中には、シグノシスやドマークのように、実際に開発に取りかかっていたところもあったといいます。そうした会社にしてみれば、突然話が反故にされてしまったわけで、これは面白くない話でしょう。

もっともパンサーには開発機の時点で大きなバグが残っていたとも言われており、それを解決するための労力など諸々の要素を考えたうえで中止に至ったのかもしれません。

思えばこの頃のアタリはパンサー、ジャガー、そしてリンクス(オオヤマネコ)と、おおよそゲーム機らしからぬ、獰猛な捕食動物の名前を選んでいました。そこにうかがえるのは、何かを獲物にしてやりたい、捕って食ってしまいたいという欲求です。いったい何を狙っていたのかは、言うまでもないでしょう。

ただそれは無理もないことでした。そもそもビデオゲームとはアタリのことだったからです。アーケードもPCも、そして家庭用ゲーム機も、すべてのゲーム市場を一大産業にまで育て上げたのはアタリに他ならないのです。元をたどれば、ビデオゲーム自体がアメリカで生まれ、アメリカで育った、まったくもってアメリカ的な存在です。ところがその本家本元であるアメリカの家庭用ゲーム機という市場が、アタリにしてみれば新参者の、しかも外国企業に支配されているのです。アメリカのあらゆる家庭に外国のゲーム機が入り込み、アメリカの子供たちが外国のゲームに夢中になっているのです。こんな腹立たしい話もないでしょう。

もっともこの挑戦がどうなったかというと、逆襲するどころか、さざ波すら起こせないという、実にいたたまれない結果に終わったのですが。


地に墜ちた栄光

アタリという会社は、その長い歴史において、何度か大きな改変を経ています。その結果として、今のアタリは、かつてのノーラン・ブッシュネルが率いていた頃とも、ジェフ・ミンターが直接関わっていた頃とも違う、まったくの別物になっています。いわば、組織としての連続性がないのです。

そしてここ数年のアタリといえば、実に悲しい状況にありました。やることといえば、カジノ向けの凡庸なスロットゲームに過去の名作と同じ名前を付けたり、他社のゲームアプリに自社作品の類似品だとクレームをつけて販売中止に追い込んだりと、かつての栄光に泥を塗るようなふるまいを重ねているありさまなのです。このうえ新しいハードなど、恥の上塗りにしかならないのではないか。アタリのことをよく知る者ほど、そんな疑いの目で見ているのです。

いったいアタリはどうしてしまったのか。アタリといえばかつては絶対的な名前でした。それこそ文字通り神格化されてきた偉大なブランドなのです。ですがその神通力も、長年おろそかにされてきたために、今となっては中高年にしか通じないものになってしまいました。

今度の新製品がどのようなものであるにせよ、今はただ、アタリという名前にとって好ましい結果になることを願うばかりです。

Atari Panther - wikipedia


(ビデオ・ミュージックのデモ。音楽にあわせて映像が切り替わっていくようすがよくわかります。 【注意】画面が点滅します)