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コンピュータの保存といってもいろいろですが、ことソフトウェアに限っていえば、とりわけ目立った成果を挙げているのがアメリカのインターネット・アーカイブでしょう。
そのコレクションは質量ともに群を抜いており、また重要なのがブラウザによるエミュレーションを実現したことです。昔のソフトウェアを、音楽や映像と同じように、手軽に体験できるようにした功績は計り知れません。それを実現してみせたのが、アーカイブ所属の研究員、ジェイソン・スコット氏です。

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スコット氏は、もはやアーカイブだけでなく、コンピュータ保存運動における最重要人物といっていいほどの存在です。そんな氏の動向については、このブログでも何度か取り上げてきましたが、ここで改めてその足跡についてまとめてみたいと思います。


映像作家の転身

スコット氏はもともと映像作家でした。大学で映画づくりを学んだのち、サーバー管理の仕事で生計をたてつつ、コンピュータ文化に関するドキュメンタリー作品を作っています。

氏は長年のコンピュータ・ユーザーで、とりわけ熱中したのがパソコン通信でした。高校時代には地元のBBSにいりびたっていたのです。その後、インターネットの台頭によってパソコン通信はすたれてしまいましたが、当時の記憶を残そうと思ったスコット氏は、パソコン通信でダウンロードして手元に残しておいたドキュメントを個人サイトで公開するようになりました。

80年代のパソコン通信ホストには、ドキュメントのセクションがあり、誰が書いたのかすら分からないような文書が並んでいました。その中には長距離電話のタダ掛けやコピープロテクトの外し方などを指南するようなアングラなものも多く含まれていたのですが、氏はそうした非主流派の文書もきちんと対象にしていました。

するとスコット氏の手元にはぞくぞくと貴重なファイルが送られるようになり、やがてそれは相当な規模のアーカイブになりました。かつてのパソコン通信の熱気を伝える、唯一無二のコレクションができあがったのです。


思い出を保存する

もともとスコット氏は文化遺産の継承に関心があり、ドキュメンタリーの制作過程でも、取材で知り合ったプログラマが持っていた資料の保存を手伝ったりしていました。自分の作品とは無関係なものであっても、重要な品々が手つかずのまま放置されているのを見て、いてもたってもいられなかったのです。

もうひとつ目に余ったのが、インターネットで活動する企業が、次々とサービスを立ち上げては、見込みがないと分かると閉鎖してしまうことでした。営利企業である以上、仕方のないことですが、そうしたサービスが終了すると、多くの場合、利用者がアップロードしたデータも一緒に消えてしまいます。

これを問題視したスコット氏の呼びかけによって2009年に結成されたのがアーカイブ・チーム(Archive Team)でした。

Archiveteam

データの救出を目的とするボランティア団体なのですが、具体的には何をやっているのかというと、閉鎖が決まったサイトのデータを、オフラインになる前に回収して保存しているのです。これまでにも数々の実績を残しており、最近では任天堂のMiiverseにあったユーザーデータをサルベージしています。

さらにスコット氏は、チームの宣伝もかねて、あちこちのコンピュータ系イベントで講演をこなすようになります。スーツに山高帽といういでたちで登壇し、あけすけな物言いと、聴衆との丁々発止をまじえて場を盛り上げていくというスタイルで、こちらでもたちまち注目の存在となりました。

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そして2011年には、自らインターネット・アーカイブに売り込みをはかります。これまでの実績をアピールし、アーカイブにおけるソフトウェアの保存に関わりたいと主張して、みごと採用を勝ち取っています。

以来、スコット氏はインターネット・アーカイブのソフトウェア保存活動における中心人物として活躍しています。このブログでも何度かアーカイブの話題を取り上げてきましたが、その中心にいたのは常にスコット氏でした。画期的だったブラウザでのエミュレーションも、氏が長年の活動で培った人脈があったからこそ実現できたのです。またアップルⅡソフトのコピープロテクトを解析していたハッカー、4amの活動にいちはやく目をつけ、その成果をアーカイブ内で公開させることで世に広めたのもスコット氏の功績です。

ここからはスコット氏のインタビューを抜粋してお目にかけたいと思います。2015年に収録されたものですが、氏がどのような考えで保存活動に関わってきたのか、そのあたりが語られています。

* * *

インターネット・アーカイブは非営利のライブラリで、建物はカリフォルニアにあるんだけど、基本的にはネット上の存在だ。

創設者のブルースター・ケールはドットコムブームで財をなした人なんだけど、その資産で子供の頃からの夢をかなえた。その夢っていうのは図書館員になることだったんだ。そんなわけで、NPOを登録して、archive.orgっていうドメインを取り、著作物を収集するようになった。

彼が成功させたビジネスっていうのは、ウェブサイトのランキングだった。それを使えば、自分のサイトが何番目なのか分かるってもので、それをアマゾンが買収したんだ。

ランキングを作るためには、ありとあらゆるウェブサイトにアクセスして分析し、差異を記録しないといけない。そこで彼はこの技術をウェブの保存に使うことにしたんだ。保存作業が始まったのが1996年で、以来いまに至るまで続いている。

同じようにして作られたのがウェイバック・マシーン(Wayback Machine)で、いろんなサイトの過去の姿をさかのぼって表示できるってものだ。これを使えば、たとえばワイアード誌のサイトが15年前にどんな感じだったのかわかる。これはとても有名になったし、ことによってはウェイバック・マシーンを運営しているのがインターネット・アーカイブだってことも知られていないかもしれない。

一方でインターネット・アーカイブでは本に映画、音楽、ソフトウェアと、いろんなものを保存している。たとえば本だと、1日に1000冊スキャンしてアップロードしている。もうすでに相当な数の本がアップされているよ。それから音楽や映画も、どんどんアップロードしている。

ぼくがアーカイブに加わったのは2011年のことだけど、それ以前から個人的にいろんな保存活動に関わっていた。もっともたくさんの人がぼくのことを、それよりずっと前からアーカイブにいたと思っているんだけどね。てっきりずっと前からいたとばかり思ってた、なんて言われるわけだから、まさしく理想的な職場なんだろうね。もう4年になるけど、うまくやっているよ。

インターネット・アーカイブでのぼくの役職は「フリーレンジ・アーキビスト」(Free Range Archivist、任意アーカイブ管理者)っていうものだ。一方でソフトウェア関連の世話人も務めている。もちろん、その他にも必要とあれば何でもやっているよ。

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任意アーカイブ管理者っていう役職名は自分たちで考えてつけたものなんだけど、何をやっているかっていうと、デジタルデータを抱えてる組織に声をかけて、よかったらそちらのデータをうちのサーバーで運用しませんかって勧誘してるわけ。というのも、管理場所の問題があるからね。

たとえば4ギガ分のポッドキャストのデータがあるとしよう。これをオンラインで使えるようにホストに置いておくとしても、やっぱりコストがかかってしまう。ところが非営利団体であるインターネット・アーカイブなら、そのまま引き受けることができる。そういうことをたくさんの組織に対してやっているんだ。もちろん中にはウェブで公開するなんて考え自体を持たないようなところもある。そういう場合は、ハードディスクを送ってもらえれば、あとはこっちでやりますよ、みたいに言うわけ。

これはほんとうにやりがいのある仕事だよ。あちこちに声をかけて、相手の願いごとを聞いて、そいつをかなえてるわけだから。

それと、アーカイブで使うソフトウェアに関しても力を入れてきた。そのおかげで、ブラウザでのエミュレーションを実現できたんだ。映画や音楽みたいに、ソフトウェアも手軽に接することができるようにしたかったからね。

ブラウザ上でいろんな機種の仮想マシンが動くようになったから、今後はソフトウェアもzipファイルだとかCD-ROMに格納されたままの状態でなくてもよくなる。ゲームや表計算ソフトも、どんなものかすぐに動かせるようになる。

アーカイブの人員はそれほど多いわけじゃないから、やることは自分で決めないといけないんだけど、ただみんなに共通の目標がある。つまり、われわれはインターネットにおける図書館をめざすってことだ。ぜひともarchive.orgにアクセスして、いろいろ中身を見てまわって、思いもよらなかったものを発見したり、探していたものを見つけたりしてほしいね。


何を集めるか

リック・プレリンガーって人がいて、いろいろ協力してもらっている。彼はアメリカ政府が制作した映像を集めてはデジタル化して、ライブラリにした。今ではそれに世間も注目するようになったけど、そういう映像は本来、廃棄されるはずのものだったんだ。

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(リック・プレリンガーはアメリカの大学教授で映像コレクター。政府や個人が制作した古いフィルム6万点を収集した)

ぼくの場合は集める対象がソフトウェアっていうだけで、基本的には同じことをやっている。最近だと、こんな問い合わせがあった。教育ソフトを数百本もっているけど、興味はないかって話でね。それで、ぜひ欲しいので送ってくださいって返事をしたよ。どこそこのユーザーグループの会報が大量にあるけどどうですかって言われれば、やっぱりそれも欲しいと言う。

プレリンガーはフィルムを廃棄しようとしている組織に連絡しては、こっちで引き取りますよって声をかけていた。彼はそれが得意でね。そうやって集めた映像も、手軽に観られるようにできれば、じつに貴重なものになる。

ぼくはよく映画のイベントに行くんだけど、観るのはたいていドキュメンタリー作品なんだ。それで、そうやって観るもののうち、3分の1くらいはプレリンガー・コレクションが貢献している。たとえば、1930年代はこれこれこうだった、なんて話をする時に、その頃の自動車の映像が出てきたりする。それで、これはプレリンガーがデジタル化したやつだな、ってなるわけ。

ぼくに言わせれば、プレリンガーがすごいのは、個人のフィルムを集めているってところだ。あちこちに呼び掛けては、1930年代からのホームムービーを収集している。その頃にはもう、家庭で映像を撮っている人がいたんだよ。それから50年代、60年代の映像も集めて、デジタル化している。どうしてかっていうと、これはプレリンガーの言葉なんだけど、そういうものには、スポンサーとか脚本とは無関係に、いろんな場所が記録されているからなんだ。

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Prelinger Archives - Free Movies - Internet Archive

たとえばそれは、サンフランシスコのあちこちの場所で家族を撮った映像だったりする。でもってそれは、他のどこにも残っていない風景だったりするんだ。何の特徴もない場所だったら、わざわざ撮ったりしないだろう。でもその映像があれば、昔の地形や自動車、今では開発されてしまった地域の元の姿とかが分かったりするわけ。

それと同じことを、ぼくはソフトウェアでやっている。今は個人のコレクションに力を入れているところなんだ。たとえばマリオだったら、もうすっかり保存されているし、たとえ次の世紀になっても大丈夫だろう。ソニックとかパックマンもそうだ。だけど、たとえばテキサスとかカンザスのユーザーズグループがつくったソフトだってあるわけ。難があるかもしれないし、そもそも数十人しか持っていないソフトかもしれないけどね。

ゲーム雑誌なんかだと、あまり心配していない。ゲームで遊んでいる人はたくさんいるし、ゲーム雑誌だってデジタル化されるだろう。一方でぼくはマイナーなワープロソフトに関するニューズレターを持っていて、5号くらいしか出ていない手書きの文書なんだけど、こういうものこそ電子化しておきたいんだ。ぼくがやらなかったら、誰もやらないだろうし、あまりにも風変わりで、退屈で、マイナーなものだから。

どんなものであろうと、インターネット・アーカイブなら受け入れることができる。そういう余地のあるところが、このアーカイブのすばらしいところなんだ。


時間との闘い

よくこんなニュースがあるだろう。どこそこの旧家で年代物の写真が見つかったとか、古い絵がじつは有名な画家によるものだったことが判明したとか。でもって、そういう絵とか写真は、何十年も放置されていても、ちゃんと保たれていたりする。

だけどソフトウェアとか、インターネットになると、そういうわけにはいかない。

どれくらい前のものになると不安になるかと聞かれたら、個人的には4年たつと危うくなると答えるだろう。4年も経ったら、いろいろとほころびが見えてくる。不具合が出てくるんだ。文脈が分からなくなったり、OSが新しくなってサポート外になったりする。もちろん、ウェブサイトもつぎつぎと消えていく。何かのサイトのミラーまで消えている始末だ。

オンラインの世界では、情報をできるかぎり早く手軽に入手できるようになる一方で、その情報がいともあっさり消されてしまって、しかも復元する手段もない、なんてことが起こっている。なんの跡形もなく消えてしまうんだ。だからたとえば、昔の航空写真を見て、ここに家があったんだよな、なんて確認するようなことすらできない。ハードディスクがダメになってしまえばそれきりだ。

かつて電話は独占企業によって運営されていた。その頃だって汚職だとか対応が遅いとか、いろいろ問題はあったけど、一方で一貫性があったし、誰もが電話を使えるよう法律が整備されていた。ところが寡占が解消されてしまうと、それと一緒に消えてしまったものがあるんだ。料金は安くなったかもしれない。だけど保守だとかインフラ面での一貫性は失われた。そういう問題はいまだにつきまとっている。

似たようなことが今のインターネットにも起こっている。どんどん安く、速くなって、便利になったけど、一方でそれまでなかったような問題が出てきている。というのも、インターネットは実験的なものから生活に不可欠なインフラになったわけだけど、その変化があまりにも急速に起こってしまったからなんだ。遊びで使っていたものだったのに、それでお金の取引までするようになってしまった。これは大きな変化だよ。

なにもかもが流動的なんだ。流動的な土台の上に、ありとあらゆるものが動いている。ただ今の若い世代にしてみれば、ずっと世の中はそんな調子だったわけだけどね。


ユーザーの権利

いまでは企業が、利用者側の文化を取り入れるようになった。個人がつくった過去の思い出なんかを扱うようになったんだけど、そこがぼくの心配しているところなんだ。

企業が個人のつくったものを保管するようになった。写真とか文章、ポッドキャストなんかを預かるようになったんだ。しかも無料でね。ところが、そういうサービスが廃止されることがある。しかもエクスポートすることもできなかったりする。企業にとっては、利益を見込んでいたけど思ったほどではなかった。だからお払い箱にするってだけなんだけど、利用者としては困ったことになる。

ぼくとしては、こういうことをやらかす連中に、すこしは罪悪感を持ってもらいたいわけ。だから介入する。

アーカイブ・チームっていうボランティアの集まりがあって、ぼくも参加しているんだけど、何をやっているかというと、終了が決まったサイトのコピーを取っているんだ。そういうサイトはたいてい一方的に終わりを宣言して、利用者の言い分を聞いたりすることもない。告知から閉鎖までの平均日数は30日から50日ってところだ。

ある意味、ぼくたちのやっていることは、相手にしてみれば押し付けでしかない。あんた終わりなんだってね、じゃあコピーを取らせてもらうよ、っていう活動だから。いってみれば、死肉をかぎつけるイヌみたいなもんだよ。

たとえばRapidshareっていうファイル管理のサイトがあった。2002年くらいに始まって、リストラとかもあったけど、ずっと続いていたんだ。ところが2日前に、今月末で閉鎖しますって言い出した。13年間やってきたサイトを止めるっていうのに、猶予は30日しかない。とてつもない量のデータを抱えているってのにね。

運営にしてみれば、どうせデータっていったって、ハリウッド映画の違法コピーだとか、そんなもんだろって思ってるかもしれない。ところが実際には、このサイトにしか残っていない貴重なファイルがいっぱいあるんだ。たとえば2005年ごろだと、大きいファイルはとりあえずRapidshareに置いておくっていう風潮があった。それも全部消えてしまう。

そこでアーカイブ・チームが動いて、データを救えないかと取りかかっているところなんだ。

同じように、終了しようとしているサイトがあれば、なるべくデータを救出するようにしている。今だと12の大きなプロジェクトが進行中だ。これまでの実績だと、Quizilla(ユーザー作成のクイズを集めたサイト。2014年に閉鎖)はいい例だね。マイクロソフトのやってたファイル管理サイトのZangaもそうだ。

Verizonは一般ユーザーのサイトを預かっていたんだけど、ある時にそれを取りやめた。ユーザーの個人ページをぜんぶ消してしまったんだ。そこでアーカイブ・チームはコピーを取り、ウェイバック・マシーンから閲覧できるようにした。あのインタフェースだったら使いやすいからね。

アーカイブ・チームにも感謝の言葉が寄せられている。貴重なデータを救ってくれてありがとうってね。とても嬉しく思う。まあそもそも、われわれの出番があること自体が困った事態なんだけども。


他にも出てきてほしい

ずっと善玉をやっていると、やがて悪玉にさせられてしまう。どういうことかっていうと、ぼくがインターネット・アーカイブの人間だっていうと、あれはすばらしいねって褒められる。でもそこから、なんで他にもああいう組織がないんだいって言われるんだ。ネットの保存作業をインターネット・アーカイブがすっかり独占していて、みんな頼りきりになっているからね。

インターネット・アーカイブで収蔵しているものに関しては、ファイルを元々の形式でダウンロードできるようにしてある。それが実現できていることは誇りに思うよ。ブラウザでそのまま見てもいいし、ファイルをダウンロードしてもいい。たとえ17ギガあるaviファイルだって落とせる。トレントも使えるしね。スクリプト言語も使えるから、今後はそういうものをどう使うかってことを広めていきたい。

ひとつ困ったことがあってね。インターネット・アーカイブの年間運営費は1200万ドルで、これはたとえばフェイスブックが宣伝のためのパーティに投じている額の20回分に相当する。ウェブでのイベントに25万ドルかけている企業だってある。まあ、それだけの予算で、莫大な数の本をスキャンしたりしているわけ。それくらい組織として効率的なんだ。ささやかな予算を最大限に活用している。せめて、寄付してくれる企業とか出てこないかって思うよ。一般ユーザーなんてどうでもいいけど、少なくともおれたちはインターネット・アーカイブに100万ドル寄付したぜ、みたいなことを言う連中がね。

インターネット・アーカイブへの寄付は多大な成果を生み出している。課税控除の対象にもなっている。ビットコインも受け付けているしね。

それから、インターネット・アーカイブと似たようなことをやる組織が他にも出てきてほしい。われわれのウェイバック・マシーンはまったくのオープンソースなんだ。クローラーもそうだよ。ぜんぶオープンになっている。きちんと動作するようメンテナンスもやっている。べつに難しいことでもない。必要なのはしっかりした考えを持つこと。それから、よそのサイトをあえてコピーするわけだから、図々しくないといけないけどね。

今だとたしか、インターネット・アーカイブは上位200サイトに入るんじゃなかったかな。でもわれわれは、ログを保存することもしていない。このこともあまり知られていないけどね。外部からアクセスがあっても、こっちは記録を残していないんだ。ログの取得じたいはやっているんだけど、2時間分しかない。ログを見て、たくさんアクセスがあるなって思っても、2時間たったら消す。実際の図書館だって個人の利用記録は残していないからね。だからわれわれもそれに習っている。

上位200に入るサイトで、ログを保管していないところなんて、ほとんどないと思うよ。HTTPSへの切り替えも、そうした方がいいと思うからやった。ここには組織としての価値観ってものがあるし、それに信念をもっている。大げさに聞こえるかもしれないけど、本当にすぐれた組織だと思う。

だから、われわれのような存在が他にもあれば、より望ましいことになるはずなんだ。交流が生まれるし、ちょっとした競争にだってなるからね。

今のところ、インターネット・アーカイブのような活動をしている組織は他にない。一か所に依存している状態なんだ。ただアーカイブ自体はとてもいい組織だし、何もないよりはずっといい。それは確かだ。

とてもすごいことだけど、たったひとつしかないじゃないかって言われる。でも、そんなことを言われるくらいの成果を出していることは嬉しく思うよ。もともとは何もなかったんだから。


ブラックボックス化の帰結


アップルはMobileMeってサービスをやっていたけど、あれに関してはちゃんとしたことをやっていたと思う。MobileMeの利用者に対して、あと1年で止めて、新しいサービスを始めます、データの移行はこれこれこうやります、これをやらないとデータは消えちゃいます、って呼び掛けていた。あと1年で終わりです、このボタンを押してくれたら新しいサービスに移行します、これをやってくれないとえらいことになりますよってね。それからも、あと6か月ですよ、5か月ですよって、月が変わるたびに告知していた。そして期限が来て、MobileMeは閉鎖された。すると多くのユーザーが、いったいどうなってるんだって苦情を言い出したんだ。自分たちが使っているサービスがMobileMeって名前だということすら知らなかったわけ。

(MobileMeはアップルが運営していた個人向けのクラウドサービス。2012年に終了)

たとえば飛行機が初めて出てきた時、それに乗っている人間っていうのはほぼまちがいなく、操縦が出来た。1920年代のことだけどね。それ自体はべつに悪くない。ただそれだと利益にならない。操縦士の訓練にはたいへんな時間がかかるわけだから。ところが今だと、大きな飛行機に700人乗っていたりするけど、その中で操縦士の資格を持っているのは、まあせいぜい4、5人ってところだろう。なんでそんなことになっているかっていうと、経済的だからなんだ。300ドルも出せば、そういう飛行機に乗って移動できる。ただし、その中で操縦できるのはほんの数人だけどね。選択の結果、そういうことになっている。そもそも乗っている人たちにしてみれば、べつに操縦したいわけでもない。ただ移動したいだけで。

コンピュータも同じでね。70年代、80年代だと、いろいろ手間がかかった。基板を相手に、チップとかをあれこれいじったりするわけ。それが今だと、店でパソコンを買ってきて、設定するだけでいい。ずっと手軽に使えるようになった。

ただパソコンの作りがすっかり変わってしまって、それは恐ろしくもある。なにか不具合が生じても、電源をいったん切って、入れ直せば解決する、みたいな風潮があるだろう。つまり、機械全体の運用がたったひとつのスイッチ、電源スイッチに集約されているんだ。電源スイッチが自己診断スイッチにもなってしまっている。昔だったら、こんなのおかしいじゃないか、ってなるんだけどね。

技術の進歩のおかげで本当に便利になった。だけど、ひとたび状況がおかしくなったら、それこそ映画の「未来世紀ブラジル」みたいなことになってしまう。中身を見ても何がなんだか見当もつかない。今じゃ自動車も医療機器もそんなことになっている。世の中がそうなってしまったんだ。


個人が作ったデータのゆくえ

今だと写真共有のサイトがいっぱいあるけど、その大半はきわめて小さな規模なんだ。そして、そういうサイトはどんどん消えている。利用者が思ったほど集まらないって理由でね。だけどそういうサイトを使っていた人にとっては困ったことになる。

モバイルの写真サービスでは、利用者がスマートホンで写真を撮ると、その写真はサービスに取り込まれる。インスタグラムみたいなね。撮った写真は手持ちのスマホに残っているかもしれない。だけど平均的なユーザーはスマホを2、3年おきに買い替えている。その時にデータの移行ができるユーザーばかりじゃない。それで写真サービスがダメになってしまったらどうなるだろう。皆がみんな、手持ちのスマホから元の写真を取り出せるだろうか。

こうなってしまうと、唯一の残された手段は、法制化ってことになるかもしれない。

もちろん、何でもかんでも権力が介在してくることに強い抵抗を感じる人が多いのは分かっている。ただ、どんな場であろうと、たとえばエクスポート機能をつけることを義務づけるとかしないと、いつまでも状況が改善されないと思う。

アメリカにはHIPAAって法律がある。これは医療組織が、個人の診療記録をセキュア対応でないサイトに置いておくことを禁じるものなんだ(医療保険の相互運用性と説明責任に関する法律)。クレジットカードの情報にも取り扱いに関する取り決めがある。だけど、個人が作ったデータに関しては、何の保護もない。

今でもたくさんのサイトが消滅している。ぼくのところにも、どこそこのサイトが無くなるみたいですよって情報が寄せられてくる。公表される前から情報提供があったりするよ。運営の側からね。あいつに言っといたほうがいい、どうせ向こうからやってくるんだから、ってわけだ。すくなくともひとつの企業は、われわれに介入されるのを避ける目的で、自分から知らせてきた。このままだとアーカイブ・チームがやってきて、莫大な帯域を消費してしまうから、そいつをやめさせたかったんだ。

今ではすっかりすたれてしまったけど、FTPサイトなんかもそうだ。われわれはFTPサイトのコピーも取っている。それというのも、FTPサイトはいったん消えたら、まず二度と復活しないからなんだ。90年代にたくさんあったFTPサイトは、無くなってしまうと同時に、そこにあったファイルも取り戻せなくなった。当時はゲーム会社がパッチなんかの配布によく使っていたんだけどね。

リビアのカダフィ大佐が失脚した時、アーカイブ・チームはすかさずリビア政府のサイトにアクセスして、そこにあったプロパガンダ文書をごっそり取った。それから10日後に、政府のサイトがアクセスできなくなった。反政府勢力が脅して、それに屈したわけ。でも、われわれが取っておいたから、カダフィがどんなことを言っていたのか、ちゃんと残っている。カダフィのプロパガンダはなかなか徹底していた。サイトなんて5か国語表記だったからね。今のリビアには、カダフィの主張を伝えるサイトは存在しない。でもわれわれには当時のデータがあるんだ。


残せるだけ残す

きのう博物館に行ったんだけど、そこの職員の人から面白い話を聞いた。誰かに聞き取り調査をするとき、なにか関係する物を見せながら話を聞くと、結果がぜんぜん違うっていうんだ。これは確かにその通りでね。プログラマに昔の作品について話を聞く場合でも、たとえばその製品の箱を見せてみると、それがきっかけになって、いろんなことを思い出してくれたりする。

そもそも人間の記憶っていうのが、そういう感じに作られているんだ。たとえば映画のスターウォーズについて人に話してもらう場合でも、ただ話を聞くんじゃなくて、その人が当時スターウォーズを観た劇場の画像を見せたりすると、この劇場の前で女の子にふられたんだとか言い出して、25年ぶりにその女の子の名前を思い出したよ、なんてことになったりする。人間の記憶っていうのは、じつに奇妙な形で蓄えられているんだ。

だからこそ、ありったけのものを残さないといけない。そうしておくことで、できるかぎり多くの文脈が確保できることになる。たとえ難しいと分かっていても、やらなきゃいけないんだ。

われわれは人が作ったものを保管している。そして、それをみんなと分かち合いたいと思っている。インターネットっていう、実に不安定なものを基盤にしているのはすこし残念ではあるけど、でも一方でこの20年間、インターネットはほんとうにたくさんのものをわれわれに与えてくれた。

だからこそ、われわれはこれからもやり続ける。それだけの価値はあることだから。そしてひとりでも多くの人に、その取り組みに加わってもらいたいと思う。ひとりでも多くの人に、われわれが作ったものを楽しんでもらいたいと思う。それが願いだよ。

* * *

それから2年たった今も活躍中のスコット氏なのですが、実はいま東京に来ています。


2度目の来日で、昨年夏にも3週間ほど滞在し、各地を観光されています。

Jason
Morning Jason

スコット氏にとっても日本行きは20年来の願望だったそうですが、どうやら気に入っていただけたようで、さっそくの再訪となったわけです。

(中野や秋葉原にも足を運ばれています) (日本のゲームセンターは、ネットワーク対応などの技術を取り入れつつ、一方でコミュニケーションノートを置いているのが素晴らしいと指摘されています)

もっとも、このところ日本でもコンピュータの保存活動が盛り上がりつつありますが、そうした方面との接触は氏のツイッターなどを見るかぎり、まだ無いようです。メディアの取材なども受けていないようです。今いちばん話を聞くべき存在だと思うのですが。

残念ながら本日帰国されるそうですが、またの来訪を期待したいところです。

Archiving the Internet with Jason Scott - the Web Ahead

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