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フィクションという形で初期のコンピュータ業界を取り上げた作品はいろいろありますが、その中でとりわけ印象に残っているのが「WAVE」というマンガです。今から10年ほど前に雑誌連載されたもので、残念ながら知名度が高いとはいえないのですが、この手のマンガの中では群を抜く出来栄えを示していました。

この作品は2006年よりマンガ雑誌に4年間ほど連載され、単行本も2巻まで刊行されています。ただし、連載分すべてが収録されたわけではなく、後半部分は雑誌掲載のみとなっていました。

それが昨年、電子書籍として復刊されたのです。しかも既刊2巻ぶんに加え、追加で後半の2巻が電子版オリジナルとして刊行され、新たに全4巻として再登場しました。つまり、これでようやく作品の全貌が把握できるようになったわけです。

もっとも何が魅力的なのか、ひとことで言い表すのはなかなか難しい作品でもあります。思いつくままに挙げてみると、あまり表立っては語られない業界の裏の部分を取り上げていること、多彩な題材を扱っていながら物語としての構成がじつによく出来ていること、この種の作品にはとりわけ重要となる技術的なディテールが充実していること、などなどいろいろありますが、つきつめていえば、この作品が、黎明期のコンピュータ業界にあった、ある種の熱気を、じつにうまく捉えている点に尽きるかと思います。


不思議な時代

70年代、80年代の頃は、モノも情報も今とは比較にならないほど貧相な時代でした。それでも日本各地にショップやソフトハウスが次々と現れ、ひたすら好奇心に突き動かされた人々がコンピュータに向かって、もくもくと作品づくりに励んでいたのです。

業務用の大型機に比べれば当時のパソコンなどおもちゃ同然のしろもので、(アメリカではともかく日本では)仕事に使えるわけでもなく、そんなものを相手にしたところで、一般的には単なる時間の無駄使いでした。それでもコンピュータは確かにいじっているだけで面白いものではあったのです。

ただ面白いからという理由でコンピュータに触り、もの作りをしていたのですが、やがてそれを商売にする人々が現れます。それが先ほど挙げた、日本各地でショップやソフトハウスを立ち上げた人たちです。もっともそのほとんどはごくささやかな、趣味の延長のようなものだったのですが、それがみるみるうちに広がり、世間にも認知されるようになります。

これまでにも似たような状況はありました。それはたとえばイギリスの産業革命やアメリカの西部開拓時代、日本の高度成長期などですが、そうしたものと比べると、初期のコンピュータ産業は規模としてはささやかながらも、次々と新たな技術が出てくるという点ではじつに面白い時代だったといえます。


時代の変化で消えたもの

また、そうした時代の転換期につきものなのが、世の中の変化をいち早く嗅ぎとり、法のすきまをかいくぐって一儲けをたくらむ、いわゆる山師でした。

コンピュータ業界の大立者といえばスティーブジョブズやビルゲイツのような人々が挙げられるのでしょうが、そうした流れとはまた別に、パソコンが出ればコンパチ機を作る、ソフトが出れば無断コピーを売りさばくといった、いわば好ましからざる企みに手を染める人々がいたのもまた事実です。

もっとも、コンピュータ業界がどんどん伸びていくと、他の産業と同じように、状況の整理が始まります。どこを向いても中小企業ばかりだった業界も淘汰が始まり、都市への集中と、少数の大手による寡占が進みました。

その結果、見通しのよい業界にはなったものの、一方で(無責任な言い方ではありますが)面白みは薄れていきました。新たな技術はつぎつぎと登場しているため、その意味ではまだ活気はありましたが、情報が即座に行き渡るようになったこともあり、かつて確実にあった、「どんな明日が来るのか分からない」、心躍るような感覚は、まったく無くなったわけではないものの、かなり衰えてしまいました。

それは時代の常というもので、今さらどうこういっても仕方のないことですが、そんな時代を追体験できる貴重な手がかりになっているのが、このWAVEという作品なのです。

そこでは、初期のコンピュータ産業にあった主な要素、つまり技術の面白さや、転換期につきものの山師の存在、そして時代の移り変わりといったものをすべて取り入れつつ、みごとな形で物語に仕立ててみせるという、なかなかに困難なことが成し遂げられています。

また現在と過去の姿を交互に描くことで、今が昔の延長線上にあることをうまく示しており、単なる昔話に終始していないところも好感が持てました。(もっともこの作品における現代とはあくまで10年前であり、冒頭で例のライブドア事件に触れられるなど、いささか時代を感じさせるところがあるのも事実ですが)


10年目の復刊

このように、じつに印象的な作品であり、推薦できるマンガなのですが、単行本という形では完結しておらず、またそれも長らく入手困難な状態が続いていました。

それだけに今回の復刊はまことに嬉しいことでした。しかも最終話まで収録され、連載全編がようやく手軽な形で読めるようになったのはありがたい限りです。

ただ残念なのは、このWAVEという作品が、過小評価どころかまともに知られてもいないという現状です。せめて今回の復刊で、少しでも多くの方に読まれるようになってほしいのですが。(実のところ、この電子版の存在じたい、知ったのはつい最近のことで、遅ればせながらの紹介となった次第です)

というのも、この作品、最後のあたりではいささか駆け足ぎみで物語が進んでおり、どうも描き切れなかった部分があるように思えるのです。

もしかすると、今回の復刊で最評価でもされるようなことがあれば、作品として再開されるかもしれません。単純に考えても、仮想資産や3Dプリンタといった、題材になりそうな技術がその後もいろいろ出てきていますし、今回の電子版で改めて読んでみましたが、今なお、このWAVEという作品には強い可能性を感じます。すでにキャラクターなどの設定が一通りそろっていますし、その器を使うことで、いろんな題材が面白く料理できるのではないかと。

そんなわけで、とにかくお薦めできる作品ですので、ぜひご一読いただければ幸いです。このブログで扱っているような物事に関心があり、マンガに抵抗がなく、そしてあからさまな表現にも寛容な方であれば(けして「行儀のよい」作品ではありません)、きっと面白く読んでいただけると思います。


参考までに、本作の監修者の方が作中に登場した技術を補足説明するサイトを開設されています。

WAVE(ウェーブ)の時代

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