今に始まったことではありませんが、レトロゲームの世界には偽造品が多く出回っており、しかもその出来栄えは精巧になる一方で、鑑定自体が難しくなっています。
そうした偽造品は通常、メジャーな家庭用ゲーム機を標的としています。出回っている数や知名度、市場規模などを考えれば、それは当然のことでしょう。なにしろ利益を得るのが第一なのですから、まずは大きなところを狙わなければ話になりません。
ところが実際には、レトロPCという比較的地味な界隈にも偽造品は多く出回っています。そうした品はネットオークションなどで売られており、コレクターの側でも自衛しなければならない状況です。さらに今年になって、80年代初頭に出たPC向けゲームソフトの精巧な偽造品があいついで見つかる騒ぎがありました。
そのひとつが「チェンバーズ・オブ・ゼノビア」(the Chambers of Xenobia)という名前の、1981年に発売されたアップルⅡ用のアドベンチャーゲームです。
このゲーム、以前からコレクターの間では知られた存在ではありました。それ自体はとりたてて特別なものではなく、作品の評価から売れ行きに至るまでこれといったところのない、いわば平凡な作品です。
(もっとも同じ作者の次作である「レース・フォー・ミッドナイト」というアドベンチャーゲームはなかなかのヒットとなりましたので、その関連作としての知名度はあるのですが)
ではなぜ知る人ぞ知る存在だったのかというと、発売当時のパッケージがまったく残っていないのです。
このゲームの作者も、発売元だったソフトハウスの経営者も、所在は判明しており連絡もつくのですが、双方とも当時の実物は所持していませんでした。
そんな貴重きわまりないゲームソフトを20年近く探してきたという、あるコレクターが今年春になって、ようやく現物を入手したのです。ところがそれは、実際には精巧な偽物でした。ここから先は、このコレクター氏が注意喚起としてネットで公表した情報をまとめたものとなります。
そもそもの発端
長い交渉を経て、ようやくのことでコレクター氏の元に届いた「ゼノビア」はいかにも本物らしく、見た目には疑わしいところなど皆無でした。
1/ For some vintage games, the challenge is to find confirmation that they were ever released. Then there are a few games that have clearly been released, but for which no original copies seem to exist. The Chambers of Xenobia is the latter. pic.twitter.com/epoMM5yupQ
— A2Can (@A2_Canada) May 17, 2022
(コレクター氏が最初に受け取ったパッケージ)
まずはさっそく、ディスクの中身を確認してみます。ひとまず読み取り検査にかけたのですが、エラーは一切発生しませんでした。万全な状態だったということで、気持ちはがぜん盛り上がります。
そしてそのままディスクのイメージを取り、そのデータをアップルⅡの有名なハッカーである4amに送りました。4amが管理しているインターネット・アーカイブのアップルコレクションに掲載してもらおうと思ったのです。
「ゼノビア」のソフト自体はこれまでも違法コピーが広く流通していました。もちろんそれは第三者の手によって改竄されています。一方で販売された正規バージョンはどこにも出回っておらず、それが公開されれば初めてのことになるはずでした。
ところが4amからは意外な反応が返ってきました。届いたデータは正規品ではなく、従来出回っていたのと同じ、違法コピー版だというのです。
その判断を裏付けるものとして4amが示したのが、ブート直後に表示される画面でした。それはコピープロテクトを外したハッカーが付け加えたグラフィックでした。もちろん本物なら、あるはずのないものです。
"The Chambers of Xenobia" - cracked by The Data Killer. pic.twitter.com/utrnS3dn8o
— Jorma Honkanen (@cosmoza) February 25, 2017
同じイメージを別の専門家にも調べてもらったのですが、やはり結果は同じでした。
ここに至って、少なくともディスクの中身は真正ではないことが判明しました。こうなると、パッケージ自体が偽造品ではないかと疑ってしまうのは無理もないところでしょう。
次々と見つかる証拠
「ゼノビア」のパッケージはディスク、ディスクを入れるスリーブ、そして折りたたまれた厚紙(カバー絵を兼ねたもの)から構成されており、ジップロック付きのビニール袋に入れた状態で売られていました。
発売元はアバンギャルドという、オレゴン州にあった小さなソフトハウスでした。幸いにも持ち主は、同じ会社が当時出していた別のゲームソフト(の本物)を所持しており、そのことが真贋判定に大きく役立ったのです。
スリーブは、発売元であるアバンギャルドの名前が入ったものでした。材質もタイベック(ポリエチレン素材)が使われており、別の真正品と比較しても違いは見当たらず、本物のようでした。
一方のディスクですが、まず疑わしいのがラベルでした。一見すると本物のように思えますが、よく調べるとおかしな点がありました。ラベルの四隅のカッティングが、本物に比べて明らかに違っているのです。隅の丸まったところが、本物がきれいな曲線になっているのに対し、「ゼノビア」のそれは整っておらず、機械ではなく手作業で切ったように見えました。
本物のラベルはソフトハウスのロゴが入った台紙にソフト名がドットマトリックス式のプリンターで印字されており、全体が打ち抜き機で切り抜かれています。このようなラベルの場合、同じ機械に同じ台紙でなければ、寸分たがわぬものはまず作れません。
さらに調べると、他にも手がかりが得られました。まずソフト名はドットマトリックス方式のプリンタで印字したものではありませんでした。そもそも、ラベル自体がスキャン画像を現在の機材でプリントアウトしたものだったのです。
(「ゼノビア」と同じロゴ入りラベルを使った別ソフトのディスク)Mobygames
最後となるのが厚紙です。紙からは多くの手がかりが得られます。色味に材質、厚み、手触り、ヨレ具合など、そのひとつひとつが重要な判断材料になるのです。
モノ自体は一枚の紙に中央で折り目が付けられており、オモテ面に絵が印刷されているだけで、内側となるウラ面は無地でした。
ウラ面をよく見ると、下のあたりに文字のようなものが見えました。どうやら透かし文字のようです。スキャン画像を取ってコントラストを調整すると、そこに出てきたのはFabrianoという文字列でした。
Fabrianoはイタリアの高級紙メーカーで、企業ロゴ自体もスキャン画像にあるものと同じでした。
この紙が同メーカーのものだとして、1981年のオレゴン州のソフトハウスが、自社製品にわざわざイタリア製の高級紙を使っていたとはなかなか思いにくいところではあります。
こうして、さまざまな要素を踏まえた結果、やはり偽造品であるという判断になりました。
すべて偽物
この取引で、持ち主は同じ相手から「ゼノビア」の他にも3点のゲームソフトを入手していました。いずれも80年代初期のアップルⅡ向けの希少なタイトルばかりです。続いて他の品も調べたのですが、そのすべてが偽物でした。
取引自体には複数の人間が関わっており、送り手と受け手の間に双方共通の知人を仲介者に立てる形で行われました。さらに送り手側にももう一人が関わっており、なかなか複雑な取引になっているため、ここからは受け手をA氏、送り手をB氏、仲介者をC氏、そしてもうひとりの関係者をD氏として説明することとします。(ちなみにこの全員がアップルのコレクターであり、また名前も公表されているのですが、ここでは仮名としました)
そもそもの発端は、A氏のところにC氏から連絡があったことでした。「ゼノビア」を譲ってもよいという人がいるが、興味があるかとの打診であり、ついに待望の品が出てきたということでA氏は即座に手を挙げています。(なお、取引の当事者がA氏とB氏であることは互いには伏せられており、それを知っているのは仲介者のC氏のみでした)
長いやり取りの末、お互い4点のソフトをトレードするということになり、A氏は手持ちの中から相手のそれに見合うであろう品を提案しました。
「ゼノビア」はマイナーな作品ではありますが、なにしろ現物が残っていないという、これ以上ないほどに希少な品です。これに見合う品としてA氏が自身のコレクションから出してきたのが、オンラインシステムズ1981年のアドベンチャーゲーム、「ウィザード&プリンセス」の初期版パッケージでした。
「ウィザード&プリンセス」はカラー印刷のカバー絵で知られていますが、実はそれに先立って一色印刷のカバー絵で販売されていた時期がありました。もちろん希少品です。もともとオンラインシステムズ(とその後継会社であるシエラ)のソフトはコレクター人気が高く、とりわけ「ウィザード&プリンセス」はその筆頭ともいえる存在であり、日本でもスタークラフトから国産PC向けの移植版が出たことで知られるようになりました。さらにゲーム自体もカラーのハイレゾグラフィックを全編に使ったアドベンチャーとしては最初期のものにあたるなど、歴史的にも重要な作品なのです。
つまり数あるレトロPCゲームの中でもとびきりの人気作の希少版というわけで、「ゼノビア」のトレード相手としては申し分ない品といえるでしょう。
(「ウィザード&プリンセス」の初期版カバー)Mobygames
調査開始
こうして双方がトレードに同意し、取引は成立となりました。コロナ禍のさなかとあって時間はかかったものの、いずれの品もぶじ到着しました。そしてA氏の側で偽造品であることが発覚したのです。C氏を通じてB氏に問い合わせたものの、心当たりがないとのことで、A氏はC氏と共同で調査を始めます。
まずは「ゼノビア」を始めとする、今回の取引にB氏が出したソフトの入手過程について調べました。そして分かったのは、もともとアップルの古いソフトを処分したいという人がいて、それをあるコレクターが引き取り、別のコレクターに譲ったということでした。要するに、それを最初に引き取ったコレクターがD氏で、その譲られた先がB氏だったのです(つまり、元々の持ち主→D氏→B氏となります)。またこの過程でD氏の協力も得られることになりました。
ここで大きな手がかりになったのが写真でした。B氏からはソフトを交換する前に確認として品物の写真を(C氏を経由して)送ってもらっていたのですが、D氏も同様に、ソフトが自分の元にきた段階で記録として写真を撮っていたのです。
B氏の写真に加えて、D氏からも改めて写真を提供してもらい、比較してみたところ、B氏とD氏がかつて所持していた「ゼノビア」は同一品のようでした。ですがそれとA氏のところに届いたものは、明らかに別物だったのです。
まず厚紙のカバー絵の印刷に細かな違いがあり、またディスクのラベルも、前述の四隅の切り抜きのほか、そもそも貼られ方の傾きが異なっていました。またパッケージが入っていたビニール袋も、ジップロックが違う別物でした。スリーブだけは真正品のようですが、もしかすると別パッケージのそれと差し替えたのかもしれません。だとすれば、すべての要素が、それこそ外装袋に至るまで偽物だったことになります。
また、この件が発覚してから、C氏は当初伏せていたB氏の素性を明らかにしています。B氏はイタリア在住のコレクターであり、本職はミラノのファッション界を拠点とするカメラマンでした。その一方でレトロPCゲームソフトの収集を趣味としており、Facebookなどのコレクターフォーラムでも活発に投稿していたのです。
A氏が問題を公表してから、B氏とも改めてやりとりがあり、送ったソフトが偽物だったことについては知らなかったと釈明しつつ、ひとまずA氏がトレードで渡したソフトはただちに返却するとの返答がありました。そして確かに「ウィザード&プリンセス」初期版などの希少品はC氏のところまで返送されてきたそうです。
一方で事態は他の方面にも広がっていました。A氏が自分の取引について調べるうちに知ったことですが、他に少なくとも2つのグループが、B氏から偽物を渡されたとの疑いを持ち、B氏を告発する準備を進めていたのです。さらにいうと、この2つのグループは互いの動きを知らないままでした。
このことが明らかになってからというもの、コレクター界隈では少なからずの騒動となりました。なにしろB氏はゲームソフトの鑑定にも関わるほどの、いわゆる「権威」であり、さらにはゲームソフトの取引にも長年関わっていたからです。B氏を通じてソフトを入手した人も多いのですが、はたしてそれが本物なのかどうか、改めて検証しなくてはならなくなりました。さらにはB氏から入手したソフトを他に譲った場合は、偽物をそうとは知らずに渡してしまったかもしれないのです。B氏が関わった品のすべてが偽物とは限らないのですが、そもそも何が本物で何が偽物なのかわからない以上、ひとまずは疑ってかかるほかありません。
当のB氏の反応はというと、これまでの取引で入手したゲームソフトについては申し出があれば(A氏のそれと同様)いつでも返却に応じるとしたものの、偽造の件については、いっさいの心当たりはなく、自分もまた騙された被害者のひとりなのだと主張していました。さらに騒動のさなかにはコレクターからの引退を示唆する発言をしたほか、家族に対して自分が死んだらコレクションは焼却処分にしてほしいと伝えたとの話もありました。
そして発覚から数か月が経過しましたが、事の真相はいまだ明らかにされていません。
ひとつの考察
以上がA氏の報告をもとにまとめたものですが、ここからは独自に考察してゆきたいと思います。
あくまで仮定の話ですが、B氏が入手した「ゼノビア」の本物から偽造品を作り、それをトレード相手であるA氏に渡したのだとしましょう。
まず手口が、果たして通用すると思っていたのか疑わしいほどに稚拙でした。厚紙やディスクのラベルは一見そうとはわからないほどの出来であり、用意するのにはそれなりの手間をかけたはずです。ところが肝心のディスクの中身が、すでに出回っていた違法コピー版でした。それもブートすればたちまちそれと分かるような代物です。
パッケージさえ手に入れば、ディスクをわざわざブートしたりしないだろうと思っていたのでしょうか。通常のゲームソフトならそうかもしれません。ですが「ゼノビア」は違います。発売当時の正規品は他のどこにも確認されておらず、ソフト自体も保存されていないままでした。そんな貴重きわまりないものを手つかずのままにするはずがありません。必ず何らかの手段で保存を試みるはずです。
さらにいえば、たとえオリジナル版のゲームソフトを偽造品のディスクにコピーできたとしても、アップルの世界には腕利きのハッカーが多数活動しており、初めて出てきた現物とあれば、あらゆるところから検証されるでしょう。つまり、コピーしたところで、時間はかかるかもしれませんが、いずれそのことが突き止められる可能性は高いといえます。
要するに、そもそもそんな貴重な品を偽造しようとしたこと自体に無理があったのです。そして自身もコレクターであるなら、それがわからないはずがありません。
どうにも納得できる動機が思いつかないのですが、あえていうなら、欲しいものはどうしても欲しいという、コレクターとしての心理がすべてに勝り、このような不可解な行動に出たということなのでしょうか。
あるいは、他にも告発する動きがあったことからも察せられるように、以前から同じようなことを繰り返していたのかもしれず、だとすれば、もはや感覚がおかしくなって、まともな判断が働かなかったのかもしれません。
しかしその代償は大きいものでした。これまで長年かけて築いてきたはずの信用がすべて崩れてしまったのです。結果として趣味そのものを放棄せざるを得ず、人間関係も壊れてしまいました。さらにはレトロPCのコレクター界隈にも、猜疑心というネガティブな感情を広めてしまったのです。
何の保証もない世界
レトロPCという趣味は、かつてとは異なり、何かと難しいものになってしまいました。
まずそもそも、いくら興味があったところで、今の時代では手を出すこと自体が容易ではありません。メジャーな家庭用ゲーム機のように、幅広い需要がある場合は、リサイクル店やレトロゲームの専門店などで扱いがあるため、まだ手軽に始めることができます。ところが、こと昔のPCソフトになると、現物を手に取ることすらままなりません。そのため、入手するにはイーベイのようなオークションに頼らざるを得ないのです。
さらに希少なソフトの取引となると、基本的にはトレード、物々交換が中心となります。繰り返しになりますが、このような場合、知識のあるコレクター同士のやりとりとなるため、珍しいソフトを手に入れたいとなると、それに見合ったものを差し出さなければなりません。
つまり、いくら欲しくても、金銭では(よほどの額でもなければ)相手にされないのです。そもそも金銭的な利益を目的としていないため無理もないことでしょう。
さらにいえば、何が市場に出ているのか、一切オモテに出ないまま取引が進められるので、人脈がなければ気づくことすらありません。こう書くと、なにやら不動産の出物とか、株の新規上場銘柄のような話ですが、それが現実です。
今回のA氏の場合、手に入れたのが偽造品だったのは気の毒なことでしたが、せめてもの救いは、さまざまな点で恵まれた状況にあったことでした。
まず、真偽を判断する上で、同じソフトハウスの同時期のパッケージという、うってつけの判断材料を持っていたことがあります。本物を手元に置いて比較対象できるというのは、またとない手がかりになります。さらに心強いのが、何かあれば相談できる、知識の豊富なコレクター仲間を持っていたことです。
ただし、そんなA氏にしても、早い段階で偽造に気づいたのは、今回のソフトがあまりにも特別なものであったためでした。
これがもし、パッケージは希少品でもソフト自体はありふれたタイトルだった場合、入手した現物を眺めるだけで満足し、ディスクをブートすることもなく、早々にしまいこんでいたかもしれません。それこそ品を入念に検査することもなかったでしょう。
同じように、偽物をつかまされて気づかないままでいるケースが一体どれほどあるのか、誰にも分かりません。
蒐集道は修羅の道ともいいますが、かつてはのどかだったはずのレトロPCの世界も、海外のネットオークションでやりとりされる当時物のソフトの値段を眺めるにつれ、ずいぶんと様変わりしたものだと思わされます。しかもそれが本物なのかどうか、何の確証もないとあってはなおさらです。
何事もそうですが、思い込みがすぎると危ういことになりがちです。趣味は楽しいものですが、時々は距離を置いて、客観的に接する余裕をもつことが望ましいのかもしれません。
追記
この一件から2か月ほどして、A氏は改めて「ゼノビア」のパッケージを手にしています。今度はきわめて確証の高いものでした。ところが肝心のディスクが破損しており、読み取りできない状態だったのです。これは無理もないことで、そもそも40年という歳月は本来のフロッピーディスクの耐用年数を大幅に超過しています。
こうしてまたもや「ゼノビア」のオリジナル版は未保存のままということになりました。度重なる困難にもくじけることなく、A氏はこれからも探索を続けるそうですが、状況は厳しくなる一方です。今回「ゼノビア」が改めて知られるようになったことで、いずれまた当時のパッケージが出てくる可能性はあるものの、問題ははたしてディスクが読み取れるかどうかであり、勝負はいよいよ時間との競争になりつつあるのです。
【お知らせ】 ツイッターのアカウントが変わりました。こちらのボタンからフォローできます→Follow @glgcy_ 今後はこちらを使っていきますので、よろしくお願いします。
5 of 10/ There was also a disk with it, a very authentic, copy-protected 13-sector disk. This is the visualization of the flux imaging of this disk. This is bad. pic.twitter.com/mi0FUQytGL
— A2Can (@A2_Canada) July 1, 2022
(ついに入手した「ゼノビア」のディスクですが、無残にも読み取りできない箇所ができていました)