ゲームレガシー

アップル、アタリ、コモドールといった海外レトロPCゲームについて。iPhoneのレトロゲーム情報もあわせて紹介します。このブログについて→ 電子書籍『ハルシオン・デイズ~コンピュータ・ゲームの先駆者たち』 (刊行準備中)→

2010年02月

[iPhone] 80年代横スクロール・シューティングの傑作「レプトン」移植版が登場

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「レプトン」は、1983年にシリウス・ソフトウェアから発売されたアクションゲームです。いわゆる「ディフェンダー」の影響下にある作品ですが、独自のアレンジが施してあって、当時のアップルⅡではかなり遊べるゲームでした。

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そしてこの2月、なんとその「レプトン」がiPhoneに移植されてしまいました。しかも怪しげな勝手移植ではなく、オリジナル版の作者(のひとり)Andrew Kaluzniackiが自ら移植した決定版です。AppStoresでのリンクはこちら

YouTubeに作者が自らアップした映像がありますので、さっそく見てみました。さすがにオリジナルよりはかなり画面が狭い感じではあるものの、インタフェースはハードの特性をうまく生かしてあるように思えます。



なかなか遊べそうな感じですが、いかがでしょうか。

以下、作者のサイトにある内容紹介をそのまま翻訳してみました。


―――

1982年、友人のダン・トンプソンが「ディフェンダー」を元にしたゲームを考案した。ただ彼は別のプログラムに取りかかっていて忙しいということで、ぼくにプログラミングをやらないかと誘ってきた。それが「レプトン」だ。

ぼくはオリジナルのアップルⅡ版を制作し、後になってダン自身がアタリ800とコモドール64の移植版を完成させた。出来上がったゲームはなかなか評判も良く、シリウス・ソフトウェアから発売されて、半年に渡り好調な売れ行きを見せた。

ぼくはiPhoneで何かゲームを作りたかった。それに、ずっと前から「レプトン」を復活させたいとも思っていた。そんなわけで「レプトン」を記憶を頼りに作り直してみた。なかなかに面白い作業だったけれども、そうして出来たゲームを、皆さんにも楽しんでいただければ幸いです。



指令

宇宙の遥か彼方から襲来してきた敵を、新たに開発された防衛船「レプトン」で攻撃すること。レプトンはターボパルスレーザー、マーク3ハイパードライブ、フュージョンウェポン、自動シールド機能などを搭載している。


敵キャラクター

Workerワーカー
攻撃力…中。地上に敵の拠点を建設する。拠点を完成させないよう妨害すること。

Spyスパイ
何らかの探知機らしく、武器は確認されていない。高度を低くして、ビルの陰に入ると、そのまま姿を消すことがある。

Drainドレイン
パワーグリッドを展開する。グリッドに張られたビームを通ると、レプトンのパワーが回復する。

Beamerビーマー
射程の長いビームを発射してくるが、ビーム自体の寿命は短い。

Mine Layerマインレイヤー
短距離の機雷を敷設することしか分かっていない。

Cluster Shipクラスターシップ
4つのシングルシップから構成される。動きは遅いものの、シングルシップの集合体なだけに危険な存在。攻撃力…中。

Single-Shipシングルシップ
動きも早く、強い攻撃力を持つ。敵勢力の中ではかなり手ごわい存在。

Enemy Base敵の拠点
破壊は不可能で、防衛ミサイルを発射できる。拠点が完成すると、その惑星は敵の手に落ちたことになる。

Power Station発電所
パワーグリッドの一部であり、惑星の防衛において重要な存在。ドレインによく狙われる。

Power Tubeパワーチューブ
パワーグリッドの一部。レプトンはパワーチューブとの接触によりエネルギーを交換する。ドレインから取得したエネルギーを戻すことで、核爆弾に似た効果を出すことができる。

敵勢力は波状攻撃をしかけてくる。一度攻撃が始まると、けして終わることはない。作戦の目的は、敵を妨害し、援軍の到着まで持ちこたえることにある。

やむをえず惑星を守りきれない場合は、価値があると思われるものを後に残さないこと。

幸運を祈る。


原文
Repton for the iPhone

オリジナルのレプトンについてはこちら
My tribute to Repton, the greatest shoot 'em up ever written for the Commodore 64

「今こそ過去のゲーム作家に学ぶべき」DOOMの作者がゲーム史のイベントで講演

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今年2月にアトランタのジョージア工科大学で開催されたゲームの歴史を考えるシンポジウムにおいて、DOOMの作者(のひとり)であるジョン・ロメロが講演を行いました。今こそ過去の優れたゲーム作家に学ぶべきという主旨の話だったのですが、その時にロメロが挙げた人々が、なかなかに興味深いものでしたので、ちょっと紹介してみたいと思います。

Nasir Gebelli

ナーシャ・ジベリ
一時日本に住んでいたことがあり、ファイナルファンタジーの1~3など初期スクエアの作品でプログラミングを担当していた人です。そのため外国人のゲーム作家としては例外的に、日本でもかなり知名度があるみたいです。ただ個人的には80年代初めにアップルでいまいちぱっとしないアクションゲームを量産していた人、という印象しかないのですが…ロメロはこの人について、とにかく凄腕のプログラマだったとして高く評価しています。ソースコードもなしに、頭の中でプログラムを完成させることができたのだとか。

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ビル・バッジ
これは当然の人選ですね。ピンボールで一躍有名になったこの人ですが、それ以前からアップルⅡで3Dグラフィックスの描画プログラムを製作するなど、腕利きのプログラマとして知られていました。謎の多かったアップルⅡのハイレゾモードを、誰よりも早く使いこなしていたとも言われています。

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マーク・ターメル
アーケードの有名なバスケットボール・ゲーム「NBAジャム」や、「ロボトロン2084」の現代版「スマッシュTV」などを手がけた人です。

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ダン・バンテン(ダニエル・ベリー)
マルチプレイヤー・ゲームの金字塔「MULE」の作者です。デビュー作から一貫して多人数ゲームばかりを手がけてきた、この分野の第一人者です。ウィル・ライト、クリス・クロフォード、シド・マイヤーといった、有名なゲーム作家がそろって高く評価した人でもありました。残念ながらすでに亡くなられています。

ビル・ウィリアムズ
アタリVCSの「アレー・キャット」「サルモン・ラン」「ネクロマンサー」といったタイトルの作者です。ロメロによれば、知名度はないものの作家性の強いゲームを手がけていた人なのだそうです。

横井軍平
優れたゲームはかならずしも最新の技術から生まれるものではないが、それを証明してみせた人物だと、ロメロは横井氏を紹介しています。

ゲイリー・ガイギャックス、デイブ・アーネソン
RPGの元祖、「ダンジョンズ&ドラゴンズ」の作者です。

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シド・サクソン
「アクワイア」など数々の名作を手がけたボードゲーム界の大御所ですが、一方ではコレクターとしても知られていた人物です。ただそのコレクションも、2002年に当人が亡くなった後、何も知らない遺族がすべて売り払ったために散逸してしまったそうです。もし生前のままのコレクションが維持されていれば、研究対象として貴重なものになったに違いないとロメロは指摘しています。

「過去のすぐれたゲーム作家を研究し、いつでも参照できるように、その作品をきちんと保管しておかないといけない。さもないと、貴重なノウハウが永久に失われてしまうかもしれない」

この点こそ、ロメロがもっとも訴えたかったことのようです。

こと海外に関しては、現役のゲーム作家は、あまりレトロゲームには関心がないようですが、そんな中でジョン・ロメロは例外的な存在です。特に初期のアップルⅡゲームに詳しく、アップルⅡ時代の名プログラマを集めたパーティを催したこともある(スティーブ・ウォズニアクまでやってきたとか)というくらい筋金入りのマニアだったりもします。この人についてはいずれまた何か、改めて書きたいと思います。

John Romero Bows Before Gaming's Masters - John Romero - Kotaku
GameSetWatch - The Art History... Of Games? A New Conference, Romero Explain

80年代にアドベンチャーゲームを自ら手がけた冒険小説の大御所

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1980年代のアドベンチャーゲーム全盛期には、数々の名作小説がゲーム化されましたが、単なる名義貸しではなく、実際にゲームを作ってしまった小説家となると数えるほどしかいません。有名どころを挙げると、ダグラス・アダムス、トマス・M・ディッシュといったあたりでしょうか。しかしもうひとり、重要な人がいます。エンタテインメント小説の大御所、マイクル・クライトンです。

そのゲーム「アマゾン」は、冒険もののアドベンチャー・ゲームで、1984年にテラリウムという会社から発売されています。筋書きとしては、忠実な右腕であるオウムを引き連れて南米の密林に入り、失われた都市を見つけ出して、先行していた探検隊が全滅した理由を探り出す、というものでした。

ストーリー自体は、クライトンが1980年に発表した小説『失われた黄金都市』によく似ています(ただし、いくつか設定が変えられています)。オリジナルはアップルⅡで、アタリ800とST、コモドール64、IBM-PCにも移植されました。
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冒頭のシーンでは、画面に大きく表示されたグラフィックがスクロールするという、当時のアドベンチャー・ゲームとしては大胆な演出を行っていますが、絵がどんどん動くのはごく一部で、大半は通常の静止画です。テキストの量もさほど多くはなく、小説家の作ったゲームとしてはものたりないところです。また、シューティングのミニゲームが組み込まれたりもしていますが、当時はこういう趣向は目新しかったように思います。

元々、クライトンはかなり早い時期からコンピュータに興味を持っており、80年代初めにはアップルやコモドール64、IBM-PCなどのハードを所有しては、ワープロとゲームに使っていました。とりわけアドベンチャーゲームは可能性のある分野だとして注目していましたが、実際の作品はどれも満足のいかないものでした。そこで1982年に自分でゲームを作ることを決め、クライトン自身はBASICしか知らなかったため、新たにプログラマを雇い入れ、アセンブリ言語でゲームを制作しました。

具体的な発売元も決まらないまま作っていたのですが、たまたまクライトンの小説をゲーム化したいと連絡してきたことがきっかけで、テラリウムが「アマゾン」の発売元になったのだそうです。

またクライトンは、実際にゲームを作ってみて分かったこととして、ゲームと映画作りは実によく似ていると指摘しています。クライトンは映画作りに長年関わっていましたが、映画もゲームも、常に受け手の立場になって考えてみるプロセスが不可欠であり、その点がまったく同じなのだとか。
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この「アマゾン」、10万部以上の売れ行きだったそうで、当時としてはかなりの成功作といえます。ただし、その後のクライトンはゲームから離れてしまい、再び手がけるのは1999年まで待たなければなりませんでした。この年、クライトンは知人と共同でゲームの制作会社を設立し、エイドスとパブリッシャー契約を結んでいます。

ところが、実際の作品としては2000年に「タイムライン」というPCのゲームを出したのみでした。これはクライトンの同名小説のゲーム版ですが、雑誌では酷評され、売れ行きも残念な結果となりました。

エイドスでは他にもクライトンの作品を予定していたようですが、結局は発売されないままに終わっています。いくら有名人が作ったからといっても、ゲームの場合はやはり作品そのものの出来が良くなければどうしようもない、ということでしょうか。

ゲームを作って30年、アタリVCSの語り部デイヴィッド クレイン

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今月iPhoneで「ドラッグスター マジック」なるアプリが発売されました。これはゲームではなく、1980年に発売されたアタリVCS用のゲーム「ドラッグスター」で使われているプログラミングのノウハウを解説するというものです。作者はデイヴィッド・クレイン。オリジナル版「ドラッグスター」を手がけた人物です。
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(この画面では、タイマーの表示部分を説明しています)

クレインは現在、iPhoneで「テクニカル ウィザードリイ」というアタリVCSの解説アプリをシリーズで開発しており、「ドラッグスター マジック」は2作目にあたります。第1作は「2600マジック」というアタリVCS本体のグラフィック機能に関する解説アプリでした。
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(インタフェースではアタリVCS本体のスライド式スイッチを再現するという凝りようです)

このクレイン、ゲームプログラマとしては最古参にあたる存在です。なにしろ初めて作ったゲームがアタリVCSの「アウトロー」という、1978年に発売された作品ですから、もう30年以上前のことです。以来ずっとゲームを作り続け、今なお現役で活躍しています。
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これまでに70を超えるゲームを製作しているとのことですが、その中には相当なヒット作がいくつもあります。とりわけ有名なのが「ピットフォール」でしょう。1982年に発売され、ビルボード紙のゲームチャート1位に64週間居座り、400万個のカートリッジを売ったという伝説の名作です。

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(アクティビジョン時代のクレイン)

他にも「ピットフォール2」「グランプリ」「デカスロン」「ゴーストバスターズ」などの作品を手がけており、いずれもアタリVCSのユーザーにはよく知られたタイトルです。

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一方で実験的な作品も手がけています。代表的なのは1987年の「リトル ピープル プロジェクト」でしょう。決まったエンディングがなく、3階建ての屋敷に住む中年男の生活を観察し、たまにやり取りをするという、何とも変わったゲームでした。

クレインはまた、世界初の家庭用ゲーム制作会社、アクティビジョンの設立メンバーでもあります。アクティビジョンは元々、アタリでゲームを作っていた社員が、待遇に不満を抱いて独立した会社であり、クレインもそのひとりでした。この点でも、クレインは後のゲーム作家たちにとってモデルとなる存在でしょう。そして今回発表されたiPhoneアプリの元となった「ドラッグスター」は、アクティビジョンが最初に発売したゲームなのです。

アクティビジョン時代のクレインはヒット作を連発していました。ところが1985年、会社が外部から招いた経営者がゲームを軽視してビジネス分野に進出しようとしたことに反発し、アクティビジョンを辞めてしまいます。その後は、アクティビジョンで同僚だったプログラマのゲイリー キッチンが興したゲーム開発会社に加わり、現在に至っています。

最近のクレインは、いわゆる広告ゲームと呼ばれる、企業広告とカジュアルゲームを組み合わせた作品を主に制作しています。その一方で、iPhoneで「テクニカル ウィザードリイ」のような解説アプリを作ったり、レトロゲームのイベントに度々ゲストとして登場するなどして、業界のベテランとしての経験を若い世代に伝える活動に取り組んでいます。

そして今年、ゲーム界のアカデミー賞ともいわれる、インタラクティブ芸術科学アカデミー主催の「インタラクティブ功績賞」(Interactive Achievement Awards)において新設された「先駆者部門」の最初の授与者となることが決定しています。
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(現在のクレイン)

クレインは、現役のプログラマとして、今なお毎日ゲームのことを考える生活を続けています。昔からの仲間は皆プログラミングを辞めてしまったといいます。一方で、長年ゲーム作りを続けるうち、いつまで現役でいられるかについて考えるようになりました。そして次第に、マンガ「ピーナッツ」の作者であるチャールズ シュルツを意識するようになったそうです。

シュルツは亡くなる直前まで、50年間マンガを描きつづけました。それに追いつくには、まだ20年あると、つい意識してしまうのだとか。クレインもどうやら、まだまだ引退するつもりはなさそうです。

ゲーム研究者が語る「エミュレータの功罪」

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エミュレータは便利なものですが、単に遊べればいいというレベルで考えるわけにはいかない人たち、たとえば本職の研究者の間ではいろいろと問題視する声もあるようです。エミュレータでいくら遊んだところで、実機でのプレイとはまた異なる体験にしかなりません。なにしろPCゲームはともかく、アーケードやゲーム専用機では、コントローラひとつとってもまったく違いますので。

この問題について、英国立ゲーム博物館(NAV)のスタッフであるノッティンガム トレント大学のジェームス ニューマン教授が昨年4月にNAVのブログに発表した文章がありますので、それを要約してご紹介したいと思います。

―――

エミュレータはすばらしい。過去の遺産を埋もれさせないために多くの人々が努力し、すぐれた成果をあげている。このことは賞賛に値するし、商業的な利益とは無縁の場所で行われているこうした活動は、今後研究の対象とされるべきだろう。

ところが、過去のゲームを保管し展示することを目的とするNVAのような組織にとっては、エミュレータは安易に歓迎できるものではないのだ。

まず最初に、エミュレータが対象としているものの存在がある。

エミュレータはすべてをカバーできているわけではない。たとえばメガドライブ版の「ソニック ザ ヘッジホッグ」は、NTSC版とPAL版では画面表示にかなりの違いがある。端的にいって、オリジナルであるNTSC版の方が遥かにすぐれているし、現行のエミュレータが再現しているのもそちらである。

ところが、ヨーロッパのゲーマーにとっては、ソニックといえばPAL版だという事実は、この作品を語るうえでの前提になっている。そして通常、メガドライブのエミュレータはPAL版のソニックを対象としていない。

このようなローカライズによる違いのほか、ROMのバージョンについても同様の問題がある。

そもそも、オリジナルのハード自体にもバージョンの違いが存在する。たとえばコモドール64のSIDチップに音質面でのバラツキがあるのはよく知られているし、メガドライブも後期型は明らかに音が悪い。

エミュレータを語るにも、それが何を対象としているのか、そのことをまず考えないといけないのだ。

当たり前の話で、メガドライブのエミュレータは、メガドライブそのものとは違う。個々のエミュレータの出来がどうこうという話以前に、ゲーム研究者としては、この点は見過ごすことができない。たとえばコントローラは、どうやってもエミュレータでは再現できない。それに、たいていのゲーム専用機では複数のコントローラを使い分けることができる。となると、特定のゲームを語るにあたっては、ソフトウェアのバージョンのほか、使用するコントローラも考慮しなければならないことになる。

さらに携帯ゲーム機や、いわゆる体感型のゲームとなると、元来のゲーム体験はエミュレータではけして再現できない。


(セガの体感型ゲーム筐体、R360)

NVAはすべてのアイテムを収蔵することを目的としていない。そのため、ハードウェアについては、研究内容の意図に沿ったかたちで、基本的には一般的なものを選んでゆくということになるだろう。

またエミュレータは、性能や互換性のために独自の改変を施している場合がある。たとえば重いゲームをエミュレートする場合に、速度を上げるためにフレームをスキップしていることは多い。これも見た目には違いが生じてしまう。

個人的な話をしよう。数年前、ゲームボーイ用の「ゲーム&ウォッチ コレクション」を購入したことがある。このソフトにはゲームウォッチ版の「ドンキーコング」が収録されていた。もちろん、技術的にはこれはエミュレータである。

わたしは、今でもオリジナルである「ドンキーコング」のゲームウォッチを所有しており、どういうゲームなのかもよく知っている。とても好きなゲームであるだけに、ゲームボーイで遊べるなら、それはそれで便利だなと思ったので購入したわけだ。

結果として、ゲームボーイ版にはたちまち失望してしまった。確かに、音も見た目も「ドンキーコング」によく似ている。それでも、オリジナルのゲームウォッチ版と同じものではなかった。何が違うのか。ゲームのテンポが違うのだ。

「ドンキーコング」では、マリオや樽が動くたびにクリック音が鳴る。樽は鉄骨のスロープをひとりでに降りてくるが、マリオはプレイヤーが十字キーで操作し、キーを一方向に押しっぱなしにしていると移動スピードが上がる。マリオはゲーム内のテンポに従って、位置を変えてゆく(テンポはゲームが進むにつれて速くなる)。

このゲームではマリオと樽がそれぞれ違うテンポで動いている。ゲームウォッチの「ドンキーコング」をやりこんだ人ならよく知っていることだが、樽をよける場合には、画面表示ではなく、ゲームのテンポに従って操作するのがコツだ。とりわけテンポが速くなってからはそうなる。

ところがゲームボーイ版は、マリオと樽のテンポの違いがオリジナルと同じように再現されていないのだ。

これはもう、単なる表面上の問題ではなく、ゲームプレイの根底に関わる違いである。ゲームボーイ版も「ドンキーコング」のゲームとしては面白い。だがゲームウォッチ版とは違う。要はまったくの別物だということだ。

最近、「ストリート ファイター4」のXBox360版とPS3版をめぐる論争があった。


(「ストリート ファイター4」の比較映像)

ゲーマーの間では、特定のゲームに関してどのゲーム機がベストなのか、という話は昔からあるものだ。単なるゲームファンの罵倒合戦になってしまうことも少なくない。ところが、この映像では着実な分析が行われている。画面を2つに分割して、それぞれのバージョンの違いを詳細に見せているのだが、PS3がフルフレームでのアンチエイリアス機能を備えていないことによる影響や、720pと630pという解像度の違いを分かりやすく表している。このような映像を作るのは容易なことではない。これを見れば、ゲーマーという人々の熱意や知識が相当なものであることが、実によく伝わってくる。個人的には、この映像が主張しているのは、アンチエイリアスの有無がゲームプレイにどう影響しているのか、ということではないかと感じた。

以上のことを踏まえて、NVAとしては、あくまでオリジナルのゲーム体験を第一に考える方針を採りたい。エミュレータの限界とはまた別に、オリジナルのオブジェ、オリジナルの作品には、それ自体のアウラがある。オリジナルと寸分違わぬ複製が可能となった、このデジタル時代においても、オリジナルそれ自体の価値は、やはり存在しているのだ。


原文
On Emulation

関連エントリ
イギリスにおける国立ゲーム博物館設立の動き

アップルのタブレット、すでに日本上陸か(ちょっと違う)

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最初に申し上げておきますと、iPadの話とは違います。今話題のiPadですが、アップルがタブレットを作ったのはこれが最初ではありません。実は1979年にこんな製品を出しているのです。
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アップルⅡ用のグラフィック タブレット。もちろん純正です。有線のスタイラスペンで入力し、本体に信号を送るようになっていました。このタブレットにはペイント ソフトウェアが付属しており、アップルⅡのペイントプログラムとしては最初期のものと思われますが、そのソフトの名前がUtopia Graphics System。作者はなんと、トッド ラングレン!
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このタブレット、製品としては短命で終わってしまいました。本体から電波が出ており、干渉の可能性があるとして連邦通信委員会の勧告を受けてしまったのです。

アップルは1983年に改良型のタブレットを発売していますが、いずれにしても大して売れなかったようです。要するに早すぎたのでしょう。なんせ当時はマウスすら一般的ではありませんでしたから。

ではこのタブレット、果たして日本に上陸していたでしょうか。その可能性は少なくないと考えます。1979年といえば、まだアップルジャパンは存在せず、いくつかのコンピュータ ショップが代理店としてアップル製品を販売した時期にあたります(東レが総代理店になる前)。初代タブレットの定価は650ドルとのことで、当時のレートだとけして安いものではありませんが、そもそも当時アップルⅡを使っていた日本人ユーザーなんて相当に酔狂な人たちだったでしょうから(イメージで言ってますが)、このタブレットを入手していた日本人もきっといたのではないかと思うのです。
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(1979年版アップル タブレットのマニュアル)

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しかし普通、アップルⅡのタブレットといえばKoala Padでしょうね。こちらは1983年に発売された製品で、日本のショップでも販売されていました。かなり売れたらしく、アタリ800やコモドール64、IBM-PCなどにも移植されていました。価格も195ドルと、なかなかに手ごろな感じです。
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こうして見ると何だか小さいようですが、そもそもアップルⅡはハイレゾモードでも280x192ドットしかありませんので、これで十分ということだったのでしょう。

そんなわけで、(iPadではない)アップル製タブレットの話でした。

[iPhone]C64エミュレータ内のゲームに驚愕の名作が(ただし入手不可)

c64_emu
iPhone向けのコモドール64エミュレータにC64 for iPhoneという製品があります。エミュレータという大変にグレーな製品であるため、過去に何度か販売中止になっていますが、今のところは普通にApp Storeより入手できます。

このエミュレータには何本かのゲームが同梱されています。もっとも所詮はオマケですから、そうたいしたタイトルはありません。また、アプリ内のリストからゲームにアクセスできるようにもなっています。ところが、最近になってそのリストに新しくタイトルが追加されているのを見たというユーザーがいました。具体的には次のタイトルだったそうです。

International Karate
Microprose Soccer
Jumpman
Druid
Wizball
Trailblazer
Elite

どうやらこれはフライングだったらしく、すぐにリストから消されてしまったとか(おそらく表示だけで、入手も不可能だったと推測されます)。とはいえ、どれも定評のあるものばかりで、これまでとはレベルが違うという感じです。
international_karate

まず目を引くのが、イギリスの名プログラマで今なお現役のアーチャー マクリーンが手がけた「インターナショナル カラテ」です。要は最初期の対戦格闘ゲームです。日本やアメリカではあまり知られていない作品ですが、ヨーロッパでは絶大な人気を誇るタイトルでした。
elite1984

そして驚いたのが「エリート」です。イギリスの国立ゲーム博物館を扱ったエントリでも触れましたが、TRPGのトラベラーをモチーフにした宇宙交易ゲームで、そのスケールの大きさから大変なヒット作となり、今でもオープンソース版の移植版が広くプレイされています。イギリスを代表するゲームといってもいいくらい有名な作品であり、単なるアプリ内タイトルのひとつとするにはいささか不自然なものなのですが。

それはともかく、iPhoneで「エリート」が動くとなれば、かなりの人気を呼ぶのは間違いないところでしょう。開発元のブログも確認していましたが、それらしい情報は確認できませんでした。ただし、エミュレータ自体が近々アップグレード版をリリース予定とのことですので、それに合わせて新規タイトルを出すつもりなのかもしれません。いずれにしても期待したいところです。

(開発元が制作したデモ動画。「インターナショナル カラテ」が動いています)

Retro gaming classics Elite, International Karate coming to iPhone
Manomio(開発元のサイト)

[iPhone]アタリの名作「ペーパーボーイ」リメイク版には3Dモードが追加

paperboy

数ある初期アタリの名作群の中でも、「ペーパーボーイ」はそのリアリズム描写でひときわ目を引いた作品でした。とりわけ特徴的だったのが、ブレイクダンスやスケードボード、ギャングのストリートファイト、現代ゴシック文化の象徴である黒猫と、アメリカの若者風俗がふんだんに盛り込んであるという点です。プレイしながらアメリカの住宅地を実際に歩いているかのような感覚が味わえる、なかなかにユニークな作品でした。

そんな名作がこの度iPhoneに移植されました。ゲーム内容は旧作そのままですが、新しく3Dモードが追加されており、うまくアレンジしてあるようです。価格は4ドル99セント。

こちらのデモでは、後半で3Dモードが登場しています。いろいろと視点が切り替えられるようになっているようですね。「ペーパーボーイ」はオリジナルの筐体についていたハンドルがもっとも優れており、ゲーム専用機への移植版はどれも操作性が問題とされることが多かったのですが、iPhoneのインタフェースはまだマシな部類ではないかと思います。

権利面でも、ワーナーのコピーライト表示がクレジットされているところを見ると、きちんと許諾を受けて移植されているようですね。iPhoneのレトロゲームは著作権を無視しているのかなと思わせるような勝手移植らしきものが多く、どうなっているのか気になるところなのですが、さすがにここまでメジャーな作品となると、適切に処理されているようです。

Paperboy for iPhone Falls Short of a Perfect Delivery
レビュー記事。操作性に難があり、5ドルという価格も高いと、辛口の評価になっています。

(2010.11.12追記)
その後、3月にこの「ペーパーボーイ」は発売中止となり、11月にアップデート版が再び登場しています。詳しくはこちら

ゲーム作家が多数登場する「ゲームの歴史」ドキュメンタリー映画が制作へ

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ドイツの映画会社Lux Digital Picturesは、このほどゲームの歴史を扱った映画の製作に入ることを発表しました。タイトルは「Gameplay: The Story of the Videogame Revolution」。脚本を本職のゲーム研究者が担当するということで、その点でも期待できそうなのですが、とりわけ注目したいのが、名作を手がけたゲーム作家自身が多数出演するというところです。製作元のプレスリリースによると、登場するのは次の人々とのことです。

・ジョン ロメロ(「DOOM」)
・デイヴィッド クレーン(「ピットフォール」)
・スティーブ メレツキー(「銀河ヒッチハイク ガイド」)
・トッド ハワード(「フォールアウト3」)
・ジョン スメドリー(「エバークエスト」)

なかなかに興味深い人選です。特にDOOMの作者ジョン ロメロは、かなりゲーム史に詳しい人ですので、いろいろと興味深いコメントを出してくれるのではないでしょうか。

脚本を担当するビル ローディスとマット バートンはそれぞれ本職のゲーム研究者で、名作レトロゲームの解説書や、アメリカ産コンピュータRPGの変遷を扱った本を書いています。

これまでゲームのドキュメンタリー映画は、ゲーム関係者が関わることはあっても、あくまでコンサルタントという立場であり、脚本そのものはたいてい本職のテレビ・映画関係者が執筆しているものがほとんどでした。その点からもこの映画には大いに期待できそうです。できれば日本でもDVDなどでのソフト化を期待したいところですが、どうでしょうか。

Lux Digital Pictures Producing Major Videogame Movie

イギリスにおける国立ゲーム博物館設立の動き

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国営マンガ喫茶などと揶揄されていた「国立メディア芸術総合センター」。本来はこの施設でゲームも取り扱いの対象になっていました。あのような形が望ましいかどうかはともかく、ゲームを保管する何らかの組織はやはり必要ではないでしょうか。個人の篤志家が頼りという現状は厳しいところです。

そんな中、世界初となる国立のゲーム博物館がイギリスで設立されるというニュースが流れたのが2008年9月のことでした。その名をナショナル・ビデオゲーム・アーカイブ(National Videogame Archive, NVA)といい、イギリス北部のブラッドフォードにある国立メディア博物館と、イギリス中部のノッティンガムにあるノッティンガム・トレント大学の共同事業として始まりました。設立スタッフもこのふたつの組織の関係者が中心です。

気になる現状ですが、一般から所蔵対象となるゲームの寄付を受け付けており、一部はすでにブログでも紹介されています。また、ノッティンガムでは毎年GameCityというゲーム関係のイベントが開かれているのですが、そこでも様々な企画を行っているようです。今年のGameCityではNVAの企画により、80年代のイギリスを代表するヒット作「エリート」(TRPGの「トラベラー」を踏襲した宇宙交易ゲーム)の発売25周年を記念するパネルが開かれました。

なおアーカイブ自体は国立メディア博物館内に置かれており、将来的には展示スペースもできるとのことです。現品の展示や、研究者どうしの交流の場を設けるほか、一般の見学者にも楽しんでもらえるような施設を作るそうなので、期待できそうです。

他の国ではどうでしょうか。アメリカでは、スミソニアン博物館が少なくとも1980年代末からゲームに限らずコンピュータ関連のアイテムを積極的に集め出しています。ただし、展示どころか整理もまともにされておらず、とりあえずは収集を先行させているという状態のようです。何にしても土地に余裕のある国は違いますね。きちんとした組織が、体系的かどうかはともかく、収集にあたっているだけでもかなり恵まれた状態にあるといえるでしょう。

一方、日本でも明治大学が昨年「東京国際マンガ図書館」構想を発表しており、ゲームも所蔵対象になっているようですが、果たしてどうなるでしょうか。

U.K. Launches First Official National Videogame Archive

The National Videogame Archive (公式ブログ)

PC向けフライトシミュレータの父、ブルース・アートウィック

マイクロソフトがFlight Simulatorを製作部門ごと清算してしまってから1年が過ぎました。復活のきざしはいまだ見えてきませんが、ここではMS版の基礎を作ったばかりでなく、PC向けのフライト・シミュレータというジャンル自体を作り上げた人物、ブルース・アートウィックについて取り上げてみます。

Artwick1988
(1988年のブルース・アートウィック)

コンピュータによる飛行機のシミュレーションにアートウィックが手を染めたのは、イリノイ大学に在学中の1975年のことでした。所属していた研究室向けにCG端末を設計し、フライト・シミュレータ用3Dグラフィクスに関する論文に取り組む一方、この時期に航空免許も取得しています。

1976年に大学を卒業し、ひとまずカリフォルニアのヒューズ航空に入社しますが、仕事の合間を見てはCGへの取り組みを続けていました。6800ベースのマシンで3Dグラフィクスを描画するプログラムを作り、それを解説した記事を雑誌に投稿。記事はみごと掲載されましたが、ほどなくして編集部から電話があり、記事に解説されていたようなプログラムに読者から問い合わせが来ている、と聞かされました。そこでアートウィックはプログラムを売るための会社を作ることにしました。1977年にロサンゼルスで設立されたサブロジック社(SubLOGIC)です。社名は、大学時代にミニコン用に設計した論理基盤から採りました。

通販のみでプログラムを売る、ささやかなビジネスでしたが、当初からかなりの反響があり、1978年にアートウィックは思い切って会社を拡大することにしました。ロサンゼルスはあまりに人が多すぎるということで、大学時代を過ごしたイリノイに戻り、そこでビジネス・パートナーとしてスチュ・モーメントをサブロジックに引き入れます。モーメントは元々アートウィックの航空教官で、またMBAの保持者でもありました。飛行機とビジネスの両方に理解のある、まさにうってつけの人材だったのです。

この頃、サブロジックはアルテア8800やイムサイ8080といった機種向けのプログラムを販売しており、顧客は技術者や、コンピュータを趣味とする人々がほとんどでした。

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サブロジックを急成長させたのが、1980年1月に発売したアップル2版のフライト・シミュレータ(FS)です。FSはじわじわと人気を広げてゆき、1年後にはアップル2の数あるソフトウェアの中でもトップクラスの売れ行きとなる大ヒット作に成長していました。

この頃、アートウィックにマイクロソフトという会社から連絡が入ります。大々的に売り出す予定の新機種にFSを移植してくれないか、という誘いでした。似たような電話がIBMからもありました。アートウィックは結局マイクロソフトを選びましたが、その新機種がIBM-PCだったのです。彼の元には、おそらくイリノイ州で最初のIBM-PCが届けられ、1982年11月に移植版が発売されました。これが最初のマイクロソフト版フライト・シミュレータです。当時IBM-PCにはビジネスソフトしか存在しなかったこともあり、初のゲームソフトであるFSは当然のように大ヒットとなりました。FSはマシンの性能を極限まで使っているということで、互換機の動作確認にも使われていたそうです。

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IBM-PC版はアップル版に比べてかなりの改良がなされていました。風景がワイヤーフレームから通常の3Dになり、天候や時間のシミュレート、座標システム、空戦モードなどが新しく導入されています。カラー表示はありませんでしたが、ユーザーが勝手に改造したCGA対応の4色バージョンが存在します。

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これを知ったアップル版ユーザーからの要望で、アートウィックはアップル版のアップグレードに着手します。このプログラムはフライト・シミュレータ2(FS2)として1983年に発売されました。結局、アップル2向けとしては最後のFSになりましたが、このソフトは驚異的なロングセラーとなります。当時、ログイン誌の海外ソフトチャートでも、このFS2が延々と1位を記録していました。サブロジックから発売されたFSはこのFS2が最後となり、以後アートウィックはマイクロソフト版FSに専念することになります。

1988年には方針の違いからサブロジックをスチュ・モーメントに譲り、アートウィックは新たにBAO(Bruce Artwick Organization)を設立。ひきつづきマイクロソフト版FSの開発を担当しますが、1995年にはBAOとフライト・シミュレータの権利をマイクロソフトに売却。以後はコンサルタントとしてのみマイクロソフトに関わっています。

アートウィックの経歴を見ると、関わった作品はどれも見事に航空機関係のものばかりで、その一貫ぶりには驚きます(1982年に「ナイトミッション」というピンボール・ゲームを出していますが、それが唯一の例外)。今ではFSはひとつの産業とまでいえる規模に成長していますが、元はといえばアートウィックがほとんど独力で切り開いてきた分野であり、やはりコンピュータ・ゲーム史に残る人物といえるでしょう。

Amigaの新型ワークステーションが夏前には登場か

x1000logo
初代アミガのAmiga A1000が発売されたのが1985年ですから、今年はアミガのデビューから25周年ということになります。そんな中、A-EONという会社からAmiga OS向けのワークステーションが発表されました。その名もAmigaOne X1000。

これまでにもイタリアのSAMigaやドイツのPegasosのような、Amiga OSが走るPowerPCベースのマシンはいくつかありましたが、X1000の特徴はXMOSのXS1-G4というチップを採用したことにあり、パフォーマンス面ではこれまでのものを遥かに上回っているそうです。スペックは次の通り。

    * Custom case with Boing Ball
    * ATX Formfactor
    * CPU: Dual-core PowerISA™ v2.04+ CPU
    * Co-processor: "Xena" XMOS XS1-L1 128 SDS
    * Audio: 7.1 channel HD audio
    * Memory: 4× DDR2 SDRAM slots
    * 10× USB 2.0
    * 1× Gigabit Ethernet
    * 2× PCIe x16 slots (1x16 or 2x8)
    * 2× PCIe x1 slots
    * 1× Xorro slot (gives access to "Xena")
    * 2× PCI legacy slots
    * 2× RS-232
    * 4× SATA 2 connectors
    * 1× IDE connector
    * JTAG connector
    * 1× Compact Flash

ちなみにXenaというのはA-EON側がつけたXS1-G4の名称で、XorroとはXenaのプログラマブルI/Oにアクセスできるスロットだそうです。

このX1000、メーカー側は今年の夏までには発売する予定とのことです。価格もA1000の定価だった$1295を少し下回る程度ということですから(もっとも当時と今ではドル自体の価値が大違いですが)、まあ手ごろな値段ではないでしょうか。

なお、執筆時期は2002年とちょっと古いですが、コモドールが消滅してからのアミガをめぐる状況については、こちらのコラムが参考になります。
【レポート】ついに復活か? 伝説のコンピュータ「Amiga」の現状(1)
【レポート】ついに復活か? 伝説のコンピュータ「Amiga」の現状(2)

iPhone版アーコンはコントロールに難アリ

archon

8ビット時代の名作ゲーム「アーコン」がiPhoneに移植されましたが、今のところ、あまり評判が良くありません。とりわけ指摘されているのが、自機のコントロールが難しいという点。しかもそれがiPhone特有のインタフェースに関係しているとかで、そう簡単に改善されるようなものではなさそうです。

実際にプレイしたわけではないので、推測になってしまいますが、レビューを参考に問題点をまとめてみました。

たとえば戦闘モードでは、画面は横向きに固定されています。左の親指で自機の移動、右の親指で攻撃という使い分けになりますが、これではゲームにうまく対応できません。戦闘は画面の全域で発生するのですが、指の使い方によっては画面の一部が手で隠れてしまい、見えなくなってしまうのです。

その他、多人数モードが存在しない、というのも残念なところです。なんといっても2人向けの対戦モードが面白いということで評判になった作品ですからね。

開発元では、多人数モードについてはいずれ実現するとアナウンスしているようですが、コントロール面については今度どうなるのか何の情報もありません。いったいどうなることでしょうか。

四半世紀の時を超えiPhoneで復活、戦略アクションゲーム「Archon」
Archon Classic Brings Back Fond Memories
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