Schuler aus Krisenregion Fukushima zu Besuch in Wien
福島被災地の高校生、ウィーンへ(オーストリアの記事)


-8月3日付の記事(ウィーン)-


水曜日、震災被害地である福島から23人の若者がウィーンにある大使館を訪れた。彼らは3週間、回復のためにオーストリアで休暇を過ごす。

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15歳から18歳までの23人の日本人は、三月に三重の大被害を受けた福島の被害地から来ている。彼らはオーストリア・ロータリーの招待を受け、休養と文化体験のために夏の三週間をオーストリアで過ごす。若者たちは相馬市とその周辺の出身。相馬市は津波で459人の犠牲者が出、そのうち19人は子どもだった。沿岸地域には2つの漁村があったが跡形も無く流され、5000人が家を失った。

ミヒャエル・シュピンデルエッガー外務大臣の代理として、大使のフランツ・ヨーゼフ・クーグリッチュ氏が外務省にある大理石の間で若者たちに歓迎の言葉を述べた。


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福島の生徒に「新しい人生を生きる勇気を」

駐オーストリア日本大使・岩谷滋雄氏は、このプロジェクトを実現したオーストリア・ロータリークラブと多くの支援団体に感謝し、「これは災害で受けたショックを克服する大きな助けとなるでしょう」と述べた。ロータリー代表のクリストフ・ファイヒテンシュラーガーが今回のアクションの発起人であり、組織者である。日本人に「新しい人生を生きる勇気」を与えることが最大の願いである、ということだ。そういう考えで彼は、支援物資を送るよりも、若者をオーストリアへ招待することに決断したようだ。



オーストリアに滞在できることを若者たちは喜んでいるようだ。17歳の佐藤氏は、精神的な苦しみに支配されていると述べた。彼の多くの親戚や知り合いが行方不明・または死亡し、多くの友人が福島から引っ越さなければならなかった、という。いつも通りに学校へバスで通っても、彼の暮らしは元には戻らない。人は生きなければならない、しかしそれは簡単なことではない。

菊池氏は、とてもゆっくりであるが震災のショックから立ち直りつつあるという。どうにかして生きていかなければいけない「それしかない」。彼女はとても喜んでいた、17日に彼女はオーストリアで誕生日を迎えられるのだ。


翻訳元;http://www.vienna.at/schueler-aus-krisenregion-fukushima-zu-besuch-in-wien/news-20110803-01274017









辞書には載っていない若者ドイツ語
Nr.30; Analsturm (おなら。直訳;ケツからの暴風)



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