Japans Nationalsport gehen die Japaner aus
ドイツ人「相撲って日本の国技じゃないの?なんで日本人いないの?」(ドイツの反応) 

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ttp://www.zeit.de/sport/2014-05/sumo-krise-japan-yokozuna 
2014年5月19日

ドイツ紙の記事


野球やサッカーが注目を集める中、日本人の相撲に対する興味は毎年薄れていく。

そんな間にも、外国人が相撲界を席巻していた。

日本の老人は語る「若いやつらにゃあ猛々しさがなくなっちまったんだよ」

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「今の自分がどうあるべきか、全く分からないんです」と、身長186センチ体重146キロの力士は落ち着かない声で語った。それを聞くのは半分が興奮しきったリポーターで、もう半分がこの力士と同じくらい落ち着かないリポーターだ。

相撲界の頂点に立った新しい英雄が何を言うのか、それは…「今の自分を保てるようにしたいです」という衝撃的でもなんでもない意思表示。

これが、モンゴル出身の力士アナンドである。

28歳の彼は、大阪で春場所を制した。自身のキャリアで最高のタイトルである。横綱審議委員会は彼を、日本の国技相撲における最高ランクである横綱に昇進させた。

こうして鶴竜(アナンドの四股名)は至上71番目の横綱になったのだ。

しかし、横綱になるにはそれなりの義務も生じてくる。日本の着物を着るだけではなく、様々な催しで儀式的な踊りをし、他の力士よりモラルの面で高い基準で測られる。

つまり、負けてはいけないけれども負けなくてはならないというスポーツ面でとても重いプレッシャーのもとに戦わなければならないのだ。何があっても横綱の名を汚してはならない。

同委員会の理事長北の湖は「彼ならきっと、良い試合をするのに全力を尽くしてくれますよ」と語る。「鶴竜は横綱としての自覚と責任を重々感じているはずです」


相撲は変わった

アナンドはモンゴルのスフバートルの生まれである。モンゴルは相撲のような競技を持つ国だが、決して日本のようにプロのスポーツではない。

それでも鶴竜は、日本人ではない5番目の横綱になったのだ。

そしてここ何年か、高ランクに日本の力士が来ることはなくなった。

大相撲の観客席や、東京のちゃんこ鍋レストランでは遺憾の念から来ているのだろういちゃもんがよく聞こえる。

「相撲って日本の国技じゃないの?なんで日本人いないの?」

「相撲はもう昔と同じではない。変わってしまった」


1日に約2万カロリーを摂取できるという力士の典型的食べ物「ちゃんこ」を食べながら元力士淺瀬川は語る。「力士が生活し、訓練する相撲部屋ってのはとても厳しいんです。本当に一握りの力士だけが横綱になれるんですよ」

30代半ばの元力士は鶴竜の業績を評価する。「鶴竜はいつも勤勉に稽古していた。技術的にも、体格的にも、努力を惜しまなかった」

淺瀬川は独り、ちゃんこ鍋をつつきながらテレビを見る。そして、鶴竜が春場所で優勝する姿を見ながら語った。「かつて相撲は俺たちの競技、そう、日本人の競技だったんです」

この世界で一番日本的な競技は、日本らしくあることを放棄してしまったのだろうか。


貧弱世代

相撲は約2000年の歴史を持ち、日本の宗教である神道の神たちの恩恵を受けているといわれている。

そのため、 試合の前には儀式があり、400年もの間、プロの競技であり続けている。

ルールはこれ以上ないというほど単純であり、先に相手の膝から上を地に着けた者、または先に相手をリングから出した者が勝ちとなる。

勝負はほとんどの場合、数秒だ。

取り組みの前に神聖な土俵に塩を播くこのシンプルなスポーツは、1990年代には日本人のお気に入りのテレビプログラムだった。

しかし、最近の調査によると日本人は相撲よりむしろゴルフの方を好んで見るという。

鶴竜の前に横綱になった同じくモンゴル出身の日馬富士公平は、ここ数年の悪循環について指摘している。

「日本人のスターも相撲界にいるっちゃあいるんですけどね…」日馬富士は、有楽町の飲み屋でアポイントがあるようだった。

日本人で最後に横綱となったのは2003年に力士を引退した貴乃花である。90年代は貴乃花と、その兄で同じく横綱だった若乃花とで相撲ブームが沸き起こっていた。

この兄弟力士は、当時230キロもあったアメリカ人力士・曙に果敢に決闘を挑み、世界中の注目を集めた。

当時は、ドイツでも相撲の中継がされていたほどであるが、今日、国際的にも相撲に興味を持つ者は少ない。

手本になる力士を欠いては、相撲界は回らない。

「若者は戦わないんです」と、語るのはちゃんこを摘む淺瀬川である。

このちゃんこなべ屋は淺瀬川の息子が切り盛りしている。息子も力士だったが、淺瀬川の方がよっぽど活躍しており、壁には淺瀬川のポスターが貼られている。

消費文化に慣れ親しみ、情熱という文字からかけ離れた無気力世代、それが今の日本の若者である。

「若者には勝利へのハングリー精神がかけている」というのはモンゴルの首都で貧しい幼少期を過ごした日馬富士は語る。彼は、子どものころから家族を養わなければならなかった。

頂点へと上り詰めた彼の道は至って単純。「食べて、練習、食べて、練習。死ぬ一歩手前まで練習した」


教育に金をかける日本人

日本の強い力士は伝統的に貧しい地方から誕生した。それこそ、学費も払えないような家庭で育ったものたちである。

相撲部屋では力士たちが共に稽古し、生活するが、低いランクの力士は金を払う必要はない。ただひたすら、厳しい訓練をし、耐乏生活を送る。その代わり、食費やなんかは全て賄われる。

今日の日本人はほとんど全て中産階級であり、家族は皆、教育の方にお金をかける。

それでも息子をスポーツ選手にしたい家族は、野球やサッカーにお金をかける。

ここ最近、相撲はスキャンダルによって注目を集めている。

元力士である鳴門海と他の元アスリートの共著(1996年)からはその様子が覗える。

薬物の乱用や納税滞納、ヤクザとの関係が事細かに説明されている。

極めつけは、この著書が発表される少し前に両者とも不思議な死を遂げていることである。

また、2010年には力士による野球の八百長試合が表沙汰になった。

その後は多くのアスリートが自身の試合を延期するようになり、テレビプログラムから外され、相撲協会も税優遇を停止される危機に瀕するなど、相撲界は悲惨な状態になった。

しかし、その中でも特に大きかったスキャンダルといえば6年前に17歳の力士がトレーナーの指示の元にビール瓶で殴られ、金属バットで殴られ、タバコを突きつけられた後に死亡した事件だろう。

相撲部屋での暴力は度々報道される。そのたびに、若いアスリートが犠牲になっているのだ。


引退後の後遺症

こういったスキャンダルもあり、相撲部屋は若手を探すのに苦労している。

1992年には実に223名もの男子が50が定員の相撲部屋に申し込んだ。

現在では相撲部屋も50以上あるが、ここに入る若者の希望はあまりにも小さい。

なんといっても、70人以下の力士しか相撲で給料をもらうことができないのだ。

東京の相撲部屋では実にその十倍以上の若い力士たちが生活し、稽古している。

そしてもう1つの大きな問題は、現役を引退した後に何をするかである。

「本当に一握りの人しか相撲協会の役員にはなれません」と語るのはドイツ人の日本学者ヴェレーナ・ホップである。 彼女は東京リバーサイドスクールで相撲の授業を行っている。「殆どの力士は高校以上の学歴がなく、職業訓練も受けていません。そして力士時代に受けた身体的負傷に苦しんでいるのです。日本では、30歳ほどの成人が職を探すのは時既に遅しなのです」

多くの元力士が臨時雇いとして働いているのが現状だ。

「ちゃんこなべのレストランを経営するのも手ではありますが…」と語るのは淺瀬川だが、それも全ての力士ができることではない。

新しい横綱・鶴竜。彼は日本人の門下にも人気があり、目標としている人も多いだろう。

そして彼の経歴にも日本人の若手に夢を見させてくれるところがある。

鶴竜は教授の息子として地元で何不自由ない生活を送ってきた。

それでも、頂点に上り詰めることが出来たのだから。




コメント

Rend
19. Mai 2014 19:57 Uhr 

誰に聞いても日本の国技は野球だろ。 

相撲が廃れるっていうのは分かる気がするな、もう伝統文化として国が積極的に護っていくしかないよ。


Tamashii
20. Mai 2014 9:12 Uhr

まぁ、日本はなんでもある国だからな。

現代世界を生きる若い日本人に相撲が魅力的に映らないってのは全然理解できる。

相撲部屋の生き方は日本の社会じゃあもう古いんだよ。

記事には日本の相撲取りは貧しい地域の出身が多いってあるけど、そんな地域、ここ3,40年で日本から消えたでしょ。 


Andre T
20. Mai 2014 10:38 Uhr
 
相撲界ではポリネシア人も強いよね。 


Curitiba
20. Mai 2014 12:17 Uhr 

ポリネシア人が強かったのは昔の話。今は朝青龍、白鳳、鶴竜なんかのモンゴル人の時代。






記事:クニッゲ

よし、今度「日本に帰ったら何食べたい?」って聞かれたらちゃんこ鍋って答えよう。

 
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