女子高生がプロ志望届を提出した。日本高野連は9日、プロ入りを希望する高校生に義務付けた「プロ野球志望届」提出者の氏名をホームページで公表。関東第一(東京)の中村祐太投手ら12人の中に、南稜(埼玉)の女子部員・山口祐舞内野手(3年)も名を連ねた。

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 高校生のプロ志望届は04年から制度化されたが、女子高生の提出は日本高野連関係者によると「記憶にない」という。山口は南稜の硬式野球部に所属し、女子プロ野球の合同トライアウトを受験するために届け出た。すでに5日にトライアウトを受けており「レベルが高かったので、期待はできないですね。でも硬式野球は続けたいです」と心境を語った。

 南稜の遠山巧監督は「3年間、男子と同じ練習をこなしてきた。ガッツのある子だった」と話した。規定で公式戦には出場できなかったが、練習試合では安打も放った。本職は二塁手だが、トライアウトは倍率の低い捕手で挑戦したという。「辞めようと思ったこともありましたけど、先生や両親のおかげで続けられました」と山口。男子顔負けの精神力でプロの世界を目指す。

 ◆山口 祐舞(やまぐち・ゆま)1995年(平7)12月7日、埼玉県生まれの17歳。小4から野球を始め、芝東中では硬式野球チーム「蕨リトルシニア」に所属。南稜3年夏はスタンドで応援団長を務めた。右投げ右打ち。

 グラウンドに立てないと分かっていても、白球を追い続けた少女の夏が終わった。市営浦和球場で15日に行われた南稜対大宮西の一戦。南稜のスタンドで応援団長を務めた3年山口祐舞さん(17)は、チーム唯一の女子部員だ。高野連の規定で女子部員は公式戦に出ることができないが、「野球が好きという気持ちでここまでやってこられた」と振り返った。

 南稜応援団が陣取る一塁側スタンド。その最前列が山口さんの「ポジション」だ。日焼けした顔にはじける笑顔。選手たちと同じユニホーム。ほかの男子部員たちと何ら変わりはない。

 二回表に7点を先制され、意気消沈してベンチに戻るナイン。「おまえらなら(点を)取れる」「焦るな」―。山口さんの声援が飛ぶ。その思いに応えるかのように、ナインは三回裏に4点を返した。「ピンチのときに励ましてくれた。だからムードが保てた」。梛野陸主将(3年)は話す。

 山口さんが野球を始めたのは小学4年生の頃。家の近くでやっていた少年野球を見て「面白そう」と思ったから。中学では硬式野球を経験。野球の楽しさにはまっていった。

 「公式戦に出ることはできない」。高校進学の際、山口さんは悩んだ。県内には女子硬式野球部がある私立もあり、女子だけの大会が開かれたりもしている。それでも、「どうせやるなら甲子園を目指したい」。そんな思いから南稜に進学し、野球部の門をたたいた。

 だが待っていたのは孤独感だった。大勢の男子部員の中に、女子が1人。「そんなに続かないだろう」。そう思う男子部員もいた。チームになじめない日々。それでも、野球が好きな気持ちがそうさせるのか。「辞めることは絶対にしない」。強い意思で野球を続けた。「男子部員以上に付いてきてくれた。選手と監督の橋渡し的なこともしてくれた」。遠山巧監督も、頑張りを認める。

 最後の夏。応援団長を務めることになった。「大きな仕事を任された。応援を頑張り、みんなを甲子園に連れて行く」。グラウンドに立てない分、懸命に声を張り上げた。

 この日、チームはコールド負け。山口さんの3年間が終わった。試合後、涙にくれる山口さんに部員がそっと近づく。「これ着てください」。手渡された背番号「4」のユニホーム。二塁手の山口さんが憧れ続けた背番号だ。「うれしい」。山口さんはそっと袖を通した。

 男子部員とともに甲子園を目指した3年間は「最高の仲間に出会えた」という。将来の目標は女子プロ野球選手。「試合に出られなくても、好きな野球をやり通せた。この気持ちを忘れず、これからもやっていきたい」。少女の夢は、まだ終わらない。