2010年9月

僕は東大阪で一人暮らしを始めた

メンバーが揃った神頼みレコードも初ライブをすることになった

そのぐらいに、僕がトラッシュ山省でいくわ

って言うてから皆も、じゃあ俺はガッツ上枝

俺はターボ橋本!って口々に名乗ったので

江口もなんだか慌てて、じゃあエグチフーフでと皆がステージネームを決めた

田中だけ僕はいらないです!って後で言うてたきがする

それからすぐ、神頼みレコード初めてのライブを千日前ドライブでする事になった、この日の対バン相手がキュウソネコカミでした

僕は裸で全身掻きむしって、何がしたいか全然わからんって言われたりした

二回目のライブはその後すぐに、三国ヶ丘FUZZでやった

KANA-BOOとか、イヌガヨとかと対バンでその日じゃっくさんの喉にマイクが刺さって声が出なくなってたのは未だに結構鮮明に覚えている

こうやって書いてみると、ライブの内容以外は良いスタートダッシュを切らして貰ってるのではないかなんて思う

この頃やってた曲が全く思い出せないが、家からアンケート出てきたので見てみると

インスト(山省が客席で見てる)
ハンバーグ
ホイコーロー
もし世界を救ったとして
ダンス

こんな感じの曲順でやっていた
もし世界は未だにやってる曲やし、ダンスは辛うじて覚えてるがそれ以外はどんな曲やったのか僕も思い出せない

もしビデオとか出てきたら見るのが怖すぎる

と、それから何回かライブをしたが

直ぐにギターの田中とドラムの橋本が脱退した

2010年12月の脱退前、最後のライブはワタナベフラワーと対バンした

僕と江口はワタナベフラワーのコピーバンドを大学でした事があったのでこのライブもよく覚えている

2010年の終わりにメンバーが三人になった

そういや、2010年の年越しは友達とライブハウスのなんかのアニメイベントのクラブイベントにいって

後ろで寝てたら、急性アルコール中毒で救急車呼ばれた人と一緒に間違って運ばれたりした

起きたら病院でびっくりした

2011年

今度はちゃんとドラムが叩ける大学の同級生の柴ちゃんが加入して、神頼みレコードを続けた

その間に僕は初めての弾き語りライブをやりだして

ずっと友達でいるのはなんて難しいんだろうという曲を作った

ライブ再開から少しずつ逆に記憶が減っていくのだけど

心機一転メンバーと曲作りを始めた

世界が終わるまで踊ろうぜ
ああなりたい
アリとキリギリス
もし世界を救ったとして
完成未完成な僕ら

ああなりたいと完成未完成な僕らのリフははガッツ上枝が、踊ろうぜのリフを江口が持ってきて、僕と柴ちゃんでアリとキリギリスを一緒に作って持ち合って出来た

というような作り方と内容で2011年の神頼みレコードを始めた

前よりはやりたいことがわかるけど、まだちょっとわかりにくいかなー

って、よく言われた気がする

しばらく三国ヶ丘FUZZと千日前ドライブを中心にライブをして色んなバンドマンに出会った

プライベートの方は楽器屋を誰とも仲良く喋ったり出来なかったので辞めた

おはようございますと
休憩頂きますと
お疲れ様でした

以外話さなかったのであれは辛かったし

バンドがあって良かったーと人生で一番思っていたと思う

貧乏もピークに達していて

バイトを辞めたその日の帰り道に知り合った友達の友達にテレアポ紹介してもらって働きだしたり

カラオケ屋の夜勤を始めたが

その後直ぐに、3.11の地震が来たりして、持っているお金を全部、非常道具に変えてしまったりして

しばらくは乾パンを食べて生活をしたりして、ちょっとアホになったりもした

バイトを沢山してからは、昼はテレアポ、夜から朝までカラオケ屋で休みの日はライブという生活をしていたけど、不思議とそこまでしんどくもなかった気がする

体力がすっごくあったなーと今では思うし

夜中の2時ぐらいに電話かかってきて東大阪から難波まで来いって言われても直ぐ行った

おかげで、今の神頼みでずっとギターを弾いてくいる、ぐぅちゃんと知り合ったりもした

一年間があっという間に過ぎていき

年の終わり頃にそろそろ、神頼みレコードの初めてのミニアルバムを作って初めての企画ライブをしようってなった

「俺は花屋を継ぐ気はねえVol.1」

日々ロックを読んでて「俺は八百屋を継ぐ気はねえ」って主人公がいうからって理由で皆と笑ってタイトルを付けた

2011年始めてなんだかバンドみたいだぞってなっていった年な気がする


2012年

1月17日

実家から一報があって、僕は始めて吐くまで泣いた

父親が膵臓癌で余命が三ヶ月だという

とっても嫌いだった父親が亡くなるのに沢山泣いた

それらは、毎日メールをして近況を送ったり、全く帰らなかった実家にちょこちょこ帰ったりする様になった

なんだか思い出は美化してしまうなぁと思ったりもするが

病院でCDが無いのでカセットテープに吹き込んだ俺の弾き語りは長過ぎて途中で「もうええかな?また今度聴くわ」っていうて途中でガリャリと停止ボタンを押されて止められたりもした

やっぱり、親父は嫌いだなと思った

これと同時並行して、神頼みレコードはCDを作り出していたので個人的にはなんだかとってもいっぱいいっぱいだった気がする

そういや、その時に歌詞も随分書き換えたんだった

CDの制作も企画ライブの準備も進んでいったが、中々頭に入って来ず、あまり明るい気持ちにはなれなかった

個人的にはそんな時の気持ちのレコーディングが1枚目のミニアルバムに入った

ライブも続き

ボイラー陸亀とフェミニンとのスリーマンの翌日、2月6日親父が亡くなった

寝ずの番で死体の前で弾き語りをしたりもした

浜田省吾から名前をとっての山本省吾の僕だけど全然曲を知らなくて、その日始めて浜省を歌った

お葬式には僕の下手な歌が入ったカセットテープが提出されていて、恥ずかし過ぎてトイレで隠れているうちに親父は花だらけになっていた

火葬も終わって、しばらく日々を過ごしたら

とってもライブがしたいなーと思った

そして企画ライブをする日がやって来た


2012年3月2日(金) 三国ヶ丘FUZZ
神頼みレコードPresents,
『俺は花屋を継ぐ気はねぇ!! vol.1』

出演:
神頼みレコード
ワタナベフラワー
ギャーギャーズ
KANA-BOON
夜行性のドビュッシーズ
ワニのいる生活
ざ・なかじま


笑っちゃうぐらいタイトル通りになってしまったけど、それをひっくるめての未だに忘れない夜でした

始めて満員の人の前でやれたライブやった

結局、自分の事だから美談にしてしまうし、周りの人にも随分迷惑をかけたのだろうが

でもそれでも俺は日々を肯定する為に、音楽をやっている様な気がする

この日に出した、アルバムタイトルが「完成未完成な僕ら」で本当の本当にこの日

完成した未完成な僕らなのでした

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神頼みレコードの歴史ってことで読んで下さい

プロローグ

2010年 2月

就職氷河期と呼ばれた時代に

僕は大学を就職先が見つからないまま卒業した

在学中はバンドをするか就職するかで悩んでたのだが
 
就職もしないと人生は不安だと思い就活をしていた

在学中唯一最終面接まで受かった商社があって

そこには、就職しても土日はバンドやります

って言うてたらどんどん受かって行った

最終面接まで行ったのだが社長が出て来た時に「一生懸命働きます!バンドも我慢します」

って言うたら落とされた

多分受かるよって僕に言うてた人事の人も

なんでそんなん言うたん?って言うてて

当時全く意味がわからんかったけど、今は凄くよくわかるようになった

今考えると、あの瞬間の情けない自分が全てのターニングポイントだと思うのである

結局、バンドするかも、就職するかも

なんにも決まらなかったとという本末転倒なまま卒業式を迎えた

卒業式の日に学長からのメッセージが

「負けても今は終わりじゃなくて勝つまで続けたらええねん」みたいな言葉だった

大した大学ではなかったが、卒業する日になんだか良い事を言うねぇと思いながら卒業した

そのセリフを丸パクリして、初めて作ったアルバムの曲の歌詞にするのだけれどそれはまた先の話

卒業式の日の出来事は、酔っ払って後輩に一緒にバンドやらへんかなぁ?って声かけたけど酒の席なのでやりましょー!程度で終わった事とツイッターをその日始めた事

朝方、その後輩と一緒に道で足を痛めて倒れてた人を見つけて、救急車呼んで僕は大学を卒業した

次の日からは

当然始まる、このままじゃまずいが待っていて

焦って毎日、就活サイトを見て

なんとかその次の月には牛乳の営業会社に入る事になった

ここでの出来事は割愛するが

週6日で朝から晩まで働いて

一日200件ぐらいの家のピンポンを押したが

初給料が四万円だったので

こりゃ心身共にまいったと1ヶ月で辞めた

ちなみに、営業回ってる時はフラワーカンパニーズの深夜高速とエレファントカシマシあとはSEKAINOWARI(こんな表記やっけ?)のミニアルバムをアホほど聞いて

俺やっぱりこれがしたいなーと思っていたのだった

結局、仕事は辞めてしまったし、お金は全然持ってない状態でニート生活が始まってしまった

最初はなんとなく大丈夫やろと思っていたが

一週間、二週間と過ぎていく毎日が

あんなに怖かったのは

後にも先にもあの頃以外にないなぁと思う

会社にはバンドやるんでやめますと言ったが

メンバーも一人もいないので、なんだかその当時は大嘘をついて辞めたような気がした 

バンドをやるっていうても

楽器も弾けないし、曲もつくれない

金もない、メンバーもいない
 
俺、何にもないなぁと

あの時見てた天井を忘れた事がない


2010年5月

当時、ニートの僕を外に連れ出してくれた、友達が何人か居てて

ブックオフとコンビニ以外は憂鬱になった時に見に行く海ぐらいで

本当に家の中に居た

特に夕方になると、小学生が帰って来たり、近所のおばちゃんに姿を見られまいと

必死に姿を隠したりしていた

そんな中、たまに友達とも遊んだ

大学の友達の、中山くんと、橋本は泉大津まできてくれたり

当時大学の先輩とオリジナルバンドを組んでた江口のライブを見に行ったりした

京橋イズムに出ていた、江口は歌ものバンドのベースなのに一人でフロアにダイブとかしてた

 その時対バンしてた、カイギャクというバンドはライブ中に白いTシャツを配るのいうパフォーマンスをしていて

なんだかそれから色んなライブを見たけどずっと忘れないでいる

とっても楽しそうだったから

今でも実家にはカイギャクのDVDがある

2010年6月〜7月

あいもかわらずニート生活を続ける僕はバイトの面接にすら受からず、ゴロゴロしていた

丁度そんな時に江口のやってたオグロジャックが解散したので、江口をバンドに誘ってみた

それからしばらくして

江口はホーミーズというバンドが解散したばかりのギタリストの上枝という共通友達を連れてきて僕らは3人になった

メン募サイトとかも見たりして

初心者ドラマーのイギリス人が募集かけてたので入れようとしたが、やめたりもした

今思えば入れといたらよかった

ドラム探しにはしばらく難航したが、良く遊んでた友達の橋本をドラムに迎えた

橋本はギターボーカル志望でドラムはほとんどやったことなかったがドラムもしてみたいって言うてたので

とっても軽い気持ちでメンバーに入った

その後に当時の僕はギターが弾けなかったので

もう一人のギタリストとして、卒業式の日にバンドに誘った後輩の田中を迎えて五人になった

バンド名の無い僕たちがやっと全員揃った

それから、バンド名を考えようと

色々提案したが

そもそも無理矢理メンバーを探してきたので皆青春パンク全然好きじゃなくて

THE〜とか

〜ズとか

絶対に嫌!!

みたいな、僕からしたら困ったさんの集まりやった事にこの辺で気づいたのだけど

ギターの上枝と朝まで今里で飲んだ帰り道に

帰り道とは違う生魂神社に間違っていってしまって、浄瑠璃の芸能の神様が祀っていたので

売れますようにーとお願いして

帰り道に、「神頼み」っていいなという気持ちと

ザとかズの代わりに無理矢理持ってきた

「レコード」を足して

神頼みレコードにした

これが始まり

そして僕は八尾のCDショップ兼楽器屋のバイトが受かった

ここから、8年バンドをする

じゃあまた次回!




12月22日(土)心斎橋パンゲア
神頼みレコードワンマンライブ

取り置き受付中

チケット買っていただくとミニアルバムが付きます!

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神頼みレコードの歴史ってのを書こうと思っています

2010年から2018年までの事
長いけど読んでくれたら幸い

今日はその前振りとして違うことをね

ワンマンの練習の為にスタジオに入った

神頼みレコードってのは

メンバーは二人しかいないけど

サポートが沢山いるバンドで

こないだギターとドラムで2017年以降、一回だけでもサポートしてくれた人達数えたら16人ぐらい居た

ギター

ぐぅちゃん、ダケ、けーた、藤井くん、ナオキくん、あっくん、マサチカ、野々山

ドラム
もりかず、島田さん、芦原さん、トミちゃん、チモトくん、稲毛くん、16ビートはやお、アルさん、サンライズ太陽、ピデさん

これ今数え直したら19人でした!

すご!

こんないっぱいに助けてもらったりしてます

皆ありがとう

人と人と繋がってバンドをやっているし

俺の人生を色鮮やかにしてくれてるのは側にいる人達によるものだ

なんて、綺麗事だとは思うけれど結構本当に思っている

まぁだからと言ってなにか急にお礼をしたり

必要以上に優しくしたりしたいとか一ミリも思わないんだけど

チームみたいな嬉しさってものはあるんよね

よくやれてるよ全く

あと曲を生んでくれるのは

いつも周りにいる人で

俺だけじゃ多分思わなかった事を沢山教えて貰っている

教えてるつもりなんやけどね

なんか教えて貰ってるんよね

ありがとうね

伝えるって難しいですよね

最近本当に思う

ブログを書いてると、考えをある程度まとめながら書かないととか思うんやけど

溢れてくるのは結局、なんか人に言いたい事だけで

結局、感謝とかしちゃったりして

恥ずかしくなったりアホらしくなったりしてやめちゃうんやけど

書きたい事決まったから今日は一旦垂れ流し

働いたり、紅葉を見たり、映画を見たり、散歩したり、笑ったり、泣いたり、悩んだり、喫茶店に行ったり、漫画を読んだり、また新しい事をしてみたり

そして曲を作ってみたり

人に頼ってみたり

誰かにそれを見てもらったり


たり

たりらりら

足りないを足りさせたり


さぁ、歴史どう書いていこうかな

なんて思ってみたりしている


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