僕は相当、酔っていたのだろう。
3時間近くも酒をずっと飲んでいたのだから、そりゃちょっとは酔うはずだ。僕と言う人間は本来、温厚な男である。そして、理性的であると自負しているし、邪推もしない。納得が行くまで、しっかりと話を聞いてやる、そんな大樹のような素晴らしい人間である。
このときまでは、である。
頭の中で、不明な点と点が結びついて、核融合をしていた。そして導き出された答えは、さっきまで椎名と能登さんは一緒にいたということだ。そして、椎名が電話を失くしたときに僕にかけるために使った電話は能登さんの携帯電話である。
一気に謎が解けたのだ。そしてあのとき、どうして僕の番号が分かったのかというと、恐らく能登さんが誰かに訊いて知っていたか何かだろう。そして最大の疑問だった「なぜ携帯電話を無くしたと気付いた瞬間に僕の部屋に来なかったのか」ということへの回答は至極単純だ。
能登さんに会うためである。
これだけいつも一緒にいる僕と椎名は、飲み会やバイトなどがなければ、本当にずっと一緒にいることになる。事実そうであった。しかしなぜか、僕の論理は、ボタンを掛け間違えているような気もする、もう一度情報の整理が必要かもしれない。そんな冷静さを取り戻そうとしたときである。
さっきは平手だったものが、次は明らかに握り拳に変わっているではないか。とてつもなく久しぶりに殴られた気がする。殴った相手は神様、いや、椎名であった。
「痛いじゃないか。僕がお前をぶん殴る理由があったとしても、お前が僕を殴る理由はないだろう」
「あるに決まってんだろ。そんなこともわかんねぇのか」
「じゃあ理由を言ってみろ。それが正当なものであればいくらでも好きなだけ、思う存分殴れ。しかし、そうでない場合、僕が貴様の悪行を問い質し、正義の鉄槌を下してやるぞ」
「潤、おまえ人の気持ち考えたことあんのかよ」
「はぁ、なに言ってるんだおまえ。理由を教えろって言ってるんだ。人の気持ちなんてコンビニのバイトで毎日毎日考えてるわ。そんなことどうだっていいんだよバカやろう。あと言わせろ。お前がなんで今日飲み会に来なかったのか、分かったぞ。能登さんと会うためだな」
「だったらなんだってんだよ」
「認めたな。それに今日俺にかけてきた電話、あれ能登さんの携帯電話だな。僕のことをからかって遊んでたのかおまえら」
「あれは適当に借りた携帯だぞバカ。むちゃくちゃ言ってんじゃねぇよ」
「むちゃくちゃ言ってんのはお前のほうだろうが大バカやろう。どこの世界にお前みたいなやつに道端で携帯電話を貸すんだよ」
「その話はもういいよ。ていうかさ、もう落ち着いて話さない?」
そう言うと椎名は一つため息をついて、視線を落とした。
やはり僕はボタンを掛け違えているような気がする。
椎名という人間は、まがりなりにも京大に入学出来る学力を持っている。物事を深く、本質的に理解し、それを表現する能力は圧倒的に高いはずなのである。そして、それは僕も同じなのだ。
よく考えてみよう。
僕は一体何に怒っていたのかということだ。もし仮に椎名と能登さんが付き合っていたとして、別に僕に文句を言う権利はない。本当にこれっぽっちもないのである。そして、椎名が僕に嘘をついたとしたら、それは不義理なことだというのは正しいが、それにしても、こんな軽い嘘を吐かれたくらいで憤死するほど怒りを露にするなんて狂気の沙汰である。
答えは火を見るより明らかであった。
僕は能登さんのことが好きだったのだ。
だから、嫉妬したのだ。
いくら勉強を頑張ってきたとはいえ、西の最高学府に入学したとはいえ、僕の心はまだたったの18歳でしかなく、手に入らなかったものを手に入れた椎名に嫉妬して、逆恨みしたのだ。そう思うと自分が情けなく、どうしようもない感情が僕を包み込んでいた。
「椎名、能登さん、なお子ちゃん・・」
力なくみんなの名前を呼ぶと、僕はどうしても我慢することが出来なくなってしまった。
僕はクソ暑い真夏の神社の前で蚊に刺されながら泣いた。前が見えなくなるまで泣いたのだ。
そしてみんなになんと子供じみた発言をしたか、いかに自分が間違っているか、加えて椎名と能登さんの恋についても全力でパックアップすることを告げた。これでいいのだ。
夏の湿った空気を切り裂いて飛んでくるものが見える。握手かな。
「パーン!!」
相変わらずいい音がする。
女の子とキスをしたのも2回目なら、ビンタも2回目。
幸先のよい大学生活である。