最初からずっと曇り空の日でした。
最後に少し、明るい日の光が差したのを覚えています。
会場は鉄道の走るすぐ横。通る列車が必ず警笛を鳴らしていくことを、最初は見通しの悪い踏切のためかと思っていました。
しかしそれが彼を見送るためのものであると気づいたのは最後の方。

また、式も終えその鉄道の踏切を渡る時、ちょうど通りかかった列車の車掌が、制帽を脱いでこちらに真っ直ぐ向いていたのが印象的でした。

そう、彼はその鉄道で車掌として活躍していました。

私たち趣味の仲間を始め、職場の方々、他にも本当に多くの方が見送りに来ていました。
あらゆることに全力で、幅広く活躍していた彼だからこそでしょう。
どこでも愛されていた存在であったことを改めて感じさせられた一日でした。


よく聞く病名でしたが、私の身近では初めてでした。
約半年の闘病の末に帰らぬ人となってしまった彼は、私と同い年。
あまりに早い旅立ちに戸惑いと深い悲しみを禁じえず、もはや言葉にもなりません。


いずれ私が彼の許に向かった時には、今までと同じように悪乗りでバカ騒ぎがしたいものです。
それまでちょっと待たせるけど、きっと彼はそれまでも何かに一生懸命なのでしょう。


じゃ、向こうでも元気で。