ICUと寄付

日本には寄付文化が育たないという声をよく耳にします。ふるさと納税にしても、結局は返礼品狙いということになってしまい、その目的がゆがめられてしまったのは残念です。寄付集めという点では、私の母校であるICU(国際基督教大学)は、なかなか上手です。そもそも創設の際には、マッカーサー元帥をアメリカにおける募金基金の会長にして、全米から多額の寄付金を集めました。留学していた頃、アメリカの片田舎を訪れたところ、高齢の女性にICUに寄付したと言われ感激したことがありました。おそらく敗戦によってすべてを失ってしまった日本に、キリスト教精神に基づくアメリカ民主主義を植え付けようという狙いが、多くのアメリカ人の心情に訴えたのでしょう。後になって、マッカーサーは反共の砦を創りたかったのだと言われました。そういえば、ベルリンの壁やソ連が崩壊するまで一世を風靡したマルクス主義経済学の授業はありませんでした。

ICUが力を入れている募金プロジェクトにピースベル奨学金というのがあります。これは集まった寄付金を卒業年次ごとにまとめて、特定の学生に対する奨学金とするものです。卒業生からの募金で奨学金を出している大学は少なくありませんが、全体をまとめてしまうので、どの学生のために役立ったのかはわかりません。ICUの場合、募金に応じた人には、毎年、その学生から現状報告や将来に対する夢などを語る手紙が届きます。11月5日に同窓会館で開催された私たちの同窓会には、奨学生が2人が参加して、現在自分がしていることや将来への希望について見事なスピーチをいたしました。びっくりして、スピーチのコースを取ったのかと尋ねたところ、今やそういうコースはないとのこと。私たちが学生の頃には、日本人は人前で喋るのが苦手だったので、アメリカ仕込みのスピーチというコースが設けられていたのでしょう。今の若者たちが、人前で喋ることがうまいのには感心させられます。そういえば、集団的自衛権反対のデモの参加した際、関西から来た女子学生が見事なスピーチをしていたのを思い出しました。

同窓会がお開きになった後、新しくできた寮を見学しました。玄関のプレートには寄付者の名前があり、私の名前もありました。希望にしたがって、寄付がどう使われたが明記してあります。私の場合は、ある部屋の番号に名前があげてありました。こうしたことはアメリカでは、珍しくはありません。以前、南カリフォルニア大学の老年学研究センターを訪問したら、各研究室に個人や夫婦の名前を記したプレートがあるので、その意味を尋ねたところ、寄付者の氏名であるとのことでした。案内したくれた人が「でも、ここだけは希望者がいないのです』と言うので、よく見たら、汚物処理室とトイレでした。本当はそこにも寄付者がほしかったようですが、さすがにそういうところに名前を載せたいと思う人はいないようです。

時間がなくてお部屋は見せてもらえませんでしたが、私が寄付をした部屋から、どんな若者が育っていくのか楽しみです。ちなみに私が寄付したのは男子寮でした。たまたまそういうめぐり合わせになってしまいましたが、新しい女子寮が建設される折には、また寄付をしたいと考えております。牛肉や旅行券をもらうよりも、次世代を育てることのほうがもっと意義があるのではと思います。




生涯現役ということ

昨日(11月6日)は、東大で開催された生涯現役促進地域連携事業に関する情報交換セミナーに参加しました。これは厚生労働省が所管する事業で、現在は都道府県21か所、市区町村23か所が受託し、そのうち26か所、60人あまりが参加しました。この事業は「一億総活躍」の一環であり、高齢者が働き続けることで心身の健康を保持し、介護予防を可能にすることですが、その裏には年金受給年齢を遅らせたいという意図があるようです。受託した都道府県には年間4千万円、市区町村には2千万円が3年間にわたって支払われます。厚生労働省によると、受託自治体を100か所にまで広げたいとのことです。

地方から参加した人たちと名刺交換をしましたが、職員の少ない自治体では、同じ部署が地方創生事業も引き受けており、大変だろうなと思いました。生涯現役事業も地方創生事業も、3年間で成功モデルを創り出すことを狙いとしていますが、仕事づくりやまちづくりは息の長い作業なので、少なくとも5年、長ければ10年はかかります。3年という短い期間に結果を出させようというのは、到底無理な話ではないでしょうか。東京大学高齢社会研究機構と連携して事業を進める柏市の事例が紹介されましたが、人材の乏しい地方ではかなり困難です。「うちのあたりはのんびりしているので、働く気のない人が多くて困っている」という声もありました。

働く必要もなく、働く気もない人たちを無理に働かせる必要はないでしょう。そもそも生涯現役ということは、社会に一定の役割を持って活躍し続けることであって、必ずしも収入の伴う仕事を続けることではありません。シニア社会学会を立ち上げたのも、高齢になっても役割を持って活躍し、社会に貢献することが狙いであって、いつまでも労働市場に留まることが目的ではありません。働くことは、健康や生きがい、そして社会関係を維持するうえで重要とは思いますが、年金や医療介護の費用を軽減するために無理矢理働かせようという政府の意図が透けて見えて、何となく落ち着かない気分です。高齢になっても活躍し続けるのは良いこととは思いますが、政府や自治体が旗を振ってすることかな、といささか疑問に感じます。

地方移住や仕事づくりを考えるのだったら、むしろ若者世代をターゲットにしたほうが良いと考えております。退職後、地方に移住して手打ちそばの店やベーカリーを始める高齢者の事例が紹介されますが、彼らが仕事を続けられるのは10~15年程度。それよりも、非正規雇用の30代、40代に移住してもらえば、30年以上は働いてもらえるでしょう。残念なことに、生涯現役事業も地方創生事業も高齢者が対象です。高齢になってしまった人たちに働きかけるよりも、これから高齢に向かう人たちに働きかけたほうが、よほど有効ではないでしょうか。それぞれの自治体に配られる何千万円という補助金は、私たちが支払った税金です。補助金が単なるバラマキに終わってしまわないためにも、是非、将来世代のために使ってほしいものです。



毎日がアルツハイマー ザ・ファイナルを観ました

昨日(10月28日)、ポレポレ東中野で、関口裕加監督の映画「毎日がアルツハイマー ザ・ファイナル」を観ました。第一作を観たのは,4年ほど前。今は無くなってしまった、銀座4丁目と歌舞伎座の間くらいにあった小さな映画館で観ました。第一作は、長年のオーストラリア生活を切り上げ、アルツハイマー型認知症の母親と暮らし始めた日々のどたばた騒ぎを描いた作品でした。認知症介護というと何となく重苦しくなりがちですが、母親の異常な言動がユーモラスに描かれていたのが印象的でした。残念ながら第二作は見逃しました。

サブタイトルに「最期に死ぬ時」とあるので、アルツハイマーの母親がいよいよ最期の時を迎えるのかと思ったら、むしろ監督自身の終末期をどうするのかがテーマでした。驚いたことに、第一作から10年あまりたっているのに、アルツハイマーのひろこさんは髪は黒々、肌はつやつやで、足腰もしっかりしていました。彼女の望みは、「あ~ばあちゃん、死んでるよ! っていうように逝きたいねえ」とのこと。

監督が最期の時を考えるようになったのは、二度にわたる股関節の手術を体験し、体力の低下と忍び寄る老いを自覚したことに加え、入院中に知り合った山田トシ子さん(病院の母とよんでいます)が、緩和ケア病棟で亡くなったことがきっかけでした。安楽死が合法化されているスイスやオランダを訪ね、終末期における自己決定の在り方を探ります。自死幇助(自殺幇助とも言います)を実施しているスイスの女性医師の言葉が、衝撃的でした。彼女によると、緩和ケアでは苦しみを緩和するために麻薬を使うので、最期は朦朧として夢うつつの状態で死んでいくが、自死幇助の場合には、最期まで意識がはっきりしているということでした。彼女の父親は、娘の助けを得て、尊厳ある自死を遂げたとのこと。

安楽死や自死幇助が違法とされていない国々でも、実際にそれを実行するのはごく少数であり、必ず、本人と家族の意思を確認することが必要です。それらは選択肢の一つとして存在するのであり、選択肢があることに意味があるというのが、そうした国々に医療関係者の共通した意見のようです。

近年、橋田寿賀子さんが「安楽死をさせてほしい」という望みを表明して話題になりました。簡単に結論を導くことはできませんが、選択肢のひとつとして、いつ、どのように人生をしめくくるのかを自分で決められる時代が、それ程、遠くない時期に訪れるような気がします。

それにしても、とても良い映画なのに、ガラガラだったのは残念です。できるだけ多くの人に観ていただきたい作品です。





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