ワクチン狂騒曲

昨日(5月6日)は、新宿区の後期高齢者を対象としたワクチン接種の申し込み日でした。朝10時から、パソコンと電話で試しましたが、まったくつながりません。1時間あまりトライして、疲れてしまったので、買い物に出かけ、戻ってから再度試みましたが、空振り。午後1時から3時までオンライン会議をした後、区のホームページを見たら、ネット予約の受付は終了したが、電話での申し込みには空きがあるというので、再挑戦。6時過ぎまで、電話をかけ続けましたが、どうしてもつながりません。1時間ごとにホームページには、電話予約には空きがありますと出ますが、何度かけてもお話し中か、「ただいま大変に混雑しておりますから、もう一度おかけ直しください」とのアナウンスが繰り返されるばかり。とうとう諦めることにしました。5月13日の第二陣に再挑戦です。

本日(5月7日)、早朝のラジオ体操帰りの道すがら聞いた話では、私を含めて該当者4人のうち、2人が成功しました。ある男性は、パソコンとタブレットを駆使して、半日を費やした結果、やっと予約できたが、妻の分は予約できなかったとのこと。家から徒歩数分のところに地区センターがあるのに、割り当てられたのは、地下鉄で5駅ほど先の駅から徒歩10分という不便な場所。幸運な女性は、遠方に住む娘が予約してくれて、徒歩圏内の地区センターが割り当てられたとのこと。

初日にサーバーがパンクした横浜市では、該当者(80歳以上)の6,7倍の人が申し込んだとのこと。家族・親族合わせて総勢10人で申し込んだという例もあるそうです。こういう事態になることは、おそらく想定外だったでしょう。地域を超えるというネット時代の恐ろしさを実感いたします。 

各地区センターがワクチン接種会場になっているのですから、地区ごとに該当者を割り当て、都合の悪い人のみ電話かネットで申し出ればいいのにと思います。電話対応のために、たくさんの人を雇わねばならないのも無駄な出費です。おまけに二回目も、同じように各自で予約しなければならないというのですから、まったく無駄な話です。最初から、二回目までの予約のできる自治体や一回目の時に二回目の予約がとれる自治体もあるようですが、新宿区では二回目にも、ネットか電話で予約しなければなりません。わざわざ「二回目が一回目と同じ会場になるとは限りません」と断っているのも腹立たしいかぎりです。

最初、ワクチンの配分は、各自治体に均等に割り当てたようです。したがって、人口数千人という小さな自治体と、何十万人の自治体に同じ数量が配布されることになりました。コロナ感染者が一人もいない小さな自治体では、高齢者以外にもワクチン接種が行われました。医療設備の整っていない小さな自治体では、もし感染者が出たら大変なことになることは確かです。でも、感染者の多い大都市に優先的に配布しないのでは、感染拡大はなかなか止まらないでしょう。

菅総理は、6月末までに高齢者の接種を終わると言っていますが、多分、無理でしょう。全年齢にいきわたるまでには、今年いっぱいかかるかもしれません。オリンピックは、ますます遠ざかりそうです。

不運なオリンピック

今回の東京オリンピックは、しばしば「呪われたオリンピック」とよばれています。公募によって選ばれたエンブレムの盗作事件、建設費がかかりすぎるということで設計変更になった国立競技場、オリンピック招致をめぐる贈収賄、森元総理の女性差別発言等など、枚挙にいとまがありません。

私は、「呪われたオリンピック」というよりも、「不運なオリンピック」とよびたいと思います。何よりの不運は、新型コロナウイルスが猛威を振るっていることです。近年、サーズやマーズなどの感染がありましたが、これほど広汎に、しかも長期にわたって感染が拡大したのは、100年前のスペイン風邪以来です。パンデミックの最中にオリンピックの時期を迎えることになったのはまったく運の悪いことです。

日本人にとって、おそらく一番の不運は、こうした非常事態を乗り切るだけの能力を備えた政治的リーダーを欠いていることでしょう。周知のように、日本政府はコロナ対策のあらゆる面において、後手にまわっています。1年も前から、できるだけ多くの人にPCR検査を実施して、陽性者を隔離するようにという声があったにもかかわらず、なぜか夜の街や飲食店ばかりが目の敵にされました。たしかに昨年の初め頃には、歌舞伎町のホストたちに集団感染が発生していましたが、消毒とPCR検査を徹底させた結果、歌舞伎町からは感染者が一掃されました。これで検査の有効性がはっきりしたわけですが、日本政府は「陽性者がみつかると入院患者が増えて、医療に負担がかかる」という妙な理屈から検査を拡大させませんでした。

感染者との接触を発見するココアというアプリが何か月も機能していなかったというのも、信じられない話です。たまに訪れる劇場で、「ココアをお使いの方はスマホの電源を切らないで、マナーモードにしてください」というアナウンスを繰り返していたことを思い出します。まったく馬鹿みたいです。ICTに詳しくない厚労省は、業者任せ。受託した業者は、下請けに任せるという無責任体制。台湾のオードリー・タン氏のようにITやICTに詳しいリーダーを持てないことも不運といっていいでしょう。こんなことでデジタル庁なんてできるのでしょうか。有能な才能を発見して活用できる体制を欠いていることも、日本社会にとっては不幸なことです。

オリンピック開幕まで100日を切りました。本当は中止してほしいのですが、もっとも実現性が高そうなのは、無観客で実施ということです。天皇・皇后は、はたして出席できるのでしょうか。もちろん、各国の王室などが来日するはずがありません。少数の関係者だけが参加することになり、何だか、壮大な戯画を見せられそうな気がします。

オリンピックの期間中に働いてくれる医師と看護師の募集が始まりました。コロナ対策で大変な時期に、そしてワクチン接種のための医師や看護師が不足している時期に、はたして予定通りの員数が集まるとは思われません。多くの人に期待され、歓迎されてこそのオリンピックなのに、これほど否定的な目で見られるのは、まったく不運といっていいでしょう。





「非常勤講師はいま!」

この度、私が理事を務めるJAICOWS(女性科学研究者の環境改善に関する懇談会)から「非常勤講師はいま! ーコロナ禍をこえてー」と題する小冊子を発行しました。JAICOWSは、故原ひろ子先生が創設した団体で、日本学術会議の会員・連携会員およびそのOGたちによって構成される小さな団体で、女性研究者の研究と生活環境の改善につとめてきました。その成果として、大学内の保育所設置、日本学術振興会特別研究員の年齢制限の撤廃、科学研究費の申請項目に「ジェンダー」を設けたこと、学術会議における女性会員の増加などがあげられます。四半世紀前には、学術会議の女性会員は210人中、1人か2人でしたが、今で3割にも達し、副会長に女性が就任するまでになりました。女性会長が誕生するのも、それほど先のことではないでしょう。

私たちが、2018年初頭に非常勤講師の調査に取り組むことになったきっかけは、2013年に施行された改正労働契約法によって、非常勤講師が雇い止めになるという事態が発生したからでした。この法律は、有期雇用者が継続して5年以上雇用された場合、本人が希望すれば無期契約にできるというものです。もともとは有期雇用者を保護するためのものでしたが、いくつかの大学では、この法律を根拠に雇用期間が5年に達する非常勤講師を雇い止めにするというケースがみられるようになりました。団体交渉や訴訟の結果、「5年ルール」を取りやめた大学もありますが、雇い止めを実施している大学もあります。

かつて非常勤講師は、常勤教員の小遣い稼ぎや大学院生が教歴をつけるための手段でしたが、今日では非常勤講師の給料で生活を支える「専業非常勤講師」が増加しています。驚いたことに、過去30年ばかりの間、非常勤講師の賃金はほとんど上がっていません。月3万円前後というのが普通です。私たちの調査では、大部分が年収150万円未満でした。これでは生活保護なみです。この薄給で、研究を続けるのは至難のわざと言っていいでしょう。

給料が低いだけでなく、常勤には支給される研究費もありません。教材費や情報機器も自前です。コロナ禍のため、オンライン授業が行われるようになりましたが、非常勤講師たちは、カメラ付きのパソコンを購入したり、情報環境を整えるために、思いがけない出費を強いられることになりました。

今日、大学の授業の半数以上、私立大学では7,8割が非常勤講師によって担われています。なぜこんな事態に陥ってしまったのでしょうか。需要側の要因には、大学の数が増えすぎたにもかかわらず、子ども人口が減って大学経営が難しくなったことがあります。少子化の進行が目に見えていたにもかかわらず、文科省は大学の新設や学部の新設を認めてきました。経営を成り立たせるためには、正規雇用者を減らし、非常勤講師に頼るのが手っ取り早い方法です。

他方、供給側の要因としては、受け皿がないにもかかわらず、文科省が大学院重点化政策を強行したことがあげられます。十分なスタッフがいないにもかかわらず、多くの大学がこぞって大学院を設置しました。「大学院がないと恥ずかしい」といった日本人特有の同調傾向の表れでしょう。バブル崩壊後は、就職の機会が激減したために、必ずしも研究・教育に適さないような人までが大学院に進学するようになりました。こうして生み出された多数の大学院修了者が、非常勤講師になりました。

かつては、大学院修了後、非常勤講師を数年務めると専任のポストに就くことが可能でしたが、今ではよほど幸運に恵まれないかぎり常勤職に就くことは不可能です。たとえ就いたとしても、任期付きがほとんどです。以前、某私立大学の准教授という肩書をもつ男性からいただいた名刺には、赤字で「求職中」と書かれていました。准教授だから、就職の世話をしなくともよいと思われたくなかったのでしょう。

私たちの調査では、薄給のため、「結婚できない」「家庭を持てない」「老後が不安だ」という声が寄せられました。給料が低いうえに、社会保険料や奨学金(という名のローン)の返済がのしかかってきます。かつては、教育や研究職に就くと、奨学金の返済は免除されましたが、いつの間にかこの制度はなくなってしまいました。おまけに、常勤職からパワハラやセクハラを受けても訴え出るところがありません。

非常勤講師が置かれている窮状について、文科省はほとんど把握していません。日本の科学研究の凋落ぶりが、しばしばマスコミに取り上げられますが、高学歴ワーキングプアを輩出している現状を鑑みると、日本の将来について悲観的にならざるを得ません。OECDの中で、教育研究に占める公費の割合では日本はかなり下のほうです。教育研究に金をつぎ込むよりも、目先の経済的利益にばかり目を向けてきたつけと言っていいでしょう。「コンクリートから人へ」と美しいスローガンを掲げたのは民主党でしたが、本当にそれが実現できていたら、日本の現状はもっとましになっていたでしょう。非常勤講師の現状は、科学研究を軽視する日本政府の方針の結果といっていいでしょう。少しでも、彼らの状況が改善されることを心より願っております。




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