# Me Too

財務省の福田淳一事務次官によるセクハラ事件を契機に、やっと日本でも#Me Too 運動が立ち上がりました。1年ほど前、TBSのワシントン総局長だった男性に強姦された詩織さんが告発した際、メディアの対応はきわめて冷淡でした。おそらく詩織さんがフリーランスであったために、どの組織も支援に乗り出さなかったのではないでしょうか。それに対して、今回は、テレビ朝日の社員であり、会社が全面的に支援するという姿勢を示しました。テレビ朝日が、社員を護ると明言したことには、やっとここまできたのかという想いがいたします。

セクハラが問題視されるようになってから、すでに20年近くたちますが、日本社会は一向に変わろうとしません。大学でも企業でも、セクハラ対策を講じ、研修を行ってきました。私が非常勤を務める大学でも、わざわざ非常勤講師たちを集めて、セクハラに関する注意を促すのが当たり前になっていました。それにもかかわらず、セクハラは跡を絶たないのが現状です。

セクハラが起こった時、これまでは被害にあった女性が非難されるのが普通でした。今回も、女であることを武器に権力者に接近したという非難がネットには流れています。しかし、そうしたことが声高には発言できないような雰囲気が生まれつつあります。テレビでは、これまでかなり保守的な発言をしてきた人たちまでも、あからさまに事務次官を批判し、被害にあった女性を擁護しています。

英語にはAt long last(やっとここまできた)という表現があります。女性政治家や女性ジャーナリストたちが、自らの体験を語り始めました。今回の事件をきっかけに、セクハラは人権侵害であり、犯罪であるという認識が日本の男性たちに浸透することを心より願っております。






ILC(国際長寿センター)のこと

去る3月23日、30年近い歴史をもつILC-Japan(国際長寿センター 日本)が、独立の組織としては一応の幕を引くことになり、お別れ会が開かれました。ILCは、高名な老年医学者であるロバート・バトラー博士が創設した高齢化問題を扱う国際的な組織です。この組織には、立ち上げ以前から関わりをもっていましたので、その縮小には心が痛みます。これからは長寿開発センターの一部門として活動を続けるそうですが、これまでに比べるとかなり活動の範囲は縮小することでしょう。

よく知られているように、日本は海外の先進的な知識や技術を積極的に取り入れて、これまで成長発展を遂げてきました。日本では海外の文献が、いち早く日本語に翻訳されるので、外国語に精通していなくてもやっていかれるという面もあります。その半面、日本からの発信力は圧倒的に弱いのが特徴です。

30年以上も前にことになりますが、ある国際会議で報告するために厚生省(当時)の国際部を尋ね、年金に関する公式の英訳はないかを尋ねました。いただいた資料を見て仰天。まったくのタテからヨコへの転換という日本語の直訳なのです。現在は変わっているかもしれませんが、当時、国際部は日の当たらない場所。職員たちも何となくやる気がなさそうなのが気になりました。

取り入れ一方の日本社会において、発信に力を入れてきたのがILCです。これはバトラー博士の強力なリーダーシップに加えて、初代のILC-Japanの会長であった伊部英男さんの発想力の豊かさと魅力があったことは確かです。伊部さんは、戦前内務省に入り、戦後は厚生省で活躍した方で、最後は社会保険庁長官を務められました。大変に優秀な方で、事務次官になるのではと言われましたが、役人には珍しく自己主張が強すぎて事務次官になれなかったという噂を耳にしたこともあります。私は、一度、セントルイスのワシントン大学で開催された高齢化に関する日米会議にご一緒しましたが、透析をしながらも活発に発言し、つぎつぎと斬新な(時にはとっぴな)アイデアを提示する迫力に圧倒されました。

ILC-Japanは、高齢化に関するさまざまなデータを英文で発表し、国際会議を開催するなど発信に力を入れてきました。高齢化のスピードでは、今のところ世界のトップを行く日本社会の動向に海外も注目しており、日本を訪れる研究者の多くはILCを訪ねてきておりました。現在でも、こうした活動の重要性は失われていませんが、残念ながらお金が続かなくなってしまいました。日本経済が好調な頃には、いくつかの企業が会員になり会費を払ってくれました。しかし、バブルが崩壊し、金融機関や保険会社などの合併が続くにつれて会員企業が激減しました。合併すると、それまで2口だったものが1口に、3口だったものが1口に減少します。ここ数年は、初期に積み立てた基金を取り崩してきましたが、とうとうそれも尽きてしまったというわけです。

20世紀は欧米先進諸国の高齢化が注目されていましたが、21世紀はアジアの高齢化が注目されます。人口の多い中国やインドが、間もなく高齢化に直面することになります。欧米モデルでは対処できない状況が間もなく訪れるでしょう。高齢化先進国である日本からの発信は、ますます重要になるものと思われます。ILCに代わる組織が育つことあるいは、既存の組織がもっともっと発信に力をいれることが急務なのです。







西部邁氏への自殺ほう助に想う

本年1月に多摩川への入水自殺が発見された西部邁氏が、知人の男性2人からの助けを得た自殺であったことが判明いたしました。この新聞報道を見て、「週刊金曜日」2月23日号の「追悼 西部邁とリベラルマインド」を読み直してみました。そして西部氏の死を「自裁」と称して、その生き方と人生の締め括り方を礼賛するのは、すべて男性であることに気が付きました。

西部氏の死については、当初より違和感を抱いていました。なぜ誰にでも発見しやすい多摩川で死んだのか、それ以前から何度も自殺をほのめかしていたにもかかわらず、誰もが止めようとしなかったのか不思議でした。本人は、妻を喪って生きる気力を失い自ら命を絶った江藤淳氏と同一視されることを拒否していたようですが、私から見れば両者はまったく同じです。配偶者を亡くした男は弱いなーということにつきます。

安楽死が認められているオランダやオレゴン州と違って、日本では自殺ほう助は犯罪です。インテリの西部氏がこのことを知らなかったはずがありません。長年介護してきた妻を喪い、子どもたちに面倒をかけたくないという気持ちがわからないでもありません。それならば、自殺ほう助をしてくれた人たちが罪に問われることには配慮しなかったのでしょうか。西部氏の死を美化する傾向に対しては、まったく納得できません。

とはいえ、人生の結末を自分自身でつけることの可否については、議論を深める必要があるでしょう。安楽死については、最近、橋田寿賀子氏が提言しています。日本人には、他者に迷惑をかけたくないという気持ちが強いので、まだまだ生きたいという気持ちがあるにもかかわらず、迷惑をかけたくないから死を選びたいという人が少なくないようです。尊厳ある生を保つことがもはや不可能だからという理由で死を選ぶ欧米とは大きな違いです。こうした国民性の違いを踏まえて、死の自己決定の可否について、今後、考察を深めていきたいと考えています。


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