2019年05月24日

騙され続ける民

DSCN4013いよいよ報道・ニュースが戦前の「大本営発表」のようになってきた。


 大半のニュースが、安倍晋三が何をしたという、やってる感の報道である。


 外交も、内政も何の成果もないのに、やっている感を演出することによって、支持率を上げている。全くの詐欺である。


 あるいは、天皇がどうしたこうしたの皇室報道である。天皇制こそ、差別と排外の象徴ではないか。


 いよいよニュースさえ見たくは無くなった。政権の意向に沿った報道ばかりである。


 報道特集やサンデーモーニングなどすら、政権寄りの報道に、面白くもないのだ。


 一方で、こうした日本社会の腐敗と劣化に異議を唱えれば、「反日」である。


 すなわち、戦前の「非国民」なのだ。俺は、はっきり言う。俺は「反日」であり、「非国民」である。


 それぐらい、社会に関心を持ったり、異議を唱えることすらタブーになりつつあるのだ。


 ただ、言えることは、社会の腐敗や劣化に「おかしい!」と声を上げ、変革を求めなければ、社会は確実に崩壊の道に突き進んでいく。


 とりわけ、現状に満足し、社会変革に目を向けない若者は、将来どん底の未来を招来させるということだ。安倍政権は、70歳まで働けという。年金支給さえ、行わないということだ。


 だが、人間の体は確実に衰え、健康な体は維持できない。当然、何らかの障害や疾病に罹っていくことは当然の帰結である。それでも、命続く限り低賃金で働き続けろというのだ。



 それだけではない。原発再稼働にしろ、プラスチックごみの海洋汚染にしろ、無関心でいること自体、環境は確実に悪化に突き進んでいるのだ。今や、食さえ日々劣化に向かっている。


 先日、スウェーデンの16歳の少女が「学校ストライキ」を提唱し、気候変動への危機を訴え、立ち上がろうと呼びかけたのだ。すると、世界各国から数万人から数十万人の若者がデモを行ったのだ。


 3月15日には、イタリア49万6500人や、ドイツ30万人など世界中で100万人以上の若者が立ち上がった。日本は、230人である。だが、この日本の230人に俺は「あなたたちは素晴らしい!」と言いたい。


 最初に立ち上がった人々の勇気と決断こそ、素晴らしいのだ。諦めや、様々な「止めておけ!」という声をはねのけて立ち上がった勇気なのだ。


 一方で、高齢者も現状で甘んじている人々が、大半である。だが、最も早く殺されるのは高齢者である。最近も、有料老人ホームの高齢者が殺害された。その遠からずの原因に、介護労働者の低賃金や労働条件が悪すぎることもつながっているのだ。


 俺は、この日本社会が現状に甘んじる人々によって、全てにおいて下り坂に転じると考えている。何故なら、現状変革を求めていかない限り、それは社会を自分を取り巻く環境劣化に手を貸していることだと思っている。


 俺は、最後にどのような死に方も肯定している。ただ、前を向いて、前向きに倒れたいだけなのだ。

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2019年05月20日

じわじわ進む自然破壊と、抗する動き

DSCN4019あまりにも雨不足が続いたが、やっと今日は雨の予定である。


 稲も、何んとか発芽し、徐々に成長している。


 粗蒔きしているので、慣行農法より発芽は少なめである。


 それでも、まずは発芽してくれないと始まらない。


 一方で、雑草だけはものすごい生命力で伸び続けている。


 そんなことで、ほぼ毎日草刈りに追われる。一方で、この時期に赤茶けた草や大地が広がっている。


 それは、除草剤散布による不自然な枯れた大地の広がりである。農村では、高齢化や若い人たちの農業離れで、草刈りから解放されたいと、除草剤がものすごく広がっているのだ。


 ホームセンターに行けば、店の入り口にうず高く「ラウンドアップ」などの除草剤が並べられている。ほとんどの人は、その危険性への認識より楽な方に流れていく。草刈りよリ、よほど楽な除草剤に向かうのである。


 だが、グリホサートと呼ばれる除草剤(ラウンドアップ等)の発がん性が、世界で大きく問題になりつつある。


 アメリカでは、グリホサートでガンになった夫婦が裁判を起こし、巨額の賠償金支払いが認められた。それだけでなく、多くの農業者が発がん性への危険性から提訴が続いている。


 更に、ヨーロッパではこのグリホサートを使ってはならない、とする運動や政府の動きが広がっている。


 加えて、ネオニクチノイド系殺虫剤の使用についても、使用制限や禁止の動きが強まっているのだ。それは、ミツバチの大量死や赤とんぼの急激な減少に対する危機感でもある。


 だが、何んと日本では、農薬の基準値を大幅に緩和しているのだ。日本の農産物が、安心・安全でというのは大嘘である。世界一農薬を使っている国が日本であり、ほとんどの民衆は知らされていないだけだ。


 それどころか、農業に切り捨てが確実に進行している。TPPやEPAなど自由貿易の名のもとに、農業の切り捨てが進行しているのだ。日本の農産品の輸出などと、実態とかけ離れた「世論誘導」が日々行われている。


 その一方で、農業従事者は急速に減少しており、兼業農家すら後継者がいないのだ。重労働のわりに、まったく利益が伴わないからである。


 そして、これからは「野菜工場」だと言ったりする。設備投資に見合う利益などあり得ないのだ。


 そんな地方の現実に、我が家の周辺では昼間からイノシシが出だしたのだ。ここ1週間の間に、2回もイノシシに遭遇した。我が家の、レオと一緒に俺も棒やクワをもって追いかけたのだが、結構立ち止まってこちらを見ているのだ。


 それでも追いかけていくと逃げたが、そんな日々である。ある日は、小イモも付けていないジャガイモを掘り起こされた。そんな現実に、1日がかりでワイヤーメッシュやナイロンメッシュを張り巡らした。


 これまで以上に、日々重労働に追われている。街の人間は、そうした苦労は分からない。多分、「人生の楽園」のように思っているのだろう。


 ただ、ここまで自然破壊が進行する現状に、本当の食が大事と考える人はおり、自給百姓から出発しようとしている人もいる。


 今は、そんな少数派が生き延びる時代だと思っている。俺も、日々の労働にアップアップしながら、時に百姓としての喜びを感じながら生きたいと思っている。

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2019年05月16日

5/15 岡山「戦争法」違憲訴訟から

DSCN40145月15日、「戦争法」違憲訴訟第7回口頭弁論に参加した。


 この日は、裁判官が交代し、改めて弁護士5人が弁論を行った。


 その主張の要旨は、憲法尊重義務のある裁判官が、文字通り憲法に照らして裁判を行ってほしい、というものだ。


 そして、今回も3人の原告が意見陳述をこなった。


 原告のYさんは、岡山金光学園を卒業し、自衛隊に入隊した。4年間情報部隊で過ごした。父は、シベリヤ抑留者で戦争の悲惨を身をもって経験しています。


 岡山で、3人の子供を育てた。子供には、人殺しはするな、家族を守れ、山に火をつけるな、と教えた。


 次男が、笠岡高校時代、サッカーをやっており、「サッカーが出来て、資格も取れて、給料がもらえる」と言って、自衛隊を勧めた。憲法の下で、戦争は絶対にないと考えたからです。


 しかし、2014年、安保法制が出来ると聞いて、始めてデモに参加した。歩道から、高校生が「戦争賛成!」と声を上げた。そこで、近づいて行って「戦争を知っているのか!」と声を荒げた。


 次男は、レンジャー部隊に属しており、下士官で射撃の名人です。練馬駐屯地で勤務しており、南スーダンに派遣される恐れがあった。私が、次男に勧めたのは、海外に戦争に派遣などされないと考えたからです。


 次男が、どこかで誰かを撃ったり、撃たれたりするのは絶対に許せない。安保法制は、このような危険と隣り合わせであり、大きな心痛を感じ続けています。


 こうした意見陳述をしながら、Yさんは時折感極まって涙で声を詰まらせた。


 続いて、Mさんは、中国電力に就職し、仕事の関係から山登りを始めた。勤労者山岳会の会長も務めた。日本の山だけでなく、世界の山にも登頂した。


 私は、現在83歳ですが、実家はお菓子屋だったが、戦争で全てを失った。戦後、憲法が出来て、スイスのような国になると聞かされた。登山は、平和でなければ出来ない。戦争になれば、登山をすれば非国民と言われる。


 仮に、自衛隊がその地域に派遣されていると。自分たちも狙われる。多くの登山歴の中で、今登りたいのは北朝鮮の白頭山です。
 

しかし、安保法制の中で登ることはできない。憲法25条を守り、多くの登山者の権利を守るために闘う。と言われた。


 続いて、Tさんは1941年、旧満州で生まれ引き上げてきた。父は職業軍人だった。そんな父のもとで、母は33歳の若さで過労で亡くなった。


 父は陸軍大尉として、フイリッピンに派遣され、多くの人を銃殺し、殺したことで、夜うなされていた。絶対に戦争だけはするな!と言い続けました。


 私は、18歳で国鉄に入社し、42年間勤めました。父の思いを受けとめ、反戦運動や秘密保護法反対、安保法制にも反対をし続けました。安保法制は、人を合法的に殺し、殺されるものです。


 戦争になれば、軍需物資を鉄道で運ぶ。だから、貨物会社だけは全国1つ。これは戦争のための準備です。後輩をそんな戦争に動員させることは絶対許せない。と力強く言われた。


 3人、3様に説得力のある話でした。毎回、様々な立場から、「戦争法」反対の意見陳述があり、それぞれいつも勉強になるものだった。いつぞやは、高校生の意見陳述も良かった。


 そんな「戦争法」違憲訴訟だったが、今回は大法廷に空席が目立った。もう一度、弁護団から「法廷を埋め尽くす結集が欲しい」と言われた。その通りで、今後とも「戦争法」違憲訴訟から目を離してはいけない、と思ったのだ。

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2019年05月13日

飼いならされた羊ではなく

DSCN3999俺のような反体制の人間だけでなく、体制側も危機感を抱いていることを知った。


 小林喜光前経済同友会代表幹事が語っている。


 現状を、「ゆでガエル」と称したのだ。


 すなわち、冷水にカエルをつけ、徐々に温度を上げられ、気がつくと「ゆでガエル」になって死滅するというものだ。


 俺とは方向性は全く違うが、現状をとらえる視点は全く同じである。


 そこで、中国の経済力量を日本の民衆は軽視しているというのだ。


 そして、「日本人は世界に目を向けていないから、世界情勢に疎い人が多すぎる」という。


 「国が危機的な状況にあるにもかかわらず、内閣府が昨年6月に実施した『国民生活に関する世論調査』でが74.7%の国民が現状の生活に満足している。18歳〜29歳までの若い世代は83.2%が満足してしまっている」というのだ。


 俺は、違う意味「現状埋没」という点で、危機だと考えている。変化を求めず、「自己責任」にからめとられ、世論にどっぷり誘導されていると考えている。


 小林喜光らの考えは、世界経済の中で日本の地位が低下しているのに、それを日本の民衆は気づいていない、というのだ。


 これなど、韓国の正当な判決や民衆の思いを受けとめず、あろうことか経済制裁までも持ち出している。日本の経済力過信の最たるものである。


 全く、日本の民衆の歴史への向き合い方の大きな誤りと、それを逆上して経済制裁などということ自体、まったく世界を見ていない証拠だ。


 日本の経済力や世界の中での日本の位置が急速に低下しているのに、まったく気づいてもいない。


 小林喜光が、このままでは日本は五流国になると言っている。俺は、違う意味で世界から相手にされない情けない国になっていくだろう、と思っている。


 それは、戦後74年経ってもアメリカの言いなりで、全てを受け入れ「日米地位協定」すら改定を求めない。植民地隷属そのものなのに、アジアに対しては傲慢そのものである。こんな情けない国がどこにある。


 もし、この現状で推移していくなら、俺は早晩日本の経済も世界の中での日本の地位も急速に降下していくであろう、と思っている。


 日本の「被爆者」の訴えから始まった核兵器禁止条約。その批准すらできない日本政治に、世界は何んと情けない政治だと思っている。


 今、日本の民衆が考えるべきは、現状の飼いならされた羊ではなく、明確に意思を持った人間になることであり、ノーが言える人間だ。


 それが出来なければ、いずれ「ゆでガエル」となるだろう。そうした分岐に立っていると、俺は思っている。

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2019年05月10日

本当の食が大事な時代

DSCN3983この間、スポーツ選手のガン罹患が話題になっている。


 若くて元気な選手がガンになるという驚きのニュースである。


 あるいは、春になってからインフルエンザやはしかにかかったりする。


 どう考えても、今若い世代を中心に免疫力が落ちているとしか考えられない。


 それだけでなく、日本社会全体に言えることだが免疫力が落ちている、と俺は思っている。


 その一方で、「除菌」がコマーシャルを賑わしている。本当に、除菌が必要なのか、と思ったりする。


 勿論、毒になるものを口に入れてはだめだが、普通に漂う菌を除菌すれば病気にならない、と考えているのか。


 例えば、うちのニワトリが外で遊ばせていると、時に土を食べたりしている。栄養にもならない、と思うのだが、俺は勝手に様々な「菌」を食べていると思っている。


 それは、ニワトリの体の中で抵抗力や免疫力を高めるためではないのか、と思ったりする。


 というのも、人間もまた乳酸菌やこうじ菌のように、様々な発酵を促す菌を取り入れて体内の抵抗力や免疫力を高める作用を促している。


 実際、「ほとんどの病気は、自分で解決できる」という著書の金泰洪(キム・テホン)氏は、韓国でのスパイでっち上げ事件で15年服役し、その中で自分で解決できる健康法を見つけた。


 その中心は、断食と運動であったが、同時に薬や体に悪いものは取り入れない、というのを実践し続けた。その結果、たいていの病気を自分で治して来たのだ。


 この本を読みながら、一つだけ足らないと思ったのは、やっぱり食である。体に悪いものは取り入れない、ということの裏返しではあるが、やはり明確に食というものを打ち出すべきだと思ったのだ。


 今、日本社会はサプリメントが大流行りだが、一方で食はグルメ中心である。美味しい!と言えば、全てが完結するような流し方である。


 だが、サプリメントやグルメを求めようにもカネがなかったリ、あるいは本当に健康にいいのか、の検証は企業側が発表するだけである。


 人間は、本来通常の食によって健康を維持し、免疫力や抵抗力を高めてきた。一方で、アメリカ社会で貧困からジャンクフードを食べ続けて健康を害してきたという話をよく聞く。


 日本でも同じである。添加物の追い食品や、あるいは養殖の魚や農薬漬けの穀物や野菜など、取り続けることで健康が維持されるとは思えない。


 現代の若者の免疫力の低下は、原点から食をとらえ返すことだ。同時に、高齢者も薬と友達で長生きするより、食を根本からとらえなおして健康に生きる時代ではないかと思っている。

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2019年05月07日

やっぱり人間には夢が大事だ

DSCN4009今さらながらだが、人間には夢が必要だと思ったのだ。


 5月3日、落合恵子さんの話を聞き、その後自分なりに考えた。


 それは、日々の暮らしを喜んだり、落ち込んだりしながらも、夢を持って生き抜くことの大事さを悟ったのだ。


 俺は、元来「最悪を考えながら、生き抜く」ということを人生の生き方としてきた。


 それは、基本は人に依存せず、最悪こうなっても、こう生き抜くと考えてきたから今があると思っている。


 ただ、実際は多くの人に助けられながら生きてこられた。


 それでも、最悪を考えながら生きてこなかったら、ふらついた人生になっていただろう。


 だから、50代に入って百姓になる道を考え、そして決断してきた。それは良かったと思っている。人間の原点は食べることにあり、食べることさえ維持できるのなら生きていけるからだ。


 ただ、それだけでは人生はつまらない、と思っている。社会はどうあるべきか、人間はどうあるべきか、人間と自然はどうあるべきか、を考え実行することが人生の幅を膨らませると考えてきた。


 だから、やはりおかしいと思ったら、行動するべきだと思って生きて来た。勿論、全てをやり切っているわけではない。内心、じくじたる思いも重ねてきたというのが、正直なところである。


 ただ、そんな中で、やっぱり日々の喜怒哀楽だけでなく、大きな夢を描いて今の位置に自分を投影しながら、一歩一歩生きることが重要だと思うようになってきた。


 人生のたそがれ時に、そんなことを今頃思うのか、というのも勿論あるが、それでもいいではないか。人間常に変わっていくものだ。そして、死ぬ間際ですら、明日を希望して生きるものだと思っている。


 そんな中で、今俺が思っているのは、出来るだけ多くの虐げられた人々が救われる社会であって欲しい、ということだ。


 この社会の片隅で、息をひそめて生きざるを得なかった人々が、もっと顔を上げて自分は自分として認めろ!と言える社会であり、救われる社会なのだ。


 それは、今マイノリティーとして排除され、生きずらさを抱えた人々が、人間としての尊厳を回復する社会なのだ。


 また、この社会が弱い立場の人々に向かって攻撃する社会的背景は、自らを認めてもらえない社会への苛立ちでもある。


 罪を犯した人々を、一定のペナリティ―を課した上で、許す社会になれば、もっとおおらかな社会になっていくだろう。


 自然を大事にする心は、人間は、社会は共存するものだという地球的在り様を考える人間本来の生き様だ。それが、儲かるのか、儲からないのか、そのことを追求し過ぎた結果が現状を生んでいるのだ。


 だから、俺の夢は、もっとおおらかに人間と社会、自然を包摂する未来に一歩でも二歩でも前に進めることなのだ。


 取りあえず、こんなわがままな俺を許してきた連れあいに感謝し、同時に多くの俺を許してきた人々に感謝し、人間の人間による連帯の道を夢見て生きたい。

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2019年05月04日

アベを倒す前に死ねない!5/3兵庫憲法集会から

DSCN4005許しがたい天皇代替わりキャンペーンを許せるか!


 今こそ立ち上がるべきだと思い、久しぶりに兵庫憲法集会に参加した。


 集会参加者9000人と発表された三宮・東遊園地である。


 集会場に行くと、もう川口真由美さんの熱唱が始まっていた。


 沖縄・辺野古で歌い続けられている歌から、韓国でのセウォル号沈没放置を許さないと立ち上がった歌など熱唱である。


 決してあきらめない!という思いが伝わる川口真由美さんのほとばしる歌声から集会は始まった。


 集会の基調に、憲法9条壊すな!実行委員会から羽柴弁護士が登壇した。


 羽柴弁護士は、「改元を巡る安倍政権の意図、政治利用に恐ろしささえ感じる。メディアが率先して安倍の思惑通りに動いている。だが、この間も沖縄の現状、辺野古の現状は民主主義が実現されているのか。


 私は、一人の人間として許すことはできない。平成は、ただ平和であったわけではない。無関心は、戦争の友達という言葉がある。決してアベ改憲を許さず闘おう」と述べられた。


 続いて、この夏の参議院選挙に出馬予定の立憲民主党と共産党の2人が挨拶した。そのあいさつの後、一人の人が大声で「一人に絞ってください。そうでないと勝てない!」と声を上げた。その発言が、俺の胸に刺さった。


 続いて、今日のメーンゲストの落合恵子さんである。


 まず冒頭から「安倍より長生きしよう!」と呼びかけた。「安倍が『悪夢』と言ったが、お前こそが悪夢だ!とテレビに向かって言った。テレビが同じ報道、コントロールされている。


 一色しかない、というのは、それ以外にないというのが問題。元号が変わって何か変わったか。子供の貧困が変わったか。一向に子供の貧困は変わっていない。


 現政権のあらゆる差別・暴言に副総理の暴言・放言になれたらだめだ。LGBTに向けられた言葉も、74歳の私に生産性がないと言われるのと同じだ。ヒトラーのやり方と同じではないか。


 そして、福島は何も変わっていない。世界一危険な普天間飛行場を許してきたのはお前達ではないか。沖縄の言葉に、「なんくるないさー」という言葉があるが、それは沖縄の人たちが泣きながら叫んできた言葉だ。


 戦後74年、市民が主役だった時代はなかった。そのために、私たちはこの時代を変えなければならない。今までも少数であったが、人の心に伝えよう。あるグループが差別される社会は、次に私たちが差別される社会なのだ。


 誰かの足を踏んでいませんか?誰かの足を踏ませない声を上げよう。自分にとっていい時間を持ちながら、活動を長続きさせるのは個人の自覚です。デモのあと、若者に声を掛けましょう。


 このまま死ぬのは無念でしょう。1回ぐらい倒してから、死にましょう。誇りある少数派として生きていきましょう」と結ばれた。


 俺は、この落合恵子さんの言葉が胸に刺さった。全く同感だ!


 その後、高校生からの発言や沖縄からのメッセージなどが続いて、デモに移った。しかし、デモの前に懇親会に行こうと誘われ、ついついそれに乗ってしまった。痛恨のミスである。やはり、懇親会はデモのあとにやるべきだった。


 そんな反省も含めて、日々どう生きるか問われながらも、多くの懐かしい面々に出会えて嬉しい1日だった。

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2019年05月02日

農繁期を生きる

DSCN3997百姓をしてると、年中忙しいが、この4月〜7月は特に農繁期である。


 夏野菜の植え付けや、いよいよ稲づくりのシーズンである。


 5月1日、稲の籾の湯選・消毒を行った。


 稲づくりの先輩から、13年前に聞いた60℃の湯に、10分間つけるというものだ。


 そこで悪い籾を浮かせ、籾の消毒を行うのだ。


 更に、通常気温が合計100℃になるまでつけ続ける。そうすると大体、発芽してくるというものだ。


 それを、苗箱に移し苗を育てる。俺は、大体40日ぐらいを目安にしている。そして、この6月15日〜16日田植えを行うのだ。


 そんな稲づくりだが、この東地区54世帯ある中、今年は遂に俺も含めて3世帯しか稲づくりをしなくなった。


 その大きな理由は、イノシシなどの野生動物の増殖であり、高齢化が意欲をなくさせている。


 だが、俺はワイヤーメッシュの設置と、狩猟免許の取得、それに新たな番犬・レオを入れることによって継続しようとしているのだ。


 それでも厳しいが、今後日本社会は新自由主義によって、食そのものが危機に瀕する時代が来ると思っている。いや、今も様々なアレルギーや生活習慣病の多くは、食にまつわるものだ。もの凄い添加物と、農薬散布は生易しいものではない。


 ほとんどの人は、平気で除草剤を撒き続ける。それに化学肥料を通した苗の弱さを補うため、農薬を使いまくる。これで、健康な野菜や穀物が出来るはずもない。


 それは、人間の口を通して体内に取り込まれるのだから、疾病を呼び込むようなものだ。


 俺は、そうした除草剤や殺虫剤などの農薬を使わないから、まるで自然農のように草だらけである。中々草取りまで手が回らないのだ。せいぜい草刈りが精一杯である。


 そんな日々だが、だからこそ山菜などが春には様々取れる幸せがある。それらを食べることで、冬の毒素を抜いてくれると思っている。


 同時に、夏野菜の苗も、トマト、ナス、カボチャ、ズッキーニ、キューリ、トーモロコシ、ゴーヤ、ピーマン、シシトウ、パブリカ、万願寺とーがらし、鷹の爪、スイカ、マクワウリ、ツルなしインゲン、サトイモなど数多く植えつけた。その大半は、自ら苗を育てたものだ。


 更に、まだまだ植え付けだけでも数多くある。加えて、支柱作りに日々汗を流している。勿論、これらの野菜も無農薬で栽培する。


 そんな思いと、民衆の多くが社会への無関心と流されゆく心情に、自分なりの立脚すべき立ち位置があると思えてならない。


 天皇制という差別排外主義と、分断の日本社会に、辺境から異議をたたき続けたいと思っている。
 

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2019年04月29日

「天皇代替わり10連休」から見えてきたもの

DSCN3994テレビニュースをつければ、「平成最後」の連発である。


 更に、アキヒトがどうしたのこうしたの、とうんざりである。


 どうして天皇制など必要なのだ。


 そこにカネをかけるより、底辺の民衆にこそ、税金を配分すべきだ。


 更に、この10連休を海外旅行やイベント参加など「光」の部分ばかりが照らし出される。


 しかし、圧倒的多くは「家で静かに過ごす」と答えている。


 時給や日給の非正規労働者は、この10日間無収入でこの1カ月をどうやってやり繰りするのだ。


 そんなことの片りんも考ええない安倍晋三は、昭恵と連れ立って海外旅行である。


 外遊とは、よく言ったものだ。税金を使いまくって海外に遊びに行き、それでいてメディアは仕事をしているように報道するから、一挙両得である。


 この10日間も含めて、物凄い民衆の分断が奥深いところで進行してしているのだ。自分だけが取り残されたような深い絶望である。


 ただ、安倍政権は、この後の天皇交代と合わせて、物凄いキャンペーンを張ってくるであろう。元号を含む天皇制が日本社会を支配していくのである。


 これこそが、憲法改正を射程に入れた「神の国・ニッポン」イデオロギーなのだ。社会の隅々にまで張り巡らす情報操作なのだ。


 それに反する民衆を非国民と呼び、徹底した排除を行ってくる。まさに、差別排外主義の洪水である。


 そして、6月G20 も利用し、7月衆参ダブル選挙なのだ。 だが、いまこそこうした「たぶらかし」に踊らされてはならない。


 過去来た道をきっぱりと拒否し、危ない時代に異議を申し立て、民衆の立ち上がりこそ求められていると、俺は思っている。


 もの凄い多くの民衆を犠牲にしてしか成り立たない、こんな日本社会に「おかしいやろ!」と声を上げていかない限り、それはまた歴史の犯罪史を重ねることになる。


 同時に、一方で10連休で食えない非正規労働者の未来に向けてもビジョンを提示するべき時代だ。それは、やはりベイシックインカム(基礎的収入)として、月額一人当たり8万円など個人補償を行うとか、こうした財政出動が必要だと思っている。


 その財政的裏付けは、年収1億円以上の資産ある人への富裕税や法人税増税、累進課税、更に高額所得者の遺産への増税である。勿論、軍事費削減である。


 こうした税の配分こそ、民衆がゆったりと尊厳を持って生きる道なのだ。元大蔵官僚の武田智弘氏は1988年の税収に戻すだけで13兆円もの税収が入るという。


 更に、1億円以上の資産に1%の富裕税をかけるだけで、20兆円もの税収が入ってくるという。


 俺は、この日本社会が壊れていき、劣化していくのを見続けたいとは思わない。だからこそ、安倍政権打倒のビジョンも必要だと考えるのだ。

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2019年04月26日

一部しか喜ばない、10連休を前に

DSCN3995新緑のシーズンである。


 1年で一番好きなシーズンであり、全ての草花が一挙に芽吹く。


 だから、この季節から草刈りが日課のような日々である。


 もの凄い自然のよみがえる力を感じながら、日々自然と向き合って生きることに喜びを感じている。


 そんな日々に、犬のレオを連れて散歩していると、いつもニコニコしてやさしいお婆さんに出会った。


 そのお婆さんは、ジャガイモを植えようとクワを振り下ろしていた。俺は、「お元気にやられているんですね〜」と声をかけた。


 すると、その方は「ボチボチな〜。そうやって声をかけてくれるだけで嬉しんじゃ〜」と言われる。そのお婆さん、Kさんはニコニコしていて、人に喜ばれることをして、みんなから感謝される人生を歩んでいる。


 人が参らない墓を掃除し、しきびを切っては墓に添え、一人拝んでおられる。あるいは、どこかで困っておられる方があれば、その人の為にやっておられる。


 そして、いつもニコニコして誰とでも話をされる。こんな人の最後は、きっといい笑顔で終われるんだろうな、と思ったりする。


 俺には、とても無理な生き様である。結構肩ひじを張りながら、今も生きている。時に、人とぶつかったりする。


 ただ、それを良しとする自分がいる。今日も、荷物を出しに近くの郵便局に行ってきた。そこで、非正規の局員の方が「北川さんと、平成最後にお会いできて良かったです」などと言ってくれる。


 だが、俺は「元号なんか嫌いやから、平成とか令和とか止めてたらいいんや。西暦で数えたらいいやんか。大体、天皇制自体に反対やしな」と言ってしまう。


 そうすると、相手もわきまえていて「そうですね。私たちも西暦で数える方がしやすいんですよ。今度から、両方併記するらしいですよ」という。


 そんなやり取りのあと、ついつい一席ぶってしまった。局員は、どう思っているか知らないが、時に同調したり、時に首を傾げたりしている。


 大体が、回りに合わせて生きることなど出来ない。ただ、どうしても場の雰囲気を壊す場合だけ、黙っている。


 そんな天皇制代替わりを利用しようとする安倍政権の10連休。時給や日給の非正規の労働者は、どうやって食べていけばいいんか、ということも言ったりする。違う非正規の人は、大いにうなづいていた。


 そんな日々だが、昨日、夕方早速イノシシが竹藪の前に現れた。そこで、レオと俺はそのイノシシを追いかけたのだ。


 1歳のレオだが、勇敢である。追い散らせられながらも、決してひるまなった。俺もクワをもって追いかけた。


 日々のこうした日常に、喜んだり、怒ったり、時にガックリきたり、悲しんだり、それでも自分なりに納得しながら生きている。

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