62363ce2.jpg【能登に復興応援ツアー 新潟から243人 初日は七尾観光】
復興を目指す能登の観光地を応援しようと、新潟県の鉄道会社などが企画したツアー「がんばれ!能登半島みんなで心の復興の応援に行こう」の参加者が二十二日、七尾市の一本杉通りを訪れた。

旅行を企画したのは、新潟県の越後湯沢駅から直江津駅まで普通列車などを運行するH越急行と沿線市町でつくるHくほく線沿線地域振興連絡協議会。当初は二百人を予定していたが、新潟県内の各地から二百四十三人の参加申し込みがあった。

一行は、一本杉通りに午後三時ごろに到着。こんぶ店や和ろうそくの店が並ぶ通りをそぞろ歩きながら、観光を楽しんだ。

自身も中越地震で被災したという十日町市の女性は「地震のつらさが分かるから、ツアーがあるのを知って行かなくちゃ、と参加しました」と話した。

ツアー客は、和倉温泉の美湾荘に宿泊し、二十三日に輪島市の朝市などを見ることにしている。ツアーを企画した協議会会長のT口N人・十日町市長も途中から参加することにしている。
中日新聞 - 2007年6月23日


【復興に力 癒やしの足湯 能登半島地震】
能登半島地震の被災地で、神戸や新潟の学生らが続ける足湯ボランティアが注目を集めている。特別な技能など要らないが、被災者の心身を癒やすとともに、ふと漏れる悩みなどの本音も聞ける。この被災者に寄り添う活動は、学生から高野山真言宗の僧侶たちにも広がった。聞き取った悩みの蓄積は、能登だけにとどまらない災害の復興支援を考える上でも役立ちそうだ。

「中越・KOBE足湯隊」。K戸大やK戸学院大、K戸市外大、N岡技術科学大などの学生らで構成する。阪神・淡路大震災や新潟県中越地震でも実施された足湯で、避難生活のストレスを和らげよう―と始まった。

学生らは三月と四月、被害の大きかった石川県輪島市門前町や穴水町の避難所で延べ約二十人が数日間活動。五月には、仮設住宅や地域の集会所を訪ねた。足湯とお茶を一緒に楽しむ「足湯喫茶」も開いた。

現場で沸かした湯をたらいにため、手足をゆっくりマッサージする。「ほっとする」「よく眠れた」など好評だった。リラックスした高齢者は「畑仕事がしたい。避難所はすることがなく、暇で仕方がない」「自宅はベッドなのに避難所は畳で体調を崩してしまった。自分で家を建て直すのは大変。どうせあと二、三年の命だし…」

「子どもは県外にいるのでなかなか来てもらえない」など、自分の中で抱え込みがちな悩みを打ち明けた。

足湯隊のリーダーでK戸大四回生のM本Y朗さん(21)は「足湯は、ほっとしてもらってコミュニケーションが取れる。通ううちに地域の人と人間関係もできて活動しやすくなった」と話す。

学生たちの活躍に影響を受け、K野山S言宗の若手僧侶らも現地で足湯に励んでいる。四月下旬以降、学生らを支援する被災地NGO恊働センター(神戸市兵庫区)の講習を受け、現地の僧侶ら十数人が、月に一回程度活動している。兵庫県内の僧侶も参加している。

「悩みを聞いて肩の荷を下ろすというのは、僧侶の本来の役割。足湯は、相手を構えさせずにできるすごい手法」と話すのは、同山S言宗社会課のG味Y道課長。阪神・淡路大震災後、僧侶の役割として心のケアを重視し、カウンセラーの養成講座を開いてきた。

「目標は、能登半島で足湯を二年半で千人に施すこと」とG味課長。足湯隊のM本さんも「能登は仏教への信仰心が厚い。お坊さんたちと協力していきたい」と話す。

月に一度程度の訪問を続ける学生たちは、聞いた悩み、ニーズを記録している。だが、「解決のために直接、自分たちが何かするのは難しい」という思いも抱える。

これに対し、被災地NGO恊働センターのM井M清代表は「建築など専門家集団とチームを組んで、聞いたニーズを振り分ける方法もある」と指摘する。

K西学院大災害復興制度研究所のY中S樹教授は「例えば復興基本法の制定など、これからの制度を考える上で、被災地の悩みの蓄積はあればあるほどいい。これほど多く声を集められることは珍しく、今後役立つ」と話す。仮設住宅の住民への住宅再建に関するアンケートを、学生に手伝ってもらうことも検討中だ。

Y中教授は「日本のボランティアは、長期にわたって被災者と寄り添うようになってきた。高齢化が進む地域に力や知恵を持った“よそ者”が入ることで、新しい力を生み出すことになれば」と期待している。
神戸新聞 - 2007年6月20日

【いつまでも、やすらかに お墓も耐震補強 ネジなど技術進歩】
地震の威力をまざまざと見せつけるものの一つに、大きな揺れでなぎ倒された墓石の光景がある。重そうで倒れそうにない墓石でも、ひとたび大きな地震が起きれば…そんな不安から現在注目を集めているのが、住宅ならぬお墓の“耐震補強”だ。

「墓は、地震の規模などを測る際の一定の目安となります」と説明するのはK沢大学教授のI渡Aさん(地質学)。

地域によって強度や形状が違う住宅など建築物と比べて、お墓は全国どこでもほぼ同じ形状をしている。I渡さんによると、墓の一番上の石(竿石(さおいし))が倒れた数を数え、分布を調べることで地震のおおよその強さなどが分かるという。

I渡さんらのグループは、3月の能登半島地震の直後から石川県内35地点で墓石の倒壊状況を調査した。震源に近いほど倒壊率も高く、倒壊率が100%に達している墓地もあった。

「倒れた衝撃で墓石が割れて、お骨がこぼれだしているようなお墓もあった。強烈な揺れを墓石が物語っていた」と石渡さんは調査を振り返る。

では、そんな倒れたお墓を元に戻すのは誰か。全日本墓園協会主任研究員のY田Mさんは「墓地に出入りしている石材店がやる場合もあれば、家族が個別に石材店に依頼するなど、自分の責任でやらなくてはならないところもある」と説明、どうやら“ケース・バイ・ケース”のようだ。

家屋の地震対策が進んでいるように、お墓の耐震技術や工法がここにきて急速に進んでいる。

墓石の地震対策を手がける「安震」(愛知)が一昨年7月から発売しているのが、「安震ゲルはかもり」だ。柔軟性と弾力性を兼ね備えた柔らかいゲル状の商品で、石の間に挟み込んで使用する。「重い石を積み上げたのがお墓。その石の間に挟むことで免震効果が得られます」と同社。震度7の大地震にも耐えられるといい、既存の墓でも利用できる。価格は8枚で3万円から。全国93社の代理店で展開しているが、売れ行きは好調という。

くいを打ち込んだり、墓石をボルトで固定したりする工法を手がける業者も多い。「ただそれでは墓の移転などが難しくなる」と解説するのは墓石の加工販売を行っている「A治石彫工房」(香川)。今年、墓石耐震用金具「あんしん棒」を発売した。使用することで竿石と上台をネジを締める要領で固定することができ、組み立てや解体が容易だ。今後全国販売も視野に入れている。

また長野県中条村の日高聖地公苑では一昨年から、40区画を全国でも珍しいという「耐震墓地」として展開している。路盤安定剤で固めた土の上に鉄筋を入れたコンクリートの土台をすえた。「新潟県中越地震程度でも耐えられる」と、同公苑では自信を示す。

お墓の耐震問題は業界全体の動きとして認知されつつあるようだ。

石材の業界団体である日本石材産業協会では、3年前から専門家を招いて地震対策研究会を発足させた。実際の墓石の振動実験を行うなど研究を重ねている。

だが、耐震工法についての結論は「一長一短」だという。「施行して1、2年は大丈夫でも、経年劣化する懸念があるものもある。地盤も大きく影響しているので、『これが一番』という工法はない」と同協会。導入したいのであれば「地元の石屋さんならある程度地盤のことも理解しているだろうし、綿密に相談して決めた方がいい」とアドバイスしている。
産経新聞 - 2007年6月20日

【住宅復興融資の申請相次ぐ 】
中越地震の被災者に対する長岡市の被災住宅復興融資制度で、2007年度も新築分が660件を超えるなど申し込みが市の予想を大幅に上回り、市は15日、同融資資金に約29億8600万円を追加すると発表した。地震から3年目を迎え、ようやく住宅再建にこぎつけられた被災者が多いことが明らかになった。

同市は増額分を市議会6月定例会に上程する07年度一般会計補正予算案に盛り込む。

同融資は年利1・6%の固定金利で、新築1000万円、リフォーム700万円、宅地購入700万円が上限。申し込みは、4月に避難指示が解除された山古志地域の一部を除いて今年3月末に締め切られたが、07年度に住宅を再建、改修する被災者の申し込みが相次いだ。

07年度の融資は当初予算で240件、12億3900万円を見込んだが、9月末までが申し込み期限の山古志地域分を含め、820(新築664、リフォーム49、宅地107)件、約42億2500万円に上ると修正した。

地震発生の04年度から06年度までの総額は約81億3400万円、1863(新築1435、リフォーム102、宅地326)件。

同市建築住宅課によると、被害認定が一部損壊だった被災者の利用が7割に上り、新築分の3割はアパートなど賃貸住宅の入居者。同課は「低金利の融資制度がニーズの掘り起こしにつながった」とみている。
新潟日報2007年6月16日

【ニシキゴイ産地活動再開/新潟・長岡市山古志地区】
2004年の新潟県中越地震で棚田を使った養殖池が崩壊した、ニシキゴイのトップ産地、新潟県長岡市山古志地区(旧山古志村)。壊滅的な打撃を受けたが、地区の専業農家7人でつくる「虫亀鱗友(むしがめりんゆう)クラブ」は復旧をほぼ終え、活動を再開した。

会長のN島Hさん(53)は「震災前に比べてコイの数もまだ少ないが、立派なコイを育てて、支援してくれた全国の人に元気な産地をアピールしたい」と意気込む。
日本農業新聞 - 2007年6月19日

【山古志復旧の記録、ビデオに 地元中学生撮影、ネットで発信へ】
中越地震からの復旧の様子を映像で残そうと、長岡市立山古志中学校の生徒が20日、山古志地域をビデオカメラに収める活動を始めた。総合学習の一環で、撮影した映像は11月の文化祭で発表するほか、都内のNGOを通じてインターネットで発信する予定。

復旧の様子を世界に知らせると共に、子供の目線で災害復興について考えてもらおうと、発展途上国の子供たちを支援するNGO「Pラン・ジャパン」(東京都世田谷区)が企画。この日、中越地震の2カ月後に発生したスマトラ沖大地震の被災地の子供らが撮影した同様のビデオを見た後、1、3年生32人が、ビデオカメラを手に地域を回った。

H野K也君(14)ら3人は、山古志地域を一望できる古志高原スキー場でビデオ撮影。「地震前より山肌が目立つ」とカメラを向けていたほか、住民に「なぜ山古志に戻ったのですか」などとインタビューする様子も収めた。

H野H伸君(15)は「みんなで山古志のことを話せてよかった。自分の住んでいる地域のことを考えるきっかけにしたい」と話した。
毎日新聞 - 2007年6月22日

【仮設住宅、最後の延長 244世帯、入居期限10月末〜年末】
入居期限が今月末に迫っていた中越地震の被災者が暮らす仮設住宅について、県防災企画課などは20日、被災者向け公営住宅の建設待ちか自宅再建が終わらない244世帯について、入居期限を10月末〜年末に延長すると発表した。延長はこれで最後となる見通しだ。

県震災復興支援課によると、仮設住宅には最大で2935世帯、9649人(05年3月末)が入居。現在も7市町村で324世帯939人(5月末現在)の被災者が暮らし、うち早急に転居できない244世帯だけが再延長を認められた。

期限は、ほとんどの世帯が10月末。しかし、家屋が泥流にのまれるなど被害の大きかった旧山古志村(長岡市)木籠集落などの住民30世帯については、避難指示が4月に解除されたばかりで宅地造成開始も遅れたことを考慮し、12月31日までとした。同課の担当者は「年末までに全員自宅に戻ることが最終の目標」と話す。

木籠集落区長のM井H二さん(67)は取材に「さすがに再々延長はできかねるだろうし、自分たちができることをやって、どうにかムラに帰りたい」と話した。
毎日新聞 - 2007年6月21日