THE ゲスママ

専業主婦からライターに。更年期医療から女性発信のアダルトコンテンツまで
女性と「性」の関わりを多角度から追求する神田つばきのページです。

虚構に騙される快楽について

NHKの朝ドラを毎朝みるのは高校受験のころ以来だろうか。
宿題の最後の悪あがきをしながら見るともなく見ていて、8時15分になると徒歩5分の中学までダッシュしていた。
夏八木勲や斉藤こずえが出ていた『鳩子の海』を毎朝見ていたはずだ。

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数年前にまた見るようになった。
ドラマ物AV「あなた、許して…。」シリーズの現場を見学させていただき、それまで意識していなかった照明とか、カット割りというものを見せてもらい、夕景や逆光を用いて心情を醸し出していることを知った。
この作品は監督さんもスタッフさんもテレビドラマをやっていた人たちだ。

これまで映画もドラマも筋とセリフしか見ていませんでした、と恥を忍んで監督に白状すると、いくつかの映画の名前を挙げて、どこを見たらいいか教えてくださった。

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少しは意識してテレビや映画を見るようになると、自分はこれまで損をしていたなあと思った。
依然として素人でわからないなりに、朝ドラのセット数はそんなに多くないみたい、でも照明をていねいにやっているみたい、なんて楽しみがふえた。

ちょうど職場に定時通勤するようになり、朝ドラを見て家を出るとちょうどいいこともあり、中学のときのように毎日見るようになったが……
今回の『わろてんか』は葵わかなちゃんと鈴木京香さんがほんとうの嫁姑のようでいいなあ、と思いながらも、毎回ドラマ終わりの余情に浸っているときに、活弁口調の煽りが入るのがほんとうにつらかった。
故・飯田豊一先生に連れられて沢登翠さんの活弁を聴きに行ったことがあるが、とても力強い芸だった。
アナウンサーと活弁士は別の仕事、付け焼刃の物真似はやらないほうがいいのにと思ったのだ。

それが先週はなくなり、やっぱりない方がいいなあ、本物じゃないんだからさ……と安心していたところに、関西落語界の重鎮・文鳥師匠が『時うどん』をやるという回。
文鳥役は笹野高史さんがやっているのだが、まさかの高座に上がる展開で、どうすんのかいなと思って見ていた。

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どうやら本当に落語をやるみたい。
大河に出演歴のある三枝さんに頼む手もあったろうに、笹野さんに落語をやれというのである。

しかし、笹野さんの『時うどん』は真実おもしろかったのである。
ビックリするほどおもしろくて、ドラマそっちのけで落語を聴いていたくなるほどおもしろかったのである。

「ひっぱりなー!」が可愛くて、おかしくて、これは神回と思い録画を取っておくことにした。
二度と笹野さんの落語は見れないだろうから。
それほどにうまかった。
笹野高史さん、どれほど稽古されたんだろうか。

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役者は芝居の中で「本物」を見せてくれる。
虚構の中の真実に騙される快感が忘れられないから、人は芸を観るのだろう。

NHKドラマは衣裳が優れている。
ほんものの絹と化繊では袂の動きが違い、これだけは本物を使うよりない。
笹野高史さんの写真、絹の表面の柔らかな凹凸が照明に照らされて穏やかな水面のように美しい。

落語は右手の先から顔を通って左手の先まで、上半身の芸である。
この直線をどれだけふくらませて噺家の世界をつくるかーこの上なく厳しい世界であることはまちがいない。

来週の土曜日のこと、この一年のこと

2017年、本年は収穫が多かった。

パンフレットに寄稿させていただいた映画『ゴンドラ』が30年ぶりの公開にも関わらず、ロングランとなっていることをまず書きたい。
1月27日、真冬のユーロ・スペースの前夜祭からはじまり、ユーロからポレポレへキネカ大森へトリウッドへ、ロングランしても3週間かと思われたかがりと良の旅は都内の単館だけにとどまらず、全国各地へ漕ぎ出してゆき、今もまだ東へ西へ、いや南へ北へと旅している。

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居場所のないかがりと良は、どこまでゆくつもりだろうか。

今月は映画館のない下北半島は佐井村でも上映された。
下北はゴンドラ後半のロケ地である。

ゴンドラが復活したばかりでなく、今年はいろいろな体験があった。
二村ヒトシさんのご紹介で憧れの猫町読書会にて、拙著ゲスママを採りあげていただいた
この日、80名の皆さんからいただいた声が励みとなり、書くことをやめないで続けようという気持ちになることができた。

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そのために知りたいことがたくさんあり、

『業音』(東京芸術劇場 シアターイースト/大人計画)
『玉藻前曦袂(たまものまえあさひのたもと)』(国立劇場/桐竹勘十郎)
クリスチャン・ヤルヴィ サウンド・エクスペリエンス2017(クリスチャン・ヤルヴィ/フランチェスコ・トリスターノ)

と重要な観劇・鑑賞に続けていくことができて、この後にまだ、

『魔笛』(東京モーリス・ベジャールバレエ団)

がある。
ベジャールの『春の祭典』を逃してこちらを必死でとったが、魔笛は魔笛でフリーメーソンなどのテーマを含んでいるので是非見たかった。

ところで来週11月11日は7年越しで取り組んでいるプロジェクト『東京女子エロ画祭』の過去作品を一挙上映する初めての試みをする。
動画17作品をふくむ59作品を映写することに高円寺パンディットさんが全面的に協力してくれて実現したものだ。

このプロジェクトは、とかく男性は消費する側、女性は提供する側、と役割固定している日本の性表現の世界を少しでも揺り動かしたいと思って、2011年2月11日に映像作家・安藤ボン、デザイナー・もも小春と三者で始めたものだ。

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第2回ノミネート作品 山田はるか『愚か者ね、あなたたちは』


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第1回審査員特別賞受賞作品 もきゅ『脳みそ白紙』(連作10点のうちの1点)

もとより芸術性や巧緻だけを問うものではなかったが、技術の高い作家さんが登場しつつあり、その中で「思い」や「存在」そのものをぶつけてくる作家さんもいることに、この祭りの意味があると思っている。
出品は女性に限定しているが、鑑賞して投票するのは男女を問わない。
そこにこのプロジェクトの意味があると信じている。
男性不在の場で欠席裁判を行っても、女性にとっての真の明日は訪れないような気がしているので、男性にも「見て・感じて・思いを表してもらう」ことをしてもらう。

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先月下旬に発売された『STUDIO VOICE』のエロ特集号からも取材を受け、全作品を見ていただいたが、批評家の方に原稿を書いていただくことができず、掲載されなかった。
編集部からは校了前夜になって代替デザイン(画像二点のみのデザインページ)のご提案があり、当初に伺っていた意図とは異なってしまう部分もあり、是非ともいっしょに舵切りをさせていただきたかったがtime outということで、致し方なく掲載を中止していただいた。

作家さん全員をSTUDIO VOICEの読者さんに知っていただくという夢が一瞬にして消えた。

これは広報担当の私が責任を追うべきことであり、その経緯については11/11高円寺パンディットでもご説明させていただこう。
また、作家さんたちに対してもっと多くの賞金を授けたいとか、さまざまなメディアで紹介したいとかいろいろな思いはある。
普通に考えればスポンサーを募るべきところなのだが、「エロ」という言葉が独り歩きを始めたとたん、「男性にとって使い勝手のよい商品としてのエロ」という意味合いを帯びることを避けたいので、現在は入場料と我々三人のお小遣いだけで運営している現状。

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商売下手と言われればその通りとうなずくしかないが、間違ってはいないと信じたい。
どうか一人でも多くの人に、11/11(土)高円寺パンディットに遊びに来ていただけたら幸いこの上ない。

女であることと自分であることの谷間から

フェミニズムって
内臓のように一人ひとりの身体の奥にあるようなもので、
他人から指さして「あなたのフェミニズムは間違っている」と
詰られるような類いのものではないと思うんだよ。
あと、専門用語をたくさん操る人の思想が深く、志が高いとは限らない。
ちょっとカッコよく頭よさげに見えるけど(本当は真似してみたいけど)。

そういう行動を取る人にとっては
フェミニズムが信仰の代わりになっているんじゃないかと思うんだよね。

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唯一絶対の神を求め
教理を複雑にし
異教を排除する、
そういうattitudeがお互いの居場所を狭く息苦しくしてないかな?

好きで女に生まれたわけじゃない。
でも女をやめたいというわけでもない。
そんなあやふやな俺。

わかんねー、
自分の身体がわかんねー。
自分の心がわかんねー。
女に生まれた意味がわかんねー。
子供を産んでも
子宮を取っても
閉経しても
母が死んでもやっぱわかんねー。
だからもう自分のことは後にして、

他者を肯定したい。
他者を肯定できる自分になれたらいいな。
私の本を憎む人たちを肯定できるようになりたい。
私の書いたことばに傷ついた人と別のことで理解し合いたい。

どこまで行っても交わらない直線などというものは三次元世界には存在しないはずなのだよ。

社会との連動を止めることはできない

猫町倶楽部読書会では『ゲスママ』の中に書いた「ザクザクする」という性的な概念について語った。
ザクザクはアレクセイの造語で、私たちはSMやSEXという言葉の代わりにザクザクすると言っていた。
文字通り、お互いの存在の深いところに相互に突き刺さりたい、という願いがあった。

1965年の映画『コレクター』(テレンス・スタンプ主演)からはじまり、

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マンディアルグの小説『オートバイ』を映画化した『あの胸にもう一度』(アラン・ドロン、マリアンヌ・フェイスフル主演)の70年代センスが美しいポスターやら、

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世紀末の(まるで明日が無いことを前提として燃えるような)エロスの象徴としてのクロ―ネンバーグ監督『クラッシュ』、

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そしてカニバルコープスのCDジャケットと川鍋暁斎の『処刑場跡描絵羽織』の類似したザクザクの図案などを紹介するうち、しゃべり出したら止まらなくなってしまった。

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かつては行為などなくても、これらの図版だけで脳髄から下半身まで一気に興奮したのに(そして私は強すぎるその興奮に後ろめたさを覚えていた。こんな概念があるかどうか知らないが、反社会的な性興奮だと思ったのだ)、今では湿気た花火のよう、二度と着火することなく精神と肉体をがっちり縫い付けていたあの線は失われた。

私はその境い目にどんな事件があったかと考えるが、時期的に「閉経」と「東日本大震災」だったと思っている。
理屈ではなく、ザクザクに感じなくなってしまったのだ。
東京女子エロ画祭の出品作品から、小田嶋さよさんの『女は女である』と冠木佐和子さんの『肛門的重苦』を上映したが、冠木さんも作品概要の中であの地震について言及している

私にとってエロスは個人的体験だけでなく、社会の動きとも連動したり干渉したりするものなのだと思い知った次第。
そんな今、芸術と社会の連繋に関するシンポジウムが開かれるそう。
芸術が社会と連動するように、エロスもまた。

中国とアメリカを採り上げるそうで、かなりボリュームある内容になりそうです。
先日、ケロッピー前田さんのオキュパイスクールにいらしていた斉藤有吾さんから「こんなのがありますよ」と教えていただきました。

ご興味ある方は→https://amseaut.blogspot.jp/p/event.html

事前読書会「神田つばきが選ぶ三冊」報告(後)

(承前)
そんな中の一冊が『カタカナ三十九字の遺書』は『脳病院へまゐります。』に併録された中編で、絶版しているがamazonで古書を注文できる。
この仮面読書会では、猫町倶楽部の山本タツヤ代表のご厚意により、参加希望者のために古書が集められ進呈された。
刊行後10年の今、ぜひ若い皆さんに読んでほしいという私の願いを汲んでくださり、とても感謝している。

若合春侑さんは文學界と野間の新人賞を獲り、脳病院も『カタカナ』も芥川賞候補となったが惜しくも逃し、その後著作は多くない。
この美しい表紙の本は、中の装幀も凝っていて文体と見事に合っている。

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脳病院は歌舞伎や講談に見るような諧調を持った文体で、少しずつ増していく女の狂気を音楽のように描いている。
『カタカナ』は逆に一人称でありながら、ある意味自分自身を放棄したような客観の視点と口調に引き込まれる。
私なんかが説明すればするほど若合文学の魅力が伝わらなくなる、とにかく読めば、一行読めばやめられない力を持った蠱惑の書なのだ。

題材がエロティックであるために、文章自体に力があるのをそのテーマゆえと下司な勘繰りの減点がなされた可能性はないだろうか。
逆に、官能を目的としてこの本を読んだ人からは、『カタカナ』の終わりのくだりは余計であったと、これまた不当な評価をされてしまうのである(そんな文章をどこかのブログで読んで悲しかった)。
あの最後のくだりにこそ、人間が残酷なのではなく、人間の営みが残酷を孕んでいて、私たちはその毒の莢を突かないよう慎重に、慎重に生きている哀れな存在だという真実が描かれているのだ。

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性のオデッセイは、自分は一人ではないと、このズブズブに汚水を吸った土嚢のような重たい性を共に担ってくれる男性がどこかにいると信じて、訪ね廻る遍路の旅だった。
しかし、これら三冊の本はとっくに予言していた、お前は一人だと。

私はそれが恐かった。
怖いからそうではないということが証明したくて、自分の身体を使って証明実験を繰り返したんだけれども、辿り着いたのはポップに言えば「私のご主人様は私」ということであり、「生まれるときは母と一体、死ぬるときは一人」という当たり前の事実であった。
探し求めた宝石が、埃をかぶって縁日で売りに出ているのを見つけたような気分ではあるが、平穏であることは間違いなく、六歳ぐらいから己に対して抱いていた懐疑と苦しみは消滅した。
そして二度と戻らない。

三つ目の茶菓の提案は『ゲスママ』の内容にちなんだものであった。
『ゲスママ』にちなんで 「そんな私にも例外があって、それはチョコレートと餃子だった。」 餃子と中華菓子と中国茶。 もしくは、「デメル」のチョコレート菓子とコーヒー
と、本に対する思い、私個人の追憶を茶菓にこめようと勘案してくださった。
細やかなお心遣いに深く感謝している。
そして、読書家であるマーガレットさんに拙著を読んでいただけたことは、とてもうれしい。


懐疑と苦しみが消滅した今、自分は記憶の番人でしかなく、それはそれで侘しくもあることは不思議だ。
……と、猫町倶楽部さんのおかげで、このような贅沢で濃厚な時間を持たせていただくことができた。
あの世紀末、90年代の後半からゼロ年代前半の耽美と退廃の夜の匂いが、いっとき復活したような三時間だった。

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前述の作家さんが『カタカナ』をたいへん気に入って読んでくださり、

「僕はもしかしたら、こういうことを女性に対してしてしまう人間かも知れないと思った」

と静かな声でおっしゃったのがズ、、、ンと身体の奥に響いた。
人の内奥からこぼれ出る言葉は体液や性器、裸体などより、よほどエロティックで到底意図的に切り取って見せることのできない貴重なもので、人を圧倒するのである。

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18禁仮面読書会−猫町UG「ゲスママ」読書会&神田つばきトークショー

事前読書会「神田つばきが選ぶ三冊」報告(前)

メディアが発達し多様化することはよろこばしいことなのに、人間の五感と時間と脳の容量と処理能力には限界があるから、すべてのメディアを駆使して学んだり楽しんだりすることはできないという【考えてみればあたりまえのこと】がしみじみ分かってきた、今現在。

インターネット普及前に行われた活動、VHSでしかリリースされなかった作品、廃版になってしまった作品、デジタルカメラがなかったころに起きた出来事……
限りなくありそうだ。

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消えてしまったものは、残されているものと比較して相対的に価値が低いもの、と決めつけてしまえば悩みもない。
あるいは価値=経済価値であると。
しかし、現実にはそうではないということを、現物が消えかつ個人の記憶からも消えてしまったら存在しなかったことになる価値あるものたちが数多あることを、私たちは密かに思い知らされている。
そういったものたちに言及することを怠っている自分の、襟髪をつかんで揺さぶっているのは何者(だれ)だ?

   ×      ×      ×      ×

8/19(土)のゲスママ読書会に先立って、猫町倶楽部さんが8/12(土)に『神田つばきが選ぶ三冊』というミニ読書会を新宿二丁目のブックカフェ「オカマルト」で開いてくださった。
この日、私が選んだ本は、

『O嬢の物語』(ポーリーヌ・レア―ジュ)
『カタカナ三十九字の遺書』(若合春侑)
『桜の森の満開の下』(坂口安吾)

O嬢は猫町で三回も採り上げているそう、私がSM(この用語が好きじゃないけど、便利なので使います)をしてきた人間なので、「何はともあれ最初に一献」て感じで選んだ。
私は何度もO嬢を買っては捨てた。
恋人ができたり、結婚したり、何かあるたびに私は被虐の欲望から逃れ、なかったことにしようとしたからだ。

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いま手元にあるのは子宮摘出の少し前に買った澁澤龍彦訳の河出書房文庫版だが、参加されたある人気作家さんから、もっと若い翻訳者が手がけたO嬢の文体もなかなか良い、と聞いた。
高遠弘美氏の訳本だろうか、澁澤でなければと思いこんでいた私には貴重な情報で、こういう発見が読書会のよさなのかと知った。

ここで会場のブックカフェ「オカマルト」店主DQマーガレットさんからは、お客様をお迎えするお茶とお菓子の案が三つ出された。
どれも魅力的で私たちは悩みに悩んだあげく、いや他の二案を排するという責め苦に呻吟したあげく、

『Ο嬢の物語』にちなんで「その色はヴァニラと苺とピスターシュを混ぜたアイスクリームの色のようにやわらかい色調だった。その色を見たおかげで、Oは食後に、挽いた巴旦杏ねり菓子と生クリームのついたアイスクリームを注文しようという気になった。」
ラズベリーのソースを添えたアーモンドプラリネアイスクリームと、お茶は「マリアージュ・フレール」の「エロス」。


このご提案のセットをお願いした。

安吾の小説は、戦後のあの時代の作品ゆえに読みながらギシギシすることが多いのだけれど、『夜長姫と耳男』と『桜の森の満開の下』は透明感ある甘露で、いつまでも口にふくんで舌のうえを転がしていたくなる美文だ。
私はこの話に出てくる「女」を皆さんが好きかどうかお聞きしたかった。
果たして男性は「好きではない、怖い」と言い、女性参加者は全員がためらいなく「好き」と言った。
これは果たしてどういうことか、じつは私ももちろん好きなんである。

最期の「女」は切なく、哀れに感じる。
すべては夢か幻だったのだ、只の人であったのだ、という感慨は性のオデッセイが終わったときに私が【男たちに】感じたことと似ている。
私を責めて苛んで、甘くて熱い死をもたらそうとしたはずの男たちは、実は善良でまじめな人間でしかなかったのだと理解したとき、私は被虐の欲望を失った。

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あの山男が仕えていたのは、美女に姿を変えた鬼なんかではなかった。
彼は自分の内なる魔性に服従させられ、畏怖を捧げ、本能を解放したのだと思う。
……私が男に生まれていたらどうだったであろうか。
性愛の世界において女性は客体に固定されがちであるために、私のオデッセイは大きな事故を起こさずに終わることができたと思うと背筋が冷たくもなる。

幼い頃から醸成してきた欲望を一瞬にして失ったのは、私の肉体の一部を男が食べなかったからだ。
私はあの日までに自分を「ザクザクする」ためにあらゆる手段を試していたけれど、男性に生まれていたならば、もっとたくさんの実験が出来たのではないか。
そして、それは成功してしまったのではないか。
男は女より残虐だとか暴力的だとか、そんな話をしているのではなく、そう認める。

マーガレットさんから出された二つ目の茶菓の案は、この短編から考えてくださったものだ。
『桜の森の満開の下』にちなんで桜をかたどった「とらや」の最中「御代の春」と、煎茶。もしくは、桜のマカロンとコーヒー。
今が冬であったなら、迷わずこの桜のセットにしたと思う。
そしてまた、とらやとマカロンで苦悩する時間を愉しんだと思う。


この本はとうに絶版だけれど、著作権が切れているので青空文庫で読むことができる。
問題は店頭から消えて久しいけれども、青空文庫に入るにはあと数十年ある著作がこの世にはたくさん存在する/存在した。
教科書に掲載されたり全集に収録される作家でもないかぎり、それらの著作は人々の記憶から抜け落ちて、なかったようになってしまいそう。
数十年という時間はとても残酷だ。
(続く)

18禁仮面読書会−猫町UG「ゲスママ」読書会&神田つばきトークショー

『仮面読書会』のお誘い

猫町倶楽部という読書会で、『ゲスママ』を採りあげてくださることになりました。
もとは技術書を読む名古屋の読書会で、今は文学をはじめさまざまな分科会を持ち、全国で展開している日本最大の読書会。

その分科会の一つ、猫町アンダーグランド(猫町UG)で『ゲスママ』について80名ほどで語り合ってくださるそうです。
こんな光栄でうれしいことがあるなんて、もう寿命が尽きてしまうんじゃないかと不安になります。
日時は8月19日(土)の14時30分からです。

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猫町UGはUGだから、仮面着用がドレスコードです。
日常のご自分から少し遠くへ、心の旅行をしてください。
お面でも目出し帽でもキャットマスクでも、もちろん本格的なヴェネチアンマスクでも良いそうです。
マスケラを付けた80人の方の前でお話をするなんて、どんな気分になるでしょうか。
想像もつかないのですが……。

若林美保さんのダンスパフォーマンスのあと読書会、それから私のトークショー、懇親会となります。
私の持ち時間、全部お話では聴く人が疲れてしまいそうです。
親娘の問題など本に書いたことについては、読書会でテーブルを回って皆さんとお話をするので、トークと重複するかも知れません。
それなら、言葉では伝えきれないことを―

「ザクザクするとは何か」

を、主に映像で見ていただこうと思います。
トーク<ショー、で行きましょう!……

‥豕女子エロ画祭の作品
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6枅美研究会のビデオを制作していた不二企画の出演作品

いずれも性交はしていない作品ですが、△鉢に関しては、さらに過激ではないところを選んで映写します。

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(映写に関しては、イラストレーター&映像作家の小田嶋さよさん、不二企画の春原悠理さんのご協力をいただきました。ありがとうございます。)

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ザクザクという言葉にこめたいろんなものを―
さまざまな瞬間、さまざまな人とそれを実感したはずなのに、今はどこかに消えてしまって二度と得られないザクザクを共有していただけたら嬉しいです。

お席があと6席ほどになりました。
お申込ボタンは" target="_blank" title="">猫町倶楽部さんの記事のいちばん下にあります。
ほかではできないお話ができる機会ではないかと、一人でも多くの方のご参加を渋谷『SuNaBa』でお待ちしております。

猫町倶楽部はなぜかカップル誕生率が高く(出会いを目的とした会では決してないのに)、これまでに50組ものカップルが誕生しているそうです。
本はあくまで媒介物で、ふだんは誰にも見せない心の深いところを開く、ということが読書会なんでしょうか。
どうぞよろしくお願いいたします。

監獄同級生だった貴婦人たち

日刊ゲンダイさんに『マゾ女のキス』という連載を書かせていただいている。
毎週水曜日掲載ですが、一回の原稿のためにたっぷりネタ出しをして、それを副編集長さんが抜粋して編集してくださる。
つまり、私は自由に書かせてもらっているんです。

こんなの初めて。
駆け出しの40歳そこそこの頃とはちがって、私の体験じゃなくていい、知っていることをどんどん書いていいと言われて……
二十歳のころ、エロ本を買う勇気がなくて澁澤龍彦さんや塩野七生さんの本から必死で妄想を掻き立てていた。
その頃買った本を紐解き、奔放な性を謳歌したルネッサンスの女たちの性生活を紹介したり……
津山三十人殺しを描いた映画『丑三つの村』から、赤松啓介さんの『差別の民俗学』を調べて夜這いについて書いたり……
なんだかワクワクする。

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テレーズ・カバリュス

求められるままにあらためて調べて、発見の連続。
今日知ったのは、フランス革命の終焉となったテルミドールのクーデターの発端は、テレーズ・カバリュスという女性の投獄から始まったということ。
彼女はなんとこの時、後のナポレオン夫人となるジョセフィーヌ・ド・ボアルネと「監獄での同級生」だった。

テレーズはセフレに手紙を(一度ならず何度も書いて!)「クーデターを起こして私を救出しろ」と言い続けた。
セフレのタリアンは真面目以外に取り柄のない書生さんだったんだけど、根負けするように彼女の言う通りにしてロベスピエールを失脚させ、革命を終結させたということらしい。
一方、ナポレオンはテレーズに惚れていたんだけど振られてジョセフィーヌと結婚した。

彼女たちの性的な話は来週のゲンダイのネタばらしになってしまうので省略します。
すごいなあと思うのは、タリアンはその後失脚したし、ナポレオンも失脚した。
この獄中同級生な二人、現実にはジョセイフィーヌが十歳上だが、どうもテレーズがお姉さん格でジョセフィーヌが妹分という感じがする。
男たちは失脚したけれど、彼女たち二人の人生はそれでも色褪せなかったのだ。

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ジョセフィーヌ・ボナパルト

ジョセフィーヌは死ぬまで「フランス皇后」の称号をはく奪されず、年金も充分にもらい、テレーズから払い下げで回ってきたナポレオンと結婚したとはいえ、「ボナパルト、ローマ王、エルバ島…」と呟いて亡くなったとされ、ナポレオンの最期の言葉は「フランス、陸軍、陸軍総帥、ジョゼフィーヌ…」だったそうだから、生涯を通じて愛に充たされた幸せな女性だったと思う。

姉御肌のテレーズはその後も男を乗り換えて(私が読んだ範囲でも夫らしき男性が5人出てきた)、いつまでも政治とファッションの中心に居続けた。
最後の結婚後の30年間は穏やかな生活を送り、
「若いころのことは小説みたいだわ」
と振り返っていたそうな。
彼女も生涯を通じて「テルミドールの聖母」と呼ばれ続けた。

遠い国の三世紀も前の女性の一生の、ほんのわずかな足跡をたどったに過ぎないのだけれど、
「よかったわね。二人ともカッコいいわ」
と囁きたくなるような、本日の原稿書きであった。

緊縛師を紹介しなかった理由

さいきん立て続けに若い女性の方から、
「女性の緊縛師さんを紹介してください」
と言われることがありました。
いずれも若い女性からの依頼で、

「イベントを企画しているので、縛りのショーも見せたいんです」
「AV監督をしているので、緊縛のある作品を撮りたいたんです」

同じ業界に身を置くものとして、また女性の業界人を育てるためにも一肌脱ぎたいきもちになるじゃないですか。
いずれも交流のある人ではありませんが、女性の活躍を応援したいです。

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*画像は風見蘭喜氏の縛り(2006年)

しかし、メールや人づてでお話をうかがううちに、「あれっ、これはまずいぞ」と思いました。
いろんな縛師さんの名前をご存じで、あの人がダメならこの人を紹介してくれと、次々と名前は出てきます。
さぞかし縛りのショーが好きなんだなと思うと、そうでもない。
それどころかそんな場には行っていない、別に憧れもない。
ただ、どうやら世間のハコでは縛りをやって見せているから…、女性緊縛師のほうがAVのパッケージの見栄えがいいから…、そんなふんわりとした動機から思いついたことにすぎないのです。

それでは私は緊縛師さんを紹介できません。
いいえ、してはいけないと思いました。

緊縛はつねに危険を伴うので、緊縛師さんは計算に計算を重ね、慎重に慎重を期し、全神経を研ぎ澄ませて縛っています。
それは大技(吊りなど)があってもなくても変わりないのです。
なぜそんな危険なことをしてまで、女性を縛るのか―それを今書こうと思いましたが、やめておきます。
それは頭で、理屈で知ることのできないもので、そういうふんわり監督やふんわりイベンターの人が文章だけ読んで知ったつもりになるのがいちばん恐ろしく、事故にもつながるからです。

こう書くと意地悪のようですが、私は意地悪ではありません。
それは真剣な縛り手の縛りを見ていれば、おのずと伝わるものだからです。
女性がどんな思いを抱えて縄に身をあずけているか、それは理屈ではわからないものだからです。
今は良い時代で(そんなの日本だけだからね)、そんなに高いお金を払わなくても、ハプニング・バーなどで縛り師さんのショーを見ることができます。
イベントやAVで縛りを見せようと思うなら、少なくともそういう場に出かけて行って、何かをつかんでから人に頼むべきでしょう。

そうまでする時間や予算がないというのなら、「縛りでも」見せるのはやめたほうがいいです。
プライベートとは違い、一定の時間縛られたまま耐えなければならないモデルさんの負担は、大変なものがあります。
縄はどんなに熟練の人が扱っても、一つ間違えば大きな事故につながる「武器」になり得ます。
そうならないように縄師は緊張してその場にいますから、監督やイベンターがそれをわかっていてくれないと困るのです。

繰り返し言いますが、意地悪からではありません。
むしろ彼女たちのために紹介を断ったつもりです。
「ふんわり仕事」に力を貸すことは誰のためにもならないからです。

本気で「こういうことをしたい、あの人のああいう力を借りたい」と言ってくれたら、いつでも応援しますからね!

「正しい娘」〜増田ぴろよ個展

テキスタイルとキルトワークのアーティスト、増田ぴろよ氏との交流は2013年の第三回東京女子エロ画祭にぴろよ氏の作品をノミネートして以来だから、もう四年にもなるのか。

ある意味、長い四年間だった。
彼女と親しくなるのには時間が必要だった。
私が臆したからだ。

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上記のノミネート作品で彼女が披露したテーマはあまりに重篤なものだったので、私は彼女と親しくなりたくて仕方がないのにひと息に近づく勇気がなく、にじり寄るようにして惹かれていったのだと思う。
重要ではなく重篤と言ったのは意味がある。
私は母の家系の排他的母系エネルギーとスキームがあればこそ女一人で自立できたのに、同時にそのことに一生傷つき続けるからだ。

彼女の作品の豊かな発想と美しさはリンクを見ていただくとして、自分以外にも母系家族という永久機関のようなエンジンに磨り潰されそうになりながら、怨嗟の煙を吐いて軌道の上を走り続けるしかない女がいたことを知った!
まさに「私ってかわいそう」な世界の囚人は、ほかの房にもいたということである。
それが増田ぴろよ氏だ。

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 *個展のおみやげ△わいそう水がベッドイン

もしぴろよ氏と出会わなかったら、拙著『ゲスママ』の第二章はなかっただろう。
時系列をややこしくしてまで母と祖母の物語を書いたのは、ぴろよ氏の作品に影響されて、私が自分の性を少し客観的に観察できるようになり、親子三代の連綿と繋がる呪いの臍の緒を見てしまったためだ。

つまり、「彼女と親しくなるのには」というのは取りも直さず、
「この人とちゃんと会話できるようになるには、自分の洞穴を掘らないとダメみたいだよ」
と気がついていたからなのだ。

ぴろよ氏が歌舞伎町の高級クラブを借りて個展をやっているというので、昨夜お邪魔してきた。
お客様がどんどん入ってくるので、ぴろよ氏を独占したい私は巻き進行で、舌も巻き舌気味にベラベラしゃべりまくって、ぴろよ氏とまた新たな呪いの緒を二本ぐらい縒り合わせることができて深く満足した。
あれとあれは禁断の話題だよね、放送禁止トークイベントやりたくなった。

いやもう、私にとっては魂のデトックスであった。
……って個展の感想としてはおかしいのですが。

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 *ギンギラギンの道祖神。ミラー仕上げで見るものの顔を映し出す。正式な作品名は「鎮魂のミラーボール」

時間とともにお客様でにぎわってきて、渋家のメンバーの方たちやサラヴァ東京の方ともお話させていただき、さながらぴろよサロンといった趣。
渋家を知らなかった私には「ああ、だからああいうドラマが流行ったのか」等々、答合せみたいでワクワクもした。
今の20〜30代の人たちに一目置いているのは、大人が構築した経済のスキームみたいなものをふわっと遊んでしまうようなところだ(我々プレ高齢者は学ぶべきじゃないか)。

現代美術家の金藤さんは遊女の歴史を訪ね歩く著作もしておられて、有名な新宿の投げ込み寺である成覚寺についてもご本があり、あの近所に5年余住んでいろいろ体験した身としては興味深いお話を伺った。

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 *岡本太郎現代芸術賞作家・金藤みなみさんのご本

増田ぴろよ氏個展「正しい娘」は7日(日)まで16〜23時。
5日は21時〜アーティストトークあり。
入場料1000円(ほとんど赤字なんじゃないかと心配)。
しかしそれにしても「正しい娘」とは秀逸なタイトル。
この言葉に引き摺られて人生ややこしくしてしまった身としては泣きたくなる。
ぴろよ氏がこの世にいてくれて本当によかった。
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ライフスタイルグッズOVOオフィシャルサイトに広報宣伝顧問としてスペシャルコラムを執筆しています。気になる第1弾は膣トレ。セックスのためだけではなく、現代女性の健康の弱点をパワーアップする膣トレの秘密とは?
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セックスワークサミットでの講演の模様が弁護士ドットコムニュースに掲載されました
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書籍が出ました


女性の妄想にアクセスしてちょっと変態なエッチに誘うトーク術のハンドブックが登場! 不埒なことを真摯に研究する神田つばきの書下ろし三和ムック。三和エロティカまたはamazonで!
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