神田つばきな日々

専業主婦からライターに。更年期医療から女性発信のアダルトコンテンツまで
女性と「性」の関わりを多角度から追求する神田つばきのページです。

社会との連動を止めることはできない

猫町倶楽部読書会では『ゲスママ』の中に書いた「ザクザクする」という性的な概念について語った。
ザクザクはアレクセイの造語で、私たちはSMやSEXという言葉の代わりにザクザクすると言っていた。
文字通り、お互いの存在の深いところに相互に突き刺さりたい、という願いがあった。

1965年の映画『コレクター』(テレンス・スタンプ主演)からはじまり、

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マンディアルグの小説『オートバイ』を映画化した『あの胸にもう一度』(アラン・ドロン、マリアンヌ・フェイスフル主演)の70年代センスが美しいポスターやら、

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世紀末の(まるで明日が無いことを前提として燃えるような)エロスの象徴としてのクロ―ネンバーグ監督『クラッシュ』、

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そしてカニバルコープスのCDジャケットと川鍋暁斎の『処刑場跡描絵羽織』の類似したザクザクの図案などを紹介するうち、しゃべり出したら止まらなくなってしまった。

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かつては行為などなくても、これらの図版だけで脳髄から下半身まで一気に興奮したのに(そして私は強すぎるその興奮に後ろめたさを覚えていた。こんな概念があるかどうか知らないが、反社会的な性興奮だと思ったのだ)、今では湿気た花火のよう、二度と着火することなく精神と肉体をがっちり縫い付けていたあの線は失われた。

私はその境い目にどんな事件があったかと考えるが、時期的に「閉経」と「東日本大震災」だったと思っている。
理屈ではなく、ザクザクに感じなくなってしまったのだ。
東京女子エロ画祭の出品作品から、小田嶋さよさんの『女は女である』と冠木佐和子さんの『肛門的重苦』を上映したが、冠木さんも作品概要の中であの地震について言及している

私にとってエロスは個人的体験だけでなく、社会の動きとも連動したり干渉したりするものなのだと思い知った次第。
そんな今、芸術と社会の連繋に関するシンポジウムが開かれるそう。
芸術が社会と連動するように、エロスもまた。

中国とアメリカを採り上げるそうで、かなりボリュームある内容になりそうです。
先日、ケロッピー前田さんのオキュパイスクールにいらしていた斉藤有吾さんから「こんなのがありますよ」と教えていただきました。

ご興味ある方は→https://amseaut.blogspot.jp/p/event.html

事前読書会「神田つばきが選ぶ三冊」報告(後)

(承前)
そんな中の一冊が『カタカナ三十九字の遺書』は『脳病院へまゐります。』に併録された中編で、絶版しているがamazonで古書を注文できる。
この仮面読書会では、猫町倶楽部の山本タツヤ代表のご厚意により、参加希望者のために古書が集められ進呈された。
刊行後10年の今、ぜひ若い皆さんに読んでほしいという私の願いを汲んでくださり、とても感謝している。

若合春侑さんは文學界と野間の新人賞を獲り、脳病院も『カタカナ』も芥川賞候補となったが惜しくも逃し、その後著作は多くない。
この美しい表紙の本は、中の装幀も凝っていて文体と見事に合っている。

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脳病院は歌舞伎や講談に見るような諧調を持った文体で、少しずつ増していく女の狂気を音楽のように描いている。
『カタカナ』は逆に一人称でありながら、ある意味自分自身を放棄したような客観の視点と口調に引き込まれる。
私なんかが説明すればするほど若合文学の魅力が伝わらなくなる、とにかく読めば、一行読めばやめられない力を持った蠱惑の書なのだ。

題材がエロティックであるために、文章自体に力があるのをそのテーマゆえと下司な勘繰りの減点がなされた可能性はないだろうか。
逆に、官能を目的としてこの本を読んだ人からは、『カタカナ』の終わりのくだりは余計であったと、これまた不当な評価をされてしまうのである(そんな文章をどこかのブログで読んで悲しかった)。
あの最後のくだりにこそ、人間が残酷なのではなく、人間の営みが残酷を孕んでいて、私たちはその毒の莢を突かないよう慎重に、慎重に生きている哀れな存在だという真実が描かれているのだ。

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性のオデッセイは、自分は一人ではないと、このズブズブに汚水を吸った土嚢のような重たい性を共に担ってくれる男性がどこかにいると信じて、訪ね廻る遍路の旅だった。
しかし、これら三冊の本はとっくに予言していた、お前は一人だと。

私はそれが恐かった。
怖いからそうではないということが証明したくて、自分の身体を使って証明実験を繰り返したんだけれども、辿り着いたのはポップに言えば「私のご主人様は私」ということであり、「生まれるときは母と一体、死ぬるときは一人」という当たり前の事実であった。
探し求めた宝石が、埃をかぶって縁日で売りに出ているのを見つけたような気分ではあるが、平穏であることは間違いなく、六歳ぐらいから己に対して抱いていた懐疑と苦しみは消滅した。
そして二度と戻らない。

三つ目の茶菓の提案は『ゲスママ』の内容にちなんだものであった。
『ゲスママ』にちなんで 「そんな私にも例外があって、それはチョコレートと餃子だった。」 餃子と中華菓子と中国茶。 もしくは、「デメル」のチョコレート菓子とコーヒー
と、本に対する思い、私個人の追憶を茶菓にこめようと勘案してくださった。
細やかなお心遣いに深く感謝している。
そして、読書家であるマーガレットさんに拙著を読んでいただけたことは、とてもうれしい。


懐疑と苦しみが消滅した今、自分は記憶の番人でしかなく、それはそれで侘しくもあることは不思議だ。
……と、猫町倶楽部さんのおかげで、このような贅沢で濃厚な時間を持たせていただくことができた。
あの世紀末、90年代の後半からゼロ年代前半の耽美と退廃の夜の匂いが、いっとき復活したような三時間だった。

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前述の作家さんが『カタカナ』をたいへん気に入って読んでくださり、

「僕はもしかしたら、こういうことを女性に対してしてしまう人間かも知れないと思った」

と静かな声でおっしゃったのがズ、、、ンと身体の奥に響いた。
人の内奥からこぼれ出る言葉は体液や性器、裸体などより、よほどエロティックで到底意図的に切り取って見せることのできない貴重なもので、人を圧倒するのである。

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18禁仮面読書会−猫町UG「ゲスママ」読書会&神田つばきトークショー

事前読書会「神田つばきが選ぶ三冊」報告(前)

メディアが発達し多様化することはよろこばしいことなのに、人間の五感と時間と脳の容量と処理能力には限界があるから、すべてのメディアを駆使して学んだり楽しんだりすることはできないという【考えてみればあたりまえのこと】がしみじみ分かってきた、今現在。

インターネット普及前に行われた活動、VHSでしかリリースされなかった作品、廃版になってしまった作品、デジタルカメラがなかったころに起きた出来事……
限りなくありそうだ。

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消えてしまったものは、残されているものと比較して相対的に価値が低いもの、と決めつけてしまえば悩みもない。
あるいは価値=経済価値であると。
しかし、現実にはそうではないということを、現物が消えかつ個人の記憶からも消えてしまったら存在しなかったことになる価値あるものたちが数多あることを、私たちは密かに思い知らされている。
そういったものたちに言及することを怠っている自分の、襟髪をつかんで揺さぶっているのは何者(だれ)だ?

   ×      ×      ×      ×

8/19(土)のゲスママ読書会に先立って、猫町倶楽部さんが8/12(土)に『神田つばきが選ぶ三冊』というミニ読書会を新宿二丁目のブックカフェ「オカマルト」で開いてくださった。
この日、私が選んだ本は、

『O嬢の物語』(ポーリーヌ・レア―ジュ)
『カタカナ三十九字の遺書』(若合春侑)
『桜の森の満開の下』(坂口安吾)

O嬢は猫町で三回も採り上げているそう、私がSM(この用語が好きじゃないけど、便利なので使います)をしてきた人間なので、「何はともあれ最初に一献」て感じで選んだ。
私は何度もO嬢を買っては捨てた。
恋人ができたり、結婚したり、何かあるたびに私は被虐の欲望から逃れ、なかったことにしようとしたからだ。

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いま手元にあるのは子宮摘出の少し前に買った澁澤龍彦訳の河出書房文庫版だが、参加されたある人気作家さんから、もっと若い翻訳者が手がけたO嬢の文体もなかなか良い、と聞いた。
高遠弘美氏の訳本だろうか、澁澤でなければと思いこんでいた私には貴重な情報で、こういう発見が読書会のよさなのかと知った。

ここで会場のブックカフェ「オカマルト」店主DQマーガレットさんからは、お客様をお迎えするお茶とお菓子の案が三つ出された。
どれも魅力的で私たちは悩みに悩んだあげく、いや他の二案を排するという責め苦に呻吟したあげく、

『Ο嬢の物語』にちなんで「その色はヴァニラと苺とピスターシュを混ぜたアイスクリームの色のようにやわらかい色調だった。その色を見たおかげで、Oは食後に、挽いた巴旦杏ねり菓子と生クリームのついたアイスクリームを注文しようという気になった。」
ラズベリーのソースを添えたアーモンドプラリネアイスクリームと、お茶は「マリアージュ・フレール」の「エロス」。


このご提案のセットをお願いした。

安吾の小説は、戦後のあの時代の作品ゆえに読みながらギシギシすることが多いのだけれど、『夜長姫と耳男』と『桜の森の満開の下』は透明感ある甘露で、いつまでも口にふくんで舌のうえを転がしていたくなる美文だ。
私はこの話に出てくる「女」を皆さんが好きかどうかお聞きしたかった。
果たして男性は「好きではない、怖い」と言い、女性参加者は全員がためらいなく「好き」と言った。
これは果たしてどういうことか、じつは私ももちろん好きなんである。

最期の「女」は切なく、哀れに感じる。
すべては夢か幻だったのだ、只の人であったのだ、という感慨は性のオデッセイが終わったときに私が【男たちに】感じたことと似ている。
私を責めて苛んで、甘くて熱い死をもたらそうとしたはずの男たちは、実は善良でまじめな人間でしかなかったのだと理解したとき、私は被虐の欲望を失った。

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あの山男が仕えていたのは、美女に姿を変えた鬼なんかではなかった。
彼は自分の内なる魔性に服従させられ、畏怖を捧げ、本能を解放したのだと思う。
……私が男に生まれていたらどうだったであろうか。
性愛の世界において女性は客体に固定されがちであるために、私のオデッセイは大きな事故を起こさずに終わることができたと思うと背筋が冷たくもなる。

幼い頃から醸成してきた欲望を一瞬にして失ったのは、私の肉体の一部を男が食べなかったからだ。
私はあの日までに自分を「ザクザクする」ためにあらゆる手段を試していたけれど、男性に生まれていたならば、もっとたくさんの実験が出来たのではないか。
そして、それは成功してしまったのではないか。
男は女より残虐だとか暴力的だとか、そんな話をしているのではなく、そう認める。

マーガレットさんから出された二つ目の茶菓の案は、この短編から考えてくださったものだ。
『桜の森の満開の下』にちなんで桜をかたどった「とらや」の最中「御代の春」と、煎茶。もしくは、桜のマカロンとコーヒー。
今が冬であったなら、迷わずこの桜のセットにしたと思う。
そしてまた、とらやとマカロンで苦悩する時間を愉しんだと思う。


この本はとうに絶版だけれど、著作権が切れているので青空文庫で読むことができる。
問題は店頭から消えて久しいけれども、青空文庫に入るにはあと数十年ある著作がこの世にはたくさん存在する/存在した。
教科書に掲載されたり全集に収録される作家でもないかぎり、それらの著作は人々の記憶から抜け落ちて、なかったようになってしまいそう。
数十年という時間はとても残酷だ。
(続く)

18禁仮面読書会−猫町UG「ゲスママ」読書会&神田つばきトークショー

『仮面読書会』のお誘い

猫町倶楽部という読書会で、『ゲスママ』を採りあげてくださることになりました。
もとは技術書を読む名古屋の読書会で、今は文学をはじめさまざまな分科会を持ち、全国で展開している日本最大の読書会。

その分科会の一つ、猫町アンダーグランド(猫町UG)で『ゲスママ』について80名ほどで語り合ってくださるそうです。
こんな光栄でうれしいことがあるなんて、もう寿命が尽きてしまうんじゃないかと不安になります。
日時は8月19日(土)の14時30分からです。

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猫町UGはUGだから、仮面着用がドレスコードです。
日常のご自分から少し遠くへ、心の旅行をしてください。
お面でも目出し帽でもキャットマスクでも、もちろん本格的なヴェネチアンマスクでも良いそうです。
マスケラを付けた80人の方の前でお話をするなんて、どんな気分になるでしょうか。
想像もつかないのですが……。

若林美保さんのダンスパフォーマンスのあと読書会、それから私のトークショー、懇親会となります。
私の持ち時間、全部お話では聴く人が疲れてしまいそうです。
親娘の問題など本に書いたことについては、読書会でテーブルを回って皆さんとお話をするので、トークと重複するかも知れません。
それなら、言葉では伝えきれないことを―

「ザクザクするとは何か」

を、主に映像で見ていただこうと思います。
トーク<ショー、で行きましょう!……

‥豕女子エロ画祭の作品
◆屮殴好泪沺廚暴个討る薫と制作した映像
6枅美研究会のビデオを制作していた不二企画の出演作品

いずれも性交はしていない作品ですが、△鉢に関しては、さらに過激ではないところを選んで映写します。

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(映写に関しては、イラストレーター&映像作家の小田嶋さよさん、不二企画の春原悠理さんのご協力をいただきました。ありがとうございます。)

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ザクザクという言葉にこめたいろんなものを―
さまざまな瞬間、さまざまな人とそれを実感したはずなのに、今はどこかに消えてしまって二度と得られないザクザクを共有していただけたら嬉しいです。

お席があと6席ほどになりました。
お申込ボタンは" target="_blank" title="">猫町倶楽部さんの記事のいちばん下にあります。
ほかではできないお話ができる機会ではないかと、一人でも多くの方のご参加を渋谷『SuNaBa』でお待ちしております。

猫町倶楽部はなぜかカップル誕生率が高く(出会いを目的とした会では決してないのに)、これまでに50組ものカップルが誕生しているそうです。
本はあくまで媒介物で、ふだんは誰にも見せない心の深いところを開く、ということが読書会なんでしょうか。
どうぞよろしくお願いいたします。

監獄同級生だった貴婦人たち

日刊ゲンダイさんに『マゾ女のキス』という連載を書かせていただいている。
毎週水曜日掲載ですが、一回の原稿のためにたっぷりネタ出しをして、それを副編集長さんが抜粋して編集してくださる。
つまり、私は自由に書かせてもらっているんです。

こんなの初めて。
駆け出しの40歳そこそこの頃とはちがって、私の体験じゃなくていい、知っていることをどんどん書いていいと言われて……
二十歳のころ、エロ本を買う勇気がなくて澁澤龍彦さんや塩野七生さんの本から必死で妄想を掻き立てていた。
その頃買った本を紐解き、奔放な性を謳歌したルネッサンスの女たちの性生活を紹介したり……
津山三十人殺しを描いた映画『丑三つの村』から、赤松啓介さんの『差別の民俗学』を調べて夜這いについて書いたり……
なんだかワクワクする。

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テレーズ・カバリュス

求められるままにあらためて調べて、発見の連続。
今日知ったのは、フランス革命の終焉となったテルミドールのクーデターの発端は、テレーズ・カバリュスという女性の投獄から始まったということ。
彼女はなんとこの時、後のナポレオン夫人となるジョセフィーヌ・ド・ボアルネと「監獄での同級生」だった。

テレーズはセフレに手紙を(一度ならず何度も書いて!)「クーデターを起こして私を救出しろ」と言い続けた。
セフレのタリアンは真面目以外に取り柄のない書生さんだったんだけど、根負けするように彼女の言う通りにしてロベスピエールを失脚させ、革命を終結させたということらしい。
一方、ナポレオンはテレーズに惚れていたんだけど振られてジョセフィーヌと結婚した。

彼女たちの性的な話は来週のゲンダイのネタばらしになってしまうので省略します。
すごいなあと思うのは、タリアンはその後失脚したし、ナポレオンも失脚した。
この獄中同級生な二人、現実にはジョセイフィーヌが十歳上だが、どうもテレーズがお姉さん格でジョセフィーヌが妹分という感じがする。
男たちは失脚したけれど、彼女たち二人の人生はそれでも色褪せなかったのだ。

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ジョセフィーヌ・ボナパルト

ジョセフィーヌは死ぬまで「フランス皇后」の称号をはく奪されず、年金も充分にもらい、テレーズから払い下げで回ってきたナポレオンと結婚したとはいえ、「ボナパルト、ローマ王、エルバ島…」と呟いて亡くなったとされ、ナポレオンの最期の言葉は「フランス、陸軍、陸軍総帥、ジョゼフィーヌ…」だったそうだから、生涯を通じて愛に充たされた幸せな女性だったと思う。

姉御肌のテレーズはその後も男を乗り換えて(私が読んだ範囲でも夫らしき男性が5人出てきた)、いつまでも政治とファッションの中心に居続けた。
最後の結婚後の30年間は穏やかな生活を送り、
「若いころのことは小説みたいだわ」
と振り返っていたそうな。
彼女も生涯を通じて「テルミドールの聖母」と呼ばれ続けた。

遠い国の三世紀も前の女性の一生の、ほんのわずかな足跡をたどったに過ぎないのだけれど、
「よかったわね。二人ともカッコいいわ」
と囁きたくなるような、本日の原稿書きであった。

緊縛師を紹介しなかった理由

さいきん立て続けに若い女性の方から、
「女性の緊縛師さんを紹介してください」
と言われることがありました。
いずれも若い女性からの依頼で、

「イベントを企画しているので、縛りのショーも見せたいんです」
「AV監督をしているので、緊縛のある作品を撮りたいたんです」

同じ業界に身を置くものとして、また女性の業界人を育てるためにも一肌脱ぎたいきもちになるじゃないですか。
いずれも交流のある人ではありませんが、女性の活躍を応援したいです。

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*画像は風見蘭喜氏の縛り(2006年)

しかし、メールや人づてでお話をうかがううちに、「あれっ、これはまずいぞ」と思いました。
いろんな縛師さんの名前をご存じで、あの人がダメならこの人を紹介してくれと、次々と名前は出てきます。
さぞかし縛りのショーが好きなんだなと思うと、そうでもない。
それどころかそんな場には行っていない、別に憧れもない。
ただ、どうやら世間のハコでは縛りをやって見せているから…、女性緊縛師のほうがAVのパッケージの見栄えがいいから…、そんなふんわりとした動機から思いついたことにすぎないのです。

それでは私は緊縛師さんを紹介できません。
いいえ、してはいけないと思いました。

緊縛はつねに危険を伴うので、緊縛師さんは計算に計算を重ね、慎重に慎重を期し、全神経を研ぎ澄ませて縛っています。
それは大技(吊りなど)があってもなくても変わりないのです。
なぜそんな危険なことをしてまで、女性を縛るのか―それを今書こうと思いましたが、やめておきます。
それは頭で、理屈で知ることのできないもので、そういうふんわり監督やふんわりイベンターの人が文章だけ読んで知ったつもりになるのがいちばん恐ろしく、事故にもつながるからです。

こう書くと意地悪のようですが、私は意地悪ではありません。
それは真剣な縛り手の縛りを見ていれば、おのずと伝わるものだからです。
女性がどんな思いを抱えて縄に身をあずけているか、それは理屈ではわからないものだからです。
今は良い時代で(そんなの日本だけだからね)、そんなに高いお金を払わなくても、ハプニング・バーなどで縛り師さんのショーを見ることができます。
イベントやAVで縛りを見せようと思うなら、少なくともそういう場に出かけて行って、何かをつかんでから人に頼むべきでしょう。

そうまでする時間や予算がないというのなら、「縛りでも」見せるのはやめたほうがいいです。
プライベートとは違い、一定の時間縛られたまま耐えなければならないモデルさんの負担は、大変なものがあります。
縄はどんなに熟練の人が扱っても、一つ間違えば大きな事故につながる「武器」になり得ます。
そうならないように縄師は緊張してその場にいますから、監督やイベンターがそれをわかっていてくれないと困るのです。

繰り返し言いますが、意地悪からではありません。
むしろ彼女たちのために紹介を断ったつもりです。
「ふんわり仕事」に力を貸すことは誰のためにもならないからです。

本気で「こういうことをしたい、あの人のああいう力を借りたい」と言ってくれたら、いつでも応援しますからね!

「正しい娘」〜増田ぴろよ個展

テキスタイルとキルトワークのアーティスト、増田ぴろよ氏との交流は2013年の第三回東京女子エロ画祭にぴろよ氏の作品をノミネートして以来だから、もう四年にもなるのか。

ある意味、長い四年間だった。
彼女と親しくなるのには時間が必要だった。
私が臆したからだ。

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 *個展のおみやげ仝堕衂覆圓蹐茱ルト柄コースター

上記のノミネート作品で彼女が披露したテーマはあまりに重篤なものだったので、私は彼女と親しくなりたくて仕方がないのにひと息に近づく勇気がなく、にじり寄るようにして惹かれていったのだと思う。
重要ではなく重篤と言ったのは意味がある。
私は母の家系の排他的母系エネルギーとスキームがあればこそ女一人で自立できたのに、同時にそのことに一生傷つき続けるからだ。

彼女の作品の豊かな発想と美しさはリンクを見ていただくとして、自分以外にも母系家族という永久機関のようなエンジンに磨り潰されそうになりながら、怨嗟の煙を吐いて軌道の上を走り続けるしかない女がいたことを知った!
まさに「私ってかわいそう」な世界の囚人は、ほかの房にもいたということである。
それが増田ぴろよ氏だ。

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 *個展のおみやげ△わいそう水がベッドイン

もしぴろよ氏と出会わなかったら、拙著『ゲスママ』の第二章はなかっただろう。
時系列をややこしくしてまで母と祖母の物語を書いたのは、ぴろよ氏の作品に影響されて、私が自分の性を少し客観的に観察できるようになり、親子三代の連綿と繋がる呪いの臍の緒を見てしまったためだ。

つまり、「彼女と親しくなるのには」というのは取りも直さず、
「この人とちゃんと会話できるようになるには、自分の洞穴を掘らないとダメみたいだよ」
と気がついていたからなのだ。

ぴろよ氏が歌舞伎町の高級クラブを借りて個展をやっているというので、昨夜お邪魔してきた。
お客様がどんどん入ってくるので、ぴろよ氏を独占したい私は巻き進行で、舌も巻き舌気味にベラベラしゃべりまくって、ぴろよ氏とまた新たな呪いの緒を二本ぐらい縒り合わせることができて深く満足した。
あれとあれは禁断の話題だよね、放送禁止トークイベントやりたくなった。

いやもう、私にとっては魂のデトックスであった。
……って個展の感想としてはおかしいのですが。

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 *ギンギラギンの道祖神。ミラー仕上げで見るものの顔を映し出す。正式な作品名は「鎮魂のミラーボール」

時間とともにお客様でにぎわってきて、渋家のメンバーの方たちやサラヴァ東京の方ともお話させていただき、さながらぴろよサロンといった趣。
渋家を知らなかった私には「ああ、だからああいうドラマが流行ったのか」等々、答合せみたいでワクワクもした。
今の20〜30代の人たちに一目置いているのは、大人が構築した経済のスキームみたいなものをふわっと遊んでしまうようなところだ(我々プレ高齢者は学ぶべきじゃないか)。

現代美術家の金藤さんは遊女の歴史を訪ね歩く著作もしておられて、有名な新宿の投げ込み寺である成覚寺についてもご本があり、あの近所に5年余住んでいろいろ体験した身としては興味深いお話を伺った。

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 *岡本太郎現代芸術賞作家・金藤みなみさんのご本

増田ぴろよ氏個展「正しい娘」は7日(日)まで16〜23時。
5日は21時〜アーティストトークあり。
入場料1000円(ほとんど赤字なんじゃないかと心配)。
しかしそれにしても「正しい娘」とは秀逸なタイトル。
この言葉に引き摺られて人生ややこしくしてしまった身としては泣きたくなる。
ぴろよ氏がこの世にいてくれて本当によかった。

極度乾燥(しなさい)

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はUKの服ブランドで日本に店舗展開していないことから、海外旅行のお土産にすると喜ばれるみたいです。
デザインとカラーはアバクロみたいな感じで着やすそう。

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日本語がそこはかとなく間違っているので、日本人としては「うずっ」となるのですが、この疼きもまるごと着るのは楽しいんじゃないでしょうか。
「ベッカムも着てる」そうですし。
なんかゴチャゴチャっと書いてあるのもよく読むとおもしろい。

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NAVERまとめに「日本出店しない理由はSUPERDRYの登録商標はアサヒビールが持っているから」と書いてありましたが、これは事実ではないと思います。
商標権の侵害というのは……

商標と商品の両方が同じだったりソックリだったりすると、商標権を侵害したことになります。

たとえばアサヒビール以外の会社がSUPERDRYというノンアルコールビールを売りだしたり、綴りを少しだけ変えてSUPERDROPというビールを売りだすのは民事だけでなく刑事で処罰される可能性があります。

でも、ビールや類似の商品でなければお咎めはないはず。
消費者にとって紛らわしくなければ、名前が同一だけでは問題とされません。
たぶん商法37条1号に書いてあります。

「神田つばき」をエゴサーチすると、神田の居酒屋つばきも出てくることを思い出しました。
ちなみに商標の類似はまったく同じ名称ではなくても、

見た目の字面が似ている(外観類似)
音声にしたときに聞き間違える(呼称類似)
意味が同じ(観念類似)

なども商標権の侵害となります。
SUPERDROPは外観類似かもです。

何が言いたいかというと、まとめは便利ですがニュースではなく、書いた人の主観や錯誤もあり得るということでした。

かがり系。

たびたび映画『ゴンドラ』と『シン・ゴジラ』のことを考える。
女の子と怪獣のことを考える。

ゴンドラは30年前に撮影された映画だし、ゴジラという怪獣の誕生は1954年である。

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おこがましくも2017年版『ゴンドラ』の劇場パンフレットに「冷蔵庫のなかにあるもの」という一文を寄稿させていただいた。
ゴンドラは少女かがりだけの映画ではない、手本とするべき母親像を喪失したまま子育てする私たちの物語でもあると、そんな意味のことを書いた(つもりだ)。

しかし「奇跡のロングラン」と言われ、都内で一週間の予定が四館目、九週に突入しようという今、この映画がなぜこれほど見られているのか、少し気づいたことがある。

それは、かがりの子どもらしくない声の低さである。
大人の声を遮って、心に刺さった棘を引き抜いて投げつけるような、冷えた激しさである。
子役って、泣いたり笑ったりして大人のシンパシーを誘う芝居をするんじゃなかったのか。

かがりはちっとも可愛くない。

そこが、よかった。
高い声でヒラヒラと笑いしゃべるヒロインには、もういい加減うんざりなのだ。
『マッド・マックス4 怒りのデスロード』のフュリオサなんか、始終怖い顔で怒ってばかりいた。
だから三回も劇場に行き、DVDまで買ってしまった。

そう言えば『シン・ゴジラ』の尾頭ヒロミも可愛くない。
可愛くない人ゆえにいじらしくて、愛しくて、応援したくなる。

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ニコリともしない尾頭が、ヤシオリ作戦が成功したときにたった一言「よかった」と漏らす。
あれがもっとも笑顔に近い瞬間だが、後はうまく表情がつくれないタイプの人のようだった。
もっと華のあるセリフを語りそうなシーンなのに、「よかった」としか言えない、影の存在でいることが沁みついている尾頭はすごくいい。

『シン・ゴジラ』にはほかにも女性が出ていた。
石原さとみのカヨコ・アン・パターソンは美人とはいえ闇が深そうだし、精神的に正常ではないような気もする。
少なくともこの女性、男にアゴクイされてウットリすることは、恐らくないであろう。

そして余貴美子の官房長官も正気と狂気のスレスレな感じがキレキレであった。
「総理、いいんですか。本当に撃ちますよ」は葛城ミサトのメンタリティでは絶対に出て来ない、鉛の玉のような言葉だ。

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みんな「かがり系」の女だ。

怪獣は私たちが子どもだった昭和中期と同じ姿で、海の底から同じように現れる。
しかし平成のここにはもう、長い髪をヘルメットに包み、可愛い声で絶叫する女性隊員はいないのだ。

ゴジラはもしかしたら牝*なのかも知れないとふと思った。
ラスト近く、ゴジラの尻尾からニョキッと出ている人間の手や顔とおぼしきものは、どこかに棄ててきた過去の私の部品なんじゃないかと思ったりもした。

(*公式には牡であると発表されている。)

映画だらけ。

立て続けに、

・田原総一朗の遺言「永田洋子と連合赤軍」
・「ラブレース」
・田原総一朗の遺言「鈴木いづみ 伝説の女優作家の誕生」

を見る。
思想的に方向付けをしようと思って見たのではなく、むしろ逆かも知れない。
最近の状況のなかで、自分がバラバラにならないように見たような気がする。

鈴木いづみが自殺したのは映画『ゴンドラ』公開の年で、私が長女を産んだ年だったことを知った。
若松孝二監督の談話がとてもよくて、また見たい映画がふえた。

昨夜はオカマルトに長沢節さんの「セツの100本立て映画館」を携えて行き、映画に造詣の深いお客さんと「地獄に落ちた勇者ども」やもっと古い映画の話をした。

そこまではよかったのだが、その方が帰られてからタガが外れた。

若松監督「ピンクは世間から”あってはならないもの”と言われ続けなければダメなんです」

マーガレットさんと「なぜオカマはオカルトなのか」という話をしたこととつながる。
でも私は少し言葉がきつかったな。恥ずかしい。
本当は自分がいちばん臆病なくせにだよ、私は。

(私がエロでSMだから子どもたちは長いこと傷ついてきたし、それを挽回して明るい笑顔にしてやろうと表の世界に露出して、ますます子どもたちを傷つけ続ける私は臆病で姑息だ。
ラブレースを見てそのことを思い出して、自分の行動にうんざりした。)

世間から認められたいと願う人たちの気持ちは、痛いほどわかる。
でも、きっと、いや確実にそういう姿勢を取った瞬間に芯が崩れていくのだ。
「ゲスママ」だってオカルトだよ。
だから「こんな生き方誰にもお薦めしません」と言い続けてきた。

鈴木いづみが阿部薫と言い争いをして足の小指を切り落としたことを、水道橋博士は「そういうことをしてしまうほどの愛情」とサラリと言ったけれど、それでは意味がわからないような気がした。

尊敬と愛情で相手と合一したくてたまらなくて、それでも捨てられない自我への執着と葛藤だと思ってしまうのは、私が傲慢で攻撃的な人間だからなんだろうか。
私が乳首を落としたのは愛情表現などでは断じてなく、身動きできない状況から自分を救出したかったからだ。

そこを確認したくて、若松孝二「エンドレス・ワルツ」「キャタピラー」、田原総一朗「あらかじめ失われた恋人たち」を借りて帰りたいのだが、TSUTAYAカードを忘れたのはいつものこと。
新連載コラム

ライフスタイルグッズOVOオフィシャルサイトに広報宣伝顧問としてスペシャルコラムを執筆しています。気になる第1弾は膣トレ。セックスのためだけではなく、現代女性の健康の弱点をパワーアップする膣トレの秘密とは?
講演「性の文化とAV」


セックスワークサミットでの講演の模様が弁護士ドットコムニュースに掲載されました
書籍が出ました


「ゲスママ」9/10刊行
私はなぜ異端の性を求めたか―神田つばき初の自伝的私小説。刊行・コアマガジン帯文・宮台真司(社会学者)
脚本担当しました


安藤ボン監督・藤崎ルキノ主演『別の顔』、2014年ゆうばり国際ファンタスティック映画祭フォアキャスト部門にて初上映。脚本で参加しました
書籍が出ました


女性の妄想にアクセスしてちょっと変態なエッチに誘うトーク術のハンドブックが登場! 不埒なことを真摯に研究する神田つばきの書下ろし三和ムック。三和エロティカまたはamazonで!
大人のケータイ小説


いつでもどこでもケータイ・スマホ・PCでも読めるR18官能小説!毎日更新中!神田も毎夜読んでます。
投稿官能小説のコンテストの審査員を務めさせていただくことになりました。どの作品が受賞するのか楽しみです!
週刊現代10月26日号


「実はみんなやっています 明るく楽しいSEX生活 2013」にコメントを寄せています。だって本当にやってるんだもーん☆
壮快11月号


9月16日発売! マキノ出版『壮快11月号』の特集「下半身の活性術」で「女性の体は休火山! 豆腐タッチでイキやすく…」というお話をしております。
週刊現代6月23日号
熟年セックス講座
「50歳から妻とやり直す」


セックス研究家兼ライター・神田つばきとして「中折れを愛でる」というお話をしています。
神田つばきの提言


「すべての女性の活躍のために女性ホルモン値検査を」女性特有の健康問題の観点から、一億総活躍社会への提言をしています。女性の健康と更年期のブログもこちらから。
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    • 事前読書会「神田つばきが選ぶ三冊」報告(後)
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