2018/04/13

セルフポートレートと女たち

写真を撮る撮られるということは、実はとても残酷なことなのだ。
それは視線でえぐり、えぐりとられるということだから。

マキエマキさんのご厚意により、あさっての大人の学校・神田ゼミで『自撮りカレンダー熟女』を映写させていただけることになった。
ご来場の皆さんにマキエさんの純粋でやさしいエロスを見ていただけることが、とてもうれしい。

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4/15の大人の学校・神田ゼミの1限目では平成のエロ年表を振り返る。
ここのところ世間を賑わせているアラーキーこと荒木経惟氏について、森村泰昌氏が1996年1月臨時増刊号のユリイカに「アラーキー殺害計画」という一文を書いているので、これを採りあげようと思った。

アラーキーは女の子たちにとって道具なのだ、と。
何の道具か。
セルフポートレートの道具だ、と。
カメラを持たず、写真技術を持っていないからアラーキーを使って撮るのだと、そんな文意だった。
1996年当時は自撮りできる携帯はなかったし、デジカメも自撮り機能はまだなかったんじゃないかな。

(森村氏の言っていることは当たっているし、私も身におぼえがある。
私は自分を写真でみたかった。
自意識を脱いでみたかった。
だから緊縛美研究会で撮影されたんだと思う。)

この森村氏の文章はかなりリツイートされ、
「森村氏の予言どおりアラーキーは女の子から逆襲された。
ただし、カメラじゃなく言葉で」
というような論調になってきている。

そんな今、平成30年。
言葉じゃなくてカメラで自分を撮ったマキエマキという女性が東京女子エロ画祭でグランプリとニコ生賞を獲った。
手すさびではない。
彼女は本職のカメラマンで、自分を被写体にしてエロスを撮り、グループ展やコンペティションに出品する稀有な人だ。

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*写真はマキエマキ氏の4/20のイベント

彼女の活動は森村氏の一文と対になっている。
撮られるしか手段がなかった女の子たち、の中から自分を撮る女も羽ばたいていたのだ。

私たちは彼女の写真によって救われる。
女としての価値を値踏みする視線からも、エロスを求めた瞬間に性欲の対象物に貶められる運命からもだ。

前売り券2000円まだ、まだまだあります(涙)
皆さまのお越しをお待ちいたしております!
お申込はコチラから承ります。

神田つばきtsubakism at 23:13

2018/04/09

平成元年、「私はライター」と妄想していた…

あまりに切ない……。

4/15の大人の学校で使うため、平成を振り返る年表をつくっていました。
ゲスト講師をしていただく芳賀社長と、平成元年ごろの写真をアップしようということになりました。

当時まだ私は専業主婦、一度だけ公募ガイドに「投稿マニア」として掲載されたことがあったっけ、と思い出し本棚を探したところ、とってありました。

公募ガイド


しかも日付は1989年、平成元年8月号で、取材を受けたときにはまだ29歳だったんですが、いやあもうショボくて切ない……。
「ライター気分で」というコピーに、絶対にライターにはなれないであろう気配がただよっていますね。

どうしても婚家の了解がえられず、1986年に妊娠9カ月で会社を辞めたものの、家事にも育児にも適性も興味もゼロ。
劣等感と会社ロスに苦しんで精神的に崩壊寸前でした。

そこで現実逃避から新聞雑誌への投稿をするようになり、

「私はフリーライター、家で子育てをしながら物書きで食べているシングルマザーなの。……」

と妄想して投稿しているんです、と公募ガイドの投稿マニア紹介に応募していたようです。

投稿はボツの嵐なのに「これは原稿。ウフフ……」とか妄想する日常。
取材に来た若い女性ライターは、ヘタクソな文章を翻訳コンテストや映画雑誌に送りつける私のことを「度胸がある」と書いていましたよ。
いやもう、自分で自分がかわいそうになるぐらい切ない。

平日は朝まで帰宅しない夫のことも、
「彼は週末になると家に来て一緒に過ごすわ。子供たちも彼が大好きでなついているみたい……」
と、現実をねじまげて妄想。
なついて当たり前、実父なんだからさ!!

この取材は5月の初夏らしい日で、でも風がとても強くて、髪がぐちゃぐちゃの写真しか撮ってもらえなかったんでした。
それでも必死に笑おうとしている自分が情けない、いろんな意味で。

この切なくつましい妄想生活は、この後離婚するまで8年間も続きます。
万事消極的で劣等感に苛まれていた私が、自分らしい生き方がほかにあるんじゃないかと思うようになったのは、実は社会の事件・事象と無関係ではありません。

4/15は、そんなことも年表から拾っていきたいと思います。
ちなみに平成元年ごろ、小学生だった芳賀さんの可愛い写真も初公開させていただきますので、お楽しみに。

神田つばきtsubakism at 12:33

2018/03/28

エロスは何処へむかうのか

平成元年(1989年)あなたはどこにいましたか?―

エロスとは何かを思索する神田つばきの「大人の学校 神田ゼミ」、第1回は親友でもある芳賀書店の社長・芳賀英紀氏をゲスト講師に招き、平成30年のエロ文化を語り尽くします。

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http://school4adult.jugem.jp/

世紀末アンダーグラウンドの勃興、
女性たちが発信しはじめたエロス文化、
そして時代はVRとAIへ、
人間のふれ合いとエクスタシーはどこへ行くのか?

画像と映像を駆使し、VRを体験していただきながら、エロスの未来を考えるゼミです。
「人間にとって生殖のためのセックスが必然ではなくなる」、いやすでになくなっています。

私はかつて「エロは汚らわしくない、人はみなセックスから生まれてくるのだから」と言いました。
しかし厚生労働省の白書によれば、いまやクラスに1~2人は体外受精のお子さんがいるそうで、もう言えません。

性行為なしでも受胎できることは、まちがいなく人類にとって福音のはずです。
しかし、それと相対的にセックスひいてはエロスの地位が凋落すると考えるのは暴論であり、ナンセンスです。
「なぜなら人は〇〇を求める生きものだから」
さて、〇〇とは何か?―これが今回のゼミのテーマです。

この講義をするパートナー講師として芳賀社長をお願いしたのは三つの理由があります。

〇笋亘Р貊馘垢気鵑牽引した昭和末期のエロ文化を知らず(専業主婦だった)、芳賀さんは私が離婚して飛び込んだ世紀末アンダーグラウンドシーンを知らない(まだ少年だった)。
そこを補完しつつ語り合いたい。

∨Р譴気鵑VRに詳しい、また二人ともアダルトグッズの未来、高齢者福祉におけるエロスの役割に関心がある。

KР譴気鵑魯潺奪轡腑鵐好ールに通っておりカトリックに造詣が深い。

と「人は〇〇を求める」の〇〇は大いに関係があります。
4月15日の講義では映像・画像・VRを楽しんでいただきつつ、人間とエロスの関係の深淵に皆さんをご案内したいと思います。


神田つばきtsubakism at 14:24

2018/03/26

その勇気がなかった(後)

実の母にも婚家の愚痴が言えなかった。
言ったら自分の居場所がなくなってしまいそうで、母が絶望して泣いてしまいそうで言えなかった。
私も母も心ほどけてはならなかった。
プライドだけは固く、本心など言わずともいい、ただ体面を保って生きることだと感じていた。

夫とセックスレスになっていることと、夫が手をあげることは母に言えた。
でも、姑を批判することばは一切言えなかった。
母が言いかけると、私は怒りさえして遮った。
母子家庭という不完全な環境がいやで、私は自分の人生を変えたかったし、そのために選んだ結婚がまちがっていたと認めたら、私は私を否定することになる。

うすうす気づいていた。
私が結婚した相手は夫ではなく、姑だったことに。
それまでは夫に向けられていたであろう過干渉と批判を、嫁の私が引き受けたのだ。

そんな生活を14年続け、私は子宮頸がんに罹った。
子宮を取るしかないと医師は言う。
リンパ節への転移も疑われ、すぐに入院した。

母子家庭の娘が身持ち悪くては就職も結婚もかなわないと言われて従い、
婚約しても外泊を許されずに従い、
結婚して間もなくセックスレスになり、
自らの体内に排泄されるようなセックスで妊娠し、
男の子だったら指輪を買ってあげると言われながら女の子を二人産み、
喜びを求めれば気持ち悪いと言われ、
家事も育児もできないと嗤われ、
婚家の母に阿り実家の母と距離を保ち、
三人目の子を堕胎して癌が見つかり、

挙句が子宮摘出だとは。
悪いことなどしていないのに、いったいこれは何の罰なのか。

「ああ怖い怖い、貴女のお母さんはいいわね。自分が子宮がんに罹ったことがあるから怖くなくていいわね」

なぜ姑にこんな残酷なことを言われても私は抗議しなかったのだろう。
なぜ夫は見て見ぬふりをしていたのだろう。

骨の髄まで沁み込んだ劣等感は、私から怒りを奪う。

私にできた唯一の抵抗は、夫に離婚を申し込むことだった。
転移なく退院できたら離婚してほしいと言うことだった。

ここまでで私の精神は相当ボロボロになっていたと思う。
ただ勇気がなくて、最悪の状態になるまで何もできなかった、しなかった。
実家に帰る勇気もなかった。
世間知らずの母と私で、また勇気なくナアナアで暮らしていくことがわかっていたから。

……
これが『ゲスママ』のどこにもうまく入れられなかった、結婚していた14年間のみっともない自分の生き方を少しだけ思い出して書いたメモである。

こんなことを思い出したのは去年、伊勢志摩さんと宮崎吐夢さんが出演した大人計画の舞台『クラウドナイン』を見たからだ。
伊勢志摩さん演じるソンダース夫人のセリフ、

「あっさりおさらばするしか道はないと思うわ。
私、ここからもおさらばする。多分どこに行ってもおさらばし続けるんだわ、私って」

を聴いて、衝撃を受けたからだ。
舞台の上のソンダース夫人の立っているところだけ、過酷な風が樹々をギシギシと鳴らして過ぎるような気がした。
ああこの言葉を当時の私が知っていたなら、あの凛とした伊勢さんの声を聴いていたなら、私はもう少し賢く決断できていただろうか?

私は「おさらばすること」は逃避だと思っていたのだ。
「おさらばすること」は自分という強くはない存在を守る手段の一つなのだと、当時の私に教えてやりたい。

大泉りかさんがAMに掲載した「そして私は身体を上司に投げ出した。洗脳じみた職場のハラスメントと決別するために」にあった言葉、

「そしてもうひとつ気が付いたのは、わたしは、何か物事と決別することが苦手なたちであるということです。望まない状況にあっても、そこから逃げるのではなく、その場に踏み留まることを正しいと考える傾向にある。」

とも通じる発見だった。
おさらばすることは悪いことでも逃げでもない、おさらばしないと冷静に考えることすらできないことがあるのだから。
たとえばある種の洗脳状態にあるとき、いちばんいいことはその場所から自分の足で歩いて、外から自分のいた場所を見ることだ。

日本という国ではとっくの昔に男女平等が実現されている。
ことになっている。
私はそう信じて疑っていなかった。

しかし、自分自身において実現できているかどうかは、また別のことだったのだ。
そこは自分の手で編み直して、初めて自由に行動できる仕掛けになっていた。

また、ソンダース夫人はこうも言い放つ。
「私がこの家に来たのは銃がたくさんあるから。それだけよ」
男に頼らなければ生きてさえいけない植民地アフリカで、彼女だけが客観を失わずに自分を見ている。

おさらばすることは、一歩退いて自分を客観的に眺めることに他ならなかった。
ただ、私にはそれをする勇気がなかった。

ここから飛び出したら生きていけない、
できないことがたくさんあるからここにいるしかない、
自分を変える方法がわからないから誰かに変えてもらう、
そのための不自由さは我慢するしかない、……

そんな消極的な選択をつづけた代償と犠牲はとても大きい。
犠牲は自分自身だけでは済まなかった。
実母や子どもたちともっとあたたかい時間を持てたはずだし、もしかしたら夫とも、姑たちとも、別の親しみ方ができたのではないか。

もう取り返しのつかない過去の時間を償いたいと、日々いろんなときに思い返す。
もしかしたら利己的で、身勝手に見えるかも知れないソンダース夫人の生き方は、実は他者を傷つけていないのだ。

我慢するということは美徳のように思いがちだけれど、実はのらりくらりと変化を回避しているだけで、何の解決にもなっていないということを、私たちは認めてもいいのである。

神田つばきtsubakism at 11:52

2018/03/24

その勇気がなかった(前)

過日、奈加あきらさんの『縄奈加會』が再開して、久しぶりにお邪魔させていただきました。
3月11日の開催で、縄奈加會に集まった皆で黙祷を捧げました。
奈加さんを知ったのは今から20年ぐらい前の緊美研でした。
ずいぶん長い月日が経っている。……

奈加さんから「神田さんは今のほうが若々しい」と言っていただき、うれしいのにギクッとした。
そうだ、奈加さんは神田つばきになったばかりの私を見ていたんだっけ。
今の私は年齢相応、当時の私はおばあさんのように老け込んでいたのだ。

38歳の私は社会的に息をしていない状態、死にかけていたと今はわかる。
自我がバラバラにばらける寸前で、表情がなく、いつもどこを見ていいかわからずオドオドしていた。

専業主婦って楽しいでしょう?
働かなくていいなんて、これ以上の幸せはないでしょう、

と姑は言った。
しかし私は男並みに働く母親しか知らなかった。
女は仕事も海外旅行もしてはいけない、ただ家事と育児だけを趣味として満足しなさい、と姑から言われて、それには従ったがピンと来なかった。
私の母にとって、家事は仕事の合間に大急ぎで片付けるものであり、楽しむ余裕はなく、姑のように家事の技を磨くという経験もなかった。
姑とならんで台所に立ち、テレビを見ながら解きものや雑巾刺しをしながら、気づかずに自我を押し殺し、やがて家事だけをこなすロボットのようになっていった。

この頃のことはほとんど思い出せないし、思い出しても前後関係がバラバラで繋がらない。
断片的に思い出すことは、あまりに情けない、ろくでもない自分の失敗ばかり。

「よくそれで大学を出られたわね、お勤めができたわね」
と言われても何も言い返せない。
一度は、友人もみんなこんなふうです、と言ったけれど、
「ろくな人たちじゃないと思うわ。お友達がよくないのね。お義母さんがお友達を作ってあげる」
と、山の手のお嬢さんたちが通う料理学校に入れられそうになり、二度と友人を引き合いに出すのはやめようと思った。

私たち夫婦はお姑さんたちとは別居で、近所のマンションに住んでいた。
自由を保障されているようでいて、そうでもなかった。

お姑さんは鍵を持っているので、突然鍵を開けて入ってくるのだ。
ノックをしたり、チャイムを鳴らしたりはしない。
私の母は鍵を持っていないし、チャイムを鳴らして「私よ」と言って来るが、これは嫁の身内と婿の身内の身分差のようなもので、遵守されなければならないことだった。

そんなのおかしい、と今は思うけれど、当時それを不服として夫や姑に言ったことはない。
私は母子家庭の娘で、しかも家事全般を母から教わっておらず、この家の台所でも親類づきあいでも一つも役に立っていたかったから、何も言う資格がないと思っていた。
「これがふつうの家庭」という基準を持たない私はパスポートを持たずに婚家に入国したようなもので嫁未満の嫁、権利は姑から与えてもらうもので自分から主張することはなかった。

だから、姑がガチャと音を立ててシリンダーを回して入ってきても、私は笑顔で迎えるように努めた。
問題は当時、幼児だった長女だ。
姑は長女を可愛がっていたので、長女は喜び、声をあげて玄関に向かって走っていく。
私はそれで叱られる。

「貴女が私に対して緊張するから、あの子はあんなに興奮するんじゃないの」

姑は私を疑っていた。
私がほんとうの娘のように姑に親しんでいれば、緊張の気配はにじまないはずだ、と。
緊張しないようにするにはどうすればいいんだろう、私は必死に自分を抑えつけた。
長女のことも抑えつけた。
いろいろな場面で彼女を激しく叱り、手もあげた。
私と長女のあいだに優しい赦しという感覚はなかった。

長女が良い子にしてくれないと、私が叱られるのだと思った。
姑から見た私は長女の養育係でしかなかったし、もともと子供が苦手だった私はその役目に甘んじて何の苦痛もなかった。

姑はたびたび、「つばきさんは私に〇○ちゃんを取られて悔しいと言ったわ」と、笑いながら言ったが、それは彼女の妄想に過ぎない。
私は満足に子どもの世話ができなかったし、どんなふうに子どもの相手をしたらいいのかもわからないから、一人で本を読んでいるほうがたのしかったので、現実にそんなことを言うはずもなかった。
嫁未満なばかりか、母親未満でもあった。

当時のことを思い出そうとしても、あちこち抜け落ちていて、辻褄が合わない。
ただ毎日、何の感動もなく家事と育児をするだけの家畜のような者だった。
記憶が系統立っていないので、『ゲスママ』に書くこともむずかしくて省いたし、誰にも話したことがない。

「その勇気がなかった(後)」に続く―

神田つばきtsubakism at 23:34

2018/02/28

女性の皆さんにプレゼント!

私が学生のころは、大人のおもちゃと言えば「くまんこ」とか赤ウインナーみたいなローターとか、今思うとグロテスクな形態のものがほとんどでした。
その後、少しはカラフルになったものの「ジョークグッズ」というくくりで、とてもじゃないけど「これ買おうよ」と彼氏に言える雰囲気ではなかったような・・・

そもそもジョークって何・・・?
女の身体をいじくることがジョークなのかしら、ヤな感じ・・・

と思ったけれど言えなかったな。
しかし時代は変わり、欧米では自治体から贈られる産後セットにプレジャーグッズが入っていたり、ドイツなどでは普通に街角で販売されていたり、自動車などと同じようにデザイン賞を獲っていたり。

日本もそうあってほしいなという思いから、東京女子エロ画祭では「女性が活躍している」「女性の身体を考えた設計の商品を扱っている」企業にかぎって、協賛品のご提供をいただいています。

その一社であるミライカラーズさんから、3/4の第5回東京女子エロ画祭にご来場の女性全員に、「サティスファイヤープロ2」の試供品がプレゼントされることになりました。
税込10548円の新製品ですから、女性にとってはチケット代を払ってもお得です。

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女性の皆さん、ぜひこの機会に最先端のセルフケアグッズを試してみてください。
また、商品レビューなどお寄せくださると、メーカーさんのよりよい商品開発に活かされると思います。
どうぞよろしくお願いいたします。

エロ画祭のお申込は→ http://urx.cloud/IN4O

神田つばきtsubakism at 14:32

2018/02/25

3/4(日)15時半より東京女子エロ画祭

3/4(日)に開催予定の第5回東京女子エロ画祭、過去最大の応募数だけあって、パワーある作品が揃いました。
表現内容はもちろん、技術的にもこれまでにない画期的な作品が寄せられております。

また、現代美術家の柴田英里さんがゲスト審査員を快く引き受けてくださり、ご協賛各社からは豪華な副賞が提供され、エロ画祭史上最高の祭りになること間違いありません。
しかし……

一つだけ困ったことがありまして、肝心の前売チケットの申込システムが、少し使いにくいのです。
ヤフーIDとクレジットカードがないと申し込めないため、ヤフーのパスワードがわからなくなってしまって買えない、というお声を頂いております。
せっかく関心を持っていただいたのに、ご不便をおかけしまして申しわけございません。

そのため前売チケットの動きがよろしくなく、会場内が寂しい状態になるのではと心配で仕方ありません。
このままでは作家さんたちに申しわけが立たないと思い、今一度ご来場のお願いをさせていただくことにしました。

チケットサイトがお使いになりにくい場合は、
・私宛てにFBからメッセージで
・press@tokyo-eroga.com宛てにメールで
「エロ画祭申込」をお送りくださいませ。
チケットサイト以外のお申込方法をご案内させていただきます。

11人の作家たちが、作品発表のあと10分間ずつプレゼンテーションを行います。
柴田先生と私たちからも質問して、作家たちの制作に対する思い、エロス観、女性として思うこと、などを聴いていきます。
ぜひ一人でも多くの方に彼女たちの活動を見ていただき、作品に投票していただきたいと思います。
どうぞよろしくお願いいたします。

神田つばきtsubakism at 18:08

2017/11/19

虚構に騙される快楽について

NHKの朝ドラを毎朝みるのは高校受験のころ以来だろうか。
宿題の最後の悪あがきをしながら見るともなく見ていて、8時15分になると徒歩5分の中学までダッシュしていた。
夏八木勲や斉藤こずえが出ていた『鳩子の海』を毎朝見ていたはずだ。

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数年前にまた見るようになった。
ドラマ物AV「あなた、許して…。」シリーズの現場を見学させていただき、それまで意識していなかった照明とか、カット割りというものを見せてもらい、夕景や逆光を用いて心情を醸し出していることを知った。
この作品は監督さんもスタッフさんもテレビドラマをやっていた人たちだ。

これまで映画もドラマも筋とセリフしか見ていませんでした、と恥を忍んで監督に白状すると、いくつかの映画の名前を挙げて、どこを見たらいいか教えてくださった。

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少しは意識してテレビや映画を見るようになると、自分はこれまで損をしていたなあと思った。
依然として素人でわからないなりに、朝ドラのセット数はそんなに多くないみたい、でも照明をていねいにやっているみたい、なんて楽しみがふえた。

ちょうど職場に定時通勤するようになり、朝ドラを見て家を出るとちょうどいいこともあり、中学のときのように毎日見るようになったが……
今回の『わろてんか』は葵わかなちゃんと鈴木京香さんがほんとうの嫁姑のようでいいなあ、と思いながらも、毎回ドラマ終わりの余情に浸っているときに、活弁口調の煽りが入るのがほんとうにつらかった。
故・飯田豊一先生に連れられて沢登翠さんの活弁を聴きに行ったことがあるが、とても力強い芸だった。
アナウンサーと活弁士は別の仕事、付け焼刃の物真似はやらないほうがいいのにと思ったのだ。

それが先週はなくなり、やっぱりない方がいいなあ、本物じゃないんだからさ……と安心していたところに、関西落語界の重鎮・文鳥師匠が『時うどん』をやるという回。
文鳥役は笹野高史さんがやっているのだが、まさかの高座に上がる展開で、どうすんのかいなと思って見ていた。

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どうやら本当に落語をやるみたい。
大河に出演歴のある三枝さんに頼む手もあったろうに、笹野さんに落語をやれというのである。

しかし、笹野さんの『時うどん』は真実おもしろかったのである。
ビックリするほどおもしろくて、ドラマそっちのけで落語を聴いていたくなるほどおもしろかったのである。

「ひっぱりなー!」が可愛くて、おかしくて、これは神回と思い録画を取っておくことにした。
二度と笹野さんの落語は見れないだろうから。
それほどにうまかった。
笹野高史さん、どれほど稽古されたんだろうか。

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役者は芝居の中で「本物」を見せてくれる。
虚構の中の真実に騙される快感が忘れられないから、人は芸を観るのだろう。

NHKドラマは衣裳が優れている。
ほんものの絹と化繊では袂の動きが違い、これだけは本物を使うよりない。
笹野高史さんの写真、絹の表面の柔らかな凹凸が照明に照らされて穏やかな水面のように美しい。

落語は右手の先から顔を通って左手の先まで、上半身の芸である。
この直線をどれだけふくらませて噺家の世界をつくるかーこの上なく厳しい世界であることはまちがいない。

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2017/11/04

来週の土曜日のこと、この一年のこと

2017年、本年は収穫が多かった。

パンフレットに寄稿させていただいた映画『ゴンドラ』が30年ぶりの公開にも関わらず、ロングランとなっていることをまず書きたい。
1月27日、真冬のユーロ・スペースの前夜祭からはじまり、ユーロからポレポレへキネカ大森へトリウッドへ、ロングランしても3週間かと思われたかがりと良の旅は都内の単館だけにとどまらず、全国各地へ漕ぎ出してゆき、今もまだ東へ西へ、いや南へ北へと旅している。

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居場所のないかがりと良は、どこまでゆくつもりだろうか。

今月は映画館のない下北半島は佐井村でも上映された。
下北はゴンドラ後半のロケ地である。

ゴンドラが復活したばかりでなく、今年はいろいろな体験があった。
二村ヒトシさんのご紹介で憧れの猫町読書会にて、拙著ゲスママを採りあげていただいた
この日、80名の皆さんからいただいた声が励みとなり、書くことをやめないで続けようという気持ちになることができた。

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そのために知りたいことがたくさんあり、

『業音』(東京芸術劇場 シアターイースト/大人計画)
『玉藻前曦袂(たまものまえあさひのたもと)』(国立劇場/桐竹勘十郎)
クリスチャン・ヤルヴィ サウンド・エクスペリエンス2017(クリスチャン・ヤルヴィ/フランチェスコ・トリスターノ)

と重要な観劇・鑑賞に続けていくことができて、この後にまだ、

『魔笛』(東京モーリス・ベジャールバレエ団)

がある。
ベジャールの『春の祭典』を逃してこちらを必死でとったが、魔笛は魔笛でフリーメーソンなどのテーマを含んでいるので是非見たかった。

ところで来週11月11日は7年越しで取り組んでいるプロジェクト『東京女子エロ画祭』の過去作品を一挙上映する初めての試みをする。
動画17作品をふくむ59作品を映写することに高円寺パンディットさんが全面的に協力してくれて実現したものだ。

このプロジェクトは、とかく男性は消費する側、女性は提供する側、と役割固定している日本の性表現の世界を少しでも揺り動かしたいと思って、2011年2月11日に映像作家・安藤ボン、デザイナー・もも小春と三者で始めたものだ。

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第2回ノミネート作品 山田はるか『愚か者ね、あなたたちは』


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第1回審査員特別賞受賞作品 もきゅ『脳みそ白紙』(連作10点のうちの1点)

もとより芸術性や巧緻だけを問うものではなかったが、技術の高い作家さんが登場しつつあり、その中で「思い」や「存在」そのものをぶつけてくる作家さんもいることに、この祭りの意味があると思っている。
出品は女性に限定しているが、鑑賞して投票するのは男女を問わない。
そこにこのプロジェクトの意味があると信じている。
男性不在の場で欠席裁判を行っても、女性にとっての真の明日は訪れないような気がしているので、男性にも「見て・感じて・思いを表してもらう」ことをしてもらう。

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先月下旬に発売された『STUDIO VOICE』のエロ特集号からも取材を受け、全作品を見ていただいたが、批評家の方に原稿を書いていただくことができず、掲載されなかった。
編集部からは校了前夜になって代替デザイン(画像二点のみのデザインページ)のご提案があり、当初に伺っていた意図とは異なってしまう部分もあり、是非ともいっしょに舵切りをさせていただきたかったがtime outということで、致し方なく掲載を中止していただいた。

作家さん全員をSTUDIO VOICEの読者さんに知っていただくという夢が一瞬にして消えた。

これは広報担当の私が責任を追うべきことであり、その経緯については11/11高円寺パンディットでもご説明させていただこう。
また、作家さんたちに対してもっと多くの賞金を授けたいとか、さまざまなメディアで紹介したいとかいろいろな思いはある。
普通に考えればスポンサーを募るべきところなのだが、「エロ」という言葉が独り歩きを始めたとたん、「男性にとって使い勝手のよい商品としてのエロ」という意味合いを帯びることを避けたいので、現在は入場料と我々三人のお小遣いだけで運営している現状。

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商売下手と言われればその通りとうなずくしかないが、間違ってはいないと信じたい。
どうか一人でも多くの人に、11/11(土)高円寺パンディットに遊びに来ていただけたら幸いこの上ない。

神田つばきtsubakism at 14:17

2017/09/24

女であることと自分であることの谷間から

フェミニズムって
内臓のように一人ひとりの身体の奥にあるようなもので、
他人から指さして「あなたのフェミニズムは間違っている」と
詰られるような類いのものではないと思うんだよ。
あと、専門用語をたくさん操る人の思想が深く、志が高いとは限らない。
ちょっとカッコよく頭よさげに見えるけど(本当は真似してみたいけど)。

そういう行動を取る人にとっては
フェミニズムが信仰の代わりになっているんじゃないかと思うんだよね。

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唯一絶対の神を求め
教理を複雑にし
異教を排除する、
そういうattitudeがお互いの居場所を狭く息苦しくしてないかな?

好きで女に生まれたわけじゃない。
でも女をやめたいというわけでもない。
そんなあやふやな俺。

わかんねー、
自分の身体がわかんねー。
自分の心がわかんねー。
女に生まれた意味がわかんねー。
子供を産んでも
子宮を取っても
閉経しても
母が死んでもやっぱわかんねー。
だからもう自分のことは後にして、

他者を肯定したい。
他者を肯定できる自分になれたらいいな。
私の本を憎む人たちを肯定できるようになりたい。
私の書いたことばに傷ついた人と別のことで理解し合いたい。

どこまで行っても交わらない直線などというものは三次元世界には存在しないはずなのだよ。

神田つばきtsubakism at 21:41
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女性の妄想にアクセスしてちょっと変態なエッチに誘うトーク術のハンドブックが登場! 不埒なことを真摯に研究する神田つばきの書下ろし三和ムック。三和エロティカまたはamazonで!
大人のケータイ小説


いつでもどこでもケータイ・スマホ・PCでも読めるR18官能小説!毎日更新中!神田も毎夜読んでます。
投稿官能小説のコンテストの審査員を務めさせていただくことになりました。どの作品が受賞するのか楽しみです!
週刊現代10月26日号


「実はみんなやっています 明るく楽しいSEX生活 2013」にコメントを寄せています。だって本当にやってるんだもーん☆
壮快11月号


9月16日発売! マキノ出版『壮快11月号』の特集「下半身の活性術」で「女性の体は休火山! 豆腐タッチでイキやすく…」というお話をしております。
週刊現代6月23日号
熟年セックス講座
「50歳から妻とやり直す」


セックス研究家兼ライター・神田つばきとして「中折れを愛でる」というお話をしています。