神田つばきな日々

専業主婦からライターに。更年期医療から女性発信のアダルトコンテンツまで
女性と「性」の関わりを多角度から追求する神田つばきのページです。

親のコミュニケーション能力と子供

また新たにカスタマーレビューを書いてくださった方があり、雪のようにズシッと心に積もり、そしてとても腑に落ちた。
まったく同じ体験をしているわけではないけれど、書いてくれた人の幼い日の感情は覚えのあるものだったから。

私は自分の体験した幼少期をつぶさに人に語ったことがなかった。
この本を書くまでは。

わかってもらえないし、わかるわと言われたら傷つく。
わかるわ、と言った相手に悪気はないのに、私は二度とその人と無邪気に笑えなくなる。
それが怖かった。
だから、言わないことがいいのだと思い、できれば自分も忘れてみんなと同じ境遇を生きてきたような顔ができればいいなと思っていた。

つまり、いつも自分に嘘を吐いていたわけだ。
本を書いたことで、自分と似た思いを抱いて大きくなった人がいることを知り、そのことに癒された。
生まれてはじめて癒された。
レビューを書いてくださった三人の読者さんのおかげだ。


最近、気がついたことが一つ。
たとえば子育てをうまくやろうと思うと、いろんな人と交流して情報交換することが欠かせない。
私は、そこで挫折する。
心から打ち解けて、人と交流することがうまくできなかったからだ。
こんなこと言ってはバチが当たるような気がするんだけれど、苦痛だった。

人との距離の取り方がわからないから、子供のあずけ合いみたいなことも苦手。
仕事と子育てを両立しようと思うと、いろいろと大変なことが起きる。
会社の朝礼があるのに、登校班の誘導当番をやらなくちゃいけない、みたいな何とでもなりそうなことが、私はどうしたらいいかわからない。

テレビや雑誌に出てくるシングルマザーの人は、

「もう無理〜、できな〜いって言っちゃうんですよ。そのたびに誰かが代わってくれたんです。私もお返しに、いいわよ、やるわよって、職場でもPTAでも。そうやって親も子も交流が広がっていくんですね!」

などと語り、私はそのまぶしさに目を逸らすしかない。
お金や地位よりも、親のコミュニケーション能力が子供の幸せを握っていることに、私は凹む。

しかも私は、自分を偽ってでも何とかコミュニケートしようと焦り、その緊張感が子供に伝わってしまっていた。
特に上の子はほかの子供との交流に苦労したようだ。
その様子を見て、私はさらに焦る。
「お願い、よそのお子さんとうまく交流して……!」と祈るような気持ちで見張っていて、だから親子していつもうまく楽しめず、グッタリして一日が終わっていた。


子供は親を選べない。
私みたいな、他人と打ち解けにくい母親のもとに生まれた子供は気の毒だと思うのだが、これと言った解決策がいまも思いつかない。

親愛なるAmazon カスタマー様、Amazon Customer様

拙著 『ゲスママ』はとてもレビューの書きづらい本だと思っていた。

はじめて書いたドキュメンタリーというか私小説というかなのに、すっかり吐き出してしまって、私の中にはもう何も言葉が残っていないような気がしている。

少し書いたところで怖くなって、女優のしゅうさんと、映像監督の安藤ボンちゃんに相談した。
お酒をのみながら。
第7章『夢の遺跡』に書いた、あるエピソードがあまりに陰惨だと思ったからだ。

しゅうさんは「書かないほうがいいと思う」と言った。
私は「やっぱりそうだよね、そうだよね!」と即座に言った。
救われたような気持ちで。
しゅうさんは私と同じく母親だから、子供たちが傷つくことを心配したのだ。

ボンちゃんは反対に「書いた方がいいと思う」と言った。
票は二対一で「書かない」だった。

それを編集さんに伝えると、
「書くべきです。それを書かないと嘘の本になってしまいます」
というようなことをメールで貰った。
票が割れてしまった。

結局、私は書いた。

自分にとっての本当のことを書いたのだから、何も自分の中に残らなかった。
登場する人々にとっての本当のことはまた別なのかも知れない。
事実は一つでも、真実は関わった人の数だけあるんだと思う。

amazonにレビューが二つついた
ものすごく嬉しくて、何度も何度も読んでいる。
どなたが書いてくれたものかはわからないが、そこには書いてくれた人の率直で切実な言葉が綴られてあって、生活の匂いと温度があって、私の知らない物語の片鱗に心誘われ、私がお二人の読者になってしまった。

この場を借りてお礼を申し上げます。

本は書いた人間のものではなく、読んだ人のものなんだと思う。
いろいろと行き悩んでいたある時からそう思うようになった。

空っぽになってしまった私にはもう二度と本は書けないかも知れないけれど、得難い経験をさせてもらいました。
心からありがとうございます。

『ゲスママ』出版記念イベント【速報】

な、なんと7月にOPENしたばかりの渋谷ロフト9で『ゲスママ』出版記念イベントが今しがた決まりましたので、お知らせいたします。

10月23日(日)18時開場・19時開演。
宮台真司先生ほかゲスト交渉中です。
司会進行セックスワークサミットの赤谷まりえさんです!
彼女は私の娘たちと世代が近いので、現代の親子関係について発言もしてくれるんじゃないかな、と期待しています。

性と母と子供、いろんな角度からお話しましょう。
なかなか家族でも友達でも本音を言えない領域ですが、何かしら自由な気持ちになってもらえたら、と思います。

深く語りますが、お腹の底から笑ってもいただきますよ。
『ゲスママカクテル』も考案中!

実は私も渋谷ロフト9は初めて行くのです。
くわしい地図は→CLICK!
迷子になりませんように……。

「性の文化は誰のもの」

いやはや「今度の日曜日、講演します」と書いたきり、ずっと講演の台本を書いては消し、書いては消し、していました。
心に余裕がなく、ブログも更新できずじまい。

書いたものを声に出して読むと、これじゃ聞いても頭に入らないな、とまた書き直す。
その繰り返しでした。

弁護士ドットコムニュースさん毎日新聞社さんが取材に入られると聞いて、何か一つでも、


「へえ、アダルトの現場で働く女性はそんなことを考えているのか」
「アダルトのユーザーってそういうものを求めているのか」


というようなことを持ち帰っていただきたいな、という気持ちになりました。
それで、若林美保さんのファンの方から5年前にいただいたお手紙を紹介しました。
この方は当時、84歳でした。

私はすっかり制作側にいるため、ユーザーさんお一人お一人と接する機会は多くありません。
いつの間にか、ファンイベントに来る方たち、ユーザーレビューを書いてくれる方たちの声が、ユーザーさんの声だと思いこんでいました。


お手紙は大洋図書さんに届いたもので、フリーランスのわかみほさんのマネージメントをしていた私宛に、大洋のプロデューサーさんが転送してくれたものでした。

作品は大洋図書さんの『女医たちの恥ずかしい検査』というオムニバス作品で、その方はこの作品中のわかみほさんの清楚で慎ましい情感あふれる演技を評価してくださり、ずっとレンタル店で借りている、というのです。

……この作品のわかみほさんのパートを、6歳年下の奥様とずっと見ています、と。
奥様は少し認知症がはじまり、もう性的なことを嫌がっておられるが、一緒にDVDは見てくれるのだそうです。
80代ともなると、男性も肉体的には難しくなるが、精神的には女性を求めたい。
その気持ちを女性は理解してくれない。
レンタル店の18禁コーナーには高齢男性がたくさんいます。
彼らはみな妻の代わりとしてDVDを求めているのです……

私もたびたびDVD店に行きますが、あののれんの向こうには行かないのです。
ほしい作品があれば動画ダウンロードか通販で購入しまうからです。

レンタル店で借りる人、雑誌の通販欄で選んでFAXで購入申込みする人、……そういう方たちの思いというのは、必ずしもSNSやユーザーレビューには反映されないので、私たち制作側には伝わってきていないのかも知れません。

そのユーザーさんは本当にこの作品を愛していてくださり、購入したいと思ったがすでに廃盤で、何とかならないでしょうかと現金一万円を同封して来られたのです。
お金は大洋さんからお返ししたのですが、ガッカリしておられるだろうなと思い、検索したところ、新古品を扱う通販サイトで格安で手に入ったのです。
お送りしたところ、とても喜んでくださり、「まだ見ていないのですが、家にあると思うだけで安心する」と、宝物のように言っていただき、しばらく交流がありました。

ドラマ脚本を書くとき、ユーザーレビューや2ちゃんねるのAVスレッドを読みまくるのですが、この方のように深い思いを持って見てくださっている方の声なき声も作品を支えていることに、はじめて気づかされた出来事でした。
このことを思い出したので、18日の講演でご紹介させていただき、講演タイトルは「性の文化は誰のもの」とさせていただいたのでした。

*ご参加くださった皆様、取材してくださった各社の皆様、長い時間(11時〜17時)お疲れ様でございました。また、主宰のホワイトハンズ様、企画立案ならびに進行の赤谷まりえ様、ご登壇の女優・かさいあみ様、AVAN代表・作家の川奈まり子様、編集・ライター・評論・エキストラ女優と多岐に活動する和久井香菜子様、ためになる楽しいお話をありがとうございました。

今度の日曜日、講演します

18日(日)にセックスワークサミットで講演することになりました。

セックスワークそのものの専門家ではないのですが、今回のテーマが、

女が語る″AV業界″ 〜現場から見るアダルトビデオの過去・現在・未来〜

ということで、お声が掛かりました。
私なんてメーカーにもプロダクションにも所属したことのないはぐれ者なのに、お話なんかできるかな、と最初は尻込みしていました。
特に今、業界は出演強要問題で揺れに揺れているので、慎重になってしまいます。

でも、結局お話をさせていただくことにしたのは、38歳の離婚当時の私のように、これから自立・自活しようとしている女性が、セックスワーカーの方たちの中には少なからずいらっしゃるだろう、と思ったからです。

何だかんだ、アダルトと総称される業界で仕事をするようになって、ちょうど20年になります。
最初の3年は派遣で銀行に勤めていたので兼業でした。
子宮頸癌をきっかけに離婚してからの20年、何とか子供二人を成人させることができたのは、この業界のおかげだったんだ、と思います。
私より若い女性の方たちに、自立と自活の道を示すことは恩返しにもなるかも知れません。

今、女性の貧困が問題になっています。
だからと言って、「アダルト業界なら女性も活躍できますよ、稼げますよ」というお話をしようというのではないのです。
私自身、この20年間、決して楽ではありませんでした。
差別と感じることはたくさんあり、職業差別だけでなく、やはり女性だから信用されない、というようなことが多くありました。
もっと賢くやれたらよかったな、と後悔していることもありますし、必死のあまり子供たちを犠牲にしてしまったな、と取り返しのつかないこともあります。

私がお話をすることで、私と同じところでつまずかずに、もっと伸び伸びと活躍してもらえたらいいな、という気持ちです。
私は大成功している女性ではありませんので、人も羨むサクセスストーリーよりはしくじり先生になると思いますが、とことんぶっちゃけてお話しますので、よろしくお願いいたします。

お話するのはAV女優のかさいあみさんと私、司会はフリーランス編集者の赤谷まりえさんですが、もちろん男性もお聴きになれます。
来てくださった方全員が、あたたかい思いを持って帰れるようなお話をしようと思っています。

『ゲスママ』に書いたこと

今日、発売開始した『ゲスママ』。

こんな身内の恥みたいなことを書いていいものか、悩んだ。
「見て見て〜、私ってばこんなにエッチなことしちゃった〜!」みたいなことを書いたのだったら、そんなに問題ないような気がする。
雑誌記事やAVで見慣れて(自分も書いていて)いるから、感覚が麻痺している。

でも、そういうことをするに至った女性の心の内側を、肉声で語った文章はないような気がした。
私は長年、そのような文章を書いてきたけれど、それは男性向けのメディアだったから、男性が愉しめるように書いてきた。
それはそれで面白い仕事だし、そういうメディアはやはり必要だと思っている。

ただ、このようにメディアが発達してくると、いささか気分も変わってきて、
「こういうのは男が見るものだから」
では済まなくなってきたような気がしてならない。
いつまでも、女性は常に求められる側、被写体、客体、神秘のヴェールの向こう側として語られるだけでいいのかな、と思うようになった。

女が性を貪れば淫乱だと呼ばれ、痴女だと呼ばれる。
それは、そうかも知れないし、そうではないのかも知れないのに。
性に畏怖を感じるから、男に苦手意識があるから、急いで処女を棄てたくなる少女の気持ちというものがある、と私は思うのだがそれはどこに分類されるのか。
(フランスの作家、マンディアルグが『海の百合』に描いたのがそれに近い。)

M性を自覚する女性は痛みや苦しみが好きなわけではない、と今の世の中の人は知っている。
それだけでも昭和の頃よりは理解が進んだのだと思う。
しかし、「じゃあ、なぜ」と問われれば当の女性にも答えが見つからないことがある。
私もそうだった。

「恥ずかしいのが好きなんだね」
「男に対する贖罪意識があるんだよ。父親不在の……」
「服従することで楽になりたいんだ、君は」
「Mは究極のワガママ、マグロのMだよ」
etc、etc、、、、、、、

なんかちがう、なんかちがう、と訝りながら、どうやっても説明できなかった。
でも、そんなこと伝えられなくても肉体は確実に快楽を得ることができるから、客体のままでもいいような気もした。
私は物凄く強い衝動に駆られて、まだ先へ、まだ先へ、と爆走していった。

涯、というものはなかった。
命ある限りは永久機関のように貪るのだと知った。
すでに存在しないはずの子宮が痙攣することを、相手と自分の境界線が融解することを、互いの肉体を引き剥がすことに難儀し、相手の個人性アイデンティティ今ここに二人でいる動機さえ見失う彼岸で狂ったように蹈鞴を踏んで、なお停止しない。

だから目の前の景色は永遠に変わらないのだと思った、まるで飛行機の操縦席にいるように。

ただ、ある時ふと振り向いた背後に見えた光景は違っていた。
私が振り切って顧みなかったさまざまな人の心の色が混然としたまま迫ってきた。
交流した男性たちもそれぞれに心の色があり、子供たちの心の色、母の心の色、記憶の中に今もいる幼い頃の自分の心の色もあり、いっぺんにそれが見えて嘔吐しそう。

そのとき見た景色をそのまま写し取ったのが『ゲスママ』である。

貴女自身の物語と、どこか繋がるところを見出していただけたなら、私はとてもうれしい。

荒ぶる女たち

かねてからの持論に、

「世の中が物騒になると、女が荒ぶる」

というのがあって、根拠がないとお叱りを受けるんですが、どうなんだろう。
外れているかしら。
何だか最近、女性の犯罪のスケールが変わったような気がしているのだ。


それこそ死語の世界だが、私が育った高度経済成長期には「昭和元禄」なんて言葉があった。
今ググると「昭和元禄落語心中」ばっかり出てきちゃうけど、コトバンクによれば、

「高度経済成長期の天下太平、奢侈(しゃし)安逸の時代をさした語。昭和39年(1964)に、福田赳夫が言い出した語」

ということなのだ。
大人たちはこれを少し自虐的に使うことが多かったような気がする。
まだ戦争の痛みを覚えている人たちがたくさんいて、安保闘争と全共闘運動のはざまの時期だった。

「なんか間違ってない? これでいいの?」

と大人たちは苦悩しながら、でも急激に豊かになる物質文明を享受し、子供たちにテレビを見せたり、学習塾に通わせたりすることができるようになって、幸せでないはずはなかった。

亡き舅に聞いた話では、終戦直後の明治大学には、復員した学生なんかもいて、彼らは辞書をくり抜いてその中にピストルを入れて持ち歩いていた、と。
凄い話です。
それから10年や20年で人間の本質、そうそう変わるかい! という静かな怒りのような何かと、それでも消費に走ってしまう自己矛盾の気分を大人たちは隠さなかった。
(?)付きの幸せ、の気分が「昭和元禄」という言葉にも微かに染み込んでいた気がする。


私は「変な子ども」だったので、小さいときから犯罪の話を聞くのが好きだった。
当時からつい最近までずっと、

「女の犯罪は男か思想のどちらかへの傾倒」

が原因の大半を占める、と思いこんでいた。
男にそそのかされて横領するとか、浮気相手の女を殺してしまうとか、宗教か革命への過熱か。

しかし最近になって、尼崎連続変死事件や佐世保同級生殺害事件、佐世保女子高生殺人事件、岡山・夫撲殺事件、首都圏連続不審死事件などを見ると、そうとも言いきれないなと思うようになってきた。

礼讃
木嶋 佳苗
KADOKAWA/角川書店
2015-02-28



「首都圏連続は古典的なタイプでしょ。浪費したくて男を騙して最後に殺害して」

と言われちゃうんですが、私はこれはちがうと思っている。
一連の被害者の一人、千代田区の男性は貯金の半分以上を残して殺害されたことになっている。
ためらいなく男から金銭を引き出しては殺害したとされるのに、470万円しか引き出していないのは"仕事"が中途半端だし、それなのに計画的に殺害している後半の"仕事"はキッチリなのだ。

何か私たちの想像をはるかに超える動機があるような気がしてしまうではないか……。


昭和元禄のころ、女性は結婚して家庭に入るもの、そして男に守られて一生を過ごすもの、と思われていた。
日本のウーマンリブ運動は主に1970年代、昭和元禄当時は女の就職は「腰掛け」と言われていたのだ。
その後、80年代のバブル経済化では、

「焦って家庭に入らなくてもいいんじゃない?」

という社会全体の余裕の中で、1985年男女雇用機会均等法成立。
苦闘して勝ち取った自由というよりは、余裕ある国から与えられたプレゼントのような感じがしたのは、私だけではなかったはずだ。

しかし、21世紀に入ってからは様相が変わり、女性もブラック企業で苦しんだり、家事育児との両立を迫られたりしている。
前世紀には、

「女のくせに働くなんて、夫の稼ぎが悪いみたいでみっともない!」

と叱られたのに、今度は、

「このままでは年金も健保も崩壊する! 女もどんどん働いて納税して!」

と叱られ、専業主婦が贅沢品という世の中になってしまった。
働きたかったのに仕事を辞めざるを得なかったことに、私はすごくわだかまりがあった。
そして今や、自分の子供たちは絶対に仕事を辞められない。
親の手助けがないと子供を育てるのも大変そうな感じだ。

「何、この世の中。こんなはずじゃなかった……」

という気分が女たちを音も立てずに尖らせている、と解釈するのはロマンティックに過ぎるだろうか?

シン・ゴジラ

また……三回も見てしまった。
だっておもしろすぎる。

たしか去年の夏は『マッドマックス』にはまって、これも三回見てDVDも買って。
三回目が爆音上映だった。

今夏は『シン・ゴジラ』。
三回目は4DXで見た。
新鮮だった……!
見る前に酔い止め飲んだ方がいいと言われたりして、それもおもしろかった。

疲れている日だったのでウトウトしてしまったんですが、その度に揺れやら飛沫やらで起こされて◎
いやほんと、新鮮だったの。

ここからはネタバレになるので、これから見る方はまた今度読んでいただくとして……

総勢380人だかの出演者、皆さんはどのキャラにいちばん入れ込んで見たのかな。
私は余貴美子の防衛長官。
演技のうまい女優さんだが、こんなに魅力あるサイコな余貴美子を見たことがあっただろうか。
ちょっと年齢が行ったので、地位的にも違和感なし。

『白夜行』の図書館のおばさんと同じ人だとは思えない。
目が別人。
嗚呼、役者さんってほんとうに凄い。

物真似したくてたまらない。

「いいんですね。総理。本当に撃ちますよ」

素敵だったなァ……。

更年期治療はここまで来た

ラブピースクラブさんの月イチコラム、「そうか、更年期だったのか」を更新しました。
今月のお題は、

「“貼る”女性ホルモン、初体験」

です。
日本女性の平均閉経年齢は50.5歳で、その前後10年間を更年期と呼びます。
それでいくと、私はもう終わっている計算なのですが、現実には女性ホルモンが足りない状態はとてもつらいです。

更年期障害の症状は200以上あると言われていますから、この症状が出たらHRT(ホルモン補充療法)を受けるべき、とガイドラインを引くことができないのです。
それで私も、「まさか、これが更年期障害だったなんて」と気がつく前に、さまざまな病院のさまざまな科を受診してしまいました。

そして、お薬をいただいても治らない、あるいはすぐ再発する。
最後は「年齢ですよ」と言われて、どんどん後ろ向きになりました。

私は特に更年期鬱が酷く、判断力にまで影響をきたしていました。
仕事に行かなければと思うのに、支度ができないのです。
バッグの中身を詰めているうちに、別のことが気になり、中身を放り出したまま別の片付け物をしてしまいます。
気がつくと、部屋中散らかしていて、出かけるどころではありません。
「間に合わなくなる」と焦り、いつもしているお化粧まで、うまくできなくなってしまいます。
そして本当に遅刻します……。

こんな最中に、家族に「何やってんの?」なんて非難されたら即着火です。
ヒステリーを起こして憤激し、「どうしたの……大丈夫?」とドン引きされて、後はもう疲れきって腑抜けたようになります。

女性ホルモン群は月経・妊娠・生理を司っているだけではないのです。
全身の活動に関わっていますし、精神面の安定にも、肌や髪など外見の美しさにも関係しているのです。

「更年期」という言葉には、「もう女性として終わり」と宣告されているような残酷な響きがありますよね。
でも、単純に「女性ホルモンの減少」という現象なので、悩んでいるよりは病院で女性ホルモン量の検査を受けてほしいなと思います。
採血だけですから、簡単です。
費用は5千円ぐらいではないかと思います。

また、更年期ではなくても、女性ホルモン量のバランスが崩れることはあり、更年期障害と似た不快な症状に苦しむことがあります。
脳が「女性ホルモン出してね!」とメールを出しているのに、何らかの原因で卵巣が出してくれないと、身体は混乱を起こし、その結果いろいろな不調を起こすのです。
これは閉経に向かう更年期だけに起こる問題ではないのです。


ですので、どの科を受診してもスッキリしない症状を抱えている女性には、それが女性ホルモンの不足から起こりうる症状かを調べて、女性ホルモン値検査を受けることをお勧めしています。
しかし、本当は順番が逆だという気もしています。
さんざんドクターショッピングしてから女性ホルモン値検査ではなく、もっと早い段階でホルモン量を確認できれば、ムダな受診を減らすことができます。

実際、この複数科受診による医療費の損失は大きく、婦人科の先生方も早期の婦人科受診の有用性を指摘しておられます。
何しろ200以上も症状がありますから、手足がこわばるから、トイレが近いから、めまいがするから、「じゃあ産婦人科に行こう」とはなかなか思いつかないという問題があると思います。

私は、地方自治体や健康保険組合で行う健康診断、人間ドックのメニューに女性ホルモン値検査が入っていればいいのに、と提言しています。
そうでなければ、いつまでたっても更年期女性の複数科受診の問題、重責ポストに就く40代後半以上の女性の健康不安による辞職は解決しません。
私も人間ドックは受けていますが、オプションメニューの中に女性ホルモン値検査は入っていません。
ぜひ、取り組んでいただきたいと願っています。

女性ホルモン値検査の普及は、一億総活躍社会の実現を握る鍵の一つだと思います。

松茸狩りに行きましょう!

9月2日から一鬼のこさんの活動10周年記念として、『僕が松茸になるまで』なる展示が行われています。

松茸


思えば鬼のこさんとの交流は2006年からですから、緊縛を始められたばかりの頃だったんですね。
弊社で(と言っても自分と監督の二人しかいなかった)、月花さんのパフォーマンスを撮影してDVD化しようと考え、デラックス歌舞伎町の楽屋にお願いに行ったときに、鬼のこさんをお見かけしたのが最初でした。

当時から鬼のこさんは、

「縛りでアート的なものをやりたい」

と熱く語っていて、私にとって縄は性的なものだったため、非常に驚きました。
しかし、彼は「素直の天才」と呼びたい程の真っ直ぐな人なので、いつしか「アート的」を超えて緊縛を「アート」にしてしまいました。
ほんとうに、いつも彼には驚かされます。

今回の展示の中に、一点だけ私が縛ってもらった貴重な思い出の一枚があります。
ちょっとわからないと思いますが……2008年1月の『悪夢実演会掘戮亮命燭任靴拭
当時、月花さんが現在も続いている『毒蟲』と平行して主宰していた、非常にエッジの効いたイベントです。
『毒蟲』自体が他の追随を許さない前衛なのに、『悪夢実演会』はさらに鋭く実験的で、二度とは見られない演目ばかりでした。
私も鳥肌立てて括目して視ていました。

『僕が松茸になるまで』は7日まで、水天宮のクリエイションギャラリー日本橋箱崎で展示中です。
会期中お休みはなし、21時までやっていますので、お勤め帰りにも余裕で行けます。
歩いて人形町に出れば飲み屋さんも多いので、夜の下町散歩も楽しそうです。
次の松茸はこの計算だと2026年ですから、ぜひこの機会に松茸狩りに行きましょう!
書籍が出ました


「ゲスママ」9/10刊行
私はなぜ異端の性を求めたか―神田つばき初の自伝的私小説。刊行・コアマガジン、帯文・宮台真司(社会学者)
更年期コラム連載中

「そうか、更年期だったのか」
ラブピースクラブに好評連載中
脚本担当しました


安藤ボン監督・藤崎ルキノ主演『別の顔』、2014年ゆうばり国際ファンタスティック映画祭フォアキャスト部門にて初上映。脚本で参加しました。
書籍が出ました


女性の妄想にアクセスしてちょっと変態なエッチに誘うトーク術のハンドブックが登場! 不埒なことを真摯に研究する神田つばきの書下ろし三和ムック。三和エロティカまたはamazonで!
大人のケータイ小説


いつでもどこでもケータイ・スマホ・PCでも読めるR18官能小説!毎日更新中!神田も毎夜読んでます。
投稿官能小説のコンテストの審査員を務めさせていただくことになりました。どの作品が受賞するのか楽しみです!
週刊現代10月26日号


「実はみんなやっています 明るく楽しいSEX生活 2013」にコメントを寄せています。だって本当にやってるんだもーん☆
壮快11月号


9月16日発売! マキノ出版『壮快11月号』の特集「下半身の活性術」で「女性の体は休火山! 豆腐タッチでイキやすく…」というお話をしております。
週刊現代6月23日号
熟年セックス講座
「50歳から妻とやり直す」


セックス研究家兼ライター・神田つばきとして「中折れを愛でる」というお話をしています。
神田つばきの提言


「すべての女性の活躍のために女性ホルモン値検査を」
女性特有の健康問題の観点から、一億総活躍社会への提言をしています
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