とある牧師のひとりごと~東京リビングストーン教会

高田馬場にいるプロテスタントの牧師のひとりごとです。 現在は東京リビングストーン教会に努めています。 あらゆるテーマに対応しながら、つれづれなるままに書きたいと思います。

福音主義の忘れ物

私たちは福音主義に立っています。

それは、福音こそが私たちの希望であることを知ってるからです。
しかし、その福音主義でも忘れてはならないことがあるのです。

福音は、イエスキリストが中心だということです。

これは、かなりの福音主義を唱えるクリスチャンに、そして教会に忘れ物のように置き去りにされているポイントです。

福音主義は、同時にイエスキリスト主義だという視点がとっても大切です。

福音主義がもしかして、福音“だけ”主義になると、それは間違った方向へ向かいます。

とにかく、福音さえ伝えればいい。そのようなものは福音主義ではなく、福音だけ主義です。
人たちの生活と必要を、時には人格でさえ無視して、福音を伝えること。
すべてを福音というものを軸に人生を犠牲すること。
これらは福音だけ主義の間違った実りです。

聖書を見てください。
イエスキリストは福音だけを伝えに来たわけではありません。

イエスキリストは、癒しもし、悪霊を追い出されもし、小さい者たちに寄り添い生きられました。
人たちの人生と人格を無視された訳では無いのです。
むしろ、それを最大限尊重されて、その必要を満たされました。

この事実が、福音“だけ”主義に傾くことを防ぐ唯一の碇となります。

福音は論理ではありません。
それはイエスキリストという人生抜きに、語られるものではないのです。

といって、イエスキリストによる福音が私たちに対する唯一の希望で、
さらに唯一の慰めで唯一の救いであることには変わりありません。

イエスキリストのすべての人生は、福音へ向かう矢印が常に向いていることを無視することはできないのです。


もちろん、イエスキリスト“だけ”主義も危ない橋を渡ることになります。
今度は、御言葉を忘れて救いを忘れ始めるからです。

いま、ペンテコステ運動が激しいリバイバルを見せていますが、それも聖霊“だけ”主義となれば、道を踏み外すでしょう。
御言葉であるイエスキリストを飛び越えて、聖霊様が前に出てくることも、やはりありえないからです。


私たちのバランスはどこにあるのでしょう?

みことば“だけ”主義、福音“だけ”主義、イエスキリスト“だけ”主義、聖霊“だけ”主義、、、
〇〇主義ならまだしも、〇〇“だけ”主義はいつも間違いを生み出すのです。

ワーク&フェイスバランスを考えようという運動が勢いを増しているところですが、そのバランスも同じところにヒントはあります。

そのヒントは、イエス様が、神であり人であったということです。
100%神であり100%人であったとは、どのようなバランスの上にあるのでしょう。
まさしく奇跡です。 
しかも、この絶妙なバランスは、人と神を天秤のような形でなされるのでもありません。

これをイメージすることは、人間にはできない神秘でありますが、あえて、神学者バルトのイメージを紹介しましょう。

バルトの理解を、私が解釈したところによれば、
イエス様の人性は、神性に囲まれており、人性から神性に対する強い矢印が向かっている。
矢印部分を数えれば4次元的な理解でしょうか・・・。

中にある弱さ、肉的な部分を、外にある強さ、霊的な部分が覆っていて、そこを強い矢印が向いているということです。

つまり、ワークは常にフェイスで覆われており、それがワークからフェイスに向かう矢印で結ばれているイメージとなります。
ワークだけを考えたり、フェイスだけを考えたりもできないし、天秤のように傾いたりすることもありません。
このような緊張を保って関係にあるのです。

福音主義なのか、キリスト主義なのか、聖霊主義なのか?
まあ、イエス様を否定しない限りどれでもよいのですが、
しかし、バランスを崩せばイエス様を否定することになってしまうのです。
だから、常に祈り求める必要があります。

イエス様しかこのバランスを完ぺきにこなした方はいらっしゃらないからです。
使徒パウロの言葉を借りれば、

コロサイ3:10『造り主の姿に倣う新しい人を身に着け、日々新たにされて、真の知識に達するのです。』

イエス様を身に着け、日々新たにされなければ、正しい認識に達することはありません。
その止まることのない祈り求める、黙想する、考えるというような運動が止まれば、おしまいなのです。 
目を覚ましていなさいとイエス様がおっしゃったのは、この緊張を保ち続け、祈り続け聖霊様により頼み続けることでありました。
常に、バランスを崩さぬように、祈り求める者となりましょう。 

風邪をひく・・・。

外では桜が咲いているというのに、寒暖の差に負けて風邪を引きました。
まぁ、いつものことですけどね。

病気になる度ごとに、弱い時にこそ強いと祈り続ける自分が確認されてとっても良いことです。

淀橋教会の祈り会に出ましたが、たくさんの病人のための祈り、回復の感謝を祈りました。
そう、私が弱い時にこそ主の強さを体験することを信じまする。

マタイ27:52-53の謎

マタイ27:52-53

墓が開いて、眠りについていた多くの聖なる者たちの体が生き返った。
そして、イエスの復活の後、墓から出て来て、聖なる都に入り、多くの人々に現れた。

この箇所は非常に難解です。
解説書によっては、ラザロが生き返ったように、本当にこのようなことが起こったのだとか、
いやいや未来の姿をここに書いているだけだとかまとまってもいません。

さて、考えてみましょう。

この生き返ったとか、出て来たとか、現れたとかいうギリシア語たちは全て直説法不定過去が使われています。
よって、いわゆる単純な過去形として書かれるものであるニュアンスが強いものです。
ですから、マタイはこのようなことが確実に起こったことを表そうとして書いているのは、間違いありません。

しかし、このようなことが本当に起こったのだとすると、
黙示録が言うところのイエス様が再臨なさる時に起こる出来事が、
イエス様の死と復活の時点で起こったことになり、ちょっと理解しがたい感じとなります。

むしろよく読むと、この52節と53節の内部にも、矛盾があります。
墓が開いて生き返ったのに、イエス様の復活まで3日待ってから、墓から出てきたとしているからです。
墓の中で3日間待ったのでしょうか?
なんともよく考えると、わからない表現となってしまっています。

さて、こういう緊張感があるみことばを解釈しようとするときは、気を付けなければならないのです。
解釈を間違えば、人たちをつまづかせるような聖書の矛盾、聖書の欠点として処理されてしまうからです。

一番大切なのは、この手紙を受け取った人たちが何を考えたのか?ということです。 


この箇所は、マタイによる福音書にしか存在しません。
とすると、マタイによる福音書の特別な使命感を考えなければならないでしょう。

この手紙自体が、ユダヤ人共同体に向けて書かれたものであるという事実です。
そして、ユダヤ人共同体を考えるうえで重要なのはAD70年という年代です。

これは、エルサレムが陥落する、無くなってしまうのがこのAD70年でした。
ユダヤ人にとって神殿が破壊され、エルサレムが霊的に機能しなくなったのは衝撃でした。
まさに、ユダヤ人にとっての終末はその時だったのです。

これにより、神殿を中心として活動していてたサドカイ派は力を失いました。 
ユダヤ教は、シナゴーグを中心として活動するように変化していき、
ますますファリサイ派の勢力が力をましたわけです。

さて、マタイによる福音書がAD70年より前に書かれたのか?後に書かれたのか?

これははっきりと決めるような証拠はありません。
どちらにもとれる記述がマタイによる福音書にはあるからです。

しかし、AD70年より後であると考えると、この52、53節の謎は一気に解きやすくなります。

AD70年より後は、クリスチャンが完全にユダヤ教から分離しました。
これまでは、ユダヤ教の一派として見られていたクリスチャンたちは、
ユダヤ教とは、違う宗教であることをだんだん認識されていきました。
特に、ユダヤ教の中では、クリスチャンを攻撃し迫害する傾向が強くなっていきます。

さらに、使徒パウロの働きを見ても分かるように、
ユダヤ人のクリスチャンは、中心的にリーダーから外れるようになっていきました。 

むろん、ペテロや小ヤコブは生粋のユダヤ人でしたが、
使徒パウロは外国生まれ、テモテに至っては混血でした。 

福音宣教で大きな実を結ぶことになったのは、異邦人たちであり、
ユダヤ人の改宗者はむしろ少なかったのです。

自分たちはクリスチャンになったがゆえに、ユダヤ人としてのアイデンティティは無くなり、同胞からは異端申告をうける・・・。
教会でのユダヤ人クリスチャンは少数となっていき、中心的な人物はでなくなっていく・・・。

AD70年以降のユダヤ人クリスチャンはどんどん、心細くなって立場を失っていくという状況にありました。


このような異邦人教会の中にいる、ユダヤ人クリスチャンたちに向けてマタイによる福音書が書かれたのであれば、この52、53節は十分に理解できるようになります。

重要な語句は、「聖なる都」という単語です。
つまり、AD70年にエルサレムは無くなっています。
なくなっているのに、聖なる都をわざわざ使ったとすればどうでしょうか?

つまり、信じて救われるものは、真のエルサレムへ入っていくのであるという未来的な希望を表現しているということです。
目に見えるエルサレムは無くなったが、さらに偉大なる新しいエルサレムが用意されている!

この未来的な希望が過去形として書かれること自体は、珍しいものではありませんでした。

使徒パウロはこう言っています。 

エフェソ2:6
『キリスト・イエスによって共に復活させ、共に天の王座に着かせてくださいました。』

私たちが、復活したし、天の王座に着いた。と表現しているのです。
このギリシア語も直説法不定過去が使われています。 

要するに、未来の出来事であるが、あまりにもそれは確実に起こることが決まっているので、
それを過去形で表現しても、問題はないという時に使われるものです。


これと同じことが、52、53節の過去形にも言えるとすれば、どうでしょうか? 

信じて聖なるものとされたものたち、つまり、この福音書を呼んでいる読者たちが、
死んで墓に葬られるとしても、イエス様の死と復活の力によってよみがえり、
約束された聖なる都、新しいエルサレムへ入っていくという希望を確信的に確実的に表現しようとしたわけです。

ユダヤ人たちが直面していた問題たち。

現実世界において、非常に心細く、あまりいいとは言えない状況において、
救いの確信を与え、さらに希望を与える励ましの言葉を、
マタイは、このイエス様の死の時点で書き記したのではないでしょうか? 

大きな励ましに満ちた、天国の約束。ユダヤ人だからこその葛藤を乗り越える希望の力をマタイはここに込めたのだと思います。