2007年02月

こんなサイトがあります。

「韓国は“なぜ”反日か?」

なかなか興味深い内容と思います。
どう受け取るかは
人それぞれでしょうけれど、
一読の価値はあるかと。

1年ほど前の情報ですが、
当時とそれほど状況は変わってないような。

ちょっと長いので、
時間のあるときにでもどーぞー。

で、読まれた方もしくは読んだことのある方、
もしよろしければ、以下のアンケートに答えてもらえるとうれしいです。
ちょっとした世論調査みたいなもんだと思っておくんなまし。

「韓国は“なぜ”反日か?」ってどうだった?
(当てはまるリンクをクリックしてください)


 投票しないで結果を見る

(選択肢に当てはまらない場合はコメント欄にお願い致します)

関連記事:
「韓国は“なぜ”反日か?」はどこまで本当か?
「韓国はなぜ反日か?」は本当か?その2

今回のタイトル写真
年始に行っていたMaxixeの市場にて撮影。
同じ仕立ての帽子に、
別々の有名ブランドのマークがついてます(笑)

Nike、DIESEL、ラコステ。
どう考えてもパチモン。

で、DIESELのやつが気に入ったので買いましたw
愛用中です。

○ちなみに前回のタイトル写真は、
そのMaxixeに行く途中に
バスがエンジントラブルになって
9時間足止め食らった時のもの。

たまたま南アから来られていた
日本人の方と一緒にだったので、
待ち時間があまり苦になりませんでした。

一緒に待っていたモザンビークの
子どもたちも無邪気でかわいかったな。
すばらしい出会いに感謝。

○「佐賀のがばいばあちゃん」読みました。
とてもいいお話だったので未読の方はぜひぜひ
手にとってみてください。
心があったかくなる本です。

「本当の優しさとは、他人に気づかれずにやること。」
著者をささえるいろんな方のその優しさに涙が出ました。
それはたぶん自分が全然できてないから。

「幸せはお金ではなくその人の心のあり方が決める。」
それをばあちゃんが教えてくれたと島田洋七さんは言います。

個人的には、お金がなくても幸せになれるが
幸せになるためには努力や苦労は必要なんだよ。
というメッセージも同時に感じたり。

○仕事はぼちぼち
なかなか思うように進みません。
もっと勉強せな。。

それではまたー。

つい最近まで、
ツボスケという名称はインターネットの中ではほぼ私が独占していました。

ところがついに、
この世界に別のツボスケが現れたという情報をキャッチしました。

どうやら、ある新製品の製品名として使われているようです。

そして、これがその問題のライバルサイトです。

[インポ回復するツボスケ]
http://www.rare-live.com/cgi-bin/rare-live/siteup.cgi?category=1&page=0


とんでもない相手がライバルになってしまいました。

ご覧になっていただければ一発でわかりますが、ようするにインポ対策の製品です。

インポによく効くツボを刺激するパンツ状の製品らしく、しかもアンダーヘアに隠れるような画期的な造りになっていて着けていることを悟られにくいという、とても素晴らしい製品のようです。

念のため説明しますと、インポとはインポテンツのことで、広辞苑によると「陰茎の勃起不全または不能のために男子が性交不能に陥った状態、、ってそんなことは説明不要ですか、そうですか。

ちなみに私は今のところまだぴんぴんしているので、あちらのツボスケさんのお世話にはならなくてすみそうで、受けついだ遺伝子に感謝しつつも、相手がいないため日夜自主トレに励んでいます。

遺伝子と言えば、ちょっと気になるのが髪の毛の方です。

ここ数年で、だいぶ額のはえぎわがドラゴンボールのべジータに近づいてきました。

俗に言うべジータ症候群というやつです。
・・違いますか?

とにかく私が受けついだ遺伝子にはそういう暗黒面もあるのです。

とはいえ、ツボスケさんのお世話になるか、べジータ症候群になるかと言われたら、どちらかというとまだべジータ症候群の方がましな気がするので、やはりこの遺伝子には感謝すべきなのでしょうか。

・・・と話がそれましたが、ツボスケとはどんなもんなのか、一度使ってみたいものです。

敵を知り、己を知れば百戦危うからずと言いますし。

自分で買えれば一番いいのですが、モザンビークにいて通販で買えるのか?とか、持ち込んだ時に税関でなんと説明すればいいのか?とか色々と障害がありすぎますし、そもそも買っても効果を確かめようがないのが一番の問題点ですね。

残念。

でもないか。

おばちゃんは長い間、僕たちの家族の一員でした。
思うようにならない足で、ずっと家事を手伝ってくれていました。
ここ数年は僕の持っていた本をたくさん読んでいました。
自分が面白いと思った本をおばちゃんも面白いと思ってくれたことが
とてもうれしかった思いがあります。

そして、知らずのうちにおばちゃんに教えられていたと、
おばちゃんが亡くなった今、ようやく気付いたことがあります。

人間は人それぞれ、どうしてもお金を稼ぐ能力には差があります。
立場が弱かったり、体に障害があったりすることもあります。
けれど、それでも、人間としては対等なのだ。
ということを教えてくれたのはおばちゃんでした。

足が不自由なおばちゃんと一緒に暮らしていたから、今の自分になり、
そういうおばちゃんを家族の一員として、一緒に暮らそうという家族だったから、今の自分になり、
弱い立場の側に立ちたい、と思えるようになれたのです。

人間は平等じゃないかもしれない。けれど、対等なんだ。そうですよね、おばちゃん。
おばちゃんが亡くなったのを聞いて、感謝の言葉を送りたかったと考えた時、ようやくその自分の信念がおばちゃんからもらったものだったという事に気付きました。

おばちゃんありがとう。おばちゃんがいてくれたおかげで、今の自分はいます。
この感謝の気持ちを生きている間に伝えたかったです。
葬式にも出れず、申し訳ない気持ちでいっぱいです。
おばちゃんからもらった信念どおりに行動できているか
はなはだ自信がないけれど、いつかその信念どおりの行動が取れるようになります。

日本に戻ったらすぐにお墓に会いに行きます。
その時によい報告ができるよう、
モザンビークでがんばります。

ゆっくりとやすんでいてください。

   2007年2月3日

1/31に、同期隊員の一人が帰国することを知った。
そして同じ日に、大学時代の同級生が仕事中の事故で右手の肘から先を失ってしまったらしいという連絡が入った。
さらに2/3に、実家のおばちゃんが亡くなったとの電話があった。

僕の家には昔から祖母の姉が一緒に住んでいた。
そのひとのことを祖母(おばあちゃん)と区別するために、おばちゃん、と呼んでいたのだった。

前日までは元気で、原因は心筋梗塞だったそうだ。
もう90歳を超えていて、大往生だろうとのことだった。

モザンビークに行ったら手紙を出すよと約束していたのに、
結局出せないまま、いってしまった。

そのことがものすごく残念だったから手紙を書いた。
メールで送って、お棺の中に入れてもらおうと思ったのだ。
そんなことをしてもおばちゃんに伝わるわけではないけれど、
やらずにはいられなかった。

実家に送ると、それを少し手直しして弔辞として使ってくれるという。
伝えたかったことをありのままに書いてそれが弔辞として使われるのがうれしかった。

自分自身の活動がようやくほんの少しうまくいきかけてきた時に
とんでもないニュースが3つもいちどに舞い込んできたのだった。

近年にない、えらくヘヴィーな一週間だった。

彼女は最後まで明るかった。
むしろ考え抜いて決断したことで、すっきりしていたようにみえた。
笑顔でマプト空港から出発していった。

帰国ではなく、
彼女の新しい旅立ち、出発なのだと思った。

自分で何かができる、動けるというのが一番うれしいと言っていた。
彼女には何ひとつ落ち度はなく、すべて事務所の不手際が原因だけに、
何もできないこの3ヶ月は本当に苦しかったろうと思う。

彼女は訓練中からほんとうにがんばっていた。
誰よりもがんばっていた。
いつも語学の資料を持ち歩き、空き時間を見つけては勉強していた。

語学だけじゃなく、体力測定なんかでも真剣だった。
こんなに真剣に体力測定する人初めてみたよ、などと言われていたくらいだった。
彼女はどんなことに対しても
常に真剣に、一生懸命取り組んでいた。

僕はいつも彼女のがんばりに励まされていたのだ。
自分もがんばろうと。

・・よし。もうちょっとがんばてみよう!

↑このページのトップヘ