いつの間にやら3月になってしまいましたがいかがお過ごしでしょうか。

という書き出しのこの文章を書きかけたまま、いつのまにか4月になってしまった。
実は、理由が理由だったのであまり自分から人に連絡はしなかったのだけど、2月から3月にかけて2週間ほど日本に帰っていた。そのあいだのできごとを報告しようと思って書いていた文章だったのに、どう書いていいやら悩んでいるうちに1ヶ月が過ぎてしまっていたのだった。
たぶん、自分の中で心の整理ができていなかったのだろうと思う。

父方の祖父が危篤だという知らせを受けて日本に帰り、その2週間の間に祖父と祖母が亡くなった。
ふたりとも長くガンを患っていて、そろそろ危ないと前から聞かされていたのでそれほどショックは大きくなかった。

10年以上前のことになるが父方の祖母の告別式に出られなかったことがあったので、祖父の葬式には絶対に出たいと思っていた。
自分がこちらに来る前はわりと元気だったので2年後でも会えるような気がしていたけれど、急に悪くなったのだそうだ。
結局臨終には間に合わなかったが、通夜と告別式両方に出ることができた。
帰国の際は事務所や職場で惜しみなく協力を頂いて、本当に感謝しています。

告別式を済ませた次の日に、入院していた母方の祖母を見舞った。
たぶん孫のほとんどは見舞いに来ていたのだろうけれど、自分だけが顔を見せていなかったのかもしれない。おばあちゃんは涙を流して喜んでくれた。
付き添いをしてくれていた親戚の方が、自分が来ると前の日に知らせてくれたそうで、おばあちゃんはおこづかいを用意してくれて、「少ないけれど」と言って渡してくれた。
モザンビークは物価が安いから少なくても沢山買えるよ、と冗談を言ってみたりした。おばあちゃんも笑ってくれた。

この日はわりと言葉もはっきりしていて話も出来たのに、次の日からはもう意識もほとんどないような状態になってしまったそうだ。
2日後に祖父の初七日を終えて一息ついたあとに、祖母が亡くなったという知らせを受けた。
おじいちゃんのおかげで最後におばあちゃんに会えたのだから、おじいちゃんに感謝しないとね、という話をした。


今日、『「死」の教科書』という本を読み直した。
別のことで気になってずっと前に買ってあった本で、事故、自殺、死刑、終末期医療など、様々な死の形を取材したノンフィクションものの本だ。
未読だった終末期医療の章の中で紹介されていた言葉を読んで、ああそうだったのか、と心の中にすとんと落ちた。

「死は人生の終末ではない。生涯の完成である」

ドイツの宗教学者ルターの言葉だそうだ。

そうなのだ。
おじいちゃん、おばあちゃんは、本当に素晴らしい人生を完成させたんだなあと。
そう思ったのだった。


ちなみに、今回のタイトル「祖父と祖母」を漢字変換しようとして、「ソフト祖母」になってしまった、というのはまた別の話。