2006年01月

2006年01月28日

最終兵器彼女 65点(100点満点中)

突然だけど酒井美紀って劣化しないよね? しかもかわいいし
公式サイト

漫画と実写映画というメディアは、視覚に依るメディアであるというのみの共通項があるだけで、本来はまったく別の次元の表現手法であるはずだ。

だから、漫画を実写映画化するという時点で、その映画は、原作の漫画とは別物になってしまうのは当然の事であり、単に「原作と違うから」というだけの表層的な理由で映画を評価するのは、あまり程度の高い行為ではない。

とはいえ、独立した映画として、いかに内容の優れた作品になっていようが、原作を先に読んで内容を知っている者、とりわけ、原作を読んで大いに感動し、自己内における評価が高くなるが故に美化されてしまっている者にとっては、原作と違うという点がそのままマイナスの評価となってしまうのも、人情として致し方のない事ではある。

つまり、漫画の実写映画化自体が、企画を立てるのも容易で、話題にもなりやすいという、製作側の上の方にとっては楽な仕事であるのに対し、実際に作品づくりを任されるスタッフ達にとっては、余計な評価点が増える上に、その点で高く評価されることが一番難しいものとなり、観客にもまた観る前から色眼鏡を掛けさせてしまうという、極めて人泣かせななものと言える。


本作「最終兵器彼女」の原作漫画は、「漫画」という、二次元上の絵と文字のみで構成される「限定されつつも無限」なメディアの特性を、作者の能力の全てを出し切る形で最大限に活かされた構成と表現になっており、このカラーをそのまま実写に置き換えるのはまず不可能であるし、それを求める事も無意味である。

頻繁に行われる、シリアスとギャグの切り替えによる緩急の妙。個人的な恋愛感情と地球レベルの危機的状況とを並行して扱い、個々人の感情を詳細にリアルに描く一方、世界情勢そのものは絵空事のような感覚で描かれる上に、結局何がどうなったのかは最後まで直接的な説明がないという、徹底して個人の視点に立脚した世界の描写。柔らかくふんわりした絵には一見相応しくない、容赦なく生々しい死と生(性)の描写。

この映画には、述べた様な原作の独特のテイストは無い。そして前田亜季のアイドル映画としても、おそらく機能していないと思う。何より完全に劣化してしまった前田亜季を見ているのは辛いものがある。

しかしこの映画、実はそんなに悪くはない。むしろ思っていたよりもよく出来ているというのが、正直な感想だ。ストーリーは、原作テイストの再現にこだわらなければ、バランスよく取捨選択され構成されているし、少年と少女の恋愛描写も、前田亜季が劣化している事に目を瞑れば、充分にこっぱずかしく描かれている。CGや特撮を使った戦闘シーンの映像も、予算レベルを考えれば充分納得のいくものだ。

少なくとも、熱狂的な原作信者以外から酷評される謂れはなく、製作スタッフはよく頑張ったと評価されていいだろう。




tsubuanco at 15:54|PermalinkComments(4)TrackBack(0)clip!映画 

2006年01月22日

6年目の悲劇

仮面ライダー響鬼 最終之巻「明日なる夢」

最終話の感想というより作品の総括。
始まった当初は、いきなりのミュージカル的演出などにとまどったものの、鬼、猛士、魔化魍など練り込まれた世界観や、大人がみんな大人である事など、クウガと共通する高寺テイスト溢れる独特の空気感が心地よく、明日夢の成長がテーマな割にほとんど成長しないとか、単なるヘタレでしかない明日夢が何故チヤホヤされるのかわからないなどの不満点もあったが、なかなか楽しめる作品だった。
プロデューサーと脚本家が交代した30話以降、井上敏樹の作り上げた新しい響鬼世界は、威吹鬼&あきら、斬鬼&轟鬼、朱鬼&斬鬼といった、それぞれ異なる鬼の師弟関係の対比を徹底して描き、鬼であり続けるもの、鬼を辞めるもの、などのエピソードを通じ、響鬼&明日夢・桐矢の、本作メインとなる師弟関係の結実に収束させるというものとなった。のだが、制作者側にとっても唐突な体制変更において、キャラクターや世界観などを前半と整合させる事が出来ず、また時間的問題もあってか、一時期は「仮面ライダー斬鬼」というタイトルの番組なんじゃないかと思わせる様な展開を延々続けておきながら、それは最終的な展開においてあまり意味を持たず、むしろ物語の終熄を駆け足にしてしまった始末で、決して褒められた構成ではない事は確かだ。
明日夢と対比させるためのキャラとして出したはずの桐矢もまた、明らかに失敗といえる。これは井上の責任ではないが、そもそも「鬼の弟子」としてはあきらと轟鬼という存在が前半からあり、特にあきらは明日夢と同級生という設定が用意されていたのだから、本来は桐矢の様に弟子としての明日夢のライバルとなるキャラとして機能すれば、明日夢の成長のドラマを膨らませる事も出来たし、何より桐矢の様なキャラを出さなくて済んだのだ(笑)。この辺りのキャラクター配置の甘さは当初からのもので、それが路線変更に際し、大きな傷口として露呈してしまったのだろう。
井上が書こうとしたドラマは決して間違いではなく、むしろいくらでも面白くなる可能性は持っていた。ただ、前半との擦り合わせを徹底させるだけの余裕がなかった事が、この様な残念な結果になってしまったというところだ。最後まで高寺か、最初から白倉&井上か、一貫した「仮面ライダー響鬼」を観たかったというのが、最終的な感想だ。本当に残念。

絶対に謝らない」桐矢が最終的に響鬼の弟子として認められ成長したのは、前半で威吹鬼のバイクを壊しても謝らなかった響鬼と、実は似た者同士だったからだと思っておこう。




tsubuanco at 17:36|PermalinkComments(0)TrackBack(0)clip!テレビ・ラジオ 

2006年01月18日

七人のマッハ!!!!!!! 70点(100点満点中)

チャランボー!
公式サイト

日本の配給会社が付ける邦題は全く信用出来ない事は先刻ご承知だったのだが…またダマされたw

この映画、「マッハ!」とは全然関係なく、共通項は単にタイのアクション映画であるというだけ。しかもタイトルにある7人だけが特別活躍をするというわけではなく、更に主人公はムエタイで戦うよりも銃撃戦の方が多い。看板に偽りありすぎである。もっとも、このタイトルに惹かれて観に行ったのだから、まんまと狙いに嵌められたわけだ。

とはいえ、映画そのものはつまらなかったという事は決してなく、いきなり本当に死んでるんじゃないかと思わせる様な、あまりに危険すぎるアクションシーンから始まり、否応なく作品世界に引き込まれてしまう。続いての、国を代表するスポーツ選手達が寒村を慰問に訪れるシーンでの、人情溢れる和む描写は、その直後に村を襲う惨劇とのギャップを生み出し、より悲劇性を引き立たせている。

この容赦のカケラもない虐殺シーンの描写はさすがタイ映画といったところで、あまりの悲惨さに目を背けたくなる程。おそらく、荒唐無稽なムエタイアクション映画を期待して観に来た普通の客は、この時点でかなり引いてしまったと思うw

テロリストの人質となった村人達が、ラジオから流れるタイ国歌を耳にし、「自由・平和とは、戦って勝ち取るものだ」と、拳を振り上げ口々に国家を歌いながら立ち上がる場面は、本作一番の燃えどころであり泣きどころ。

なのだが、その直後に何の作戦もなく素手でテロリスト達に戦いを挑む村人達は無謀すぎwそして死にすぎwていうかそんなに村人多くないだろと。

ここに来て初めて、宣伝通りにスポーツ選手達がそれぞれ特技を活かして戦うわけだが、体操選手が平均台や鉄棒の技でテロリストを倒す描写はなかなかカッコいいのだが、サッカーやセパタクローに関しては、片足が欠損した松葉杖の少年がセパタクローの技を使いこなす描写はよかったものの、それ以外は明らかにカットを割ったり特撮を使ったりで今イチ。

主人公の妹であるテコンドー選手が一応のヒロインなんだろうが、どう見てもタイ人の主人公に対して、妹はどう見ても韓国人にしか見えないw。しかもこの妹は敵の女ムエチャッカーと戦うのだが、どう見ても敵の方が美人です。ありがとうございました。

この女ムエチャッカーは、最初に村を制圧した際に、仏教の祭壇の装飾を蹴り倒すのだが、最期は予想通りにこの蹴り倒した装飾品の槍が腹に刺さって死ぬ。やはり、「ウルトラ6兄弟vs怪獣軍団」でも「マッハ!」でも、そして本作でも、タイ映画では総じて「仏様を粗末にする奴は死ぬべきなんだー!」という思想が一つの黄金律の模様。

更に、村一番の高僧を射殺したテロリストは木っ端微塵に爆死する始末。悪人の悪人っぷりを徹底して描いてあるだけに、徹底した勧善懲悪ぶりがまたカタルシス溢れるものとなっている。

というわけで本作は、タイトルに対する違和感はあるし、ストーリーもムチャクチャではあるものの、充分に楽しめる作品ではあるのだ。

ただ、「マッハ!」でも感じた、見せ場をスローで繰り返す演出が少し鼻に付くのが残念だが。



tsubuanco at 16:48|PermalinkComments(0)TrackBack(0)clip!映画 

2006年01月13日

男たちの大和/YAMATO 20点(100点満点中)

土星の矢に気をつけろ!
公式サイト

東映が気合いを入れて作った大作映画は、大抵が気合いの入れどころを間違えてしまう。という法則がそのまんま当てはまってしまった作品。さすが東映は裏切りません。ちっともうれしくないが。

本作は現代と大戦時を交互に描写する構成なのだが、冒頭の現代パートのドラマが異様に長くいつまでたっても大戦時に話が進まない上に、この現代パートで何をしたいのか全然わからないので冗長で退屈になり、いきなり帰りたくなるという始末。

この時点でこの作品は失敗していると思う。結局最後にその意味はわかるのだが、そこまでの持っていき方に無駄が多いというかほとんど無駄。特に仲代達矢が心不全で死にかけるシーンなどは本気で何の意味があったのかがわからない。

メインとなるべき大戦時パートは、映画タイトルの通りに男たちが大切なものを守るために戦った描写が勇ましくも哀しく繰り広げられると思いきや、母親、妻、恋人などの女たちのベタベタなお涙頂戴ドラマが延々と挿入され、肝心の「男たち」の比重が少なくされてしまっている。

せっかく撮影用に大きい大和を作ったのに、その巨大さを実感させる様なエピソードも演出もなく、非常にもったいない。傾く甲板を滑り落ちていく兵士達の映像は結構良かったが、最終的に大和が撃沈する様もほとんど映像として描写されず、壮大なカタストロフを期待していた者として物足りない事この上ない。

登場人物達の描写も散漫でわかりづらく、ドラマとしてみせる工夫が感じられない。ところどころに顔を出す反戦的メッセージもまた中途半端。

と不満だらけな訳だが、不満に感じた部分は脚本家の更迭による内容変更によって改悪された部分がほとんどで、やはり日本の映画をダメにしている老害連中には、一日も早く御隠居願いたいと切に願うのだ。

まあ安易に泣きたい人向けではある。だからヒットしてるんだろう。




tsubuanco at 15:54|PermalinkComments(8)TrackBack(5)clip!映画 

2006年01月12日

キングコング 90点(100点満点中)

怒りのメガトンパンチ
公式サイト

デビュー作から指輪まで、一作たりともハズレを作った事がない天才ピーター・ジャクソン(以降PJ)の最新作である。しかも元祖怪獣映画キングコングのリメイク。これは絶対に観るしかない。と思いつつも、いろいろと忙しくてなかなか時間が取れず、年が明けてやっと観に行けた。やはり期待を大きく上回る大傑作だ。

冒頭では当時の世相を説明しつつキャラクターを配置し、観客をスムーズに作品世界に導入させる手法はよく構成されており、結構な尺が割かれている筈のこのドラマ部分にダレがなく、少しも退屈しない。

髑髏島では、撮影隊がブロントザウルス(!)や巨大虫に襲われる冒険シーンや、キングコングと暴君竜(!)が格闘するシーンなど、迫力に満ちた映像の連続で一瞬たりとも目が離せない怒濤の展開が延々と繰り広げられる。

場面がNYに移っても、コング大暴れからエンパイヤステートビルでの対戦闘機戦に至るまで、同じく驚愕の映像の連続。ここまで目まぐるしく動きまくりカットも切り替わりまくる映像を、少しの違和感も出さずにスムーズな流れとして見せてしまうPJの映像構成能力はもはや神レベルである。

コングとアンとジャックの3角関係をドラマ的主軸として展開されるストーリーは、アンやコングの心情の変遷を、セリフに頼る事なく(コングは喋れないから当然だが)映像と演技で表現し、それが観客にしっかりと伝わる見事なものとなっており、これまたPJの演出力の非凡さの証明である。

そしてアン・ダロウを演じるナオミ・ワッツは、今までのどの出演作より美しく撮られていて、PJのデビュー作「バッドテイスト」は男しか出てこないし、「ブレインデッド」のヒロインは明らかにブサイクだったりと、これまでヒロインに不遇だったPJもさぞ撮っていて楽しかっただろうと想像してしまうのだ。

オリジナルである33年版は別格として、今までに数多く作られたキングコング映画とそれに類する大猿映画の中で、これに匹敵する作品はないと断言出来る。ぜひ続編の「コングの復讐」も作ってみてほしいものだが無理か。



tsubuanco at 17:15|PermalinkComments(3)TrackBack(3)clip!映画 

2006年01月10日

モンキーパ〜ンチ!

西遊記 第1話

月9にストーリーを期待するほどバカではないので、せめて子供番組の何倍も金をかけた映像くらいは楽しめるかもしれないと思っていたのだが…

どう見てもかくし芸大会です。ありがとうございました。

ほんの少し画質を変えるだけで、いくらかチープさは誤摩化せる筈なんだが、何故あんな明るく鮮明な画質のままにしているのかが謎。どんなに大きなセットを組んだ事を自慢しようが、アレを見て凄いと感じる視聴者がいると、制作者が本気で思っているのなら、ずいぶんとバカにされたものだ。

筋斗雲をボードに変更したのは、独自性を出すためのアレンジなので別にかまわないが(カッコいいとも思わないが)、弟子になる順番などの本筋そのものや、キャラ設定などを何の意味もなく変更してしまうのはどうか。不死身の肉体を持つ石猿が、火傷をしたり人間に殴られて気絶する。あまりの重さに悟空しか扱う事の出来ない如意棒を、人間に盗まれてしまう。重要な存在である筈の三蔵法師の馬にすらいない。そういう最低限の基本設定すらおそらく知りもせずに脚本を書いているとしか考えられないお粗末さ。そのくせ沙悟浄はカッパ三蔵法師は女優が演じている。そういう部分は過去の例に囚われ、何の思慮も工夫も感じられない。あまりに志が低いとしか思えない。出演者達はそれなりに頑張ってやっている様には見えるので、よけいに残念だ。

というか深津絵里の顔のボツボツが汚いのをなんとかして下さい。



tsubuanco at 16:42|PermalinkComments(4)TrackBack(0)clip!テレビ・ラジオ 

2006年01月09日

信じあうのが家族です

魔法戦隊マジレンジャー 第44回「母さんの匂い〜ジルマ・ジルマ・ゴンガ〜」

前回から続いての、マジレジェンドVSトードの母さん争奪戦、ブレイジェルVS冥府神、トラベリオンVSカエル卵の3つの戦いが並列進行する構成が秀逸。まだCM前とは思えないテンションでトードと戦うマジレジェンドの戦闘シーンは、見ているこちらまで力が入ってしまう出来に。これは新撮の戦闘映像によるものもちろん大きいのだが、何よりも「母を救う」という小津兄弟達の意志を熱く描写した脚本と演出があってこその燃えなのだ。それはまた、今回だけの問題ではなく、番組開始当初から今まで、事あるごとに出されていた「家族愛」描写の積み重ねが前振りとなり、今この場面のテンションにつながっている事は言うまでもない。これはこの後の母子の再会シーンでも同様。番組開始当初、母親の自己犠牲によって救われた子供達が、多くの戦いを経て大きく成長し、今度は自分たちが命を懸けて、見事に母親を救い出し、再会を果たす事が出来た。武上センセイの「ゴーゴーファイブ」最終回などは、何の伏線も無くいきなり生き別れの母親が登場し、感動の再会とやらを見せつけられたところで、見ている側は何の感情移入も出来ず逆にシラケてしまうだけだったのだが、本作はそうではない。自分達の経験を母に語る兄弟。それを聞いて喜ぶ母。この場面で感じる感動は、その場だけで取って付けた様な感情表現ではなく、長いドラマによる蓄積あってこその本当の感動となっているのだ。
普通の人なら、先述の再会場面が今回一番の感動しどころとなるのだろうか、だが自分が最も感動した場面は、この後にある。主題歌をバックに揃って変身し、名乗るマジレンジャーとマジマザー。母さん役の渡辺梓自ら中に入って新撮したマジマザーの変身映像はシビレる程にカッコ良く美しい。とても自分より年上とは思えない萌えキャラである。本作の2大ヒロインは、麗と芳香ではなく、母さんと山崎さんなのだと大いに実感した瞬間であった。更にここにブレイジェルがマジファイヤーとしていてくれれば…とも思うのだが、それはまだお預けの様だ。
ともかく今回は、最終話までもうちょっとだけ話数があるのに、こんな、今までで最高のテンションを見せつけてしまって大丈夫だろうか。と心配になってしまう程の素晴らしい出来。いい歳こいて子供番組を見続けているのは、こんな感動を味わえるからでもあるのだ。




tsubuanco at 16:53|PermalinkComments(0)TrackBack(0)clip!テレビ・ラジオ 
Comments