2006年09月

2006年09月30日

涙そうそう 85点(100点満点中)

媚・妹・Baby
公式サイト

"早すぎた兄の死"を歌った、夏川りみの同名ヒット曲を元ネタとし、そのタイトルからもわかる通り"泣かせる"狙いで作られた映画。

物事を斜に構えて見る事がカッコいいと勘違いしている(精神的に)若い層などは、この手のジャンル自体をバカにする傾向にあるが、"人間の特定の感情を刺激する"事を狙って作られる映画として、"笑わせる"コメディ映画や"怖がらせる"ホラー映画と何が違うというのか。

いかにもな宣伝のあざとさを嫌う気持ちはわかるが、それはどんな映画でも同じだし、その事と映画自体の出来とは切り離して考えるべきだろう。

母親の再婚によって血のつながらない妹・カオル(長澤まさみ)と暮らす事となった洋太郎(妻夫木聡)は、再び男に捨てられ早逝した母親の、「妹を大切に」という遺言を守り、カオルの幸せこそが自分の幸せと、高校を中退し、朝から晩まで働き続けるのだが…というお話。

ストーリーは非常にストレートでわかりやすく、難解な相関図も、あっと驚く謎解きも、そういった要素は全くない。人物も展開も、余計なものを極力排したシンプルな作りは、作り手が見せたいものをハッキリ観客に提示するための手段だろう。

ストーリーがシンプルな分、いかに登場人物達を魅力的に描き、感情移入させ、作品世界に没入させるかが重要となる。

まず冒頭で、主人公である洋太郎とカオルの兄妹それぞれの、明るく、素直で、誰にでも優しく、笑顔を絶やさない、そしてあまりにも仲がいい、表層的な人物描写が強調される。そうしてキャラクターをしっかりと印象づけた上で、過去の2人の辛苦を回想として提示する事で、その天真爛漫さと絆の深さに対する、内面的なバックボーンを観客に伝える

この序盤の構成によって、観客はアッサリと作品世界に没入し、男は洋太郎に、女はカオルに感情移入させられる。こうした作り手の狙いに乗れるか乗れないかで、本作を楽しめるかどうかが決まると言っていいだろう。もちろん乗れた者勝ちだ。

更に、兄に彼女を紹介されたときのカオルの反応や、妹の寝顔を見つめる洋太郎の戸惑いなど、"表情の奥にある感情"によってキャラクターを見せ、感情移入を促していく手法が全編通して使われ続け、どんどん感情移入は進んでいく。

その様に感情移入させられた上で、観客は兄妹の運命や心の動きに対し、"感動させられる"事となるのだが、それは単に、"可哀相なお話"を見せるという単純な"泣かせ"だけではない。(それもあるが、あくまでも一部だ)

兄妹の境遇を背景とした上で、序盤から最後の最後まで、兄妹の絆・愛だけで全てのストーリーを引っ張り、カオルの成人で幕を閉じる、あらゆる兄妹のドラマがいちいち観客の感情を喚起し、涙腺を刺激する様に作られている

『Dr.コトー診療所』など、キャラクター人情ドラマを多く書いている脚本家・吉田紀子と、『今、会いにゆきます』など、"泣かせ"を得意とする監督・土井裕泰の本領が充分に発揮されている、この仕掛けのバラまき具合は見事という他はない。

いなくなった妹を捜して台風の中を駆け回り、やっと発見した泣き叫ぶ妹を抱きしめる洋太郎の序盤回想場面と、終盤の、台風で窓が割れ停電し、一人不安に震えているところに颯爽と駆けつけた兄に、泣きながら抱きつくカオルの場面の様に、時間を超え、視点を交換して見せられる同じ構図など、良く練られた構成は、シンプルながら秀逸。

本作は東宝がまたまた"長澤まさみのため"に力を入れて製作した映画であるが、その点に関しては文句なしに大成功していると言って問題ないだろう。『ロボコン』をはじめとした主演作のなかでは、"アイドル女優・長澤まさみ"が最も魅力的に撮られているのだ。

前半の天真爛漫な笑顔と後半の泣き顔との、意図的に作られたギャップによって、両方の表情の魅力を強調されている、カオルというキャラクター設定も大きく作用し、また、沖縄を舞台にしている本作において、明るい青空の元に見せられる先述の表情や、必然的に薄着になる事で強調される、彼女のスタイルの良さ、更には"大好きな兄"に向けられる、あらゆる感情が込められた声など、彼女のあらゆる魅力を今までになく存分に楽しむ事が可能だ。

素材的には最も可愛かった時期に撮られた『ロボコン』も、あるいは"ハイレグ水着による巨乳強調"という飛び道具を使った『ラフ』でさえ、本作には全く及ばない結果となった。この点だけでも充分に観る価値はあるだろう。

本作、"泣くための娯楽作"としては、過剰な期待をしなければ、充分に感動できる、良く出来た作品である。特に、妹がいる男性や、兄がいる女性なら、まるで自分の事の様にハマれる事は間違いない

ベタは面白いからベタとして存在するのだ。ベタな感動を素直に楽しむ事ができる、分別のある大人なら是非どうぞ。


追記:
個人的に一番泣けたのはエンドロール中の映像。その後も映像があるので、本編で感動出来た人は最後まで帰らない方がいいです。




tsubuanco at 15:19|PermalinkComments(13)TrackBack(28)clip!映画 

2006年09月28日

2006年7-9月期ドラマ 後編

前回の続き。サラサラッと簡単に100点満点。
サプリ 20点

全てが上っ面だけのオシャレ感で構成されていて、各キャラクターの個性が定まっていないので群像劇として成立していない。ドラマが中途半端で行き当たりばったり。恋愛劇に説得力が無い。

瑛太は見た目も声も演技も生理的に合わず見てられない。

志田未来の可愛さだけが救い。
ダンドリ。 30点

無駄にキャラクターが多く、そのキャラクターを使った無駄なエピソードのせいで、本筋以外の事に時間を取られすぎ、本筋がおろそかになりがち。

その周辺のキャラクターのエピソードが積み重なって、大団円へと結実するという風に構成すれば良かったのに、全てがバラバラなまま終わってしまう。タイトルに反して全然ダンドリが良くない。

既に劣化が始まった榮倉奈々を主演に持ってきたキャスティング自体が無謀。

ラストのダンスシーンはそれなりに満足。

木南晴夏はもっと売れても良いと思う。
結婚できない男 70点

人付き合いに問題がある独身男の特徴を上手くディフォルメしたキャラクターが、阿部寛の変人演技とマッチしており楽しい。

根本は変わらないながらも、回が進むごとに少しずつ人間が出来ていく主人公を描く、シリーズを通しての進行も程よいペース。

と同時に、製作者が本当に見せたいのは「結婚できない女」の方ではないかと思ってしまう、女性陣のキャラクター配置や動かし方もバランスが良く、キャラクターものとしての世界が確立している。

主人公の趣味へのこだわりに、今ひとつリアリティが無いのがマイナス点。
黒い太陽 70点

伏線おかまいなしに、勢いだけでどんどん変化していくストーリー展開、無意味に頭の悪い登場人物達、無駄に痛々しい暴力・イジメシーンなど、個別に見るとダメダメな要素が化学反応を起こし不思議な魅力を放出した作品。ハマると止まらなくなる。

有能という設定のライバルが全然有能じなゃいとか女一人引き抜くだけで勝負に勝つとか親の死に目にすら合わせてくれない非情な刑事とか、突っ込みどころがいちいち楽しい。

尽くす女・笑子やツンデレ女王・奈緒のキャラクター的魅力に比べ、正ヒロインであるはずの千鶴に巨乳以外の魅力を感じない事と、千鶴と久美子をどう動かしたかったのか最後まで定まらないのがマイナス点。

もう少しキャラクターを整理して、個性を際立たせたら、もっと面白くなったかも。
マイ★ボス マイ★ヒーロー 70点

ネタ自体はありがちなものだが、メインキャラの個性をしっかり立たせており、笑いと感動の配分も上手く、バランスのいい娯楽作に。

視点が散漫になりがちな学園ドラマにおいて、あくまでも主人公を中心に物語を進め、主人公の影響でクラスが変化していくという構成で、余計な寄り道をしなかった事も成功の一因か。

もたいまさこ演じる保健の先生が、安っぽくなりがちなドラマをいい塩梅に締めている。

どんどんメジャーになっていく新垣結衣の、劣化の少なさは奇跡的。香椎由宇のツンデレ女教師演技もハマっており、彼女らの今後の活躍に期待。

普段からホモのチンピラにしか見えない田中聖を、そのまんまホモのチンピラ役で使ったのが笑った。



tsubuanco at 16:46|PermalinkComments(2)TrackBack(0)clip!テレビ・ラジオ 

2006年09月27日

日本以外全部沈没 65点(100点満点中)

村野武範は小泉純一郎よりも菅直人に似ている
公式サイト

小松左京のSF小説『日本沈没』のパロディとして書かれた、筒井康隆の同名小説を実写映画化。

原作は酒の席の冗談から生まれた作品で、そのタイトルからも、筒井康隆が得意としている"悪ふざけパロディ"である事は読まなくてもわかるだろう。

もちろん実際に読めば、予想以上の悪ふざけ精神に満ちた底意地の悪いブラックコメディを堪能出来る事は確実だ。

日本以外の大陸も島も、全部が海中に沈没してしまったため、日本に逃れてきた外国人達は大統領も映画スターもまとめて下層階級として扱われてしまう事となる。というのが基本的なお話。

原作の舞台となる酒場での、主人公"おれ"と友人・古賀の会話や、酒場にたむろする外国政治家達の動向を中心とし、それ以前のあらましや情勢を、主人公達の回想としてところどころに挟んでいくという構成。

アメリカ大陸が沈んでいく際の混乱や、主人公や古賀の家族の描写(主人公の妻がアメリカ人であったり、友人・古賀の妻が"日本人の子供"を身籠るなど)、あるいは総理大臣や防衛庁長官の言動など、原作には無いオリジナルのエピソードがふんだんに追加されている。

酒場での会話のみで全ての話が完結する、たった数十ページしかない短編小説をベースとしながらも、視覚的に変化を持たせ、同時にドラマをも膨らませていく事で、長編作品として充分に楽しめる内容に改変されていると言っていいだろう。

総理と防衛庁長官役に、かつてのドラマ版と映画版で小野寺役を演じた村野武範と藤岡弘を起用したり、中国国家主席や韓国大統領が一目でそれと分かる顔だったり、(国名は出ないが)北朝鮮の独裁者が登場して無駄な抵抗をするなど、パロディ精神も充分。

また、監督・河崎実のライフワークとも言える『電エース』ネタ(もちろん変身前は河崎実、中の人は破李拳竜だ)や、"外人攻撃部隊=GAT"(怪獣攻撃隊=MATのパロディ)というオリジナル設定、あるいは都市の爆発破壊シーンが特撮研究所のバンク映像だったりと、マニアックな特撮ネタも充実しており、単に『日本沈没』だけではなく、様々なパロディを楽しむ事も出来る。

大量に日本に逃れてきた外国人が、日本人から邪魔者扱いされ、どんどんその尊厳を失っていく一方、日本人はそれまでの外人コンプレックスの裏返しや島国根性などによって、どんどん増長していく、その双方の愚かさによって展開する悲喜こもごものエピソードをブラックな笑いで描くという、作品そのものの基本的な方向性は原作を踏襲し、その上で河崎実ならではのネタや表現も充分に見せている

また、予算の都合もありとてもリアルとは言い難い特撮・CG映像のチープさが逆に、ドラマが重い方向に向かいそうになった時の清涼剤として、効果を上げている。これは半分は狙い通りなのだろう。

この絶妙なバランスは、これまでの河崎作品には存在しない奇跡的な完成度であり、この作品が河崎実によって映画化されると聞いた時、ダラダラした脱力系のお寒い作品になってしまうのではないかと危惧した、その予測は大いに外れてしまった。これは嬉しい誤算である。(と言っても、やたら長いニッポン音頭など、いつもの脱力ネタもあるにはあるのだが)

本作、かなりの悪ふざけに満ちながらも、根底にしっかりと"人間"を描いた、良質のパロディ・ブラックコメディ映画である。

筒井ファンや河崎ファンなら当然必見。そうでなくても、普通に分別のある人なら、問題なく楽しめる娯楽作。機会があればどうぞ。



tsubuanco at 16:25|PermalinkComments(2)TrackBack(13)clip!映画 

2006年09月26日

フラガール 75点(100点満点中)

フラダンスは定着した日本語です
公式サイト

昭和40年、衰退しつつある炭鉱の町に常磐ハワイアンセンターが誕生し、町が再生する。何ともなく興味を引かれるそんな実話を元に作られた、ノンフィクション風映画。

炭鉱の町として100年栄えた常磐だが、時代の変化に押され炭鉱業は下り坂。地域の雇用確保のため、起死回生の町興しとして、豊富な温泉資源を利用した娯楽施設の建設計画が立てられるも、炭鉱業にこだわる労働者と、新規事業に夢を賭ける人々との意識の差は一向に埋まらない状況。

そんな中で、炭坑夫の娘・紀美子(蒼井優)は友人・早苗(徳永えり)に誘われ、ハワイアンセンターのダンサー候補生となり、東京から来たダンス教師・平山まどか(松雪泰子)の下で、同じく集まった炭坑夫の娘達と共に、センターの開業日を目指してレッスンに励んでいく。というお話。

『ウォーターボーイズ』の大ヒット以降(ジャンル自体はそれ以前から内外に存在するが)、数々の亜流が作られている"集団芸orスポーツもの"に該当する作品と捉えていいだろうが、激動の昭和時代において、全国各地で見られた地域産業の衰退や、何とか地域の再生を計ろうとする者達、あるいは逆に保守的な産業に最後までしがみつく者達といった、舞台となる時代固有の題材を並行して扱い、本作の独自性を出している

紀美子をはじめとする"フラガール"達だけではなく、紀美子の兄やその友人の関係など、炭鉱側とハワイアンセンター側の対立や確執と言った構図を、あらゆる登場人物を通じて提示し、そこに"よそ者"である平山まどかを放り込む事によって生じるギャップから、更なるドラマを展開させた上で、最終的にはまどかもそのギャップを乗り越え町に馴染み、それと共に住民達の対立関係もまた氷解する。

この様な、単なるサクセストーリーでも、即物的なお涙頂戴でもない、人物・場所・時代など、あらゆる設定を巧みに活かしきった、このストーリー構成は秀逸

と言ってもはやはり、素人の炭鉱娘達が一からダンスを練習し、大勢の客前で立派に踊りきるプロのダンサーに成長する、その過程のドラマこそが、本作一番の見どころである事は間違いない。

ストレッチすらまともに出来なかった主人公達が、日を追うごとに上達していき、技術だけでなくダンサーとしての意識までも成長していく様子を、丹念にかつテンポ良く描いた構成は見事。

物語序盤、稽古場で一人タヒチアンダンスを踊るまどかを驚愕の目で覗き見ていた紀美子が、ラストの舞台ではそれと全く同じダンスを見事にソロで踊り切る展開など、単に"踊りが上手くなった"事を見せるだけではない、筋の通ったストーリーと連動した一連のダンスシーンは全く目が離せず、いくらでも見続けていたい気持ちにさせられてしまうのだ。

ダンスと同じくらい習得が大変だったと推測される方言に関しても、メインキャストに地元出身者がほとんどいない状況で、かなり違和感の少ないレベルで話されており、"訛りすぎて何言ってるのかわからない"というギャグも、ストレートに楽しむ事が出来る。

また、本作が同種の作品とは異なる特徴の一つとして、指導者・平山まどかの存在とその扱いが挙げられる。

東京で一流ダンサーだった彼女が、田舎の素人達のダンス教師となり、仕事だけでなく様々な人間関係や自分の内面の葛藤を克服して、生徒の成長と共に自身も人間として成長していく。

という流れは、どことなく『スクールウォーズ』的な、"人情を重視するスポ根もの"に見られる要素を彷彿とさせ、"みんなが頑張って上手になりました"だけで終わりがちな同ジャンル作品に、人物をストーリーに活かした感動を生む事にも成功していると言える。

労使の対立と保守層と革新層の対立がゴッチャに扱われがちだったりという問題点もあるが、それとは別に、この手の女性が成長する作品では大体において、"女性=先見性があり新しい夢に挑戦する"一方で"男性=保守的な頑固者で古い慣習にしがみつくor全く頼りにならない"と言った、意図的に偏向した対比が描かれてしまう事が多いのだが、本作ではどちらの側にも男と女が存在する事で、その様な違和感は薄く、偏向思想の押しつけを感じず、気持ちよく鑑賞出来るものとなっているのは嬉しい。

本作、笑って泣いて感動出来る娯楽作としては、程よくバランスの取れた作品であり、観終わった後は素直にハワイアンセンターに行きたくなってしまう事も確実で、PR映画としても押し付けがましさは無く、自治体や企業の狙い以上に仕上がっていると言える。機会があればどうぞ。


蛇足:
こういった、"昭和の日本人"を描いた作品は、やはり日本人に作ってほしかった。というのが正直な気持ちだ。それだけが悔しい。(もちろん本作の監督・李相日は、センスも実力もある監督であり、何ら文句をつけるつもりは無い)



tsubuanco at 16:58|PermalinkComments(4)TrackBack(10)clip!映画 

2006年09月25日

幻遊伝 30点(100点満点中)

時をかける少女
公式サイト

田中麗奈主演の台湾製ファンタジー映画。父親役で大杉漣も出演している。

台湾で生まれ育った日本人の少女・小蝶(田中麗奈)が、時代劇映画のオープンセット内に侵入して頭を打って気絶。目を覚ました彼女は、過去の王朝時代にタイムスリップしていた。という導入で物語は始まる。

何故映画のセットなのかというと、しばらくの間、小蝶に自分が異世界へ紛れ込んだ自覚を与えず、そこから生じるギャップの笑いを狙っているのだろう。それが一応成功しているのは序盤のみで、小蝶が現代人である事の違和感は、かなり早い段階で消えてしまう

また、この時代には小蝶と瓜二つの、青醍子なる女義賊が存在し、最初は彼女と間違われ、事態を少しだけ混乱させるのだが、それもかなり早い段階でどうでもよくなってしまう

メインキャラクターとして、キョンシーを操る道士と、故郷の貧村を救うために官金を盗んだ青年が登場し、小蝶の旅の道連れとなるのだが、小蝶が彼らと同行するそもそもの動機が語られておらず、単に話を進めるために一緒にいるだけとしか感じられない。実際小蝶は一緒にいるだけで、主人公らしい活躍はほとんどない

また、道連れとなる青年は、道士に弟子入りしてキョンシーを操る術を学ぶのだが、それが話を面白く進めるために活かされているわけでもない

元の時代に帰りたい、という目的がある割には、特に何もしようともせず、一体全体何をどうしたいのか方向性が見えないまま時間だけが経ち、終盤になって何の伏線も無くラスボスが登場

キョンシーを自在に操る道士、主人公と瓜二つの人物、魔物を召還する悪の首領などなど、いくらでも面白くなりそうなキャラクターや、時間の迷い子になった主人公が、どうすれば元の世界へ帰れるのか、という謎解きや冒険のネタも用意されているにもかかわらず、結局、あらゆる要素が全て中途半端に放り出され、何一つ釈然としないまま終わってしまうのだ。

決して美人ではないはずなのだが、時折ハッとするほど美麗でエロティックな表情を見せる、田中麗奈の持つそのビジュアル的魅力を、それなりに鑑賞する事はできるだろうが、大して活躍もせず、せっかく露出していたヘソやフトモモも衣装を変えて隠してしまうため、ファンが観ても、結果的にはガッカリする出来では無いだろうか。

残念ながら、アイドル映画としても、アクション映画としても、キョンシー映画としても中途半端な凡作だ。困った。

余談:
"大杉漣演じる父親が、タイムスリップした娘を救うために奔走する"という構図は、『ロングラブレター 漂流教室』を彷彿とさせ、ニヤリとさせられた。狙ったわけではないだろうが。



tsubuanco at 16:10|PermalinkComments(2)TrackBack(2)clip!映画 

2006年09月24日

LOFT ロフト 50点(100点満点中)

最近の中谷美紀はミイラ化しつつある
公式サイト

『CURE』『回路』『降霊』など、和製ホラーの異才として支持されている黒沢清監督の最新作。(と言っても2年前に製作された作品らしいが)

構図で世界を表現するのではなく、世界の一部を構図で切り取る事に特化し、また、実験的な手法も貪欲に用いる、黒沢清独特のその映像表現手法と、意図的に情感表現を省略し、観客の感情移入を拒むこれまた独自の演出・演技によって、これまでより大幅に黒沢清のセンスが暴走した作品となっている。

若くして芥川賞を受賞するも、次回作が書けずに悩む女流作家(中谷美紀)と、千年前の女性のミイラを研究する学者(豊川悦司)の2人を主人公に、編集者(西島秀俊)、謎の幽霊(安達祐実)などが絡み、謎が謎を呼ぶ、という内容。

なのだが、ストーリーは二転三転どころか七転八倒し、メインの登場人物達はみんな頭がおかしいとしか思えない言動を続け、観客は混乱の渦に巻き込まれてしまう。

初対面の隣人に対し、開口一番ミイラを預かってくれと頼む男。たくさん部屋があるのに、自分がメインで使っている部屋にミイラを置いて一緒に寝る女。動き出した死体を怖がるどころか逆切れして説教を始める男。恋愛がらみの会話になると演技が急に舞台調になる主人公達。etc…

突き詰めればその根本は狂気に到達する、という点において、"不条理な恐怖"と"不条理な笑い"は紙一重の存在である。本作は、ホラー的表現手法を用いたサイコミステリーとして進行するのだが、まさに怖がっていいのか笑っていいのかわからない場面が続出し、そのうちにホラーもミステリーも放置して、サイコのみが前面に押し出される様になる。

内容には全く付いていけないのに、少しも目が離せないのだ。

そして物語は今までに見た事も無い衝撃のラストシーンでその狂気を爆発させ、そのまま観客を置き去りにして終わってしまう。開いた口が塞がらないとはこの事だ。

本作で表現したいのは、"内と外、両側から襲い来る狂気の恐怖"だという事がわかるくらいで、それ以上に関しては本当に困ってしまう。

こうした狂気の世界を、メインキャスト達は自分でも意図がわからないながらも演じきっているのは見事と言う他は無い。特に西島秀俊のさりげない狂気は、同種の役を演じ慣れているとはいえ大したものだ。

前半部が少し退屈というマイナス点があり、また絶対に一般向けではないのだが、黒沢清の内に潜む狂気を垣間見るには最適な作品である。意味がわからなくても怒らない人だけ。



tsubuanco at 14:32|PermalinkComments(4)TrackBack(1)clip!映画 

2006年09月23日

もしも昨日が選べたら 80点(100点満点中)

だけど僕にはピアノが無い
公式サイト
数多くの傑作コメディ映画を製作・主演しているアダム・サンドラーの最新作。日本ではコメディ映画好き以外にはあまり知られていない様だが、本国アメリカではヒットメーカーとして知られる人気コメディ俳優だ。

家族を愛するが故に家族を養うために仕事に没頭し、結果として家族との交流を失いがちな主人公が、早送り・一時停止など、生き物の時間をコントロール出来るリモコンを偶然入手し、それを操作して自分にとって面倒な時間をスキップし、仕事上の成功を手に入れていくが、一方家族との関係は…というお話。

この手の、"時間操作の便利さとその弊害"という題材自体は、欧米の寓話的物語であったり、日本では『ドラえもん』の定番パターンそのものだが、それだけに、いかにストーリーを魅力的に構成・表現し、観客を楽しませるかが勝負となる題材である。

が、その点に関しては、ほぼ問題ないと言っていいだろう。

少しでも矛盾が生じれば、即座に突っ込まれてドラマが台無しになってしまうジャンルにおいて、伏線とその回収がしっかり計算されたストーリー構成と、目を離すヒマもない程の心地よいテンポで繰り広げられる、ハイセンスなコメディ演出によって、上映時間がアッという間に過ぎてしまう、完成度の高い娯楽作に仕上がっているのだ。

もちろん"家族より仕事を優先してきた人生のツケ"という、アイロニカルに描かれる"時間操作の弊害"もまた、極めてベタでありながらも、それをあえてストレートな表現で見せつけられる。

単なるバカバカしいお笑いでも、安易なお涙頂戴でもなく、一本スジの通ったストーリーをベースとした上で、コメディ作品においてはディフォルメされるが故に記号的になりがちな各人物のキャラクター・行動・心情を、観客がそれぞれに感情移入できるレベルで、「こういうの、いるいる」「こういう事、あるある」と思える、"ディフォルメしつつもリアル"な人間として描写し、それらが主人公と繰り広げるドラマの積み重ねによって起こる感動を提供している

それによって、終盤に用意されている"泣かせるシーン"もまた、これまたストーリーの積み重ねと相まって、しっかりと泣かせてくれるものとなっている。笑いと涙の双方がバランス良く配置され、製作者の狙い通りに感情を動かされてしまう、その手法は秀逸だ。

更に、主演のアダム・サンドラ―をはじめとする、子役や動物も含めた役者達の、キャラクターにピッタリ合った演技・演出の見せ方もまた、それらのドラマを構成する役割を充分に果たしている。

映像的にも、謎のリモコンのメニュー画面の表現や、どんどん進んでいく時間(時代)を背景で説明する、作中世界でのテクノロジーの進歩、あるいは各時間に存在する、若い、あるいは老けた登場人物の変化など、デジタルと実物を使い分けた映像表現の完成度は、ごく一部(母親の老けメイクなど)に少し違和感を感じてしまう事を除けば、観客がドラマ世界をリアルなものとして感じられる様に作りこまれている

本作、下品な下ネタが多いため、家族で観るには適さないが(家族愛を扱った作品なのにw)、"家族と仕事のバランス"という、一般の社会人男性なら誰もが抱える問題を見事に昇華した、一流の娯楽作品である。

大人の男が人生に疲れた時にピッタリの逸品。機会があればどうぞ。


蛇足:
主人公の妻(美女→美熟女)、3段階に成長する主人公の娘(幼女→美少女→美女)とも、文句の付け様が無いキャスティングがなされており満足。特に妻役のケイト・ベッキンセールの、『月下の恋』から10年経っても少しも衰えない美貌には惚れ惚れする。本作の様な面白い映画にもっとたくさん出てください。

蛇足その2:
邦題とは違い、本作における時間操作は過去に戻ってやり直す事は出来ず、それが話のポイントとなっている。配給会社の人は、もう少し考えて邦題を。



tsubuanco at 11:40|PermalinkComments(0)TrackBack(4)clip!映画 
Comments