2007年02月

2007年02月28日

松ヶ根乱射事件 70点(100点満点中)

「ハイ、こちら国家権力」
公式サイト

『リンダリンダリンダ』と実写版『くりいむレモン』で世に知られる様になった山下敦弘監督の最新作、今回はその二作の様なメジャー志向の雇われ仕事ではなく、本来の氏の持ち味を存分に活かした作品に仕上がっている。

90年代初頭の田舎町、松ヶ根を舞台に、地元で生まれ育った青年警察官を主人公に、生々しい人間達の生々しい有様が生々しく描かれている。

タイトルに乱射事件とあり、主人公は警察官、とくれば、この主人公が何らかの理由で銃を乱射する話なのか、と誰もが思うだろうが、実際にその通りである。

その結果が重要なのではなく、"乱射"に至るまでの経緯を、俯瞰的な突き放した視点で、各登場人物の動向を細かく描写し、バラバラに展開していく様々なドラマが、展開が積み重なるごとに少しずつ方向性を見せ始め、ラストシーンに収束する、そうした構成はありがちだが、それを手堅くまとめた構成力は見事。

何より、登場する全ての人間の中に、誰一人として"マトモな人"がおらず、各々がそれぞれ何らかの問題を抱え、殊更にネガティブな面が強調して描写される事で、より生々しさを醸し出し、むしろ"マトモな人"などという存在こそが、荒唐無稽で有り得ないものだ、と思わせるキャラクター設定、配置となっている。

真っ白な雪原に横たわる女(川越美和)の死体を発見した男子小学生が、とりあえず胸と股間を弄くってみる、という、確かに実際にこんな状況なら、そうするかも、と思わず頷いてしまう、人間の生々しいリアルなリアクションの表現を、冒頭からわかりやすく且つ強烈なインパクトで見せつけられ、作品の方向性がそれである事が、ファーストシーンにて観客にしっかり叩き込まれる。

そのシチュエーションを観客に最大限のインパクトで伝えるための、撮り方、見せ方もまた上手い。足跡ひとつない雪原に横たわる女、の図を、真上からロングの"神の視点"でまず見せ、その画面に子供が入り込んでくる、と、その色彩と構図の美しさでまず目を引き、それが美しさとは真逆な"死体"によって形作られているギャップ、を見せた後、視点を地面に引き下げて、子供が死体を"陵辱"する様を見せる、まさに天国から地獄への急落を端的に提示しているのだ。

主人公は警察官、正義の象徴としての存在であるはずで、本人もそれを志向しているのだが、家族も他人も含めた、"マトモでない人"達との関わりにより、"マトモな人"の仮面がじわじわと剥がれていき、結末へ至る、台詞やモノローグで説明するのではない、表情や言動など、本人が普通に行動しているはずのそれに、少しずつ"変貌"を表現する、監督の演出力と、演じた荒井浩文の演技力の確かさが如実に現われている。

主人公の双子の兄の、まず序盤の、白い車のボディのぶつけてヘコんだ部分に、雪を詰めて誤摩化そうとしている描写によって、この男が、"今とりあえず何とかする"事しか考えていない、徹底したダメ人間である事をハッキリと提示し、その後彼が、町を訪れた謎の男女と関わって、更にどんどんダメになっていく展開を見せられ、彼の転落が"マトモ"な主人公との対比となっている様に思わせながら、実は主人公の変貌を構成するための一要素でしかなかった、とこれまたラストでわからせる、"対照的な双子"という、定番化された構図を用いつつも、観客の予想通りには進めない、この仕掛けは上手い。

兄のダメ人間っぷりが、とことんまでにダメダメに見せられる事で、主人公側へドラマが移行した時のギャップがより強くなる、その狙いも効果をあげている。

主人公の祖父の、リアルかつシュールな笑いも生み出すボケ老人の演技、その他川越美和や木村祐一など、ユーモラスと殺伐が混在した、"どこかがおかしい"キャラクターを演じ切っている出演者達はどれも芸達者で、彼らの言動を見ているだけでいちいちイライラさせられる、これまた作り手の狙いに見事にハメられてしまうのだ。

もともと清純派アイドルとしてデビューした川越美和がヌードを披露している事が、本作の宣伝材料とされているが、実際にはその点のインパクトはあまり大きくなく、そこを期待していると、ガッカリな裸体にガッカリしてしまう結果となるので注意が必要だ。

彼女よりも、町に住む知的障害少女によって見せられる、いくつかのエロ展開の方が、本当に本物ではないかと感じてしまう程のリアルな演技、演出によって、グロテスクなまでの生々しさが感じられ、インパクトが強い。

物語の進行において重要な存在となる、この少女の"性"にまつわる顛末は、本作の空気を支配する"田舎の閉鎖性"の象徴となっている。こうして、田舎、性の共有、乱射と、キーワードを並べ立てると、横溝正史の『八ツ墓村』のモデルになった"津山三十人殺し事件"が、自然と思い当たるはずだ。

おそらくは作り手も、当初よりそれを意識して作っているのだろうが、観客もまた、描写が進むに連れ明らかになっていく町の全容が、"津山〜"の図式と似ている事に気づかされ、予告で見せられた様なポップなノリとは違う方向性へと、今後の展開が転がっていくのではないか、と予想させられる事となる。

そしてその予想は、過剰に劇的な展開に急転する事もなく、かと言って何もないわけではない、当たらずとも遠からず近からず微妙な塩梅でスカされるのだが、その、"予想通り"と"予想を外す"バランスの取り方が絶妙。

無駄のないキャラクター設定と人物配置、さりげなく見せられる狂気、それらが何重にも絡み合う展開が、総じてネガティブな側面を強調して見せられ続け、観客は触れられたくない部分をワシ掴みされた気分となり、眼を背けたくなる。

自然、合間合間に挿入されるギャグにも笑っている場合ではなく、逆にマイナス志向を加速する一員となっている、と、感情を製作者の狙い通りに誘導され、やるせない気持ちにさせられたまま終わってしまう、ダウナー映画としての完成度は高い

娯楽として映画を観る人には全くオススメ出来ないが、"気分の悪くなる"映画を好んで観る人なら、いろいろと楽しめる事は間違いない。どちらにしても、疲れている時には観ない方が吉だ。



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2007年02月27日

ピンチクリフ・グランプリ 45点(100点満点中)

力いっぱい羽ばたいてー、今日のレースは戴きさー♪
公式サイト

1975年にノルウェーで公開された、モデルアニメーション映画。一人の家具職人が5年かけてコツコツ製作した本作、本国ノルウェーでは、いまだに破られない興行記録を打ち立てた伝説の大ヒット作らしいのだが、なぜ今になって日本で公開されるのかは謎。

とある町外れ"ピンチクリフ"のてっぺんで、自転車屋を営んで暮らしている初老の男、レオドルは、アヒルのソラン、ハリネズミのルドビクとともに、のんびりと趣味の発明をして暮らしていた。ある日、彼の元弟子だった男ルドルフが、レオドルの発明を盗んで自動車を作り、レースで優勝して大金を稼いでいる事を知り、自分はもっと速い車を作ってレースに出場しようとする、という物語。

一人で自宅で製作した作品が評判を呼び一般公開される、という現象は、近年ではCGの分野において時々見られるが、このレベルのモデルアニメーションを全て手作業で行うのは、想像を絶する大仕事であり、その成果は、いちいち感嘆させられる映像として結実している。

冒頭の説明場面、町の遠景から少しずつカメラが"ピンチクリフ"に近づいていく、この情景カットにおいても、よく見ると道路を車が移動しているのが小さく見えるなど、カメラの移動と同時に、被写体のいくつかも一コマ単位で動かされている。

コマ撮りでこうした"視点が移動する"映像を撮影するのには、気が遠くなる様な計算と手間が必要で、それが何ら違和感無く自然に見させられる完成度の高さには驚嘆する。

中盤に見せられる楽隊の演奏シーンもまた凄まじい。全ての演奏者が楽器を正しく演奏する動作を同時進行で行い、それだけでも大変なのに、更には流される音楽とバッチリシンクロしているのだ。

後半のレース場面における主観映像のスピード感、迫力も素晴らしい。車体にカメラが搭載されていると想定して、コースを爆走してどんどん他車を抜き去っていく様を、一コマずつ前進していくカメラの動きに合わせ、他車の動き、背景として見せられる群衆の動き、その他様々な"動き"のタイミングを計算してシンクロさせる。そのセンス、技術の高さがここに如実に現われている。

そうして、最初から最後まで、いちいち手の込んだリアルな動きと連動を見せる映像が連続し、それだけでも充分評価に値する事は間違いないのだが、それにしても、レースに至るまでのお話が、あまりにつまらなく退屈に過ぎるのはいただけない。これではせっかく努力して撮った映像も、流し見されたり寝られたりで報われないだろう。

子供向けだからこそ、もっと脚本を練り込み、観客の興味を持続させるだけの面白さをテンポよく見せていかないと楽しめないのだ。勿体ない事この上ない。

また、これはお国柄や民族性の問題なのだろうが、登場する人間、あるいは動物のキャラクター達が、全く可愛くなくむしろ不気味で気持ち悪いのだ。"キモカワイイ"という範疇すら超えている。

このビジュアルのせいで、観ていても全然楽しい気持ちにならず、例えば、その姿、動きを見ているだけで可愛さのあまりニヤけてしまう『こまねこ』とは全く正反対のマイナス効果としか、少なくとも日本ではならないだろう。

カーレースを題材としたキャラクターアニメと言えば一番に思い浮かぶ、『チキチキマシン猛レース』でブラック魔王を演じた大塚周夫が日本語吹替版に出演しているなど、吹替えキャストはかなり豪華なので、何を言ってるのか全然わからない字幕より、吹替で見る方が楽しみは多いかもしれない。

緻密に作り込まれた映像は素晴らしいが、ストーリーやデザインには難が多い本作。DVDなどでの自宅鑑賞の方が、画面に映るディテールをしっかり視認出来るだろうし、それまで待ってもいいだろう。お話には期待せずにどうぞ。



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2007年02月26日

おばちゃんチップス 45点(100点満点中)

汚物は消毒だー!
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大阪経済大学の学生が立てた地域おこし企画に、ホリプロとグリコが協力。グリコからはタイトル通りのスナック菓子が実際に発売され、ホリプロはそれを題材にした映画を製作。

そんな本作の主演は、ホリプロが誇る二時間ドラマの帝王・船越栄一郎。他にも宮地真緒などホリプロタレントが出演しているが、どちらかと言えば吉本芸人の方が、質量共に存在を誇示している印象が強い。

吉本新喜劇には欠かせないベテラン女優、浅香あき恵と中山美保による、大阪のおばちゃんの日常会話から物語が始まり、その後ろで、一から十までを数えるのにメロディーをつける、大阪弁のイントネーションを主人公が復唱していると、先程の二人がそこに介入し、「飴ちゃん」をくれる。そして駅舎を出る主人公の画が引いていくと、駅舎の屋根から通天閣が顔を出す。と、あらゆる情報を詰め込み、どういう映画なのかを一瞬でわからせる。ファーストシーンの構成、演出、画作りは上手い。

大阪の下町を舞台とし、そこに非関西人の船越を異物として飛び込ませ、彼視点によるカルチャーギャップを見せる、そんな狙いの本作において、主人公が方言のイントネーションの研究、特に関西弁に注目している設定とする事で、偏見ではなく純粋な興味としての視点で描き、大阪人の"変さ"を強調しながらも、ネガティブイメージとしては見せない。そして当初は"異物"だった主人公をも、飲み込んで一体化させてしまう大阪の懐の広さをも表現すると、設定、脚本はよく考えられている。

研究者である主人公が講釈する、標準語と大阪弁の違いがまた興味深い。昔からある言葉だけでなく、「ラムズフェルド」などの新しく聞く人名なども、その語感パターンによって、地域ごとに共通したイントネーションが自然と決定されるのだ、と、わかりやすく例を挙げて講義され、劇中人物だけでなく観客もなるほどと納得させられる。単に表層的おかしさのためのギミックとしての関西弁ではなく、題材として扱う意味をしっかり与えるこだわりが感じられる。

その大阪弁を有用に活かすべく、地元人の役は関西出身者でキャストを固め、自然な空気を出そうとしているはずが、そこに一人だけ、関西出身でない渡辺いっけいが何故か関西人役を演じ、その下手な関西弁が更に違和感を増し、観客をシラケさせる要因となっているのが残念だ。大芸大から新感線へ参加した彼だが、愛知出身で関西人ではない。ホリプロも吉本もエイベックスも関係ない、どういった意図のキャスティング、キャラ設定なのか、大いに疑問だ。

彼を使うなら、伊武雅刀が演じた教授の様に、関西人ではない、標準語で喋る役を与えた方が、自然な彼の持ち味が出せたはずであり勿体ない。

一方、生粋の大阪人である徳井優は、相変わらず独特の演技スタイルと台詞回しで存在感を発揮。『桜2号』などでも色を添えていたのと同様、ダメだけれどダメじゃない、大阪のしょぼいオヤジを好演しており楽しい。

主人公の相手役となる、ヒロインを演じるのはday after tomorrowのヴォーカルmisono。今では"倖田來未のデブな妹"と言った方が通りがいい彼女、(体重的な)全盛期に比べると随分減量してはいるが、それでもまだまだ"ぽっちゃり系"と呼ぶにも苦しいレベル。

が、ディフォルメしつつもリアルな描写、表現を目指している本作において、その風体は程よくリアルに"ワケあり女"っぽくは見え、確かに太ってはいるが、基本的には整っている顔立ちや言動からは、姉の「エロカッコいい」なる胡散臭いコピーとは違い、実際に「デブカワイイ」と感じられる愛嬌があり、決してミスキャストではなく、作品カラーとはマッチしている。

ダメ男にウンザリしている頃に、"安心出来る"存在の主人公と出会い、興味を持って観察しているうちに、人間性の優しさをドンドン発見し、本当に惹かれていく、ありがちな恋の始まりを丁寧に描いた恋愛ドラマ描写は、中盤の進行を支えるひとつの流れとして良くしたもの。

それを受ける主人公側も、本妻との関係にウンザリしつつ、積極的な気のいい姉ちゃんをドンドン意識し始める、相手役が"スタイルのいい美人"ではない事も手伝って、説得力のある展開が楽しい。

主人公、妻、ヒロインの三角関係が、ベタながらもポイントを押さえて展開し、三人が同一現場で顔を合わせる事はほとんどなく、その少ない機会を核として、主人公がその場を離れ主人公不在で二人の女が揉める様子を直接見せずに声だけが聞こえるなど、見せ方の選択が的確。

主人公、ヒロイン、大家など、それぞれのメイン人物が個々の問題を大量に抱え、それらがゴチャゴチャに入り交じって物語が進み、タイトルの「おばちゃんチップス」の登場で、全てがある程度円満解決する。構成要素が多いながらも散漫にならず、しっかり収束する物語構成は安心出来るもの。

タイトルの印象では「おばちゃん」を、もっと強調した作品と思いがちだがそうでもなく、大家を演じる京唄子以外は物語の核となるわけでもなく、主人公が受けるカルチャーギャップをわかりやすく伝えるための背景的記号として存在。過剰すぎない見せ方はバランスの良さを感じる。

地味なキャスト、地味な題材だが、バラ撒かれている様々な楽しみを様々に受け止め楽しめる一品。少なくとも観て損したと思う事はまずないだろう。興味のある人はどうぞ。


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2007年02月25日

オーロラ 60点(100点満点中)

ジャン・ドン・サー ジャン・ドン・サー♪
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パリはオペラ座の一流ダンサー陣出演のフランス映画。

踊りが法で禁じられている、とある小さな王国。踊る事が大好きなオーロラ姫は、王に見つからない様に踊りを楽しんでいた。経済的に困窮している王国を救うため、王はオーロラ姫を他国に嫁がせるべく、世界中から求婚者を招待し舞踏会を開くが、オーロラ姫は身分の低い男と恋に落ちてしまい…というストーリー。

本作、フランス映画でフランス語だが、架空世界の架空の国を舞台としたおとぎ話である。なので、現実には有り得ない事がいろいろと起こるのだが、そこはツッコミどころではなく、そういう世界と認識して観るのが正解だ。

まず一番の見どころとなるのは、オペラ座期待の新人、マルゴ・シャトリエが演じる、主人公・オーロラ姫のダンス場面だろう。全編通して様々なシチュエーションに応じて踊り続ける彼女だが、序盤で見せる踊りでは、天真爛漫な子供っぽさ、少女の無垢な愛らしさを表現し、後半、恋した男に躍りで愛を表現する、物語の転機となる重要な場面では一転、ポワントを駆使して大人のエロスを振りまく、その媚態には観客も息を呑まされる。

衣装やメイクの差ではなく、何よりも踊りの質でその差を表現しきっている、その表現センス、身体能力、技術には感嘆せざるを得ない。顔ももちろん美しいが、それよりも、踊り以外の場面でも常に見られる、姿勢、立ち振る舞いの美しさが素晴らしい。踊らなくてもバレエをやっていると一目でわかる、ピンと伸びた背筋や歩き方など、いちいちの優雅さは紛れも無く本物の一流ダンサーのそれだ。

オーロラ姫を始めとする、メインとして見せられる踊りは、クラシックバレエが基調となっているが、世界各国から来る求婚者達が披露する踊りは、実在の国々を彷彿させる、バラエティに満ちたもので、それらの踊りもまた、楽しみどころとなる。

特に、"ジパンゴ王国"なる、どう考えても日本を元ネタにしている国の王子が従者達に披露させる踊りは、何故か日本舞踊ではなく山海塾のアングラ舞踏で、その前衛にも程がある場違いさに、観客だけでなく劇中の人々もドン引きしてしまう、日本人からすると笑っていいのかどうか悩んでしまう場面が登場し、強烈なインパクトを与えている。本筋にはほとんど関係ないのだが。

終盤になって、"天上界"にて行われるダンス場面では、それまではソロで踊っていたオーロラ姫の周囲に、大量のコールドが登場し、更に男性ダンサーも絡んでパ・ド・ドゥまで披露。セットの作りも手伝って、舞台のバレエ公演を鑑賞している様な錯覚まで観客にさせる程に、ダンス面でのクライマックスとして、充分に盛り上がりを与えている。

ビジュアル的な面で言えば、実際の古城を用いた城の外観場面のリアルさに対し、セットで作られた内部の質感が、どうにも作り物めいたチープさを禁じ得ないレベルなのが残念。特にオーロラ姫の寝室などは、窓の外の景色がどう見てもホリゾントで、まるでコントのセットにしか見えない出来なため、姫が天上界へ飛翔する重要場面においても、どうにも入り込めずに失笑してしまう結果となってしまっている。

踊りの場面では、先述の姫の求愛場面では、ポアントが重要ファクターとなる踊りなため、ほぼ常に全身の動きがしっかり視認出来るカット割りがなされていたが、他の場面では、やたらと顔のアップが多く、せっかく一流の踊り手が身体能力の高さを発揮しているのに、それがちゃんと見られず、踊りを見たくて本作を鑑賞している観客にとっては、物足らなさを感じてしまい、不満が残ってしまうだろう。

足の爪先から手の指先まで、肉体全てを意のままにコントロールしてパを作り、パからパへの移行においても美しい流れを見せる、それこそがバレエ、踊りの見どころであり、体全体を見てこそそれが楽しめるのだ。バレエ映画を撮るなら、作り手はその事をわかっておくべきだ。

本作、ストーリーはありきたりで特筆する事はないが、踊りのレベルの高さは間違いなく、バレエ、ダンス好きなら一見の価値はある。が、映像的にそれが今ひとつ再現され尽くしていない面もあり、勿体ない出来に終わっている。過剰な期待をせずに臨むべし。



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2007年02月24日

ボビー 70点(100点満点中)

ぶっとくぶっとく生きよ〜♪
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1963年に暗殺されたアメリカ大統領、ジョン・F・ケネディの弟、RFKことロバート・F・ケネディが暗殺された1968年6月5日、事件現場となったアンバサダーホテルを舞台に、当日の事件までのホテル内での、様々な人間模様を描いた、セミノンフィクション映画

RFK暗殺は事実だが、ハリウッドを代表する豪華キャストで贈られる、22人の"一般人"とそのドラマは創作。また、RFK自体は当時の記録映像等による"本人出演"となり、印象的な演説も当時の録音を使用している。

同じ日、同じ建物にて同時進行で行われる22人各々のエピソードが、それぞれ微妙に影響しあいながら進行し、最終的に一箇所に集約されてカタストロフへとなだれ込む、この手法は、1932年の映画『グランドホテル』のそれを意図的に踏襲したもので(三谷幸喜の『有頂天ホテル』は、この『グランドホテル』のオマージュ)、その事は序盤において、"映画の話"をしている男が同作のタイトルをさりげなく口にする事でも明白。

そうして、オマージュやパロディなどの元ネタを作中で明かしてしまう行為に対しては賛否の別れるところだろうが、全編が暗喩で埋め尽くされている本作、ちょっとした息抜き的なお遊びとしては許容範囲ではないかとも思える。

選挙運動員とウエイトレスの会話にて、"ボディダブル(吹替え俳優)"について話されているシチュエーションがあり、これは、本物映像以外で出演者と絡んで映される新撮部分での、RFKを演じた"顔の出ない役者"の登場を示唆するものであり、後半にて該当場面に至った時、「ああ、これの事か」と気づく、同様の小ネタだろう。

ケネディ家っぽい顔の支配人と金髪美女との密会は、JFKとマリリンモンローの関係を、演説パーティで歌うスター歌手がアル中なのは、マリリンがJFKの誕生パーティで歌った事をそれぞれ暗喩する狙いとわかる。

こんな風に、誰にでも簡単にわかるネタから始まり、ありとあらゆるキャラクターと、それらが繰り広げるドラマが、RFKと彼にまつわる当時の図式を投影したものとなっており、詳しければ詳しい程楽しめる様になっている。その意味では、あまり日本人向けな映画ではないかもしれない。

それぞれが様々な問題を抱え、中には絶望感に打ちのめされる者もいる。そうでありながらも、演説パーティ会場において、同じ場所に集まるだけでなく、その心も一つになり、絶望が希望へ変わったと誰もが思った瞬間、今度はその場の全員が、絶望のドン底へと叩き落される。絶望が詰まったパンドラの箱には希望が残されていたが、この映画は一片の希望も残さず、絶望のまま終わりを告げる。

この構図はやはり、泥沼のベトナム戦争、格差、差別、ドラッグ、環境問題など、そして当事件の2ヶ月前に起きた、キング牧師の暗殺事件と、当時のアメリカを"絶望"で覆っていた諸問題を、「何とかしてくれるかもしれない」と、人々がRFKに抱いていた仄かな希望が、暗殺によって一転して絶望へと裏返った、この大局的事実をホテル内のドラマに濃縮投影したものであり、同時に、現在のアメリカが、結局当時と変わらぬ図式に悩まされている事をも象徴しているのだ。

物語の8割方までをフィクションで綿密に積み重ね、ラストシーンにてスルッっとノンフィクションへ移行し、圧倒的な臨場感とバックに流される本物の演説によって、その"リアル"を観客に体感させる、この構成、仕掛けは秀逸。

時代を表現する音楽もまた、その効果を存分に発揮しており、特にクライマックス直前に流される、サイモン&ガーファンクルの『The Sound of Silence』などは、ドラマの盛り上がりとシンクロし、観客の感情をより昂らせている好選曲だ。

当事者のアメリカ人なら、もっと深く鑑賞、考察出来るのだろうが、日本人には題材自体がとっつきにくく、前知識も必要なので理解が難しいかもしれない本作。興味のある人は、ケネディ家や当時の世界情勢などを、ある程度予習してから臨んだ方が、より楽しめるだろう。

少なくとも、RFKとJFKの違いくらいは知っておくべきかと。


蛇足:
監督の元カノとその現夫が出演しているなど、裏事情も知っておくと、より楽しめるかもだ。



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2007年02月23日

赤い鯨と白い蛇 70点(100点満点中)

ホワイトスネイクッ!
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80歳目前にして初映画監督を務める、せんぼんよしこ監督作品。テレビ創世記からテレビドラマ製作に携わってきた、テレビ第一世代スタッフであり、前田武彦、早坂暁、寺山修司、市川森一ら名脚本家と組んで数々のテレビドラマを製作し、高い評価を得ていた同氏が、遂に念願のアイスソード映画製作に着手。その意気込みと実力は、衰えず存分に発揮されている。

近年のテレビ局映画において、テレビディレクターが何も考えずにテレビ的画面で映画を撮ってしまっている愚行とは対照的に、テレビドラマ専門であったからこその、映画とテレビの差異を理解、意識した、映画的な画面作りが全編通して用いられ、安定した演出をより効果的にもり立てている。

例えば、海辺での水平線を背景に用いた映像や、クレーンを使い、メイン舞台となる古家を俯瞰視点で撮影した映像など、空間の広がり、奥行きをスクリーンに再現し、観客を作品世界に入り込ませる映像が強く印象に残る。

その俯瞰視点による家の外観映像は、特定の一人ではなく、五人の女性によって構築される作品世界を、(物理的な意味とは違った)俯瞰的な視点で描写する、作品カラーの方向性をも象徴する意味が込められている。

そのため、基本的にグループショットを多用し、そこにアップを効果的に挟み込む事で、各人物の位置関係や距離感、感情描写をより的確に観客に伝え、それぞれの心情をわかりやすくしている。

他にも、予告で見られる、土間と縁側の両方で、それぞれに立った人物が平行移動しながら会話するトラックショットなど、技術自慢に走らず、その場その場の人物描写に効果的な手法が使い分けられ、見飽きる事はない。

70代?の保江(香川京子)、50〜60代?の美土里(樹木希林)、40代子持ちの光子(浅田美代子)、保江の孫で20代の明美(宮地真緒)、光子の娘で小学生の里香(坂野真理)と、異なる世代の五人の"女性"が、一軒の古家にて出会い展開していくドラマなのだが、背景としての群衆などを除き、画面に登場するキャラクターはこの五人のみで、男性の姿が画面に登場しない、というのが、本作の大きな特徴の一つだろう。

が、メイン人物それぞれの"背景"には必ず男性の存在があり、それが作中での各人物の言動を決定づけている、見えないものによって見せる、脚本構成と演出が素晴らしい。

あえて実像を出さない事で、あくまでも"女から見た男"である事を強調し、それでも女性と男性は切り離せない存在であるとも提示している。これは女性監督ならではの特性を上手くプラスに生かした好例だろう。

その中で唯一、"特定の男"が存在しない、小学生・里香の描写が印象深い。前半部には、どこにいても画面の端々をウロチョロしていたり、母親にもたれかかったりと、リアルな"子供っぽさ"を強調した演出がなされ、彼女が"子供=まだ性差が無い"状態である事を表現。後半部の、彼女が初潮を迎える展開によって、彼女が"子供"から"女=男を受け入れる存在"へと近づいた事を表現。そんな難しい役柄を、坂野真里が的確に演じており、将来に期待出来る"女優"である。

記憶、思い出をメインテーマの一つに配し、保江が見つけ出した過去の遺物と、それにまつわる思い出が、新しい世代へと受け継がれていく、保江と里香が夜の海辺で会話する場面において、その"継承"が表現されている。

いつの時代でも、世代でも、女の根本は同じである、と、それぞれの背負った人生や時代背景を、対比と調和によってドラマを紡ぎ、典型的現代人である明美がそれらを繋ぐ役割を果たしている。

そんな明美が中心と思わせつつ、監督と同世代である保江に焦点が当たっていき、終盤で明らかになる彼女の思い出の真相をクライマックスに配置。その場面によって、青春時代に戦争があった世代の哀しさ、でも哀しい事ばかりではなかったと、当時を体験した者だけが表現出来る、生の情念を描写し、それを過剰なお涙頂戴とせず、静かに郷愁を誘う、優しいドラマに作り上げる、そのセンスと構成、演出力はさすがベテランである。

"思い出と願い"の象徴としてのタイトル。そして節目節目に印象的に登場するお手玉の存在は、序盤では少女時代の回想を表し、クライマックスにおいては、過去と現在、自分と愛した人を繋ぐものとして、ラストでの、奉納された映像によって、成仏、成就、あるいは納得を表現し、物語の縦糸の一つとして、有用な役割を果たしている。

極めて地味な作品だが、質の高い演技、演出、映像、物語が楽しめる本作、特に出演者のファンでなくとも、観て損はしない一品である。機会があればどうぞ。


余談:
それにしても浅田美代子と樹木希林には、古い日本家屋がよく似合う。いつジュリーのポスターが登場するかとワクワクしていたが、結局出なかったのが残念だ。いや、出たら台無しなんだが。



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2007年02月22日

酒井家のしあわせ 40点(100点満点中)

最低だ… 俺って…
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在日韓国人を題材とした短編映画『ハルモニ』で注目を集めた女性監督・呉美保による、初の長編劇場映画。

関西地方のとある町に住む、中学生の主人公(森田直幸)は、母(友近)、母の再婚相手である義父(ユースケ・サンタマリア)、妹の四人家族。主人公の視点を通じ、ごく平凡に見えていたはずの家族の崩壊と再生を描いた物語。

主人公の荒い息づかいから始まる本作、この、明らかにオナニーを連想させる導入で、"リアルに等身大の男子中学生"を描く、その方向性を開始当初より提示し、観客を作品世界に没入させる。その狙いは成功している。

その後、主人公視点で進む展開において、友人との会話、悪ふざけなどの言動、ヒロイン的存在となる女子中学生との関係、それらの"学校生活"の描写は、生徒達や教師など、周囲も含めて極めて自然かつリアルに描写され、それによって主人公のキャラクターにリアリティが持たされる事となり、観客の共感を生む意図が果たされている。

この、主人公による"学園青春ドラマ"が非常に面白く、共感したり、昔を思い出して複雑な気持ちになったりと、充分に楽しんで鑑賞出来る様になされており、この面での完成度は高い。

ヒロイン役・谷村美月による、コメディ的にディフォルメされながらもリアルな女子中学生の言動やビジュアル、そして中学生の最大関心事である"セックス"に対する思い、行動を、微妙なエロスを漂わせつつ、女子の代表的に見せる演技、演出は秀逸。同じく関西を舞台に関西出身でキャストを固めた『かぞくのひけつ』出演時とほぼ同様の役柄で、この種の、少しふてくされ気味のキャラクターがハマり役の模様。

彼女と主人公の、それぞれセックスに感心はありながらも、性差だけでなく、主人公の家族問題などによっても起因する、様々な食い違いによって上手く進まない、そんなもどかしさも巧妙に表現し、青春ドラマの面白さを引き出している。

主人公の担任教師役、本上まなみもまた、出番は少ないながらも存在感を光らせており、主人公のキャラクター立てに貢献している。同じく関西人女性監督・安田真奈の関西弁映画『幸福のスイッチ』では妊婦役を演じていたが、本作でも妊婦なのは意図的な狙いか?

上述の二作同様、本作でも出演者を関西出身者で固め、自然な関西弁によって作品にリアリティをあたえる手法は成功しており、更に本作では、一人だけ"関西出身でないから関西弁を喋れない"役割としてユースケ・サンタマリアを投入する事で、そのキャラクターの異物感のリアルさを出す事にも成功している。この工夫は面白い。

母親役の友近は、普段の漫談やコント芸で見せている"大阪のオバチャン"そのままの演技で通しており、これは、比較的コミカルなノリで進められる映画前半部では有用に感じられるが、ウェットな展開で泣かせに入る後半部においては、違和感が強くなってしまい、あまり良いとは言えないだろう。

そして、基本的には息子である主人公視点で進みながらも、時に母親視点にシフトする場面が所々にあり、この移行があまりスムーズではなく、視点のあやふやさによる感情移入の阻害を感じる結果にも繋がっている。やはり、息子視点で終始通した方が、物語に一本筋を通す意味でもよかったのではないか。

後半の"感動シーン"で多用される長回しカットだが、基本的に会話で進められる展開において、二人の人物がただ話し続けているだけの場面を長回しで見せるのは、演者、演出レベルの高さが求められるところだ。本作においての長回しは、説明的なダイアローグと演出テンポにより、少し冗長な印象を受け、充分に効果的とは感じられないものになっている。ここはもうひとひねり欲しかった。

主人公の青春ドラマがかなり面白いだけに、その主人公の精神、心理に影響を与える家族ドラマがメインストーリーとなっている本作は、どちらに重点を置けば面白くなるか、という面での構成バランスに悪さが感じられる結果となっている。笑いと泣かせのギャップというより、笑い場面の面白さに比べ、泣かせ場面が無駄に重すぎて、今ひとつ感動出来ないのが残念だ。

出演者のファンなら一見の価値はあるであろう本作、劇場で見る程でもないので、興味のある人はレンタルでどうぞ。



tsubuanco at 15:44|PermalinkComments(0)TrackBack(3)clip!映画 
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