2007年04月

2007年04月30日

バベル 70点(100点満点中)

浜田「ロデーム! ロデーム!」
公式サイト

これまでにも『21グラム』など、テーマ性の強い寓話的作品を作っている、アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ監督の最新作。

モロッコを舞台に、山羊飼いで生計を立てている一家の、おそらくは小学校(に行っていれば)高学年程度の兄弟が、ジャッカル追い用にライフルを渡された事から起こる騒動。

同じくモロッコを舞台に、アメリカから旅行へ来た夫婦を襲う衝撃の事件。

アメリカで子守りをして働くメキシコ人女性が、本国での息子の結婚式へ行くため、預かっていた子供を連れて帰省した事から起こる悲劇。

日本を舞台に、聴覚障害の女子高生(菊地凛子)の自暴自棄とも言える行動と、彼女の父親(役所広司)との関係。

四つのエピソードが適宜入れ替わり立ち替わり進行する構成なのだが、各エピソードの時系列は順列だが、相互の時間軸は一定ではなく、ほぼ同じ日に起こった出来事ながら、微妙に前後して並べ立てられる事で、最初はそれぞれの繋がりを不明なものとし、少しずつ関係性が明瞭となっていくという工夫がなされている。

これは、実はそれぞれ独立した物語としても成立してしまう四つのエピソードの、相互の関係性をより強調して印象づけると同時に、それらに関係性を持たせる意味をも発生させる狙いがあり、それはある程度成功している。

どのエピソードも、本人に自覚の無い思慮の浅い愚行によって、取り返しのつかない事態がどんどん深まっていき、言葉が通じない米人夫婦エピソードをまずわかりやすく"通じない"端緒として見せ、それから各所の展開によって、"言葉は通じても想いは通じない"、より救いの無いフィールドへ発展させる。

コップに入れられた氷の扱い、審判への過剰な抗議など、メインキャラの"思慮の浅さ"をまず最初の段階でしっかり印象づけておく事で、話が飛び飛びながらも混乱する事は無い、わかりやすい表現には親切さが感じられる。

そうした流れを、焦燥感や嫌悪感など、観客の視点を操作する事によって感情が生じさせられるべく作り込まれた、計算され尽くしたカメラワークや照明効果、カットの切替えによって見せられる映像は格段に出来がよく、観ているだけでドップリと疲れてしまうが眠くはならない、絶妙な狙いが活きている。

作品に内包されているテーマ、メッセージを伝えるべく、各人物がダメな方ダメな方へと動いて観客をどんどん鬱にしていくのだが、その主張を前面に押し出しすぎなせいか、端々で言動に不自然、唐突な感がある展開もそこかしこに見られ、作品世界への没入みを阻害してしまっている嫌いもあり、手放しでよく出来た脚本とは言えないのが残念だ。

また、それぞれ異なる文化圏で進められるドラマにおいて、その文化、風俗あるいは民族性などの表現に、同様にテーマを優先させるがための、殊更なディフォルメが多く散見されるのも、それらをリアルで知るものにとっては引っかかりとなるだろう。

わかりやすく日本編を例にとれば、マスクもせず患者に顔を近づける歯科医や、日本国内で人死にに関わった銃を国外へ持ち出し、手続きもせずに他人へくれてやるなど、普通で考えればツッコミどころ満点な表現、展開は、寓話とは言え現代の現実世界にて超常でない事象を主体としている以上、もう少し自然に感じられる工夫が必要ではないか。

例えば、日本人の観客がそうした日本編でのおかしさに気づけば、他のエピソードにもまた同様のディフォルメや歪曲があると推測してしまう事は当然であり、これは他文化圏においてもそうだろう。

そうした種々の問題点や、テクニックに走りすぎな感もあるが、それを補ってあまりある映像、演出、演技には圧倒され、二時間を超える長尺もアッという間に過ぎてしまう筈だ。

万人向けの娯楽作品ではないという大前提を踏まえた上で、興味のある人は是非。

「アカデミー賞が〜」「菊地凛子が〜」などの話題性に飛びついてるだけの人は観なくていいです。そんな人にはコナンがピッタリ。

蛇足:
日本編のクラブシーンで照明がチカチカする映像があって、「お、ポケモンショックかよ」と苦笑してたら、本当に気分悪くなる人がいたみたいで爆笑。一点凝視しすぎ。



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2007年04月29日

ゲゲゲの鬼太郎 45点(100点満点中)

田の中勇は死な〜ない〜♪
公式サイト

言わずと知れた水木しげるの同名漫画を実写映画化。月曜ドラマランド版、Vシネ版(それぞれ東映-フジ製作)に続いての三作目の実写版となるが、劇場映画としては初。東映動画による5回目のアニメシリーズの放送も開始されながら、本作だけ松竹製作なのは何故だろうか。

この様な認知度の高い作品の実写化にあたってまず期待されるのは、既存イメージを壊さないビジュアルであろう。

本作、キャスティングから造形物、特殊メイク、CGなど特撮の見た目、映像的なクオリティは邦画としては充分に高いレベルに作り込まれており、視覚的な楽しみはある程度得られる筈だ。

ウエンツが演じる事で話題になった鬼太郎だが、彼の日本人離れした混血の顔立ちが、"普通の人間とは違う存在"としての説得力を与えているのは、狙いなのかどうか。彼の抑揚の無い棒読みが、鬼太郎の厭世的キャラを助長しているのはケガの巧妙か。

大泉洋のねずみ男、間寛平の子泣きじじい、室井滋の砂かけばばあと、お馴染みのレギュラーキャラ達のキャスティングも、かなり絶妙にマッチしているし、これまでの着ぐるみからフルCGへと進化した一反木綿とぬりかべも、リアルさが格段にアップしており見ものだ。

更に田中麗奈が演じる猫娘は、もともと可愛い、美形というより、エロティックで妖しげな雰囲気を備えていた彼女だけあって、あまりにハマり役。ノースリーブのミニスカワンピースから覗く二の腕と生足から醸し出されるエロスには、子供だけでなく同伴のお父さんも寝ているどころではない。激情時にのみ牙を剥き出しにした妖怪顔へと変貌するのは、現在放送中の5thアニメシリーズに用いられているのと同様、大きなギャップを与えてインパクトを強くするギミックとして大いに有用。

3rdアニメシリーズの夢子あたりが原型となっているであろう、本作オリジナルのヒロインキャラ・実花も、子役出身ながら全く劣化しない美少女井上真央のキャスティングにより、作品に華を添える存在としての役割を果たしており、単にジャマな存在だった夢子とは大違いだ。

ゲゲゲハウスの造形は芯となる樹も含めて極めてリアルで、まるでずっと昔からそこに存在し続けているかの様に風景に溶け込んでおり素晴らしい。序盤に見られる上空からの俯瞰ショットは、鬼太郎の存在に実在感を与える効果として大成功している。

その他登場する着ぐるみやCGの妖怪達は、一部を除いて水木しげるのデザインをそのまま実写化したビジュアルで、恐すぎず可愛すぎないバランスとして、画面の賑やかし以上の存在感を出しており、クラブでのダンスシーンなどは、見ているだけで楽しくなってくるに違いない。西田敏行は面白すぎる

だが、いくら見た目が楽しくとも、肝心のストーリーが最低限にでも機能していない事には、せっかくのビジュアルの良さも台無しとなりシラケてしまうのだ。

天狐や妖怪裁判、霊界列車など、原作に登場するファクターを散りばめたストーリーながら、複数のキャラクターがそれぞれ抱えている物語の流れが、実は大して絡み合っておらず、伏線も収束もなにもない、子供をバカにした子供騙しとしか思えない、破綻しきった内容となっているのは大問題どころではない。

開発と狐の復活は関係あるが、妖怪石とは関係ない。地上げと父親が無職な事に関係がない。父親の行動のどこまでが妖怪石に操られていたものなのか。その事と病気で死んだ事は関係あるのか無いのか。そもそも盗んだ事に変わりなく、生き返っただけでハッピーエンドなのか。何故そんなものを息子に預けたのか。息子が危険になると考えなかったのか。約束だろうが親子愛だろうが、盗んだものを返すのは当然で、事情すら説明せずに逃げ回って何のつもりなのか。開発工事と住民運動と狐の反乱と妖怪石、どれも一見繋がっている様でてんでバラバラなまま投げっぱなし。思わせぶりに出てきた典型的ながらキャラが濃そうな地上げ屋など、最初に出てきただけで後は何もなし。ヒロインの記憶を消してしまったら、全国のお稲荷さんに油揚げを奉納する約束が果たせないではないか。そもそも裁判の被告になるべきは鬼太郎ではなく人間親子ではないのか。などなど、もはや、お話としての体すらなしていないのには呆れ返る。まさに子供騙しでしかない。

一応は"悪い妖怪"として配置されるキャラクターを登場させ、鬼太郎と戦わせてアクションを見どころにしているはずが、中盤の廃工場での戦闘がその対決のピークとなってしまい、盛り上がってほしいところで盛り上がらないままカタルシスも痛快さもなくウヤムヤに終わってしまい、その後の泣かせを強要する展開が、韓流映画並にクド過ぎ長過ぎでウンザリする。

現在放送中の5thアニメ版が、三条陸と長谷川圭一の強力ツートップのシリーズ構成によって、筋が通ってキャラクターも立って面白いストーリーを毎回展開しているだけに、余計に見劣りしてしまうのだ。

こんな、"子供向け作品"というジャンルを舐めくさったストーリーでは、文字通り子供を騙すのが精一杯で、同伴の親や、古くからの鬼太郎ファンなど、大人の観客の観賞には全く堪えるものではなく、家族向け映画として全く成立していない

出来のいいビジュアルを、出来の悪い脚本が台無しにした残念作。興味のある人は、お話には期待せずに割り切って臨んだ方が、ガッカリは少ないだろう。自己責任で。


余談:
ウエンツの盟友、小池徹平が歌うオープニング主題歌が旧作アレンジなのは、古くからのファンにとっては嬉しいサービスだが、鬼太郎が幽霊族の最後の生き残りで、目玉親父は父親の死体から分離したものなどオリジンの設定を踏襲しながら、鬼太郎の年齢が350歳で両目とも揃っているなど、原作とは別物の設定を追加したのはどういう意図だろうか。どうにもどっちつかずで気持ち悪い。




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2007年04月28日

市川崑物語 80点(100点満点中)

「エヴァのパクリだろ?」 ←(ノ∀`) アチャー
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特徴的なカット割りや照明効果に定評のある映画監督・岩井俊二による、同じく特徴的なカット割りや照明効果に定評のある映画監督・市川崑の、誕生からリイメク版『犬神家の一族』製作にいたるまでの生涯(まだ存命だが)を描いたドキュメント映画。

その誕生から時系列に沿って進められる本作、最初は"現在の市川崑"を一切登場させず、動く"映像"もまた"作品映像"のみに限定し、"当時の市川崑"の姿は、背景と被写体とが微妙にズレていく様にデジタル加工された"擬似的に動く写真"のみで見せられていく。

例外的に、"幼少期の初恋"の回想を岩井俊二が撮った再現映像として見せられるが、この映像がいかにも"岩井俊二が市川崑を意識して撮ったパロディ"以外の何ものでもなく魅入らされる。

"現在の市川崑"の動く映像は、リメイク版『犬神家の一族』撮影現場が見せられる終盤になって、初めて登場する。

この構成は、作品内の時間が"現在"に到達した瞬間を視覚的に納得させ、これまでに綴られてきた"生涯"が、紛れも無く今画面に映っている人物のものであったと深く認識させ、彼に対する感慨を殊更に深くさせる効果として活かされている。

ナレーションではなく、黒バックに白明朝体のテロップのみで"語り"を進行させている手法も同様。

"声"が無い、文字として見せられる"言葉"だからこそ、市川崑の言葉、和田夏十の言葉、岩井俊二のツッコミ、など、あらゆる人物の言葉を観客が自分の脳内で"聞き分け"て再生する。そして"現在の映像"で市川崑の肉声をようやく聞く事で、これまた"現在"へ回帰するのだ。

彼が作り続ける作品の方向性に影響を与える事となる、誕生から成人までを追い、人格形成の過程が綴られる映画序盤には、彼の主として"女性観"が強調される。

「女ばかりの家族に囲まれて育った」の説明に『黒い十人の女』のスチールを重ねたくだりが、彼の人格と作品の関係性を端的に象徴し、パロディ的なお遊びとしても面白く、こうした、岩井俊二が抱く市川崑に対する深い"理解"と"愛情"が、全編通して溢れている事もありありと伝わってきて心地いい。本作、熱烈なファンによる礼賛映画でもあるのだ。

映画会社に就職して最初の仕事となるアニメーション制作、続いての人形劇映画など、現存するフィルムで見せられる実際の作品映像は、やはりどう見ても"市川崑作品"である事がまじまじと伝わってくるもので、その質の高い仕事ぶりには驚嘆させられ、その作品をずっと観ていたい気持ちにさせられるのだが、いちいち全部を観ていたら時間がいくらあっても足りないに決まっているので、これは岩井俊二もまた同様に苦渋の決断で、どのカット、映像を端的に見せるかを選択したのだろうと浮かばされる。

中盤から後半にかけて展開する、公私両面で市川崑のパートナーとなった、妻であり脚本家の和田夏十との出会いから別れまでの展開は、何ともほのぼのしたラブストーリーであると同時に、夫婦二人三脚で作られた映画の数々の足跡とシンクロする、この夫婦でしかあり得ないエピソードと展開の数々には興味を引かれっぱなしとなる。

ここでもまた、夫妻それぞれの人格の差異が作品内で融合し"女性像"となって現われる様が、作品映像を交えながら象徴的に展開されていき、単発エピソードを羅列するのではなく、一本筋の通った"伝記"として本作を構成する、これまた岩井俊二のセンスと理解のなせる技である。

そして、本作が製作される大元のきっかけとも言える『犬神家の一族』オリジナル版のオープニングが流されるに至っては、巨大な白の明朝体が真黒の画面に跋扈するテロップを目にし、大野雄二による流麗なテーマソングを耳にする、これだけで鳥肌が立ってしまう

たとえ市川崑の熱烈なファンでなくとも、映画が好きな大人ならばこのオープニングだけで、本編の映像、演技、台詞など、全てが怒濤の様に脳内で再生される筈だ。それだけの存在感、パワーを、この作品は持っており、それはこの後ダイジェスト的に見せられる本編映像によって、その凄さをより実感させられる事となる。

市川崑、あるいは岩井俊二のファンなら当然ながら必見だが、今まであまり気にかけた事が無くとも、これを観れば間違いなくこの両名に対し著しく興味を引かれ、作品を観たくなってしまう事受け合いだ。映画好きなら絶対に観て損する事は無い。機会があれば是非。


余談:
初期のアニメーター時代のエピソードやディズニーアニメとの関わりが、作中の構成として不可欠に大きく扱われていながら、劇場版『銀河鉄道999』にて監修を務めた事が完全スルーだったのが寂しい。犬神家同様、大ブームを起こした作品なのだから、ちょっとでも触れてくれれば良かったものを。



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2007年04月27日

情痴 アヴァンチュール 25点(100点満点中)

あいつ、ときどきねぼけて夜中にさんぽするんだ。
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短編映画で評価を受けていたサヴィエル・ジャノリ脚本・監督による二本目の長編作品。

ビデオライブラリーに勤務する主人公が、怯えた表情で夜の街を徘徊する女性を発見。興味を持って近づくうちに、彼女は夢遊病であると判明。悩める彼女に次第に惹かれていく主人公だが、彼にも恋人がおり、彼女にも愛人らしき男がいて…と、"情痴のもつれ"が展開するストーリー。

単なる色恋沙汰で済まされない様、夢遊病というファクターをインパクトの材料として用い、また、思わせぶりな"結果"を最初に見せておいて、そこからの回想として本編が始まりラストへ帰結する構成には、短編出身監督ならではの全体のまとまりにこだわる姿勢が見られ興味深い。

最初の映像と最後の映像が同一でありながらも、観客が受け止める、その映像が象徴している意味は異なるものとなる、これもまた時系列同様に円環構造を利用した手法。

そうした構造、構成が、ビデオライブラリー勤務である主人公の設定として利用され、劇中で主人公が観る、古典映画の映像や、入手したプライベートビデオの映像に映っているものが、その後の展開を示唆する役割となっている、擬似多重的に進行する事象を印象づけている。

のだが、これらの"ビデオ映像"が示唆しているものがあまりにも直接的でそのまんますぎ、意外性や驚き、ヒネリに欠けており、面白さに繋がっていないのは問題だ。

また、結果を曖昧な形で最初に見せている事が、いくつかの選択肢に分かれるとは言え、ある程度の予想がつく事にも結びつき、「これから一体どうなってしまうのか」と無限に可能性のある期待ではなく、「この中の誰がこの末路をたどるのか」という、限定された期待に閉じ込められてしまうのは、逆に面白さを削ぎ取ってはいないかとも感じる。

どんな条件で症状が発動するのか、悪化あるいは改善するのかといった情報が、少しずつ観客にのみわかっていく描写が重ねられていながら、その先にある結末に果たして繋がっているのかがわかりづらく、拍子抜け、オチが弱いとも思われる。

また、回想の語りを主人公の恋人に行わせ、最初に見せる"結末"も彼女視点で描いているにも拘らず、本編はほぼ全て主人公視点で描き、彼女は実際にはあまり本筋には関わらない、という構造には疑問を感じる。あるいは意図的にミスリードを狙ったのかもしれないが、どうにも中途半端だ。

何より問題なのは、夢遊病や自傷といった視覚的にインパクトのある素材に頼るあまり、本来の本筋であるはずの情痴のもつれが類型的な範疇を出ず、一つ先の展開が簡単に読めてしまうという、ストーリーが面白味に欠ける事だろう。

視覚的インパクトのある素材ながらも、それをより強調、印象づけるだけの映像的工夫が特にあるわけでもなく、別の意味で目を引くであろうセックスの描写もまた、特段の見どころとはなっていない。

題材は面白そうなのに、充分に活かしきれなかった残念作。タイトルに惹かれてエロエロを期待すると更にガッカリするので注意が必要だ。興味があればレンタルで。


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2007年04月26日

ラブソングができるまで 70点(100点満点中)

植物話しかけるノリダーは〜♪
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ラブコメ作品に多く出演する二人、ヒュー・グラントとドリュー・バリモア主演による、原題『MUSIC AND LYRICS』の名の通り、"作詞作曲"を題材としたラブコメディ。

80年代に活躍し大人気を博していたポップスバンド"POP"のヴォーカリストであったアレックス(ヒュー・グラント)だが、バンド解散から現在までずっと鳴かず飛ばずの"過去の人"へと成り果てていた。だが、大人気女性ヴォーカリスト・コーラから新曲作成の依頼を受け、曲作りにイメージを与える作詞家を探していたところ、自宅の植物管理サービスに来ていたソフィー(ドリュー・バリモア)の思わぬ才能を発見し、作詞を依頼するが…というお話。

80年代の洋楽テイストをディフォルメ気味に抽出して作り上げられた架空のバンド、POPのPV映像から始まる本作、その懐かしさ満点のパロディ的な映像と音楽に、当時洋楽を好んで聴いていた人間なら一気に魅了され、いちいちいかにもありがちな作りにニヤニヤさせられ楽しめる事受け合いだ。この最初に見せられるPVだけでも、本作を観た価値の半分はあると言って過言ではない。

そうして観客を懐かしい気持ちにさせておいたところで、続いて"懐かしのアーティスト対決"を扱ったテレビ番組企画のプレゼンへと移行し、最前までの楽しさが"過去の栄光"に過ぎず、演奏権を争ってボクシング対決までさせられてしまう、"落ちぶれた現在"とのギャップを見せつけ、上がったテンションを叩き落とすもコメディである事は変わらない。主人公の置かれた状況と作品の方向性を的確に説明する、この序盤の構成は絶妙。

唐突に主人公の自宅に現われ、インパクトのあるキャラクター描写で主人公と観客をケムに撒いて心をワシ掴みにする、ヒロインの描写もいちいち楽しく、ピアノの上に荷物を置くやりとりを、少しずつ変化を加えて繰り返すなど、テンポよくギャグのツボを押さえていながらストーリーから浮かない様内化させている。

また、強烈すぎるインパクトで美味しいところを根こそぎ持っていくヒロインの姉も、ドリューがふた回り巨大化した様な説得力満点のビジュアルと、マッシュポテトを作りすぎたりなど見た目通りのベタなキャラクター描写がなされ、彼女の夫もまた、いかにも頼り無さげなハゲオヤジとこれまたベタベタなビジュアルとキャラクターと、意図的に類型的なキャラクターをベタに動かしてコメディとしての安定した面白さを見せ、楽しい世界に観客を没入させる、丁寧な仕事が嬉しい。

もうひとりの重要人物となる、人気女性アーティスト、コーラのキャラクターもまた、80年代アーティストを記号化した主人公と対極に、セクシーなビジュアルを前面に押し出す近年の若手女性アーティストをディフォルメたっぷりに底意地悪く記号化したもので、やりすぎなほどのエロティックなフェロモンと勘違い仏教をキャラクターイメージとしたパフォーマンスには、作り手の狙い通りに苦笑と失笑の連続。

"過去の人"として現在の自分に自信が持てない主人公、全幅の信頼を寄せていた男に使い捨てられ、同じく現在の自分に自信が持てないヒロインと、世代から何から全く違いながらも、内に抱えている"弱気"が実は共通している二人の、"本当の自分"を改めて確立するまでの顛末を、笑いを基調としつつ時にネガティブな方向へと物語を振って起伏を持たせる、全体的なドラマ構成はベタな基本をしっかり押さえており、安定した面白さが楽しめる。

その二人と対極と思われた"勝ち組"コーラもまた、過激なキャラクターイメージの内幕には、主人公達と同じく"弱気"が潜んでいるのだと露呈していく事で、そのギャップによってストーリーの転機となっての盛り上げとハッピーエンドに貢献するという、キャラクター設定をインパクトだけではなくストーリー展開にも活かす、脚本、演出、演技、美術などの全てが作品を面白くする方向へと有機的に作用している、本作のバランスのよさを象徴している。

ヒロインのトラウマの元凶となっている人物に対する"オチ"が、作中の引っぱりに比して弱く感じられるので、ここはもう少し気持ちのいい天罰が欲しかったところか。

出演者のファン、ラブコメ好きなら絶対に観て損はしない良作。先述の通り、80年代の洋楽に懐かしさを覚える人もまた、間違いなく楽しめるはずだ。POPとコーラ以外は実在のアーティスト名がそのまま使われているので、当時の音楽事情を知っているとより楽しめるだろう。

気軽な鑑賞に最適。興味があるなら是非。



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2007年04月25日

名探偵コナン 紺碧の棺(ジョリー・ロジャー) 15点(100点満点中)

そして船は行く
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青山剛昌の同名漫画を原作とするTVアニメシリーズの、劇場版11作目

女海賊が遺した財宝が眠ると伝えられている神海島へリゾート旅行にやってきたコナン一行が、財宝絡みで起こった謎の事件に巻き込まれていくストーリー。

そもそも原作およびTVアニメからして、江戸川の名を拝借しているにも拘らず"情念"も"狂気"も"猟奇"も描かれず、殺人を扱いながらゲーム感覚で人命に重みのカケラも無く、テンプレートなキャラクターが決まった筋道の通りに動かされるだけの上滑りに終始するストーリーに、コナンの名を冠しながら、緻密さも驚きもない学年誌の探偵クイズと大差ないトリックばかりと、ミステリーとしてもキャラクターものとしても少しも面白くない、まさに"子供騙し"の言葉がピッタリ当てはまる作品に過ぎないのだが、今回の映画もまた、子供騙しの範疇から全く抜け出ていない結果に終わっている。

前作『探偵たちの鎮魂歌』から続いて脚本を担当している柏原寛司は、古くから刑事ものをメインにしている脚本家であるが、ドラマ好きからの評価は決して高くなく、また、子供向け作品を手がけるに至っては、あからさまに手を抜いた仕事ばかりを繰り返し、文字通り"子供騙し"な作品ばかりを残している、ドラマ、映画好きにとっては、あまり嬉しくない存在である。

ちなみに、駄作が多い平成ゴジラシリーズの中でも最低レベルの超駄作、『vsスペースゴジラ』と『2000』も同氏の仕事である。これまた子供騙し。ルパン三世のTVSPでも、つまらない回は大抵この人だ。いつもつまらんだろというツッコミは無しで。

今回もこれまでの仕事と同様、キャラクターもストーリーもトリックも、全てが表層的で絡みが弱く、突っ込んで楽しむ事すら出来ない、何の驚きも面白味も無い平板で退屈なお話が延々続けられ、子供を連れて来た親にとっては格好の睡眠時間と成り果てている。

冒頭のカーチェイスシーンは、運転席視点の映像を多用して迫力を出し、スピーディーな映像で観客の目を引きつけ、大野克夫のBGMによってテンションは更に高まり、オマケとして"ルパンと不二子"の小ネタで笑わせる、と、出だしはそれなりではある。

だが、この場面は結局その後に展開する本筋とほとんど関係なく、小ネタも同様、ストーリーと絡んだり、そこまでしなくとも何らかのヒネリの利いたオチを見せると思いきや何も無い、ただ出て来ただけの芸の無い単発ネタと、映像的な面白さ以外は何も無い、スカスカな状態に過ぎない。

更にこの後の本筋には、そうした映像的な見どころも特段になく、ストーリーもつまらないとあってはどうしようもない。

真犯人は簡単に予想がつく上に何の裏事情も背景もどんでん返しも無いし、そもそも人を殺すほど必死なのに、観光サービスとしてガチの宝探しをイベントにしていたりと、何がしたいのか意味不明である。正体がバレてもちっともドラマティックに展開しない。何なんだ。序盤に多用した"よく転ぶ"ギャグも結局何もなし。何が面白いのか。

そのイベントも、子供向けとしては危険すぎてあり得ないし、そもそも今まで絶対に解かれなかった謎にしては簡単すぎる。それでも所詮は遊びに過ぎないので、スリルも冒険もなにもない、ただダラダラと子供騙しのクイズやなぞなぞが続くだけだから余計にタチが悪い。

大体、最終的な謎解きは漁師が隠し持っていた古地図を見て行うに至っては、これまでの宝探しの意味が完全になくなってしまうではないか。自分が書いた話の意義を自分で否定してどうする。

殺人にしても、何故一人しか殺さなかったのか理由が無く、容疑者を増やして犯人をわからなくしたり後半の展開のために悪人を残す必要があったりと、キャラクター自身の目的や行動理念ではなく、書き手の都合上に過ぎない事がバレバレである。

ラストのカタストロフの展開、映像も、冒頭のカーチェイスの迫力や緊張感に及ばない予定調和なもので、拍子抜けである。携帯ボンベだって、二つだけ渡された時点でオチまで読めてしまう

実在の女海賊であるアンとメアリーの伝説を題材に、その二人の友情を蘭と園子の友情にシンクロさせる構図は予告編でも印象的に見せられているが、本編内でそれが効果的に活用されているかと言えば全然で、"背中を預け合う二人"の絵がバッチリ決まった次の瞬間に、特に意味のある活躍もせずすぐまたピンチになってしまっては、何を楽しめというのか。大体、この場面のためにアンとメアリーの話にしたのではないなら、他に何があるのか。自分で題材を台無しにしてどうする。

ここまで悪い意味で"あり得ない"展開に終始していたのだから、せめてここくらいはいい意味の"あり得なさ"でアクションを盛り上げるなど展開に起伏を持たせないと、子連れの親御さんは寝っぱなしだ。

結局、楽しみどころは冒頭のカーチェイスと大野克夫のBGM、それに愛内里菜&三枝夕夏の"ネクサスコンビ"による主題歌くらいしかない、内容的には何から何まで子供を舐めきった子供騙しに終わっている。

"子供騙し"と"子供向け"とは全く異なる概念である事は言うまでもない。本作、世代を超えて長く観続けられる本物の"子供向け作品"であろうはずがなく、子供向け作品としてもクオリティは格段に低い使い捨てのジャンク作品に過ぎず、家族向け映画としても成立していない。

子供騙しに騙されても仕方ない幼児ならともかく、いい歳をした大人が観るものではない。鑑賞の価値は全く無い。



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2007年04月24日

ハンニバル・ライジング 50点(100点満点中)

コン・リーとマルシアの区別がつかない
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『レッド・ドラゴン』『羊たちの沈黙』『ハンニバル』に続く、トマス・ハリスの猟奇小説、レクター教授シリーズの最新作。今回は時系列を遡り、『レッド〜』より遥か昔、幼少期から青年期にかけてのレクターを描いている。

原作者自身が脚本を執筆しており、その大筋が原作から逸脱していない事と、レクター教授は狂言回しに、彼に深く関わってしまう刑事や捜査官を主人公とした前三作(『レッド〜』は二度映画化されているが)とは違い、レクター自身が主人公となっているのが、今回の大きな特徴だろう。

二作目『羊たちの沈黙』からアンソニー・ホプキンスが演じ、その多面的なキャラクターが大きなインパクトと魅力を生んで大人気となった、レクター教授の生い立ちと人格形成が遂に明らかになる、と謳われている本作には、シリーズのファンなら大きな期待を抱いて当然だが、残念ながらその期待は少なからず裏切られてしまう結果となる。

何より、原作者自身が脚本を執筆している事が、逆に"原作のダイジェスト"感を強めてしまっていると思われ、確かにストーリーは原作に沿ってはいるのだが、緻密な心理描写が面白さを生んでいるサイコサスペンスシリーズでありながら、事象を追う事に精一杯となり、一見して無垢で平凡な少年だったはずのレクターの、その内面で具体的にどのような変化が起きていったのか、"怪物の誕生"を描くにはあまりに物足りない。

戦時中に家族を失った悲劇、戦後の収容所生活の苦難、叔母との出会い、復讐の開始と、並べ立てられるストーリーは筋が通っており面白く、のっけから派手な映像で見せられる銃撃や爆撃と、非常時に際して露呈する人間の悪の面を丹念に描写した戦時中の場面は、観客の興味を引きつけるには充分だし、後半に展開する復讐劇も、この映画単体で観れば、それなりに楽しむ事は出来る

のだが、ここから、あまりに複雑すぎる内面と外面を持つ前三作のレクター教授に繋がるか、と言われるとかなり厳しく、ストーリー展開もキャラクター描写も、あまりに類型的、表層的に過ぎないのだ。

これは一重に、先述の通り原作の面白さである心理描写をバッサリ省略し、その事象の進行のみを誰の主観でもない俯瞰的視点で描いている、作品の方向性そのものにある。

レクターともう一人の犯罪者の、二人の"異常者"を"似て非なる者"として描き、そこに主人公である"通常人"との更なる対比を見せて独自の面白さを生んでいたシリーズの原点なのに、そうした"異常性"そのものや、"異常と通常の境界"といった要素が抜かれしまい、普通のサスペンス、普通の復讐劇に終わってしまっている。これではファンはガッカリだ。

レクターの叔母にあたる日本人美女、ムラサキ(コン・リー)の存在も、単に作者のオリエンタル趣味を作品内に登場させただけの、前三作で画面の端々に東洋的な美術品などが映り込んでいたのと、同程度の役割しかない印象に終わっているのは勿体なさすぎる。

ヨーロッパの対極に位置する、極東の島国の思想体系がレクターの根幹を形成したからこそ、彼の全存在が、西洋のモラルの基盤にあるキリスト教的思想から逸脱したものとなっているのだ、などと、段階を踏んで描写を重ね、説得力を持たせてくれない事には、前三作のレクターと同一人物とは思えない、単なる不幸な兄ちゃんにしか見えないのだ。

ムラサキとレクターが剣道の稽古をする場面などはインパクトもあり面白いだけに、そうした要素をもっと活用するべきだっただろう。

猟奇殺人者としての異常性と表裏一体となる、芸術、学問、料理などに見せるこだわりや、人の心理を読んで自在に弄び、どんなピンチも機転と行動力で切り抜けてみせる超人性、あるいは嗅覚が異常に鋭い事がその能力の一助となっているなど、前三作で見せた"レクター教授らしさ"が意図的かと思うほどに薄味で、シリーズとしての魅力に大きく欠けてしまっている。

例えば、今回の計画性のなさを反省して今後に活かそうとする、などの描写でもあれば、少しは説得力も生まれたのだろうが。

前三作では主人公であった捜査官あたりに、人物配置的には相当しそうな人物も登場させながら、その人物は結局レクターの人格形成にも事件の大勢にも特に大きな影響を与えないまま終わってしまい、これまたキャラクターの無駄遣いとしか思えない。

前三作を知らず、あるいは無視して"普通の映画"と思って観ればそれなりには楽しめるのだろうが、シリーズファンにとっては、期待に沿える出来には至っていない、残念な作品。とは言えファンなら一応は要チェックだろうが、期待せずに覚悟した上で臨めば、ガッカリしないで済むかもしれない。



tsubuanco at 16:34|PermalinkComments(0)TrackBack(4)clip!映画 
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