2007年08月

2007年08月31日

ひいろ 63点(100点満点中)

お前を…殺す!
公式サイト

美濃焼の本場である岐阜県多治見市に本拠を構える陶磁器商社、株式会社織部の主導により、社長自らがプロデューサーを務めて製作された、中国残留孤児と陶磁器を題材とした作品。

焼き物屋さんのPR映画の意味合いも強い本作だけに、中国残留孤児を扱った部分においてはネガティブな側面を極力押さえ、実際には稀であっただろう美談として経緯を描いているのは、これは感動物語としての作品意図のための創作として何ら問題ない。

その一方で、現在の日本の行政に対する批判めいた文脈が見受けられたりと、現実に即した問題ゆえに作り手の思想を感じてしまう点もありはするが、こちらもまた、ストーリー展開に波を持たせるための一障壁としての描写に留まっており、押し付けの無い様にはなされている。

そうした部分や、基本的に性善説にて進められるストーリーを見ても、そもそもリアリティを追求するものではなく、一種の寓話的物語との認識で臨むべき作品の様だ。

それを踏まえて観れば、唐突に登場して主人公・彩陽(小崎さよ)に対して親切の限りを尽くす女将(麻丘めぐみ)が、最後まで良い人に終始して何ら意外性を見せない事も、問題なく許容出来るだろう。

番組プロデューサ(ルー大柴)が殊更に戯画的、記号的に描かれている事も、役者の個性を利用した意図的な演出であり、それをどう思うかは彼自身を好きか嫌いかの問題だ。

また、彼が家族と電話する場面が不自然に挿入され、これによって彼もまた人の子であり親である事を伝え、クライマックスの行動への布石としているが、その電話場面に流されるBGMがベタすぎるため、それによって場面挿入の不自然さが余計に目立ってしまっている事は、決して褒められたものではないが。

その場面に限らず、劇中で用いられている音楽があまりにベタすぎる事が気になりはするが、一方で、祖母を庇って小崎さよ彩陽が泣き崩れる場面などでは、そのベタな音楽が観客の感情を上手く煽り、彩陽の無く姿によって祖母の辛苦を想起させ、観客を感動させる効果となっているなど、一番肝心な時に良い方向に働いたので、全てをマイナスと切り捨てるわけにはいかない。

中国残留孤児、日本に住む留学生、陶磁器、家族愛と、それぞれの要素に対し掘り下げ、相互の絡みが弱く、特に留学生の生活問題に関する描写は本来なら、中国と日本の双方を舞台とし、そのカルチャーギャップに主人公が戸惑ってどうしていくのか、という点が観客の興味のひとつとなり得る筈ながら、作品内のウエイトとしては最も軽く扱われがちだった事は残念だ。

コップに貯めていた梅干の描写に、今後の心情変化につながる示唆を期待していたが特に何も無かったりと、半端なままの素材が多すぎる事が気になる。

手作りの茶碗をキーアイテムのひとつとしながら、今ひとつ物語の中に有効に活かせていなかった感がある。終盤で祖母が無数の茶碗を披露する場面だけでは勿体ない。

主演の小崎さよによる、中国人留学生役の演技は見事。この仕事とは関係なく中国に留学していた経験もある彼女だけに、中国人と立ち振る舞いや中国語会話も違和感が無く、片言の日本語もまた、作りすぎてコント調になってしまわない様抑えられたもので、知らなければ本当に中国人と思ってしまう程だ。

また、彼女の台詞が片言で話される事によって、中国から日本までわざわざやってきた事など、彼女の行動のいちいちに対しての本気度が強く感じられ、その事がクライマックスの感動を更に大きくしている効果にもなっている。

いろいろと気になる部分もあるが、製作規模や製作意図を汲めば許容出来るものであり、題材に興味を持って観ていればそれなりに感動する事も出来る、小品としてきれいにまとまっている作品ではある。機会があれば。



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2007年08月30日

阿波DANCE 30点(100点満点中)07-240

「アホアホハンドでやっつけろ!」「キーック!」
公式サイト

徳島の名物、阿波踊りを題材とした青春ダンスムービー。監督は『富豪刑事シリーズ』など、主としてテレビドラマをメインとしている長江俊和。脚本は『シムソンズ』でプチヒットを飛ばした大野敏哉。

みんなで頑張って一つの競技に挑む、この種の作品は『ウォーターボーイズ』ヒット以降、様々に作られており、その中には傑作と呼べる作品も存在するが、ムーブメントに安易に便乗しただけの安易極まりない凡作、駄作としか言いようの無いものも当然だが存在する、残念ながら本作は後者に当てはまってしまった模様。

基本的には不理解=対立から融和、融合へと変移する人間関係を、阿波踊りとヒップホップダンスの融合になぞらえて展開していく物語構図なのだが、カルチャーギャプによる対立、人間性による対立、色恋沙汰によって起こる対立、ヒロイン茜の母娘関係と、相手役コージの父子関係の、それぞれの不理解による対立など、それらを明確に描き分けられていない事がまず問題。

それでも、一つ一つのエピソード、シチュエーションには、それなりに納得、共感出来るところも多少はあるのだが、全体としてのまとまり、流れを構成するつながりが希薄な上、ほとんどがどこかで見た様なものに終止し、目新しいドラマは感じられない。

親友同士がケンカして浜辺で殴りあっているところにヒロインが駆け寄ってくる、など、いったい何億回使い古されたシチュエーションなのだろう。それを何の工夫も無くそのまま使っているのは、王道を踏襲などではなく単に手抜きなだけだ。

また、それらのエピソードのどれもが、ネタ振りから収束への道程を紡げておらず。クライマックスの踊りでウヤムヤにし、融合した事にしてしまっているのはあまりに乱暴。

そもそも題材である踊りの融合すらマトモに描かれていないので、一大イベントとして大爆発する筈のクライマックスがさほど盛り上がらないのだから困る。無理に話を広げすぎ、散漫にしてしまったせいでこんな事になってしまうのだ。

まず対立を描く事が必要といっても、いつまでたっても仏頂面で揉めてばかりでは、作品世界にも登場人物にも何ら魅力を感じられないのだから、感情移入が全く行えず興味が持てないのは当然である。

それでも、融合の展開をしっかりと描きさえすれば、そのギャップによって感動を大きくする事も可能だが、その"しっかり描く"事が全く出来ていないのだからどうにもならない。沢山集まった筈の仲間を全員放ったらかしとは、どういうつもりか。

それ以前に根本的な問題として、呆れるほどの古臭さとセンスのなさを感じてしまう『阿波DANCE』なるタイトルの時点で、想定観客である若い層はドン引きだ。

故に、東京から来たトンガリ娘であるヒロインが、"阿波DANCE"を始める事自体に無理があり、その起点すら描けていないため、余計にその後の展開がどうでもよくなってしまう事となる。

序盤にヒロインが連呼して強調していた「ムリ」の言葉が途中からフェードアウトするかの様に登場せず、そのまま何も無くなってしまっては、ネタとしても成立していないし、"レンコン女"絡みの展開にしても同様、その場限り、投げっ放しな描写の羅列に、物語としての流れも何もあったものではない。

映像的には、監督がテレビ畑の人である不安点がそのまま表出し、テレビ的なアップどアップが細かく割られるカット割りには、映画的な面白さが全く無く、むしろ顔ばかり見せられて鬱陶しくなってしまう。特に前半における、登場人物のキャラクターなどを説明して観客に理解させておく場面でアップが多用され、確かに顔はわかったがウンザリして誰も好きになれないのでは逆効果だ。

見どころとなる筈のダンス場面も同様。やたらとカメラを寄り過ぎた画面が多く、全身、全体の動きが伝わらない映像からは、本来のダンスの良さは大幅減にしか味わえないものだ。最後の決めポーズすらアップで割ってしまうとは、あり得ないにも程がある。これはラストの新聞写真を引っ張る意図なのだろうが、明らかに失敗している。阿波踊りの男踊りと女踊りの違いが実は振り付けに盛り込まれているなど、ちゃんと見られさえすれば楽しめる筈なのだから勿体ない。

挙動不審なキモオタ的に演出されていたメガネも、単にキモいだけで面白味が無く、オマケに最後の方だけ急に真面目になられても意味がわからない。

男女教師のエピソードなど、何ら意味を成していない上に描写不足にも程があるため、明らかに不要だ。キャラクター自体はステレオタイプながらも面白くなりそうな気配はあっただけに、いちいち中途半端に終止しているのが勿体ない。

結局、踊るとはどういう事か、どう融合すればいいのか、踊る事と人間関係との相関、など、本作のテーマとなりうる大切な事も全て投げっ放しで、観客に想像させるといった手法ではなく、単に考えていないだけだ。

また、主演の榮倉奈々は、サブキャラクターでの出演だと魅力的なのに、主人公になると決まって魅力が半減してしまうのは、本人の資質よりも扱い方、撮り方の問題なのだろうか。本作も、仏頂面な演出のせいもあるが、どうにも魅力を感じ難く、キャラクターとしても、転校先で女友達との描写が全く無いまま男とばかりつるんでいるなど、あまりにもリアリティに欠け進行優先な描写に終止しているせいで、共感も感情移入も何も出来ない有様で、どうにも主演作に恵まれない彼女が可哀相になってくる。

そんなわけで本作、出演者のファンでもなければ、特に観る必要もない凡作に過ぎない。自己責任で。



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2007年08月29日

スピードマスター 38点(100点満点中)

中村俊介と中村俊輔を言い分ける方法
公式サイト

『最終兵器彼女』の須賀大観監督による、公道レースを題材としたカーアクション映画

『最カノ』では、撮影現場で色々揉めていたらしき話を聞いたり、本作もまた、どう考えても充分な環境を与えられていなかったりと、不遇な境遇が目立つ同氏、他人事とはいえ何だか心配だ。

ヒーロー:中村俊介、ヒロイン:北乃きい、敵:内田朝陽&蒲生麻由、おやっさん:大友康平、と、ひたすら地味な出演者陣を見た段階でわかる通り、低予算極まりない映画であり、もはや実写に見せる事を放棄したとしか思えずむしろアニメに近い、CG丸出しのカーレースシーンを見てもそれは明白である。

実写によるカーアクションを敢行出来ず、ゲーム紛いのCGしか用意出来なかった、その段階で既に、本作を真っ当に作る事自体に無理が生じている。実際に、見せ場である筈のレースシーンは、最初と最後の二回だけに留められており、それ目当ての観客からすれば、非情に物足りない状態だ。

ならばこそ、その間を繋ぐストーリーを工夫する事で、期待とは違う方向だが映画として楽しめる様にするべく、作り手の努力が求められて然るべきが、それもまた果たされていないのだから困ってしまう。

ストーリーは太古の昔から定番として存在する、流れ者ヒーローもののパターンを踏襲したものだが、キャラクター配置やストーリー展開の全てが完全にパターンそのままで何の意外性も無く、脚本家による創作が微塵も感じられないものでしかない。

その描き方にしても、ヒーローに何らかの秘密があって性格がひねくれているのはお約束だが、その謎解きが話を面白くするわけでも人間関係に深みを与えるわけでもなく、ただ上辺をなぞっただけで、明らかになった過去の問題も特に解決せず放りっぱなしで終わってしまっては問題だろう。最低限、最後のレース展開に何らかの波を与えるくらいはすべきではないか。

ヒロインの行動も、話を進めるために動かされている状態でしか無く、ライバルの見せる狂気もステレオタイプに尽き、ヘンなメイクのせいでギャグにしか見えない。蒲生麻由が演じる敵女ドライバーもまた、意図的にコスプレキャラ的にスタイリングする事で、浮世離れしたミステリアスな魅力を出そうとしているのはわかるし、実際に蒲生麻由自体が素で美人なためギャグにならずハマっているのだが、そもそもの存在意義が非常に薄いキャラクター描写、動向に終始し、結局のところ、いなくても構わない役どころに終わっていたのは勿体ない。

無国籍風に装飾された世界観は、画面に映っているいくつかの場所しかその世界には存在しない様な、箱庭的な構築しか出来ておらず、その場所と場所を繋ぐ道筋すら想像出来ない、"つくられたもの"としか受け止められない世界に、魅力を感じる事は難しい。

車が題材であり、走る道路が必須な筈の映画で、これは致命的だ。実写で道路を走る数少ない場面が中盤に登場するが、この時の撮り方、見せ方がどうにもつまらなく、"スゴイ車"であるはずのその車に、何ら凄みを感じられないのでは、描写として成立していないではないか。

そこ以外でも、どう凄いのか、どう違うのか、といった、車の性能などを観客に伝える手法が極めて乱暴で、一瞬の止め絵にテロップでスペック等を表示しているのだが、早すぎて追いきれないのだ。

特に読まなくてもいい情報なら、雰囲気の演出としてそれでも構わないが、物語の流れを考えるに、知っておいた方が良い情報である事は明白で、かなりの不親切さを感じる。

そのため、肝心のレースシーンにおいて、苦戦、逆転などの、技術的、性能的な裏付けを感じられず、攻防の変転に魅力を感じられなくなってしまう結果に陥ってしまっているのだ。

ターンやクラッシュなど、いくつかのシチュエーションではCGではなく実写に戻るのだが、この時の映像がやはり、迫力や臨場感に欠けるアングル、カメラワークに終始しており、敵の車が海に落ちたり、飛び出てきたにぶつかりそうになったりといった、本来なら見せ場になりうる展開も、少しも驚けずのめり込めない結果に終わっている。

もちろん、撮影環境などで想像以上の制約があったのだとは思うが、それなら脚本段階で、実現可能な範囲でのシチュエーション設定や展開を、もっと煮詰めるべきであるはずだ。

ただ、ドラマ部分での演出やカット割りなど、監督の持ち味を出しても支障のない部分では、それなりに凝った意図が見られる映像もところどころにあり、何もかもがダメというわけではないのが、却って勿体ない印象を強めてしまっているのが不幸か。上から下に画面を高速スクロールさせ、そこに同じく上から下にテロップを流す、エンドロールの見せ方が、面白かったりと、どうでもいいところが良かったりするのだ。

低予算であり脚本の出来が悪い事を念頭に置いた上で、出演者のファンならば、とりあえずはチェックしておいた方がいいかも、というレベルであり、無理して観るほどの作品では決してない。自己責任で。



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2007年08月28日

Life 天国で君に逢えたら 45点(100点満点中)

稲村ジェーン
公式サイト

若くしてガンでこの世を去ったプロウィンドサーファー・飯島夏樹氏の自伝的小説『天国で君に逢えたら』および闘病エッセイ『ガンに生かされて』を原作とし、実話を元に脚色と創作を加えたストーリーとなっている。

ために、戦績や居住地等、事実と異なる部分がそれなりに存在するが、大切なのは、実話を通して伝えたい事は何なのか、どの部分に他人を感動させるだけのものがあるのか、といった要素であり、端々の違いを殊更に気にする事はないだろう。

本作、メディア宣伝の方向性などを見るに、当事者に気を遣った奇麗事や自慢話に終始する類いの、関係者の自己満足的な作品になってしまうのかと不安だったが、実際に仕上がった作品は、大衆向けの娯楽映画として、無難で卒のない出来となっており、ひとまずは安心である。

まず序盤から前半にかけては、主人公夫妻(大沢たかお、伊東美咲)の若き日の苦労と成功を一通り描いて、競技者としての飯島夏樹の有りよう、それを支える妻の有りようを、わかりやすくディフォルメし、それと同時に、題材の一つであるウィンドサーフィンを、人生を賭けるに値するものであると観客に伝えるべく、競技としての面白さを前面に出したレース場面として描き、観客をまず惹きつける事には成功している。

このレース映像、盛り上がるカットに限って画質が悪いのが困りものだが、本物を撮っているのだと思えば気にならず、むしろ臨場感や迫力を味わえて、ウィンドサーフィンに対し特に興味が無くとも目を離せなくなってしまうのは怪我の巧妙か。前半のクライマックスとなるその競技シーンと、そこから繋がる結婚式シーンは、まるでこのまま映画が終わってしまうかの様な盛り上がりとハッピーエンドぶりを見せ、「おいおい飛ばし過ぎなんじゃないの?」と不安にさせもするが、やはり掴みとしては良く出来ており、後半の展開にギャップと背景を与えるためにも、この盛り上がりは必要と言える。

後半から展開する闘病の描写は、極めて類型的でステレオタイプなものが多いが、広く受け入れられる作品にするためには、その方向で正解だろう。しかしあまりに工夫がなく、どこかで見た様なお決まりの展開に終始するのでは物足りない事も確かで、もう少し、実話ならではの独自性が欲しかったとも思える。

また、末期ガンなのに全力疾走したりウインドサーフィンを敢行しジャンプ成功などは、あり得なさに興醒めするおそれがあり、かなりギリギリの展開ではある。主人公を轢きそうになったトラック運転手が、お決まりの「バカヤロー!」ではなく、わざわざ降りて「大丈夫ですか!?」と駆け寄ったのには意表を突かれたが。

物語が始まってから10年以上経っている筈なのに、夫婦が二人とも少しも老けなかったり、主人公が死にかけなのに全然そう見えなかったりと、日焼けでもキレイに見えるメイクはしっかり施しながら、リアリティを感じさせ観客の感情移入を生むためのメイクは拒否しているあたりもいただけない。伊東に老けメイクをさせたくない事務所の横槍だろうか。それなら逆に、10年前のシーンではもっと若作りさせるべきだろう。

また、いくつかの構成的な仕掛けに関して、例えば目玉焼きを使っていろいろと表現するくだりがあるが、まず序盤の苦労時代で、自分の皿にだけ目玉焼きがある事に気づく主人公、という描写が、それぞれの皿をカットを割って見せているため少しわかり辛くなっており、これならカットを割らず、主人公主観で視点を移動させる映像にした方が伝わりやすくなるし、その目玉焼きが後半に再登場する、家族全員での食卓シーンにおいても、一瞬でもいいから家族全員の皿に目玉焼きがある事をはっきり映し、「お父さん頑張った」と表現すると同時に、そのお父さんだけはもう目玉焼きを食べる事が出来ない、と示すなどすれば、目玉焼きが持つ意味もよく伝わり、観客の感情を自然に煽る事が出来るのだが、映像としてどうにも意図を絞りきれておらず残念に感じる部分が、ここだけでなく他にも多い。妻がベッドルームに入る展開を二回繰り返しているのも同様、今ひとつ伝わり辛い。

が、悪い意味での韓流の様な、鼻につく様なお涙頂戴な描写、演出を用いず、感動の押しつけではなく観客の内面にあるものと作品内とを同一化させ、それぞれの感情を動かされ感動する、そうした狙いで作られている本作には、他人の不幸を食い物にした様な嫌悪感はなく素直に好感が持て、現実の飯島氏やウインドサーフィンという競技にも興味を抱ける様になっており、作り手の狙いはとりあえず成功していると思われる。何より、いきなり不治の病になってもツッコミどころにはならないのが、実話ベースならではの強みだ。

少しだけ特殊な境遇の人物を扱っている事以外、特段に特色のない作品ではあるが、嫌みなくスッキリと観終えられる、娯楽作としてはまず及第点だろう。興味があれば。


余談:
『役者魂!』と本作ともども、道楽が仕事な父親に放置され孤独を感じるお姉ちゃんを演じる川島海荷実際に長女らしい)は、台詞回しはまだ不安がつきまとうが、表情の見せ方が素晴らしく、子供らしさと美少女としての凛々しさが共存するビジュアルが見事な逸材。特に本作では健康的に日焼けした姿で通しており、より魅力を発揮出来ていたのではないか。
映画にしてもドラマにしても、こういう子役をもっと採り上げるべきなのだが、事務所の力関係でキャスティングが決まる芸能界の現状では難しいか。



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2007年08月27日

TAXi 4 69点(100点満点中)

みないとタイホなのだ
公式サイト

フランスの映画人、リュック・ベッソンの製作・脚本によるコメディ映画シリーズの第四弾。

タクシー運転手と刑事のコンビが、いろんな意味で暴走しながら事件を解決してしまう本シリーズ、タイトルになっているタクシーそのものはあくまでも導入の素材にすぎず、本筋は凶悪犯罪に絡んで繰り広げられるドタバタのコメディにあり、今回は特に、そちら側に特化した内容となっているのが特徴。

それにより、タクシーで爆走するカーアクションのシーンが減少しているため、その点でガッカリする人もいるかと推測されるが、それを補うべく用意されているハイテンションなギャグ、コメディの数々は、文字通り息つく暇無く詰め込まれており、時にベタに、時にブラックにあの手この手で笑わせてくれる。

これは、シリーズものとしては一つの正しいやり口である。『バタリアン』は最高にバカバカしく楽しめる傑作だったが、それとほとんどやってる事が変わらない『バタリアン2』が、少しも新鮮味が無くつまらない印象になってしまったのと同じ様なもので、毎回同じ事をやっているのなら、新作を作る意味など無いのだ。

今回は主役の二人よりもむしろ、脇役ながら強く存在感を放っていたジベール署長をクローズアップし、彼を散々にいじり倒す事で笑いのネタを連発すると同時にストーリーも進めてしまう構成となっている。

本筋と絡まないアバンタイトルでのお決まり展開の時点で既に、署長による暴走気味のギャグによってまず観客を笑わせ、その後もずっとキレ気味のテンションで署長とその周囲を暴走させて、最終的には本当にキレて暴走する署長を見せてクライマックスとする、と、署長を中心に持ってくる意図が最初から徹底されている事がよくわかる。

必然ながら主人公達、特に運転手ダニエルの出番や活躍はかなり減少気味となるのだが、決して影が薄くならない様に随所に出番を配置しておき、最後には一番美味しいところをチャッカリ持っていってしまうと、出番の少なさを逆にネタとして利用している展開へと持ち込んでおり抜かりは無い。単なるギャグの羅列に終わらない、こうした気配りの徹底が、リュック・ベッソンの脚本の魅力の一つと言える。

もちろん、シリーズのお約束的な定番が全て破られているという事も無く、ある程度は定番を押さえてシリーズものである安定感も用意しておき、意外性とのバランスをとっている事は当然だ。

前作ではアバンタイトルにて、本筋とは全く無関係にシルベスター・スタローンを送り届けたが、今回はサッカーフランス代表のシセをスタジアム(の中)まで送り届け、無意味に豪華なゲストで驚かせて笑わせておいて、これまた定番であるオープニングのパロディ映像を、今回はナイキのCMを意識したものとしてサッカーネタで繋げ、そのまま本編のストーリーへと展開させると、ネズミ捕りネタの様に定番中の定番は意図的に陳腐に描写した上で、単なる定番に終わらない様にも工夫されており、導入部としては文句無しである。

もちろん、何もかもが上手くいっているわけではなく、署長が起きて以降のストーリー展開が、ギャグが減少したせいで失速感が強くダレてしまっていたり(署長の現場到着でテンションが復活するのは意図的なものだろうか)、単純なギャグとしても、署長の頭に乗ったままの、火のついたハッパが炎上しないまま終わってしまったり、その時の包帯の巻き方が明らかに不自然なのにスルーなど、肩すかしを食らってしまう部分もあるにはある。

また、刑事エミリアンの嫁ペトラが金庫から隠したメモ帳の意味や、追跡していた屋台バンがどうなったかなど、ストーリー的に中途半端な部分も気になる。ギャグを減らしてまで進めていたストーリーなのだから、もう少しはオチを付けてほしかったものだ。

お馴染みのキャラクターの人間関係が少しずつ変容していく事も、シリーズものの楽しみどころの一つだが、今回、主人公二人の息子が登場してファンを楽しませるのは良いとして、ダニエルの嫁のリリーが全く登場しないのは残念に尽きる。そのマイナス点を子供を連れ回すギャグ展開へと活かしたのは、結果的には面白いのだが。

新作ごとにどんどん老け込んでいく主人公達には、多少の寂しさを感じさせられもするが、番外編的にコメディに特化した本作、シリーズファンでなくともハイテンションなギャグには笑わされ通しとなり、頭をカラッポにして楽しめるに違いない。「このシリーズはこうあるべきだ」などと勝手に自分で枠を設けてしまう様な、自分で損をしている頭のおかしい人以外にオススメ。機会があれば。


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2007年08月26日

シッコ sicko 60点(100点満点中)

また肉離れ
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『華氏911』など、アメリカの政治、体制批判のためのプロパガンダ映画を作り続ける活動家、マイケル・ムーアによる最新作。今回はアメリカの医療保険制度が題材となっており、タイトルの"sicko"とは病人を表す俗称。

ムーアの作品は、その表層的な表現手段からドキュメント映画と表される事があるが、これは実際には誤りと捉えていいだろう。都合の悪い事実を隠蔽、歪曲し、用意された結論や主張に適した結果のみを取り上げ、それが全てであるかの様に改竄し、特定の思想に誘導する。これは明らかにプロパガンダの手法そのままであり、公平性や客観性といった、正統なドキュメントに求められる"正しい情報"では決して無いからだ。

そして、「それがいったい何だというのだ。そんな事はなんのマイナスでもないし、この作品の価値を下げはしない。正しい主張なら、手段を選ぶ必要などないではないか」などと、本作の偏向性を殊更に擁護する者が、如何にものの道理もわからない愚者であるかは、もはや言うまでもない。

主張が正しければ都合の悪い事は隠蔽し特定の思想に誘導する事も許されるなど、絶対にあり得ない。情報を歪曲、捏造して国民を騙している体制を批判する者が、それと同じ手段をとっていては何の説得力も無いではないか。大いに問題である。

正当な目的達成のためには、正当な手段を持って臨まなければ無意味なのだ。自分が正当と信じるならば尚の事である。"敵"と同じレベルに堕ちた時点で、自らの誤りを認めたのと変わらないのだから。

本作ではまず、アメリカ国内の保険制度の問題を、具体的な事例、証言によっていくつも採り上げ、それらを見せられた観客が、「ひどいなあ」とウンザリして来たところで、イギリス、フランスなど、歴史も文化もアメリカの大先輩である、ヨーロッパの先進国の保険・医療制度の、ポジティブな面だけをクローズアップして見せ、その落差のギャップで観客を驚かせ食いつかせる、という手法がとられている。ここでは、まず一方の悪い面のみを見せ、次にもう一方の良い面のみを見せる、という、典型的な偏向がありありと見られる。

後半では更にエスカレートし、アメリカの敵国であり社会主義の後進国であるキューバの医療制度との比較を、911テロ絡みの患者を交えて展開する事で、そのミスマッチによってギャップを何倍にも大きく見せて、あまつさえ"涙と感動"へとストーリーを進行させてしまい、有無を言わせぬ状態へと持っていく。

こうしたやり方は、何にでも共通して用いる事が可能だ。例えば先に男性の悪い面ばかりを羅列し、次に女性の良い面を羅列する、そうして「男はダメ、女性は素晴らしい」と結論付けてしまう、といった具合だ。が、そんな幼稚なロジックに正当性など何も無いどころか、相手を自分の思い通りにしようとの悪質な意図が見え見えであり、たとえ正しい事を言っていたとしても逆効果なのだ。

カナダ、イギリス、フランス、キューバなどでは医療費がゼロに等しいというが、保険料や税金などの、普段の負担はどれくらいなのか、あるいは薬代の安さを強調しているが、食料などの物価と比較すればどうなのか、といった、誰でも簡単に思いつく様な、客観性を持たせるために必要な情報は意図的に隠蔽している、本作のやり口は、あまりに安易であり受け入れ難い。

同じく、ハードとしての政治問題である医療保険制度と、医学や医療、環境あるいは医師の問題といったソフト面とを意図的に混同させ、観客を混乱させて誘導しようとしている事も明白であり、こちらもドキュメントと呼ぶのが憚られる大きな要因である。

だが、では本作が作品として価値が無いのか、といえばそんな事は全く無く、こうした社会問題を意図的にディフォルメして構成し、娯楽作品として作っている事こそが、ムーア作品の持ち味であり評価点となるのだ。

"敵"は徹底的にバカにしてこき下ろし、"悲劇"を全力で涙を誘うべく演出し、時には自らも笑いのネタに用いて、様々に観客を楽しませる、娯楽に徹した姿勢は一貫しており、その点での狙いはかなり成功していると言える。

"被害者"の一人が「ムーアにチクるぞ」と保険会社に言った途端に待遇が一変した序盤の事例や、キューバのグアンタナモ基地へと船で移動するくだりのバカバカしさなどはその代表であり、そうした娯楽性を端々に挟みながら進行するからこそ、堅いテーマな筈の作品を、笑いながら観続けられるのだ。

が、その点で言えば、似た様な事例の羅列がいくつか繰り返される中盤など、これは"悲劇"を強調しようとした狙いなのかも知れないが、少しダレを感じ疲れてしまう部分があり、構成に詰めの甘さが残るところも散在し、完全に楽しみきるには至らないのが残念。

また、方向性はともかく、本作は考える一助になる事は確かではある。が、鵜呑みにして感動している様では『あるある大辞典』を観て納豆を買いに走るバカと何ら変わらないのだ。あくまでも自分で考える事が大切であるという事を、こうしたプロパガンダ作品は逆説的に教えてくれる。

自国の悪いところを強調し、外国の素晴らしさを強調する、こんな作品を見せられて、当のアメリカに住む者はどう思うのか。もちろん大半の人間は、そもそも本作を"ドキュメント"としてではなく、あくまでも娯楽として観ているのだから、具体的な行動に移す、といった事はまずあり得ない。

一方で、この程度のプロパガンダにまんまと騙され感動して鵜呑みにしてしまう様な者がいたとしたらどうか。「こんなダメな国は脱出して、海外で暮らそう」と思い立ち行動に移すだろうか。あり得ない。医療費すら払えない貧乏人が、国外脱出して海外生活など出来る筈も無いではないか。逃げる選択肢すら与えられていない状況だから、国内で何とかするしかないのは必定である。せいぜい国境近くに住んでいる者だけが、隣国の制度を利用するくらいの事しか出来ないのだ。そんな事は子供でもわかる。

娯楽作品として楽しみつつも、日本の問題に置き換えて、この国はどうあるべきかと考える材料としては、それなりに有効な存在である本作。自分で考えて判断する能力がある大人には、大いに楽しんでもらいたいが、テレビで採り上げられた健康食品を買いあさる様な層にはオススメしない。自己判断で。


余談:
『グアンタナモ、僕達が見た真実』『ワールド・トレード・センター』あたりと併せて観ると、また違った楽しみ方が出来るかもしれない。



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2007年08月25日

伝染歌 1点(100点満点中)

スズメが三羽とまってた
公式サイト

『着信アリ』シリーズに続く、秋元康の企画・原作による都市伝説ホラー映画。秋元康プロデュースによるアイドルユニット、AKB48のメンバーが、本人役を含め出演している事が、本作の一番の売りらしい。

AKB48メンバーの大半ははそのままAKB48メンバーの役で、一部は一般の女子高生の役として出演、という図式は、『スケバン刑事II』において、吉沢秋絵が存在しないおニャン子クラブが登場する回に似ている気もする。

作中にて、AKB48がライブを行うシーンが登場し、オタク達がそれに熱狂する様をキモく見せていたりもするが、これが物語とほとんど関係なく、主人公?らしき雑誌記者(松田龍平)と、ヒロインの一人?っぽい少女(秋元才加)との出会いの場ではあるが、その事はその後の展開に特に意味を与えず、単にライブシーンを入れたかっただけというのが正直なところだろう。

そうした、AKB48及び今回の題材となっている歌を前面に出し、あわよくばヒットさせたいという思惑はありありと感じ取れるものの、肝心の映画としての面白さは全く感じられない、駄作と呼ぶのも憚られるゴミの様な作品に終わっているのが、本作の実態である。

何よりこの映画、全く怖くない

直接的な恐怖、衝撃を与える、人死に描写のほとんどが映されていない事が、大きな要因の一つである。冒頭でまず観客を驚かせて世界に引きずり込まなければいけない筈の、最初の人死にシーンからして、全く見せずに次へ話を進める有様で、いきなり出鼻をくじかれて観客はドッチラケとなり、今後の展開に全く期待できない状態となってしまう。掴みから滑っているのだ。

その後も、伝染と謳う割には大して人は死なないのだが、その死ぬ瞬間をほとんど別のショットで誤魔化し、時には台詞だけで「〜が死んだ」と済ませるなど、観客が見たいものをことごとく見せない。これはおそらくはレイティングを考慮してのものと思われるが、肝心の見せ場が無くなってしまえば本末転倒だ。誰が喜ぶというのか。

人死に描写ともう一つ、和製ホラーの特徴である、幽霊や呪いの恐怖を見せる演出もほとんどなく、登場しても「怖がらせよう」との意図が見えないただ出ているだけだったり、狂気を見せる演出も極めて中途半端で、何をどう見せて怖がらせたいのかがわからず、むしろ寒さにドン引きしてしまうお粗末さだ。校長が演壇でいきなり叫ぶくだりや、ベッドで叫ぶヒロインとその叔母(木村佳乃)など、何をどうしたいのかが全くわからず笑う事すら出来ない始末だ。

ただ、皮肉な事に、映像的な画面構成などは、結構考えて作られており、背景や風景とそこに配置される人物を実際以上に魅力的に見せ、手前で話が進んでいる画面奥に、後のヒントとなる様なものが映っていたり、あるいはカットの時間的順逆を意図的にバラバラに構成し、伝えたい事と意味をより強調したりと、考えられてはいるのだが、それが映画を面白くする方向に活かされていないのだから仕方ない。屋内を人物が移動する様を真上から追うショットなども、そうする意味が全く感じられず、明らかに時間と金と手間の無駄でしかない。

また、一度シーンを進行させ、そこから少し戻って別の視点で同じシーンを繰り返す、という構成が何度か使われているが、これが、後からわかる事に特に驚きが無く、ただ単に二回繰り返しているだけとしか感じられないものであり、脚本段階からあったのかは不明だが、明らかに不要な手法だ。

女子高生、携帯電話、カラオケ、都市伝説と、安易な題材を並べた原案は『着信アリ』と同レベルで、それに倣って上手く転がせば通俗的にでも面白いものは出来そうな筈ながら、ストーリーが完全に破綻しきって物語と呼ぶ事すら憚られるもので、どうしてこれが通ったのかすら理解出来ない惨状なのは、脚本を担当した羽原大介の、脚本家としてのセンス、能力の無さによるものが大きいと思われる。

『パッチギ1&2』『実写ゲゲゲの鬼太郎』と、散々な駄作を連発している氏だが、今回は輪をかけて端にも棒にもかからない、アイドル映画としても論外なストーリーには呆れ返るほかなく、もはや笑いを通り越して怒りすら覚えるほどだ。

歌で人が死ぬと言っても、聞いたら死ぬわけではなく歌うと死ぬのなら、歌わなければいいだけの話である。これで話は終わる。めでたしめでたし。そもそも伝染してすらいない

そもそも呪い(?)の元凶は自殺ではなかったわけで、だったら犠牲者が自殺するのは矛盾している。どんでん返しを狙って設定が破綻しては本末転倒だ。

「トンネルを抜けると発狂する」の言葉が放置されたままで無意味。そもそもトンネルを駆け抜けるシーンが意味不明で、その後のチューどうこうの会話と全くつながっていない。ブツブツ言ってるのが"発狂"なのか?と思わせて違ったり、本当に何をどうしたいのかが全く伝わってこない。

その様に、通常と狂気の違いが明確に描かれていないので、呪いによっておかしくなったのか、それとも最初から狂っていただけなのかもわからない。これは敢えて曖昧にするという狙いではなく、単に書き分けられていないだけである。

と、全てが意味不明、全てが引きどころに終始し、ストーリーが完全に崩壊しきっているため、最後の最後に見せられる、お約束のような終わり方も、全く驚きは起こらず「あーはいはいそうですか」としか感じられないのだ。いやむしろ、延々と駄作を観続けさせられる苦痛から開放された事がハッピーエンドだ。

そうして物語をちゃんと描けてすらいない状態で、「美しい国」批判だの、靖国に対する揶揄だのといった、左巻きステレオタイプの思想をところどころに混ぜ込んで、メイン観客層である若い層に主張しようとしている、そのやり口はあまりに稚拙で底が浅く、さすが『パッチギ』の脚本家様である。ここまでくると、脚本家としてだけではなく人間としてのレベルすら疑われるというものだ。

AKB48のアイドル達の、女子高生姿や浴衣姿などの、裾から覗くチラリズムや、メンバーの一人、小嶋陽菜がレズっぽい役設定にされているなど、エロ視点での見せ場はある程度存在するが、そんなオマケは本筋が面白くて初めて意味を持つのだ。

よって、出演者のファンならとりあえず一回くらいは観ておいても構わないかもしれないが、それ以外の人類にとっては何の価値もないゴミクズでしかない本作。Z級ホラーを好んで観る様な好事家でも辛いに違いない。忘れてよし。


蛇足:
当の"呪いソング"、実は松本伊代が歌っているというのが笑いどころなのかは知らないが、どうせなら高井麻巳子に歌わせたならネタとして買ってあげたのに。どこまでも中途半端だ。



tsubuanco at 18:20|PermalinkComments(15)TrackBack(2)clip!映画 
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