2007年09月

2007年09月30日

パーフェクト・ストレンジャー 18点(100点満点中)

折れた煙草の吸い殻で あなたの嘘がわかるのよ
公式サイト

「この中の誰かが嘘をついています」「ラスト7分11秒まで、真犯人は絶対わからない」「あなたは絶対騙される」と、そんな大口叩いて大丈夫かと逆に心配になる宣伝文句で煽りまくっていた本作、監督のジェームズ・フォーリーによる前作『コンフィデンス』でも似た様な仕掛けとコピーで煽っていたが、今回も同様に期待させるだけで実際はガッカリな結果に終わっている。

犯人が実は○○だった!と、どんでん返しなオチで驚かせる手法は昔からあるもので、本作のオチ自体も、想定の範囲内ではあるがひとつの王道として納得はでき決して悪くはない、が、それはあくまでも最後に用意されたラストサービスであり、そこに至るまでの展開が面白くない事には、その驚きに辿り着く事すら適わなくなる。本作はその典型である。

その理由はいくつもあるが、サスペンス、ミステリーの物語として本作を楽しむ上で、いったい何に関する真相を知りたいのか、追っていくのか、作品そのものの主軸が明瞭でない事が、まず根本的な問題点として存在する。

主人公(ハル・ベリー)の友人を殺害した犯人は誰なのか、というストーリーが存在しこそすれ、主人公がその真相を求めるために動いているのか、あるいは別の目的があるのか、など、観客が物語に没入するために必要な、前提となるものが曖昧なままなため、どの視点で観ていいのかも曖昧となってしまうのだ。

これは、ラストのドンデンを考えると結果的にそうなって仕方ないのだが、オチのために過程全ての楽しみを駄目にされるのでは本末転倒だ。結論ありきで結論にこだわりすぎて過程を埋める作業を行ったため、こんな出来になったのだとは容易に想像がつく。

そんな状態では、いくら意外なオチを用意しても興味がわかず、驚くに至らないのだ。タダでさえ本作のオチは普通に予想出来る範囲内なのだから尚更である。

「動機とタイミングさえあれば、誰でも人を殺す事はありえる」と主人公に語らせた言葉が伏線となっているが、その言葉通り、主人公を含む主要人物全員に動機があり、その事が後から明らかになるのではなく各キャラが登場して最初の段階で提示されている。これは作り手としては「全員を怪しくする事で観客を混乱させる」狙いだったのが、観客はその通りには誘導されず「誰が犯人でも驚かない」と考えてしまう事となる。このギャップもまた失敗の大きな要因だ。

そうして感情移入も出来ず興味も湧かない醒めた状態で、劇中の人物達だけがハラハラドキドキしている様を傍観視させ続けられる状態ほど辛いものはない。それでも、宣伝で煽っている様な驚愕のラストを期待するからこそ、我慢して辛うじて見続けていられるのだから、過剰な宣伝はある意味では正解なのかもしれない(笑)

謎解きドラマとしてのそうした骨格のつまらなさだけでなく、単純に展開や描写に、呆れ返る程の陳腐さ、チープさが続出する事もまた、つまらなさの一因となっている。

特にセキュリティやPC、ネットがらみの描写は子供騙しにも程があり、作り手はPCを触った事もなければ会社勤めもした事が無いとしか思えないレベルだ。大会社の社長室に一契約社員が勝手に入り込めてPCを弄れるなどありえないし、大体そのPCにセキュリティソフトがインストールされていない事前提で進入しようとする段階で、リアリティも説得力も緊張感も何もあったものではない

簡単に追跡や監視されて気づきもしない社長、自分から鍵の隠し場所を教えておいて侵入される事を考えもしないPCオタク、など、優秀な筈の人物達がとことんマヌケで自業自得な行動ばかりとる、これでサスペンスを展開されても「そんなアホな」と突っ込んでしまうだけだ。

ストーリーで驚かせられないからと言って、いきなり大きな物音を立てて驚かせる、古典的にも程がある手法を多用するに至っては、あまりにレベルが低すぎて腹立たしくなる。

見どころはハル・ベリーのエロい肢体くらいしかない、見かけ倒し口ばっかしのどうしようもなく退屈な駄作である。一応は話題作なので、周囲に「クソつまらんかった!」と言って回りたい人だけは観ておくべきか。自己責任で。


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2007年09月29日

クローズド・ノート 49点(100点満点中)07-270

マンゴー、マツタケ、マンドリン♪
公式サイト

雫井脩介による同タイトルの携帯小説を映画化。監督は『世界の中心で、愛をさけぶ』で大ヒットを飛ばした行定勲。

過去と現代のそれぞれに、世代の異なる人気女優をヒロインとして配置して、両者を平行して物語を展開する作品フォーマットが、映画版『世界の中心〜』と似ている事も、同監督が本作に起用された理由だろうか。

同監督の前作『遠くの空に消えた』では、自身で原案から脚本まで手がけたせいで、ストーリーもキャラクターも世界観も全て独りよがりに終始してどうしようもない惨状を披露していたが、今回は『世界の〜』同様に原作がある分、一応はそれを押さえないといけないため、作品として観賞に堪えうるものには仕上がっている。

にしても、原作自体も『世界の〜』同様に、あまり本を読まない層に受けたタイプの、通俗的で底の浅い陳腐なものに過ぎず、まともな大人が読むには値しない事も確かで、それをいくら頑張ったところで限度はある。(主題歌の自己主張が強いのも『世界〜』に似ている)

日記を読んで過去と現代が並走する以外は、何の工夫も無い陳腐なストーリー展開に終始している本作、日記の恋愛や人間的成長と現代のそれらが平行した相似形にでもならない事には、ギミックの意味が無い筈だ。

にも拘らず、予告を見ただけで全て想像が付くままの内容を、二時間を越える長尺でそのまま引き伸ばしてダラダラと見せ続けられるのではあまりにお粗末であり、単に回想の代わりに日記を用いた程度の、小手先のギミックにしかなり得ていないのだから問題だ。

この仕掛けを本気で"謎"や"サプライズ"として仕込んでいるだとすれば失笑するしかない。バレバレの伏線や思わせぶりを、どんな風に面白く処理してくれるのかと思えば何もなく、例えば、石飛(伊勢谷友介)に「リュウ」と名前を書かせた後、日記を読んで「タカシ」と音読されれば、「ああ、"隆"だから"リュウ"と同一人物だな」とは馬鹿でも気付く事だ。それを何ら処理せず、後になってから「実は同一人物でした」と言われて誰が驚けると言うのか。

日記場面の映像を、ヒロイン香恵(沢尻エリカ)の脳内ビジョンによるものと設定し、伊吹(竹内結子)や子供達の顔は写真で知っているからそのままで、知らない隆の顔だけは好きな俳優の顔(黄川田将也)を当て嵌める、アイディア自体は面白いが、それでミスリードを誘えると思ったのなら甘すぎる。

個々のストーリー展開も、原作を適当につまみ食いしている印象が強く、香恵と石飛の距離が縮まっていく描写がほとんど無いため、例えばいきなり家に上がりこませる様な超展開には、作り手の狙いとは別の意味でのサプライズを与えられるし、それが日記場面で伊吹が隆を家に上げるシーンと何も連動していないのだから更にサプライズだ。

仕事場やメールアドレスを知る描写が無いのに、いきなり仕事場の窓を見上げられても何の事やらだ。石飛と隆が同一と知らないのに、日記の伊吹と同じ行動を取ってみる事で恋心のシンクロを示す狙いなのだろうが、香恵が真実に気づく事への伏線としての描写をも兼ねている、この点での両立が不完全すぎ、観客に気づかせたいのかそうでないのかすら不明と、とにかく脚本の粗が目立って、素直に作品世界に没入できないのだから困る。

特に、サエコ演じる親友とその彼氏のエピソードなどは、途中で何のフォローも無く消えてしまうのならば、最初から無くても良かったと誰もが思うだろう。そうすればもっと時間を短縮できてテンポもよくなったのだから。

一方、行定勲が好んで用いる、ノスタルジックかつ無国籍チックな世界観の描写、および二つの時間軸を視覚的にも交錯させる映像的な作り込み、等においては、制限の無かった『遠くの空〜』とは異なり『世界の〜』同様に舞台が現代の日本と決められているため暴走しなかった事で、比較的心地いいビジュアル的な遊び心を楽しむ事は可能だ。

香恵と伊吹が住む住居の周囲や、京都ロケにて撮影された川まわりの風景など、誰が撮っても絵になる舞台を、更に絵になる様に考えて撮ろうとしている狙いは伝わってくる。

また、日記(香恵の脳内)世界と香恵の現実が、同じ場所を舞台としている事を利用し両者が融合を見せる映像的工夫において、アイスクリームを食べる場面での、カメラを振る事で日記と現実をワンカットで移行させ、同じ場所だが時間だけが異なる事を強調する映像や、窓越しに並ぶ隆と伊吹のショットで、隆が動く事でその後ろにいた香恵が映り込み、それによって香恵の感情を表すなど、次はどんな撮り方をするのだろう、と考えさせられ、ストーリーよりもそちらで興味を持続させられはする。

だが、常に移動し続けるカメラにて、最初は外にいる香恵を映し、彼女が玄関に入って二階の窓から顔を出すまでを、ワンカットで且つ途中の時間を飛ばして見せる、冒頭のクレーンショットと、後に絵のモデルとなる場面とのつながりが、同じシチュエーションながら特に無かったり、日記場面での、伊吹と隆が歩く手前に柱を配置して、ワイプ様に人物が見切れながら移動する映像も、後に隆の顔が入れ替わる描写に使うには最適な映像の筈がそちらには使われないなど、単発では面白い事をしようとの意図が見られるが、それ自体の持つ意味、相互の展開が無く、全てがその場限りの技術自慢的なニュアンスが感じられるに留まっているのが大いに勿体ない。

これは、行定勲というクリエイターに、"それっぽい"事をやってみたい意図はありながら、それを作品として活かせるだけのセンスや技量が欠けている故の結果であり、やりたい事と出来る事のバランスが取れていない、同監督の問題点が象徴されている一面である。

万年筆屋に関する場面、描写にやたらと尺を割いている割に、その事が後半の展開には特に影響を与えず、やはり"やってみたかった"だけで終わっている等も同様。そちらにこだわって、本筋のストーリーが疎かでは本末転倒だ。

それでも、以前から鼻の穴が自己主張する変な顔だった竹内結子が、更に劣化して変な顔に拍車がかかっている(肖像画でも鼻の穴が強調されていたのは笑った)のに対し、沢尻エリカの整った顔立ちと出るべきところが出ているプロポーションの良さは、普通にしていればこんな美しくなるのか、と驚かされる程に魅力的で、「してほしい事は?」の問いに「マンドリン」と返された後の表情の変化など、彼女の演技、ビジュアルを堪能する事は可能だ。

沢尻エリカの存在感だけで保っていると評して過言ではない本作。ファンなら観ておくべきだろうし、映像的な遊びをチェックする楽しみはあるが、それ以外の観点では、ただ長くて暗いだけの退屈な作品としか感じられない人が多い事も、容易に想像が付く。自己責任で。



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2007年09月28日

2007年7-9月期ドラマ その3

その1その2に続き100点満点で。

山おんな壁おんな 23点

巨乳貧乳コメディ、職業もの、恋愛もの、田舎ネタ、と、いろいろ詰め込まれている要素がバラバラでまとまりなく、しかもタイトルに象徴される乳ネタよりも、デパートを舞台にした職業コメディの側面の方が面白いのでは、露出すらしない乳ネタはストーリー進行を妨害する障害にしかなっておらず本末転倒に感じる。

原作がいまだ連載中で終わっていないとは言え、特に大した結末にも至らない終わり方は中途半端すぎ、タダでさえ中身の無い話だったのだから、最後くらいは印象に残るものを見せてくれない事には、ドラマを観た意味すら希薄になってしまう。

伊東美咲と深田恭子という、演技(と呼べるのか)のパターンが決まりきって師匠化している二人を主演に迎える狙いは面白いし、脇を固める谷原章介や西島秀俊らとのギャップも面白い。

スカした変人を演じる事が多い西島に、単に人のいい田舎者をあてがったキャスティングは狙ったものだろうが、それが成功したかは難しいところ。結局、ストーリー配分の中途半端さが全てを中途半端にしてしまっており勿体ない。
スシ王子! 37点

堤幸彦の悪ノリが悪い方向に出切ってしまった悪い例。

料理対決ものが生来備えているバカバカしさを更に特化させ、得意の小ネタの応酬を交えて独自世界を作り出そうとした狙いは理解出来るが、小ネタは『TRICK』あたりと役者が変わっただけの同パターンでしかなく、料理もののバカバカしさでは20年近く前のアニメ『ミスター味っ子』にすら遠く及ばない程度。

魚の眼を見ると発狂する、という設定も、それに固執する程面白いものでもなく、むしろストーリーをパターン化させたり流れを遮ったりする結果に導く要素となってしまっており、これは失敗だろう。

映画化が不安すぎる。
受験の神様 16点

中学受験を題材としたのはいいが、それを通して何を見せたかったのか、が散漫すぎる。

主人公の男子は顔からして泣き顔で、実際にずっと泣き言ばかりなので共感も応援も出来ず鬱陶しいだけだ。そもそも受験する理由付けの段階から主体性の無さばかりが前に出て、この時点で失敗している。

その父親も、寒すぎて怒りすら覚えるギャグはキャラ設定としては完全に失敗だし、根性論精神論ばかりと思えばそうでもないところを見せるなど、人物が一貫しておらず描写が成立していない。

成海璃子演じる家庭教師も、結局のところどんな人間として描きたかったのか、多面性をどう見せたかったのかが中途半端で、話の都合でキャラを変えているだけでしかなく、通常モードの冷徹面は演技が堅すぎて不自然すぎ、作り手の狙い通りの感情を視聴者に抱かせる事は出来ていない。

あらゆる登場人物においてキャラ立てとキャスティングに失敗しており、そもそもストーリー自体に問題があるとは言え、ここまでの惨状は逆に珍しい。

毎回何らかの課題を提示し、ストーリーを通じてそれを習得するという基本パターンすら中途半端で、本当に、何をどうしたかったのかが全く伝わらない。

『女王の教室』の様に、冷酷で厳しすぎる教育姿勢でまず視聴者を惹きつけておいて、徐々にその真意を明らかにしていって印象を逆転させる、という狙いは完全に失敗している。脚本の出来の差としか考えられない。
女子アナ一直線! 52点

同枠の前番組『美味学院』でもそうだったが、時間と話数の短さに対して登場人物が多すぎ、各人の紹介すらままならない状態でキャラクターコメディを展開されても、楽しみきれず、ストーリー的に最終目標であった筈の局アナ合否まで、結局大して盛り上がらないまま終わってしまい、尺に合ったストーリー構成が出来ていないのは問題。

もっと人数を絞って、エピソードも絞り込んでじっくり描けば、実写ギャルキャラドラマとしての狙いは決して悪くなく、画面的な賑やかし以上の効果をあげられていただけにもっと面白くなった筈。惜しい。

そんな中でも目立って地のキャラを発揮していた木南晴夏はやはり一段飛び抜けたものを持っていると評価出来る。もっと売れてもいい筈なのに勿体ない。

全員並んだ時に主演の佐藤千亜妃が一番小さい、という絵面的な難点を放置し、そのまま中央に立たせてしまっているのはどうか。

ひとつのテンプレートではあるにせよ、柔道少女がアナウンサー学校に入れられる本作と、剣道少女が空軍特殊部隊に入れられる『スカイガールズ』が同時に同局で始まったシンクロニシティは面白い。
『肩ごしの恋人』『牛に願いを』『探偵学園Q』『ホタルノヒカリ』『地獄の沙汰もヨメ次第』『菊次郎とさき』はその1

『女帝』『山田太郎ものがたり』『ライフ』『ファースト・キス』『花ざかりの君たちへ イケメン♂パラダイス』はその2

まだ観終わっていない『BOYSエステ』は後日。



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2007年7-9月期ドラマ その2

その1はこちら。引き続き100点満点で。

女帝 120点

いきなり初回から二度もレイプされそうになったり、その回のうちに母親が死んでしまったりと、総集編並に速すぎるストーリー展開と、さっきまで本気で極悪だった奴がいきなり改心して芯からいい奴になるなど、猫の目の様に変わりまくって何が何やらな人間模様は、まるで昼ドラの一週間分を一話で行っているかの様な感覚を与えられ、いったいどうなるものかと目が離せなくなるのは、狙いかどうかは知らないが大成功。

ツッコミどころ満点のストーリーに、過剰な演技、演出、それとは逆に加藤ローサによる棒読みにも程があるナレーションおよび、決め台詞どころか一発ギャグとしか思えない「のし上がっちゃるけん」と「ふざくんな!」は使われる度に別の意味で「待ってました!」と大喜びとなる。

昼ドラのパロディの様な、逆の意味で面白すぎる方向性を極めて最後までブレなかった姿勢が素晴らしい。中途半端にマジメな作品などより、もっとこんなのを作るべきだ。
山田太郎ものがたり 84点

『花より男子』の後にこれを嵐主演でドラマ化するというのが、何だか台湾ドラマの後追いの様で安易に感じもするが、漫画的な演出を強調し、貧乏のドン底を可哀相にならない様に笑いに転化して描写する、現実離れしたコメディとしてバランスよく作られており楽しめる。

櫻井翔の演技が相変わらず向上していないが、台詞の少ない役どころに当てはめる事でその問題を解消しようとする狙いは、ある程度成功しているか。それでも彼自身の容姿の劣化は誤摩化せていないが。

二ノ宮和也と多部未華子、共に泥臭いタイプの演技派であり、自身のキャラクターが役にハマっている。特に、オーバーアクションなマンガ演技を、寒くならない様に演じられる、多部のセンスは秀逸。これで顔がもっと可愛ければ完璧なんだが。

太郎の弟妹を演じる子役達が、どれも驚愕するほどに可愛く、このキャスティングは完璧。よく揃えられたもんだ。
ライフ 85点

少女達が抱える歪んだ"仲間意識"という、普遍的な題材をまず最初に徹底してディフォルメ気味に描き、共感と嫌悪を生んで作品世界に導入し、どんどんエスカレートしていくドラマに引き込んでしまう仕掛けが上手い。

それによって、どんどん都合悪く進んでいく有り得なさを楽しむ事が出来、やられるままで終わるわけが無いと思っているから、どんな悲惨な出来事も安心して観られむしろエスカレートを楽しめる様になる。

親友の自殺を最初に見せる事で、劇的なインパクトと同時に逃げない理由付けとする構成も良くしたもの。

キャラクターをディフォルメしまくった描写は楽しく、前作『ライアーゲーム』のキノコに続いて今回の佐古のキチガイ演技、演出は、狙いすぎだが敢えて乗って面白がれる。それにしても、演出まで『ライアー〜』と同じ手法なのはどうかと思うが。

ラスボス愛美を神出鬼没のモンスターの様にまで描写して散々煽っておきながら、ラストの逆転と収束は少し物足りないか。排除でも和解でもない方向に持ち込むのはいいが、もう一押し欲しかった。何ならジャンプ漫画の様に、何喰わぬ顔で仲間になっているなどすれば爆笑で終われたのだが。

それにしても福田沙紀は演じる役によってイメージが変わりすぎて面白い。今回でかなり好感度を下げただろうが、頑張ってください。
ファースト・キス 16点

井上由美子のオリジナル脚本という時点で全く期待はしていなかったが、予想通りにキャラの定まらない登場人物ばかりが自己正当化と逆ギレに終始するドラマが面白いわけが無い。

井上真央は可愛くてツンデレ役にハマっているが、陳腐な設定も手伝ってあまりに類型的で、そのわりに病気がドラマ展開に大して活きてこないと、残念なお仕事で同情する。

伊藤英明はどんな作品でどんな役柄を演じようが、全てキャラも影も薄く、とてもメインとは思えないのは本人の資質なのだろうか。

ラブストーリーにしても、観る前からわかるカップリングに意外性も何も無く、それ以外のキャラクターは何のために出ているのかすらわからない状態で、笑い担当キャラが本当にその場限りの寒い笑いしかさせてもらえず可哀相になる。

辛うじて酒井若菜によるアドリブ的な変人演技は面白かったが、結局いなくても問題ない扱いだったので、作品を面白くするには至れていない。

いい加減、井上由美子に仕事を回すのをやめてほしい。弱みでも握られてるのか?
花ざかりの君たちへ イケメン♂パラダイス 58点

長い原作を無理に1クールにまとめたせいか、佐野の高飛びの話、中津の片思いの話、生徒達のドタバタ対決、の3つのストーリーがそれぞれほとんど絡まず、バラバラな印象を受ける状態が最後まで変わらなかったのが残念。

何より、一番重要な筈の佐野のエピソードが、暗い性格付けのせいもあって一番ダラダラしてつまらないのは問題だろう。一方で中津の一人相撲的な展開は、特殊な設定を上手く活かして面白いものに。

本来は背景としての賑やかしで終わるべきだった他の生徒達によるドタバタが、まるでこっちがメインかの様にウエイトが大きかった事が、内容を散漫にしてしまった最大の要因だが、そこだけを見ればこれはこれで面白く、水嶋ヒロ、高橋光臣、五十嵐隼士の去年の特撮主人公を始めとする、まるで『特捜最前線』の再来の様な、特撮俳優勢揃い的なキャスティングも楽しい。何気に宇梶剛士も特撮枠だ。

最終回、「お前らそんなに親しくなかっただろ」と突っ込んでしまう程に、主人公と大して絡んでいなかった生徒達が、いきなり一人一人別れを惜しむのは不自然すぎ、あからさまに感動させようという狙いが見えて逆に醒めてしまい困った。二時間スペシャルと銘打った総集編にならなかったのは良かったが。
『肩ごしの恋人』『牛に願いを』『探偵学園Q』『ホタルノヒカリ』『地獄の沙汰もヨメ次第』『菊次郎とさき』はその1

『山おんな壁おんな』『スシ王子!』『受験の神様』『女子アナ一直線!』『BOYSエステ』は後日。



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2007年7-9月期ドラマ その1

終わったのから順に100点満点でサラッと。
肩ごしの恋人 12点
原作からしてそうなのだが、大人の女の現状と心情を一面的に切り取り、それを軽くバブリーなノリのドラマとして描く方向性がそもそも寒く、原作の場合は語り口が特徴的なので個性を出せているが、このドラマ版では、狭い世界でドロドロしているトレンディドラマ風の恋愛劇でしかなく既視感が強すぎる。

賢いつもりで本当は自分の事すらわかっていない勘違い背伸びバカ女、という描写をもっと突っ込んでいけば面白くなったかもしれないが、付いた離れたとどうでもいい痴話展開に終止したためそれも適わず。

ホモのキャラクターを思わせぶりに登場させながら、特に大勢に影響を与えるでもなく、その他原作に登場しないオリジナルキャラも同様、例えば渋谷飛鳥が演じた義妹キャラなど、上手く転がせばもっと事態をややこしく面白く広げられた筈なのに、ただ出ているだけで特に話が面白くなるわけでもない。

何の伏線も無しにいきなり昔話を持ち出して現状を解決するなど、考えて書いているとは思えない脚本は、原作に対する理解の足らなさ故のものか。短縮打ち切りとはいえ、投げっぱなしが多すぎる。

高岡早紀は演技の方向性を間違え気味な気もする。本人より演出の問題か。

有名どころを揃えながら、ここまで魅力のないドラマを作ってしまう方が難しいのではと思わされる最近のこの枠は、まず原作の選定とその良さを活かせる脚本家の起用から見直した方がいい。
牛に願いを 26点

生き物を商品として扱う業種における、ネガティブな側面に着目する狙いはいいが、最初からそんな重い話ばかりを前に出し、主人公達がそれに対し無力な様ばかりを見せられて面白いわけがない。バランス取りに失敗している。

二番手三番手としてそこそこ人気のある出演者を集めたのはいいが、トップを張れる人材を一人も用意出来なかったのは問題。演技どころか出演すらまともにしていないオリラジは問題外。コイツがいなければまだ少しはマシな印象になっただろうに。

三人の女それぞれの人間関係を彫り込むだけでも面白くなっただろうし、同じく三人の男のそれや、カップリングなどでドラマを興味深く展開する事はいくらでも出来た筈で、最初にも書いた通り、酪農や農村を取り巻く社会派の題材と、学生達のキャラクタードラマのどちらにも寄れず、どちらもが中途半端に終わっている。『動物のお医者さん(原作)』の様に、マニアックなあるあるネタと、キャラを立てたドラマを両立させる事は可能であり、それが出来なかったのは脚本家の力量不足だろう。

どんどん問題が起こって、それに右往左往しながら次の問題が起こったらそれはなかった事にされてまた右往左往と、エピソードの完結性も連続性も成立しておらず、一体何をどうしたいのかわからない。父親との確執をどう決着づけるのかと思ったら、いきなり父が折れておしまいとは何のつもりか。

これを観て酪農にいいイメージを持つ人は皆無だろう。そもそも題材に対する取材や理解が明らかに不足しており、これもまた脚本家に原因がある事は、ドラマ版『電車男』などをみても明白。作り手の狙いは完全に失敗していると言っていい。

そもそも金子ありさにシリアスなドラマを書かせたのが間違いだ。タイトルから受ける印象通り、お気楽な青春コメディにでもしておけば、ここまでヒドくはならなかっただろう。
探偵学園Q 61点

22時枠に放送される事にまず疑問を覚えたが、惨殺死体やサイコ描写の即物的な見せ方でインパクトを与える方向性であるとわかり、その疑問はすぐに氷解。その狙いは成功しており、ストーリーも犯罪トリックも特段に大したものではないが、見た目の面白さでそれを補って娯楽性を高めている。

秋葉原を舞台とした設定を利用し、志田未来にメイドをはじめとする様々な衣装をどんどん着替えさせているのも、そうした狙いの一環であり、彼女の備える本来のキャラクター性に合致し効果を上げている。

主人公であるはずの神木隆之介の存在感が薄いが、周囲のキャラクターを立ててチームものとして話を進めるには、このくらい没個性の方がむしろ、リーダーだけが目立たつ事なく、メンバーの印象バランスが取れるので有効な手法ではある。

が、悪の組織に対抗する少年探偵団、という、前時代的で荒唐無稽な物語構図に、大人の観賞に堪えるだけの時間帯に見合ったリアリティは与えられておらず、いっその事その設定はなくして一話完結の殺人事件ものに留めた方が良かったのではとも、現状では感じる。実写化した時点でイメージは崩れているのだから、もう原作にこだわる必要はない筈だ。

リアルと荒唐無稽のバランスを上手く取れる、あるいは荒唐無稽に突っ走って勢いだけで見せていく、どちらかに長けた脚本家を起用すれば、もっと完成度は高くなっていただろう。

ホタルノヒカリ 69点

『世界の中心〜』『白夜行』など、不幸でシリアスな悲劇のヒロインを演じる事の多い綾瀬はるかに、ドタバタのコメディがしっかりハマっているだけでも大きな収穫。もちろんコメディ経験済みの藤木直人によるフォローも大きいが。

恋愛に自信のない成人女性による初々しい恋愛コメディ、という方向性は面白く、テンションの高いドツキ漫才風掛け合いと、たどたどしくこっ恥ずかしい恋愛ドラマのギャップの妙で作品の特色を出し楽しませるやり口は、役者にキャラクターがハマっているだけに原作よりも出来がいい。

が、作品の基盤となっている"干物女"という設定、キーワードには大いに首を傾げざるを得ない。

作中での、ジャージ姿でくつろぐ綾瀬はるかを見ればわかる通り、可愛い子は何を着てどうしていようとも可愛い事に変わりはなく、むしろ気取ってカッコつけた状態よりも、その無防備さから魅力的にさえ見えるほどだ。それを、「ステキな女とはこうあるべきだ」などと、メディアの商業主義に洗脳されただけの陳腐な価値観を一方的に押しつけ、それが社会常識であるかの様に"基本設定"としてしまう、原作の時点からの方向性はそもそも破綻している。

気取らない、ありのままの自分を受け入れてくれる人こそが、最上のパートナーだ、という展開に話を進めるための前提として用い、最終的には否定する意図のものだとしても、最初から違和感を抱かれてしまう時点で安易に過ぎる。

メインの恋愛コメディが面白いだけに、始め方に難があり、世界を受け入れるまでに時間がかかってしまった事が残念賞。
地獄の沙汰もヨメ次第 72点

嫁姑の確執をコメディとして描くスタイルはありがちだが、両者共に引き下がらない強気すぎる女同士の、あからさまな対立を設定し、シチュエーションごとにいちいち揉めさせ関係をこじらせていく、意地の悪さにこだわった作劇は面白い。

社会でバリバリ働く女、晩婚、高齢出産と、決して多数はではないが現代社会の一つの象徴とも言える嫁と、家制度のしきたりに固執する姑との、双方の「あるある」を追求しつつ究極までディフォルメして記号的にまで至らせる事で、構図のわかりやすさと同時に視聴者の共感を生む、キャラクター描写の上手さと、それをピッタリに演じきれている野際陽子と江角マキ子の両女優の上手さが融合し、インパクトあるドラマとなっている。

が、正反対に見えて実は似た者同士だ、とひっくり返すための、毎回ラストに用意されている三味線とフラダンスのシンクロは、これは毎回やる程のギミックでもなく、1クールの短いドラマなのにマンネリ感が出てしまう結果となり、あまり良くしたものとは言えない。

野際陽子と佐野史郎が同じ画面にいるだけで期待してしまう人は多かったと思うが、その事を利用しなかったのは意図的なのかどうか。また、野際陽子の二役が、あまり面白さとして活かされていなかった感もあり、いろいろと勿体ない部分もある。

渡鬼や金八など定番シリーズの多い枠でもあり、これもまた、シリーズ化して面白くなるタイプに感じるが、数字がもうひとつだったので無理か。
菊次郎とさき 63点
実在の人物が素材になる事で、昭和ノスタルジックな人情コメディに否応無くリアリティを加味している、まず基盤が整えられているのが強い。

が、いくらビートたけしの話とはいえ、あくまでもメインはタイトルの二人なのだから、あまり時間を行き来しすぎて"終わり"を意識させてしまうのは、キャラクターに感情移入している視聴者にとっては寂しすぎる。

サトエリの存在が浮きすぎているのは大いにマイナスで、キャスティングの失敗としか思えない。大杉漣の存在感がありすぎてこれも浮いているなど、脇役の使いどころを微妙に間違えている感があるのが勿体ない。

当時の底辺に近い地域の世界観を明確に作りこみ、まず下品気味のドタバタで笑わせて油断させ、後半でいい話に持っていって泣かせる、基本に忠実な作劇の出来はよく、ほぼ狙い通りに感動させられるだけに、残念な部分が余計に気になってしまう事に。

シリーズが続くとしても、時代はあまり進めない方がいいだろう。
『女帝』『山田太郎ものがたり』『ライフ』『ファースト・キス』『花ざかりの君たちへ イケメン♂パラダイス』はその2

『山おんな壁おんな』『スシ王子!』『受験の神様』『女子アナ一直線!』『BOYSエステ』は後日。



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2007年09月27日

ストンプ・ザ・ヤード 32点(100点満点中)

「1808番目の技の、ストンプでした」
公式サイト

日本でストンプといえば、そこらにあるモノを使ってリズミカルに音を鳴らすストリートパフォーマンスといった認識があるが、本作はそちらではなく、手足で正確なリズムを刻んで集団で踊る、アフリカから北米に伝わった伝統的な群舞である、本来の意味でのストンプを題材とした作品。

アメリカにおける黒人文化の伝統の一つであるストンプを主材とし、近年台頭してきた文化であるストリートダンスをそこに持ち込んで、伝統と新興、集団と個人の確執から融合を描くストーリーに、更にはアメリカの大学にはつきものの"友愛会"を題材に盛り込む事で、"伝統"をより強調し、温故知新の良さを表現しようとしている、作り手の狙いは理解出来る。

だが、全てにおいて方向性が定まらないまま、強引に決まった筋道に運ばれている感を大いに受けてしまう、ストーリーの組み立てやキャラクターの動向の出来は決して良いとは言えず、面白味にも説得力にも欠けるものに終わっている。

利己的だった主人公が、仲間やチームプレイの大切さを知る、成長を描いている筈なのだが、二つのチームを行ったり来たりする主人公の行動理念が描かれず、単に都合よくフラフラしているだけにしか見えないのでは、結局のところ自分勝手な奴としか映らず、感情移入も応援も出来るわけが無い。

お前一人でやってろ、と言われてチームを離れた直後にライバルチームに鞍替えし、そちらでの活動もウヤムヤなままでフェードアウトして、学校を追われそうになったら元のチームに頼るが相手にされない、でも障害が消えたらそのチームに戻って、メンバーもリーダーも歓迎する、なんて展開のどこに、仲間やチームの大切さを知る描写があるというのか、理解に苦しむ。

チームみんなで山に登って、サワヤカな汗を満喫する様を、空撮まで使って大仰に見せるシーンがあるが、そこに主人公はおらず見てもいない状態では、このシーンに何の意味があるのかすらわからない。

伝統を大切にするチームだった筈が、最終的には何の葛藤も無く主人公スタイルのストリートダンスを取り入れて大会本番に臨む上に、最終的には主人公一人の個人技によって勝ってしまうとなれば、やはりどこにもチームプレイや調和の素晴らしさは描かれていないではないか。

そもそも、主人公を追い出してまで伝統にこだわったチームが、ステージ直前に主人公が復帰したからと言って、いきなりストリートダンスを交えた振り付けを踊れる事自体がツッコミどころである。いつ決めていつ練習したのだろう。

リーダーが主人公を受け入れる様も、主人公がチームに入り込む様も、全く描かれていないのだから、お話になっていないのだ。

もうひとつのメインピソードである主人公の恋愛ドラマは、こちらもまた徹底して描写不足で、ヒロインの元カレがイヤな奴だとまではわかるものの、では何故ヒロインが主人公を好きになったのか、という肝心な方は全く伝わらず、単に主人公とヒロインだからくっつくのだと、お仕着せのストーリーに終始しており、面白味に欠ける。

主人公の母とヒロインの父の過去の因縁など、面白くなりそうな要素はありながら全てが中途半端に投げ出され、適当に決まりきった展開しか起こらないのでは、楽しめという方が無理だ。

友愛会の設定も、最初はバカにしていた筈の主人公が憧れを抱き、そこで成功する事でラストシーンの"写真"を感動的な締めとする、そうするための段取りが全く不足しており、有名偉人OBの写真を見ただけで感動して変心など、むしろ主人公が小さい俗物にしか感じられないではないか。作り手もその程度なのかとすら思わされる。

ダンスシーンはそれなりに見せ場として機能している部分もあるが、スタイリッシュな映像を志向したのか、無駄に不自然な撮り方、カット割りが目立ち、最も大事な筈のダンスの動きがわかり辛い、本末転倒な局面が多いため、楽しみきるには至っていない。

特に、兄の得意技を使う事で主人公の克服や成長を表現し、劇中人物に衝撃を与え、映画の観客にはカタルシスを与えるべく設定されている、最後の最後の決めシーンにて、スピーディーにバシッと決めるのがカッコいい筈の動きを、事もあろうにスローでゆっくり見せてしまい、しかも必要以上に引きすぎた画面なせいで、迫力も何も無く、スローを終えるタイミングも的確ではないため、結局どこが決め所だったのかすらわかり辛い散漫な締めとなり、これが凄い技でこれで勝てたと言われて納得できるわけがない。

ダンス、青春、恋愛、友情と、ベタながら丁寧に描けば娯楽性と感動を得られる筈の題材を、安易に喰い散らかしただけの凡作にしか出来ないのは、作り手の志の低さによるものか。黒人文化のみにこだわって作る狙いが面白かっただけに残念。

ストンプやストリートダンスに興味があるなら観ておいてもいいかもしれないが、そうでないなら特段に鑑賞の必要は無いだろう。自己責任で。


tsubuanco at 17:17|PermalinkComments(0)TrackBack(0)clip!映画 

2007年09月26日

夜の上海 31点(100点満点中)

女タクシードライバーの事件日誌
公式サイト

本木雅弘、ヴィッキー・チャオ主演による、上海を舞台とした日中合作映画。

映画の体裁としては、ロマンスコメディ及び、複数のエピソードが同時系列に平行して描かれるオムニバス群像劇を意図したものである事は理解出来る。

また、メインとなる本木とヴィッキーの図式が、『ローマの休日』の男女を逆転させたものであるなど、各所に新旧の恋愛映画を意識したギミックが用いられている事にも気づく。

だからと言って、そうした狙いが作品の面白さとして結実出来ているか、と言えばそれは残念ながらかなり厳しい。

カリスマメイクアップアーティストと、化粧っけの無い女性が出会う、となれば、始まった時点で最終的にどうなるかまで誰にでも読めてしまうのだが、過程から結末に至るまで、その予想をいい意味で裏切るような展開が特に無く、ただただ予定調和的に話が進むだけのストーリーを楽しめと言われても困る。

そもそも、ビッキー・チャオがブスに見える役なのかそうでないのかすらわからない様では、どう楽しんでいのかすら迷ってしまうのだから、余計に困るのだ。

二人が互いの言語を理解出来ない、本作にて唯一特徴的な設定を用い、コミュニケーション絡みのトラブルを当初はコメディとして展開させ、言語、意思疎通の命題を、クライマックス近辺からはシリアスな恋愛絡みの方向へと持ち込んで感動させる、その狙いはわかるにせよ、コメディ部分で用いられる言語障壁ギャグがどれも、昭和時代の芸人が用いていた様なレベルの、ベタにも程があるものに終始し、それらがその場限りの笑いに留まり、ストーリーの展開に何ら寄与しないのではお粗末に過ぎる。

一点から始まった物語が、登場人物の解散移動を皮切りに複数に分岐し、それぞれに違ったロマンスストーリーを見せる、そこまではいいとしても、各々のエピソードがほとんど意味的なつながりを持たず、また最終的にひとつところに帰結して収束する事も無く、主人公の問題だけが片付いて終わってしまうのでは、群像劇としてもオムニバスとしても不完全で肩透かしである。

「愛してる」「我愛你」と書かれた道路をそれぞれのキャラクターがそれぞれ異なった思惑を抱いて通る、クライマックス周辺でのリンクギミックはベタながら感じ入るものがあったが、そこから展開してくれない事には意味が無い。

クラブでのイケメン助手とブサイク歌手の、見ている方が恥ずかしくなるクール(笑)な会話も、クドい程に乱発して引っ張っておきながら気の利いたオチすらない、竹中直人によるブルース・リーのモノマネ芸も、主人公の嫁と若い男の、作り手の狙いとは別の意味で空虚に尽きるやりとりも、どれひとつ魅力的なエピソードが無く、意図的なベタというより天然の陳腐で満たされた、ありがちなシチュエーションや寒いギャグばかりが羅列されるのでは、どこに話が振られようがどうでもよくなってくるのは当然だ。

辛うじて、女助手と中国人通訳のドタバタツンデレ漫才には、面白くなりそうな端緒は見られたながら、特に何の展開も無く適当にまとめられては何のことやらである。

また、それぞれの人物にとって異郷またはホームグラウンドとなる、舞台である上海が上海である意味を感じられる描写、映像が特に無く、それどころか中国ではなく韓国やシンガポールでもどこでもかまわない程度にしか、"日本人にとっての異郷"としての描き方がなされていないのでは、日中合作にした意味すら希薄だ。

むしろ、日中合作とした事で、双方のスタッフからアイディアを出し合ってストーリーを考えた結果、この様な散漫で無難な内容に仕上がってしまったのではないか、とすら思わされ、企画としては残念ながら失敗としか見受けられない。

出演者のファンならそれなりに見るところもあるだろうが、そうでないなら鑑賞の必要は特に無い凡作。自己責任で。


tsubuanco at 22:19|PermalinkComments(0)TrackBack(6)clip!映画 
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