2006年11月23日

トゥモロー・ワールド 90点(100点満点中)

産ませてよ! あの頃の様に産ませてよ!
公式サイト

イギリスの女流ミステリー作家、フィリス・ドロシィ・ジェイムズが1992年に発表した、氏としては異色の近未来SF風小説、『人類の子供たち』(原題:The Children of Men)を映画化。例によって邦題は日本の配給会社が勝手に付けたもので、原題は原作と同じ。

18年前から人類に子供が産まれなくなり、世界中が紛争や暴動で崩壊している2027年の地球。唯一かろうじて秩序を保持していたイギリスにおいて、主人公・セオは、人類再生の鍵を握るとされる少女と関わり、彼女を守って国外逃亡を図るが…というストーリー。

本作は厳密な意味でのSFではなく、あくまでもSF""作品である。(藤子・F・不二雄流に言えば、"すこし・ふしぎ"とでも称したところか)

そのため、本来SFならば最低限語られて然るべき、「何故、子供が産まれないのか」「何故、"奇跡"が起こったのか」という、本作の根幹に関わる事象に対しての説明は全くなく、この点が引っかかってしまう人がいるかもしれない。

が、本作は近未来を舞台にした寓話として描かれており、実はそれらの点は、あまり重要ではない。

原作では、発表された1992年よりも29年先の2021年を舞台としているが、映画では現在2006年の19年後を舞台とし、描かれている"未来の世界"が、もう間もなく起こりうる事だと示す事で、観客を作品世界に入り込ませやすくしている。

その狙いは同様に、最初から最後まで一貫して、主人公の行動を追い続け、主人公の視点で全ての事象、出来事を見せていく、全体的なつくりにも現われているし、宣伝で強調されている"8分間の長回し映像"に代表され、全編通して多用されている長回しカットも、そのためのものだろう。

何よりもその、徹底して主人公視点に立脚して進められる展開に象徴されている様に、主人公が知らない事は観客も知らなくていいのだ。

その上で、報道で語られる社会情勢と、主人公の周辺の実際の状況などを見せられる事で、作品世界のあり方を理解し、主人公に感情移入する様つくられているのだ。

まず冒頭の、予告編でも使われている爆破テロ場面からタイトルになだれ込む一連の長回しカットは、本作の方向性をしっかりと観客に見せつけ、導入部としての役割を充分に果たしている。

その後も、難民とその公的な扱いや、レジスタンスの描写など、主人公を取り巻く状況を通じ、「この世界がどんな状態なのか」を、どんどん受け入れていく事となる。

前半での、主人公が乗った車が襲撃される場面や、クライマックスの暴動シーンに代表される、大量の人間が激しく動き回る中を、視点も激しく変化し続ける、どうやって撮ったかを想像するだけで気が遠くなる長回しカットの数々は、映像に詳しくない人間であっても、見ているだけでドキドキするもので、これは監督のアルフォンソ・キュアロンの映像センスだけではなく、スタッフ・役者達全員の、並々ならぬ本気度と熱意が伺いしれるものだ。

文字通り未来が無い、ゆるやかに滅んでいく世界の中で、主人公はあくまでも、何の特殊能力も持たない、等身大の一人間に過ぎず、巻き込まれる災厄や、襲いくる脅威に対し、逃げ続ける事しか出来ない無力な存在として描かれているのも、本作の特徴だろう。

この、"ひたすら逃げ続けるだけ"の物語において、観客が主人公と一体化し、次々と困難を体験する、これこそが、本作の持つ"楽しみどころ"であり、先述の、構成や映像技法など、全てはそのために用いられているのだ。

が、それが同時に、宣伝で誤解されている様な、"主人公が超人的に活躍するSF娯楽大作"を期待していた観客は肩透かしに感じてしまい、スピルバーグの『宇宙戦争』と同様、言いがかり的な酷評を受けてしまう理由となりうる事は、容易に想像がつく。(それはホラー映画に"愛と感動"を期待する様なもので、まさに的外れな言いがかりに過ぎない)

ストーリー自体は比較的単純なものだが、無駄のない人物配置や伏線の張り方、重要人物と思っていた人間がアッサリ死んだり、役に立つどころか邪魔になると思っていた人物が意外と役に立ったりと、目まぐるしく二転三転し、予想を裏切り期待を裏切らない、練られた構成はよく出来たものだ。

画面の隅々まで片時も目を離せない、背景やエキストラのディテールにこだわり抜いた世界の描写と、一つの事象に対する登場人物達各々の意識や対応、それらが主人公の視点を通じて見せられる、様々な人間ドラマ、この2つが見事に絡み合い、絶望的な世界で起こった"奇跡"が、叙情的に語られる、紛れも無い傑作と断言する。

先程にも書いた通り、『宇宙戦争』がダメだった、という人種にはオススメしないが、映画を多角的な視点で存分に楽しめる人なら必見。環境のいい大劇場での鑑賞を、強く推奨する。



tsubuanco at 16:55│Comments(0)TrackBack(12)clip!映画 

トラックバックURL

この記事へのトラックバック

1. 【劇場鑑賞127】トゥモロー・ワールド(原題:CHILDREN OF MEN)  [ ダディャーナザン!ナズェミデルンディス!! ]   2006年11月21日 19:32
3 2027年 子供が誕生しない未来 そう遠くない明日 人類だけが地球から消え去る 唯一の希望を失えば、人類に明日はない
2. 映画「トゥモロー・ワールド」  [ しょうちゃんの映画ブログ ]   2006年11月21日 22:36
2006年65本目の劇場鑑賞です。公開当日観ました。「ハリー・ポッターとアズカバンの囚人」のアルフォンソ・キュアロン監督作品。女流ミステリ作家P・D・ジェイムズの『人類の子供たち』を映画化した近未来SFサスペンス。子供が誕生しなくなった近未来の地球を舞台に、人類...
3. 映画「トゥモロー・ワールド」  [ しょうちゃんの映画観ないとあかんてぇ ]   2006年11月21日 22:37
西暦2027年、人類はすでに18年間も子供が誕生していなかった。原因は分からず、人類滅亡の時が刻一刻と迫っていた。希望を失った世界には暴力と無秩序が拡まっていた。そんなある日、エネルギー省の官僚セオは、彼の元妻ジュリアン率いる反政府組織“FISH”に拉致される。ジ...
4. 真・映画日記(3)『トゥモロー・ワールド』  [ CHEAP THRILL ]   2006年11月27日 23:01
(2から) 映画館を出て銀座に移動。 WINSの前にあるマクドナルドで時間を潰す。 午後7時から「シネマイッキ塾」に参加。 18人参加。 暑かったなあ。 『プラダを着た悪魔』、『麦の穂をゆらす風』について語りあう。 9時終了。 有楽町駅前の中華料理屋で打ち上げ...
5. 「トゥモロー・ワールド」見てきました  [ よしなしごと ]   2006年11月30日 02:12
 SF映画かと思っていた「トゥモロー・ワールド」を見てきました。
6. 失って初めてわかる子宝の意味  [ clausemitzの日記 ]   2006年12月01日 00:30
トゥモロー・ワールド ひさしぶりにとんでもないカルト映画を観た気分。邦題があまりに陳腐なのと (原題は「The Children of Men」)予告編の陳腐さで観る予定はなかったの ですけど、ネット上での評価が異様に高いので観てきたわけです。 近未来SFかつ赤ちゃんが主...
7. トゥモロー・ワールド−(映画:2006年153本目)−  [ デコ親父はいつも減量中 ]   2006年12月30日 09:22
監督:アルフォンソ・キュアロン 出演:クライヴ・オーウェン、ジュリアン・ムーア、マイケル・ケイン、キウェテル・イジョフォー、チャーリー・ハナム、クレア=ホープ・アシティー 評価:87点 公式サイト (ネタバレあります) そろそろ何と....
8. トゥモロー・ワールド  [ とにかく、映画好きなもので。 ]   2007年01月12日 20:37
4  2027年という年代は、あたかも遠い未来ではない。  今でも近づいている、その先にある世界を描いた作品である。そこに描かれるのは、人類が生殖機能を失ってすでに18年間も子供が誕生していない未来の姿だ。  解決策も無く、人類の未来に悲....
9. トゥモロー・ワールド 07078  [ 猫姫じゃ ]   2007年04月14日 22:29
トゥモロー・ワールド CHILDREN OF MEN 2006年 英  アルフォンソ・キュアロン 監督クライヴ・オーウェン  ジュリアン・ムーア  マイケル・ケイン  キウェテル・イジョフォー  クレア=ホープ・アシティ  チャーリー・ハナム う〜ん、、、...
10. トゥモローワールド  [ 映画、言いたい放題! ]   2007年07月03日 09:22
未読ですが原作は、 イギリスの女流ミステリー作家・P.D.ジェイムズのベストセラー 「The Children of Men(人類の子供たち)」だそうですね。 DVDで鑑賞。 西暦2027年。 人間に子供が生まれなくなって18年がたっている。 世界の都市はテロ、様々な疫病や内戦等によ...
11. DVD「トゥモロー・ワールド」  [ 日々のつぶやき ]   2007年07月05日 09:14
監督:アルフォンソ・キュアロン 出演:クライヴ・オーエン、ジュリア・ムーア、マイケル・ケイン 「2027年、人類は生殖機能を失っていた。18年間も子供の誕生しなくなった殺伐とした世界。かつて子供を失った経験のあるテオは、ある秘密を打ち明けられた。そしてそ
12. トゥモロー・ワールド  [ ☆彡映画鑑賞日記☆彡 ]   2008年01月25日 20:13
 『唯一の希望を失えば、人類に明日はない』  コチラの「トゥモロー・ワールド」は、11/18公開の人類に子供が生まれなくなってしまった近未来を描くSFサスペンスなんですが、観て来ちゃいましたぁ〜♪  監督は、「大いなる遺産」、「ハリー・ポッターとアズカバンの囚...

この記事にコメントする

名前:
URL:
  情報を記憶: 評価: 顔   
 
 
 
Comments