2007年02月11日

となり町戦争 10点(100点満点中)

三丁目が戦争です
公式サイト

新人作家、三崎亜記のデビュー作となる、小説すばる新人賞受賞作を映画化。

とある田舎町、舞坂町に住む平凡なサラリーマン・北原(江口洋介)が、町役場の「戦争推進室」から突然、"特別偵察業務"に就く様要請される。役人・香西(原田知世)の話によると、舞坂町は隣町と"戦争事業"を始めたと言うのだが、北原にはその実感はまるで無く…というストーリー。

原作は、新人ながらフラットで読みやすい文章が心地よく、おとぎ話の様な有り得ない話ながら、身近な舞台設定がどんどんかけ離れていく展開を、人物、事象ともに、ディテールを緻密に描写する事でリアルに感じさせ、尚且つ主人公視点での一人称形式で進める事により、何も知らなかった主人公が少しずつ現状を理解していき、"戦争"という現象に巻き込まれ翻弄される様を、読者と主人公が一体となって体験する事が出来、同時にそこに隠された、作者のメッセージを痛感させられる、それなりに面白い作品であった。

そんな佳作を映画化した本作だが、そうした原作の面白さ、作者が意図していたであろう狙い、更には作品に込められたテーマといった、作品の根幹となる部分を全く理解せず、あるいは意図的に無視して、全てが台無しにされてしまっている。

映画版での主人公は旅行会社の営業として設定されているが、その仕事ぶりを表す序盤場面において、修学旅行の営業に訪れた学校の教師が、いきなり「朝鮮半島の分断」について語り始めるのだ。その後も他の人物によって、中東情勢など、現実の"戦争"について、台詞によって説明的に触れられる場面が散在する。

これでは、架空の世界、架空の元号を舞台に設定し(現実の法律や制度と相違点があっても許されるのは、架空世界だからこそだ)、あえて現実世界と作品世界を切り離して、直接的な言葉ではなく、作品全体に意味を込めていた原作の狙いが台無しである。そこに残るのは、説明臭さと説教臭さに満ちた解釈の押しつけでしかない。

また、隣町と行われている"戦争"の、直接的な戦闘行為を意図的に描写せず、主人公は当初は戦争が起こっている事すら知らないと同時に、主人公視点による情報しか与えられない読者もまた、「本当は何かの間違い、というオチでは?」などと、主人公と同じく戦争を実感しないまま読み進めながらも、少しずつ"戦争"を受け入れさせられていく、それこそが原作の最大の楽しみである。

だが映画では、最初から、「開戦初日」とテロップを表示し、本当に戦争が起こっている事を観客に突きつけてしまっている。これでは原作の狙いが台無しだ。最初に主人公が開戦を知る新聞記事には、開戦日が明記されており画面にしっかりと映っているのだから、日時経過を観客に伝えるには、日付のみを表示すればそれで事足りるし効果的なのだ。

普通の日本人同様、"戦争"が"異常事態"と認識している主人公と対極の存在となる、"海外での戦争経験者"であり、"戦争"が"日常"と同列との認識に設定されている、主人公の上司の存在もまた、原作を曲解し殊更にその"異常性"がクローズアップされ、主人公が"正常"で、上司は"異常"であるとハッキリ区別してしまっている。

これでは、どちらか一方が正しくて、もう一方は間違っていると言った、画一的な価値観による"決めつけ"を否定し、主人公視点でありながらもフラットな方向性で様々な価値観を提示し、判断を読者にゆだねる、あるいは判断すらせずともよく、その"現状"を受け入れる事が自然である、という、原作の狙いが台無しになっている。

上司よりも更に異常性を誇張されている、戦争オタクの描写にしても、原作でも"異端者"としての扱いはなされているが、それでも、あくまでも主人公に"戦争"の実感を与え、同時に読者に対し、先述同様に様々な価値観を提示する役割であったものが、映画では、「戦争にイエスと言うのか、ノーと言うのか」と言った類いの"反戦的メッセージ"を、何ら必然性もなく語らせてしまい、キャラクターに一貫性のない、作り手に都合が良いだけの存在に貶められてしまっている。これでは原作の狙いが台無しだ。

この様に、原作の持っていた良さは、ほとんど全てと言っていいレベルでスポイルされている。そして、それに変わる要素として本作に導入されているのは、露骨で陳腐で前時代的で非現実的で感傷的な、程度の低い"反戦メッセージ"である。

それは上述の意図的に偏向されたキャラクター描写と同様、原作と大きく変えられた終盤の展開に特に顕著に現われ、全編通しての陳腐な反戦メッセージの押しつけに辟易していた観客は、ラストでの更なる無責任な反戦オナニーの押しつけに対し、もはや呆れる他はない。

誰だって、戦争なんかしたくない事は当然だ。だからこそ、現実に戦争が始まったとしたら、あるいは始まりそうになったとしたら、口先で「戦争はダメだ」と言うばかりで、自分は関わろうとしないのは、単なる逃避でしかない。既に戦争が存在する状態において"戦争反対"を実践するのなら、一日でも早く"終戦あるいは休戦、停戦"に持ち込むための活動を、可能な範囲で自ら積極的に起こす事こそが、現実に即した"反戦"ではないか。

自分が直接"戦闘"を行っていないとしても、世界のどこかで戦争がある限り、決して戦争とは無縁ではいられないのだ。いつだって自分達は"戦争の当事者"なんだ。という、原作に込められた意味を、この映画の作り手は全く理解していない、あるいは理解したくないのではとまで思わされる。

結局映画版の主人公は、戦争を通じて何も学ばず、あいも変わらず非現実的夢想的な"反戦"を唱えるのみ、これでは異常者扱いな筈の上司の方が、よほどマトモな事を言っている。まさしく、本作の作り手自身が、"平和ボケ"して現実を見ない典型的な"反戦平和教信者"でしかない事を如実に表している。

そんな世迷い言で反戦を伝えようなど、片腹痛い。

ドラマ的な部分での改変においても、不自然な部分は多々見られる。

途中の行為が伏線となり、終盤で意外なオチとして示される"役割分担表の三枚目"にしても、原作では、三枚目の存在は、オチで実物を主人公が見るまで、その存在すら読者には明かされておらず、それによって、中盤の"行為"の意味を読者にはわからせず、オチでなるほどと思わせる仕掛けであったのに、映画では三枚目がある事を最初にバラしてしまうせいで、常に「何かありそう」と観客を警戒させ、オチを弱くしてしまっている。これでは原作の狙いが台無しだ。

原作に登場するもう一人の潜入員が登場せず、香西の弟がそれに変わる役割を与えられている事で、そのキャラクターの変遷が、観客にとって受け入れ難くなっているのも問題だ。そもそも、何故主人公が、彼が香西の弟だと気づいたのかが全くわからない。軍人である弟が、敵地、戦地で大声で会話しているのも突っ込みどころでしかなく、その後の"退場"にまで興醒め感を与えてしまっている。何より、"自分を救うために人が死んだ"のと、"他人を救うために人が死んだ"のでは、その意味合いも重さも全く異なるではないか。

視線に擬音を被せる、コントじみたお笑い演出には笑うどころかクドさにイライラするばかりだし、江口洋介のいちいち過剰すぎる芝居もまた、現実から非現実へシフトする主人公を、リアルに感じさせなければいけない筈が、有り得ないまでの大げさなアクション、リアクションには、リアルを感じる事が出来ず、観客は主人公と一体化するどころか引いてしまうだけだ。

先述の潜入員など、原作から削られてしまい、流れがおかしくなっている部分がありながら、バッティングセンターの場面の様に、ストーリー上何ら意味がないにも関わらず、余計な要素が追加されているという、構成バランスの悪さが目立つのも問題だ。

本作、意欲的な原作の良さを全く引き出せず、それに変わって押しつけられる浅はかな思想には、その伝え方の不味さも加味し、失笑するほかない、原作を台無しにした明らかな駄作である。鑑賞の必要は全くなし。出演者のファンであっても楽しめるとは思えない。

原作は結構面白いので、興味のある人はどうぞ。



tsubuanco at 11:14│Comments(4)TrackBack(10)clip!映画 

トラックバックURL

この記事へのトラックバック

1. 【2007-23】となり町戦争  [ ダディャーナザン!ナズェミデルンディス!! ]   2007年02月16日 00:09
3 舞坂町はとなり町の森見町と戦争を始めます。開戦5月7日。終戦予定は8月31日・・・ 町対町、役所と住民、上司と部下、そして男と女 今、一線を越える!
2. 三崎亜記さん『となり町戦争』  [ ゆりかり☆ダイアリー ]   2007年02月16日 16:39
文学界に 突如として現れた 新星・三崎亜記さんのデビュー作 今月からは 江口洋介さん 原田知世さんによって映画化された本作 単行本には収録されなかった 書き下ろしサイドストーリー を読むために文庫版で再読しました ある日、主人公・北原は 自分が暮らす町...
3. となり町戦争(映画館)  [ ひるめし。 ]   2007年02月18日 13:43
今、一線を越える!
4. となり町戦争@新宿ガーデンシネマ  [ ソウウツおかげでFLASHBACK現象 ]   2007年02月19日 00:16
町という小規模単位で密着させて戦争は絵空事、対岸の火事ではないとでも言いたげだった。東京からの転勤先はテレビで四国アイランドリーグを放送していることからおそらくその4県のどれか。主人公・北原の住む舞阪町がとなりの森見町と戦争を始めたことを、彼は地方広報紙...
5. となり町戦争  [ 週末映画! ]   2007年02月19日 22:29
期待値: 33%  同名の小説を映画化したシュールな作品。 江口洋介、原田知世、瑛太 出演作品 日本
6. となり町戦争(@_@;)今、一線を越える!  [ 銅版画制作の日々 ]   2007年02月24日 20:57
面白いから恐くなる。サプライズ小説、完全映画化! 第17回小説すばる新人賞を受賞した三崎亜記の小説『となり町戦争』の映画化、先日MOVX京都にて鑑賞しました。この選考会で物議を醸し、多くの作家や評論家から、絶賛された衝撃作らしい。そんなことも、知らず・・・・...
7. となり町戦争  [ ray’s home ]   2007年04月20日 17:47
 県下でロケのあった映画「となり町戦争」を先週末に見てきました。  2月始めから全国公開、愛媛のみ4月まで上映していたようです。主なロケ地は東温市、「千年の森」の活動拠点がある市でもあります。  で、地元の人の声は・・・ぱっとしないみたいですうーん、映....
8. 淡々とWAR 「となり町戦争」  [ 花小金井正幸の日々「絵描人デイズ」 ]   2007年11月28日 13:30
江口洋介・原田知世主演「となり町戦争」をレンタル。 緊迫感がないのが「ウリ」なんでしょうが…。 たるくて、1時間で停止ボタン、ぽち。 後半、何かあったのかもしれないけどー。いいや〜。 邦画 - livedoor Blog 共通テーマ となり町戦争監督:渡辺...
9. となり町戦争  [ ぁの、アレ!床屋のぐるぐる回ってるヤツ! ]   2008年01月13日 21:38
なんか ァレ、まるで筒井康隆原作のノリ。 となり町戦争posted with amazlet on 08.01.10角川エンタテインメント (2007/09/28)売り上げランキング: 14360おす...
10. 映画『となり町戦争』(お薦め度★★)  [ erabu ]   2009年02月08日 17:42
監督、渡辺謙作。脚本、菊崎隆志、渡辺謙作。2006年日本。SF映画。出演、江口洋

この記事へのコメント

1. Posted by 現象   2007年02月19日 00:19
コメント&TB失礼します。
テロップや効果音などあらゆるところで興ざめでした。
映画じゃない…
原作は読んでないのですが、
台無しにしてる感はつかめました。
おそらくこの監督の映画は二度と見ないだろうな…
2. Posted by つぶあんこ   2007年02月19日 16:19
ところどころ「映画的」な画面はありましたけど、やっぱり話やキャラが破綻していては…
3. Posted by maruzoo   2007年02月27日 10:16
わたしもこの原作が大好きで、前売り買ってまで見に行ったのですが、不安は見事に的中していました…。
つぶあんこ様の文中に幾度となく出てくる「台無し」という言葉がこれほど似合う原作つぶしの映画も珍しいと思います。
唯一、香西さんの原田知世がよかったのが救いでした。あの振り向き擬音は不愉快でしたが…。
別の方の舞台もあるそうなので、そっちも見てみようと思います。
4. Posted by つぶあんこ   2007年02月27日 17:51
原作と違っても別にいいんですけどね。面白ければ。
大抵が面白くないからガッカリするわけで。

この記事にコメントする

名前:
URL:
  情報を記憶: 評価: 顔   
 
 
 
Comments