2007年03月03日

蒼き狼 地果て海尽きるまで 45点(100点満点中)

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ミステリーから歴史ものまで、オールジャンルを執筆する作家・森村誠一の小説『地果て海尽きるまで 小説チンギス汗』を角川春樹総指揮により映画化。

が、映画タイトルにある"蒼き狼"は、井上靖の小説によってメジャーになった言葉だが、映画原作には登場せず、原作では"灰色狼"と書かれている。日本人にとってはもちろん"蒼き狼"の方が認知度が高いであろうが、それなら最初から井上靖の小説を原作とすれば良かったのではないか、とも思う。

原作小説の内容を映画の尺にあわせて短縮するだけでなく、もはや別物と言って問題ない程に、様々な改変、追加要素が加えられているのだから尚更だ。

原作の要素を意識していると思われるのは、少年期に兄弟の契りを交わし、後に最大のライバルとなるジャムカとの因縁、受け継がれる父子間の血縁疑惑と愛憎、といったあたりだが、比較的ドライで俯瞰的な描写の原作に対し、映画ではそれらのドラマを、情念を強調した人情劇に仕立て上げているのも、原作との違いとして気になるところだ。

その"人情劇"を殊更に狙っている、チンギスが長子ジュチの最期を看取る場面に至っては、原作と違うだけでなくそもそもの史実と照らしても有り得ない創作。もちろん娯楽映画なので、面白くするための創作があっても構わないのだが、本作、人情ドラマで感動させようとしている場面が多々ある割に、そこに至るまでのキャラクターの蓄積が不足しており、何より各エピソードの羅列をナレーションによる説明ばかりで観客に伝える構成により、登場人物の心情が今ひとつ掴めず、感動に結びつき辛いのだ。

チンギスの父とチンギスの血縁疑惑、チンギスとジュチの血縁疑惑と、同じ構図を重ねる事で、物語の縦糸とする狙いが、全く活かされていない。しかもこの最期のシーンを予告編で完全に見せてしまっているので、余計に感動出来ない。

壮大なスケールで見せられるべきはずの物語ながら、個人のミクロ視点による人間関係ドラマばかりがクローズアップされがちなため、そのスケールをストーリー的にも感じ辛くなっている。

韓国人アイドル・Araが演じるタタール人女性・クランなどは、原作とは全く違い、戦場では兵士として主人公を守り、私生活では女として主人公に尽くす、少年漫画によく出てくるタイプの、都合のいい記号的キャラクターとして設定され、さらに作品スケールを縮小する要素となっている。彼女の出番のせいで、本筋のストーリーが削られているのだから尚更だ。

終盤のモンゴル征服に至る顛末もまた、やたらと慌ただしく、原作とも史実とも違う風に無理矢理変えられており、王道的ながらも、そこに至るまでにキャラクタードラマをしっかり描けていたなら、感動出来るはずのラストシーンも含め、これまた少年漫画の打ち切り最終回の様な展開になっており、感動どころか観客は「え?ここで終わり?大陸征服は?」と、食い足りなさを感じてしまう結果に。

征服者、覇者と言えば聞こえはいいが、要するに侵略者である。それまでの、略奪し合う構図がどう変わっていったのか、何故ユーラシアを席巻出来る程の勢力に至ったのか、それらを説明して、チンギスの特異性を強調しない事には、英雄譚としても成立し得ないだろう。

そういった説明を、場面場面を繋ぐナレーションと、ところどころの説明的な台詞で伝えるのみで、映像やストーリー展開で観客に伝える、といった仕事が最初から放棄されてしまっている。そもそも尺的に無理があるとは言え、これは脚本段階での問題で、もっと練り込むべきだったはずだ。

本作の脚本は、日活映画からNHKドラマを経て、少し前にネタ的に話題になった昼ドラ『真珠夫人』『牡丹と薔薇』の中島丈博によるもの。どれも、ストーリー優先でキャラクターが支配され、ナレーションや台詞による説明が過多な作品ばかりで、この結果は最初から見えていたと言うべきか。

ストーリー的な事は諦めるとして、大予算と大人員をつぎ込んだ合戦シーンを大スクリーンで堪能出来る、そこを見どころとして期待していた人も、少なからずいたはずだ。が、確かに、モンゴルで撮影された、広大な自然風景や、大量のエキストラと馬の動員などは、それなりに邦画らしからぬ映像ではあるが、充分な効果があがっているとは感じ難い。

騎馬戦を思い通りに撮影するのは難しいのだが、それでも、両軍の動きの差異を見せるなどして、工夫は出来るはずだ。

だが実際の映像では、両陣営の方向すらわかり辛い、真正面からの画角が多すぎるカット割りで、時に左右が混乱してしまうカットまであり、いちいち気になってしまう。

スケール感をより出せるはずの俯瞰ショットは、CGで両軍が激突する画に使われるばかりで、それ以外は平板な視点からの狭めの画面が多く、せっかくのスケール感を体感し難いものに。

戦闘そのものも、ただ両軍がぶつかって乱闘しているだけで、戦術的な工夫などで、なぜチンギスの軍が少ない軍勢でも勝てるのかといった、観客の興味に対し、なんら応えうる説得力が無い。

強いて言えば、馬で走りながら背後の敵に矢を射る曲射シーンが印象的だが、それだけで戦に勝てるわけでもないだろう。大局的な攻防の流れをほとんど見せず、気がついたら勝ってたり負けてたりと、これまたナレーションで説明するだけの構成には呆れる。

最もスケールの大きい映像が見られるはずの、ハーン襲名シーンにおいても、大量のエキストラを動員したにもかかわらず、その全景をほとんど映さず、中途半端な画面ばかりを多用するため、スケールを把握し辛いのだ。ここに限らず、せっかく集めた大人数を、引いた絵で撮る事を意図的に拒否している様な映像が多々あり、勿体ない感が強い。

序盤、少年期における子役達の、棒読み演技の酷さの段階でそもそも観る気を無くす人も多いかもしれないが、風景、群衆、騎馬などは、大スクリーンで見てこそそれなりの迫力として感じられるものであり、自宅鑑賞ではそれすら適わないため、特に観る価値は無いだろう。

題材に興味のある人なら、期待せずに劇場で鑑賞すれば、長尺ながら退屈はせずに観ていられるのではないだろうか。まあ、時間があるなら井上靖の小説でも読んでる方が有意義かもしれないが。



tsubuanco at 10:37│Comments(2)TrackBack(9)clip!映画 

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この記事へのコメント

1. Posted by 名無しさん   2007年03月06日 11:38
オルドはなしですか?
(´・ω・`)
2. Posted by つぶあんこ   2007年03月08日 18:54
ないっす(´・ω・`)

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