2007年03月07日

パフューム ある人殺しの物語 80点(100点満点中)

悪い人間といい人間との区別は「におい」でわかる!
公式サイト

ドイツ人作家、パトリック・ジュースキントの猟奇小説『香水 ある人殺しの物語』を、同じくドイツ人監督、日本では『ラン・ローラ・ラン』などで知られるトム・ティクバが映画化。

本作の映画化権を巡って、スピルバーグのドリームワークスなど、ハリウッドのメジャースタジオからも引く手数多だったらしいが、『ネクロマンティック』など変態映画の本場であるドイツで映画化される事になったのは、作品にとっても極めて幸運な事だ。おそらくハリウッド製作となれば、ここまで原作に忠実な内容とはならなかっただろう。

この原作小説、日本で言えば江戸川乱歩的なカラーを彷彿とさせる、マニアックな視点で書かれた猟奇フェティシズム小説である。

匂い、香水を題材に、あらゆる語彙の限りを尽くした匂いの表現、これを見ながら作れば自分も作れるのではと思わせるほど詳しく書かれた香水の作り方、など、ハード、ソフトの両面で、ディテールをいちいち細密に書き綴り、主人公が嗅覚によって周囲を認識するなども、とことんまでに緻密な"感覚"の描写によって、それを的確に読者に伝える、細やかなまでにこだわりに満ちた文章によって、読者は嗅覚を共有出来る、着想、表現ともに優れた、紛れも無い傑作小説と言える。

温度で周囲を知覚するプレデター。盲人の知覚を映像表現したデアデビル。そして本作の主人公は、嗅覚が全ての判断基準である特異なキャラクターとして、匂い、嗅覚の表現を、一体どのようにして映像で見せてくれるのか、原作読者が映画化の報を聞きつけた際、誰もがその点をまず気にかけ、あるいは期待したはずだ。

結果的には、匂いの元となる事物そのものを映像で見せる、程度の、誰でも予想しうる表現に終わっており、多少の肩透かし感は拭えないものとなった。何らかのあっと驚く工夫があれば最高だったもだが、これは期待しすぎた方の問題だろう。

実際、映像によって伝えられる"匂い"の表現は、特に序盤に強調される、生々しい"悪臭"映像のインパクトによって、おびただしい不快感とともに観客を作品世界に入り込ませる事に成功しており、そのまま続けて見せられる、主人公・グルヌイユの誕生シチュエーションもまた、本来神聖であるべき行為が、グロテスクにも程がある状況で行われ、彼の運命を示唆する、原作と遜色の無い、強烈な印象を与えている。

生まれつき嗅覚が鋭敏な主人公は、匂いが全ての価値観の源であり、匂い以外の何に対しても興味も欲望も抱かない。この立派な"変態性"の表現が、原作の一番の特徴であり、作品の面白さとなる点なのだが、それと並行し、あらゆる匂いにこだわる主人公自身には全く体臭がない、この皮肉な設定もまた、彼の行動、思考の基盤となって物語を進め、後述する宗教的要素の隠喩の源ともなっているのだが、この事が早い段階で明かされる原作とは違い、映画では後半にならないと判明しない様に変えられている。

この事で、主人公の行動、思考変化のバックボーンがわかり辛く、原作を知らないと、単に"嗅覚が優れている人"とのみ受け止められがちになってしまっている。これでは原作の持つ、サイコ・変態性が薄れてしまうとともに、終盤に彼がとった行動を、観客が誤解してしまいやしないか、とも危惧される結果となっている。

もちろん原作でも、主人公の心情、行動の解釈は様々に出る様に書かれており、この映画でも、作り手による一つの解釈を提示しつつも、それをハッキリと示すのではなく、観客にその解釈を委ねて更なる多くの解釈を生ませる。そんな作りとなっており、解釈は観た人の自由なのだが、それにしても、明らかな"読み違え"は避けるべきではないか。

主人公が特定の女性の匂いに惹かれ、彼にとっての"性欲"を発露させる、この段において、嗅覚が全ての主人公には、外見はどうでもいいはずながら、彼が"いい匂い"と感じる女性は、外見もまた美しいものに設定されている。これは、彼の"嗅覚"が、極めて的確な"感覚"である事を示すとともに、だがそんな事は彼には関係ない、と、アイロニカルに突き放す、単に映画化に際してビジュアルに華を持たせるだけではない、しっかりとした解釈によって表現されており、主人公が死体を彼のやり方で"陵辱"する猟奇性、変態性をより強調する効果となっている。

"究極の香水"が12+1の素材によって作られ、12種は判明しているが最期の一つが不明である、と語られる伝説、これは当然ながら、キリストの12使徒+ユダの隠喩である事は、日本人でも簡単に気づくだろう。

そうしたわかりやすい部分に始まり、主人公の生い立ち、関わった人間の辿る運命、洞窟での"悟り"、娼婦が彼に与える影響、最後の犠牲者の描写、そしてクライマックスの処刑場場面から衝撃のラストに至るまで、あらゆる事象がイエス・キリストの逸話を裏返した様な顛末で描かれ、その事が、教会の存在がクローズアップされ、それすらもあざ笑ってみせる展開によって強調されて、背徳に満ちた世界を突きつけている。

キリスト教圏において、ここまで神を地の底に叩き付ける内容の映画を作ってしまうとは、パゾリーニの再来とでも言うべきか。

物語的にも映像的にもクライマックスとなる処刑場の場面は、原作に描かれた"天国と地獄が共存"する壮大なカオスを、かなりの尺をかけて見せ、大量に動員したエキストラ達が演じる群衆の"狂気"を、あらゆる視点から時には引き、時には寄って、観客までもがその中に放り込まれたかの様に思わせ、その高揚感を味わわせる。圧倒的な映像が存分に楽しめ、それと同時に、主人公の心理描写もまた、観客に解釈を委ねるかたちで挿入し、ラストの"決断"へと繋げている。

衝撃のラストシーンは、ドイツ映画らしくなく描写が大人しめに抑えられており、原作を読んで期待していた者にとっては少しガッカリするかもしれないが、その後の無常観の表現は、オーソドックスながらも的確に描かれており、唐突に呆気なく終わる原作ラストの空気を上手く再現していると言える。(本当はエンドロールも何も無く、すぐに終わってしまうのが一番いいのだが)

本作、好き嫌いはあるだろうが、出来のいい原作を最大公約数的なかたちで映画へ翻訳し、二時間半の長尺も全く退屈せずにアッー!という間に過ぎ去ってしまう、猟奇、フェティシズムに満ちた時間を堪能出来る良作に仕上がっている。

原作を読んで気に入った人は当然必見。原作を知らずとも、乱歩などの変態猟奇ものが好きなら観るべし。そうでない、自分が"普通だ"と思ってる人も、新たな世界を開拓するためにも是非。



tsubuanco at 10:42│Comments(6)TrackBack(11)clip!映画 

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この記事へのコメント

1. Posted by more   2007年03月23日 19:19
4  たまたま時間のタイミングが合ったので見てきました。
なんの前知識もなく見たんですけど、深く読み解けばそういう見方があるんだなぁって感じですね。全体を通しての雰囲気はすごく徹底されてよかったです。多数、うまいなぁって演出と、あとはいつ?いつ?っていう先読みできる、ドキドキは見てて楽しいし、原作知らないから次に何が起こるか?なにを起こせるのか?飽きずにあっという間でした。好みは分かれるとは思うけど、俺は好きな部類ですね^^
2. Posted by つぶあんこ   2007年03月27日 17:20
原作知らなければ、どんどん変な風に進んでいく話には圧倒されるでしょうねえ。

原作ものは大体、映画→原作→映画の順で観ると一番楽しめると思ってます。

たいていが先に読んじゃってるので、あまりその通りには出来ないんですけどね。
3. Posted by 名無しさん   2007年10月09日 16:44
確かに香りの表現はガムのCMみたいでしたな。
4. Posted by つぶあんこ   2007年10月10日 17:18
最近はタブレットが主流な模様です
5. Posted by bom   2008年06月18日 14:06
はじめまして。
原作を読まずに映画を見ました。
最初のシーン、ボロボロの服で処刑場に引き出されるのですが、ラストでは貴族の服に替えられています。
一度、処刑場に引き出されて再び戻るとは考え憎いので、私はラストは主人公が死ぬ前に見た妄想なのではと思ってしまいました。手塚治虫の「ザ・クレイター」の中の「生けにえ」とか、ダイアン・セルヴィンを思い出してしまいました。孤独が孤高に感じる映画でした。
6. Posted by つぶあんこ   2008年06月18日 17:13
手塚の短編って、悪趣味でグロイのが多くて楽しいですよね。女教師がテロリストに輪姦されて子供達も皆殺し、とか。

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